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第七話 平穏な一日、そして……


「勅命?」
 リュウナがほかほかと湯気を立てるシチューを姉の前に差し出しながら問い返す。
「……うん、わたしは世界に名だたる大魔法使い様が旅に出ると言う事で、陛下に直接言われてその護衛の為に此処へ来たんですよ」
 妹が出してくれた山菜のシチューを美味しそうに食べながら、そう答える。ちなみに華奢な身体のくせに結構大食いなリュウガは、これで二杯目です。やっぱり毎日の運動量が多いからそれだけ多く食べちゃうのかな?
「はあ? ……で、その『大魔法使い様』ってひとは何処にいるんですか?」
 リュウナが不思議そうに問い返す。
「はいっ」
 ぴっと、妹の顔を指差すリュウガ。
「は!? え、わたし!? へ??」
 本当に驚くリュウナ。
「あれ? 魔道教会の方から今回の事に関する手紙が来てる筈ですよね? そこに護衛の者の事も書いてあるはずですけど?」
「……うん、確かに顔を見知った者を遣わせるって書いては有ったけど……ホントおねえちゃんが来てくれるとは思わなかったよ〜」
 リュウナは全ての疑問が解けたようにニコーっと微笑んだ。
「それにわたし大魔法使いって言われるほどすごくないよー?」
 微笑に照れた頬の赤さが加わる。
「リュウナ」
 テーブルの向かい側に座っていたエルフの少年が話に入って来た。ちなみにこの仲の良い姉妹は二人並んで座っており、オーガの親方はティアの隣だ。
「……やっぱり、今度の旅の目的は他の者には話す訳にはいかないのか? そんなにも大変な事なのか?」
 ティアは純粋に心配の気持ちだけで喋っていた。この仲の良い姉妹だけで話を独占されたくないと言う気持ちは初めから無い。
 考え込んだ表情になってしまったリュウナは助けを求めるように親方の方を向いた。オーガの親方は先程から目を閉じたまま瞑目していた。
「自分で決めろ」リュウナには親方がそう言っているように思えた。
「……本当は誰にも言っちゃいけないって事になってるんだけど、良いよねティア君もそれに親方さんも大切な家族だもん、知らない方がおかしいよね」

 どきっ

「家族」と言う言葉にティアの心臓が大きく波打つ。やはりリュウナにとってはティアと言うエルフの少年は「兄」と言う認識なのだろうか?……それとも?
 意を決した様に、親方とティアの方に向き直る。
「……ラグナレクが見つかったの」
「!?」
 親方が目を開いた。ティアも本当に驚いた表情になっている。
「本当なのか!?……あの破壊神を倒せるっていう、あのラグナレクなのか??」
「うん……手紙にはそう書いてあったよ」
 そこまで言ってリュウナがうつむき加減になる。
「……でも、今回も『フェイク』かもしれないけど……」
 負の大剣ラグナレク……遥かなる昔「破壊神 エンドベル」を打ち倒せる唯一の武器として造られたといわれる伝説の大剣だ。
 二〇年前に起こった戦闘の最中、人間達の手に奪取されてしまい、それ以来その所在が不明となってしまっていた。
 今まで何度か魔道教会の間者の手によりその存在が確認されてはいたが、いずれも人間達が作ったラグナレクの複製品「フェイク」だった。
「リュウナ程の魔導士に探索を依頼するんだ。それにリュウガ程の剣士を護衛に付ける……例え本物でなくともそれに近いかなりな物を発見したんだろう、教会の方も」
 今まで沈黙を守っていた親方が口を開いた。皆が一斉に親方の方に振り向く。
 確かにリュウナ本人は謙遜しているが、彼女が世界でも五指の指に入る高位魔導士である事は本当の事だ。
 そして姉であるリュウガにしても「龍位」と言う地上最強を示す称号を有する剣士であり、その実力は殆ど交流の無いはずの人間達にまで知れ渡っているほどであった。
 この二人を揃えて教会側は探索を依頼したのである。今回の目標が限りなく本物に近いのは確かだ。
 しかし、先程から揃ってぽよ〜んとした表情を見せているこの二人の姉妹が、そんなにも凄い力を秘めているなんてなんかあんまり信じられないかもしれませんが。
「……とにかく、おねえちゃんと旅に出るって事は決まりなんだもんネ」
 リュウナが嬉しそうな笑顔を見せた。
 今までずっと離れ離れで逢いたくとも逢えなかった大好きな姉としばらく一緒にいれるのである。リュウナにとってはどれほど辛い旅であろうと姉と一緒ならどんな事でも切り抜けていける、そう思えていた。
「ねえ、おねえちゃん? いつ出発する?」
「うん? 今回わたしはあなたの護衛ですからね。リュウナが決めて下さいよ」
「あ、そうか……じゃあ、明日一日おねえちゃんゆっくりしててよ。出発はあさってにしよう、わたしも準備とかあるし」
「うん」
 その言葉を聞いて、親方が立ち上がった。話ももう終わりと言う事で、寝に行くのだろう。
「よし、リュウガ、今日はもう風呂にでも入って寝ろ。ティア、お前沸かしてやれ」
「あ、はい」
「そうだおねえちゃん、髪の毛洗うの手伝ってあげるよ」
「本当? ありがと〜」
「えへへへ、ティア君覗いちゃ駄目よ☆」
「そ、そんな事しないよ!?」
「あはは♪」





 翌日。
 龍機兵の鍛冶場の大扉には定休日の札が掛かっている。丁度今日は休日であるらしい。
 母屋の庭に目を移すと二人の姉妹が大きな木製のたらいを出して仲良く洗濯をしてた。
 リュウガは身体の線がでるデザインの長袖のシャツに少しフレア気味のミニスカートと言う格好をしている。どうも私服でもこう言う動きやすいミニ系の物を好んで着るようである。腕まくりしてその上にエプロンを付けている。
 リュウナは半そでの上着にショートパンツといった格好だ。彼女も姉と同様、こう言った動きやすい格好を好むようだ。姉と同じようにエプロンを身に付けている。良く見るとリュウガとお揃いである。
「ねえ、おねえちゃん?」
「ん?」
「こうやって洗濯してるのって楽しい?」
「ええ、楽しいですよ。こうやって何気なく家事をしてるのって、何だかいいですよね」
「あはは♪」
 二人の姉妹がたのしげにお喋りしながら洗濯する向こうでティアが一人黙々と剣の素振りをしていた。
 その手に持つ柄物はかなり大きい。二〇〜三〇キロはあるのではないだろうか?
 母屋の方からオーガの親方がほかほかと体中から湯気を上げながら出て来た。肩には湯上げタオル何ぞを掛けている。
「ふう、休みの日の朝風呂はやっぱり良いなあ」
 野太い声でそう一人感想を述べる親方の視線に、練技刀を地面に着いて二人の姉妹の姿を遠くから眺めているティアが入った。
「なにやってんだ、ティア?」
 そう言いながらティアの肩にぽんっと手を置く。
「うわぁ!?」
 ティアはビックリして飛び上がってしまった。エルフの青年は自分よりも遥かに体の大きなこのオーガの親方が近付いてきた事に、親方が自分の肩に手を置くまで全然気が付かなかった。
 親方も特に気配を消して近付いて来た訳では無いので、相当ティアがぼうっとしていたのだろう。
「ふふ、どうした? 俺が近付いても気が付かないとは剣士としてはまだまだだな?」
 親方がニヤリと笑う。ティアは返す言葉が無い。
「それとも大切な彼女をリュウガに取られて悔しかったか?」
「そ、そんなんじゃないですよ!? そ、そ、それに俺とリュウナはそんなんじゃないですよ!?」
 どうやらティア自身もリュウナとの関係は「友達以上恋人未満」と言う現実からは脱し切れていないようだ。
「……あの、二人をが仲良さそうにしてるのを見てると、何だか、ほっとする気持ちになるんですよね……」
 ……だから二人の関係を俺なんかが壊しちゃいけない……ティアは心の中でそう付け加えていた。
 親方も楽しそうに会話するホビットの姉妹の方に目を向けながら口を開く。
「それよりもティア、折角リュウガがいるんだから剣の稽古の一つもしてもらったらどうだ?」
 その台詞を聞いてティアが、とほほと言った顔になる。
「……実は親方が風呂に入ってる間に一勝負受けてもらってたんですよ。でも、一激でやられちゃいました……」





 リュウガと親方は連れ立って街に買い物に来ていた。
 明日からの旅に備えて保存食を買いにきたのが目的だ。
 リュウガは珍しく、自分の長い黒髪を下におろしていた。それを両脇を小さく止めて髪がばらけないように整えている。
 街を歩く二人。リュウガは非常に嬉しそうな表情をしているのだが、相手の親方は何だか照れくさそうである。
「……なあ、リュウガ」
「は〜い?」
 リュウガが振り向く。何時ものポニーテイルとは違い、長い髪が肩に掛かる。
「……やっぱり俺じゃなきゃいけなかったのか?……ほら、うちにはリュウナもティアもいるし……」
 リュウガが珍しく見せる肩に掛かる後れ毛を払う仕草に、何だか女の子っぽい可愛さを感じつつ、オーガの親方が問い掛ける。
「だって、リュウナは明日の準備がありますし、ティア君に夕食の仕度をしとけって言ったのは親方さんじゃないですか? 明日からリュウナがいなくなるから、今から練習しとけって」
「……まあ、そうだが……」
「それに」
 リュウガが親方の腕にぎゅうっと抱きついた。
「親方さんはわたしとデートするの、嫌ですか?」
 そこまで言われてしまってはもう、親方は何も言えなくなってしまった。
 惜しげも無く押し付けられた、彼女の大きく柔らかい胸の感触を感じると、嬉しさなんかよりも恥ずかしさの方が込み上げてくる。
「わたし、自分より背の大きい知り合いのひとってあんまりいないんで、家に帰ったらこうやって親方さんと腕を組んで歩いて見たかったんですヨ」
 親方は平均身長の大きいオーガの者だけあって、一九〇センチを数える長身だった。一八〇センチの身長があるリュウガも低めの靴を履けば相手の方が幾分か大きくなる計算になる。





 店先で揚げ物を揚げていた食料品店の店主が何気なく顔を上げると、町外れに店を構える龍機兵鍛冶の親方を見つけた。
 珍しくもえらい可愛い女の子を連れており、しかも腕まで組んでもらっていたりなんかしていた。その女の子の手足の長さを見れば親方の所のホビットの姉妹の姉の方だと言う事が直ぐに解る。
「おっ、リュウガちゃん帰ってたのか? なんだい親方、早速デートか? 焼けるねぇ〜」
「……うるさい!」
「あはは♪」





 夜。また再び三日月が夜の空に顔を出している。
「さあってと、こんなもんかな」
 リュウナはようやっと旅の仕度を終えた。枕もとに旅の服やリュック等を全て揃えて置く。
「ん? おねえちゃんもう寝ちゃったの?」
 隣に目を移すと、リュウガはもう既に布団に潜り込み静かに寝息を立てているように見えた。
 この部屋はリュウガが家にいた頃から二人で一緒に使っていた。母屋の広さならば別に二人一緒の部屋にしないでも別々に部屋を持てるくらいなのだが、二人とも、特にリュウナは二人別の部屋になりたいとは思わなかったようである。
 久しぶりに自分の布団で、すやすやと眠る姉の枕もとにリュウナは座り込んだ。
 小さな手で優しく頭を撫でる。大きな耳に指が軽く触れる度に小さく揺れるのは、やっぱり動物耳を持つ者共通なのだろう。
 リュウナは姉の顔に自分の顔を近づけてみた。すうすうと言う可愛い寝息の音が大きくなる。リュウナはどんどん顔を近づけていく。
 そして二人の唇と唇があと一寸で重なるかと言う所で、リュウナは止まった。
「……なあんだ、本当に寝ちゃってるのか」
 リュウナは姉のふっくらとした柔らかい頬にそっとキスすると、自分の布団に潜り込んだ。
「明日からよろしくね……おやすみ、おねえちゃん」
 リュウナは目を閉じるとすぐに眠ってしまった。姉と同じく、すうすうと可愛い寝息を立て始める。
 そのあと、リュウガがぱちっと目を開けたが、すぐに再び閉じると自分も眠りに落ちた。





 翌朝、朝靄のまだかかる朝の早い時間にも関わらず、既に4人とも家の前に出ていた。
 ホビットの姉妹は既に旅支度の格好になっている。リュウガは何時もの剣士姿、リュウナも魔導士としての格好になっている。
 だが、魔導士特有のローブ姿と言う訳ではなく、ミニスカート系のインナースーツに半袖のジャケットと言う出で立ちだ。こう言う格好では魔法使いである事を証明するのは手に持つロッドだけかもしれない。
 リュウガが親方の隣に立つティアの方に顔を向ける。
「……ティア君、大切な彼女を持ってっちゃって申し訳ありませんネ」
「い、いや、その俺たちそんな関係じゃ!?」
 ティア、そしてリュウナが揃って顔を赤くしてしまう。
「じゃあ、気をつけてな」
 親方が声を掛ける。
「はい!」
 リュウガとリュウナが揃って返事を返す。
 リュウガが親方に、すうっと近付いて行った。
「……親方さん、ちょっと良いですか?」
「?」
 リュウガはひょいっと踵を上げると、親方のフサフサとした頬にそっと唇をつけた。
「!?」
「エヘへへ、だって〜わたしが背伸びしてキスできる相手なんて親方さんぐらいしかいないんですもの〜」
 リュウガが珍しく顔を赤くして照れたような表情を見せながら、妹の小柄な体をいきなり腕に抱きかかえた。
 そして恥ずかしさを隠すように、ダッと駆け出した。
「じゃあ、いってきまーすっ」
「あ、あの、い、いってきま〜す!」
 姉に抱えられてしまったリュウナも慌てて声を上げる。脚の早い姉である。早くしないと二人に声が届かなくなる。
 後にはボーゼンとする男二人が残された。
 行き成りリュウガにキスされてかなり照れの入っている親方の顔が、ティアの目に入った。
 その視線に気が付いた親方は気まずさを打ち消すように声を張り上げる。
「おい! 仕事始めるぞ! ティア! 炉に火を入れろ!!」
「はーい」
 ティアはニヤケ顔で返事を返していた。





 リュウガはいまだ妹を抱えたまま、たたたと走っていた。
「もう〜おねえちゃんてば〜」
「えへへへ〜ごめんなサイ」
 街を見下ろせる小高い丘にたどり着くとリュウガは妹の体を下ろした。
「……」
「……」
 考え深げに街を見下ろす二人。
 色々な思い出が一杯詰まった街。そんな街に別れを告げて二人の姉妹は歩き出す。
「さあ、冒険の旅に出発ですっ」
「おーっ」


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