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第九話 変わり行く大地


 とぼとぼと街中を歩く二人の姉妹。
「……う〜ん、ほんとどうしましょう」
 少し困り顔のリュウガ。
「いや〜別にずっと野宿でも良いけどね〜、お互い軟な体には出来てないし」
 妹のその台詞を聞いて、リュウガは少し吹き出してしまった。
「あはは♪ でもですね〜やっぱり折角街にいるんですから、髪の毛は洗いたいですよねぇ?」
 そう、それは女の子にとっては深刻な問題だ。
「あ、そうか〜、じゃあやっぱり安めの宿屋さんを見つけるのが一番いいのかなぁ?」
「そうですよね……?」
 リュウガの目線の先に通りの角に建つ、一軒のレストランが視界に入った。
 良く見ると何やらそのレストランの壁際で一人のオーガ族の女性がごそごそとしている。そのウエイトレス風の服装から察するにこの小さ目のレストランの関係者の者なのだろう。
 そのオーガの女性がレストランの壁に紙のような物を張ろうとしているのが解った。
 眼の良いリュウガにはその張り紙の内容をこの距離からでも読む事が出来る「臨時従業員急募、住み込み可」
 その内容を見て、リュウガの顔がパッと輝いた。それと同時に胸の前で両手の手の平を、ぽんっ♪ と合わせる。
 突如としてリュウガがその角のレストランに向かって駆け出した。小脇には自分の妹が抱えられていた。
 リュウナも姉と同じ位眼は良い方なのだが、気付くのに少し遅れてしまい、張り紙の内容を全部見れていなかった。
 だから「何事か?」と、少しビックリしてしまったのだが、おなじく姉と同じ位物事には動じない方なので特に悲鳴を上げたりもせず、文字通り借りて来た猫のようにおとなしく姉の腕に抱えられていた。





 港街の小さなレストランを女手一つで切り盛りするオーガの女将は、タンッと言う誰かの足音を耳に聞いて、後ろに振り返った。
 そこには鎧を着込んだ随分と背の大きい女の剣士が立っていた。その長身には似合わないと言う感じの童顔な可愛い顔をしている。小脇には何故か女の子を抱えていた。
 その背の高い女剣士が、おずおずとした口調で口を開いて来た。これまたその背の大きさには不釣合いのような可愛い声をしている。
「……あの、すいません、わたしたち、このレストランで働かせてもらって良いですか?」
 人生経験豊かな女将は、その不思議の連続にも特にたじろぎもせず、微笑みと共に答えを返した。
「あらあら、張り紙を張る手間が省けちゃったワネ」
 リュウガとリュウナがホビット族の者であると言う事に女将が気が付くのは、二人を店の中に招き入れてからの事である。





 もう、夕暮れになろうかと言う時刻のレストランの中で二人のホビットの姉妹がウェイトレスの衣装を着付けてもらっていた。
「う〜んちょっとスカート短かめねえ?」
「そうですか? でもこの服可愛いので、こう言うの着れて嬉しいです」
「そう?」
 この宿場街のレストランの制服は、ミニスカートにミニエプロンと言う作りをしていた。
 リュウガの着ている服は結構大きめに出来ていたのだが、それでも足の露出する部分がかなり多い。それでいて肩と腰の部位が少し余ってしまうと言う随分困った体型の持ち主である、リュウガと言う女の子は。
 女将は一応店の主人と言う事を表すようにエプロンドレス系のロングスカートの衣装だった。
「しかし、今リュウガちゃんが着てるのはうちの下の子が前に着てた物なんだけど、あなたが着るとやっぱり小さ目ねえ? 下の子も結構背が大きいんだけれども?」
 そう言いながらリュウガの腰のリボンを整える。お尻の尻尾まで掴まれて位置を修正されてしまい、リュウガはちょっとくすぐったかった。
「でも良いんですか女将さん? わたしたち次の船が来るまでしか働けないんですけど……」
 後ろの女将に向かって振り向きながら、申し訳なさそうに言う。
「うん、その点は大丈夫。うちのユーコの脚もあと一週間ぐらいで歩けるようになるって話だから、それだけでも働いてくれれば助かるワ」
 店の中の椅子の一つに腰掛けたオーガ族の女の子が少し照れ笑いを浮かべている。女将の娘のユーコだ。脇には松葉杖が立て掛けられており、その右足を包帯でぐるぐる巻きにしている。
 数日前に隣街まで使いに行った帰りに森の中を通っていた時、幻獣に襲われたのだと言う。骨折とまでは行かなかったものの、相当脚を痛めてしまったらしい。昨日までは腫れが酷くて歩く事も出来なかったと言っていた。
 その話を聞きながらリュウガが自分のスカートの裾を少し掴んでいた。やはりその長さが気になるのだろうか? いや、多分のんびりとした性格のリュウガは「帝国軍の制服のスカートと同じくらいですねー」とか思っているに違いない。すたすたと動きを確かめるように歩く。着心地は悪くなかった。
 先に気付けをしてもらっていたリュウナは女将の娘の隣に座っていた。歩いている姉の腰の辺りが丁度自分の前に来た。目の前でミニスカートの裾がひらひらと揺れている。
「……」
 とりあえず姉のスカートをめくって見るリュウナ。
 リュウガの白い下着越しの小さめのヒップが思いっきり視界に入ってしまった女将の娘は、同姓と言えども少し顔を赤らめてしまった。
 リュウガが「ん?」と言う顔をしながら振り向く。
「? 妹が姉のパンツみてどうするんですか?」
「……いやあ、何となくめくってみたかったので」





 夕暮時、レストランが再び店を開いた。
 店内には新たに入った二人のウェイトレスの可愛い声が響いていた。

 

「女将さーん、トマトパスタを一つですー」
「はーい」
 リュウガがその長身から生える長い脚を軽やかに動かして、店内を縦横無尽に駆け回る。慣れない仕事ではあったが、大きな体からは想像もつかない程の素早い身のこなしを見せて、ちょっとした失敗などは何とかカバーしていた。
 リュウナは女将の側に付き料理の仕上げの手伝いに就いていた。家にいた頃は皆の食事を毎日作っていた彼女は店で出す食事を作っても、結構手馴れた手付きを見せていた。女将の作ったメインディッシュに付け合せのパンを切り揃えて載せると配膳係の姉に渡す。
「はい、出来ました」
「うん、ありがと〜」
 ここは宿場町と言う事で旅人が多く、随分と背の違うこのホビットの二人が、今日から働き始めた新人ということに気付く者は殆どいなかった。
 ましてこの背の小さい娘の方が世界最高峰の大魔導士の一人であり、更にこの大きい娘の方は龍樹帝国軍最大級の大型空母の艦長を任されている龍位の称号を持つ剣士であるなどと言う事は、どうにも気付きようがない。
 そんな中で女将の目の前のカウンター席に座る数少ない常連客の一人が、二人の働きぶりに感心した様に呟く。
「女将さん、ずいぶんと可愛い子達が入ったんだね〜? 良く働くし」
 その台詞を聞いて女将が水桶で手を濯ぎながら、嬉しそうに顔をほころばせる。リュウナは丁度この時は足らなくなった食材を取りに店の奥の倉庫に行っていたので、この常連客の「可愛い」と言う誉め言葉を聞く事が出来なかった。
「フフフフ、良いでショ〜。でもねえあの子達、次の船が来るまでしかここにいられないって言うのよね、ちょっと残念ね」
「ふーん。しかしさあ、あそこでお皿を片付けてる子の方は、女将さんの下の子よりも背が大きいんじゃないのかなあ?」
「うん、多分大きいよ。私もあんなに大きなホビットの娘を見たのは初めてヨ」
 二人の視線の向うでリュウガが空いた席の食器の片づけをしていた。
「あ、」
 カランッと硬い物がぶつかり合う乾いた音を立てながらスプーンが床に落ちてしまった。
 リュウガには少しおっちょこちょいな部分がある。だが、それと同時に物事にあまり動じない性格も併せ持っているので、特に取り乱した姿も見せず落ち着いた動きで、床に落としてしまったスプーンに手を伸ばす。
「……う〜ん?」
 少し奥の方に転がっていってしまったらしい。リュウガの長い腕でもかなりしゃがみ込まないと手が届かない所にスプーンが落ちていた。
 結果的にかなり四つん這いな格好になってしまっていたので、その短いスカートの裾から白いショーツが少し覗いてしまっている。
 客の視線が自分の腰の辺りに集中するのをリュウガは感じてしまった。
「あ、あんまり見ないで下さい〜」
「ご、ごめんなさい」





 その日の夜。
 慣れない仕事の初日を終えた二人はまだ店の中にいた。
 オーガの女将は店の最後の清掃は二人に任せて先に置くに引っ込んでいた。これから足りない食材等の見積もりを計算するのだと言う。
 今日来たばかりの者に最後の清掃まで任せてしまうとは、女将もこの二人を相当気に入ったのだろう。
 板の間状になっている店の床をモップ掛けしていたリュウナは、あらかた床を磨き終え一息ついた。
「ふう、これで終わりっと……ん? おねえちゃん?」
 振り向くと、姉がテーブルの一つの椅子に腰掛けて頬杖を付いた姿勢でうたた寝をしていた。
 リュウガはテーブルの上を綺麗に拭いて回っていたのだが、全てを拭き終え一段落付いた所で少し休もうと思って椅子に座った所そのまま寝入ってしまっていた。
 微笑みをつくりながら、リュウナは姉の前に屈み込んだ。そして優しく、姉の頭を撫でた。
「……そうよね、今まで私の事を守って旅を続けて来て、それで慣れない仕事をして……わたしなんかよりもよっぽど疲れちゃってるよね」
 リュウナの手の動きに合わせてリュウガのふさふさとした耳が小さく揺れる。
 姉が起きない位にリュウナは優しく手を動かしているので、撫でられている本人は先程からすうすうと可愛く寝息を立てたままである。
 姉の寝顔をそっと覗き込む。そのまま顔を近づけてみた。まだ起きる気配が無い。
 悪戯っ子のような顔を見せながら、リュウナが更に顔を近づけてみる。
 そして唇同士が触れ合うかと言う所まで顔を近づけた時……
「?」
 リュウナの唇になにか柔らかい物が触れた。その、むにゅっとした感覚は、どうも相手の唇と言う事では無いらしい。
 目を覚ましたリュウガが自分と妹の唇の間に、右手を差し込んできていた。
 眠けまなこな彼女が口を開く。
「な〜にやってんですか」
 姉の手の平にキスしてしまったリュウナが、照れ笑いを浮かべながら体を離した。
「あはははは……一応こんだけの美少女が迫って来てんだからキスぐらい良いじゃないのよ〜、あなたの疲れた体を、わたしの唇で優しく癒してあげようと思ったのにぃ〜」
「だからって、妹が実の姉に迫ってどうするんですか?」
 リュウガが瞼を半分だけ開けたまだ眠そうな眼でそう呟く。その台詞を聞いて、恥ずかしそうにリュウナが苦笑する。
「おねえちゃん、床のモップ掛けも終わったからさ、もう、寝かせてもらおうよ」
「……うん」
 リュウナは姉にそう促すと、使ったモップを洗って片付ける為に裏の木戸から外へ出て行った。
 その後ろではリュウナの後姿を見ながら、彼女が唇を押し付けた右の手の平をぺろっと舐めてるリュウガの姿があった。










 その日は夜中から振り出した雨がまだ空に残っていた。鉛色の空が、しとしとと湖のほとりの宿場町を濡らしている。
 その宿場町を目指して翼を頼りなげに動かして、低い雨空を飛ぶ者がいた。小さい羽は雨に濡れ大変重そうである。
 鳥か?
 その頼りなげに動く小さい羽は、これまた小さい、ひとの姿をした胴体から生えていた。身長は三十センチぐらいだろうか?
 妖精だ。
 妖精の女の子がふらふらと頼りなげにこの雨の中を飛んでいる。
 しかし「森の住人」と言われる妖精が、何故にその森を抜け出しディフュ−ム達の住む街に向かうのか?
「はぁはぁ……あそこまで逃げ込めれば……」





「……あら?」
「どうしました? 女将さん?」
 客の食べ終わった食器の片付けをしながらテーブルを拭いていたリュウガが、厨房の方に振り向く。
 今日のリュウガは珍しく髪を下に下ろしていた。ふくらはぎまで届く長い黒髪の下の方をリボンで纏め、バラけ無いようにしている。そして顔の両脇の髪を小さいリボンで縛り全体的な髪の流れを可愛く整えていた。リュウガが私服時以外でこの様な髪型を見せるのは珍しい。
 出来上がったその髪型は何だかかなりブリッコ系の髪型のような気もするが「ウェイトレスはそれぐらいブリブリの方が良いのよ〜」と言う女将さんの提案であった。
 その姿を見た妹と女将の娘は、思わずくすくす笑ってしまっていた。
「いや〜おねえちゃんてば背がえらいでっかい以外は、ほーんと美少女系の女の子なんだけどネェ」とはリュウナの台詞。
 今は昼時の一番忙しい時間も過ぎ、店の中には客が一人もいなかった。だから遠くにいた背の高いウェイトレスさんにも、厨房の中を片付けながらの女将の呟きも良く聞こえた。
「う〜ん、オリーブオイルがもうちょっとで無くなりそうなのよ〜」
「あ、じゃあ、わたし買って来ましょうか?」
 片付けた食器を厨房脇の洗い場に運びながらリュウガが答えた。
「そう? じゃあお願いしちゃおうかしら? リュウナちゃんもさっきお使い頼んじゃったばっかりだから、ホント姉妹揃ってこき使っちゃってゴメンネ」
「い〜え」
 リュウガは少し照れ笑いを上げながら、買い物用のトートバッグと雨傘を用意すると裏の木戸から外に出て行った。
「じゃあ、いってきまーす♪」





「有り難うございました〜」
 酒屋から店員の声に送られてリュウガが出て来た。手に抱えるトートバッグの中にはリュウガの動きに合わせて買ったばかりのオリーブオイルのボトルが小さく踊っている。
 傘を差しながら雨に濡れる宿場町を歩いていたリュウガは、何気なく建物と建物の間の狭い路地に眼を向けてみた。
「?」
 路地の間の奥に何か小さい影が動いているのが遠くから見えた。
 何か不思議に感じたリュウガは路地の奥に行ってみる事にした。





 妖精の女の子は自分の羽にくるまって寒さで震えていた。
 何とか誰にも見つからずこの湖の近くの街の中に逃げ込む事が出来た。でも、この雨の中を飛んだ所為で羽が随分濡れてしまい、もう飛んで移動する事が出来ない。
 雨は何時になったら止むのか……
 雨が止んで気温が上がってくれない事には、この濡れた羽を乾かす事も出来ない。
 妖精の頭の中は途方と絶望に暮れていた。
 だから、自分の目の前にウェイトレス姿のホビットの女性が現れても、全然気が付かなかった。
「……お嬢さん?」
 リュウガが妖精の前に屈みこんで話し掛ける。
「……お嬢さん?……お嬢さん??」
 返事が無い。あまりの寒さで意識が遠のいているのだろか?
「おじょうさんってばぁっ!」
「は、はいっ」
 妖精の女の子が飛び上がるような勢いで顔を上げた。そこには優しげな微笑みのホビットの女性の姿があった。
「……わたし?」
 妖精の女の子は自分がこれだけ大きな者が直ぐ近くに近付いてきた事に気が付かなかった事よりも、自分を妖精としてではなく、普通の女の子の一人として扱ってくれた事に対して驚いていた。
「そんな所にいては風邪をひいてしまいますよ?」
「……」
「そうだ、とりあえず、わたしが今住まわせてもらっている所へ行きましょう。女将さんは優しい方ですから、あなた一人ぐらい増えても大丈夫ですヨ」
 そう言いながらリュウガが胸の前で、ぽんっ♪ と
両の手の平を合わせる。
「で、でも……」
 妖精の女の子は森の中を逃げ惑ってようやっとこの街に逃げ込んだばかりだった。目の前の女性が幾ら優しい言葉を投げ掛けても、素直に信用できないのは仕方ない。
「さぁ」
 リュウガが壊れ物でも触るように、寒さで震える妖精の肩にそっと自分の指を触れさせた。
「……あ、」
 暖かい。
 ……なんだろう、この暖かさと一緒に流れ込んで来る優しい気持ちは……
 この指の温かさは多分この目の前に座るホビットの女の子の心の温かさと同じなのだろう。
 寒さで体と羽を震わす妖精はそれだけで、目の前の耳が下に垂れたホビットの事を信用できるような気がした。
 妖精の女の子がリュウガに向かって、ちょっと申し訳無さげな表情を向けながら、こくんっと小さくうなずいた。
 その可愛いらしい姿を見てリュウガが嬉しそうに微笑む。
「うん、じゃあ、行きましょう」
 リュウガは自分の手の平に妖精の女の子を拾い上げた。
 手の平に行儀良くちょこんと正座しているその妖精の身体は、驚く程冷たかった。
 下に落っこちないようにリュウガの親指を一生懸命掴むその小さい手も、寒さで少し震えているのが解る。
「随分と身体が冷えちゃってますね」
 そう言いながらリュウガが上着の胸のボタンを幾つか外して、胸を少しはだけさせた。
「ちょっとごめんなさい」
 そう断りながら自分の上着の服の中に、寒さで震える妖精の小さい体を入れた。
「あ!?」
 妖精の女の子がちょっと恥ずかしくなって小さく声を上げた。
「服の中、濡れちゃうよ……?」
「ううん、大丈夫ですよ。着くまでこの中で少しでも体を温めて下さい」
 リュウガが自分の胸に手を添える。服の上から中に入った妖精の体を優しく包み込む。
 妖精の女の子は、丁度自分の目の前に来たリュウガの細長い指に頬を寄せていた。
 リュウガの胸の中の暖かさで体の冷たさが徐々に和らいできた妖精の女の子は、今まで抱いていた緊張感が一気に解けてしまい、自分を助けてくれたホビットの女の子に思わず甘えていた。
「……あったかい」


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