第三話 鉄の城達
朝靄の中を高速で飛行する何機もの「航空機」から魚雷が海面に投下される。
獲物を追うべく海面下を猛スピードで突き進む魚雷の向こうには、黒い巨大な鉄の城が航行していた。
何本もの魚雷に追われている事など微塵も感じさせず、悠然と海の上を進む。
その「黒い戦艦」の艦体各部に取り付けられた、副砲以下の小口径砲塔群が猛然と火を吹き始めた。
何十門と言う十字砲火を上から叩きつけられて無人の群狼達は全て破壊されてしまった……いや、良く見ると一本だけ、その上から下に向けて打ち下ろされる火の雨をすり抜けて進むのが見えた。
派手な炸裂音と共に「黒い戦艦」の艦腹から巨大な「赤い」水柱が上がった。だがその「黒い巨大戦艦」は何事も無かったかのように朝霧に包まれた海原を突き進む。
「……流石ガルア師団長の戦艦、一本当てるのだけでも精一杯です……」
相手である「重機動戦艦 大和」の主砲射程距離ぎりぎりを高速航行する「機動空母 瑞穂」を操縦するマリアは、一五〇センチを少し超える位の小柄な体を艦体の急激な機動で翻弄されながら、素直に感想を漏らした。
先程「敵艦」である「大和」に対して必殺の雷撃を敢行した航空機が母艦の上を通過して行く。
「……シフォン、そっちで収容して! こっちは相手に近すぎて危なくて駄目だから!」
「!? でもセンパイ、そんな事したら『瑞穂』の護衛機が無くなっちゃうよ!?」
シフォンと呼ばれた「千歳級機動空母四番艦 日進」を預かる背の高い女の子は、慌てて諭した。
「しょうがないよ、今はわたしが盾になるからそっちで早く魚雷の再装填をして!」
「……解ったよセンパイ! ……でも無茶はしないで!!」
「空母瑞穂」の後、一万メートル程後方に隠れて今までマリアのバックアップに回っていた「日進」が、「瑞穂」より発艦した攻撃隊を収容するべく前に出て来た。
緊急着艦である。アスレティングフック等一々使ってられない。先程「敵艦」に強襲を掛けた航空機達が、手を伸ばし、足を伸ばして変形しながら日進の狭い飛行甲板に降り立っていく。中には艦腹に開けられたサイドエレベーターに直接降り立つ機もある。
変形……そう、この二隻の空母の艦載機達は航空機形態へと可変能力を有する龍機兵「飛装兵」なのである。
空母日進は先程までの攻撃で艦載機を消耗し尽くしていた。空っぽのままだった格納庫へ大急ぎで飛装兵達を取り込んでいく。
収容作業中の日進が大きく揺れ出した。全備重量120t以上にも及ぶ龍機兵を収容するのである。それは四発爆撃機の着艦どころの騒ぎではない。
普通の空母ならばこれだけの大重量の物を何機も着艦させれば横転するか重量に耐え切れず自壊してしまうかのどちらかである。つまり可変型龍機兵「飛装兵」を運用する空母はそれなりの特殊な構造、まず第一に船体構造の頑強さを求められる。
そして、飛装兵の運用能力を有する航空母艦は特に「重航空母艦」と呼ばれていた。
赤城や加賀等の飛装兵を常備運用出来る大型空母が良く「重空母」等と呼ばれるのはそのためである。「重空母」と言うのはその見た目の愛称では無く、れっきとした正式名称なのである。
では何故この二隻の空母は「機動空母」なのだろうか? 格納庫への収容作業中の日進の艦上に目を向けるとその「艦載機」からは操士の一人も降りてこないのが解る。そう、この「飛装兵」は無人機なのである。全ての機体がこの日進そして瑞穂から遠隔操作で動く無人龍機兵なのであった。
元々が「人型兵器に変形する空母」と言う荒唐無稽ともとれる戦闘兵器の付属品として作られた物である。
その性格上、通常空母の様に何人もの操縦士や整備兵を常駐させている訳にもいかず、更に機動艦として戦闘行動を取るこの艦では通常航空機ではサイドエレバーターのハッチ等からの緊急発艦や緊急着艦等はとても出来る芸当ではない。
そこで「新造機動要塞空母」のためにこの「無人操縦の飛装兵を遠隔制御可能な機動強襲空母」がその支援兵器として建造されたのである。
その新機軸兵器の最終調整の相手役に任命された「大和級重機導戦艦一号艦 大和」は朝靄に隠れる二隻の新造空母をいまだに発見できないでいた。
「今までに何発受けた?」
この巨艦の艦長であり「機械神拾壱号機 黒き大風“DARK GALE”」の主任操士である「ガルアディアル中将」が、副艦長に質問する。
「先程左舷に受けた物で魚雷は二発目です。爆弾は合計四発食らいました。総魚雷投弾数68本、総爆弾投下数145発、撃墜数は先程の攻撃で23機になります。残機数は両艦合わせて7機になります」
この戦闘模擬の行われているKL区付近の海域には被弾した「瑞穂」「日進」の艦載機回収用として「翔鶴級重航空母艦二番艦 瑞鶴」が待機していた。
瑞鶴の甲板上では「大和」から食らった擬砲弾に含まれる赤い塗料を洗浄されている何機もの飛装兵がいるのだが、霧と靄に遮られて三隻が入り乱れる戦闘海域からは殆ど見えない。
「と言う事はもうすぐ両空母とも弾切れか……今回は演習用の擬装弾だから言いような物、本番だったら無制限の『フォトントーピドー』だからな、母艦に帰れさえすれば撃ち放題か……相手にはしたくないもんだな」
艦長の台詞を遮るように通信士が声を上げる。
「『日進』を発見しました! 本艦七時の方向、距離二万五千メートル!!」
大和に接近しているはずの瑞穂よりも、腹に収めた艦載機の補給におおわらわの日進の方が先に発見されてしまった。これでは折角搭載機の無い瑞穂が楯になった意味が無い。
間髪いれず、大和より主砲が発射される。
海面に着弾する直径四十六センチもある大型砲弾の衝撃波で日進が大きく揺れる。
「!!!」
懸命に操縦桿を握りシフォンがその衝撃に耐える。
突然の衝撃が、瑞穂艦内にも送信されて来る。
「シフォンちゃん!!」
思わず何時ものように、ちゃん付けで呼んでしまうマリア。作戦中は極力呼び捨てで呼ぶように心がけているのだが、やはり咄嗟の場合には何時もの癖が出てしまう様だ。
シフォンの乗る日進のいる方に目を移すと、今までその艦体を隠してくれていた朝靄が消えかかっていた。日進のいる海面の更に向うを見ると太陽が顔を出し始めていた。
大和の砲撃は尚も続く。弾着数が増すに連れ正確さも比例する。このままでは直撃を受けるのも時間の問題だ。
「……!」
瑞穂が猛然と速力を上げ始める。そして今まで自分を隠してくれていた朝霧の中を突っ切って、大和の目と鼻の先まで一気に差を詰める。
超戦艦の前に姿をさらけ出す小型空母……それは誰が見ても自殺行為に見えた。だが、マリアには一つの算段があった。
今、大和はシフォンの日進に向かって主砲の全力射撃をしているはずだった。主砲発射の隙を突きその巨体の懐に飛び込めば何とか一激を浴びせられる筈だ。この「機導空母」に搭載された主砲の口径は二十八センチ……それは巡洋戦艦の主砲口径と同クラスであり「本体」の副砲とまったく同じ物であった。
当りさえすれば何とかなる。そう思いながら「敵艦」の前に飛び出したマリアは一つの事実を目撃する。
日進に必殺の砲撃を浴びせているのは、艦体前後に配された二門の主砲塔だけだった。中央部の第二砲塔は沈黙した様にまったく動きを見せていなかった。
「!?」
マリアがその真意に気づいて瑞穂を後退させようとした時はもう遅かった。
ガルアは、マリアの瑞穂が、砲弾の雨に晒され続ける僚艦を助けるべく大和の目の前に現れる事は大体予想出来ていた。そこで、補給作業中の身重の空母に対する威力射撃は主砲二門で充分と、目の前に現れるはずであろうマリアの瑞穂のために一基残して置いていたのである。
その残しておいた主砲が退避回頭中の空母瑞穂に向けられる。これだけの近距離だ、たとえ使えるのが一門でも外しようが無い。
「すまんなマリア」
そう呟きながら艦長であるガルアは発射命令を下す。
「!!!」直撃を食らう機動空母。
マリアの瑞穂はその直撃であわや横転してしまう程の衝撃を受けた。幾ら塗料のみの擬装砲弾とは言え、相手は46cmもあるのである。その着弾の衝撃は相当なものになる。
至近距離で直撃を受けた「空母瑞穂」はそのショックがあまりにも大きかったらしくその場に停止してしまった。艦体前部にある小型艦橋に収まるマリアも気を失ってしまったのかぐったりとしている。良く見ると額から血を流していた。先程の直撃の振動で何処かに頭をぶつけてしまったのだろう。そして瑞穂本体も大和より受けた擬砲弾に含まれる赤い塗料が血の様にべったりと痛々しく張り付いていた。
「機導航空母艦 瑞穂」は本当に僚艦の楯となり、この最終模擬戦闘から退場した。
KL区第一桟橋。
ここには先程の模擬海戦に参加していた殆どの艦艇が係留されてその身を休めていた。
各艦艇のシステムチェックも済み、人気の閑散とし始めた桟橋の隅っこの方に、小柄な整備兵が落ち込んだ様な表情を見せながら座り込んでいた。マリアだ。
模擬戦闘中からずっと着ていた整備服の上半身だけを脱ぎ、袖を使って腰の辺りに巻いている。中には飾り気の無い白いタンクトップを着ていた。
おでこには痛々しく包帯が巻かれている。
桟橋手前に全長二〇〇メートルの艦体を碇泊させている空母瑞穂を見上げるその瞳はさっきまで泣き腫らしていたのか少し赤い。
事実、模擬海戦を退場しこのKL区第一桟橋に瑞穂と共に帰還してからと言うもの、マリアは泣きながら大和から受けた塗料弾の清掃をしていた。悔しくて悔しくてたまらなかった。
何時もだったら機動空母も無人飛装兵も自分の手足の様に扱う事が出来るのに、今日はその自分の実力の半分も出せなかった。
「今日は最後の模擬戦だって言うのにわたしったらなにやってんだろう……」
模擬戦闘その物はマリアの瑞穂の撃沈判定の後、その直後シフォンの日進も直撃を受けてしまいあっけなく終了してしまった。
如何に最新鋭の機動空母とは言え大和級重機動戦艦が相手では分が悪すぎると言うのが大多数の意見なのだが、瑞穂と日進の本当の力はこんなもんじゃないと、マリアも、そして相手を務めたガルアもそう思っていた。
「折角今日受領だって言うのにこんなに汚しちゃって……久しぶりに会える皆に顔見せらんないよ……」
実際には瑞穂も日進もマリアの手により綺麗にされており、艦載機達も瑞鶴の乗員が丁寧に洗浄してくれていたので母艦、艦載機とも新造兵器と言う言葉に恥じないくらいピカピカなのだが、それでもこの小柄なエンジニアパイロットの悔しさは晴れない。
「……セ〜ンパイ?」
落ち込むマリアの元へ、マリアと同じ格好をした背の高い女の子が現れた。シフォンだ。こちらは脱いだ整備服の下は白いTシャツを着ていた。それを胸の下ぐらいまでめくり上げ横に結び目を作って縛っている。
「どうしたんですか? センパイ? 今日は随分と調子が出てなかったみたいですけど、どっか体の具合でも悪いんですか?」
シフォンがそう言いながらマリアの隣に腰を降ろす。マリアはと言えば、首をふるふると左右に振るばかりである。
「……やっぱり朝聞いた報告が気になってるんですか……?」
模擬戦闘に出撃する直前、マリア達機導空母を預かるスタッフ達は母艦である空母信濃が帝国府から此方へ向かう途中、機導戦艦並みの攻撃力を有する「敵新型機動兵器」の強襲を受けたと言う情報を聞いていたのである。
そして自分達が模擬戦闘海域に出撃するのと入れ替わりで帰還予定であった「アリシア大佐の武蔵」が大破した「東部方面軍旗艦」を抱え予定通りKL区に戻ってきたのだったが、その大破した飛龍をドックに放り込むと一緒に持ち帰ってきた劫火砲だけを抱えて、目標も告げずに再び出撃して行ってしまったのである。
それが更に輪を掛ける形になってマリアの不安を募らせていた。
「だいじょうぶですよセンパイ、うちの艦も、アリシアさんの艦も只じゃ沈まないって言うのはセンパイの方が良く解ってるんじゃないんですか?」
「……うん」
この二人、本当に訓練学校時代からの先輩後輩同士なのだが、背の高いシフォンが小柄なマリアを何時も慰めている姿は、何だか先輩と後輩が逆の様な印象を受けてしまう。
「……それは自分でも充分解ってる筈なんだけど……でも駄目なの、不安が体中を駆け巡っちゃって自分ではどうする事も出来なくなっちゃうの……」
マリアはそう良いながら自分の体を自分の腕でぎゅうっと抱きしめる。
人一番がんばり屋さんで人一番心配屋さんなこの先輩の事をシフォンは昔から良く見ていた。シフォンとしてはこの小さい体を精一杯使って頑張りまくるマリアの事が可愛いくて可愛いくてしょうがないのだ。自分を自分で抱きしめて何とか自分自身を一生懸命支えている姿は先輩思いの後輩の目を魅了して離さない。
「もう、センパイったら可愛い過ぎっ」
そう言いながら、ぎゅぅ〜っとシフォンの長い腕に抱きしめられてしまうマリア。マリアが何かで落ち込んでいる時、必ずと言って良い程シフォンが隣にやって来てこうして心配で震える小さい体を抱きしめてくれていた。マリアも、何時も側にいてくれるこのスピリッツヘルパーに感謝しつつ、顔を少し赤くしながらシフォンの胸に抱かれていた。
「ごめんねシフォンちゃん、何時も心配掛けちゃって……」
落ち着きを取り戻したマリア。隣には元通りシフォンが座っている。シフォンとしては何時までもこの可愛い先輩の事を抱きしめていたかったのだが、そう言う訳にも行かないのはシフォンもちゃんと解っている。
「……わたし駄目な先輩よね……」
そう呟き、目を閉じながら少し頭を下げた。
「……直ぐ落ち込んで……直ぐ心配の虫が出てきて……それで何時もの自分の実力が出せなくなるなんて……本当情けないよね……」
そんな自己反省の只中のマリアの小さな体が、また後ろから抱きしめられてしまった。
「あ……もうだいじょうぶだよ……わたしだいじょうぶ……」
そう言いながら後ろから自分の体を抱きしめる腕に手を添えながらマリアは再び瞳を開いた。
「……?」
目線を落すと、手を添えた今自分を後ろから抱く腕は、帝国軍標準制服に身を包んでいた。
隣に目を移すとそこには先程と変わらずシフォンがいた。こちらに向かってニコニコしている。
マリアは恐る恐る顔を上げて後ろを振り返ってみた。そこには自分達の艦長の、懐かしい笑顔があった。
「りゅ、リュウガさん!?」
あまりにもびっくりしてしまったので「艦長」ではなく名前で呼んでしまったのはいかにもマリアらしいです。
「ごめんなさい、マリアちゃんにもずいぶん心配掛けちゃったみたいで……」
リュウガの台詞が終わり切らない内にマリアは体の向きを変えて、逆にリュウガの華奢な体に抱きついていた。
「……リュウガさぁん! ……わたし……わたし……」
マリアはリュウガの優しい笑顔を見た瞬間に、今まで体の中に溜め込んでいた心配の素が一気に噴き出してしまった。
もはや自分ではどうする事も出来ずリュウガの胸で泣きじゃくるマリア。
当のリュウガはと言えば驚きもせず只優しく自分の胸に顔を埋めるマリアの頭を優しく撫でていた。
「あ〜ん、マリアセンパイってば抱きつくんなら私にもぉ〜っ」
隣でシフォンが可愛い抗議の声を上げるが、今のマリアの耳には全然入らない様子だった。
「重機動要塞航空母艦 信濃」の右舷部に立てられた巨大な艦橋の後方には後部主砲塔の間に煙突上の構造物がある。
対外的に発表されている資料では本当に「煙突」となっているのだが、此処には実際には浴場や医務室を初めとする兵員居住区が設置されていた。
普通に考えてみればこんな目立つ場所に居住区があったら直ぐ被弾して大損害を被ると思われるのだが、「信濃」の場合、艦体内部がその機動戦艦としての特殊な構造物で殆ど占められてしまっているので仕方なくこの場所に設置したと言う経緯があった。
一応艦体主装甲程ではないがかなりの分厚い装甲で覆われそれなりに対処はされているのだが、如何せん居住区なので窓等も結構あり「実際に食らって見ないと何処まで直撃に耐えられるか解らない」と言うのが本当の所である。
そんな、一寸物騒な居住施設の一角に作られた信濃の食堂に、久しぶりに全員集合した乗員が皆で昼食を取っていた。
信濃の要員は全部で二十名。艦長を初めとする艦橋スタッフが五人、マリアやシフォンが常駐する整備班が全員合わせて十人。そしてその十五人を支援する給仕科、衛生科が合わせて五人。これで二十名である。
二隻の機導空母の最終調整も終わり久しぶりに皆と合流した整備班の面々は、信濃給仕長のイリアの作ってくれる、軍内でも割と評判の旨い食事にありついていた。今日のお昼の献立は魚のフライにサラダ、ポタージュスープと言う内容だった。
美味しそうに昼食をほうばる皆の周りを、まるでメイド服の様な帝国軍給仕科女子制服に身を包んだ給仕兵のシエラがかいがいしく動き回り、料理を運んだり食べ終わったお皿を片付けたりしている。
……メイド服と言えば、衛生科女子も同じ様な格好をしているのだが、この信濃の双子の衛生兵、アニスとアニタの姿だけさっきから見えない。何時もなら二人ならんで食事を取っている筈なのだが。
「……あと、アニスとアニタの二人が居れば久しぶりに全員集合になるんだけどね?」
ヨーコがサラダにのったレタスを口の中に運びながら、隣でこくこくとカップに入ったスープを飲んでいるミカにそう喋りかける。
「ん? まぁ、あっちじゃ看護婦さんは一人でも多く欲しいと思うからねぇ」
「……はい? なんか私たちの事呼んだ?」
唐突に息の合った二重奏が聞こえた。その場にいた全員が、その声のした食堂入り口の方に振り向いた。
そこには「地上空母蒼龍」の中で負傷兵の手当てに奔走していた、あの背の高い双子の衛生士がいた。
「アニス!? アニタ!?」
そう、この強引看護な双子の看護婦さんこそ、航空母艦信濃衛生科衛生士のアニスとアニタなのであった。
「あれ!? 南部方面軍の出向はもう良いの!?」
「うん、信濃も装備が揃って何時でも実践配備出来るって言うのに看護婦さんが居ないんじゃ締まらないだろうって、帰してもらっちゃったのよ」
「……で、でも、良くこんな早く帰って来れたね??」
「ん? うん、アリシアさんの武蔵に乗っけてもらったんだ、ね、アリシアさん?」
台詞の最後の方に、皆が「はい?」と言う顔になる。
アニスとアニタの一七四センチもある大きな体の後ろに隠れていた、黒い戦艦の艦長が顔を出した。
「ア、アリシア大佐!?」一同大ビックリ。
「ど、どうしたんですか??」
何だか場違いな所に来てしまったなと言う感じの表情を見せているアリシアが答える。
「……あんた達の艦長に呼ばれたのよ」
アリシアは自分が此処まで送って来たアニスに伴われて、手近な席、丁度ヨーコとミカが食事を取るテーブルに腰を降ろした。
「マジにケーキ丸ごと食べさせられに来たの、アリシア?」
ヨーコが気安く話しかける。ヨーコとミカ、そしてアリシアは入隊が同期ということで、アリシアに対してはヨーコとミカの二人は気軽に話しかけるのだった。気難しさが有名なアリシアなのだが、随分と階級の違う二人に馴れ馴れしい言葉使いをされても、特に気にした様子も見せない。
「……まあ、そう言う所……」
やれやれと言った顔のアリシアが席に着いた所を見計らって、一人の給仕兵がかなり大きなデコレーションケーキを持って来た。
「はい、お待たせしましたぁ」
「うっ!!!」
アリシアも一応女の子なので甘いものは割といける口なのだが、流石に今まさに目の前に出されたシロモノは、一寸たじろぐ程の大きさだった。
……ふと、アリシアは一つの不思議に気づいた。
あれ? 信濃の給仕兵って、シエラ一人では無かったか?
良く見ると自分の目の前でそのシエラ本人が席の空いたテーブルを台布巾で綺麗に拭いている。
アリシアは、かなり上の方から聞こえて来た、聞き覚えのある可愛い声のした方に顔を向けた。
「……何やってんのよリュウガ?」
そこにはトレイを抱えて、帝国軍給仕科女子制服に身を包むこの艦の艦長殿の姿があった。
「えへ♪ 似合いますぅ〜? アリシアが来るって言うんでさっきからコレ着てスタンバってたんですヨ」
「いや、そうじゃなくて……」
「……ん?いや〜この艦がふつーの軍艦してる時はわたしが一番ヒマですからネ、こうしてみんなのお手伝い出来るように他の科の制服も持ってるんですよ」
ぽんっ♪と胸の前で手の平を合わせながらニコっと微笑むリュウガ。
「………………はい」
またしてもリュウガの放つほえほえとした空気に取り込まれてしまっている事を悟ったアリシアは、観念したように目の前に置かれた大きなケーキを黙々と食べ始めていた。
この信濃の食堂は幅の狭い煙突状の構造物を左右にぶち抜くような構造になっていて両サイドに窓が付けられていた。その左舷側の窓から下を覗くと信濃の巨大な飛行甲板が見える。
昨日まで半分しかなかったその飛行甲板は、「瑞穂」「日進」が装着された事により、全長四〇〇メートルもある全通飛行甲板が完成していた。
「ん〜こうして見ると大きいですねぇ、信濃の飛行甲板って」
メイドさんの格好のままのリュウガが、まるで他人事の様な感想をもらす。
「……そうですね」
隣に立つマリアは、早朝に行われた最終模擬で思いもよらぬ失態を見せてしまったからか何だか浮かぬ顔であります。艦長の胸で思わず泣きじゃくってしまったと言う事も、相当堪えているみたいだ。
「とりあえずの任務はこのKL区に残って東部方面軍の損傷艦艇の修理支援が発令されている。折角の飛行甲板も搭載機も、まだまだ出番は来ないようだな」
副長の台詞。KL区の司令部の方から信濃の方に先程そう通達されていた。
後ろの方に目を移すと、アリシアがいまだその巨大なデコレーションケーキと果てしない勝負の真っ最中をしている。
一応3分の1程無くなったであろうか? 負けず嫌いの彼女の事だから食べ残す事などありえない。たとえ自分の腹にもう押し込めなくなってもその結末は「……ちょっとシエラ、後で食べるから包んで」である。
それはそうと、信濃の飛行甲板がちゃんと全通になったのも凄い事なのではあるが、実はこの信濃の隣にはアリシアの武蔵が碇泊しており、その更に奥にはガルアの大和も舳を並べてたりするのである。
図らずも大和級の姉妹艦三隻が全て揃っていたりして、それはそれは大変凄い事だと思うのだが何だか皆あまりその凄さに気が付いてないようです……アリシアも……。
さらに対岸には先程の模擬海戦で支援艦として参加していた「重航空母艦 瑞鶴」が碇泊しており、さらにその先の乾ドックには修理中の「空中空母 飛龍」がいたりするのだが……まあ良いか。
「艦長、帝国海軍恒例飛行甲板完成記念運動会の方はどうしますか?」
マリアの立っている反対側に立っていた副長が、思い出したように口を開いた。
「あ、そうですね、瑞穂と日進が付きましたから信濃の飛行甲板もちゃんと完成しましたって言う事になるんですもんね、やっぱりやらないとまずいですねぇ」
自分も思い出したようにそう言いながら、胸の前で両の手の平をぽんっ♪っと、合わせる仕草を見せる。
帝国軍初の航空母艦である「鳳翔」の飛行甲板が完成した時に、その見た目にも奇妙な全通甲板を見た当時の艤装員長が「この広いスペースを利用して運動会かなんかできないもんか?」と言った事がある。
とりあえず今までこの帝国初の空母の建造に携わってきた艤装員達の娯楽や慰安も含めて、本当に空母の飛行甲板上で運動会が開催される事になったのだった。
元々鳳翔は多分に実験艦的な意味合いを持って建造され、それ程の大型艦としては造られてはいなかった。その結果、飛行甲板も全長168.25mしかなかったのでそれ程本格的な陸上競技会は出来なかったのであるが、この「飛行甲板が完成したらとりあえずその上で運動会」と言うのが何時の間にか慣習として帝国軍には残ってしまった。
信濃も一応空母であるのでこの帝国海軍の慣習には従う必要があると、副艦長殿は言っているのである。
食堂の窓から全通になった飛行甲板を改めて見下ろしてみる。端から端まで丁度四〇〇メートル。陸上競技を行なうには充分以上の大きさだ。
が、その巨大な飛行甲板を載せたこの大型空母の乗員は、僅か二十人。どう考えても競技場の方が余りすぎである。
「寂しい運動会なのはしょうがないか」と半ば諦め気味で窓から飛行甲板を見つめる面々の中には、あの不言実行操舵士ログの姿もあった。マリアの隣りに何時の間にか立っていた。
そのログが思い出したようにボソッと呟いた。
「……他の艦の乗員に参加してもらえば良いんじゃないのかな……たとえば整備中の武蔵とか……」
久しぶりに聞く信濃操舵士の声にその場にいた全員がログの方に振り向くが、本人は一向に介した様子も無い……流石……。
その時それを聞いていた隣に立つ「えらいでっかいメイドさん」がぽんっ♪っと何かを思い付いたように胸の前で両手を合わせていたのであるが、この時点ではまだ誰も本当にそんな自体になるとは夢にも思っていなかったようであります。
勿論、みんなの後ろで巨大なケーキを減らす事に余念が無いアリシアも。
翌日。
桟橋から信濃の飛行甲板に続く連絡タラップの甲板出口付近には「飛行甲板完成記念大運動会」の立て看板が立てられていた。多分作ったのは艦長本人なんだろうなあ。
慣例だからしょうがないと言った顔の者あり、とりあえず嬉しそうな顔をしている者ありの信濃乗組員の面々。全員龍樹帝国軍正式体操服に着がえております。男子用は短パン、女子用はブルマーです。
……そう言えば信濃って全員で20人のはずだが、やはりちょっと人数が多いようだが……?
るんるん♪〜とナイスバディ過ぎる長い手足を惜し気も無く剥き出しにしたリュウガが、徒競走用の旗を運んでいたりするのだが、そのえらい背の高いホビットを呼び止める同族の女の子がいる。
「……ちょっと、リュウガ」そこには体操着にブルマーなアリシアが。意外に可愛いなんて言ってしまったら本人に失礼かな?
「はい?」
「もうっ、何であたしまで参加しなきゃならないのよぉ!!」リュウガの胸倉を掴んでの怒りの抗議!
その、自分の服を掴むアリシアに合わせて少し膝を落してあげてるリュウガが、何だかとっても可愛いです。
「いや〜基地指令にこの事をお話したら『信濃の乗員は少ないからやっぱり整備中の武蔵の人達にも参加してもらったら?』って言ってくれたんですもの」
と、言いながらぽんっ♪と胸の前で両手を合わすリュウガ。
そのアリシアの後ろでは、とほほな顔の武蔵の乗員がいます。ちゃんと全員体操服です。
アリシアはこの天然ぼけの艦長殿にはこれ以上言ってもらちがあかないと見て、言い出しっぺであるログに怖い顔を向けるが、無口な操舵士は何事も無かったかの如く、黙々と大会本部の設営なんぞをやっている。
とりあえずアリシアの今の心の気持ちを表現すると……「何でこの艦はこんな奴らばっかなのよぉーっ!!!」となる。でも、ちゃんとブルマー穿いて真面目にやって来るアリシアもアリシアだと思うけど……。
「まあまあアリシアそんなに怒らないで。ほらほら、アリシアの分もちゃんとお弁当作ってきましたから」
と言いつつどっからともなくお弁当の包みを取り出すリュウガ。
「……」
とりあえず今日もいい天気です。