第十三話 慟哭、絶叫
数多くの魔導器が立ち並ぶ研究室の中、魔法剣士ヴァッシュガーランドと、紅蓮の死神の仇名を持つディフュームの剣士が対峙していた。

静かに構えるリュウガの後ろでは、ロッドを抱えたままの姿勢で固まっているリュウナがいた。そして彼女の胸に収まるシルフィは、目の前の人間の戦士の放つ、あまりにも強過ぎる殺気に身体を震わせている。
先程からその魔法剣士は、ディフュームの最強の剣士と超高位魔導士を前にして、悠然と構えたままだ。
「……どうして、待ち伏せを……どうして、わたし達が此処へ来ると解ったのですか……?」
リュウガが問う。
「感か……いや、先読みだな」
その問いにヴァッシュが答える。
「湖畔の街に現れたお前達。そしてこの突然の襲撃。ならばこの要塞内にこの位置を知らせた者がいる。そしてその者が次に取る行動とは……」
作り物の左眼が妖しく光る。
「……この要塞に入り込んだのが紅蓮の死神とそこの龍魔導士なら、この襲撃の混乱に乗じて大胆不敵にこのFデバイスを置いてある最重要区画に現れると踏んで、待ち構えていたのさ」
読まれていた。
湖畔の宿場街で、命を掛けて妖精を守ったホビットの二人がいた。そしてその内の一人は妖精の秘密を知り得るほどの大魔導士だ。軽々と要塞内に進入するであろうディフュームの身体能力の高さ。最初から其処に妖精とラグナレクがある事が解っているかのように進撃して来る機動艦隊……
数々の戦地を潜り抜けて来たこの魔法剣士が持つ戦いの感は、極限まで研ぎ澄まされていた。死地を生き抜く為に高められた感は、この情報だけで最終的な答えをはじき出していた。いや、これだけの度量がなければ、百を超える戦場から生きて帰ってくる事など出来ないだろう。
「……妖精は……妖精たちは何処へやったの……?」
リュウガの後ろに控えていたリュウナが、声を少しくぐもらせながら口を開いた。
姉と同じく何事にも動じない性格の自分の筈だが、リュウガほど命の駆け引きに対する経験を積んでいない為、この魔法剣士の放つ殺気にかなり気圧されているのを感じていた。
「……先程俺が紅蓮の死神と龍魔導士が来ると教えてやったら、血相を変えて持っていったぞ基地指令が。それも魔導士ごとだ」
ヴァッシュはホビットの魔法使いの質問に、素直に返答した。
「ま、まさか!?」
それを聞いてリュウナの顔が青ざめる。
「あぁ、そうだ。幾ら無人で動く爆装機とは言え初期起動にはやはり魔導士は必要だからな。あの頭のお堅い基地指令め、土壇場になって魔法の力に頼りおって」
最後は独り言のように呟く。
「……あんた達……まさか!?」
「そうだ、元々の使い道をする為に持っていったのさ」
その言葉だけでリュウナには、人間達がこれから何を行おうとしているかが解った。
「!? 止めなきゃ!! 爆装機を文字通り、爆弾にするつもりだわ!!」
そのリュウナの言葉を聞いて胸の中のシルフィが、ピクン!! と大きく身体を震わす。
「そう言う事だ。指令は爆装機を敵艦隊に投げつけて一気に殖滅するつもりなんだろう……なにしろ普通の人間はお前達亜人どもを、自分達と同格の生命体とは思っていないからな」
魔法剣士が冷徹に続ける。
「その亜人が作り出した人造生命だ。なんの躊躇いもなく兵器として使うだろう」
ヴァッシュの無事な方の眼がリュウナを見据える。
「そこの龍魔導士、行くならさっさと行った方がいいぞ。なに、幾ら俺でもお前達凄腕の戦士二人をいっぺんには相手に出来ん。其処にいる紅蓮の死神一人でも俺を足止めするのは充分だ」
そう言いながらヴァッシュが不敵に笑う。
躊躇うリュウナに姉が言葉を掛ける。
「……リュウナ、早く行って下さい、此処はわたしが引き受けます。それに、幾らあなた程の超高位魔導士といえども、わたし達剣士同士の戦いの前では、いるだけ邪魔です」
リュウガが冷たく言い放つ。
だが、それがわざと自分の妖精達の救助に行かせる為の言葉だと言う事を、リュウナは痛いほど解っていた。
「わかったわ!! わたし行きます!!」
リュウナはそう言い残すと小さい身体を震わすシルフィを上着の胸元に入れたまま、研究室を飛び出した。
タン! タン! タン! と足音が物凄い勢いで遠ざかって行く。
「……さて」
ヴァッシュがゆったりと立ち上がった。
「邪魔者も居なくなった事だ、改めてお手合せ願おうか?」
「……これも初めからあなたの計画だったんですか? わたしとリュウナを引き離して一対一の勝負に持ち込む……」
「さあな、だがお前の言った通り、あの魔法使いが居ても俺達の勝負には邪魔なだけだぞ」
そう言いながら、ヴァッシュが傍らに置いてあった鞘から、剣をゆっくりと引き抜いた。
大きい。文字通りグレートソードと言われる両手持ちの大剣だ。。
それに応じるように、リュウガも自分の剣を引き抜いた。
幅が広く、分厚く、八洲刀の様に優美に湾曲している。
ヴァッシュの持つ剣と同じ様に相手を叩き潰す事を主目的とした様な造りだ。それは反りの付いたグレートソードと言った印象の業物だ。
「……じゃあ、始めるとするか」
魔法剣士ヴァッシュガーランドが不敵に言い放った。
敵要塞に向かって突っ走る機動戦隊の前に、一隻の戦艦が立ちはだかった。
先程から四〇センチ砲弾を盛大に打ち上げているその戦艦は、枢機国海軍が誇る大型戦艦アイオワ級だ。
此方に堂々と横腹を見せ、艦首と艦尾に装備された三基の三連装四〇センチ砲を猛然と撃ち放ち、副長達の接近を拒んでいる。
まるで自分が最後の砦だと言わんばかりの迫力だ。
だが五隻の機動艦は、その迫力を物ともせず突き進む。
「一気に仕留めるぞ……主砲全開射撃用意!」
「了解!」
「了解しましたぁ!」
副長の指示の下、三隻の機動戦艦が攻撃態勢に入る。
玄武が艦体両脇の主砲塔をアイオワ級に向ける。
白虎と翠雀も敵艦に向けて、艦体両サイドのシールド裏に装備された46cm三連装丙型砲塔を露出させる。
玄武が二基、白虎と翠雀が四基、合わせて三十門の18インチ砲身が、敵艦に向けてその鎌首を擡げる。
次の瞬間、幾重にも重なった壮絶な重奏音を奏でながら、三十基の電磁軌道が唸りを上げて大型砲弾を吐き出した。
打ち出された三十発の砲弾の内、その五分の一の六発がアイオワ級の横腹に命中した。
そして外れた弾が大型戦艦の回りに至近弾となって着弾し、物凄い水柱を上げる。
海上を高速で突っ走る三隻の機動艦が、突如として艦艇から水素ジェットの火炎を吐き出した。巨体を宙に舞い上がらせる。
そしてそのまま自分達が作った巨大なウォーターカーテンを突き破って突き進む。二隻の龍波がそれに続いた。
その巨大なる水の壁が治まった時には、もう其処に三連装砲塔を三基積んだ大型戦艦の姿は無かった。
如何に重装甲が身上の枢機国型戦艦とは言え、横腹に46cm砲弾を一気に六発も食らってしまっては無事で済むはずも無かった。
海上に水の壁が立ち上がったその中で、上空から降り注ぐ海水を叩き付けられながら、海の其処へと瞬く間に轟沈していったのだろう。
「……」
マリアが大型戦艦の消えた海原へと視線を落とした。その顔は悲しみとも哀れみとも取れぬ複雑な表情をしている。
敵を撃破した喜びなどあるわけが無い。
アイオワ級戦艦と言えば千人規模の乗員を抱える大戦艦だ。
そして自分達は今さっき、そのアイオワ級をいとも容易く撃沈した。
一気に千人以上の命を奪った事になる。
その血に汚れた結果を見たならば、敵を倒したと言う喜びなど初めから出て来ようが無かった。
「……これが戦争……これがひとを殺すと言う事……」
マリアがそう悲しく呟きながら隣を進む翠雀を見た。
シフォンも同じ事を思っているのだろうか。
今度は前を進む玄武を見る。
副長はどう思っているのだろうか?
「……でも、人間達は私たちディフュームを自分達と同じ生命と思っていない……ペットの犬や猫が立って歩いている……それぐらいにしか思っていない……それなのに、私達たちは……」
その事実がマリアの心の中を、更に複雑な気持ちにして行く。
「!?」
白虎の右舷を進んでいた龍波級が唐突に爆発を起こして四散した。
突然の撃墜の衝撃を感じて、マリアは急に現実世界に戻された。
どうやら龍波はその胴体にかなりの大型砲弾の直撃を食らってしまったらしい。
砲弾の飛来して来た方向に振り向く。
其処には一機の巨人が立っていた。
背中に生える巨大な主翼、身体の各所から飛び出す姿勢制御用安定翼。
それは今現在までの信濃の唯一の交戦記録であった、龍樹帝国本土近海海戦のデータに存在する敵新兵器に良く似ていた。
リュウガの乗った天龍とアリシアの騎乗する黒き雷光が二機掛りでやっと倒した枢機国の新たなる巨人……その強大な敵の同型機に間違い無い相手が、今、目の前に現れた。
巨人が龍波級を一撃のうちに破壊した大型砲を格納しながら、その右腕をゆっくりと下げる。
「……こうも早くこの要塞の位置がバレるとはな……私も生きて帰れたなら、亜人どもの再評価の報告書を書かねばなるまい」
枢機国軍重機動戦艦ユナイテッドステーツ級三番艦、「レッドフィッシュ」
枢機国の中でも最重要機密の内の一つである、このラグナレクを中心とした巨大魔導器を守護するべく、人間達は最大最強の機動兵器をこの要塞に配備していた。
この最重要拠点の一つを任されていた基地指令イチシロアリスガワは要塞の奥に立て篭る事も無く、この要塞の守護神に自ら乗り込み、敵に打って出た。
堂々とした司令官ぶりだ。いや、これぐらいの度量と度胸がなければ、こんな重要機密を隠した要塞の指令など初めから務まらないのだろう。
「……これで亜人に対する脅威にもっと備えておれば……」ヴァッシュならばそう付け加えるだろうが。
レッドフュッシュが歩を進める。
その振動で先程から空襲と砲撃でボロボロの状態の要塞が、更にバラバラになって崩れ落ちる。
何しろ一〇万トン以上の物体が動いているのである。その衝撃は計り知れない。
「地上戦になりそうだ。二人ともD−3モードに移行する」
副長の指示の下、三隻の機動戦艦がその身を変え始めた。
両脇のシールドを展開させた二隻の機動巡洋戦艦が前後に接合され、その上に本来の脚部を大型腕に変形させた玄武が、上半身として載った。
大地を駆ける機械神「地龍」
三隻の機動戦艦の接合により完成する、陸戦用に特化した三番目の機械神の姿だ。
水素の火炎は下方に吐き出しながら、地龍が地上に舞い降りる。
生き残った龍波級もそれに続く。
「……!?」
大地に降り立って敵機導戦艦の装甲表面を間直に見たマリアとシフォンは、驚愕の表情になった。
その巨体の外板に接続用のアームで幾つもの物体が括り付けられている。
信濃専属のエンジニアパイロットであるマリアとシフォンは、必然的にほぼ全ての龍機兵の機種をその頭の中に叩き込んであった。
最重要の機密兵器の整備員として、一部の高位魔導士しか知らない機体であっても知っておく必要があった。
二人は一瞬にしてその括り付けられている物体の正体を知った。
「副長!! あれは爆装機です!!」
「なに!? あれがか!?」
副長もリュウガがよこした出撃要請書は読んでいた。そしてあの機動戦艦に縛り付けられている機体こそ、報告文にあった爆装機にだった。
「……なんて事を!?」
そしてあの中には、爆装機の起動に必要な妖精達が無理矢理乗せられているに違いなかった。
動きを止めた敵機動戦艦に向かってアリスガワ指令が薄っすらと微笑む。
「……ふふふ、このレッドフィッシュに攻撃が出来るかな?」
アリシアに操られた「重機動戦艦 武蔵」が敵艦に肉薄する。
高速性能を極限まで高めた高速機動戦艦フューリアスUは、その代償として格闘形態への変形機能を廃していた。
驚異的な機動力を生かした一激離脱の高速戦ならば龍樹帝国軍製の機導戦艦にも迫る性能を発揮するが、こうして懐に入り込まれた場合はなす術がなくなる。
既に人型白兵形態「黒き雷光」への変形を終えていた武蔵は、その巨大な右足を振り上げる。
そしてそのまま敵艦の頭上に思いっきり叩き付けた。
金属同士のもの凄い破砕音が轟く。
何しろこの黄道の機械神の指揮駆逐機「黒き雷光」は、10万トンを超える自重があるのだ。その重さを支えるための剛強な脚部の一撃を食らっては、如何に機動戦艦と言えども只では済まない。
黒き雷光の凄まじいまでの踵落しを食らったフューリアスUは、一瞬にして爆散した。
海上に落下する、今まで機導戦艦だった残骸の発する爆発の照り返しを受けて、黒き雷光の巨体が黒い光を放つ。
「ふう、結構手間取ったわね」
武蔵の艦橋内の艦長席が大きく変形している。
操士席へと変形した艦長席に埋もれるように収まるアリシアは、少し疲れたように、息を吐き出しながら呟いた。
「……アリシアー!!」
通信回線にミカの声が入ってきた。
「……アリシア、大丈夫―!?」
ヨーコが無事を確認するようにミカの隣から声を張り上げた。
アリシアは黒き雷光の頭部を、後ろに振り向かせた。
見れば、直ぐ近くにまで信濃が迫って来ていた。
敵機動戦艦の撃破に手間取っていた為、何時の間にか追いつかれていた。
「大丈夫に決まってるでしょ? そっちはどう?」
「……うん、烈風は殆どやられちゃった……龍月も半分やられたわ……」
見れば旗艦を守っていた四隻の機導駆逐艦が二隻に減っている。上空を守る直援機もまばらだ。
「そう、それで旗艦の方はどう?」
「うん、今の所傷一つ付いてないよ」
「そう、でも護衛の数が減ったのは気になるわね」
そう言いながら、黒き雷光の巨体が信濃の右舷に降下してきた。
「これからは一緒に行ってあげるわ。この艦の本来の目的は信濃の直衛だから」
「うん、了解!……ありがとうアリシア」
「あたしは職務に忠実なだけよ」
四隻になった機動部隊本隊は、爆煙渦巻く敵要塞に向かって速力を上げた。
その広い研究室の中、二人の剣士は刃を抜き払ったまま動きを止めていた。
お互い相手の出方が解らず動きを止めているのだろうか?
いや、ヴァッシュの方は、この一瞬も気を許せない極限の緊張感を明らかに楽しんでいた。
そして物事にあまり動じない性格のリュウガも、特に緊張の脂汗をかくでもなく、相手の動きに合わせるように静かに大剣を構えたままだ。
剣を持った腕を顔の横で交差させる特徴的な構え、輪舞の剣の基本的な構えを見せている。
リュウナが飛び出して行ってから、どれだけ時間が経ったのだろう。
自分達の頭の上では壮絶な激戦が行われており、更に10万トンを超える巨人の歩く超振動が響いてきたはずであるが、この二人にとっては只のうるさい騒音でしかないようだ。
「……このまま見詰め合っていてもらちがあかないぞ、紅蓮の死神」
唐突に魔法剣士が口を開いた。
「……そうですね」
リュウガがそれに素直に答えを返した……いや、「そうですね」の“ね”の字を言った時には、何時の間にかリュウガの姿が消えていた。
床を蹴る具足の靴音だけがその場に残った。
ヴァッシュが口を開いたのを好機とすぐさま判断し、一気に差を詰めた。
そして構えた大剣を頭の上で旋回させる独特の流れで、相手に上段から打ち下ろす。
並みの剣士ならば其処までに至るリュウガのスピードを見切れず、簡単に真っ二つにされていただろう。
だが、この魔法剣士ヴァッシュガーランドは並みの剣士では無かった。
ヴァッシュがゆっくりと左足を半分だけ後ろに滑らした。
高速で振り下ろされたリュウガの大剣の軌跡が最初から解っていたかのように、ヴァッシュは必殺の初太刀を紙一重でかわした。
半身の姿勢になり剣を持つ右腕が相手の方に近くなった魔法剣士は、右足を踏み出しながら、その長大なグレートソードを振り下ろした。
剣戟の音がこだまする。
その直後、何かが強引に物体に打ち込まれる音が響いた。
ヴァッシュは振り下ろされる途中だったリュウガの大剣の嶺の部分に、自分の剣を叩き付けていた。
リュウガの大剣の切先が石造りの床にめり込んでしまっている。
……動かない……
巨大な刀身の半ばに打ち込まれたグレートソードに押さえ付けられ、リュウガの剣はびくとも動かない。
リュウガは生身でも、龍機兵の振り下ろす剣を、その大剣を以って弾き返してしまう程の怪力の持ち主だ。
そのリュウガのパワーを以ってしても、このグレートソードを返せない。
……凄い力です……いえ、力以上の何かを感じます……
それでも物事にあまり動じない性格のリュウガは、こう言う状況になっても冷静に状況を判断していた。
「……ほう、こうして近くで見ると随分と綺麗な顔をしているんだな。剣士にはそぐわない顔だな」
また再びヴァッシュが唐突に口を開いた。
基本的に綺麗な顔立ちの者が多いディフュームの中でも更に綺麗と言うのだから、よっぽど美しい顔立ちをしているのだろう、このホビットの女性は。
しかしこのように命をやり取りする極限の状態でそんな軽口が利けるのだから、このヴァッシュガーランドと言う男、相当な度量の持ち主である事が解る。
「どうだ、紅蓮の死神から美貌の死神にでも改名したら」
「……紅蓮の死神とは自分で名乗ってる訳ではないですよ……それにそんな事言っておだてても、何も出ませんよ」
リュウガが素直に答えを返している。
このホビットの剣士の場合は度胸があるのか、それとも只の天然ぼけが続いているのかは誰にも解らない。
「そうか、それは残念だな」
ヴァッシュがそう呟きながらにやりと笑うと、左腕を剣から離し、不可思議に指を動かした。
そしてそれが呪文の印を結んでいる事にリュウガは気付いた。
「!?」
「……ウィンドプレッシャー!」
だがそれよりも早く、ヴァッシュの呪文の方が早く発動した。
リュウガの胸の辺りに風塊の呪文を叩きつける。
空気の塊を食らい、一気に壁際まで吹っ飛ばされるリュウガ。
「……くぅ」
呻き声を上げながら立ち上がる。だがリュウガも只では終わらない。
リュウガが自分の剣を左手に逆手に持ち替えると、特徴的なデザインの手甲の左腕に、右手の手甲の手首辺りの円形部分を叩きつけた。
叩き付けた行為が起動スイッチとなり、右腕の手甲に内蔵された円盤部が回転を始める。
そしてそれをそのまま床に向かって、右手の拳を叩き付けた。
「爆龍拳!!!」
石造りの床に叩き付けられた手甲から吐き出された火炎魔法が、這うように炎の塔を林立させる。
連続的に吹き上がる炎の塔は、真っ直ぐに魔法剣士に向かう。
炎に飲み込まれる寸前で、魔法剣士は障壁の呪文を張った。
「!?」
だがその炎の火力は想像以上のものがあり、魔法障壁の外から多少なりとも身体を炙られてしまった。
リュウガが立ち上がる。
風塊の呪文を叩き込まれた辺りの鎧がへこんでいた。その下の骨も幾つかひびが入っているに違いない。
並みの者ならば、そしてこの胸を覆う鎧が無ければ、左腕を繋ぐ胸骨をばらばらにされていた事だろう。
「……いたた」
痛みをこらえるかのように片目をつぶりながら、リュウガが再び剣を構えた。
「中々良い炎を使うじゃないか? 流石紅蓮の死神と言った処か」
魔法剣士が不敵に呟く。
こちらは自分の身体を焼かれても、一向に解さない様に平然としたままだ。
「どうした紅蓮の死神。お前の実力はこんな物か?」
ヴァッシュガーランドの深く野太い声が、冷徹に部屋の中にこだまする。
「……遅かった……」
ラグナレクの安置される巨大なシリンダーにたどり着いたリュウナは、目の前の状況に悲しげに呟いた
負の大剣を囲むように配置された爆装機の内、四機が無くなっている。丁度この要塞の中に捕まっていた妖精の数と同じだ。
リュウナは上を振り仰いだ。
天井が開いていた。その天井の大穴から煙に包まれる要塞表面が見えた。あちこちから爆発が上がっている。
そしてリュウナはその時見た。
轟音を立てながら自らの要塞施設を踏み潰しながら歩く巨人を。そしてその巨人の身体に縛り付けられた爆装機を。
「……なんて事を……」
それ以上は言葉に成らなかった。
考えたら言葉が喉に詰まって口が動かなかった。
その後の爆装機の運命を。中に乗せられた妖精達の運命を。
リュウナは涙をぼろぼろと零しながらその場に崩れ落ちた。
「……何も出来ないの……わたしは……何も出来ないの……」
そう自分を責めるリュウナの顔に何かが触れた。
「……?」
気が付くと胸の中に入っていたシルフィが身体を伸ばして、リュウナの大きな瞳から零れる大粒の涙を、自分の上着の袖で拭っていた。
小さい服の腕の辺りがリュウナの涙でびしょびしょになるのもお構い無しで、一所懸命拭いている。
「……リュウナぁ」
シルフィは何か言いたげだったが、リュウナの名前を口にしただけで、また黙ってしまった。
でも、リュウナがその小さい体に秘められた思いを受け取るのには、それだけで充分だった。
「……ごめん……ごめんなさい……わたしこんな所で落ち込んでなんかいられない筈なのに……」
リュウナがそう言いながら自分の手を顔の方に伸ばして、シルフィの身体を優しく包み込んだ。
その事によってシルフィはリュウナの顔に身体を押し付けられる事になったが、特に声も上げず、柔らかくふっくらとした頬に身を寄せていた。
リュウナが立ち上がった。その顔はまだ少し涙に濡れてはいるが、表情は強い決意に満ちていた。
「シルフィちゃん……う、うん、今からシルフィって呼ばせてもらうわ、早く服の中に入って!」
「うん!」
シルフィは満面の笑みを浮かべながら、素直にリュウナの言葉に従った。
呼び捨てで呼んでもらって、リュウナとはかけがえの無い親友みたいになったような気がして、なんだか嬉しくなっていた。
シルフィがまた自分の服の中に収まった事を確認すると、リュウナは呪文を唱え始めた。
リュウナの周りの風が騒ぎ始める。召還の呪文だ。
「……あなたの事を召還するのは初めてだけど……お願い、あなたの力を貸して、イスラフェル!!!」
リュウナが魔導教会を守る伝説の神機の名を叫ぶ。
風の蟠る異質な音を伴って、リュウナの目の前に巨大な魔方陣が出現した。
後は素直にあの伝説の神機が現れてくれるのを待つだけだ。
だが、その時……
突如として目の前のシリンダーに固定されている筈の負の大剣が、ゆっくりと上に上昇して行った。
大剣を固定する拘束具を強引に破壊しながら、徐々に上に引き上げられて行く。
「……な、何を!?」
驚きながらもリュウナは召還の呪文の詠唱を止めない。これだけ巨大な召還の呪文は二度も使えない。神機を召還しようと言うのだ。それに消費される魔力も相当なものになる。こんな事を何度もしたら攻撃に使う為の魔力が殆ど無くなってしまう。
必死に召還の呪文を続けるリュウナの前で、巨大なる負の大剣がゆっくりと引き抜かれようとしていた。
レッドフィッシュがその巨体を屈め、要塞上部に空いた大穴に右腕を突っ込んだ。
その機械腕が何かを掴む。それはあまりにも長大な剣の柄だった。
レッドフュッシュがその大穴から、巨大な鉄の塊をゆっくりと引き抜く。
「……あ、あれは……」
マリアがその鋼鉄の物体を見て表情を強張らせる。
帝国軍訓練学校の歴史の時間で学んだ20年前に起こった大戦、その時に人間達に奪われた伝説の大剣。
その歴史の教科書に描いてあった想像図とまったく同じ物が、今、目の前に現れた。
「あれが、負の大剣……ラグナレク……」
レッドフィッシュがその文字通りの大業物を振り上げた。
そしてそのまま地龍の目の前に、打ち下ろした。
「きゃあ!?」
その衝撃で巨人が大きく身体を傾がせる。
間合いを取る為に、地龍は後ろに下がった。
「どうします副長? 妖精達を乗せた爆装機をあんなにいっぱい盾にされたら……私達何にも手出し出来ないですよ……」
マリアが、この合体型機動戦艦の主任操士となった副長に呼びかける
「……あ、あいつ等ぁ!!!」
普段はどんな時も冷静に対処する筈の副長が、敵の姿に対して、怒りに顔を歪ませている。
ラグナレクを構え、妖精を無理矢理押し込んだ爆装機を体中に付けた重機導戦艦が、轟音を撒き散らしながら、手出しの出来ない敵に向かって歩を進める。
地龍がレッドフィッシュに向かって、巨大な脚部を踏み出した。今まさに相手に掴みかからんばかりの勢いだ。
「駄目よ、副長!!!」
あまりの怒りに我を忘れかかっている副艦長を、二人のエンジニアパイロットが慌てて制する。
「……くそぉ!!! 卑怯者ぉ!!!」
鋼鉄の巨人から発せられた絶叫を聞いても、レッドフィッシュに乗り込むアリスガワ指令は涼しい顔をしたままだ。
「……そう、そう言う事だ。お前達木偶の坊が幾ら増えた所で、事態は変わらん……ほう? もう一つ木偶の坊が現れたな?」
要塞沿岸の直ぐ其処まで旗艦信濃が接近していた。隣りには白兵形態に変形している武蔵の姿もある。
既に信濃の艦橋からも、そして黒き雷光からも、レッドフィッシュの巨体を肉眼ではっきりと見る事が出来た。
そしてその装甲表面に縛り付けられた爆装機達も。
信濃も黒き雷光も、何も手出し出来無いまま動きを止めるしかない。
「あれがお前達の母艦か? ……ならばあのでかい的でこいつの威力を試させてもらうか」
アリスガワが無機質な声でそう言い放つと、レッドフィッシュが左腕を自分の身体に回し、其処に貼り付けた一機の爆装機を引き剥がした。
そしてあまりにも無造作な動きでその鉄で組まれた物体を、海上に遊弋する大型空母に向かって放り投げた。
その妖精を乗せた爆装機が信濃の浮かぶ海面に着水するまでの間、まるで時間が止まったかの様に全ての物が身体を凍りつかせて身動きが取れなかった。
ラグナレクが安置されていたシリンダーの開いた天井から、まばゆい閃光と共に一機の龍機兵が飛び出してきた。
巨大なる両肩、頭部に張り出した一本の角、分厚い装甲に刻み込まれた複雑な紋様……
その姿は魔導教会に伝わる伝説の神機「イスラフェル」に間違いなかった。
本来はその身をもって魔導教会総本山を守る筈の守護龍機兵が、本来の主である龍魔導士の助けに応じてその姿を表していた。
リュウナは魔導教会において超高位魔導士である事を示す龍魔導士の称号を授かったと同時に、魔導教会守護龍機兵イスラフェルを、魔法使いとしての騎乗呪導機として与えられていた。
殆ど教会に居る事も無く、普段はごく普通の女の子として生活するリュウナにこの伝説の神機が与えられていると言うのも不思議な話ではあるが、リュウナ程の高位魔導士でなければイスラフェルの指一本動かす事は出来ないと言うのもまた事実でもある。
リュウナは愛機を召還するのは本当に今が初めてだった。そしてそのコクピットに座るのもこれで二度目でしか無かった。
イスラフェルを自機として龍魔導士の称号と共に与えられたあの日以来、一度もその席に着いてはいなかった。
それでもこの伝説の神機はリュウナの事を自らの操士として素直に認めていてくれた。
いや、このイスラフェルにしても「彼女」の事をもう一度乗せたかったのかも知れない。
遠い昔、自分の足元で仲の良い少年と一緒に元気に遊んでいた、あの「少女」と同じ顔をした、このホビットの魔法使いの事を。
「ごめんねイスラフェル、ずっとほったらかしにしたままで……」
操舞倉に収まったリュウナは愛機に向かって申し訳無さそうに呟いた。
シルフィはそのままリュウナの上着に入ったままだ。
これからどれだけの激闘に巻き込まれるか解らず、その結果このコクピットが激しい揺れに襲われる事は間違いなく、それを考えるとリュウナの胸に中に入ったままの方が安全なのは確かだ。
「……でも、今はあなたの力が必要なの、だからお願い、あなたの力を貸して!!」
リュウナはそう叫びながら自分達を素直に受け入れてくれた伝説の神機と共にシリンダーの上に空いた大穴から地上に飛び出した。
「……!?」
時間が凍りついた様に停止した。
リュウナは、そしてシルフィは見た。
今まさに波立つ海原に投げ込まれ様としていた爆装機の姿を。
大地が震えた。
天がかき乱された。
海が沸騰した。
偽りの龍の焔がその命を使って、世界の全てを絶叫と絶望だけに変えた。
「きゃあぁぁぁ!!!」
艦橋内に二人分の女の絶叫がこだまする。
ログはその艦長代理と火器管制官の叫びを受けながら必死に舵を制御する。
伝線管からも他の信濃乗員の絶叫が聞こえて来る。
ログはその網膜を焼く程の閃光の中、旗艦を守る駆逐艦や直援機がその高熱の光の中に飲み込まれていくのを見た。
要塞の上空をあまりにも激しすぎる爆風が襲う。
その凄まじい強風にあおられ、三機の鋼鉄の巨人が大きく傾ぐ。
「……!!!」
二人のエンジニアパイロットが声にならない叫びを上げる。
「……畜生ぉ!!!」
眼前で悠然とたたずむ敵重機導戦艦に向かって副長が絶叫した。
絶叫と絶望の光球が収まったその海面には、大型空母が停止していた。
「……ぐぅ」
目の眩む閃光の去った後、艦長代理のミカは目を開いた。
そして自分達の目の前に、黒い巨人がいるのを見た。
「そっちは大丈夫……?」
黒い巨人から聞き覚えのある声が聞こえた。でもその声は酷く苦しそうな響きだった。
「アリシア……え? ……アリシア!?」
ミカはその時、アリシアの黒き雷光が自分の艦と、爆装機の落下した海面の丁度間にいる事を知った。
「アリシア!? あなたまさか!?」
「……あたし達はあんた達を守る為にここまできたのよ。あたしは職務に忠実なだけ……」
アリシアの黒き雷光は、右肩から先をそっくり削り取られていた。
それだけじゃない。右半身は殆ど焼け爛れ、頭部に生えた雄々しき角の先端も解け落ちていた。
アリシアが今度は自分の部下達に声をかける。
「こっちは大丈夫? あんたたち」
「は、はい、なんとか……」
自分の乗員達は無事のようだ。
破壊神との決戦の為に作られた持って生まれた重装甲が、中に乗る乗員だけは何とか守ってくれた。
「とりあえず、こっちはもう動けそうにないから、後はまかせたわよ」
「……アリシア」
敵巨大空母を守っていた機動戦艦を半壊状態に陥れた事実に、アリスガワが感嘆の声を上げる。
「ほう? 中々の破壊力があるようだ。しかしこれだけの高熱を食らってもまだ原型を留めているとは大した物だな。まあ良い、目の前の木偶の坊を片付けたら今度こそ鉄屑に変えてやるわ!!」
レッドフィッシュが自軍の要塞施設を踏み潰しながら歩を進める。
手に持つ負の大剣を、残る帝国の機動戦艦に向かって振り上げた。
これだけの事をされても、いまだ残る妖精達を人質に取られたままでは、副長達も何も手出しが出来無いままだった。
「……くそぉ!!! 一体どうすれば、どうすれば良いんだぁ!!!」
何も出来ない自分に、そして残虐な手段を平気に使う敵に対して、副長が再び怒りの声を上げる。
「……あああ……」
リュウナの時間は止まったままだった。
青ざめさせた表情のまま、身体が凍り付いた様に動かない。
怒り? 絶望? 解らない、とにかく身体が何かに張り付けられた様に動かない。
「……すん……ぐすん……」
時間の止まったイスラフェルの腹の中の操舞倉、その中に小さい嗚咽が響いた。
羽を生やした小さい少女が泣いていた。
リュウナの胸に身体を埋ずめてシルフィが泣いていた。
惨い運命を背負って生まれて来た自分の仲間の、あまりにも悲しすぎる死をその眼に焼き付けてしまった妖精の少女は、もう泣く事しか出来なかった。
自分たちを生み出したディフュームがいけないのか、自分たちを利用しようとする人間がいけないのか、今のシルフィには解らなかった。
只、死んでいった仲間の為に、その瞳を泣き腫らして涙を流す事しか出来なかった。
……ぽつん……
シルフィの小さい瞳から零れ落ちた小さな涙がひとしずく、リュウナの胸の素肌の上に落ちた。
「……!」
その時リュウナの中で何かが弾けた。
「……あああああ!!!!!」
リュウナの絶叫と共に伝説の神機がまばゆいばかりの輝きを放った。
「……!?」
今まさに副長達の駆る地龍に、その負の大剣を打ち下ろそうとしていたレッドフェッシュの動きが突然止まった。
突然の見えざる拘束の力に、巨体を動かす大型関節が嫌な軋み音を上げる。
「何だ!?」
レッドフィッシュの艦橋目前、驚愕するアリスガワの目の前に、強烈な輝きを発する両の拳を突き出す一機の龍機兵が現れた。
リュウナだ。
彼女の乗るイスラフェルが、そのコクピットに乗せた龍魔導士の放つ強大なフリーズの呪文を最大出力で増幅し、レッドフィッシュの巨体に叩き付けている。
「……今よ!!! 早くこいつから爆装機を……早く妖精達を助けてあげて!!!」
リュウナが後ろで動きを止めたままの巨人に向かって絶叫する。
「……幾らわたしとイスラフェルでも、こんな大きな相手じゃ何時までも魔力が続かない!!! ……早く!!!」
突如として現れた大型の龍機兵から発せられた少女と思しき高いソプラノを聞いた三人は、すぐさま今が好機と察した。
目の前で身を挺して巨大な呪文を打ち放つこの龍機兵の事を、三人ともどう考えても敵とは思えなかった。
「行くぞ!!!」
「はい!!!」
「はい!!!」
地龍が再び三機の機動戦艦に分かれる。
各々白兵形態に変形した三機の巨人が、動きを止めた敵重機導戦艦に跳び付く。
その剛腕をもってレッドフィッシュの巨体に縛り付けられた爆装機達を引き剥がしていく。
妖精を無理矢理押し込んだままの爆装機を固定する頑丈なアームが、音を立てて壊れる。
「……おのれ、この奇術師があ!!!」
レッドフィッシュがその巨体を動かす大パワーにものを言わせて、リュウナとイスラフェルの放つ強大なフリーズの呪文を打ち破り始めた。
レッドフュッシュが何とか動くようになった左腕を振り払った。
丁度レッドフィッシュの左胸に括り付けられていた爆装機を引き剥がしている途中だった翠雀が、その鉄拳の直撃を受けて吹っ飛んだ。
「!!!」
地面に叩き付けられるシフォンの乗る翠雀。
だが、その両腕には大事そうに一機の爆装機を抱えていた。
吹き飛ばされる翠雀を見ながら、お互い一人ずつ爆装機ごと妖精を救出した玄武と白虎も後ろに飛び退いた。
「大丈夫かシフォン!?」
「……うん、何とか」
切り札を奪われたアリスガワがその表情を怒りに染めた。
「おのれ!!! 金縛りの術など使いおって!!!」
レッドフィッシュが動くようになった左腕を展開させながら振り上げた。
展開した左腕から覗く野太い砲身の射線上には、自分の動きを封じた憎むべき龍機兵がいた。
間髪入れずその砲身から、大型砲弾が発射される。
フリーズの呪文の維持に全力をかけていたイスラフェルが、その至近距離から放たれた砲弾を避けられる筈が無かった。
イスラフェルは巨大な右肩を、レッドフィッシュの放った大型砲弾により簡単に打ち抜かれてしまった。
そのまま大地に叩き付けられる神機イスラフェル。
「……ぐう……」
その操舞倉の中には頭からおびただしいまでの血を流すリュウナがいた。
敵弾の直撃と大地に叩き付けられた二度の衝撃で大きく揺さぶられたリュウナは、操舞倉内の計器に頭を激しくぶつけていた。
意識が遠のくのと同時に薄らぎ始めた視線の向うで、右手に持つ大剣を怒りに任せて振り回す巨人の姿が見えた。
「おのれ! おのれ!! おのれぇ!!!」
レッドフィッシュが滅茶苦茶にその大剣を振り回し始めた。

そのあまりにも凄まじい剣の旋回に、三機の巨人は近付く事も出来ない。
ラグナレクを振り回し続けるレッドフィッシュが、その巨体の各所から白煙を上げ始めた。
これだけの大重量物を振り回しているのである。
関節がその限界を超えて悲鳴を上げ始めたに違いない。
だが、このレッドフェッシュはわざと自分の限界を超えようとしているかのような動きを見せていた。
「もう、こうなれば私は何もいらん!!! 何も求めん!!! このレッドフィッシュの炉を暴走させ全てを灰にしてくれるわ!!! お前達も道連れだ!!!」
機導戦艦と言う一〇万トン前後の物体を飛ばしたり走らせたりするには、強力なパワープラントがどうしても必要になる。
帝国軍、枢機国とも機導戦艦のメインエンジンとしては、太古の時代に失われし技術「ロストギミック」を解析、実用化にこぎ着けたオーバーテクノロジープラント「原子炉」を使用していた。
龍機兵にも同様の機関が使われているのだが、機動戦艦クラス使われている物は桁違いの出力を発揮するものだ。
それを暴走、つまり臨界点にまでエネルギー放出量を引き上げて、一気に吐き出そうと言うのである。
それは只原子炉を破壊される時よりも何百倍もの爆発力をもたらす。
「この場から逃げても無駄だ。地獄の果てまで追いかけてやるぞ!!!」
リュウナは朦朧とする意識の中、その光景を眺めていた。
だだっ子の様に大剣を振り回す敵の巨人。
何も出来ず、その腕に妖精を乗せた爆装機を抱えたまま、逃げ惑う三機の巨人。
……?
下の方でシルフィが何か叫んでいる。
彼女はリュウナの柔らかい胸の肉に守られて、砲弾の直撃も大地に叩き付けられた衝撃にも何とも無かった。
……よかった……
リュウナはその無事な姿を見て素直に安堵した。
でもシルフィは何か叫んでいる。
小さい瞳から涙をぼろぼろ零しながら何かを叫んでいる。
……なんで聞こえないんだろう……
リュウナはこんなにも大きな耳を持っているのに、シルフィの声が今は全然聞こえない。
その時リュウナは何となく悟った。
……わたし、このまま死ぬのかな……
リュウナの薄らぐ視界に、白煙を上げ始める巨人が見える。
……あいつ、もしかして自爆するつもりなのかな……
三機の巨人達が逃げ惑っているのは、何とか相手の動きを止めようと間合いを取っている為だと言う事が、何となく解った。
……あんなのが爆発したら、折角助けた妖精達もみんな死んじゃう……ここにいるシルフィだって、あの巨人達に乗るひと達だって ……それに……
リュウナが力尽きたように瞼を閉じる。
……この下で、今も必死に戦ってるおねえちゃんだって……
また再び、なんとか眼を開いた。その瞳には何かを切願するような輝きが灯っていた。
……だれか、助けて……このままじゃ、みんな死んじゃうよ……
再び開いた瞳から涙が零れてきた。
……だれか……たすけて……
その時、リュウナの頭の中に誰かの声が聞こえて来た。
……え?……機械で出来た自分でも良いかって?……破壊神を破壊する為に作られた、もう一つの破壊神でも良いかって……?
リュウナが優しく微笑んだ。
……うん、助けてくれるんだったら誰でもいいわ……
……オオオオオオオオオオ!!!!!
海の上の巨艦から咆哮が上がった。
それは天を割らんばかりの絶叫だった。
その絶叫に脅えるように風が更にざわめきだした。
艦腹から水素の火炎を盛大に吐き出して、巨艦が宙に浮いた。
そしてそのまま要塞に向かって巨体を走らせる。
海面スレスレを進む巨艦が、その身を変えるべく艦体各部を展開させた。
巨大な艦首飛行甲板が左右に割れながら後部に跳ね上げられていく。
後部飛行甲板も左右に割れながら下に折れ曲がっていく。
後部格納庫下にある巨大なパーツが左右に割れながら上方にせり上がってきた。
その巨大なパーツが肩口の辺りに固定されるとメインエンジンのパーツ先端から二対ずつパーツが飛び出してきた。
飛び出した上方のパーツは「腕部」になり、下の方のパーツは「脚部」になった。
腕部は上半身に、脚部は下半身に固定される。
その人型に変貌しつつある信濃の艦橋内に、通信器から声が飛び込んできた。
「どこへ行くのよミカ?」
信濃の盾となって擱坐した黒き雷光から通信が入る。
「……わからない……勝手に動いてるのよ……信濃が……」
アリシアからの通信に、艦長代理のミカもどうして良いのか解からないまま答えるしか無かった。
この信濃と言う艦は、艦長であり主任操士であるリュウガでなければ人型……つまり機械神には変形出来ない筈だった。
だからここにいる者では、誰も動かせる筈が無かった。
完全に人型となった旗艦信濃は後頭部に移動した艦橋部をゴロッと落とした。
その切り離された艦橋部には信濃を動かす要員の全員が乗っている。
下から水素ジェットモーターの炎を上げながらゆっくりと海面に落下して行く艦橋部を残し、要塞の上で大剣を振り回す巨人に向かって信濃が飛び出した。
逆上し我を忘れて大剣を振り回すレッドフィッシュの目の前にその「巨神」が天空より舞い降りる。
その二〇万トン近い巨大な物体が降り立つその大強震により、壊れかけの要塞が更に壊される。
「……な、何故だ……」
その「巨神」の姿を見た副長が驚愕の表情を浮かべる。
「巨神」がその巨体を敵重機動戦艦に向かってゆっくりと進めていく。
「……艦長は乗っていない筈だ……何故動く!?」
……青流……ウォータードラゴン……
それは全ての水を司りし精霊神と同じ名を持つ鋼鉄の「巨神」だった。
この「玄武」を始めとする三機の巨人は、所詮は「手足」でしか無いので、誰が乗っても動かす事は出来る。
だが「ウォータードラゴン」は違う。
十三番目の機械神の本体を構成するこの巨人だけは、リュウガと言う「専用の操士」が乗らなければ動かない筈だった。
それは有りえない事の筈だった。
だが、副長の今目の前で壮絶な轟音を撒き散らしながら、ウォータードラゴンがその巨体をレッドフィッシュに進める。
「……まさか……まさか、自分の意志で動く事が出来るのか!? 機械神とは!!!」
身体中から白煙を上げながら大剣を振り回していたレッドフィッシュが直ぐ目の前に新たなる敵が現れた事にやっと気が付いた。
「……何者だお前は!?」
もはや狂戦士の表情を張り付かせたままになっていたアリスガワが訝しげに叫ぶ。
「何機増えた所でお前達が死ぬ事には変わらん……ならばお前が先に死ねえ!!!」
レッドフィッシュがラグナレクを大上段に構えた。
そのまま目の前に現れた「巨神」の肩口に振り下ろす。
だが、目の前に必殺の刃が迫っても「巨神」は少しも避けようとしなかった。
打ち下ろされた大剣が巨神の左肩口を大きく破壊したする。巨大な部品がバラバラになって落ちる。
いや、左肩そのものは破壊されていなかった。何か違う物体にその大剣が食い込んでいる。
「巨神」が後ろに折り畳まれていた左の艦首飛行甲板を前に回し、それにラグナレクを打ち据えさせていた。
破壊された飛行甲板だった部品が、砕けながら轟音を立てて大地に落ちる。
そしてその金属同士の激突で、もう一つ大きく破壊された物があった。
レッドフィッシュの持つ負の大剣の刀身が、折れていたのだ。
重機動戦艦の大パワーによって打ち下ろされたラグナレクは、その衝撃に耐えられず真っ二つに折れた。
レッドフィッシュが巨体を傾がせる。
その巨大な図体を以ってしても手に余る大物であるラグナレクを、大上段から打ち下ろしたレッドフィッシュは、その事により姿勢を崩していた。
関節から嫌な軋み音を上がる。
姿勢制御が困難になったレッドフィッシュの頭部を「巨神」が掴んだ。
そして敵の動きを封じると、間髪いれずにレッドフィッシュの胴体部に手刀を叩き込んだ。
分厚い装甲を突き破り、胴体部に深々とめり込んだ「巨神」の剛腕が何かを掴んだ。
巨腕が何かを掴み出してきた。
幾つもの太い動力パイプに絡まってレッドフィッシュの腹から無理矢理引きずり出されたそれは、暴走寸前の原子炉に違いなかった。
次の瞬間、爆発寸前の敵重機導戦艦を動かすメインエンジンを掴む「巨神」の右手が、目も眩むばかりの閃光に包まれた。
ついにエンジンの耐久許容範囲を超え、爆発したのか?
いや、違った。
「巨神」が己を動かす六基の縮退炉を暴走寸前まで動かし、本当ならばリュウガと言う起動装置がなければ動かない筈の龍焔炉を、強引に発動させたのだ。
頭部に搭載された龍焔炉がほんの少しだけ煌めいた。
それだけで充分だった。
一瞬だけ起動した頭部の龍焔炉から、右腕に叩き込まれた超高熱が暴発寸前の融合炉を、瞬く間に消し炭へ変えて行く。
都市一つ吹き飛ばす爆発力を、それによって吐き出される死の灰を、本当なら破壊神を打ち倒すべく使われる筈の龍の焔が、全てをその超高熱の中へと消して行く。
爆発寸前の原子炉をこの世から完全に消し去った「巨神」が、今度はレッドフィッシュの頭部を掴む右手に力を込めた。
鉄材が軋みを上げる耳障りな異音が、更に強くなる。
頭部ユニットに内包された艦橋に座るアリスガワが、絶叫を上げる。
「……うわぁぁぁ……!?」
その叫びが終わり切らない内に「巨神」が、レッドフィッシュの頭部ユニットを完全に握りつぶしていた。
主動力と制御装置を一気に失った鋼鉄の巨人が、大きく後ろに身体を傾がせた。
物凄い大音響と大強震を撒き散らしてその巨体が崩れ落ちる。
そのレッドフィッシュの掴坐に伴って発生した大振動により、断末魔の要塞が最後を迎える。
「……」
崩れ行く要塞の上に倒れているイスラフェルのコクピットから、まだ意識の残っていたリュウナが、その願いを聞いて敵を討ち果たしてくれた「巨神」の事をずっと見つめていた。
「……みんなを……たすけてくれて……ありがとう……」
もう途切れようとしていた視界の中、一つの言葉が口をついて出た。
「……おにいちゃん……」
何故「おにいちゃん」と呼んだのか? リュウナには解らなかった。
だが薄れ行く視界の中に消えていく「巨神」の事をそう呼ぶと、何故かしっくりくるような気がしていた。
大きく揺れる研究室の中、二人の剣士は戦い続けていた。
ヴァッシュガーランドが薙ぎ払ったグレートソードが、リュウガの左肩の鎧を半分ほど切り飛ばした。
鋼を切ってもまだ充分な切断力を残していたその刃が、肩鎧の下の左腕をも大きく切り裂いていた。
「……ぐぅ!」
リュウガの身体を激痛が襲う。痛みでその華奢な長身が傾ぐ。
先程左胸に食らったヴァッシュの攻撃魔法のダメージが、リュウガの動きを鈍らせていた。
鮮血を飛ばしながら身体を後ろに逸らせたリュウガの懐に、ヴァッシュが飛び込んできた。
……が、その飛び散る鮮血の軌跡まではヴァッシュも読みきれなかった。
リュウガの左腕から噴きだした血が、魔法剣士の左の義眼を赤く塗らした。
「!?」
突然視界の半分が赤く染まったヴァッシュは相手との距離感が掴めなくなり、一度間合いを離すべく後ろに飛び退いた。
だが、リュウガ程の剣士がその一瞬の間を逃がす筈が無かった。
リュウガは高速で自分の身体を、左回りに回転させながら前進させた。
そして右足を踏み込み半身になった姿勢で自分の身体の回転を急停止させると、そのまま右腕一本で大剣を相手に向かって突き立てる。
輪舞の剣の旋回突きの技だ。
身体の回転とそれに伴う身体の前進により、貫通力の高さと間合いの広さの二つを兼ね備える強力な突き技だ。
発動まで時間が掛かるのが難点ではあるが、リュウガの場合はその手に持つ大剣の刀身長と、生まれ持った長い腕が合わさって、驚異的なリーチを誇っていた。
リュウガの繰り出した旋回突きの間合いの凄まじい長さが、後ろに飛び退く魔法剣士に追いついた。
「こしゃくなぁ!!」
刃同士の激突音を響かせて、魔法剣士が自分の喉下を抉ろうとしていた切先を何とか弾いた。
しかしリュウガもそれだけは終らなかった。
空いた左腕を頭の上に回すと、何時も髪を纏めている薄蒼のリボンを解いた。それを左手に持つ。
そしてリュウガがそれを振るうと、布である筈のそれが一瞬にして鋭い刃を見せる、刀身となっていた。
「何!?」
流石に魔法剣士も其処までは予想出来なかった。
回避する間も無く、リボンが変じた刃が右腕を薙いだ。
次の瞬間にはヴァッシュの右の二の腕は、切り飛ばされていた。グレートソードの握りを掴んだままの右腕が、音を立てて床に落ちた。落ちた時に生じた音は、異質な、かなり重い物が落ちる音をさせていた。
「……中々やるな、紅蓮の死神よ」
自分の利き腕を切り飛ばされたと言うのに魔法剣士ヴァッシュガーランドはそれだけ言って不敵に笑った。
「それだけの出血で布に剣気を送り込み刃と化すとは、流石だな」
そして床に転がる自分の右腕を具足の踵で叩き付けた。
金属と金属がぶつかり合う硬質な音がすると、踵を叩き込まれた圧力に耐えかねた様に切り落とされた右手が剣を持つ手を離した。
ヴァッシュは身体を屈ませると、ゆったりとした動きで無事な方の左腕で剣を拾い上げた。
機械鍛冶や整備兵として働いていた過去を持つリュウガは、その一連の動きで何かに気が付いていた。
「その腕……いえ、その身体……もしかして……」
リュウガが魔法剣士に向かって言う。左腕を痛そうに押さえていた。たった今剣として使ったリボンを再び布に戻し、今度は傷口に巻いていた。
「御名答。そうだ、俺の身体はもう半分以上が龍機兵と同じ構造で出来ている。だからこの義手の一本ぐらい落とされた所で、痛くも痒くも無い」
見れば切り落とされたその腕からは、血の一滴も滴り落ちてこない。
変わりにその切断面からは金属の骨格やパイプやらが覗いていた。
リュウガの剣を弾き、押さえ込む事が出来たのは、その実戦経験の豊富さだけではなかった。
機械で補強されたこの剛強な体なればこそ、出来た事だった。
その時二人の剣士の頭の上から一際大きな振動音が聞こえて来た。
レッドフィッシュが大地に倒れ伏した音だ。
それと共に敵味方問わず散々壊しつづけて来た要塞の崩壊が、急激に早まった。
天井の建材がバラバラと落ち始める。
この区画が完全に崩壊するのも、最早、時間の問題だ。
魔法剣士がグレートソードを逆手に持ち替えながら、唐突に呪文を詠唱し始めた。
ヴァッシュの周りで風が騒ぎ始める。転移の呪文に間違い無かった。
「……この要塞ももう終わりだな、お互い腕を一本ずつ使えなくなってはこれ以上戦っても面白く無いしな」
そうリュウガに向かって呟くヴァッシュの身体が、徐々に消えかかる。
「お前程の戦士ならばこの要塞の崩落からも脱出出来よう、また剣を交えるのを楽しみしているぞ、紅蓮の死神」
魔法剣士ヴァッシュガーランドはそう言い残すと虚空に完全に消えた。
「……」
後には崩れ行く部屋の中に、命を懸けた切り合いを突然中止されたホビットの剣士だけが残された。
要塞は完全に崩れ落ちた。
度重なる空襲と対地砲撃、そして人型となった機導戦艦達の大立ち回りによって発生した大強震により、要塞は構造物としての耐久力を失ってその殆どを完全な瓦礫の山と化した。
その瓦礫の山の中、当然の大音響と共に炎の柱が天に向かって放たれた。
大地の底から空けられた大穴の出口に、手首の部分に円形の魔導器を取り付けた特徴的な手甲に包まれた長い腕が這い出て来た。
「……ふぅ」
疲れたような声を出しながら、次に垂れた猫の耳が出てきた。
リュウガだ。
要塞の崩落により完全に生き埋めとなってしまったリュウガは、自分の手甲に組み込まれた強力な火炎魔法を発動させ、地面の外への脱出口を強引に作ったのだった。
全身を完全に這い出させたリュウガの左の半身は、自分の左腕から流した血で真っ赤に染まっていた。
リボンで縛った止血と、ディフュームの高い身体能力のおかげで出血そのものは止まりかけていたが、それはもう少しで骨を断ち切られる程の深い傷だった。
左腕を繋ぐ胸骨も幾つかひびが入り、肋骨も何本か折れていた。
だけど、傷の痛みは殆ど感じなかった。
再び地上に戻って来たリュウガの瞳には、その傷の痛みを忘れてしまう程の光景が写っていた。
その視線の先には身長一〇〇メートルはあろうかと言う、鋼鉄の巨人が立っていた。
ぴくりとも動かない。
その巨人は立ったまま擱坐いしていた。
「……ウォーター……ドラゴン……」
リュウガが本来其処に居る事が出来ない筈の「巨神」の名を口にする。
「……?」
その「巨神」を見つめ色々な思いが頭の中を巡っていたリュウガは、聞き覚えのある重厚なローターの回転音を聞いて、急に現実世界に引き戻された。
何基ものプロペラスタビライザーをゆっくりと回転させながら此方に近付いて来る物は、龍樹帝国軍第四機動艦隊旗艦「空中空母飛龍」に間違い無い。
東部方面における戦いに於いて大破したこの巨艦はその傷の修理を終え、ラグナレクの回収及び残敵掃討の為にこうしてやって来たのだった。
修理の完了した大穴の開いていた横腹の、真新しく塗りなおされた塗装が妙に痛々しかった。
「『機械神』を見た全ての者を消去せよ、本当に必要な時が来るまで『機械神』はその存在を知られてはならない……これは私の言葉であり、意思であり、全ての責は私にある」
この龍樹帝国皇帝の言葉に従い、飛龍に乗せられて来た兵士や龍機兵が一兵残らず掃討する。
非情な行為ではあるが、仕方ない。
龍樹帝国軍全将兵はその命を皇帝陛下にささげているのだから。
「……」
リュウガが考え深げに周りの光景を見渡した。
この全てが破壊された壮絶な光景の中に、生き残っている敵兵がいるのだろうか……
リュウガは再びウォータードラゴンの巨体に目を向けた。
何時もとは違う、何かとても懐かしい雰囲気をその鋼鉄の巨体から感じていた。
リュウガはその不思議な気持ちの答えを求めて、一つの単語を口にした。
「……レイ君……?」
副長は生き残った妖精達を連れて空中空母飛龍に乗り込む処だった。
肩に座る者、直ぐ隣を飛ぶ者、それぞれ色々な姿を見せて副長に着いて行く。
だが、皆の顔には笑顔は無かった。全ての者が沈んだ表情を見せていた。
つい先程まで一緒に居た筈の仲間が、自分達の目の前であまりにも惨たらしい死を見せた。
そして自分達も死んでいった仲間と同じ場所にいた。自分達の命も無いのも同じだった。
妖精達はあまりにも大きい衝撃を心に受けていた。
皆一言も喋れなくなっていた。
だから副長の「皆さんをとりあえず保護する為に魔導教会の方にお連れいたします」と言う言葉にも、素直にうなずくしか無かった。
妖精達の中にはシルフィの姿もあった。
リュウガと、そしてリュウナと一緒に行動して来たシルフィは、二人からどんな時でも変わらない元気と優しさをもらっていた。
シルフィは恐怖で身体を震わす仲間たちを元気づけるため、精一杯の笑顔を作って仲間の周りを飛び回っていた。
その優しい笑顔は、あの雨の日に初めて出逢った時のリュウガがくれた優しい笑顔と、まったく同じものだった。
「……?」
リュウナが目を開いた。
目を開いたその先には自分の姉の心配そうな顔があった。
「……あれ?……おねえちゃんも死んじゃったの?」
頭からの大量の出血で意識を失ったリュウナは、もう自分はその時死んだものだと思っていた。
だから目を開けた此処は地獄の底だと、リュウナは素直に思っていた。
「う、うん、まだ死んでないですよ……それにあなただってまだ死んでないですよ」
随分とのんびりとした口調で、リュウガはそう問い返した。
「……そっか」
徐々に意識がはっきりして来たリュウナは、姉がさっきとは違う服を着ている事に気が付いた。
黒い色のしっかりとした作りの上着、ワイシャツにネクタイ、
それは帝国軍の制服に違いなかった。
妹である龍魔導士を護衛すると言う役目を終えた姉は、本来の自分の仕事に戻ろうとしていた。
「……?」
姉の姿を良く見ると左腕だけ上着の袖から外し、その左腕を三角にした包帯で吊っている。
「……おねえちゃん……その腕……」
リュウガが、妹の自分の左腕に向けられた視線に気が付いた。
「……うん、あの片目の剣士の人に随分とやられてしまいました……お互いぼろぼろですね……」
リュウガはそう言いながら無事な方の手で、膝の上の妹の頭を優しく撫でた。
リュウナのおでこの辺りも、大きく包帯でぐるぐる巻きにされていた。
肌の露出している手や指なども、イスラフェルの操舞倉内で揺さぶられた時に細かく傷が付いていたらしく、小さい包帯を巻かれていたり絆創膏をぺたぺたと貼られていたりしていた。
本当に二人ともぼろぼろな身体をしていた。
「……?」
見慣れた姉の顔の向うに、鉄で作られた巨大な頭部が見えた。
それはイスラフェルの頭部ユニットだった。
その大きな神機の顔を見ると、リュウナは唐突に自分のおしりの辺りに鉄の冷たさを感じた。
どうやら姉と自分は、この神機の手の平の上に乗っているらしい。
そして自分はその上に腰掛けた姉の柔らかい太腿の上に、頭を載せられ寝かされていた。
リュウナの目線の先にイスラフェルの大破した巨大な右肩が見える。
「……ごめんねイスラフェル……」
リュウナが自分に力を貸してくれた、そして自分の所為で大きな傷を負ってしまった龍機兵に対して、申し訳なく呟いた。
「……う、ん」
何時までも寝ている訳にもいかないと思ったリュウナは、身体を起こそうと少しその小柄な身体を揺らした。
「……?」
身体に全然力が入らない。
レッドフィッシュの巨体を止める為に全開で打ち放った強制拘束の呪文により、リュウナは極限まで体力を消耗していた。
イスラフェルがその魔力を増幅してくれてはいたのだが、幾ら自分の正式な主人とは言え殆ど一緒に居る事が出来なかったリュウナが相手では旨くシンクロ出来ず、伝説の神機の力を以ってしてもその魔力を最大限に増幅してやる事が出来ないでいた。
やはりレッドフィッシュを止められたのは、そのリュウナが秘めた凄まじいまでの巨大な魔力のおかげによるものが大きかった。
「……おねえちゃん、わたしの身体、起こしてくれる……?」
しょうがないのでリュウナは、姉に自分の身体を起こしてくれるように頼んだ。
「……うん」
妹の頼みを聞いて、自分の膝の上に寝かせていたリュウナの小柄な身体を優しく抱き起こした。

そして自分に凭れかかせた。
「ありがとう……」
姉に感謝の言葉を言いながら、リュウナは辺りの光景を見渡した。
それはこの世の終末が再び訪れたのでは無いかと思えるほどの光景だった。
頑強を誇った要塞もその全てが、見るも無残に崩れ落ちている。
崩れた石や鉄屑だけが広がる世界。
瓦礫の中に倒れ伏す、首と心臓をもがれた鋼鉄の巨人。
「……あれは」
巨人の隣りには見覚えのある巨大な剣が、真っ二つに折れて転がっていた。
「あのラグナレク……結局偽物だったんだね」
「うん……」
力のない妹の問いに、姉も力無く答えるしかなかった。
相手に叩き付けただけで折れてしまった大剣。
それは誰がどう見ても紛い物のラグナレクだった。
リュウナは自然と遠くに広がる海面へと眼が移った。
……爆装機が閃光の中に消えていった海……
……自分の運命を知らずに生まれて来た妖精が、その儚い命を散らした海……
リュウナの頬に涙が伝わり始めた。
「……わたし、何も出来なかった……妖精が乗せられた爆装機が海に投げ込まれた時……わたし何も出来なかった……」
後悔の言葉を呟くリュウナの瞳から、止め処も無く涙が零れ落ちる。
「妖精たちが死ななきゃいけない理由なんてあるの!? ……あんな偽物の剣の為に妖精たちは死んだっていうの!!!」
リュウナが絶叫する。
「……何よ、龍魔導士なんて……何よ、超高位魔導士なんて……ひと一人助けられないんじゃ、そんなに強い力があったって意味が無いじゃないのよぉ!!!」
目の当たりにした、あまりにも惨い死が、少女の自我を壊しかけていた。
「……わたしなんて……わたしなん…………」
我を忘れさせて慟哭していた少女の言葉が突然途切れた。
「……」
自分を責める言葉を吐き出していたリュウナの唇は、何かとても柔らかい物でふさがれてしまっていた。
目の前には自分の姉の、瞳を閉じた優しい顔があった。
リュウガは妹の唇に自分の唇を重ねていた。
……どくん! ……どくん! ……どくん!
リュウナの心臓が早鐘を打ち始めた。
そのふっくらとした頬が火傷でもしたかの様に、真っ赤に染まって熱くなっていた。
リュウナの頭の中はそれ以上に熱く上気していた。
……わたし……わたし……
そううわ言のように、頭の中で文字を形作るだけで精一杯だった。それ以外は何も考えられなくなっていた。
リュウナは自分の中の、沢山の何だか良く解らない気持ちを綯い交ぜにしながら、熱くなった身体を固まらせるしか出来ないでいた。
どれだけ時間が経ったのかもう解らなくなった時、妹の身体から姉が身体を離した。
リュウガが瞼を開けると、その自分と同じ大きな瞳を、とろけさせるように潤ませた妹の顔があった。
上気させた頬の上を大粒の涙がいまだに流れているが、今はその涙は悲しみの色だけではなくなっているようだ。
「……おねえちゃん……」
リュウナがおずおずと口を開いた。それはまるで熱にでも浮かされているような口調だった。
リュウガが妹の爆発しそうな勢いで鼓動する胸の上に、ちょんっと指を当てた。
「……この胸の奥のどきどきが、あなたの中の苦しみや悲しみを、和らげてくれるんですよ」
優しげに口ずさむ。
「……あなたの為なら、同性愛だって近親相姦だって、何でもするわ」
リュウナはその時、姉の気持ちを、全て感じる事が出来た。
崩れ落ちるように姉の華奢な身体に身を寄せた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……わたし何時までも子供のままで……いつまでもおねえちゃん子で……ごめんなさい……こんな妹がいたら、おねえちゃん何時まで経っても素敵な恋も出来ないよね……」
自分の身体に身を寄せて泣きじゃくり始めたリュウナの頭を撫でながら、優しく呟いた。
「ひとが死ぬ所を目の当たりにしたら、悲しみをぶちまけて慟哭するのは当たり前の事です。でも、あの妖精の事を悲しんで、それで自分の力を否定してしまう暇があるのだったら、自分に与えられたその力をいっぱいに使って他のひと達を守ってあげて下さい」
リュウガの手が静かに動く度に、妹のふさふさとした大きな耳が揺れる。
「それがわたし達姉妹に与えられた使命なのだから……それがお母さんのくれたわたし達の命の記憶なのだから」
愛しい妹の身体の温かさを感じながらリュウガが優しげに呟く。
「だから自分を見失わないで……」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
どんなときも自分の事を心の其処から大切に思っていてくれる姉の気持ちを、その小さい身体にいっぱいに感じて、リュウナは「ごめんなさい」を言う事しか、出来なかった。
そして泣きつかれたかの様に静かになった。
リュウガが心配になって顔を覗き込もうとする前に、唐突にリュウナが、ぱっと顔をあげた。
「……エヘへ、何時までも悲しい顔してちゃだめだよね……わたしはリュウガムラサメさんの妹なんだもん、世界で一番強い紅蓮の死神の妹がこんなに弱くちゃだめだもんネ」
リュウナが満面の笑顔を姉に向けた。
「……わたし強くなるから……おねえちゃんもいつまでも強いままでいてね……」
「うん」
リュウナは姉の身体に身を寄せながら、自分の口元に指を当ててみた。
「……」
姉がくれた、柔らかい唇の感触が残っている。
「……わたしのファーストキス、ほんとにおねえちゃんとしちゃった……」
妹のそのとろ〜んとした口調の台詞を、姉はどうにも聞き逃す事が出来なかった。
「……え!?」