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第六話 最強剣士と大魔法使い


 うっそうと生い茂る森の中を暖かく心地良い風が通り抜け、木々の葉を優しくゆらしていた。
 静かな森の中ほどに温かい日の光に満ちた、ぽっかりと空いた空間があった。
 其処には大きな平たい岩が中央にどっかりと腰を据えている。
 この平べったい岩はこの森を訪れる者達に、丁度良い休憩場所として利用されているようだ。
 森の中から、二人の少年と少女が現れた。
 手には二人とも大きめのバスケットを持っている。中を覗くとキノコや木の芽等が沢山入っている。どうやらこの森に山菜の類を取りに来たのだろう。
「……ふう、ちょっと休んでいこうぜ」
 少年が呟く。腰まで届く程髪を長く伸ばしている。その長い髪を三つ編みに編み込んでいた。顔の横に生える耳は横に尖っている。エルフ族の少年だ。中々精悍そうな面構えをしている。
「うん」
 手の平を胸の前で、ぽんっ♪と合わせる様な仕草を見せながら少女が答えた。
 少しおっとりとした印象の女の子。
 この少女も自分のおしりに少しかぶるぐらいある長い髪をしている。艶々とした黒髪だ。
 それを少年と同じように三つ編みに編んでいる。違うのはこの娘の方は二つに分けておさげにしている事だ。
 頭の上に目を移すと猫の様な耳が載っているのが解る。ホビット族の子だ。良く見るとその特徴的な耳は、横に「へろ〜ん」と垂れ下がっていた。
 二人は森の中の広場まで出てくると、中央の平たい岩に並んで腰掛けた。
 頭の上を白い雲達が、のんびりと流れて行く。
 どこかで見たような風景……どこかで見たような時間……
「えへ♪、今日はいっぱい取れたネ」
 少女が嬉しそうに喋る。
 少年はいきなりそんな笑顔を向けられてしまって一瞬ドキッとしてしまったが、直ぐに何とか気持ちを立て直すと少女の言葉に答えた。
「……ん? ああ、今年は雨がいっぱい降ったからな」
 照れくさそうに、ぼりぼりと髪なんぞかいている。
 ホビットの少女が自分の着るエプロンドレス風の服の、胸の真ん中に付いたポケットの中に手を突っ込んだ。中から小さく折りたたまれた包み紙を取り出す。
 包みを開くとその中にはチョコレートをいっぱい入れたチョコチップクッキーが入っていた。多分この少女のお手製なのだろう。
「ティア君もどうぞ」
 一つ摘んで口に運びながら、隣に座る少年にクッキーの乗る紙包みを差し出す。
「うん、貰う」
 ティアと呼ばれたエルフの少年が手を伸ばす。
 空を見上げると雲の間に見える太陽は、まだ空のてっぺんには来ていない。昼食前の丁度小腹の空く時間と言った処だ。
 優しい風の流れる森の中をのんびりとした時間が流れていく。
 二人はしばし暖かい日差しの下で、固めに焼かれたクッキーを口に運んでいた。
 唐突にホビットの少女がエルフの少年の方に振り向くと口を開いた。
「……ねぇ、ティア君?」
「ん? 何、リュウナ?」
 エルフの少年が、相手の女の子の名前を口にしながら答える。
「その、ティア君は今、彼女とかいないの?」
「ぶはぁっ!!! ごほぉ! ごほぉ!! ごほぉ!!!」
 ティアが今まさに飲み込もうとしていた口の中の物を少し吐き出してしまうのと同時に、喉にも少し詰まらせた。
「だ、だいじょうぶティア君!? ほら、お水、お水!」
 リュウナはさっき取ってきた山菜でいっぱいのバスケットの中に手を突っ込んだ。
 底の方から皮製の水筒を取り出すと、涙目になって胸をどんどんと叩いているエルフの少年に差し出した。
 ティアは強引に食道内に水を大量に流し込むと胸のつかえを何とか取り除いた。
「……い、いきなり変なこと聞くなよ……危うく死ぬとこだったぞ」
 はあはあと荒く息を吐くティアの顔は少し赤いが、その赤さは喉を詰まらせた痛みだけではないようだ。
 事の発端を作ったリュウナはと言えば、最初少し動揺の表情を作っただけで、今は何事も無かったかのような顔をしている。あまり物事に動じない性格なのかな?
「ほら、ティア君てさ、優しいし、結構カッコ良いし彼女の一人ぐらいいるのかなぁ〜? って、前から一度聞いて見たかったんダ」
 リュウナが優しい微笑を見せながら答える。ティアはその笑顔を見て再びドキッとしてしまったが、今度は照れた顔の赤さを隠す事が出来なかった。
「い、いないよ!?」
 素直に答えてしまうティア。
 だが、直ぐに再び自分の高ぶる気持ちを立て直すと、急いで台詞を繋ぐ。
「……そう言うリュウナはどうなんだよ?」
 思わぬ反撃の台詞に少しキョトンとした顔を見せたが、直ぐまた優しい微笑みに戻る。
「へへへ、いないよ。わたしもティア君と同じだね」
 ティアはその台詞を聞いて、自分が今まで言う事を心のどこかでためらっていた台詞を言う事に決めた。
 意を決したように恐る恐る口を開く。
「……その、リュウナは……俺の事……どう思ってんの?」
 殆ど「告白」に近い台詞だ。
 さしものリュウナもその台詞を聞いて、照れたように少しうつむいてしまった。
 少し考える様な仕草を見せると、顔を上げておずおずと口を開く。
「……お兄ちゃん……かな? ……何時もわたしの事を大切に守ってくれる優しいお兄ちゃん……そんな感じです」
 リュウナがニコッと微笑みながら答える。
「……お兄ちゃん……」
 ティアは「あーやっぱりな」と言った思いで呟いた。





 広い作業場の中に重い作業道具で鉄を叩く重厚な音がこだまする。
 赤く錆び付いていた大型ボルトが、レンチの柄にハンマーを叩き付ける事により何とか外された。
「ふう」
 タンクトップの端から隆々たる筋肉の付いた腕を剥き出しにした男が、一息ついたと言った感じで額の汗を拭いながら息を吐き出した。

 首から上や二の腕が毛で覆われている。オーガ族の男だ。そのオーガ特有の犬狼顔が載る首を、くきくきと鳴らす。
 ここは二〇メートル平方と言った巨大な倉庫状の建物の中に作られた龍機兵用の鍛冶場だ。中央には龍機兵が一機、片膝を付いた状態で駐機している。
 その周りには足場用のやぐらが組まれ、そのオーガの男は龍機兵の肩あたりの足場に腰掛け作業していた。
 錆び付き曲がった状態で何年もほったらかしにされていた固定用ボルトがようやく外れた。これで肩の装甲の取替えが出来る。
「おい、ティア!! ボルトの替えは上がったか!!」
 やぐらの上から声を張り上げる。
 壁際に設えられた炉の前で小柄な少年がふいごと格闘していた。先程のエルフの少年だ。
 火を噴出す炉から熱く煮えたぎる鉄の入ったごつい柄杓を取り出す。
 ぐつぐつと音を立てる融解した鉄を、床に置かれた幾つかの鋳型に流し込みながら、ティアが上に向かって声を張り上げる。
「今、三個目です! あと一個ぉ!!」
「良し、それが終わったら今日はもう火を落せ! もう日も落ちる」
 開け放たれたままになっている龍機兵を入れるための大扉から外を見ると、もう日が半分ほど没し様としている。辺りの空はもうオレンジ色だ。
 窓の外を煙と湯気の混ざった蒸気が漂っている。
 今頃は台所でリュウナが小さい体をフル回転させて夕食を作っているはずだ。風に乗って山菜の類を煮込む良い匂いが漂ってくる。
 朝、ティアに鍛冶場の仕事を休ませてまで、リュウナに着いて行かせた甲斐があったようだ。あれだけの量があれば一週間は持つだろう。
 オーガの男が足場の上に散らかった修理道具を片付けながら炉の方に目を移す。
「ティアの奴、折角俺がデートの機会を作ってやったのに何の進展も無しか」
「フフフ」と、一寸意地悪そうな笑いを浮かべながら、道具を担いで足場を降り始めた。
 その、話の中心のエルフの少年はと言えば、融鉄を流し込んだ型を外して、出来たばかりの大型ボルトの焼き入れしている所だった。
 ジュウ! と言う水が急激に沸騰する音と大量の蒸気が辺りに充満する。鍛冶場特有の光景だ。
 オーガの親方は自分の道具を所定の場所に置くと、拳で顔の汗を拭いながら鍛冶場を出て行った。
「ティア! 早くしないと俺が夕めし全部食っちまうぞ!!」
「うわぁ! ちょっと待って下さいよ親方ぁ!?」





 仕事を終えたティアが母屋の中ほどにある居間に顔を出すと、リュウナがいそいそと夕飯の支度をしている最中だった。
「あ、ティア君お疲れ様〜、もうちょっと待ってね、もうすぐ仕度終わるから」
「うん」
 ティアは板の間状になっている居間の床の上の、自分の席に腰掛けた。もう、手も顔も洗ってきて何時でもご飯が食べられる構えだ。
 リュウナがてきぱきとお皿を並べて行くのを見ながら、ティアが考え深げに口を開く。
「……なあ、リュウナ、やっぱり行くのか?」
 リュウナはティアの前に皿を置きながらその質問に答える。
「うん? ……ああ、旅の事ね。うん、行くよ」
「……その、リュウナみたいな魔法使いってさ……そんなにも魔導教会には絶対服従しなきゃならないのか?」
 ティアが少し心配顔になる。
「そんな事ないよ。その、わたしの場合はね、高位魔法を覚えるのに随分と魔導教会のお世話になっちゃったし」
 リュウナが人数分のスプーンを揃えながら呟く。
「いくら正式には所属していないとは言っても、やっぱり少しぐらいは教会の事もやらなくちゃ申し分けないからネ」
 屈託の無い笑顔を浮かべるリュウナに向かって、エルフの青年が更に質問を続ける。
「でもさ……結構危険な旅になるんじゃないのか? ……だったら……」
「俺も着いて行く」そう言おうと思ったティアの機先が制される。
「あれ? 言ってなかったっけ? 護衛の人が来るんだって、教会の方から派遣されて」
「は!? そうなの!?」
 思いっきり虚を突かれてしまった。
「うん、わたしもさ……その話を聞いてどうしようかと思ったんだ、最初は」
 リュウナが少しうつむき加減になる。
「知らない人と一緒で旅なんてなんかちょっと怖かったから、本当はティア君に着いてきてもらおうかと思ったんだけど……」
 どうやら二人とも思いは同じだったようだ。
「でも、後から聞いたらわたしの知ってる人が来るんだって言ってたんでちょっと安心したの……でも、教会の方にはわたしの知ってる人ってあんまりいないんだけどなぁ?」
 ティアは複雑な気持ちだった。ティアは剣士としての実力はかなりのものをもっていた。そしてそれは魔導教会の方でも確認しているはずだった。
 そのティアを差し置いてさらに護衛の者を着けると言うのである。多分その者は自分より遥かに高い実力の持ち主なのだろう。その者が護衛に着けばリュウナの安全性は自分が守るより更に高まるだろう。そして自分も鍛冶士見習いとしての仕事を休まないで済む事になる。
 冷静に考えてみればそれが一番良い事だと自分も思う。が、釈然としない気持ちが胸の中にわだかまるのも事実だ。
「あつっ!?」
 突然リュウナが、小さく悲鳴を上げた。考え込む様に下を向いた姿勢になってしまっていたティアが、瞬時に意識を切り替え振り向いた。
「どうしたの?」
 良い匂いを上げるシチューの入った鍋の乗ったテーブルの前で、リュウナが屈んで自分の指をふうふうしている。
「……うん、ちょっと火傷しちゃった」
 ふうふうと、赤くなってしまった指先に自分の口で風を送っている。ちょっと涙目だ。
 リュウナの指の加減を見ると、水で冷やさなければ行けない程の火傷ではないようだ。熱い鍋に軽く指を触れてしまったのだろう。
 少し安心した様にティアが呟く。
「そう言うときは耳を触ると良いって、昔からよく言うよね」
 ティアは自分の長い耳の耳たぶを指差しながら言った。
 リュウナは自分の耳を掴んでみた……が、リュウナの耳は猫の耳なので毛がいっぱい生えており、返って熱さが増すだけだった。と言うかホビットであるリュウナの耳には、元々耳たぶと言う物が存在しないのである。
 しょうがないのでティアの耳を掴むリュウナ。
「……」
「……」
 取り合えず固まったまま見つめ合う二人。
「……なにやってんだか」
 奥で書き物をしつつ一部始終を見ていたオーガの親方が突っ込みを入れていた。





 黒い空を見上げると黄色い三日月が雲の間から顔を出す所だった。
 ホビットの少女が縁側に腰掛けて空を見上げている。
「……綺麗な月」
 夕飯の後片付けも済んでついでにお風呂も済ませたリュウナは外に出て夜の静かな風で少し涼んでいた。
 まだ寝るには早いようで、風呂に入っても寝巻きには着替えておらず、朝から着ているエプロンドレスのままだ。勿論下着だけは新しいのに着替えたのでしょうけども。
「……多分どこかで、同じ月を見ているんだろうな……」
 リュウナが今此処にいない誰かに向かって思いを馳せる。その誰かとは誰なのだろう……?
 突然リュウナのふっくらとした柔らかい頬を涙が伝う。
「……もう、思い出しただけで泣いちゃうなんて……」
 リュウナがぐしぐしと拳で自分の瞳を拭う。
「……折角今まで我慢してたのに……勝手に出てこないでよ……」
 栓の外れた桶から噴出す水の様に、拭っても拭っても涙が止まらない。
「……でも……逢いたい……逢いたいよ……」
 その時戸口の方から、木戸の揺れるような音が聞こえた。少女の垂れた猫耳が、音のした方にピクッと跳ね上がる。
 感傷に浸ってる最中だったリュウナは、いきなり現実世界に意識を戻された。涙の止まった眼を音のした方に向ける。
「……?」
 不思議に思ったリュウナは、まだ瞳に残る涙を指で拭いながらそっちの方に行ってみる。
「……誰かいるんですか〜?」
 ドアを開けてみた。ドアの向うに悪意を持った者がいたらどうしようと言う躊躇いもあったが、リュウナもそれ程怖がりではないので、こう言う時の行動は早い。
 それよりも「もし助けを求める人がいたらどうしよう」と言う思いの方が強かった。
「??」
 とり合えず誰もいないように見えた。
 リュウナは再び中に戻ろうとクルッと振り向いた。その時……
 ごちんっ! と言う乾いた音が響いた。リュウナはいつの間にかドアの横に立っていた「何か」に頭をぶつけてしまった。
「いたたたた……」
 其処には鎧を着込んだ剣士風の者が立っていた。リュウナより随分と大きい。丁度胸を覆うアーマー部の所に頭をぶつけてしまったらしい。
「あ、ごっ、ごめんなさいっ!」
 リュウナは反射的にそう答えた。そして顔を上げた。
「……」
 ホビットの少女は言葉を失った。
 先程までその者の事を思い、涙まで流した相手が其処にいたからだ。
 華奢な体、長い手足、自分と同じ下に垂れた猫の耳。月光に照らされた優しげな笑顔から懐かしい声が聞こえて来た。
「……ただいま、リュウナ」
「お、おねえちゃん!?」
 リュウガが胸の前で両の手の平を、ぽんっ♪と合わせながら口を開く。
「いや〜家の鍵を置いてきちゃったみたいで、あなたが出てきてく……」
 リュウガの台詞が終わり切らない内にリュウナは姉の胸に飛び込んでいた。
「……おねえちゃん……逢いたかった……逢いたかったよ……」
 姉の鎧で覆われた胸で再び泣きじゃくるリュウナ。
 リュウガの胴体部を守る胸鎧に頬をつけると、その鉄の冷たさがとても心地よかった。高ぶる気持ちを癒してくれる。
 リュウガは妹がいきなり抱き着いてきても特に動じもせず、彼女の小さい頭を撫でていた。リュウガの手が優しく動く度にリュウナのふさふさとした耳が小さく揺れる。そして空いた方の手でリュウナの小柄な体を抱き寄せた。
「……なんだ、なんだ!?」
 物音に気づいた親方とティアの二人が奥から出て来た。
「!?」
「あ、ただいまです〜親方さん」
「りゅ、リュウガ!?」
 さしもの親方もビックリ顔だ。
「ティア君もただいま。ちゃんと元気してました?」
「は、はい!」
 突然の事でティアは思わず良い子の返事をしてしまった。
 リュウガの胸で泣きじゃくるリュウナの姿を見ると、今までの胸のわだかまりがすうっと消えていくような気がした。
 ……そっか、護衛ってリュウガさんだったのか……
 不思議とジェラシーと言う物は感じなかった。それよりも安心感の方が強い気がした。
 ……ははは、俺が幾ら頑張ってもあのひとには敵わないもんな……
 リュウナが涙に濡れる顔を上げる。
「……ねえ、おねえちゃん、お腹空いてない?今日取ってきたばっかりのキノコとかで作ったシチューがいっぱいあるんだ」
「うん、食べます。お腹ぺこぺこデス」
 リュウガが嬉しそうに答える。
 その台詞を聞いて妹が満面の笑みを浮かべる。
「えへへ♪おねえちゃんがつくったものよりは美味しくないかもしれないけどネ」


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