第十二話 ラグナレク
雲をつくような巨神が、頭上で大剣を旋回させる。
その巨大な剣が振り払われる度、目の前に立つ巨人機が、また一機、また一機と海面に打ち倒されていく。
巨神が咆哮を上げた。
それは最後の力を振り絞るかのような絶叫に聞こえた。
巨神は満身創痍だった。
鋼鉄製の体表には幾つもの破口が開き、其処からは巨体を動かす動力パイプやら伸縮器やらが飛び出していた。
傷だらけの巨神を、波を掻き分けながら、手に斧やら槌やらを持った巨人機達が囲む。
巨神の足元には何機もの巨人機の残骸が散らばっているのだが、何機倒しても雑虫のように這い出てくる。
遠くで何かが煌めいた。
次の瞬間、強烈な閃光が巨神に迫り来る。
その直後、大重量物の落下音に違いない、もの凄い轟音がした。
何処からとも無く飛来した光弾によって、巨神の二の腕の辺りが吹き飛ばされた。百mを超える大剣を手にしたままの右腕が、水しぶきを上げ海面に落ちていた。
巨神が自らの右腕を吹き飛ばした光弾の飛んで来た方向にその首を向ける。
そこには大砲を携えた一機の巨人機が佇んでいた。
その巨人機に乗る片目の操士は、巨神の周りを囲む巨人機達に、攻撃続行を促がす。
敵は片腕と主兵装を一度に失い戦力は半減している。殺るなら今しかない。
幾数機かの巨人機が巨神に向かって一気に迫った。
巨神が苦しみもがくように絶叫する。
傷だらけの巨体に何本もの刃が突き立てられていた。剣や長槍で刺し貫かれた破口から、オイルや冷却水が流れ落ちる鮮血の様に噴出してくる。
巨神が再び咆哮する。
その天を割らんばかりの絶叫と共に巨神の鋼鉄の巨体が光に包まれ始めた。
剣を失い己の身にも相当な深手を負いもうこれ以上は戦えないと判断した巨神は、最後の手段を使う事にした。
己を動かす龍焔炉の力を機外に放出させ、その超高熱をもって全てを焼き尽くす。
その事により、その龍焔の力のオーバーロードを受け自分自身も機能停止に落ちるが、今はそんな事にかまってはいられなかった。
巨神が地上に太陽が現れたのではないかと思える程の、閃光を発した。
この世の全てを飲み込まんとするかのような巨大な光球。
巨神を中心として発生したその超高熱の光の球に、全てが消えていく。
その場から生きて帰れたのは、ラグナレクの回収に成功した、片目の操士の巨人機だけだった。
「リュウガぁ!! リュウガぁ!!」
残骸だけが残る帝国府の近海を、一機の呪導機が飛んでいた。
アズラエル。死の天使の名を持つ、神機の一つ。
帝国府で起こった突然の戦闘の知らせを聞いたミレイヌは、自分に与えられた呪導機に乗り込み、急ぎここまで来たのだ。
転移の術を使い一気に帝国府近海まで跳んできたミレイユは、自機に海上を全力飛行させていた。
進む先には、今頃稼動試験が行なわれている筈だった、巨神「パラフレイズ」が立っていた。
片腕が無くなっていた。一〇〇メートルはあろうかという全身が、醜く焼け爛れている。
巨神はぴくりとも動かなかった。立ったまま掴座していた。
「……!? あれは!?」
ミレイヌは擱坐した巨神の首のあたりに見覚えのある機体が取り付いているのを見つけた。
紅に彩られた龍機兵。神機イスラフェル。このアズラエルの姉妹機にあたる、魔導教会の守護龍機兵。
帝国府の突然の襲撃の知らせが届いた直後、教会主塔前に何時も鎮座しているこの機体が主の召還に答え、突如として転移し消えた。
イスラフェルの今の主は、龍機兵鍛冶士のデューグフリーデンだ。
そしてデューグは、フーガとリュウガと一緒に帝国府に行っている筈だ。この事実がミレイヌの中に最悪の事態を予感させる。
アズラエルが一気に空中に駆け上がった。
そのままパラフライズの肩口に舞い降り、イスラフェルの隣りに取り付く。
「デューグ!!!」
ミレイヌは自機から飛び降りると、イスラフェルの主の名を呼んだ。
だが、赤い神機の操舞倉の扉は開け放たれたままで、中には誰も乗っていなかった。
ミレイヌが巨神の首に顔を向ける。
魔導教会から帝国府に運び込まれていた、神機「ZERO」が変じたに違いない、凶々しい形相の龍を模した首は前後に分かれ、中の操舞倉部分が露出していた。
そしてその入り口の辺りに、見覚えのあるオーガの男が立っていた。
「デューグ!!!」
デューグは呼びかけにも振り向きもせず、ただじっと操舞倉の中を見つめたままだった。
彼の雰囲気に只ならぬものを感じたミレイヌは、慌てるように「パラフレイズ」の巨大な頭部に近付く。
「……」
立ち尽くすデューグの脇を抜けて「ZERO」の操舞倉に繋がる扉の前に立った時、ミレイヌの時間も止まった。
「……こんなことって……こんなことになるなんて……」
ミレイヌの瞳の向うには狭いコクピットに収まるホビットの少女の姿があった。まるで死んだようにじっとして動かない。
少女の胸には、大量の鮮血を伴った傷口があった。でも既に血の流れは止まっているようで、傷口自体も塞がっている。
そしてミレイヌの瞳に写る、少女の身体に薄く積もった、白い灰。
「……フーガ」
震える手で、その綺麗な色をした灰を少しすくう。
魔法使いであるミレイヌはその灰の意味する処が痛いほど解かっていた。
親友だった筈の彼女の、変わり果てた姿がそこにあった。
手にすくった白い灰は、徐々に消えていこうとした。この生まれた大地に再び帰るように、空気に少しずつ混ざり合おうとしていた。
「……フーガ……あなたは……」
いくらもしない内に手の上の白い灰は消えてしまった。少女の身体の上にあったものも、操舞倉の中にあったものも、同時に消えてしまった。
ミレイヌの視線が少女の胸の上に落ちる。
そこには自分の親友が持っていたフルートに良く似た魔導器が載せられていた。そして魔笛の刃先には少女のものと思しき血糊が着いていた。
でも、自らを傷付けた筈の短剣の柄を、少女の手は、大事そうに握っていた。
その姿を見たときミレイヌは、涙が止まらなくなっていた。
「……リュウガ……フーガ……こんな酷い運命をあなた達親子だけに背負わせて……ごめんね……わたし達何も出来なくて……ごめんね……」
ミレイヌの零す大粒の涙が、死んだように眠ったままのリュウガの顔に雫となって落ちていく。
その後ろではデューグが、ミレイヌと同じく沈んだ表情を見せながら立ったままだった。
彼の腕には一人の赤ん坊が抱かれていた。
その子は「リュウナ」と名付けられていた。
リュウガの妹、残酷な運命を背負って生まれて来たもう一人の子、そしてフーガが自分の命と引き換えにしてでも生んだ、もう一つの希望の光……
頭上に取り付けられた拡声器が、けたたましく通信士の叫びを伝えている。
「……今現在、本要塞は敵航空兵力による空襲を受けている!!! 総員第一級警戒態勢に移行せよ!!! 繰り返す総員第一級警戒態勢に移行せよ!!!」
ラグナレクの安置されるシリンダー状の広大な空間の最上部にある、何本ものパイプの密集する場所に、ホビットの姉妹と妖精の少女はいた。
「……そんなに大きな声で言わなくても解りますよ……」
自分達が居る場所の直ぐ上にあるスピーカーに向かって、リュウガが随分とのんびりした抗議の声を上げる。
少し仮眠を取っていたリュウガは、スピーカーから吐き出された爆音により、たたき起こされていた。
低血圧気味なリュウガは、まだ少し眠そうである。
「……また、子供の頃の夢……」
リュウガが眠けまなこで、今見た自分の夢を回想する。
「おねえちゃん」
隣に座る妹が声をかけてきた。非常に真面目な口調だ。
「……ねえ、この拡声器から流れてきた、空襲を受けたって事は……」
頭をとんとんと叩いて眠い頭を強引に覚醒させながら、リュウガが妹の問いに答える。
「うん、信濃が来たんだと思います。わたし達もそろそろ行動を起こさないといけませんね」
そう言いながら、傍らに置いてあった愛用の大剣の鞘を掴んだ。
「……ねえ、おねえちゃん、寝てた間……その……子供の頃の夢見てた……?」
リュウナが、ぼそっと訊いてきた。
「……うん、多分……そうだと思います……」
もう既に夢の記憶が薄れかかっていたリュウガは、そうあやふやに返すしかなかった。
「おねえちゃん、早く幼友達の彼と再会できると良いネ」
そう言いながら、リュウナがにこっと微笑む。
「どうしたんですかこんな時に?」
リュウガが不思議そうに妹に問い返した。
「……なんだろう……こんな時だからこそ聞いてみたかったのかな?」
リュウナが自分の口が勝手に開いたとでも言うように、答えた。
妹の台詞を聞きながらリュウガが考え深げに口を開く。
「……わたしは全ての記憶を失ったはずでした……でも忘れたくても忘れる事の出来ない記憶が一つだけあります……それは、何故わたし達姉妹が生まれてきたかと言う事……わたしの記憶の奥底に深く刻み込まれた、絶対に忘れてはいけない記憶……お母さんがくれた、この命の記憶……いずれ、あなたにも話さなければいけない日が……来るはずです……」
何か遠くに思いを馳せながら呟いた。
「……おねえちゃん?」
今度はリュウナの方が不思議そうに問い返した。
「リュウナがいけないんですよ、そんな事聞いて来たから」
リュウガが妹の疑問を綯い交ぜにするように呟いた。
そして妹の肩を支えにしながら、よいしょと、立ち上がった。
そして今度は妹の腕を掴むと、ひょいっと立ち上がらせた。
「さっ、行きましょう」
「……うん」
リュウナも疑問の発端を作ったのは自分なので、もうこの場ではそれ以上は訊かなかった。
自分の目線の上の方で繰り広げられた、ホビットの姉妹の息の合ったコンビネーションを見ながら、妖精の女の子が、下からくすくすと笑っていた。
「どうしたのシルフィちゃん?」
「いや〜だって二人の息がすごく合ってんだもん」
本当に楽しそうに笑うシルフィ。
リュウナは少し身を屈めると、自分の尻尾を彼女の小さい体に巻きつけた。
「?」
そのまま少し驚くシルフィの身体を尻尾で抱えあげると、自分の手の平に乗せた。
そして自分の肩の上にちょこんと座らせる。
「はい、これでシルフィちゃんも仲間入り」
「あはは♪」
そして三人は妖精達が捕らえられている区画へと移動していった。
要塞上空を飛ぶ何機のも航空機から光弾が発射される。
海岸線に上手く隠れるように作られた要塞表面を、攻撃機から発射された光子魚雷「フォトントーピドー」が薙ぎ払っていく。
要塞に配備された何機もの高射砲が、対空砲火を打ち上げる。砲弾の直撃を食らった攻撃機、爆撃機が機体から炎を噴出し、要塞表面に落下して行った。
そしてその上空では、戦闘機同士の激しいドッグファイトが繰り広げられていた。
天空を猛スピードで進む枢機国側制空戦闘機ワイルドキャットが照準に敵機を捕らえた。
間髪入れずに機関砲弾を叩き込む。電磁軌道が唸りを上げて二〇ミリ弾を連射する。灼熱の火線を引いて機関砲弾が敵機に吸い込まれていく……が
金属を叩く音が無情にも響く。敵機が必殺の機関砲弾をいとも容易く弾き返していた。
「……!? こいつら飛装兵か!? 皆、気をつけろ!!! こいつ等には機関砲弾は効かない!!!」
編隊無線にそう怒鳴りつけながらパイロットがワイルドキャットの翼を翻す。攻撃兵装を翼下のロケット弾に変える為に間合いを取ったのだ。
「!?」
機体を旋回させるパイロットの視界の前で、打ち落としそこなった敵機が、唐突に人型に変形した。
そしてぐるっと、此方に振り向いた。
人型になれば風圧面積が極端に増え急激なエアブレーキ掛かり、このように機体を急停止させる事は可能だ。そしてそのまま旋回中の敵機の後ろを取る事も出来る。
が、そんな事をすれば中に乗る操士は急激な重力変化に身体をもみくちゃにされ、五体をバラバラにされてしまうだろう。
だが、その飛装兵はそんな事はものともせずワイルドキャットに迫り来る。
機体をロールさせている最中の敵機ならば、この人型の空気抵抗の大きい状態のままでも接近するのは容易い事だ。
「うわぁ!?」
驚愕と恐怖に埋め尽くされたワイルドキャットのパイロットの目前に、自分が打ち落とす予定だった敵機がその腕を振り上げてきた。
今度は金属がひしゃげる音が響いた。
ワイルドキャットが敵飛装兵の鉄拳を、機体中央部に食らっていた。
ロケット弾の直撃等よりもはるかに大きな衝撃は、一瞬にしてその制空戦闘機の機体を破壊してしまう。
バラバラになりながら要塞上空に墜落していくワイルドキャット。操縦士は鋼鉄の拳を叩き込まれた衝撃で既に絶命している違いない。
これが龍樹帝国軍最新鋭艦上戦闘機型飛装兵「烈風」の力だった。
これは機動戦艦計画の一つとして計画された「無人艦載機化構想」による産物が具現化したものだ。
元々が「人型兵器に変形する空母」と言う、荒唐無稽ともとれる戦闘兵器を作ってしまったが為に必要となった機体ではあるが、ディフュームが搭乗しない分耐G制限や操縦士用の生命維持装置、射出座席の装備等も必要無く、その分をデッドウェイトとして削除する事が可能である。
建造当初は自動機械故の柔軟性の無さが指摘されたが、無人機の特性として今見せた様に操士の生命を気にしない高機動を発揮する事が可能であり、場合によってはこのように有人機を圧倒する事も可能であった。
これらの機体には龍樹帝国軍の中でもトップエースクラスの操士と操縦士の戦闘データが組み込まれており、航空母艦信濃搭載のこれらの無人飛装兵は今回が初出撃にも関わらず、全ての機がまるで十機撃墜のエース級の働きを見せていた。
ワイルドキャットを撃墜した無人の烈風は敵機を撃墜した感傷に浸るでもなく、また再び航空機形態に変形すると、自動機械が発見した新たなる敵を求めて大空へ駆け上がって行った。
要塞を直ぐそこまで望める近海に、一つの機動部隊が海原を突っ走っていた。
その中心を四〇〇メートルはありそうな巨大な航空母艦が進んでいる。
前衛を二隻の巨大な戦艦が守り、中心の空母の両脇には一隻ずつ巡洋戦艦らしき細長く大きな艦が走っていた。
そしてその四隻の大型艦の外周を六隻の駆逐艦が輪形陣を組み、護衛している。
その十一隻の機動部隊の上空に航空編隊が現れた。
殆どの機が機体に傷を負い、中には飛行形態に変形出来なくなり僚機に腕を捕まれ懸架してもらって帰艦して来る機もある。
目の前の電探盤の反応で、既に攻撃を終了した艦載機の接近を知っているミカは、艦長代理として指示を出した。
伝線管に口を付ける。
「整備班のひとぉ! 艦載機の緊急着艦お願い!!」
艦橋後方にある航空制御室に詰める信濃整備班からも応答の声が伝線管から聞こえてくる。
「了解した!!」
程なくして艦橋内に着艦の衝撃が伝わってくる。
帰艦した飛装兵が人型に変形し、飛行甲板に垂直着陸してくる。
本来ならば一機ずつ甲板上のマーキングされたランディングポイントに着艦させた方が、飛行甲板に与えるダメージは少ないのだが、今まさに敵要塞の主砲射程距離内に入り込もうとするこの状況では、そんな事は言ってられなかった。
「……通信?」
艦橋の窓から、飛行甲板上の、エレベーターに素早く移動して行く飛装兵達を眺めていたミカの元に通信が入ってきた。
旗艦の前を走る「機導強襲揚陸戦艦 玄武」からだ。
「ミカ、艦載機達の被害はどうだ?」
玄武に乗り込む副長より通信が入る。
「……うん、四分の一ぐらいはやられちゃったみたい。それに帰って来れた機も殆ど損傷してる。敵はラグナレクを守っているだけあって相当強いみたいよ」
ミカが航空制御室から送られてくる帰艦機達のデータを読み上げて副長に伝える。
「……そうか、解った」
副長はその報告を聞いて、気を引き締めるように操縦桿を握り直した。
「ミカ、これより俺達三隻とアリシアの武蔵は敵要塞に突入する。龍波の二隻だけ持っていくから他の艦は護衛に付けろ。それと使える烈風は直援に上げておけ」
「……」
ミカはこれより死地に赴く副長達に何か言おうと思ったが、今更励ましの言葉を言っても仕方ないと言いよどみ、素直に返事を返した。
「……了解!!」
副長はミカの返答の台詞を聞きながら、旗艦の両サイドを守る二隻の機動艦に指示を出す。
「マリア、シフォン、これより敵要塞に突入する。俺達の任務は派手に暴れて敵を陽動し、表に誘き出す事だ。そして可能な限り敵大型兵器を破壊する。まあ、艦長の事だ、自分の事は自分で何とかしてくれるだろう」
自分の上官に対してはなんだかかなりひどい台詞だが、この巨大空母のあの艦長殿ならば本当に何とかしてくれそうな気がしてくるのだから、不思議な物である。
「了解しました副長ぉ!」
「機導巡洋戦艦 白虎」を預かるマリアが答えを返す。
「こっちも了解です……ホント、うちの艦長さんなら私たちが四六センチ砲をぶっ放してもちゃんと避けてくれそうですよね」
白虎の隣を進む「機導巡洋戦艦 翠雀」に乗るシフォンが副長と同じように荒っぽく感想を言いながら返答した。
「副長? あたしの戦艦もあんた達に着いていって良いわけ?」
二人との交信の最中、隣りの大型戦艦からアリシアが割り込んできた。
「どうしたアリシア?」
「あたしの武蔵は、リュウガの艦の護衛で来てるのよ。その護衛がいなくなっちゃっても良いの?」
珍しく協調性のある意見を述べているアリシア。彼女も有能な士官の一人であるのは間違い無いので、こう言う場では自分勝手な行動はしたりしない。
「あの艦はあれだけ護衛を残しておけば充分だよ。それに先行して敵を潰していけば旗艦を守ることにもなる。アリシアだって護衛任務なんかより派手に暴れたいだろ?」
「あはは、そういうことね。わかったわ、あたしも派手にあばれることにするわ。休みを取られた恨みもあるしね」
「まあ、そう言うことだ、行くぞ!!!」
副長の指示の下、旗艦を守っていた四隻の大型艦が急激に速力を上げ始めた。
その四隻を追うように旗艦の外周の輪形陣から二隻の駆逐艦が飛び出した。
鯨の胴のような流麗な胴体に人型の上半身が載っている。その頭部は前後に非常に長く、右腕は巨大な砲身となっており、左腕は大型シールドになっている。
龍樹帝国軍「龍波級機導駆逐艦」だ。
旗艦信濃には六隻分の機動駆逐艦搭載スペースがあり、通常は攻撃型の龍波級が二隻、防空型の龍月級が四隻搭載されている。そのうちの攻撃型二隻全てが、敵要塞攻撃に向かう四隻に付いて行く。
海原を猛スピードを発揮して六隻の異形の艦艇が突っ走る。その速力は50ノットを軽く超えているのでは無いのだろうか?
「……ん?」
海原を進む高速戦隊の前に、海上スレスレを同じく凄まじいスピードで此方に向かって来る何者かが現れた。
「おぅ、早速お出迎えか? まあ、あれだけ空襲されてんだから当たり前か」
それは自分達を迎撃する為に出撃して来た、枢機国軍機動戦艦に違いなかった。
長く張り出した艦首、その艦首両サイド上に一基ずつ配された四六センチ単装砲塔、そしてその砲塔後部は巨大なジェットモーターになっている、それは枢機軍が大西海地域用に開発したフューリアスU級高速機動戦艦に間違い無い。
「副長、あれの相手はあたしがするわ。あんた達は先に行ってよ」
「アリシア?」
「あんた達ののんびり屋さんの艦長も、流石に首を長くして待ってるでしょ。いそぎなさい」
「友達にやさしいな、アリシアは」
「職務に忠実なだけよ。それにあいつとは友達じゃないわよ」
武蔵が速力を上げ始めた。
「解かった、ここはアリシアに任せる。マリア、シフォン行くぞ」
副長が後続の白虎と翠雀を連れて、進路から外れ始めた。
「こんな所で沈むなよ」
「沈むわけないでしょ、バカ」
アリシアの台詞と共に、重機動戦艦武蔵は敵艦に向けて主砲弾を叩き出した。
フューリアスUもその主砲で応戦してきた。
壮絶な砲撃戦をし始めた二隻の戦艦の脇を、三隻の機動戦艦が二隻の機動駆逐艦を連れすり抜けて行く。
「さて、暴れるわよ」
アリシアは不敵な笑みを浮かべると、副艦長以下の艦橋乗員に指示を出し、敵艦に肉薄して行った。
着弾の振動で建物が軋む。
人影が閑散とするようになった要塞内を、敵艦の艦砲射撃が襲っている。
大型砲弾の着弾の振動で、天井から埃やひび割れた建材が落ちて来る。
今現在は突如として現れた敵に対する迎撃で、要塞内に駐屯する兵員達は手一杯である。
だから、この要塞内に侵入者が入り込んでいてもそれに注意を割ける者がいるわけが無かった。
しかも人間よりも遥かに身体能力の高いディフュームが相手となれば、どうにも気が付き様が無い。
人影の完全に無くなった通路の上に設けられた排気ダクト用の通風孔が、突如として蹴破られた。
大きな音を立ててその通風用のフィンが転がっても誰も気に止める者がいない。例えいたとしても着弾の振動で外れたと思うに違いない。
二つの影がほんの少しだけ着地の音を立てて、排気ダクト内から飛び降りる。
その身のこなしの軽さは、本物の猫が飛び降りてきたかのようだ。
「……此処ですか? 妖精さん達が捕まっている部屋と言うのは……」
リュウガが
「うん、此処だよ……」
リュウナが姉に間違い無いと言う風に、力強くうなずきながら言う。
「じゃあ、今から突入します。リュウナはわたしの後ろに隠れてありったけの魔力で拘束の魔法をお願いします。そして固まった魔法使い達をわたしが一気に切り伏せます……ちょっと汚い手かも知れませんが妖精さん達を助ける為にはしかたないですからね……」
リュウナ程の超高位魔導士の放つ強制拘束の呪文を弾き返せる術者など、そうそう居ない。惨い作戦ではあるが今はこれが一番だ。
「……うん」
リュウナも仕方ないと言った顔で返事を返した。
安全を兼ねて予めリュウナの上着の中に収まっていたシルフィは、リュウナの心臓が爆発しそうな勢いで鼓動するのを感じていた。
自分の心臓も早鐘を打っている。
シルフィはこの二人と一緒にいる以上に安全な所は無いと思っているが、それでも恐怖は完全に拭いきる事は出来ない。
「……じゃあ、行きますよ二人とも」
リュウガはそう言って目の前のドアを蹴破って中に踊り込んだ。
胸の中にシルフィを入れたリュウナもそれに続く。
「……!?」
剣を抜き払おうとしていたリュウガも、強大なフリーズの呪文を発動しようと思っていたリュウナも、その動きを止め固まっている。
中はもぬけの殻だった。
捕らえられた妖精の姿も、この研究室に詰めていた魔導士達の姿も全然見えない。
いや、一つの例外を除けば……
部屋の中央に、椅子にどっかと腰を据える男が居た。
腕組みをして静かに瞑目している。だがその瞑目する瞳は一つしか無かった。片目が潰れ、その代わりの義眼が先程から妖しい光を放っている。
「……あなたは……?」
たまらずリュウガが問い掛ける。
「……待ちかねたぞ紅蓮の死神……こうやって直接顔を合わせるのは初めてだな」
男が無事な方の目をゆっくりと開いた。その右目が潰れた左眼の義眼以上の妖しい光を放つ。
「俺はヴァッシュガーランド、お前を殺す者だ」