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第十一話 動き出す歯車


 それは巨大なシリンダーの内部のような形をした空間だった。
 その空間の中心に一つの巨大な物体が存在していた。
 縦に長い円筒形の空間の、上から下までを全て埋め尽くすように、細長い巨大な物体が縦に立てられた状態で固定されている。
 巨大な剣。
 長い握り、柄の部分に組み込まれた数々の機械装置、あまりのも大きな刀身。
 全長一二〇メートル以上にも及ぶこの鋼鉄の物体を、人々はこう呼んでいた。

 負の大剣ラグナレク。

 破壊神エンドベルを破壊する為に、この世界を創りし創造神が残したとされる大剣。
「……」
 伝説の大剣を前にして外套に身を包んだ男がたたずんでいた。肩に大きな剣の鞘を背負っている処を見ると剣士なのだろう。
 その男は左眼が潰れていた。変わりに作り物の義眼が左眼の代わりをしている。
「ヴァッシュ卿!」
 後ろから呼ばれて魔法剣士ヴァッシュガーランドは訝しげに振り向いた。
 そこには軍の制服姿の男が立っていた。枢機軍高級将校用制服に肩章やら勲章やらを付けた男だ。
「……指令?」
 ヴァッシュはあまりこの基地指令が好きではなかった。
 確かに有能な男には違いないのだが、魔法使い達を奇術師や手品師と言った道化師程度に見るきらいがあり、その超常の力を認めようとしないのだ。
 多少なりとも魔導の心得のある自分としては、反りが合わないのは当然と言えた。
「……ヴァッシュ卿が直々に赴いて捕獲に失敗するとは、紅蓮の死神とは相当なバケモノの様ですな」
 無表情な顔のまま指令が口を開く。失敗を犯した相手を前にして、特に馬鹿にした薄笑いを浮かべるでもない。
「……」
 ヴァッシュは何も答えない。それを気にするでも無い様に指令が続ける。
「まあ、精々その魔法の力でFデバイスの捕獲に励んで下さい。この要塞の防衛は我が軍の誇る最新鋭の機動戦艦によって守られています。こちらの事は御気になさらずに自分の仕事に励んで下され」
 嫌味とも励ましとも取れない曖昧な響きだ。
 それだけ言い残すと踵を返して、先程現れた扉へと基地指令は消えていった。
「……食えん男だ」
 一人毒づく魔法剣士の後ろに、音も無く誰かが近付いて来た。全身を目立たない色のローブで身を包んでいる。魔導士だ。
「……ヴァッシュ卿」
 特に振り向くでも無く、ヴァッシュがその魔導士に向かって口を開く。
「搭載機の方はどうなっている?」
「……はい、調整の方は順調に進んでおります……後は搭載すべきデバイスの方の数が揃いませんと……」
「後、何体足らない?」
「二体になります」
「そうか、後二体か。やはり俺が取り逃がした一体は大きかったな」
 報告に来た魔導士は少なからず戦慄を覚えていた。
 目の前にいる魔法剣士ヴァッシュガーランドは数々の戦場を潜り抜けてきた凄腕の戦士だ。その力は枢機軍魔法管理委員会より直々に最新鋭兵器「呪装艦」を与えられる程である。
 紅蓮の死神。
 魔導士の脳裏にその人間達にとっては悪魔と同義語の名がよぎる。
 呪装艦アーチャ−フィッシュの喪失も、そして今回のFユニット捕獲失敗もその紅蓮の死神が関係していると言う。
 そして今回はその紅蓮の死神と共に魔導教会の誇る龍魔導士の一人も現れたと言うのである。
 火龍遣い。そう仇名される魔法使いだ。
 火系攻撃魔法の頂点に立つ、最上級の攻撃呪文「火の刻印」を使いこなす恐るべき相手だ。魔法使い達にとってはその危険度は紅蓮の死神と同じかそれ以上のものだ。
 非常の危険度の高い二人の相手が、この要塞の近くに潜伏している可能性がある。
 ディフューム達の身体能力の高さは凄まじい物がある。普通の人間などは例え亜人の子供と言えどもその力の前には足元にも及ばない。
 その中でもほぼ最強とも言える二人が揃っている。その力を持ってすれば厳重な警戒態勢に守られたこの要塞に入り込む事も簡単なのかもしれない。
 やはり恐怖は感じてしまう。あの指令殿の様に呑気に構えている事など初めから出来そうに無かった。
「北部方面の方の探索を強化させろ。そっちの方はまだ手のついてない場所が多いはずだ」
 ヴァッシュの指示の言葉で急に現実世界に戻された魔導士が慌てて答えを返す。
「……りょ、了解しました」





 その巨大なシリンダー状の空間の上の方には、何本もの動力パイプで埋め尽くされた空間があった。
 そこには二つの影が動いていた……いや、非常に小さいのだが、もう一つ影がある。
「ついにここまで来ましたね」
「……うん」
 ヴァッシュガーランドの側に就く魔導士の心配は、既に現実となっていた。
 猫の子一匹入り込めない厳重な厳戒態勢と言ってもそれは人間レベルでの話であり、いまだディフュ−ムの身体能力の高さの脅威にさらされていない場所では、今まで通り人間の力に合わせた警戒レベルのままと言う事は多々あった。
 そのような状況ではこの大きな猫二人にとっては、この厳戒態勢を破って重要拠点に潜入すると言う行為は、雑作も無い事なのかもしれない。
 それにリュウナと言う強力な魔法使いもいるのである。彼女の高位魔法を持ってすればどれほど厳重な警戒を取っていても、それを突破するのは容易な事なのだろう。
「……リュウナ、あれはやっぱり本物のラグナレクなんでしょうか……?」
「……解かんない」
 姉の質問に、妹が非常に曖昧な答えを出した。
「限りなく本物に近い偽物……でもわたしは本物のラグナレクを見たことがないから、もしかしたらあれが本当に本物なのかも知れないし」
「……」
 リュウナは傍らに置いてあった自分のロッドを持つと、先端部の水晶球の部分を回し始めた。
 キュリュキュリュと言う金属の擦れる音が十回ほどした後、水晶球の部分が取り外された。
 残った柄の部分の先端を更に分解すると、中に入っていた硝子の欠片のような物を取り出した。長さが三センチ程の四角い欠片。
「それは?」
「これは単一結晶金属と言われるもの。この中を良く見て」
「?」
 リュウガが顔を近づける。シルフィもリュウナの腕を伝って近付いて見てみた。
 硝子の欠片の中に、さらに小さい欠片があった。一ミリにも満たないような小さい欠片。銀色の光沢を持っているので、何らかの金属であることは解かる。
「これが単一結晶金属。たった一つの結晶から出来た、本来この世に存在しない筈のものよ」
 リュウナも手の上の硝子の欠片を見つめる。
「触れたもの全てを消滅させ、あらゆる力を増幅させる力を持つ、負の存在……ラグナレクが負の大剣と呼ばれるのもそう言う理由があるから……今の時代の技術じゃもう創れない、ロストギミックの産物」
 再びシリンダーの中心に目を移す。
「確かにこの力と同じ様なものをあの大剣からも感じるよ……でも、あれだけの大きな単一結晶なのに発している力そのものは凄く小さい……」
 二人に説明しながら、リュウナは分解したロッドを元に戻しはじめた。
「でも本物のラグナレクは誰も見た事がない。帝国府の奥深くの自動生成施設で生み出されたラグナレクは完成直後に生じた戦闘の混乱の中、人間達に奪われてしまった。だからわたしたちディフュームはだれも本当のラグナレクを知らない。だからあれが本物か偽物かは、詳しく調べてみないと解からない……たぶん壊れたら偽物だとは思うけど」
 ロッドを元の形に戻したリュウナが、再び紛い物のラグナレクの方に目を向ける。
「あそこにいる龍機兵達」
 ラグナレクのあるシリンダーの周りの壁を指差す。
 そこは丁度十五メートル四方程外側にくり抜かれた形になっており、その部分に一機ずつ龍機兵がサイロに固定された状態で駐機していた。
 機体の各所に彩られた呪術紋様、肩からは大型の歯車やらそれと繋がった伸縮器が飛び出している。
 呪導機に間違いない。だが、良く見ると頭部が随分と肥大した作りとなっている。何かの装置を強引に取り付けたと言った趣だ。それがシリンダーの壁に、中心のラグナレクを囲むように六方星を描くように並んでいる。
「あれが、Fデバイス……つまり妖精たちを載せて起動する事を前提として作られた呪導機……爆装機よ……」
 リュウナの声が沈んだトーンを帯びる。まるでその名を口にしたくなかったかの様に。
 自分の肩に腰掛けていたシルフィの身体を優しく掴むと、自分の手の平に載せた。
「?」
 リュウナは沈痛な面持ちでシルフィの小さい顔を見つめている。
「……」
 シルフィは最初キョトンとしていたが、その顔を見て、リュウナが自分の口から何かを言おうか言うまいかを迷っていると言う事に、何となく気付いた。
「リュウナ、もしかしてわたしたち妖精の秘密のことをいうのをためらっているの? わたしたちが一人の魔導士によって作られた魔法生物だって事を?」
「!」
 リュウナは驚きを隠し切れなかった。姉に似たあまり動じない性格も、このような物事の確信を付く言葉に対してはどうにも効きようが無い。
 姉の方に視線を逸らしてみた。表から見るとあまり表情に変化は無いのだが、内心は凄く驚いているに違いない。
「……シルフィちゃん、どうしてその事を知っているの? ……あなた達が作られたのはちょうどシルフィちゃんのおばあちゃんに当たる世代だって言うのに……?」
 その質問に屈託の無い笑顔を見せながらシルフィが答えた。
「うん、お母さんに教えてもらったんだ、お母さんもお母さんのお母さんに教えてもらったって言ってた」
 お母さんのお母さんと言えば、このシルフィの祖母に当たる。つまり自分達に運命付けられた事実を後から生まれて来る者達に語り継いでいたと言う事になる。
「……忘れた方が良かった事だっていっぱいあるって言うのに……あなた達妖精さんはみんな強いんだね……残酷な運命から逃げたりしないんだね……」
 いとおしそうにシルフィの小さい身体に頬を寄せた。
 とくん、とくん、とシルフィの胸の奥の小さな心臓の鼓動が聞こえて来る。
「あ〜ん、くすぐったいようリュウナぁ〜」
 顔を赤くしながら可愛い悲鳴を上げるシルフィから、リュウナが顔を離した。
 そして静かに口を開き始める。
「……シルフィちゃんが自分達に秘められた秘密を知っているなら、もう話しても良いと思う。なんでここにラグナレクがあるのか。そして人間達が爆装機を揃えて、それを起動する為に必要な妖精達を探しているのか」
 リュウナは一呼吸置いて意を決したように言葉を繋ぐ。
「……人間達は妖精たちに秘められた偽りの龍の焔を使って魔導実験をしようとしている……妖精たちの命を使って……」





 リュウガとリュウナは天井に付けられた排気ダクト内を、四つん這いで這うような格好で移動していた。
 身体の小柄なリュウナは楽々と潜り抜けて行くのだが、六尺近い身長とその自分の長身と同じ位ある大剣を携えたリュウガは、かなり大変そうである。
 それでもホビットとして生まれ持った身の軽さを発揮して、何とか身体を滑らしていた。
 二人の前をリュウナより更に身体の小さいシルフィが、とことこと移動して行く。
 彼女にしてみれば普通に歩いても天井に頭をぶつける事はどう考えても無いのだが、何だか少し辛そうな表情をしている。
 妖精は元々こうやって長距離を歩くようには出来ていない。背中の羽が歩行移動には重すぎるのだ。だが、この狭いダクト内では流石に飛んで移動する事も出来ず、先程からがんばって重い羽を引きずりながら一生懸命歩いている。
「……ふう」
 シルフィが疲れたように息を小さく吐き出した。
「大丈夫? なんならわたしの身体に掴まってもいいよ? わたしの尻尾で抱えててあげようか?」
 たまりかねたようにシルフィの後ろを進むリュウナが自分の尻尾をぱたぱたと動かしながら声をかけた。
「ん? だいじょうぶだよー、リュウナたちこそこんな狭いとこ大変だよね、だいじょうぶ?」
 逆に心配されてしまうリュウナ。
「……」
 最後尾を進むリュウガは前の二人の会話を聞きながら、先程リュウナが語った話を考え深げに回想していた。





「偽りの龍の焔? 妖精達の命を使う?」
 リュウガがオウム返しに妹に問い返す。
「……龍の焔の力……全てのものを破壊する力……わたしたちが背負ったあまりにも大きい力……」
「……」
 リュウガはとりあえず素直に返事を返していた。
 心の中では自分達の身体に秘められた「龍焔の力」と言う言葉に対して様々な思いが渦巻いていたが、今この場ではそのことは問題にすべきでは無いと思い、黙っていた。
「今から一五〇年ぐらい前、ある一人の狂人的な魔法使いがその力を擬似的に具現化する方法を得た……精霊界に存在する無尽蔵の力で強力な火炎魔法を更に増幅させる……でも、元々この世界には火の精霊と言う物は存在しない、だからその精霊の力を何らかの方法で火の力に変換できなければならない」
「じゃあ、それが……?」
「そう、それがシルフィちゃん達妖精が生まれて来た理由、人間達が言うFデバイスの『F』って言うのは『フェアリー』って意味じゃない、本当の意味は『ファイア』……つまりファイアデバイス、火の装置……」
 難い表情のまま淡々と喋るリュウナ。
 妹の言葉をリュウガは黙って聞いている。
 シルフィもリュウガの肩に乗り、静かに耳を傾けていた。
「その魔導士は妖精と言う種火にあたる物を作って、その擬似的に作った龍焔の力を制御しようとした……でもそれだけじゃ駄目だった……火を燃やす為には器がどうしても必要だったの……」
「……それが、爆装機」
 リュウガが取り合えず謎が一つ解けたように呟く。
「でもここで問題が発生したの……確かに本物の龍の焔とまではいかないにしても、相当に強力な炎の力を具現化させる事に成功した……でも、それは具現化できただけだった……爆装機はその強力な炎の力を制御しきれず……爆発したの……妖精を載せたまま」
 リュウナの顔に暗い影が落ちる。例え自分がその当事者では無いにしろ、魔法使いの一人として申し訳なく思っているのだろう。
「事の重要性を知った当時の魔導教会の魔導士達は、その狂った魔導士を全力を持って処分した……そして、何も知らずに生まれて来た妖精達と、妖精達が乗り込まなければ動かない異形の呪導機だけが残された……」
 リュウナが話を進める。いつものぽよ〜んとしたおっとり系の女の子の顔ではない。
 それは火龍使いの名を持つ、龍魔導士リュウナムラサメとしての顔だった。
「魔導教会はこの事を歴史の表に出してはならないと全ての文献から抹消した。残された妖精達は自分達で自立して生きて聞けるように生活の術を教えられて自然に送り出されていったの……この世に生きる新たな命の一つとして」
 リュウナが少しシルフィの方に顔を向けた。
 シルフィも先程からリュウガの肩に座り込んだまま、黙ってリュウナの話を聞いている。取り乱した表情も見せていない。
 彼女は自分達に秘められた真実の全てを知っていたのだろうか? 母から全てを聞かされていたのだろうか?
 リュウナが話を続ける。
「そして爆装機はその全てが解体処分され、この事実は一部の高位魔導士にのみ伝えられていく事になった。わたしも龍魔導士と言う高位魔導士を示す称号を魔導教会の方からもらってからこの話は聞いたの」
「……じゃあ、どうして人間達はその秘密を知っていたのでしょう? リュウナぐらいの強い魔法使いしか知らない真実を……?」
 リュウガが訊いてきた。自分の妹は本当に世界でも有数の高位魔導士の一人だ。その一握りの魔法使いしか知らない筈の事実を何故人間達が知りえたのか?
「その話を聞いた時一緒に聞いた事があるの。昔、一人の高位魔導士がその秘密を知って探究心のあまり自分で爆装機を作った事があったって……そのひとが妖精の人を捕まえたかどうかは解らないのだけれども。そしてその魔導士が禁を犯した事は直ぐに教会の知る処になり討伐隊が差し向けられた。そしてその魔導士は折角自分が解き明かした失われし技術を簡単には捨てきれず、最後の手段として人間達の世界に逃げていった……」
 リュウナが少しうつむきながら続ける。
「……その後のその魔導士の消息は誰にも解らない……でもその事によって人間達が妖精達と爆装機の秘密を知る事になったのは間違い無いと思う」
「リュウナ、じゃあその妖精の子達の命を使うって言うのは……」
「うん……爆装機が爆発した時の力は想像を絶するものがあったって言う話なの。それは一つの都市を軽く吹き飛ばす程の凄まじさだって言われている。そして妖精達を作った魔導士はその力を逆用して爆装機を強力な呪文爆弾にしようともしてたらしいの。爆装機って言う名前はその時付けられたって言われてる……」
 その言葉を聞いてシルフィが身を硬くする。自分で自分の両肩を抱きしめている。
 その気持ちを察したようにリュウガが自分の肩に手を伸ばした。
 シルフィは自分の方に伸びてきた大きな手にたまらず抱きついていた。
 リュウガの指を掴む小さな手が、少し震えている。
 この小さい身体の中に渦巻く自分達に課せられた運命に対する恐怖は計り知れない。
 シルフィの身体を自分の手で優しく包みながら、妹に訊いた。
「……では人間達は何をしようとしているんでしょうか? これだけの爆装機と妖精たちを揃えて?」
「多分ラグナレクを何かの増幅器にしようとしているんだと思う。魔方陣の様に爆装機を配置出来る様に造られたこのシリンダーは、巨大な魔導器として機能するんだと思う。そしてその増幅する力が爆装機の持つ偽りの龍の焔なのだとしたら、それは劫火砲も超える超破壊兵器になるわ……」
 リュウナが首を伸ばして小さい頭を下に向ける。
 巨大なる負の大剣、それを取り囲む六機の爆装機、その周りで蠢く何人もの魔導士……
「……多分この要塞にはシルフィちゃん以外の妖精達がいっぱい捕まっていると思う。早く助け出してあげないと……大変な事になっちゃう」
「……うん」





 リュウガはダクト内で身体を丸めた状態でシルフィと二人で妹の帰りを待っていた。
「これから先はわたし達魔法使いの出番よ。剣士のリュウガさんはちょっと待っててネ」
 リュウナはそう言い残して一人先に進んで行った。
 彼女は龍魔導士としての称号を得る程の超高位魔導士だ。その高位魔法を使えば自分の気配を完全に消して敵中枢に近付く事も可能だろう。
 そう、伊達に魔導教会が名指しでリュウナの事を今回のラグナレク探索に指名してきた訳では無いのだ。
 リュウガは魔法も使えない自分が付いて行っては逆に足手まといだと、素直に此処で待つ事にしたのだった。
 シルフィがリュウガの腕にもたれかかせるようにして、両膝を抱えて腰掛けている。
 ちょっと心配そうな顔をしている。
 リュウガがシルフィがもたれかかる反対側の腕の人差し指を伸ばすと、シルフィの小さい肩に、ちょんっと乗せた。
 普通サイズの者が相手ならば、肩に手を置いて優しく抱くような仕草だ。
「だいじょうぶですよ、あの子はああ見えても結構すっごい魔法使いさんなんですヨ」
「……うん」
 その時、二人の視線の向うに小さい影が見えた。リュウナだ。
「ただいまー」
 その無事な姿をみて、シルフィの顔がパッと輝く。
「リュウナぁ〜心配したんだよお〜」
 思わずリュウナの顔に飛び付くシルフィ。
「……どうでした、リュウナ?」
 ふっくらとした柔らかい頬にシルフィをへばり付かせたまま、リュウナが姉の質問に答える。
「うん、やっぱり捕まってたよ、妖精さん達……この奥の魔法使い達がいっぱいいた部屋に四人いた……他にも色々探してみたけどこの要塞に捕らえられてるのはその四人だけみたい」
 その台詞を聞いてシルフィも真剣な顔になる。
 リュウガも真剣な顔で口を開いた。
「じゃあ今回の目的は決まりましたね。妖精さん達の救出、そしてラグナレクの奪取……」
「……でもさ、妖精の子達の救出はわたし達だけでも出来るとしても、ラグナレクの方はどうするの? ……おねえちゃんの艦に来てもらうにしても、おねえちゃんどうやって帝国軍に知らせるつもりだったの?」
 なんかそこまで考えていないような気がしてリュウナは一寸怖くなってしまった。自分の姉の意外におっちょこちょいな性格はリュウナも良く知っている。
「リュウナ、ここから帝国府か魔導教会に転移して跳ぶ事は出来ますか?」
「え?……そりゃあ、わたしの魔力の殆どを使えばそれぐらい出来るけど……?」
「じゃあ、第八機動艦隊の出撃要請書を持って帝国府の方に行ってもらいたいんですけど、今から書きますから」
 リュウガはそう言って懐から一通の封筒を出した。今は見えないが中には丁寧に折りたたまれた白紙の紙片が入っている。リュウガはその何も書いてない便箋入りの封筒と一緒に蝋片と鉄印を出した。書名した紙片を入れ何らかの熱で溶かした蝋で口を塞ぎ封印した後、溶けた蝋の上から鉄印を押す。これで誰が見ても中に重要な書簡が入っていると、解る様になる。
「それは、良いけどさ、おねえちゃんはどうするつもりなの?」
「わたしはここに残ります。信濃が来たらその攻撃に乗じて、妖精さん達を救出します」
「だったらわたしも残るよ。その、手紙とかは魔法の念信とかで教会の方に送っちゃえば良いのよ、その為の魔導教会なんだし」
「……でも」
 その響きはあきらかに妹とシルフィを危険に合わせたくないといったものだ。
「リュウナの仕事はこのラグナレクを発見するまでの筈です。だからこれ以上はわたし達帝国軍の者に任せて下さい。それにシルフィちゃんまで危険な目にあわせちゃうのはまずいです。だから彼女を連れて先に逃げて下さい」
 だったら最初からシルフィの事を置いて来れば良かったのではないかと思うが、初めからリュウナにシルフィを連れて逃げると言う口実を作る為に、危険を冒してまで此処まで連れて来たのかも知れない。
「……いやっ……そんなのいやだよぉ……!!」
 二人のホビットの姉妹が声のした方に揃って振り向く。意外な所から抗議の声が出た。
「みんなが捕まっているって言うのに……私一人逃げるなんて、そんな事できないよぅ」
 シルフィが小さな瞳から涙をぼろぼろ零しながら訴えた。
「そう言う事よ、それにおねえちゃん一人じゃ妖精さんたちを上手く助け出せないかも知れないよ」
 そう言いながら、リュウナが壊れ物でも扱うような慎重な仕草で、シルフィの小さい瞳に溜まる涙を拭った。リュウナの小さい指でも流石に大変だった。
 自分の涙を拭ってもらうなんて、しかも自分よりはるかに大きな身体をした者にこんな事をされたのは初めてだったシルフィは、少し驚いたように頬を赤くしていた。
「……解りました。でも、もうこれからはわたし一人の力じゃ二人を守って上げれないかも知れないですから、自分の身は自分で守ってくださいね」
 そう言いながらも彼女達が危険な状況になったら、自分の命に代えてでも二人を守る覚悟だ。
「うん、もちろん!」
 リュウナとシルフィが揃って元気に返事をする。










 雲海を一隻の軍艦が航行していた。
 その空飛ぶ軍艦は喫水線下を雲の中に沈め、本当に海の上を進むかの様に、空の上を凄まじい速力で進んで行く。
 その速度は並の戦闘機と変わらない程の高速だ。
「……ログ! 面舵二十度!……少し進路がずれてきたわ!」
 ミカの高い声が艦橋内に響いた。
「……」
 無口な操舵士が静かに舵を右へ振る。
 ギリギリと盛大に艦体の軋み音を上げながら、雲海を進む巨艦がゆっくりと舳先を右へ向けて行く。
「……どこ?……何処よ、もう、早く出てきなさいよぉ」
 少し情けない口調で独り言を呟きながら、目の前の電探盤に眼を落とす。
 その時、唐突に反応が現れた。自艦の後方に大きな輝点が一つ。
「来た!……本艦後方七時の方向に反応! 後に回りこまれたわ!!」
 ミカの台詞を具現化するように、雲海を突き破って一隻の大型艦が現れた。
「ログ! 高速回避!!」
 だが、そのミカの指示の叫びの前に「敵艦」の野太い砲身から砲弾が吐き出された。
「……」
 まるで不言実行を絵に描いたような操舵士のログは、最初から砲弾が飛んで来るのが解っていたかのように、艦体を雲の中に沈み込ませた。そして艦の速力をあげる。
 巨艦が咆哮する。
 艦体にまとわりつく雲をかき乱しながら、その巨体が猛然とダッシュした。
 打ち出された演習用擬装弾が、艦体上部の広大な飛行甲板をかすめ跳んでいく。
「ミカも結構やるじゃない」
「重機動戦艦 武蔵」の艦橋席でアリシアがのんびりと呟いた。
「艦長、あの動きは操舵手が自分の判断で勝手に避けてるのかもしれないですね」
 武蔵副艦長がアリシアに相槌を打つ。この場合副艦長の予想の方が当たっていたようだ。





「……」
 この二隻の巨艦の空中戦を遠くから静かに見つめる者がいる。
 雲の海で演習を続ける上空に一機の龍機兵が滞空していた。
 がっしりとした機体を、ごつい回転器や伸縮器で作られた関節が繋いでいる。
 機体を覆う分厚い装甲は、漆黒の闇のように黒く染められていた。
 龍樹帝国皇帝直属親衛隊、黒龍師団正式機「ファイアディスティニー」だ。
 その機体は龍樹帝国に伝わる伝説の神機の内の一機を元にして作られたと言われる、強力な龍機兵だ。
「ミカもあれだけの大艦の制御はまだまだ辛いか……でも、彼女にはがんばってもらわないとな」
 ファイアディスティニーの操舞倉に座る副長は、そう呟きながらミカの操る「重機動要塞航空母艦 信濃」の奮闘振りを見守っていた。





 KL区に寄港して東部方面軍の破損艦艇の修理支援をしていた航空母艦信濃に、帝国府の方から出撃命令が届いたのは今から二十四時間程前だった。
 その命令が来る一時間ほど前に、ラグナレクの存在するとされる敵要塞に潜入した教会派遣の龍魔導士より送られた念信の形で、信濃艦長署名の出撃要請書が魔導教会の方に送られて来た。
 すぐさまその念信は文面に再構成された後、帝国府に送られそのまま正式な出撃命令として信濃に発令されたのだった。
 そして取る物も取り合えず、しかも主任火器管制官が不在と言う状況の中、急遽助けを呼ぶ艦長の元へと出撃したのだった。
 超機密兵器だと言うのに空まで飛んで移動していると言う事は、相当急な事だったのだろう。
 KL区に寄航中はその殆どを最終艤装と損傷艦艇の修理作業に費やしていたため、今現在航行中にこうして演習をしていると言う訳である。
 今は通信士のミカの代理艦長としての操艦訓練を重点的に行っている。
 現在は艦長が不在であり、副長にしてもいつ何時この「本体」に接続されている機動艦で出撃しなければならなくなるか解らない為、ミカには早くこの巨艦の操艦になれてもらう必要があった。
 副長は信濃の格納庫に入れてあった自分の愛機に久しぶりに乗り込み、自艦の通信士の操艦術を静かに評価していた。
「でも、まあ、ログもいる事だし何とかなるだろう……もう直ぐヨーコも帰ってくることだしな」
 今現在ミカに操られた自分の母艦は、姉妹艦であるアリシアの専用戦艦「重機動戦艦 武蔵」に、雲の海で追い立てられていた。
 信濃に出撃命令が下りた時、一緒に駐屯していた武蔵にも直衛艦として出撃命令が下りていた。
 南部方面軍での任務を終え、再訓練を兼ねた休暇中だったアリシアの艦は、突如として休みを返上させられてしまい、こうして腐れ縁の相手が待つ敵要塞に向かっているのだった。
 副長の目の前で武蔵が派手に擬装砲弾を打ちまくり、アリシアが休みを取り上げられてしまったうっぷんをはらしている処だった。
「アリシア〜そんなにうったら弾なくなるよ〜」
 演習とは思えないもの凄い砲撃の中、ミカがたまらず相手の武蔵に向かって通信を入れた。
「その心配なら無用よ。どうせ航海中に演習すると思ったから、擬装弾だけは外付け装備でいっぱい持ってきたのよ」
 用意が良いのか、それとも初めからミカのことをシゴいて暇つぶしする予定だったのか。アリシアは多分その両方なのだろうが。
「もう〜アリシアのいじわる〜っっっ」
「あたしは意地悪な女よ」
 副長はその二人のやり取りを聞いて、苦笑していた。
 その時唐突に、操舞倉内の通信機に受信を知らせる機械音が響いた。受信を知らせる点滅灯が瞬いている。
「?」
 母艦からと言う事はまず無い。アリシアに追いかけられまくっているミカがこんな時に通信を送ってこられる訳が無い。
 必然的に外部からの通信と言う事になる。副長が回線を開いた。
「こちら第八機動艦隊旗艦空母信濃所属機、ファイアディスティニ−だ。何処の所属の者だ?」
 程なくして拡声器の向うから声が聞こえて来た。
「副長ぉ〜お待たせぇ〜やっと着いたよぉ〜」
 それは聞き覚えのある女性の声だった。
「ヨーコか!?」
 副長が信濃主任火器管制官の名を口にする。
「うん、心配かけてごめんねぇ〜、今副長の三時の方向にいるよぉ〜」
 副長が言われた方向に自機の頭部を右に向けた。そこには一機の双発機が飛んでいた。
 太めに作られた胴体の先から棒状の物が伸びている。その特徴的なシルエットから判断するに、ヨーコが乗ってきた機体はどう考えても「KI107」に違い無かった。
「……しかし近場の基地から何か見繕って乗って来るとは言っていたが、まさかあんなので来るとはなぁ」
 このKI107と言う機体は、龍樹帝国軍の正式双発爆撃機「一式陸上攻撃機」の機種部に七五ミリ砲を搭載した襲撃機型の機体である。
 この機種は枢機国側に配備された大型爆撃機を超遠距離から打ち落とす為に作られた機体だ。その為その内部は、その七五ミリの電磁軌道砲を動かす為の蓄電池や七五ミリ砲弾の弾薬室などで埋め尽くされているので、便乗させてもらったヨーコは相当に窮屈な思いをしているはずだ。
 ファイアディスティニ−が武蔵から発射される四六センチ擬装砲弾を軽やかに避けながら、母艦の巨大な飛行甲板に舞い降りて来た。
「皆、演習はこれで終了にする。ヨーコが帰ってきた。信濃は着艦の為の用意を直ちに行ってくれ。アリシアもそのあたりで止めにしてくれ」
 副長が艦体中央部の格納庫に繋がるエレベーターに機体を移動させながら、母艦と演習相手に指示を出した。
「なにぃ、もうちょっとで沈められるところなのにぃ」
 副長の演習中止の言葉を聞いてアリシアが不満げな声をあげる。
「ヨーコ、もうちょっと遅れて来なさいよ」
「わぁー!! アリシアこっちに主砲向けないでよぉっっっ」
「……た、たすかったよ……」
 ミカは、もう二人のやり取りの声は聞こえないかのように、ぐったりと前の操作盤に突っ伏してしまった。





 艦橋後部のドアが開いて犬狼顔の女性が入ってきた。
「ごめーんっ、みんな心配かけちゃったね」
 申し訳ない顔をしつつ、ヨーコがふさふさとした尻尾を揺らしながら自分の席にそそくさと向かう。
「いや、ほんと間に合って良かったよ。このまま主砲を撃つ奴がいないままだったらどうしようと思ったよ」
 一足先に戻っていた副長が副艦長席から声をかける。
「えへへ、ごめんネ」
 ヨーコが自分の火器管制官席に着くと隣の席の女の子が飛びついて来た。
「……? どうしたのミカ?」
「ヨーコぉ〜このまま帰って来なかったどうしようかと思ってたのよぉ〜……私とログだけじゃ逃げ回るだけで精一杯だったのよぉ〜」
 かなりうぇ〜んって感じの半泣き状態で、ヨーコの腕にしがみ付くミカ。
「はいはい、もう大丈夫よ」
 そう言いながら、よしよしと言った感じにミカの頭を撫でるヨーコ。
「……そうだ、怪我したお姉さんは大丈夫だったの?」
 少しだけ溜まった涙を指で拭いながら、気が付いた様にヨーコに聞いた。
「ん? うん、全然大丈夫だったみたい。私が家に着いた時はもう普通に歩いていたから何も休みまでもらってお見舞いに行く必要は無かったかな?」
「……でもさあその間はお姉さん歩けなかったんでしょ? ……それまでヨーコのお母さん一人でお店大変だったでしょ?」
 少し心配顔になりながらミカが聞いてきた。
「うん、実はねその間、リュウガがお店手伝ってくれてたのよ」
「ふーん、そうなんだ……」
 そのまま会話が終わろうかと思った時、ヨーコ以外の艦橋スタッフが頭に疑問符を載せながらオーガ族の女の子の方に振り向いた。
「え!?」
 さしもの不言実行のログもヨーコの方に顔を向けている。
「はい?」
 皆の視線の中心ではヨーコがキョトンとした顔で火器管制システムを立ち上げていた。


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