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第一話 機械仕掛けの序曲


「……!? 帰ってきた! 一機帰ってきた!!」
 まだ硝煙の立ち昇る戦場の向うから、一台の龍機兵回収用大型トランスポーターが、物凄い勢いで龍樹帝国軍南部方面軍本陣に走り込んで来た。

  本陣の上空に陣取る帝国軍南部方面軍旗艦「空中空母飛龍」より通信が入る。
「蒼龍! サイロを一基開けろ! 損傷機が一機帰って来た!」
 何機ものプロペラをゆっくりと回転させながら滞空する旗艦飛龍の下には、荒涼とした大地に二隻の巨艦が鎮座していた。
 一隻は龍樹帝国陸軍の誇る移動城塞「地上空母蒼龍」だ。大規模な戦いには必ず姿を現す、陸の出城である。
 巨大な飛行甲板を天井に設えたその艦体には、各種修理工場、工作施設を備え、航空機は元より龍機兵、戦車、各種戦闘車両に対して充分な修理、補給を行う事が可能と成っている。
 この巨艦さえあればどんな土地であれ一夜にして「充分な規模の飛行場を備えた補給要塞」を用意する事が可能なのである。
 その大型地上空母の隣には、見た事も無い「黒い巨大戦艦」が、まるでその場所に一から建設されたトーチカの様な存在感を放ちながら、どっかりと腰を据えていた。
 巨大な砲身の単装砲塔を三基備え付けたその艦体には、不思議な事に大地を走るべきクロウラが付けられていなかった。
 僚艦蒼龍は地上空母の名の通り巨大な無限軌道を履いているのだが、この黒い新型戦艦にはどこをどう探してもそれが見当たらない。
 空を飛んで来たのだろうか? ならば旗艦飛龍の様に、あちこちに姿勢制御用のプロペラスタビライザーが付いている筈だが、それすら見当たらないのである。この小山の様な鋼鉄の物体は、やはりこの場所に一から建設された前進基地、「フロントライン」なのだろうか?
 そしてその謎に更に拍車をかける「物体」が、この両巨艦の間、丁度旗艦飛龍の真下に置かれていた。
 それは全長一二〇メートル、最も太い部分は直径七メートルはあろうかと言う、巨大な円柱だった。
 さらに謎なのが、この円柱の一方の端には大きな幅広の鉄の板が取り付けられている事だった。上から見るとこの鉄板の付いた巨大な円柱は、巨大な大斧にも見えるのだが……
「これ」が本当に巨大な斧槍だとすると、一体何者がこんな巨大な戦斧を使うと言うのだろうか……?





「そこの回収車! 艦首ハッチから入れ! 今スペースを空けた!」
「了解!」
 荷台にかなり大型の龍機兵を乗せた回収車は、砂塵を巻き上げながら蒼龍の艦首格納庫に滑り込んだ。停車と同時に運転手が凄い勢いで顔を出す。
「まだ操士が中に乗ってるんだ! ハッチが壊れて開かないんだ!!」
「解った! ……おい! そこのベルグレイター!!」
 運転手の悲鳴を聞いた主任整備士らしき人物が、一機の龍機兵に向かって声を張り上げる。
「こいつのハッチをぶち壊してくれ!」
 ベルグレイター……龍樹帝国軍の標準機クラスの龍機兵であり、重龍機兵の部類に入るかなりの大型機である。回収車に載せられてきたこの龍機兵も同じ機体であった。戦闘で破損した個所の修理も終え、格納庫内で完熟運転をしていた機が、自分と同じ姿をした大柄な龍機兵の操士席につながるハッチに手をかける。ごつい腕が壊れたコクピットハッチを強引に抉じ開けた。
 異音と共に剥ぎ取られたハッチの向うには、血の海に沈み込む操士の姿があった。
「……まだ、息がある! 衛生士! 早く出してやってくれ!!」
「OK!」
 言うが早いか、白い装衣に身を包んだ二人の衛生士がダッと駆け出し、たった今開かれたばかりの操士席に取り付いた。
 二人ともまったく同じ背格好、まったく同じ顔をしている。どうやら双子のようだ。そして二人とも背が高い。一七五センチぐらいはあるだろうか?
「ほら、しっかりして!」
 右にいた方の衛生兵の娘が操舞倉に手を突っ込み、気を失っている血だらけの操士を強引に引っ張り出す。純白の看護服が、血で赤くなるのもお構いなしだ。
 二人掛りで抱え出すと、格納庫脇の修理作業の邪魔にならない所へ降ろす。
「……ぐ!……痛たた……」
 あちこちの傷口から血を噴き出す操士が、無理やり身体を動かされた激痛に耐え兼ねて、やっと目を覚ました。
「くす、やっと目を覚ましたわね。痛いのが解るのは生きてる証拠よ」
「そうそう」
 ふたりとも、先程まで生死の境を彷徨っていた者に対しては随分あんまりな台詞を向けつつ、あちこち破けて血の染み込んだ操士服を引き剥がした。ある程度服を脱がす作業を終えると、肩から下げる鞄から消毒剤やら包帯やらを引っ張り出して、手早く傷口の手当てを始めて行く。
 操士はされるがままになっていた。
 太股の付け根あたりも大きな傷が出来ていたため、穿いていたズボン等も膝ぐらいまで脱がされてしまい、ちょっと恥ずかしくなってしまったが、まったく同じ顔をした二人の衛生士の手早い動きに見とれていたので、そんなには気にならなかった。勿論抵抗しようと思っても、痛みで体が全然動かないので、始めから無理なのであるが。
「はい、これで終わり」
 左の娘の方の衛生兵が、操士の頭にできていた傷口に手馴れた手付きで包帯をくるくると巻くのを最後にして、その半ば強引とも言える手当てが終わった。
 操士は上着を脱がされ、上半身を殆ど包帯でぐるぐる巻きにされていた。一応最後にズボンはちゃんと穿かせてもらえた。良かった。
 傷の発する痛みと熱で、再び気を失いかけていた包帯だらけの操士は、目の前で満足げに微笑む双子の衛生兵を、霞始めた空ろな目で考え深げに見つめた。
「……どうしたの? 私たちの顔になんか付いてる?」
 不思議そうに操士の顔を覗き込む、衛生兵の女の子達。
「……いや、衛生科のおんなの子っていつもそんな可愛い格好してるんだなぁって思ってさ」
 まるで屋敷の給仕服の様な作りの帝国軍衛生科女子の制服に身を包んでいる、背の大きい双子の衛生兵は、満足げな笑顔を操士に向けた。
「エヘ、今あなたこの服見て少し和んだでしょ? 私たちはそのために戦いの真っ只中でもこんな動きにくい服、着てんのヨ!」
 右の方の女の子が、肩から下げる鞄におもむろに手を突っ込むと、小さ目の使い捨てバスケットらしきものを取り出し、操士の目の前に差し出した。
「ほら、お腹すいてるでしょ? う、うん、お腹すいてなくても食べなくちゃダメよ。栄養付けて早く傷を治さなくちゃだからネ!」
 呆然とする操士の手にお弁当の入ったバスケットを残すと、たたたたっとまた次なる仕事場に向かって二人とも駆け出して行ってしまった。
 確かに腹が減っていた事を半分気を失いかけたままの頭で思い出すと、彼女が置いていったバスケットを開けてみた。それは龍樹帝国軍で普通に支給されている戦時食だった。中は作業中にも簡単に食べられるようにとサンドイッチや鳥のフライなど、手でそのまま食べられる物で占められていた。このバスケットその物は、あの背の高い衛生科の女の子が空いた時間に食べようとしていた物かも知れない。
 奇跡的に助かる事が出来た傷だらけの操士は、白い天使がくれたお土産を口の中に押し込みつつ、艦首格納庫の開いたハッチから遠くを見つめていた。
 さっきまで自分がそこにいた戦地を。





 龍樹帝国軍の最高機密兵器である、黒い新型戦艦こと「重機動戦艦武蔵」を預かるアリシアラウリ大佐は、けだるそうに頬杖を付きつつ、旗艦飛龍のくるくると回転する姿勢制御プロペラを見つめていた。
 どうやらホビット族の女性の様だ。セミロング気味に揃えられた頭の上には猫の様な耳が載っている。よく見れば腰の辺りから尻尾もちゃんと生えている。
 だが、その愛らしい容姿から受ける印象とは反対に、その目は本当にけだるいのか半分しか開いてない。折角の綺麗な顔が台無しである。
 彼女の視線に沿って飛龍の艦底に目を移すと、ごついアームがその艦底から飛び出している。あたかも回転式の砲座の様なパーツである。そしてそのアームには、巨大な砲の様なパーツが丁度真中ぐらいから二つ折りにされて懸架されていた。
 全長一〇〇メートルはあるだろうか? この状態で二つ折りをしている訳だから、ちゃんと展開した場合、優に二〇〇メートルは超える大砲となってしまう。艦体全長が三〇〇メートル近い空中空母飛龍でも、かなり持て余してしまいそうな大きさだ。
 アリシアはその二つ折りにされた巨大な砲状のパーツに目を写すと、何か釈然としない気持ちを吐き出すように、ふぅ〜っとため息をついた。
「あのさあ、副艦長」
「……はい? 何でしょうか? 艦長」
「あの、上でひゅんひゅんいってる奴なんとかならないの? こうもくるくる回られてちゃ気が滅入るわよ」
「あ〜そうですね? って……あれはこの陣の旗艦じゃないですか!? なにいってんスかぁ!? 艦長ぉ!?」
 もはやどつき漫才なれしているのか、副艦長も一寸外しぎみだ。
「は〜、ていうか、もうここに来て一週間にもなるのよっ、その間ずっと待機、待機、待機! ってもうう」
「ですが艦長……本艦は……」
「……解ってるわよ、この艦はめったなことでも目立っちゃいけない超機密兵器だってんでしょ? それぐらい解ってるわよ」
 ふ〜っとため息交じりで一気にまくし立てる。
「でもね、あたしたち機械神を預かる主任操士って言うのは、みんながみんな黒龍師団所属なのよ。その黒龍師団の奴らっていうのはみんなこの帝国軍の全ての武器の使用権限があるのよ。だから別にあたしが勝手に動かしても誰も文句はいえないのよ」
 黒龍師団。それは龍樹帝国皇帝陛下の直下に置かれた、帝国の誇る最強の戦闘集団の名前である。
 一騎当千の剣士や魔法使いが揃う、正に最強とも言えるその戦闘集団には、アリシアが口にした様に、帝国軍の装備するあらゆる戦闘兵器の使用許可が与えられている。そしてその権限は、古の時代に造られた禁断の破壊兵器にまで至ると言う。
「そ、そんなぁ〜」
 艦長殿の言葉に、かなり困り顔の副長。やはり中間管理職はどこでも辛いようだ。
「まあそれはさて置き、モンタナって奴は一体どうしちゃったのよ? あたしたちはそいつをぶち壊すために、遥々こんな辺境の地まで来たんでしょ?」
「辺境の地ってそんな……レポートによると、枢機軍側の機動戦艦の動向に関しては、本艦がこの前進基地に移動してからぷっつりと、その消息を絶っています」
「……絶ってるってさぁ、相手も一応三〇〇メートルの六万トンはあるんでしょ? なんでそんなでっかいのが急に消えちゃうワケ??」
「枢機軍もかなりの腕の魔導士を揃えてきたと言う事でしょう。それに艦長だって龍魔導士なんですから、本艦の巨体を隠す事ぐらい出来ますよね?」
「そう言うことか」
 アリシアが黒龍師団に入ったのは、彼女の魔法使いとしての高い能力を認められたから、という理由だ。
 彼女は世界でも一握りの魔導士にしか与えられていない、魔法使いとしての最高峰を示す「龍魔導士」の称号を得る程の大魔導士だった。その実力は魔導士を束ねる頂点の組織「魔導教会」の長をも超えるといわれ、次の時代の長の最有力候補とも目される程である。
「……はあ、あーホント気が滅入るわね、待ってるダケなんてさ。も〜こいつ動かして自分で探しに行きたいわ」
「……艦長、耳が垂れ下がってますよ?」
 彼女の猫耳は本人の気分を表すように、へろ〜んと垂れ下がっていた。
「そりゃあ耳だって垂れ下がるわよ……」
 そう言いながら耳を元の位置に戻し真面目な表情になると、遠くにいるであろう倒すべき敵を見つめるように空に向かって目を向けた。
「……あいつみたいに……」





 損傷機の修理作業に追われる空母蒼龍の少し手前に、一機の龍機兵が立っている。
 いや、龍機兵と呼ぶには幾分か印象を異にする様だ。肩には巨大な歯車やら動力パイプやらが大きく露出している。これは魔力増幅用の魔導器だ。
 この機体は魔導士用に作られた龍機兵「呪導機」である。その肩部に装備された魔力増幅器によって搭乗する魔導士の魔力を増加させる事が可能な「龍機兵版魔法使い」である。
 中に乗る魔導士は機体をまるで自分の身体の様に操りながら、呪導機の装甲を通して風の匂いを感じていた。
「……風の動きがおかしい……こんなにも風の精霊が騒ぐとは」
 そこまで考えを巡らせると、その魔導士はすぐさま行動に起こした。
「送信士! こちら第一魔導師団師将機だ! 旗艦に繋いでくれ! 風の精霊の動きがおかしい! 敵は強力な転移魔法を使って来ると思われる!!」
 左肩に誇らしげに、師将機としての龍を象ったエンブレムを刻み込んだ呪導機は、全軍に警戒を促す。
「来るぞ!!!」





 その魔導師将の予測はすぐさま現実となった。
 遠くから何かが風のうねりを巻き込む様な、異音が聞こえて来る。そして異変はすぐさま起こった。
「!?」
 前進基地にいる全ての者が息を呑んだ……いや、一人アリシアだけは、頬杖を付いたままのポーズを崩していない……。
 何かが捻じ曲がるような大きな音がしたと思ったら、いきなり上空に六機の呪導機が姿を現したのである。それはどう見ても枢機軍の呪導機だった。高位魔導士を何人も揃える帝国軍の隙を突き、まして本陣の中にまで六機もの呪導機を送り込んで来るとは、相当な時間を掛けこの一瞬の為に準備して来たに違いない。
「対空防御!! 急げ!!」
 蒼龍や飛龍に据え付けられた高射砲塔群が、地上に配備された対空戦車が、対空砲を搭載した龍機兵が、一斉にその火砲を開く。
 一瞬にして灼熱の世界となった前進基地上空で、呪導機の一機がたまらず被弾し、爆発する。だが、その爆発の規模が予想とは遥かに違い過ぎた。
「!!!」
 大爆発の煽りに巻き込まれ、旗艦飛龍が凄まじい爆風に揺れる。
「!!!……あいつら自爆寸前まで魔力を溜め込んで、一体何をする気だ!?」
 揺れる旗艦の中、この東部方面軍を預かる総将がそう叫んだ瞬間、次なる異変が起こる。
 僚機を一機失った呪導機は残りの五機で陣を組み直し、その機械腕を器用に動かし呪文を発動させるための印を結ぶ。そしてそれと連動するように両肩に配された魔導器が魔力を増幅させる。
 呪文が発動され五機の呪導機の陣の中心に竜巻状の空気の流れが現れ始める。それは徐々に巨大なうねりとなり、大地の岩をも巻き上げる程の、強大な「龍巻」となる。
「……これは召還の呪文だ!! こんな……こんな巨大な召還呪文を使うとしたら!!」
 気が付いた時には、既に手遅れになっていた。岩盤をも巻き上げる強大な「龍巻」に支配された大地には、何時の間にか巨大な魔方陣が出来ていた。そしてその中から、巨大な鋼鉄の塊が現れた。
「モンタナ!? あれはモンタナだ!!!」
 天空に巻き上げられる岩盤と共に徐々に姿を現し始める枢機軍機動戦艦モンタナ。
 前後に長い頭部。左右に伸びる巨大な両肩、そこに据えられた三連装四基の十六インチ主砲塔。それは間違いなく枢機軍の誇る主力機導戦艦だった。
「な……あんな巨大な物召還したらあの呪導機、オーバーロードを起こして自爆するぞ!!」
 その予測はすぐさま実行された。機体の容量を遥かに越えた魔力を溜め込んでいた呪導機は、エネルギーゲインの逆流に耐え切れず次々と自爆していく。
 自らを召還した呪導機達の爆炎を掻き分け、完全に実体化した「モンタナ」が、旗艦飛龍に鋼鉄製の頭部を向ける。それと連動する様に左肩の二基の主砲が飛龍に向けて指向する。次の瞬間には電磁軌道砲より、砲弾が唸りをあげて発射されていた。
 飛龍が直撃を食らった。
 大型艦に見合った重装甲とは言え、これだけの至近距離で戦艦級の砲弾を食らったのである。まだ浮いていられるだけ奇跡だった。
 黒煙を上げながら徐々に大地に降下して行く南部方面軍旗艦。
「!? 旗艦が!?」
「退避だ!! 全速力で後退しろぉ!!!」
 地上空母蒼龍の走行用クロウラが唸りを上げて、修理中の損傷機を多数腹の中に収めたままの十万トンを超える巨体を、全力後進させて行く。
「機関が焼け付いても構わん!! とにかく逃げろ!!」 
 敵旗艦を一激で沈めたモンタナがゆっくりと前進して来る。
「ハハハハ! 我等の実力を持ってすれば、ディフュームどもの本陣を落す事など容易い!!」
 余裕を見せ付け敵前進基地上空を優々と滞空する機動戦艦。その下には先程この巨艦を召還するために犠牲となった呪導機の残骸が散乱していた。
「このモンタナ一隻で全てを灰に出来るのだから、たかが魔導士六人の命など安い物だ」





 この最悪の状況を何とか立て直すべく全速力で離脱中の地上空母の艦橋で、この艦を預かる艦長は一つの事実に気が付いた。
「アリシアは!? 武蔵はどうした!?」
「動きません! 先程から武蔵には動きがまったく見られません!!」
「な!? どう言う事だ!!……アリシアぁ!!!」





 そのころ、全てを灰にするべく現れた機動戦艦モンタナは、帝国軍の黒い新型戦艦のすぐ上にまで、近付いて来ていた。
「ほう? それがうわさの新型戦艦か? それだけの図体で陸の上も走れるとは、ディフュームにしては大した物を作ったものだな?」
 黒い巨艦はまるで何事も起きていないかの様に沈黙を守っていた。主砲の一つも動かさず、移動用の水素ジェットモーター一つ動かした形跡も見られない。
「どうした何故動かん? ハハハ、この空飛ぶ戦艦を見て、怖くて身動き一つ出来んか?」
 黒い巨大戦艦の艦橋に目を移すと、艦長であるアリシアが先程と何も変わらず、頬杖を付いた格好のままのけだるそうな表情でこの空飛ぶ戦艦を見ていたのであるが、興奮しきったモンタナの乗組員は誰一人としてそんな事には気が付かなかった。
「……ならばそのまま死ねぇ!!!」
 モンタナがその巨腕を黒い巨艦に向ける。
 その刹那……
「!?」
 金属が無理矢理ひしゃげる嫌な音が響いた。
 あろう事か機動戦艦モンタナは、黒い戦艦と地上空母の間に置かれていた巨大な斧槍の先端の刃先によって、左肩を串刺しにされていた。そしてこの黒い戦艦の右舷より巨大な剛腕が生え、その斧槍を支えているのである。
「な!?」
 金属同士が擦れ合う音が、モンタナの肩口から洩れる。それと同時に、腕の生えた黒い巨艦から女性の怒り交じりの声が聞こえて来た。
「……幾らうちの軍の情報統制が完璧とはいえ、随分と舐めたことぬかしてくれるじゃないの」
 その声を聞いてディフューム達に恐怖を撒き散らす筈だったモンタナの艦内が、逆に恐怖に包まれ始める。
「ロケットアーム!!!」
 アリシアが怒声とともに発射スイッチに拳を叩き付けた。主人の怒りを感じ取ってか、物凄い勢いで敵艦を串刺しにしたままの斧槍ごと、巨大な右腕が後方に爆炎を吐き出しつつ打ち出された。
 凄まじい衝撃を持って岩山に叩き付けられる機導戦艦モンタナ。
 艦体のあちこちから蒸気が噴き出した。内蔵機関等があまりの過負荷に耐え切れなくなってオーバーヒートを起こしているのだろう。
「……副長、変形」
 アリシアが左手前に座る副官に向かって、ボソッと呟く。
「!? で、ですが、それは」
 そのボソッと呟いた一言は、とんでもない事のはじまりの言葉ある事は確かのようだ。
「解ってるわよ人型になるには司令部の決定が必要だってんでしょ」
 アリシアの瞳に黒煙を上げつつ大地に沈黙する旗艦飛龍を写る。
「でもね、ぼやぼやしてたらあいつの攻撃で無駄に兵が死ぬだけよ」
「ですが……」
「見ての通り総将の生死は解らないわ。それに蒼龍にしたって負傷兵をいっぱいに乗せて全速で後退中。だったら今はこのあたしが最先任士官よ」
 アリシアの目線が先程岩山に叩きつけた敵艦に変わる。
「何か問題が起きようと、このあたしの首が飛べば済む事よ」
 このホビットの女性は、龍樹帝国軍の超機密兵器のひとつを任されているだけあって、指揮官としての取るべき覚悟はすでに出来ていた。いや、こんな誉め方をしてしまってはプライドの高いアリシアには怒られてしまうかもしれないが。
「……解りました」
 自分の上官が堂々と責任を取ると宣言しているのである。もはや副艦長の頭にもなんの迷いも無かった。これだけ格好良い台詞を吐いてくれる上官の下に就けた事を、精霊の神に感謝する程だ。
 副艦長の声が伝線管から艦外に飛ぶ。
「全将兵に告ぐ!! 本艦はこれより敵艦を殖滅すべく第一形態に変形を行う!! 速やかに重力異常範囲外に退去せよ!! 繰り返す!! 本艦はこれより第一形態に変形を行う!!! 全将兵は退避せよ!!!」
 武蔵が一瞬、その巨体を振動させた。そして次の瞬間には、艦艇から盛大に水素の火炎を噴き出させ、宙に舞い上がっていた。
 その光景を目撃した全ての龍樹帝国将兵より歓声があがる。目の前に現れた強大な敵を、この場で倒せる唯一の存在が本当に動き出したのだから。
 だが、その場に残っていた兵士達はすぐさま自分達はかなり危険な場所にいるという事を思い出し、大慌てで逃げ出す事となる。
 水素ジェットモーターを全開にして空に舞い上がった武蔵は、自分の巨体を浮遊させる為に、腹の中に積んだ重力制御装置である浮揚器を起動させる。
 人工的に作られた重力の波が空気の流れを強引に変え、大地の磁場を狂わせる。置き去りにされた戦車や破損した龍機兵がその強大な人工重力によって天に巻き上げられていくが、そんな事には構ってられない。
 そして巨艦の「変形」が始まった。
 その殆どがモジュール構造で構成されている艦体の各ブロックが、今まで戦艦を形作っていた場所から轟音を立てながら、本来有るべき位置へと移動して行く。
 艦底からは太い尖塔の様な「両脚」が生えてきた。
 艦橋下部が左右に割れそれが頑強な「両肩」になっていく。
 艦体後部に収納された艦橋の後には巨大な角を二本生やした悪鬼のごとき形相をたたえた「頭部」が現れた。
 様々な機械音を撒き散らしながら黒い巨大戦艦は鋼鉄の巨人、「機械神」に姿を変えた。
 機械神十弐號機 麿羯宮の黄道機「アムドゥシアス」。そう呼ばれる機体だった。
 しかしその巨体には、もう一つ名前が付けられていた。
「The DarkThunder『黒き雷光』」
 この世の終末が訪れる時、天より打ち下ろされる闇を切り裂く雷。その闇の雷の名が、この機械で作られた神の正式名称だった。
 機械の神は自分の仕事である「破壊」を撒き散らすべく、大地に降り立った。その衝撃による振動は震度十以上の大強震となって、今まで重力異常に荒らされ続けた大地を、更に混乱と絶望の世界へと変えて行く。
 ただ歩くだけで破壊を撒き散らす右腕の無い機械神が、自分の命と引き換えに神を降臨させてしまった可哀想な獲物に向かって、ゆっくりと歩を進めていく
「……どうしたの空飛ぶ戦艦? 何故身動き一つしないの?」
 無表情なまま敵機動戦艦に向かって呟くアリシア。
「もしかして人型に変形する戦艦を見て、びびって動けない?」
 巨大な斧槍で肩を串刺しにされたまま岩山に叩きつけられた機導戦艦モンタナは、その激突の衝撃であちこち断線してしまったのか、指部の間接一つ動かせないでいる。
 破壊と轟音を撒き散らしながら「黒き雷光」が相手に叩きつけた斧槍に残る、自分の右腕に近付いていく。
「まさかこの程度叩き付けられたぐらいで……」
 ガキン!! と言う金属と金属がぶつかり合う異音と共に、巨大な打ち出し式の右腕が、再び元の位置に接続される。
「壊れて動けないなんて言わないでしょうね!!」
「黒き雷光」は相手の肩口を串刺しにしたままの斧槍を、柄を握る右腕だけで高々と抱え上げてしまった。何と言う怪力だろう。
「そんな魔導士六人犠牲にした所で、戦いに勝てるとでも思ってんの?」
 アリシアの瞳が、怒りの光に埋め尽くされる。
「その程度の気合とか根性だけじゃ、戦争は出来ないのよ!!」
「黒き雷光」の両肩の前面が開いた。その中に収まっていた大型魔導器が展開する。次の瞬間には魔力回路より送り込まれたアリシアの魔力を最大限に増幅して、稲光を発しはじめていた。
「こっちは遊びで人殺しやってんじゃ無いんだからね!!!」
 アリシアの怒りの叫びと共に、両肩から雷の刃が伸びた。雷刃の呪文は一瞬にして敵機動戦艦を貫き、相手を爆炎の火球に変えた。
「……総将? 生きてる?」
 敵艦が残していった爆煙と破片が降りしきる中を「黒き雷光」が轟音と地響きを撒き散らしながら、手負いの旗艦に歩み寄る。
「返事が無いならあんたの『劫火砲』勝手に使わせてもらうわよ」
 副艦長はアリシアが発した台詞に、今までに無い驚きの表情と共に、上官に振り向いた。
「そ、それは!?……ですが一番の脅威はたった今破壊しました。これ以上は……」
 それは自分の上官の今後の処罰が、これ以上大きくならない様にするための台詞だ。副官としては適切な行動だ。
 だが、司令官は副官の意見をあっさりと突っぱねた。
「『この機械神の姿を見たものは決して生きて返すな』これは皇帝陛下の言葉よ。あたしはこの『黒き雷光』を任された操士として、この言葉にしたがわなければいけないの。たとえ自分の罪を大きくする事になっても」
 黒き雷光が掴座した飛龍の艦底辺りに手を伸ばすと、そこに懸架されていた二つ折りの大砲に手を掛けた。今までその大砲を懸架していたターレットアームが異音を発して壊れた。「黒き雷光」が豪腕を以って本体からもぎ取ったのだ。
 旗艦より機械神に強引に渡った大砲は「黒き雷光」の手の中で本来の姿に展開し始めた。
 黒き雷光の右腕に抱えられた全長二〇〇メートルを超える大砲……「乙型劫火砲」は、その存在しない筈の機械の神を見てしまった哀れな敵兵達を処分するために、巨大な砲口を空に向ける。
 黒き雷光の右舷腰部前面に付けられた高機動モーターの一部のハッチが開くと、接続プラグが先端に取り付けられた太い動力チューブが外に吐き出された。それを左腕を使って劫火砲に接続する。
 劫火砲の長大な砲口内に破滅の焔がともりはじめる。
「劫火砲!! お前の力を見せてやれ!! この機械神の姿を見た全ての者を、生きて返すな!!!」
 劫火砲の砲口から凄まじい閃光が発せられた。
 その名の通り劫火を撒き散らすべく太古の昔に作られた大砲は、何千と言う敵兵がいるであろう敵のフロントラインに向けて破滅の火炎を吐き出した。着弾の間、その火炎の射線上にある全ての可燃物は高熱に炙られ燃え上がる。
「全てを灰にせよ!!!」
 地獄の業火が本当に全てを灰に変えて行く。今まで降着状態が続き不思議な静寂に包まれていた戦場は、一瞬にして劫火に支配された地獄へと姿を変える。
「黒き雷光」の、その名の通り漆黒に染められた巨体が、あちこちで起きた火災による照り返しを受けて、血の色の様に赤く染め上げられる。
 その姿はまるで地獄を支配する魔王の様に見えた。










 旧月出列島国の首都があったと言われる、巨大な内湾を全て被い尽くすかの様に、巨大な鋼鉄の城が海の上に横たわっている。
 龍樹帝国特別区「帝国府」。それがこの鋼鉄の巨城の正体だ。
 全長十キロ以上にも及ぶ、帝国の行政を司る巨大な建造物は、太古の昔に作られた星の海を進む巨大な戦艦の馴れの果てとも言われるが、今となってはそれを知る術はもはや無い。
 その帝国府の側面に幾つか作られた桟橋の一つでは損傷艦の修理が行われていた。帝国海軍の誇る「明石級工作艦」が何隻も集まり各種艦艇の修理、補修に奔走している。
 その中で、他を圧する程の一隻の巨艦が、両弦に何隻もの損傷艦を抱えて損傷した僚艦の修理に従事しているのが見えた。
 艦体中央部から何基もの大型クレーンを展開させ、破壊された砲塔等の取り替えを行っている巨艦の甲板部は他の工作艦とは違い、随分と平べったい構造をしている。
 龍樹帝国海軍第八機動艦隊旗艦「重機動要塞航空母艦 信濃」。それがこの巨艦の名前だった。
 全長四一〇メートル、最大排水量二八二七六〇トン、龍樹帝国海軍の作り出した史上最大の艦艇であり、アリシアが騎乗する「重機動戦艦 武蔵」とは姉妹艦に当たる艦である。
 今現在多くの工作艦と共に作業に向かう信濃の周りは不思議な事に、ハンマーを叩く音一つ聞こえてこなかった。空を見上げると天に浮かぶ太陽が一番高い位置に来ていた。どうやらお昼休みのようだ。各艦の甲板に目を移せば、お弁当を広げて昼食を食べてる作業員の姿がそこかしこで見えた。
 帝国府の修理用桟橋で工作艦として作業に従事する最強空母の半分しかない飛行甲板の上に視線を戻すと、龍樹帝国軍標準制服に身を包んだ、一人の女性が立っていた。
 華奢な体に随分と長い手足が付いている。体に比べてかなり頭が小さいので背の大きい人物かとも思われるが、彼女の頭から生える猫の耳がその疑問をわやくちゃにしてしまう。彼女はホビット族の女性なのだ。
 普通、ホビットの者の平均身長と言えば、男女とも一六〇センチ前後なので、そう考えるとこの女性は随分と幅の狭い体をしている事になるが……。
 ホビットらしさの特徴とも言える猫の耳に目を移すと、彼女の頭の上に乗った猫耳は、横にへろんと垂れ下がっていた。先程アリシアが「……あいつ」と言っていたのは、この女性のことかも知れない。
 どこまでも続く蒼い空、のんびりと流れる大きな雲。
 多くの重兵器に囲まれているとはとても思えない、のどかな風景の中、その不思議な印象の女の子が呟いた。
「今日も良い天気ですね」
 どこまでも続く青空を見上げるその女性を、遠くの方から呼ぶ声が聞こえてきた。
「リュウガぁ〜!!」
「? はーい?」
 リュウガと呼ばれたその女性は耳をピョンっと欹てながら、呼ばれた方に振り向いた。
 信濃の右舷部に立てられた巨大な艦橋の方向から、犬狼顔の女性が走ってくる。柔らかな毛並みに覆われた顔に、同じく毛に覆われた少し大きめな手と腕。腰から生えたフサフサとした尻尾……紛れも無くオーガ族の女性だ。
 あっと言う間に、リュウガの目の前まで駆けて来る。
「どうしました、ヨーコ?」
 ヨーコと呼ばれたオーガの女性は、息を切らせた様子も無く口を開く。
「副長が探してたよ。何でも司令部の方からうちの艦に命令が出たって」
「え? あーそうなんですか?」
 この二人が並ぶとおかしな事に気づく。女性の平均身長が一七〇センチ前後であるオーガのヨーコよりも、そのオーガの女性の目の前に立つホビットのリュウガの方が背が大きいのである。
「リュウガぁ!!」
 ヨーコが出て来た艦橋の同じ辺りのハッチから、今度は帝国軍男子用標準制服を着たホビットの男性が顔を出した。そしてそのまま二人の所に駆けて来る。
「はぁはぁ……やっと見つけた……ヨーコも見つけたんなら早く知らせてくれよ……」
「ゴメン副長、私も今ここに来たばっかなの」
 流石にあちこち探し回っていたのだろう、ヨーコに比べてこの小柄なホビットの副長殿は息も絶え絶えである。
 ……小柄、そうこの副長さんこそ、ホビットの平均的な身長の持ち主なのである。
 副長の身長は一六五センチ、ヨーコはオーガの者らしく一七五センチ、そしてそのヨーコよりも大きいリュウガは……なんと一八〇センチ。その猫の耳と言い、おしりに付いた尻尾と言い、どっからどう見てもホビットには間違いないのだが……。
「で? どうしました副長?」
 一応自分の部下にあたるこの二人に対しても丁寧な言葉使いを崩さない、このぽよ〜んとした巨大空母の艦長が、副官に不思議そうに問い掛ける。
「司令部から、本艦に出撃命令が下りた」
「出撃命令?」
 オウム返しの様に訊きながら、自分より十五センチも低い副長に合わせるように、少し身を屈めながら顔を近づける。
「ああ、寄港するこの帝国府から、大型艦の駐屯施設であるKL区へ進出し、帰還する南部方面軍の損傷艦艇の修理支援をしろ、と言うことらしい」
「ということは壊れたアリシア達の艦を直す手伝いをしに、KL区に行けってことですね?」
 そう言いながら、リュウガがぽんっ♪と両手を胸の前で合わせる様な仕草を見せる。
「まぁ、そう言う事だね……」
 副長は図らずも、自分より遥かに長身の女性二人に囲まれてしまって、一寸困った顔になってしまった。
 その変化に気づいたヨーコが、リュウガと同じように少し屈みこんでくすっと笑いながら、副長にツッコミを入れる。
「エヘへ、ゴメンね、私達二人に並ばれちゃったら、一寸嫌でショ?」
「?……いや、そんな事ないよ、どうせ俺ホビットだし……!?」
 そこまで言った副長は、しまったと思った。今、目が合ったリュウガも自分と同族なのである。普通、背の高めな女性は自分の身長を気にするものだ。
「ご、ごめんリュウガ!」
「?? どうしたんですか、急に謝っちゃったりして?」
「い、いや、その……」
 くすくすと可愛く笑うリュウガは、副長の台詞が自分の身長を皮肉ってしまった事になったなんて、全然気が付いていないようだ。
 生来の優しさなのか、それとも只単に天然ぼけなだけなのか……多分両方なのだろう。
 そののんびりとした艦長さんが、考え深げに再び空に目を移す。
「……全てを破壊できるまでに強く造られたこの艦の最初の出撃が、他の艦の修理だなんて……何だか不思議ですね……」
 いつもは天然ぼけの最高司令官殿の真面目な台詞に、二人とも深刻な顔になる。
「わたしとしては、何時までもこうやって損傷艦の修理をしている方が、この艦にとっては良い事だと思いますけど、いつまでもそういう訳には行きませんからね」
 不思議で静かな空気が流れる。
「……リュウガ?」
 ヨーコが思わず声を掛ける。副長も顔中が心配でいっぱいだ。
「ん? あ、ごめんなさい」
 二人の心配の視線に気が付いたリュウガは、再び愛らしい笑顔に戻った。
「今更何いってんでしょうね。もう、生まれた時から覚悟は出来てるはずなのにね」
 それがこの空母に対する台詞なのか、それとも自分に対する台詞なのか、それは誰にも解らなかった。そう、リュウガ本人にも。
「さあ、さっさと出航準備しましょう」
「了解!」


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