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第五話 夢と時の狭間


 薄墨を塗り伸ばしたような空から、しとしとと雨が降っていた。
 降り注ぐ雨粒が、物陰に隠れた男達を容赦なく濡らしている。
 男達はずぶ濡れにされてもその場を動こうとはせず、下草の陰に隠れじっと遠くを方を見つめていた。
 ここからでは目線の先に何があるのかは、見えない。
 普通の者では不可能な、遠くを見れる手段を、男達は心得ているのだろう。
「……噂は本当だったらしいな?」
 男の一人が呟く。鎧に身を固め、傍らには長さが2mはありそうな長剣を携えている。一目で剣士とわかる風体だ。
「はい、信じられませんが……」
 傍らに控えた男が答えた。こちらの男は全身を長衣のローブに包んでいる。魔導士だ。
 良く見ればこの場にいる男達は、皆ローブに身を包んでいる。
 剣士姿をした者は、先程一番最初に口を開いたこの男しかいない。
「良し、早速捕獲に移る。準備は出来ているだろうな?」
「はい、いつでも出れます……ですが、相手はまだ子供ですよ? ここまでする必要があるのでしょうか?」
 この魔法使いの男の他にも、ローブを着た者たちは、十数人ほどこの場にいる。
「さあな、俺は魔導士のお偉いさんから命を受けて、お前達をまとめる指揮士としてここに来たに過ぎん」
 まったく感情のこもってない声で、剣士の男が言う。
「ただ『髪の濡れた少女』を捕獲しろと命令されてきただけだ」
 雨で額に張り付いた前髪を拭いながら、続ける。
「もっともこの状況ではどっちが目標の娘か解からんがな。他には強力な水の魔力を秘めた少女とだけ言われた。この少女の捕獲に成功すれば『ハイカグラ』を稼動させられるかも知れない。そうとしか向こうも言っていない」
 指揮士の言葉を聞いて、魔導士の顔色が変わった。
「もっとも俺にはその『ハイカグラ』って言う奴も知らんがな。こっちはお前らの専門分野だろ?」
「……ヴァッシュ様、その二つは我々にも知らされている情報とほとんど同じです」
 魔法使い隊の指揮士として、敵国の本土と言う非常に危険な地にまでやってきた、このヴァッシュガーランドと言う男は、本国でも知らぬ者がいないほどの剣の使い手だ。
 高位の剣士と高位の魔導士が戦った場合、大概の場合、魔導士の方が破れる。
 高位魔導士が極限まで速度を上げた呪文詠唱のスピードよりも、達人の剣士が懐に飛び込んで剣を振り下ろす方が圧倒的に早いからだ。
 その為、高位の剣士は誰からも畏怖と恐怖の念を持って見られる。それはやはり魔法使い達も変わらない。
 基本的に我が強い者が多い魔法使いでも素直に服従させてしまえるほどの力を、このヴァッシュは持ち合わせていると言うことだ。
 そのヴァッシュですら全ての事を知らされていないとは。
 必要以上の情報を与えず、尚且つ確実に命令を実行させられるであろう高位の実力を持った者を作戦に送り出す。
 これは相手が、かなり重要且つ危険な存在であるという証拠だ。
 魔導士は身震いを覚えた。
 果たして自分は生きて返れるだろうか?
 自分も先程から千里視の呪文を使い、目標となる少女達を確認している。
 木陰で雨を凌ぎ身体を寄り添わせている子供達は、普通の、少年一人に少女二人にしか見えない。
 魔導士はヴァッシュに視線を移した。
 この隊の指揮士は、先程と何も変わらず只相手を見つめているだけに見えた。
 剣士であるこの男には千里視の呪文は使えないが、これほどの高位の剣士ならば、極限まで研ぎ澄まされた戦いの感で、相手を感じる事ができるのだろう。
 ヴァッシュが空を見上げた。
「もうすぐ止むな。完全に降り止んだら作戦に移る」
 先程から降り続けている雨が、少し小降りになってきた。
「濡れる分には構わないが、口に入れるには危険だからな」
 独り言のように呟く。
「このあたりの雨は綺麗過ぎる」





 森の中を横断するように敷かれた二組の軌道。
 今はその上を通るものも無く、静かに雨に濡れていた。
 大量の水滴が付いた四枚の金属製の軌道板が、不思議な光沢を見せている。
 その雨に濡れる軌道の向うの大きな木の下で、三人の子供達が雨宿りを兼ねて昼食の準備をしていた。
「ねえレイくん、さいきんよくあめがふるよねぇ?」
 パリジャン風の硬めに焼かれたパンを切りながら、リュウガが少年に向かって呟いた。
 石と小枝で組んだかまどでお湯を沸かそうとしていた処だったレイは、リュウガの方に振り向くと、縦に少し首を振った。
 あまり感情を表に出さないこの少年も、流石に不思議に思っていたらしい。
「ウォルテといっしょにたびをはじめてから、まいにちいっかいかならず、あめがふるよね、ねぇウォルテ?」
 側面に「SPINACH」と大きく書かれた文字と共にかなりマッチョなオーガ族の海兵さんの絵が印刷されている缶詰を相手に、ダガーを持って奮闘している女の子に話を向けた。
 キコキコとぎこちない動きで一生懸命缶詰の蓋を開けようとしていたウォルテは、話し掛けられていたことにも、気がついていない様だ。
「ウォルテってば!」
「……え? なに?」
「さいきんあめがよくふるねぇ〜ってきいてたんだけど……」
「あ、ごめん〜ぜんぜんきがつかなかったよ」
 ……パコン!
 そう言いながら、ようやく缶詰の蓋を開けることに成功した。
 三人の子供達は雨の降る中、昼食の準備をしていた。
 リュウガがメインのサンドイッチを作る担当、レイが火をおこして飲み物を用意する担当、ウォルテが保存野菜の入った缶詰を開ける担当である。
 リュウガ先程薄く切り揃えたパンを木皿の上に並べ始めた。
 リュックから油紙のような包みを二つ取り出すと中を開いた。中を開けるとそれぞれ大き目のチーズの塊と、ベーコン状の干し肉が入っていた。
 リュウガはチーズと干し肉を小さく切ると先程並べておいたパンの間にその二つを挟む。
 メインディッシュの完成を待っていたように、出来たばかりのサンドイッチの隣りに、缶詰のほうれん草をウォルテが取り分け始めた。
「よし、これでかんせいね」
「うんっ」
 二人揃って、くるっと、お湯を沸かしている少年の方に振り向いた。
「レイくぅ〜ん、ごはんのほうできちゃったよぉ〜……って、あれ?」
 二人が振り向いたそこには、既にコーヒーの入った木のカップを三つ持って待っている状態の、レイの姿があった。





 木の葉と、大地と、線路を雨が叩く音を聞きながら、三人の子供達は食事を始めた。
 もう直ぐ止むのか、雨脚は弱くなってきている。太陽も薄雲の裏から、少しずつ空を照らし始めていた。
 二人の女の子が出来立てのお昼ご飯をほおばりながら会話し始める。
「わたしさぁ、いまウォルテといれてすっごくうれしいんダ」
「うぐ?」
 リュウガの台詞に、ウォルテが硬いパンを口の中で“むぐむぐ”したまま答える。少し行儀悪い。
「……じつはさ、はじめてできたおんなの子のともだちなんだ、ウォルテが」
 嬉しさを現すように、にこーっと微笑むリュウガ。
「そうなんだ……」
「エヘへ、だからたのしいんだ、まいにちが」
 多分リュウガと言う少女は、二人の女の子の隣で黙々と口を動かし続けるレイと言う無口な少年とずっと二人っきりで過ごして来たのだろう。
 リュウガにしてもレイといる事自体は特につまらない訳では無かったのだが、やはり年頃の女の子としては同姓の友人が欲しかったに違いない。
 リュウガがクルッとレイの方に振り向く。
「レイくんもわたし以外のおんなの子のともだちができてうれしいでショ?」
 今まで蚊帳の外に徹していた無口な少年を、強引に蚊帳の中に入れようとするホビットの少女。
 レイはと言うと、ほうれん草をスプーンで口の中にかき込む直前の動きで止まっている。
 何時もの無表情の中にも少しキョトンとした表情が見えていた。
 しばらく時間が止まる。
 堪りかねたリュウガがレイの顔を両手で掴むと強引に自分の方に「こくん」とうなずかせた。
「……ほら、レイくんもうれしいっていってるヨ!」
「……」
 その二人の姿を見て、ウォルテがくすくすと笑っていた。
「あはははは♪」
「ねえ? ウォルテ」
 レイの顔を離すと、再びウォルテの方に向き直る。
「ん? なに?」
 また二人の少女の会話に戻る。蚊帳の外に戻った無口な少年は、再び昼食を口に運び始める。
「ウォルテもさぁ、歩いてるときになんかすっごくうれしそうににこーっとしてるときあるけど、あれってなんか良いことでもあるの?」
 リュウガの質問に思いを廻らすような表情を作りながら答える。
「……うん、なんだかふしぎだなぁっておもって」
「ふしぎ?」
 ウォルテの答えにリュウガも不思議顔で問い返す。
「うん、こうやって歩いているってことは、玄武さんのせなかをふんづけていることなんだなぁっておもうとなんだかふしぎになっちゃって、くすくす笑っちゃうんダ」
「げんぶさん?」
「うん、おかあさんのしりあい」
「ふーん」
「……ほんとうだったら、こんなことないはずなのに、こうやって2本のあしで歩いているなんて、ほんとふしぎ……」
 そこまで言うと、なにかを思い出したように木の葉の傘の外に手を出した。
 自分の手の平に雨の雫が溜まっていく様を、静かに見つめているウォルテ。
 それと同時に、先ほどまでの楽しげな表情が、徐々に消えていく。
「……」
 ある程度手の平に雨粒を乗せると、自分のもとに手を戻した。
「リュウガ」
 ウォルテがリュウガに再び声をかける。
「うぐ?」
 突然呼ばれたので、リュウガも口にサンドイッチを入れたままの、行儀の悪い返事。
 こくんっと口の中のものを飲み込むと、ウォルテの方に顔を向けた。
「どうしたの?」
「……このあめって、きれいにみえるよね」
「きれい?」
 ウォルテが口にした言葉の意味が良く解からず、キョトンとしてしまうリュウガ。
 でも、そう言った相手の表情が余りにも真剣だったので、サンドイッチをかじる手を止めて、その言葉の続きを聞くことにした。
「ユガミズって知ってる?」
「……」
 リュウガはその言葉を聞いて少し考えるような顔すると、思い出したようにしゃべり始めた。
「この世に破壊の神堕りし時、その身から染み出し灰が青き空に混じり合い、この大地の水を歪ませた……」
 そこまで言って、ウォルテの方に顔を向けた。
「お母さんがまえにいってた。このせかいの水には灰がふくまれているんだって。めにみえないちいさい灰が」
 リュウガがコーヒーをひと口飲む。一呼吸置くように。
「そしてその灰のはいったみずのことを歪んだ水、ユガミズっていうっていってた。そのこと?」
「うん……」
 ウォルテが自分の手に少し溜めた雨水に目線を落す。
「このせかいのみずには死の灰がふくまれている。うまれたばっかりのわたしは、灰のはいったこの世界の水に耐えられなかった」
 今まで空を見上げていた顔を下に向けると、力を落すようにうつむく。
「みずのなかの歪んだ空間におちてしまったわたしは、そのまま必要のなくなった存在として処分されるはずだった……またあたらしいウォルテをおかあさんがつくればいいだけのことだから……でも」
 肩を落すような仕草を見せていたウォルテが、隣りで静かに聞いていた相手に振り向いた。
「でもわたしはいまここにいる。リュウガとレイくんがたすけてくれたから……」
 手の上に溜めた小さな水溜りを、さらさらと地面に落す。
「リュウガってさ、あれからずっとそのかみがたのままだよね?」
 ウォルテの質問を聞いて今度はリュウガが振り向く。その動きに合わせて黒髪のポニーテイルが揺れる。
「うん、だっておかあさんにもらったリボンなんだもん。おまもりがわりだからずっとつけてるんだよ」
 髪を纏めているリボンを嬉しそうに撫でながら、リュウガが答える。
「リュウガはおかあさんのことすき?」
「うん、だいすき!!」
 そのリュウガの言葉を聞いて、ウォルテも本当に幸せな笑顔になれた。
 そして何かを決心したように口を開いた。
「リュウガ、わたしね……わたし、ほんとうは……わたしの正体は……」
 言葉を続けようとした時、リュウガがウォルテの口に手を伸ばしてきた。
「?」
 キョトンとするウォルテ。
 相手の唇に指を当てて言葉を遮ったリュウガは、自分の口にも指を当てて、静かにする事を促がしている。
 雨音だけになった静かな時間が数秒ほどたって、リュウガが小さく口を開く。
「……いる、だれかいる」
「だれか?」
 問い返すウォルテも自然と小声になる。
「……人間のにおいがする……それもたくさん」
 人一倍状況の変化に敏感なリュウガがそう指摘する。
 リュウガは食べかけのサンドイッチを一気に口に押し込むと、のどのつかえをとんとんと叩きながら、コーヒーのカップを口につけて無理やりお腹の中に押し込んだ。
「ウォルテいそいでたべて。なんだかいやなよかんがするの。レイくんもはやく……」
 そう言いながらレイの方に振り向くと、少年は先ほどリュウガがしたように一気に昼食を口に押し込んでいるところだった。





 昼食を片付けて、再び海に向かって歩き出した三人。
 だが、今までの楽しげな表情とは幾分か違う。皆、何かに警戒するように真面目な表情だ。
「……?」
 その時、自分達の進む方向の空間が、不可思議に揺らめくのが見えた。
「……てんいのじゅもん?」
 魔導教会で生まれ育ったリュウガは、ある程度の呪文の発動方法は知っていた。
 不可思議に揺らめく空間。それは遠くにある物体を強制的に移動させる為に次元に裂け目が出来た証拠だ。
 リュウガの予想を現実化するように、子供達の目の前に灰褐色のローブに見を包んだ数人の魔法使いが転移して現れた。
 気が付くと、既に後ろにも何人もの魔導士が現れていた。三人の子供たちは囲まれてしまったいた。
 リュウガ以外の二人も相手の発する匂いで、自分達を取り囲む魔法使い達が「人間」である事を、すぐさま理解した。
 何となくこう言う状況に成るような予感がしていた三人は、特に驚きもせず、新たに現れた脅威に対して身構える。
「ほう? 突然目の前に魔法使いが転移して来ても驚きの声一つあげないとは、見上げた根性だな?」
 ローブの男達の後の方から声がした。
 魔導士達の垣根が割れ、大きな剣を担いだ男が現れた。
「エルフの少年とホビットの少女よ、その真ん中の『少女』を置いて去れ。さすれば命だけは取らん」
 ヴァッシュの簡潔過ぎる言葉が響く。
 リュウガがウォルテの腕を抱きながらそれに答えた。
「ばかなこといってんじゃないわよ! ともだちをおいていなくなれですって? そんなことできるわけないじゃない!」
 自分の変わらない意思を示すように声を張り上げる。それと同時に自分の腕を抱くリュウガの力が強まるのをウォルテは感じていた。
 自分の為に其処までの台詞を言ってくれる感謝の気持ちと共に、自分の所為で大変な事に巻き込まれ様としている二人に対して、ウォルテの胸は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「中々見上げた覚悟だな?」
 ヴァッシュが含み笑いを見せる。そして手振りで、配下の魔導士たちに目標の捕獲を促す。
 魔導士たちがジリジリと子供たちの差を詰め始める。
 前からも後からも迫ってくるので、子供達は後ずさることも出来ず、その場で身構える。
 徐々に包囲の幅が狭くなる中、突然無口な少年が二人の少女の間に割り込んできた。
「?」
「?」
 疑問符を頭の上に乗っける二人にお構い無しに、行き成りその二人の腹に手を回した。
 両手に二人の少女を抱きかかえると、レイは一足飛びに魔導士達の垣根を飛び越えた。
「!?」

 驚きの表情の魔導士達を残し、一足で10m近い幅跳びを見せながら二人の少女を抱えた少年が、ぴょんぴょんとレールの上を駆けて行く。
「抜かった!? 子供とは言えあそこまで身体能力が高いとは!?」
 ヴァッシュの怒声が飛ぶ。
「お前達は呪導機を召還しろ!! 俺は先行して追う!!」
 それだけ言い残すと、ヴァッシュも子供達を追って跳び出した。
 ホビット族を始めとする「ディフュ−ム」の民達は、通常で人間の3倍以上の身体能力を発揮する。
 リュウガが空気に含まれた微かな匂いで人間の存在を発見したり、子供とは言えそれなりの重量物であるリュウガとウォルテを抱えたまま10m以上ものBroad Jumpを見せたりするレイのこの力は「ディフュ−ム」でなければ見せられない物だ。
 だが、この二人が普通のディフュ−ムの子供なのかと言われれば更に疑問が増えるが。
 レイの右わき腹に抱えられていたリュウガが何かに気が付いた。それを今自分達を運んで逃げるレイに伝える。
「レイくん! うしろ! うしろ!!」
 レイがちらっと後ろを振り返る。
 其処には8機もの呪導機が召還されていた。そして今まさに自分達に迫ろうとして起動を開始する所だった。
 逸早く実体化し魔導士を乗せた呪導機が威嚇の「火球」を放つ。
 今まさに長いジャンプからの着地をしようとしていたレイの足元に、狙いすましたようにその「ファイアボール」の呪文が炸裂する。
 着地の瞬間を狙われたレイはその衝撃をもろに食らって、もんどりうって地面に叩き付けられた。
 叩き付けられた衝撃で二人の身体は、レイから遠くに投げ出された。
「いたたたた……」
 リュウガが苦痛の声を上げる。
「だいじょうぶ、ウォルテ……?」
 叩き付けられた衝撃で気を失ってしまったのか、隣りに倒れているウォルテは返事を返さない。
 心配になって近付こうとした時、自分の背に風を切る音を感じた。
「!?」
 その音に潜在的な恐怖を感じたリュウガは、一気にウォルテの倒れている方に飛び出した。
 それと同時に、今まで自分がいた場所に巨大な剣が振り下ろされていた。地面を切り裂く嫌な音が響く。
「ほう? 俺の剣から逃れるとは、大したもんだな?」
 リュウガが声にした方に振り向いた時、そこには先ほどの大剣を持った剣士が立っていた。
 二メートル近いグレートソードが地面を大きく抉っていた。
 その大地に突き立った剣先には、切り裂かれた布切れが纏わりついていた。
 そしてその布切れにひどく見覚えがあることに気付くには、それほど時間はかからなかった。
「あ……わたしのリボン」
 リュウガは頭の上に手を回す。
 今まで自分の髪を纏めていた青いリボンはそこに無く、代わりに自分の後ろ髪が無造作にばらけていた。
 リュウガは自分の身体に刃が届く紙一重で、相手の剣をかわしていた。
 大好きな母からもらった青いリボン。今まで自分のお守りになっていた大切なリボン。
 だがそれ以上の事実が彼女の心を支配していた。
 リュウガは、自分の側で苦しんでいる少女のもとに身を寄せた。
 理由なんてない筈なのに、大切な友達が傷付き倒れた。
 彼女の胸に手を当てる。心臓がトクントクンと波打っている。大丈夫だ。でもその鼓動は心なしか小さく感じた。
「……」
 リュウガの心の中の何かに、火がついた。
 意識の戻らないウォルテの身体を抱き抱えるようにして、自分も立ち上がった。
「どうしたホビットの少女? そのままその少女を差し出すか?」
 自分の剣に纏わり付く青い布切れを引き剥がしながら、ヴァッシュが問う。
「……ゆるさない……」
 少女の口から聞き取れないほどのか細い声が洩れた。
「……ゆるさない……」
 今度はヴァッシュの耳にも聞き取れるぐらいの大きさだった。
「……ゆるさない……ゆるさない…………ゆるさない!!!」
 そのリュウガの絶叫と共に、少女の背中に何かが爆ぜる音が響いた。背中に
 二つの光球が背に宿る。
「……わたしのほんとうの力を……みせてあげる……」
 リュウガの背中に灯り始めていた二つの光が、一瞬爆発的な輝きを放つ。その直後、二つの光は一対の翼の形になっていた。

 ……それは黒く輝く焔の翼……

 ヴァッシュの表情が、その黒い焔の翼を見たとたん驚愕の表情に変わる。
「何だ、あれは!?」
 リュウガの背に生えた翼から生み出されるように、二つの火球が現れた。
 内包するであろう驚異的破壊力に気づいた時には、その二つの火球が自分に向かって来ていた。
「!?」
 一瞬の判断で後方へ跳びずさる。
 凄まじい炸裂音の後、今まで自分のいた場所には擂鉢状の大穴が二つ開いていた。
「……なんだあの娘は!?」
 一瞬にして蒸発してしまった土の水蒸気の揺らめく向うに、目標を抱き抱えたままの、翼の生えた少女が見える。
「ヴァッシュ様!! お下がりを!!」
 ヴァッシュが自分を呼ぶ声の方に、振り返る。
 そこには実体化した呪導機がおっとり刀で近付いて来る処だった。
 先頭の機がヴァッシュが追い抜く。
「あの護衛の娘は強い、抜かるな! 俺は自分の機を召還する!」
 ヴァッシュは呪導機達の後方に飛び抜け一旦間合いを取る。
 飛びずさる目の前で、突如として先頭の機が焔の柱に包まれた。
「!?」
 ある程度距離をおいた場所に着いた時には二機三機と続けざまに焔の柱に飲み込まれていた。 
 ヴァッシュはその光景を遠くに見ながら懐から分厚い札状の金属板を取り出した。
 これはサモンタロットと言われる召還の呪文を発動させる魔導器だ。
 この魔導器に予め召還されるべき物体を記憶させておけば、呪文の使えない者でも目的の物体を呼び寄せてくれる便利な道具だ。
「……」
 再び少女達のいる方に目を向ける。
「あの呪導機達は、全滅するな」
 そう乾いた台詞を呟くと、召還の呪文を発動させる為にサモンタロットを天に振り上げた。





 リュウガの翼から放たれた劫火の火球によって、瞬く間に3機の呪導機が焔の柱に変えられた。
 消し炭一つ残さずに消え去った仲間が先ほどまでいた場所を見て他の呪導機達がたじろぐ姿勢を見せる。
 ウォルテを抱いたままのリュウガが、怒りに染まった顔を残りの機体に向ける。
「……う、くぅ……」
 胸の上から小さな呻き声が聞こえた。
「ウォルテ!? きがついた……!?」
 目を覚ましたウォルテ。
 だがその身体は異常な程汗ばみ、あまつさえ噴出した汗が少しずつ蒸発し、湯気が出ていた。
 怒りに我を忘れていたリュウガは、ようやくウォルテの身体の異常に気が付いた。
 その苦しそうな顔は、まるで自分の身体を削り取られているかのようだった。
 そして彼女を苦しめているのは、多分自分が背負ったこの焔の力。
 今まで彼女のことを傷付けた相手から守る為に戦っていたのに、まさか自分自身がウォルテの事を傷付けることになるなんて。
 その事実を知ったリュウガが、一瞬にして呪導機達を屠ってきた力を弱めた。
 それに合わせて背に生えた翼も小さくなる。
「……だめ……ちからをよわめちゃだめ!」
 苦しみの表情を浮かべたままのウォルテが、ふるふると首を左右に振る。
「わたしたち、ともだちだもん……あなたのためならわたしいくらでもがまんできるよ……だから……だから、たたかって……わるいやつらなんかみんなやっつけて」
 目にいっぱいの涙を為ながら、ウォルテが精一杯の笑顔を作った。
 リュウガに抱かれるウォルテは少女の細い首にぎゅうっと抱きつき、あまりにも大き過ぎる焔の力に耐えていた。今のウォルテには親友の体に自分の身を全て任せておいた方がよっぽど我慢できた。
「ウォルテ……」
 リュウガは再び翼を広げた。
 友達の想いに、その力を再び発揮させることで答えた。
 背の黒い焔の翼に、再び火球が現れる。
「……!」
 再び相手を攻撃しようと身構えたリュウガの脇を、一人の少年が通り過ぎて行った。
「レイくん!」
 大地に叩き付けられた瞬間に、二人より離れた場所に飛ばされていたレイが何時の間にか二人の前に立っていた。
 レイが自分の脇を通り過ぎる時、何時もとは違う何か冷たい雰囲気を感じた。
 全ての者の心を凍らせてしまうかのような、強い冷気。
 その冷たい感情が彼の怒りだと理解するのに、それ程時間はかからなかった。
「レイくん……もしかして、おこってる?」
 リュウガの問いかけに、レイが少しだけ振り向いた。
 何時も感情を表に出さない少年。その少年の顔に少しだけ怒りの感情が見えているのをリュウガは見た。
 リュウガはそれだけでレイが激憤にかられている事を知った。
「ウォルテ、とぶわ!」
 リュウガは背中の黒い焔の翼を一瞬大きく羽ばたかせると、ウォルテを抱えたまま空に舞い上がった。
「レイくんが本気で怒ってる……とりあえず逃げなきゃ」
 この黒い翼を広げた時だけ、リュウガは空を飛ぶ事が出来た。内包する龍焔の力が発揮する超電力により浮揚器と同様の効果を形成し、ある程度重力を制御する事が出来る様になる。
「あんなレイくんみたことないよ……たぶんこれからたいへんなことがはじまっちゃうよ……」





 ヴァッシュが自分の機を召還し、再び呪導機の前に出た時は、少女達と一緒にいた少年が、一人で佇んでいた。
 目標を抱えた羽を生やした少女は、空に向かって飛び上がり逃げ出そうとしていた。
「どうしたお前達! 何故娘達を追わん!」
 ヴァッシュが声を張り上げる。
 だが、その声が届かないかのように呪導機達は動かない。
「機体が……機体が動きません!!」
 代わりに中に乗る魔導士の情けない叫びが聞こえて来た。
 動きを止めた呪導機達の目線の先には、あの少年の姿がある。
 少年の発する冷気と言う名のもの凄い殺気。
 その力に恐れをなし、中に乗る魔導士では無く、呪導機自体が動きを止めているらしい。
 呪導機達が気圧されて動きを止める程の力。
「何者なんだこの子供達は……そしてそれ程の存在なのか、あの濡れた髪の少女は!?」
 ヴァッシュが思わず出した呻きの向うで、少年が動きを見せた。
 レイが両手を前に突き出すと呪文の印を結び始めた。指を複雑に組替えていく。本来は同時に呪文を詠唱するのだが、無口な少年は印を結び始めてから全然口すら開いていない。
 だがそれでも確実に呪文は発動に向かっている。風の精霊達が騒ぎ出した。
 レイを中心にして小さな気流が発生した。乱れた空気の流れが少年の髪の毛や衣服の端等をはためかせる。





 一方、この三人を送り出した魔導教会の研究施設でも大変な事が起こり始めていた。
 研究施設中央に置かれていた奇妙な形の龍機兵が凄まじいまでの光に包まれていた。
 固定するサイロが揺れ始める。如何なる衝撃からも本体を守るべく作られた鋼鉄の固定具も、本来の主の召還には逆らえない。
 もの凄い光量の光の放射に、顔を手で覆って耐えながら、ミレイヌが隣に立つフーガに向かって叫んだ。
「フーガ!? どうするのよ!?」
 ミレイヌは泣き叫ばんばかりだ。
 当のフーガはと言えば、何も無かったのかの様に平然とした顔を見せながら、少しずつ消えて行こうとしている龍機兵を見上げている。あの娘にしてこの親あり……いや、多分このフーガの何事にも動じない性格を見てリュウガは育ったのだろう。
 彼女は初めからこう言う事になるであろう事が解っていたのであろうか?
 いや、もう既に自分がリュウガと言う長女を生んだ時から、フーガの中では何事に対しても覚悟は出来ていたのだろう。
 身重のホビットが、新しい命が成長を続ける自分のお腹に手を当てながら口を開く。
「……もう、歯車は回り始めたちゃったわ……誰にも、もう止められない……」
 フーガの台詞はこの今まさに召還されようとしている「ZERO」にだけ向けられた言葉ではないようだ。
 それは自分に向けられた言葉なのか? それとも娘達に向けられた言葉なのか?
「そうよ、レイくん、そしてリュウガ……悪い奴等なんか、皆やっつけちゃって良いのよ!!」
 少女の様に声を躍らせたフーガの叫びに送られる様に、龍機兵が完全に光の中に消えて行った。





 風が震えだした。
 レイの後ろで空気が渦を作り始める。
 それは形を変え、強大な竜巻の姿へと進化する。
 次の瞬間、竜巻の中心の地面に、巨大な魔方陣が出現した。
 風が乱れる。それと同時に魔方陣から巨大な龍の頭が出現した。
 巨大な角を付けたその龍は、雷で作られた首を生やして魔方陣からゆっくりと這い出て来た。
 静かに佇んだままの少年の上まで来ると、凄まじいまでの威圧感を放ちながら動きを止めた。
「……なっ!?」
 呪導機達があとずさる。
 その、凶々しい形相の龍の頭は、良く見ると表面が鋼鉄で覆われていた。本物の龍ではない。
 突然巨大な頭を支える雷の首が拡散した。
 それと同時に鋼鉄で出来た龍の首の「変形」が始まった。
 拡散せずに残っていた頭と同じ鉄製の首骨が下に折れ曲がり、左右に分かれた。
 各部が展開し、違う形に組替えられた後、再び固定される。
 その一対の部品は「足」となった。
 巨大な両方の角と後頭部に当たる部品が後方にずれて行く。
 ずれた部品は巨大な間接腕に支えられ龍の顔面の上に乗るような位置に移動する。
 両方の角が下に折れ曲がり関節と両腕を露出させる。
 それは肩の後ろに巨大な一対の安定翼を持った「上半身」となった。
 レイの体がふわっと宙に浮いた。そのまま空中を移動して、今変形を終えたばかりの上半身の肩口に降り立つ。
 少年が足を付けるのと同時に胴体から頭部が出現する。その悪魔の様な形相をたたえる顔面部が本来の位置に固定されると、レイはその鋼鉄製の横顔に手の平を付けた。
 龍の首から姿を変えた大型の龍機兵が大地に降り立つ。目の前でたじろいでいる呪導機達より頭一つ分以上は大きい。
 その巨大なる龍機兵はフーガ達が詰める魔法研究施設内にあった異形の龍機兵が本来の姿になったものに間違いなかった。
「なんだこの龍機兵は!?」
 轟音を立てながら迫ってくる大型龍機兵に向かってヴァッシュが絶叫する。
「龍機兵すら召還する力さえ持つのかこの少年は!?」
 大型龍機兵「ZERO」が両手をほんの少し前に突き出すような仕草を見せる。手の平に小規模の放電現象が起こる。
 ヴァッシュ以外の魔法使い達が目撃できた光景はそれで終わった。
 真っ二つに切り裂かれた呪導機が大きな音を立てながら大地に崩れ落ちる。
「……な!?」
 自分の機体以外の全てが、一瞬にして切り裂かれていた。
 生き残った……と言うより射線をわざと外されたヴァッシュが驚愕の声を上げる。
「ZERO」はその巨体を動かせる以上の、強大な出力を誇る機関をを積んでいた。
 膨大すぎる機関出力をほんの少し外に吐き出すだけで、その放電はあたりを一瞬にして真空に変えプラズマ溶断機と同様の効果をもたらし、射線上の物体を一万度度以上の高熱で焼き切る。
「おのれ!!!」
 わざと生かされたと言う行為が、ヴァッシュの中の剣士というプライドに火をつけた。
 一瞬にして龍機兵を切り裂く放電に対する恐怖など一瞬にして消え去り、相手に向かって自機を飛び出させた。
 ヴァッシュの機が装備したグレートソードを振り翳す。
「ZERO」が動く。
 振り下ろされる刃を遮るようにして手をかざす。
 一瞬の煌めく電光の後、ヴァッシュの必殺の剣は粉々に砕かれた。
 だがそれは承知の上だった。
 相手の懐に飛び込み、身を晒したまま機体を動かす少年に手が届きさえすれば、此方の勝ちだ。
 砕かれた剣を持っていた反対側の腕をレイに向かって突き出した。
 しかし、ヴァッシュの目に見えたのはそこまでだった。
 次の瞬間自分の目の前から大型龍機兵の姿が消えていた。
 そして突然の衝撃。
「ぎゃあ!!?」
 凄まじい衝撃により龍機兵の操舞倉が激しく振動する。
 振動だけならよかった。その振動に伴う衝撃で操舞倉自体が大きく歪んでいた。
 回転式のメーターや各部の映像版等が衝撃で大きく壊れている。先程まで正面の映像を写していた映像版の硝子が吹き飛び、その破片で魔法剣士の左眼の辺りが大きく切り裂かれていた。彼は一生、光を半分失った。
 神機「ZERO」の性能は、ヴァッシュの想像を遥かに越えていた。
 想像を絶する機動性を発揮した「ZERO」は、相手の左懐に一瞬にして回り込み、腹に鉄拳を叩き込んでいた。
「ZERO」が左胸を大きく破壊された龍機兵の首を掴むと高々と持ち上げた。そして手刀を胴体部に向ける。一気に機関部を貫くつもりだ。
 大きく切り裂かれた顔面からの出血で意識が朦朧としかけていたヴァッシュは、そこに一瞬の隙を見つけた。
 操舞倉上部の緊急レバーを力任せに引っ張る。
 それと同時に「ZERO」が掴んでいた首と頭部が行き成り爆発した。支えを失ったヴァッシュの機が地面に落ちる。
 突然の敵の自爆の煽りを食らってZEROが大きく傾ぐ。さしものレイも此処までの敵の行動は予想出来なかった。
 機体が相手の拘束から外れた事を確認すると、ヴァッシュは懐のサモンタロットを出して再び呪文を発動させた。
 今度は記憶させた物体をもとの場所に戻す為の呪文が発動された。
 だが、今度は自分自身が乗ったままだ。登録外の物体まで転移した場合どのような影響が出るか剣士の自分には解からない。それにこっちは生身だ。生きたまま転移出来るかどうかも不明だ。
 だが、この場でこのまま死ぬよりはいくらかはマシだ。
 消え行く機体と同時に意識も徐々に薄れていこうとするヴァッシュが、台詞を吐き出す。
「このままでは終わらん……何時の日か復讐は果たす……たとえ人間としての身体を捨てる事になっても……」










 それは薄暗い空間だった。
 生まれたばかりの少女は何故こんな所に居るのか解らなかった。
「……ここは……どこ?」
 怖さと寂しさが心の中に一杯になってきた少女の頬に涙がつたい始めた。
「……たすけて……だれか、たすけて……」
 その時少女の頭の中に声が聞こえて来た。



 誰? 誰なの?



 涙に濡れる目を開けた少女の目の前には、ぽっかりと光に包まれた空間が現れていた。

 その光の空間の向うで猫の耳を付けた女の子がきょろきょろとしている。

「……!? ……わたしの声が聞こえるの……?」



 うん



「……たすけて……わたしをここから出して……」

 少女にはその光の中の女の子は本当に希望の光を纏っているように見えた。



 でも、どうやって?

 光のなかの猫耳の女の子は相手が見えなくても何とか助けたいと一生懸命首をふって少女を探している。



「……たすけて……たすけて……」

 少女は自分でもどうする事も出来ずただただ切願の言葉を紡ぐだけしか出来ない。



 ねえ、どうすれば良いのぉー!?

 猫耳の女の子の叫びが響く。



「……」










 ウォルテは目を覚ました。
 まだぼうっとしている頭で今まで有った事を思い出す。
 リュウガに抱きかかえられて空に舞い上がった所まで何とか思い出せた。
「……そうだ、あのあとレイくんが大きな龍機兵を召還したんだっけ……あの龍機兵、リュウガのお母さんがいたところにあった龍機兵に似てた……」
 その直後ウォルテの体はついにリュウガの発する龍焔の熱に耐えられなくなり、気を失ってしまった。
 それからの事は全然覚えていない。
 今まであった事がまるで夢の中の出来事の様に思われてきた。
 ホビットの少女とエルフの少年との出会い、三人での旅、襲い掛かる人間達、咆哮する神機、そして少女の背に生えた龍焔の翼……
「……いままでのはぜんぶ、ゆめ?……う、ううん、そんなことないわ……」
 その時ウォルテは何かに気づいたように長い耳をピクッと動かした。
 漣の音、波の音、ゆっくりと流れる、世界で一番大きな水の音。
 ウォルテは砂浜の上に寝かされていた。
 何時の間にか目的地である海沿いの浜辺にウォルテは着いていた。
 大きな、とても大きな水がゆっくりと流れていく音を聞いていると、心の中がゆっくりと癒されていくのを感じた。
 ふと、ウォルテは自分の頭の下の物に不思議を感じた。
 何だかふわふわとして柔らかい物の上に自分の頭は乗っけられ寝かされていた。すごく寝心地が良い。
 ウォルテは上を見上げてみた。
 其処には友達の何時もと変わらない優しい微笑みがあった。
 リュウガはぼんやりと遠くの海を見つめていた。片手を後ろに付いて上半身を支え、空いた方の手で自分の脚の上で眠るウォルテの肩を抱いている。
 リュウガもウォルテが目を覚ましたのに気が付いた。視線を下に落す。
「きがついた? ほら、ウォルテ、海についたよ」
「うん、しおのかおり……いいにおい……」
 ウォルテが首を廻らすとリュウガの隣にレイが腰掛けているのが見えた。
 リュウガと同じようにぼんやりと海を見つめている。
 その無口な少年の更に向うに目を向けると「ZERO」が、大きな機体を傾がせ片膝を付いた状態で駐機していた。

 ……やっぱりゆめなんかじゃ……なかったんだね……

 二人の幼友達の変わらない笑顔を見るよりもこの巨大なる龍機兵の存在を確認する方がウォルテには現実感を感じる様な気がした。
 再び自分を膝枕してくれているリュウガの顔を見上げると、何だかその微笑に寂しさが含まれている事に気が付いた。
 ウォルテもその表情の意味が知りたかったが、とりあえず身体を起こすことを優先させた。
 自分達は目的の場所についた。
 この場所についたら自分は当初の目的を果たさなければならない。
 そしてそれは自分の正体を友達に告げること。
 ウォルテが二人の方に振り向いた。
 何時も変わらない笑顔を見せてくれるリュウガ。
 あんまり表情は変わらないけど、リュウガと同じくらい優しさを持っているレイ。
 この二人が自分の正体を知ったらどう思うだろう?
 もう、友達ではなくなってしまうのだろうか?
 ウォルテの胸の中に様々な思いが巡る。
 でもここで本当の自分を放さないことには、何も先に進まない。
「……うん」
 ウォルテは意を決したように、喋り始めた。
「……あのね……ふたりとも、あのね……」
「うん?」
「はじめてわたしのなまえをいったとき、リュウガは水の精霊のおひめさまとおなじなまえだよねっていってくれたよね」
「うん」
「……わたし……ほんとうにその水の精霊姫なんだよ……」
 ウォルテは遂に告白してしまった。
「なんだ、ほんとうにそうだったんダ」
 だが、自分が普通の者ではない事を明かした告白を聞いても、リュウガは普通のままだった。
「え……?」
 逆にウォルテの方が驚いてしまう。
「……かくしてたこと……おこってないの?」
「? かくしてた? そうなの?」
「え……」
 ホビットの少女が、当惑顔の水の精霊姫の手を取る。
「ウォルテ、わたしは、あなたが水の精霊のおひめさまだったから友達になったんじゃないよ……わたしが友達になったおんなのこが、たまたま水の精霊のおひめさまだったってだけだよ」
「リュウガぁ……」
 リュウガの台詞を聞いてウォルテは涙が零れてきた。
「レイくんもおなじきもちだよ」
 ウォルテは涙で前が良く見えない瞳でレイの方を見た。
 レイがこっちの方をじーっと見ている。そしてウォルテの前で初めて口を開いた。
「……ぼくも……同じ……」
「レイくん……」
 ウォルテが始めて聞いたその声は、とっても優しくてとっても甘くて、彼にぴったりな声だと思った。
「それにわたしたちだって、このわたしのちからや、レイくんのZEROのことウォルテにだまってたんだもん、おあいこだよ」
 リュウガはそう言いながら再び背に光球を出現させると、黒い焔の翼を開いた。
「!?」
 ウォルテは反射的に身を屈めた。あの物凄い高熱の痛みは身にしみている。
「……あれ?」
 しばらくして自分の体に何の変化もない事に気が付くとウォルテは恐る恐る目を開いた。
 何時もと変わらぬ優しい微笑みの少女の背に生えた焔の翼は、黒く輝くだけで、あの恐ろしいまでの高熱を全然発していない。
「ぜんぜんあつくないでショ? あれかられんしゅうしたらできるようになったんだ。空をとぶための重力を制御するための力で、あついのをおさえこむことができるようになったんだヨ」
 リュウガはそう言いながら両の手の平を、ぽんっ♪と胸の前で合わせる。
「いつまでもじぶんのともだちにあついのがまんさせられないもんネ」
 リュウガが先程から何気なく発する「友達」と言う台詞を聞くと、ウォルテは涙があふれてしょうがなかった。
「……リュウガ……その羽……さわらせてもらっていい……?」
 涙を拭いながらウォルテが、先程まで自分を苦しめていた現況に対して意外なお願いをする。
「ん? いいよ? でもだいじょうぶ?」
「……うん」
 ウォルテはリュウガが差し出してくれた翼の端に手を触れた。
 ……あったかい……
 ウォルテはその翼の温かさは彼女の心の温かさと同じなんだと思った。
 リュウガはポケットからハンカチを取り出すと、涙を拭うのも忘れて自分の翼に手を当てている友達の顔を拭いた。
 そしてそのままウォルテの体を抱いた。自分の翼を寄り添わせて小さい体を完全に包みこむ。
「……リュウガ?」
 急に友達に抱かれて顔を赤くするウォルテがドキドキしながら呟く。
「……もう、おわかれだね……ウォルテ……」
「……あ」
 ウォルテは最初に目を覚ました時に見たリュウガの顔に、寂しさが混じっていた意味に気が付いた。
 自分が元の精霊界に帰れる場所にたどり着く……それはまた同時に、この二人の友達と過ごした時間が終わりを告げると言う事だった。
 ウォルテがリュウガの胸にぎゅうっと顔を埋める。
「いやだよう……せっかくともだちになれたのに……もうおわかれなんて……いやだよう」
 ウォルテが泣きじゃくる。自分の胸を濡らしていく友達の頭を優しく撫でるリュウガの頬にも涙が伝い始めていた。
「ウォルテ……」 
 リュウガの心配の台詞を振り払うように突然ウォルテが顔を上げた。
 当惑するリュウガが見たウォルテの顔は、すごく良い笑顔を見せていた。
「……エヘヘ、わがままいってちゃだめだよね……わたしも……リュウガも、やらなくちゃいけないことがあるもんね……ふたりといっしょにいれた時間、ぜったいにわすれないよ……」
「うん」
 リュウガがウォルテの体を離す。それと同時に背中の黒い光を放つ翼が小さくなっていく。
 体を離したウォルテはポケットからハンカチを取り出すと今度は自分がリュウガの涙を拭った。





 別れの時が来た。
「そうだリュウガ、おかあさんからもらったリボン、なくしちゃったんだよね?」
「え? あ、う、うん」
 リュウガが自分の頭に手を当てる。
 母からもらった青いリボンは、ウォルテを捕まえにきた剣士によって切り裂かれてしまって、今は以前のストレートヘアになっている。
 ウォルテは両手を前に出すと、何かを祈るような仕草を見せた。
 すると、ウォルテの手の平の上に徐々に水の塊が出来始めた。
 しばらくするとそれは薄い布状の形に纏まった。薄い青い色をした半透明の布だ。
「これ、水の衣っていうんだ」
「みずのころも?」
「うん、リュウガちょっとうしろをむいて」
 リュウガは言われるままに、ウォルテに向かって背を向けた。
「これはね、みためはふつうのぬのにみえるけどね、ほんとうは水の結晶でできたほそいくさりで編んだぬのなんだよ」
 長い黒髪を纏めると、その半透明の布でリュウガの髪を結った。
「いいの、こんなのもらっちゃって?」
 ウォルテに再び整えてもらった髪に手を伸ばす。自分の髪を纏めている水の衣にも手を伸ばしてみたが、本当に普通の布のようだった。鎖で編んであるとは言うけれど、そんなごつごつとした感じは全然無かった。
「うん、だってリュウガはせっかくおかあさんからもらったリボンをわたしのせいで切られちゃったんだもん。それにわたしのことをここまでつれてきてくれたんだもん。だからこれはわたしからのおれいだよ」
「うん……だいじにするね」
「うん」
 ウォルテがリュウガの隣りに立つレイに向かって顔を向けた。
「レイくんにもおれいをしなきゃね」
 レイの顔に自分の顔を近づけると、その頬に唇をつけた。
「レイくんもいままでありがとう」
「……」
 頬に女の子のキスを貰ってもレイはと言えば、何時もの無表情な顔を見せているだけだった。
「もう、レイくんってば、おんなのこにキスしてもらったんだから、すこしはかおをあかくするとかしたらどう?」
 リュウガはそう言いながらウォルテのキスした反対側の頬に自分の唇を押し当ててみた。
「……」
 レイは二人分の口付けを受けてやっと、照れくさそうに顔を少し下に向けた。
 二人の女の子は無口な少年がやっと見せたその仕草を見て、くすくすと笑いあった。
 一生の別れに成るかも知れないと言うのに、その直前まで、この三人は本当に仲の良い友達のままだ。
「……じゃぁ、もういくね」
「うん……」
 ウォルテが波打ち際から、少しずつ海に入り始めた。
 膝まで浸かる所まで進むと、二人の方に振り向いた。
「……わたしたち……いつまでもともだちだよね……」
「うん、あたりまえじゃない」
「もし、これから先、あなたがたいへんなこんなんにあってそのときわたしの力がひつようになることがあったら、いつでもわたしのことを召還して! ぜったいぜったい、たすけにくるからぁ!!」
「うん!」
 ウォルテの身体が徐々に透明になっていく。そして少しづつ水の雫に変わり、海面に流れ落ちていく。
「ウォルテ!」
 目に涙を一杯に溜めたリュウガが叫ぶ。
「また……逢えるよね!」
「うん!」
 それがリュウガとレイの聞いた三人目の幼友達の最後の言葉になった。
 ウォルテはその言葉を残して完全に海に溶け込んで行った。本来居るべき場所に戻っていったのだ。
 リュウガは自分の拳でぐしぐしと涙を拭いながら、何時までもそのウォルテと青流が消えた海面を見つめていたが、不意にぐらっと身体を傾がせた。
「?」
 当惑顔のレイが、倒れこんできたリュウガの華奢な体を優しく抱きとめる。
「……ご、ごめんレイくん……ウォルテが無事にかえるのを見たら……なんだかきゅうに力がぬけてきちゃった……」
 良く見ると息遣いが少し荒くなって来ている。
 レイが心配そうな顔を向ける。
「……だいじょうぶ……今日はいっぱい、龍焔のちからをつかっちゃったから……すこしつかれちゃったみたい……だいじょうぶ……だいじょう……ぶ……」
 リュウガはそのままレイの腕の中で気を失ってしまった。










 どこか遠くで自分の事を呼ぶ声がする。

 ……長!! ……艦長!! ……

 艦長? ……それは軍艦の一番偉い人……でもそれは……誰?

「……リュウガさん!!」
「……は、はい!!」
「もう直ぐ帝国府に着きますよ」
 龍樹帝国海軍最大級の巨大空母を預かる長身のホビットの艦長は、自分の名前で呼ばれてやっと目を覚ました。
 ちょっとドキドキの残る顔を自分を現実世界に戻した相手に向けると、髪の短いエルフ族の者が心配顔で自分の事を見つめていた。
「……レイ君……?」
 機体が少し揺れた。
 それに合わせて、目の前のエルフの背中に隠れていた長い髪がずれて、自分の顔の上に落ちてきた。
「わぁ、すいませんリュウガさんっ」
 エルフの者は申し訳無いように、首の後あたりで纏めている後ろ髪を、リュウガの顔からどけた。
「……シフォンちゃん……」
 その声を聞いて、リュウガはようやく自分が今どこにいるのかを知った。 
 今現在リュウガは龍樹帝国皇帝本人よりの勅命を受けて母艦の寄航するKL区より帝国府に向かって移動している最中だった。
 まだ覚めきらない頭のままで、窓の方を見た。
 移動に使っている二式大艇から外を見ると龍の世界樹をちょうど通り過ぎる所だった。
 遠くに龍樹帝国本土列島中央部に位置する内湾と、その中心に横たわる「帝国府」の鋼鉄製の細長い巨体が見える。
 二式大艇こと、二式大型飛行艇は就役時は画期的高性能飛行艇として登場し、その期待にそぐわぬ活躍をして来たのだが、その後開発実戦配備が進んでいる「超大型戦略輸送機 富嶽」の水上機型に機種転換が行われてる処だった。
 言うなれば旧式機となってしまったのであるが、このような内地間の移動などにはまだまだ現役として使われている。
 リュウガの隣の席には「機動空母日進」及び「瑞穂」の現在までの稼動報告書を携えたシフォンが座っていた。
 新兵器の現状報告の為、整備班を代表して今回はシフォンが司令部に出頭することになり、ちょうど帝国府に向かう用事の出来たリュウガの二式大艇に便乗させてもらっていたのだ。
「艦長、名前で呼んだらすぐ起きましたね。レイと言う人はお知り合いですか?」
 目を覚ました直後のリュウガの頭はまだ混乱が抜けていないようだ。
「……あれは……夢……でも……」
 リュウガは子供の頃の記憶をなくしているはずだった。20年前に起こった大戦にまだ幼かったリュウガは巻き込まれ、その時それまでの記憶を失った……そう、教えられていた。
 ……エルフの少年、水の精霊の姫、失ったはずの母との記憶……
 思い出そうにも思い出せない。考えているうちに夢で見た記憶が手の平ですくった水の様に、その指の隙間から徐々に零れだしていく……
 リュウガは薄れ行く記憶の一つを何とか紡ぎだしながら自分の手の平を考え深げに見つめた。
「……子供の頃は……あんなに強い龍焔の力が使えたんですね……」





「……護衛……ですか?」
 帝国府に着いたリュウガはその足で龍樹帝国皇帝の謁見に赴いていた。
 が、元々堅苦しい事の嫌いな皇帝陛下は専用の謁見の間などは他国の高官に対して帝国の威容を見せつける為だけに使っているので、自分の直接の配下である黒龍師団の者との会話などは自分が作業する専用の執務室で行う事が殆どだった。
 改めて執務室に顔を出したリュウガはそう、龍樹帝国皇帝フィフスに問い返していた。
「ああ、なにしろ相手は龍魔導士の称号を持つ世界でも五指に入るほどの魔法使い様だ。その護衛ともなればやっぱり龍位の称号を持つ君に任せた方が良いと思ってね」
 目の前に座る自分の主は、体中にパイプやらアクチュエーターやらを詰め込んだ龍機兵をそのまま小さくした様な姿をしている。この龍樹帝国皇帝陛下が生身の体を機械で補っているのか?はたまた完全に機械の体の者なのか? それは誰にも解らなかった。
 リュウガは、機械仕掛けのフィフスの頭部の義眼状の顔が、にやっと笑ったような気がした。
「……陛下、今、にやあっとしましたよねぇ?」
「ははははは」





 リュウガは久しぶりに帝国府内の自室に戻って来た。
 龍樹帝国軍では別に高官用の部屋であっても豪華な造りにしたりしないので、大型艦の艦長としての大佐の称号を持つリュウガの部屋も随分こじんまりとした物である。
 リュウガは制服を脱ぎだした。ワイシャツ等も全て脱いで下着だけの姿になると、チェストの上に畳んで置いてあった青く染められたミニスカート系の衣服に袖を通し始めた。俗に旅人の服と言われる少し厚手に作られた旅行用の服だ。それを大き目の帯リボンで腰の辺りを縛り、体に合わせる。
 それから剥き出しになった長い足に太股の中間ぐらいまでの長さの、厚手の黒いニーソックスを穿く。腕にも同じようなデザインの長いストッキングを付けた。これがインナースーツになる。リュウガは剣士なのでこの上に鎧を身に付ける。
 ぱちぱちと金属製の止め具の音を子気味良く響かせながら手際よく自分の体にその白い鎧を固定していく。
 リュウガの目が特徴的なデザインの手甲に止まる。その手甲は手首の少し後ろの方に回転式の円盤の様なパーツが付けられていた。
 そのパーツに手の甲の装甲や腕の側面の装甲もつながっているのだが、腕の動きを妨げないようにかなり複雑な可動部によって手甲を構成する全てのパーツが連結されていた。
 手甲の二の腕を良く見ると、なにやら呪導機の肩の様な複雑なパーツが着いている。どうやらこの手甲その物が何らかの魔導器として機能する様だ。
 最後に自分の身長程もある大剣を腰に吊り下げる。剣を腰に固定するために左の腰を覆う様な形の、大きめのハーフスカートを鞘当として付ける。その上に大剣を固定する。リュウガの長身とほぼ同じぐらい有るのだからその剣はグレートソードの範疇に入るのだろう。その大剣は八洲刀の様に強い反りが付いていた。
 鏡に向かうとそこに写る自分の剣士姿を見てどこか不具合が無いか確認をする。
 自分の姿の確認が済むと再び鏡を見ながら、長く美しい黒髪をいったん解いた。
「……」
 今まで自分の髪を纏めていた髪留め。
 確かに夢の中でもらったものと同じ、半透明の薄い青のリボンだ。
 いつの頃からは解からないけれど、自分はずっとこの綺麗な色をしたリボンを使って髪を結っていた。
 夢の中で精霊の姫が別れ際にくれた水の衣。
 果たしてあの夢は現実のものだったのだろうか?
 その謎を解いてくれる筈のものを手にしているのに、自分の無くした記憶ではその答えを知る事が出来ない。
「まぁ考えていてもしかたないですよね」
 そうこの場での答えを出すと、櫛を取り出して着替えで乱れた長い髪を整え直した。
 そして再び彼女のトレードマークとも言える、いつものポニーテイルに結び直した。
「よし、だいじょうぶ」
 満足げに微笑むとリュックを担いで自室のドアを開けた。





「?」
「あ、シフォンちゃん」
 部屋を出たリュウガは報告書を脇に抱えたシフォンと鉢合わせした。
「……」
 思わず見ることの出来た自分の艦長の剣士姿に、シフォンは少し見とれてしまっていた。
 丁度一八〇センチを数える長身を鎧に身を包んだその姿は、並の男などを遥かに超える精悍さを醸し出していた。そして以外に狭い肩幅と華奢な体が形作る優美なラインが、女性としての美しさもちゃんと表に出している。
 シフォンはしばし言葉を失い、自分より背の高いホビットの女性に見入っていた。
「……」
「どうしました?」
 普段はあまり物事に動じないリュウガではあるが、まじまじと見つめられて一寸恥ずかしくなってしまった。
「あ、す、すいません、見とれちゃってましタ」
 シフォンは照れ笑いを浮かべながら、正直に答えた。
「しかしその姿の艦長は本当格好良いですね。軍内の女の子達が黄色い声援を上げるのも解りますヨ」
「も〜やめてくださいよ〜」
 事実、長身で剣士としての腕も立つリュウガは、帝国軍内では男子よりも女子の方に人気があった。毎年二月十四日には昔の風習に習って、大量の洋菓子を同姓から貰っている背の高いホビットの女の子の姿を、帝国府内で見かける事が出来る。
 リュウガは照れて赤くした顔を元に戻すと真面目な口調で口を開いた。
「シフォンちゃん、あとの事……信濃の事、頼みますね」
「はい!」





 リュウガが帝国府と本土列島の間に掛けられた連絡橋の一つを渡っている。
 列島側に着くと其処には門番の詰める通行門があった。リュウガは受付らしき場所に赴き自分の証明書を出そうとしたが、受付の席に座るエルフの女の子はふるふると首を左右に振ってそれを辞した。帝国軍の者ならばこの美しくも格好良い、背の高いホビットの女性の事は誰でも知っていた。
 リュウガは微笑むと、ぺこっとエルフの受付嬢にお辞儀を残して帝国府の外へ出て行った。受付の女の子もリュウガの後ろ姿に愛想良くお辞儀を返している。
 リュウガは一度立ち止まって少し伸びをすると、皇帝陛下の勅命を果たすべくすたすたと歩き出して行った。


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