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第八話 冒険の旅へ!


 目に見える全ての光景が紅蓮の焔に包まれていた。
 母も他の誰かも、どこにいるのか解らなかった。
 焔に支配された世界、自分の眼に見えるのはレイの顔だけだった。
 リュウガとレイはもう決意を決めていた。
「ZERO」に乗り戦う事を。
 だが、その為にはレイが再び「ZERO」の中に戻らなければならなかった。
 そして、再びレイがこの姿に戻れる保証は、何処にも無い。
 それでも、もう二人は決めていた。
 レイが「ZERO」の胸部ユニットの上に立った。丁度頭部の目の前になる。そして静かに音を立てながら「ZERO」の顔面部が中央部から上下に割れ始めた。
 中には白い大きな球体状の物が収まっていた。その表面は生物の皮膚のようでもあり、骨格のようでもある、見た目にも不思議な構造をしている。全体が柔らかく薄い膜に覆われた卵の殻、そんな印象だ。その白い球の中心に眼を移すと少しくぼんだ形状をしていた。
 レイは衣服を脱ぎだした。もう、心を決めたレイには必要の無い物だ。
「……レイくん……わたし……わたし……」
 リュウガはあふれ出る涙を止める事が出来なかった。
 皆を守るために決めた事、それは二人で決めた事……でも……
 裸になったレイが振り向く。その視線の先には大きな瞳から涙をぼろぼろと零すホビットの少女がいる。
 レイはリュウガの顔に手を伸ばすと、その大粒の涙を指で拭った。
「……レイくん?」
 今まで常に機械的な行動を取ってきたレイが見せた、その優しげな仕草に、リュウガは高ぶる気持ちを少し抑える事が出来た。
「……」
 その優しさに触れることが出来たリュウガは、心のどこかにそっとしまっていた言葉をレイに告げる事にした。
「……レイくん……わたしたち、大きくなって……もう一度、逢うことができたら……」
 心臓の鼓動がトクンッと、一つ大きく波打つ。
「……わたしのこと……レイくんの……およめさんにしてくれる?……」
 リュウガが大好きな幼友達に、抱いていた思いを告げた。
 告白の余韻で頬を真っ赤に染めたホビットの少女は、これから起こる戦いの結果を本能的に悟っていたのかも知れない。
 二人は多分離れ離れになってしまう……それはどんな形になろうとも……
「……」
 レイは少し考えるような表情を見せた後、幼友達に向かって、ゆっくりとうなずいた。
「……ほんとう?……ありがとうレイくん……」
 リュウガが本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
 レイは再びこのディフュ−ムの姿になれる自信は殆ど無かった。だが、この目の前にいる女の子の夢を叶える、その気持ちを持ち続けていればそんな奇跡も起こせるんじゃないのか。
 本来、龍焔炉を動かす為の機械仕掛けの制御装置なだけである筈の自分にも、そんな事を思える気持ちが出来ていた。
 やはりそれはリュウガと言う少女の持つ天性の優しさに触れたおかげなのだろう。
 そしてレイは思っていた。この少女の夢を叶えると言う事、それが自分に優しさをくれたこの少女に出来る唯一の事だと言う事を。
 レイはどこで覚えてきたのか、自分の小指をリュウガに向かって差し出した。リュウガもごく当たり前のように、自分の小指を差し出した。
 重なり合う小さな小指と小指。
 今の二人は世界の命運を背負って生まれて来た、もう一つの破壊神などでは無かった。叶うかどうかも解らない将来を約束しあう、どこにでもいる幼い男の子と女の子だった。
「……ゆびきり、げんまん……」
「ZERO」の顔の奥に収まっていた白い球体から触手のような物が生え出て来た。そしてレイの体に絡みつく。それは主を本来の場所に戻すために出て来た物だ。
 レイの体が白い球体の丁度窪んだ場所に引き込まれて行く。そしてゆっくりと同化が始まっていく。
「……レイくん」
 リュウガはもうその光景を黙って見守るしかない。もう、決めた事だ。
「……」
 レイはリュウガの涙に濡れる瞳を見て考えた。幼友達の顔には決心の決まった表情の中にも、やはり悲しみの感情が幾つも見え隠れする。
 今、目の前にいる女の子の悲しみや寂しさを和らげる方法は無いのか?
「……」
 考えた挙句レイは、今の自分でも何とかそれを可能に出来るかもしれない唯一の方法を取る事にした。
 レイは「ZERO」の制御装置に同化しつつある自分の身体を何とか上半身だけ引き剥がした。
「……レイくん?」
 少し驚くリュウガの両肩を優しく掴む。そして何とか身体を伸ばすと、自分の顔をホビットの少女の顔に近付けていった。
 肩を幼友達に抱かれたリュウガの瞳には、レイの顔しか写っていなかった。
 リュウガはこれからレイが何をしようとしているのか、直ぐに理解した。
 そして何の躊躇いもなく、涙を零しつづける大きな瞳を閉じた。
 レイはリュウガの唇に自分の唇を重ねた。別れの間際になって交わされた幼い初めてのキス。
「……」
 リュウガは自分の頬が少しずつ上気していくのが解った。唇の先から身体全体が溶け出してしまいそうな感覚。
 一瞬だけの永遠、多分そんな表現が一番だと思う時間が過ぎ去った後、レイは体を離した。
 眼を開けたそこには真っ赤になった頬を涙で濡らす幼友達の姿があった。リュウガの顔からは悲しみが少しだけ消えていた。
「……レイくん」
 リュウガが優しく微笑んだ。レイもそれを見て微笑みを返した。リュウガはレイの笑った顔を始めて見たような気がした。
 その直後、レイの体が急激に白い球体に没し始めた。
 そして瞬く間に完全に同化してしまった。先程まであった球体の窪んだ所が無くなっている。そこには完全な球体に戻った「ZERO」の制御装置があるだけだった。
 リュウガがレイの消えて行った白い球体にそっと寄り添う。
 暖かかった。レイの身体の温もりを感じた。
「……レイくん……わたしさびしくないよ……だってこのなかにはレイくんがいるんだもん……わたしさびしくないよ……」
 レイが消えた球体を掴む手に、ぎゅっと力を込める。
「……いっしょに戦おう……レイくんといっしょならどんな事も、こわくないよ……」










 頭の上で大きなプロペラが回る音がする。
 龍樹帝国本土の月出列島と中央大陸を結ぶ定期船の中で、リュウガは眼を覚ました。
「……また、同じ夢……」
 まだ少しぼうっとする頭でそう回想する。
 二〇年前に起こった人間達との大戦に巻き込まれたリュウガは、その時起こった事故で子供の頃の記憶を失っているはずだった。
 リュウガは大戦後、オーガの親方に拾われた。リュウガの腕には生まれたばかりの妹、リュウナが抱かれていた。リュウガの記憶はそこから始まっていた。
 親方ならば自分の子供の頃の記憶を知っていそうだが、その事に対して親方は口を開こうとしなかった。リュウガも何か聞いてはいけないような気がしてあえて聞こうとはしなかった。
 リュウガは親方の元で生活するようになってから、先程見た夢と同じ夢を何度も見ていた。もう、何度見たのかも解らないぐらいに。
 前に見た水の精霊姫との旅の夢と同じように、眼が覚めたとたん夢の記憶が薄れていくのだが、何度も何度も同じ夢を見る事によってリュウガの頭の中に少しずつ記憶が溜まっていった。
 とは言え、夢の中の出来事である。本当にこれが自分の失ったはずの記憶なのかどうかと言う保証は、どこにも無い。
 でもリュウガはどうしてもあきらめきれなかった。遠い記憶の中の幼友達が自分の事を忘れないで欲しい、そう願って自分に同じ夢を見せているんじゃないか? リュウガにはそう思えてならなかった。
「……」
 唇に手を当ててみる。
 幼友達のくれた、暖かい唇の感覚が残っているような気がする。
「……待っててねレイ君……ぜったい逢いに行きますから……」
 リュウガはそこまで考えを巡らせた所で自分の今の状態に気付いた。少し前にうとうとしはじめてそのまま眠ってしまっていた。そしてそのまま隣に座る妹に、寄り掛かる格好になってしまっていたらしい。
 隣に眼を移すとリュウナが小さい腕を精一杯回して一生懸命リュウガの大きな体を支えていた。
「あ、ご、ごめんなさい」
 リュウガが慌てて、妹の小柄な身体に預けていた自分の身体を離す。
「わたし重いでしょ?」
 リュウナは姉のその台詞を聞いて、くすくすと軽くふき出してしまった。
「あはは、女の子なのに自分のこと重いなんて素直に言っちゃうなんて、ほーんとおねえちゃんらしいね〜」
 リュウナが姉の体を支えていた手を離した。
「……あのさあ、おねえちゃん」
 リュウナが少し真面目な表情になった。
「はい?」
「窓の外みてよ」
「?」
「……あそこを大きな龍機兵に牽引されながらフラフラ飛んでんのは、おねえちゃんとこの船じゃないの?」
 リュウガは妹に言われて自分達の乗っている飛空船「三笠」の硝子で覆われた窓から外を見た。
 ちなみにこの三笠と言う飛空船は、かつては水上戦の主力艦として海戦を戦っていた立派な水上戦艦だった。
 機動戦艦の開発過程で大型浮揚器の実験プラットフォームが必要になった時、予備役となっていた戦艦三笠に浮揚器搭載の実験空中戦艦として、改装を施したのだった。
 その後、運用試験も終わり更に老朽化の激しくなった三笠は主砲等の武装を下ろして、こうやって今現在は定期航路の連絡船として使用されているのだった。
 窓から外を覗くと確かに三笠の隣を、フラフラとした頼りない軌道を描きながら、一隻の大型艦が飛んでいる。
 船体側面に生える巨大な三角翼、優美な流線を描く艦体の最上甲板は巨大な飛行甲板になっている。艦首に付けられた航海艦橋、飛行甲板上に設けられた航空艦橋。そしてその航空艦橋の載る飛行甲板を挟むようにそそり立つ二枚の垂直翼。
 紛れも無い、龍樹帝国海軍第七機動艦隊旗艦「全領域汎用装甲空母 大鳳」だ。
 その大鳳の巨体を太いワイヤーを腹から伸ばして二隻の機動駆逐艦が左右から牽引している。リュウナが大きな龍機兵と言ったのはこの機動駆逐艦に違いない。そしてこの二隻は普段は大鳳が内部に搭載しているはずの龍月級防空機動駆逐艦に違いなかった。
「……どうしたんでしょう? 機関の調子でも悪いんでしょうかね?」
 リュウガの思考を助けるかのように天井に付けられた拡声器から船長の声が聞こえて来た。
「……乗客の皆様にお知らせいたします。本船の右舷を航行いたしております帝国軍空中艦が本船の航路に侵入して来ております。多分機関の不調か何かで上手く操艦が出来ないものと思われます。本船は衝突を避ける為、一時航路より外れます。それにより港への到着が遅れますので予め御了承下さい。本船は……」










 装甲空母大鳳は中央大陸の広い平原部に不時着していた。両サイドには母艦を何とか此処まで運んで来た二隻の龍月級が並び、翼を休めていた。
 大鳳を預かるダンカン大佐は、装甲空母の巨大な水素ジェットモーターの前に立ち、途方にくれていた。
「どうだ、エンジンの調子は?」
 隣に立つ整備班長に向かって呟く。
「はい、相当ダメージは大きい様です。果たしてこの状態で一番近い補給基地まで飛べるかどうか……」
 考えあぐねる二人の後ろから背の高い女性が声をかけてきた。
「……大鳳の具合はどうですか?」
「誰だ? ここは関係者以外立ち入り禁止の筈だが?」
 ダンカンは自艦の乗員の中では今まで聞いた事のない声に、訝しげに振り向いた。
「お久しぶりですダンカンさん」
 そこには可愛い笑顔をこちらに向ける、背の高いホビットの女性が立っていた。
「!? ムラサメ大佐!? なにやってんだこんなとこで? ……信濃は確かKL区にいるはずだが?」
「……エヘへヘ、ちょっと黒龍師団員としての命令を受けまして、他の皆に母艦は任せて旅に出てるんですよ」
 装甲空母艦長が驚きの入った表情で、帝国で一番巨大な空母の艦長をまじまじと見つめる。良く見れば何時もの帝国軍の制服では無く、旅姿となっている。長身を鎧で覆って腰に大剣を下げた姿は、なかなか凛々しかった。
 更にリュウガの隣に立つ小柄なホビットの女の子が大鳳の艦長の目に入った。
 彼女と良く似た顔付きをしている。身長差が無ければ双子と言っても差し支えないぐらい良く似ていた。更にご丁寧にも頭に生える猫の耳もリュウガと同じように、へろんと横に垂れていた。
「ムラサメ大佐……このお嬢さんは??」
「はい、この御方はリュウナムラサメ様です。彼女は世界でも有数の大魔導士様なんですよ。わたしはこの御方を護衛する為に陛下に勅命を頂いて、一緒に旅をしているんデス」
 それを聞いてリュウナが少し頬を赤くする。
 確かにリュウガが言っている事は間違いでは無いのだが、自分の姉にそんな言われ方をしてしまっては照れて照れてしょうが無い。
「も〜おねえちゃんてば〜そんな紹介されたら照れちゃうよ〜……ダンカンさんですよね? 姉からお噂は伺っております。わたしはリュウナって言います。何時も姉のリュウガがお世話になってます」
 そう言いながらぺコッと可愛くお辞儀をする。
「妹さん!?」
「はい、そうなんでス〜」
 ダンカンとリュウナが会話を盛り上げる隣でリュウガが大鳳のエンジン周りを観察していた。
「……融合炉のパワーを浮揚器に取られすぎて、ジェットモーターがオーバーロードを起こしていますね」
 ダンカン大佐と整備班長が一斉に振り向く。
「見ただけで解るのか!?」
「でも、これぐらいなら応急修理を施せば、何とかまた飛べるようになりますね」
「本当ですか!?」
 整備班長が声を上げる。
「わたしはこれでも空母の艦長になる前は工作艦で働いていたんですヨ、それに今の信濃だって半分は工作艦みたいな物ですし」
 リュウガがニコッと微笑む。
「……少しお手伝いしても良いですか?」
「良いのか?」
「ええ、あと、この子も中に入れて良いですよね。色々とお手伝いして貰わないと」
 リュウガはそう言いながら妹の小さい肩にぽんっと手を置く。
「あ、ああ」
 呆気に取られるダンカン艦長を残して二人の姉妹は、大鳳整備班長に伴われてすたすたと大鳳の艦内に消えていく。





「第一浮揚器の四番バイパスを閉鎖して下さい! それと一番モーター三番、四番クランクを外して四気筒に組替えてください!」
 リュウガの指示が飛ぶ。大鳳の艦内に入ったリュウガは上半身の鎧と手甲を外し、貸してもらった作業用のエプロンを身に着けた格好になっている。
「……?」
 上を見上げたリュウガの大きな目に、大型蓄電器の終端抵抗が目に入った。
「整備班長さん?」
「はい?」
 リュウガが隣に立つ大鳳整備班長に質問を投げ掛ける。
「……あの二番電池に刺さってるターミネータは?」
「ええ、最近あのバッテリーだけ調子が悪いんで閉鎖してるんですよ……わたしもあいつが使えればもう少しは飛べるとは思うんですけど」
 整備班長の困った顔を見ながら、リュウガが何かを思いついた様に呟いた。
「だったらあれを動かせる様にしましょう。中の回路を幾つか直結させれば少しはフルパワーを出せるはず」
 ぽんっ♪ と胸の前で両の手の平を合わせるような仕草を見せながら、そう呟く。
「!? でも、そんな事したら直ぐに電池が火を吹いちまいますよ!!」
 整備班長が声を上げる。しかしリュウガはそんな悲鳴に似た声を聞いても少しも動じない。そして大鳳整備班長を優しく諭す様に口を開く。
「さっきダンカンさんが来て、作戦を中止して帝国府に戻り本艦をドック入りさせるって言ってましたよね? だったら帝国府までの距離分の飛行距離を考えて、それに合わせてあの蓄電器のチューニングをし直す事は可能です。ゆっくり飛ぶ分には多少デチューンを施せば火を吹く事も無いでしょう」
 的確な判断だ。限られた材料と時間の中でこれからの作戦行動に合わせて最高のセッティングをする。これは整備の基本だ。だが普通はやろうと思ってもそう簡単には出来ない。やはりどこかでミスが発生する。
 だが彼女は、大鳳に乗って直ぐにその艦の現在の状況を的確に把握し、ほぼ最高とも言える指示を出したのである。
 このぽよ〜んとした表情を見せる背の高いホビットの女性を前にして、大鳳整備班長はもう何も口出しする事が出来なかった。
「……流石ですねムラサメさん……大声上げちまって申し分けないです」
 整備班長が頭を下げる。
「しかしムラサメさんが小さい頃から、あの伝説の龍機兵鍛冶士ディーグフリーデンの元で、その技術を学ばれたと言うのは本当なんですね」
 その台詞を聞いてリュウガが少し頬を赤くする。
「あははは、いやぁ〜うちの親方さんってそんなに凄いひとなんですかネ〜?」





 リュウガは寝板に転がり大鳳の二番蓄電池の下に上半身を潜り込ませていた。
「リュウナ、三番レンチ取ってくださーいっ」
「はーい」
 リュウナが大鳳備え付けの道具箱から全長四〇センチ程のレンチを取り出すと、配線と格闘する姉の隣に屈み込んだ。
 床と大型蓄電池の隙間から、手をひらひらと出している姉の手に手渡す。
「ありがとう」
 蓄電池の下から感謝の声と共に、再びかちゃかちゃと言う金属を付け替える硬質な音が聞こえて来る。
 リュウナはそのまま作業に没頭する姉の隣に、両膝を着く姿勢で腰を下ろした。リュウナも姉と同じように借りたエプロンを着けていた。半袖の分厚いジャケットを脱いでその上に作業用エプロンを着けてリュウガの手伝いに付いている。
「……ねえ、おねえちゃん……ちょっと良い?」
「ん? どうしましたリュウナ?」
 この二番大型蓄電池の調整は彼女一人に任されていたので、今此処にはリュウガとリュウナの二人しかいなかった。
 周りはリュウガの作業の音だけが響く不思議な静けさで包まれていた。
「……前から一度聞いてみたいと思っていたんだけどさ……」
「はい?」
「……おねえちゃんはどうして帝国軍に入ろうと思ったの?」
 カチャ。リュウガが一瞬手を止める。だがしばらくするとまた再び、かちゃかちゃと手を動かし始めた。
「どうしたんですか? 急に?」
 リュウナは今まで意識的にその事に対しては触れないでいた。リュウガが帝国軍に入隊したいと家族に告げた時、その夜リュウナは一晩中泣き明かしていた。大好きな姉との別れが悲しくて悲しくてしょうがなかったからだ。
 リュウナはその悲しみの記憶を再び呼び覚まさないようにと、姉にはその事は聞かなかった。彼女にしても姉の選んだ道を妨げるような事もしたくなかった。だから自分ひとりで我慢していた。
 リュウナの想いは事の発端であるリュウガも知っていた。でも、リュウナは聞いてきた。
「……聞いちゃいけなかったかな?」
 リュウガは妹の質問に答える事にした。
「……帝国軍に入ったらですね……また、逢えるような気がしたんですよ、幼友達の彼に……」
「え!?」
 驚きのリュウナ。
「……でも、おねえちゃん、幼友達って言っても……昔の事って忘れちゃったんじゃなかったっけ……あの大戦で……」
 リュウガが20年前に起こった帝国符近海で発生した戦闘に巻き込まれ、幼い日の記憶を失っている事はリュウナも知っている。
 リュウナはこの戦闘集結の直前に生まれた。母も戦闘に巻き込まれ自分を生んだ直後に死んだと聞かされている。そして姉が母代わりとなって自分の事を育ててくれた。自分の記憶の中では姉が小さい頃は男の子の友達と言うのはいなかった。だから、今リュウガが言っている幼友達の彼と言うのは姉が記憶を失う前の友達と言う事になる。
「うん……でも、何度も出てくるんです、夢の中に……幼友達の彼が……」
 リュウガが蓄電器のチューニングを進めながら昔の事を話始めた。
「……夢の中の話ですから、本当に幼友達の彼かどうかは解らないんですけど……何度も見るんですよね同じ夢を……小さい頃から」
 今リュウガの顔を見る事が出来たならば、夢見る少女のように少し頬を赤くしたその顔を見る事が出来ただろう。だが今は彼女の上には大きな蓄電装置があるので、その顔を見ることは誰にも叶わなかった。
「小さい頃、帝国所有の高位龍機兵の修理に行く親方さんに連れられて、あなたの事をおんぶしながら帝国府に行った時、感じたんですよ……彼の事を」
 リュウナも何時の間にか、姉と同じような表情になっていた。少し頬を赤くしながら姉の話に聞き入っていた。大好きな姉にそんな秘密が合ったなんて。
「……この帝国府のどこかに彼がいるような気がして、それで決めたんですよ、大きくなったら帝国軍に入ろうって……わたしが何時も見る夢の中の彼が、本当にわたしの事を待っていてくれてるのかなって思って……それを確かめたくって……エへへ、何だか子供っぽい理由ですネ、帝国軍に入った動機って」
 金属をはめ込む小気味良い音が聞こえて来た。どうやら調整作業が終わったらしい。
 がらがらと寝板の車輪の音を響かせながらリュウガが出て来た。
「ふう、終わりっと……ん?」
 リュウガの目に丁度立ち上がるところだったリュウナのスカートの中が視界に入ってしまった。白い下着に包まれた小さいお尻が非常に可愛い。姿勢的に自分は寝転んでいて、ミニスカートの相手は立っているのである。仕方ない。
「あ、ごめんなさい、パンツみちゃった」
「ん? あははははー、いいよ〜べつにおねえちゃんに見られても減らないよ〜」










 広大な草原に二人の姉妹が立っている。二人の目線の先には轟音を轟かせながら夕暮れの空に消えていく空母大鳳の姿があった。
「ちゃんと直ってよかったネ、おねえちゃん」
「うん」
 妹の言葉を聞いてリュウガが申し訳なさそうな顔を作る。
「ごめんね、わたしのわがままに付き合ってもらっちゃって」
 リュウナが、ん? と言う顔になる。
「いいよ〜、多分わたしがおねえちゃんの立場だったら同じことしてたモン」
 そう屈託の無い笑顔を見せるリュウナは、先程から少し頬を赤くしたままだった。それを見てリュウガが心配そうに声をかける。
「……リュウナ? さっきから顔が少し赤いですけど、風邪でもひきました?」
「……さっきおねえちゃんが話してくれた話……おねえちゃんがさ、彼氏もいないのに何時も恋する女の子みたいに綺麗でいられるのは、そんな秘密があったんだって思ってたんだ……」
 妹の台詞を聞いて姉が少し照れたように顔をほころばせる。
「彼氏がいないだけ余計ですヨ……さあ、落ち着ける場所を探しましょ、今夜一晩野宿出来る場所さがさなきゃ」
「うんっ」










 何日か旅を続けた二人は、巨大な湖のほとりに作られた宿場町にたどり着いた。
 この湖の港から出る連絡飛行艇に乗れば、目的地までの距離を相当詰める事が出来る。
 二人の姉妹は早速飛行艇の船着場に向かったのだが……
「え? 次の船が出るのはあと一週間後なんですか?」
 港の船券売り場で働くエルフ族の男性がすまなそうに答える。
「ええ、今日の朝出たばっかりですからね。船があっちの港に着いて折り返すのに順調に進んで一週間は掛かります。基本的にそれの繰り返しです」
 そこまで言われてしまってはもう、らちがあかない。
 二人はとぼとぼと新たに辿り着いた宿場町を歩き出した。
「う〜んどうしよう、おねえちゃん?」
「……と言う事は」
「と言う事は?」
「また一週間、野宿ですかねえ?」
「うひゃーっ」


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