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第十四話 未来階段


「……う、う〜ん……ん? ……もう、朝か……」
 副長はそう独り言を呟きながらごそごそと、寝袋から這い出してきた。
 まだ眠い目を擦りながら少し耳を欹てている仕草は、何だか本物の猫の様だ。
 半分ぐらいまだ寝ぼけたままの副長が、自分が使っていた寝袋をくるくると丸めてしまっていると、隣で寝ていたティアが起き出して来た。
「……あ、副長さん……おはようございます〜……」
「おはようティア君」
 ティアは副長のおはようの返事を聞きながら、ふと何かが足りないような気がして呟いた。
「……あれ副長さん……リュウナは?」
 副長もその時になってあの小さい魔法使いさんがいない事に気付いた。
 見ればリュウナの寝袋の上には妖精の女の子達が居るだけである。まだ寝ている者、起きて身体を動かす者、羽の手入れをする者、とりあえず妖精達は三人全員いた。
「……シルフィちゃん、リュウナちゃんは?」
 副長がリュウナと一番仲が良い妖精に訊いてみた。
「えー、知らないよー、わたしが起きた時には、もうリュウナいなかったよ〜?」
 んーっと伸びをしている処だったシルフィがそう答えた。
「……リュウナは魔法使いだから魔法に使う触媒用の植物でも探しに行ったんじゃないのかなあ?」
 寝袋から出てきたティアがそう言う。
「そっか」
 副長も、リュウナと長い間一緒に生活してきたティアがそう言うのだから多分間違い無いと、素直に納得した。しかし非情に低血圧な彼女の事だから、頭を睡魔から覚ますまで相当時間が掛かる筈で、それを考えるとかなり早起きして出て行った事になる。
「まあ、多分朝ご飯の時間には戻ってくるでしょう」
 そう言いながら副長が自分のリュックから白いタオルを取り出した。
「ティア君、この洞窟の奥に大きな泉があったでしょ? 其処まで行って顔を洗って来ないかい?」
 副長が朝の洗顔を促がした。
「はーい」
 ティアは素直に返事をすると自分もタオルを持って、副長の後に付いていった。





 洞窟の奥はかなり大きな空洞になっており、その殆どが地面より湧き出る水で満たされていた。
 二人は泉の辺まで来ると腰を下ろし、ばしゃばしゃ顔を洗い始めた。
 心地よい冷たさの水で顔を冷やして行くと、徐々に眠いままの頭が冴え渡るのを感じた。
「ふう……妖精達もとりあえず一人無事に故郷に帰してあげれたから、残りは三人ですよね」
「……うん、残りの子達も早く帰してあげなくちゃね……?」
 副長が洗い終えた顔を肩に掛けておいたタオルで拭いながらそう返事していると、自分達が今顔を洗った水面に、自分達以外の人影が映っているのを発見した。
「??」
 副長が不思議がってそっちの方に顔を向けると……
 其処には裸の身体を水面に下半身だけ沈め、髪を洗っている途中だった状態のまま固まっているリュウナがいた。
「……」
 遅れて気が付いたティアも其方の方に顔を向けた。
「……」
 とりあえず何をして良いか解らず固まったまま見つめ合う三人。
 そう、基本的に寝ぼけたままの状態だった男二人は、この泉に先客が居た事にまったく気が付かなかったのだ。
 リュウナにしてもこのまま二人が気が付かないまま戻ってくれるならそれで良いと思い、そのまま動きを止めて静かにしていたのだった。流石おっとり系の女の子である。
 ……が、二人は気が付いてしまった。
「……」
 副長とティアの二人はしばしそのまま、沐浴姿のリュウナに見とれてしまっていた。
 洞窟の奥の薄明かりだけが差し込む泉の中で、生まれたままの姿で髪を洗う美しい少女。それは何だか風景画の中の様な、幻想的な光景に思えた。
「……あ、あの……」
 リュウナがおずおずと口を開いた。
「……は、はいっ」
 その声を聞いて、いきなり絵の中の女の子が動き出したのかと二人は思った。
「……その……一応、わたしも女の子なんで……その、今から叫び声を上げようと思いますので……」
 姉に似て、何事にもあまり動じない性格のリュウナは妙に冷静にこの状況の中にいる……自分の裸の姿を見られたと言うのに……
「……は、はい!」
「……その……行くよ……?」
「……う、うん」
 何だか夢とも現実とも良く解らない不思議な空気が、いまだ二人の周りに流れている。
「………………きゃぁー!!!」
「!? ……わぁ、ごめんなさいぃ!!!」
 リュウナがやっと出した悲鳴によって二人はやっと現実世界に戻って来れた。










 話は幾分か前に戻る。
 救出した妖精達をつれた航空母艦信濃の副艦長は、龍の世界樹の麓にある魔導教会総本山に今着いた所だった。
「ふう、やっと着きましたね」
 副長が自分の隣を歩く、同族の小柄な女の子に声をかける。
 大きな蒼い瞳にふっくらとした柔らかそうな頬、艶々とした腰まである黒髪を二つに分けて三つ編みにしている。
 ホビット特有の頭から生える猫の耳は、横にへろんと垂れ下がっている。
「ええ」リュウナはにこっと笑いながら返事した。
 頭に巻かれたままの包帯がまだ痛々しさを見せているが、その笑顔は心身共に元気になっている証拠だと副長は安心していた。
 副長が妖精達と今回のフェイク・ラグナレクに関する一件の事後報告をしに行く龍魔導士、つまりリュウナを無事に送り届けると言う任を受け、魔導教会に向かっていた。彼女にしても普段は教会にいる事は無いのだが、こう言う時ぐらいは出向かなければならないようだ。
 本来なら、引き続き今まで護衛の任に付いていたリュウガが送り届けるまでの事をした方が良いとは思うのだが、彼女は敵から受けた傷が結構深く、また自艦から随分と離れすぎていたと言う事で、本来の空母艦長と言う職に戻っている。
 そこで「唯一代わりが務まりそうな者」と言う事で、副長がリュウガの変わりの任を受ける事になったのだった。
 リュウナもそれを素直に受け入れていた。自分にキスまでしてくれて、自分の事を思う気持ちをいっぱいにくれた姉とは、少し離れた場所からもう一度見つめ直したいと思っていた。
「ふふふ、でもリュウナちゃん見たいな可愛い子とデート出来て一寸嬉しかったな」
 副長が珍しく軽口をたたいた。
 その副長の言葉を聞いてリュウナは照れくさそうに呟いた。
「えへへ、わたしもです〜、副長さん結構格好良いデスシ」
 そんな二人の姿に、ぷーっとほっぺたを膨らませる者が一人。
「もーっ、なによー二人だけでいちゃいちゃしちゃってーっ、それじゃあわたしたち全員お邪魔虫だって事ぉー?」
 リュウナの後ろをぱたぱたと飛んでいたシルフィが抗議の声を上げる。他の妖精達もくすくすと笑っている。
「ははは、ごめんごめん」
 副長はそう言いながら手を伸ばすと、シルフィの身体を優しく掴んだ。
 そして自分の肩にシルフィの小さい体を座らせた。多分これが副長なりの親愛の印なのだろう。
「……皆、飛ぶのに疲れたら俺の身体にとまって良いよ、ほら遠慮しないで」
「はーい」
 そう返事すると、全員が嬉しそうに副長の身体に纏わり始めた。
 頭に座る者、シルフィの隣の肩に座る者……
 でも全員が副長の身体に座りきれず、一人余ってしまった。
 どうしようかな? とその妖精が思っていると、後ろから伸びてきた手にその小さい身体を捕まれてしまった。
「?」
 驚いた顔のままの妖精をリュウナは自分の肩の上に、ちょこんと座らせた。
「はい、こっちも空いてるよ」
「うん、ありがとー」
 自分の肩を妖精の席に貸しながら、リュウナは考え深げに副長の姿を見ていた。みんな嬉しそうな顔をしながら、副長の身体に身を寄り添わせている。
 その楽しげな顔のいっぱいならんでいる副長の姿を、リュウナが考え深げに見つめていた。
「……」
 前に自分の姉から「副長というひとは凄く真面目なひと」だ、と言う事を聞かされていた。
 でも今の副長は自然に軽口なんかを言っていたりする。しかしそのおかげで、妖精達は自然に笑顔を取り戻し始めているのも事実だ。
「……真面目な人……もしかして軽口を言って場を和ますのも真面目に取り組む人って意味なのかな……?」
 自分の姉の周りにはこんなにも優しい人がいっぱい居るのかな?と思うと、リュウナはとても嬉しい気持ちになっていた。





 ホビットの二人と四人の妖精達は魔導教会の正門をくぐろうとしていた。
「ご苦労様です〜」
「ご苦労様です」
 リュウナと副長が衛兵に少し頭を下げながら挨拶した。
 二人の身体にとまる妖精達も全員揃ってぺこっと頭を下げている
「はい、ありがとう御座います……?」
 返礼をしながら、身体中に妖精達をいっぱいにとまらせた二人のホビットを何気なくみていた門番の衛兵は、下に垂れた耳をした女の子の方が随分と見覚えの有る顔……と言うかこの教会にとってもかなりの重要人物であると言う事を思い出した。
「リュウナ様!? リュウナ様では有りませんか!?」
 衛兵はすぐさま教会の誇る超高位魔導士に向かって深々と頭を下げた。
「は、はい! ど、どうもですっ」
 リュウナも慌てて頭を下げた。
「……きゃ!」
 リュウナがあまりにも深く頭を下げ過ぎた所為で、肩に乗る妖精は少し下にずり落ちてしまった。
「わ、ごめん」
 そう言いながら地面に落ちそうになった彼女の身体を受け止めならが、自分の体勢を戻した。
 その姿をみてくすっと少し笑いながら、副長が呟いた。
「リュウナちゃんってば魔導教会ではかなりの有名人なんだネ」
「……うー、だからあんまり教会の方には来たくなかったんですよ〜、みんなしてリュウナ様、リュウナ様って……はぁ、はずかしいですぅ」





 リュウナ達一行は教会主塔内にあるかなりの大きさを誇る部屋の中に腰を落ち着けていた。
 この大きな部屋の中央には十脚程の椅子を設えた巨大なテーブルが置いてあり、リュウナと副長二人は其処の椅子に腰を下ろしていた。
 妖精達はテーブルの上に乗り、身体を休めていた。
 副長は部屋の中を感心した様にきょろきょろと眺めまわしている。
「ここがリュウナちゃんの部屋なんだ……随分と大きいねえ??」
 その台詞を聞いて照れくさそうにリュウナが答える。
「えへへへ……いや、その、わたしこの教会にいる事も殆ど無いんで、お部屋自体いらないですっていつもいってるんですけどね……一応『龍魔導士』ってことでこんなに大きな部屋が用意されちゃってるんですよ〜」
 頬を赤くし照れながら答える、この小さな魔法使いに自室として与えられている部屋の規模を見ると、本当に彼女が世界でも五指に入る程の超高位魔導士である事を実感させられる。
 そしてその事を少しも鼻にかけようとせず、何時も普通の女の子で居続けるリュウナという少女そのものにも、また感心するのであった。
 唐突にドアがノックされる音が聞こえて来た。
「……? はーい、どうぞぉーっ」
 とりあえず部屋の主であるリュウナが声を掛けた。
「……失礼いたします」
 うやうやしく返事をしながら、メイド服に身を包んだオーガ族の女性が入って来た。
 部屋に少しだけ入りこの部屋の主をその目線の先に見つけると、静かに口を開く。
「リュウナ様、お茶でもお持ちいたしましょうか?」
 そのメイドさんの丁寧な台詞を聞いて、リュウナが少しおどおどしだす。
「え? あ、はい……えーと……全員で……六人だから……それじゃあ、六個お願いしますぅ……あ? そうだ」
 そこまで言ってリュウナは何かに気が付いた様に慌てた口調になった。
「……あの、すいません、その内の四つは……その、ミルクを入れる小さい器みたい物に入れてもらえますか?」
 リュウナが申し訳無さそうにメイドの女の子に付け加えた。
 先程、リュウナ付きの給仕係を命ぜられたこのオーガのメイドは、既にリュウナが妖精達を伴ってこの教会に帰って来たと言う事を聞かされていたので、その様な突飛な願いも何となく理解できた。
 メイドの女の子が頭の上の耳を欹てながら視線をテーブルの上に移すと、全員がきちんと正座している妖精達を見つけた。
 その可愛くかしこまる小さいお客様達の姿を見て、くすっと微笑しながら丁寧に返答した。
「はい、かしこまりましタ」
 オーガのメイドはそう返事を残すと、入ってきた時と同じように、静かに扉を閉めて部屋を出て行った。
「……ふふふ」
 彼女の、あきらかに自分付きと解るメイドとの会話を隣で聞いていた副長は、考え深げに口を開いた。
「リュウナちゃんの、その自分の下の者にもかしこまる姿、お姉さんとそっくりだね」
 その副長の嬉しげな台詞に、リュウナが少し戸惑いながら答えた。
「……そう、ですか?」
「うん、だって彼女も俺達のような自分の部下に当たる者にも今のリュウナちゃんの様に、随分と丁寧な喋り方してくれるからさ」
 その台詞を聞いて満面の笑みを浮かべながらリュウナが口を開いた。
「わたしはリュウガムラサメの妹である事を誇りに思っていますから、そうやって似ているって言われるのは凄く嬉しいデス」
 また再びドアがノックされた。
「お待たせしました」
 ドアを開けながら聞こえて来た声は、先程のオーガのメイドの声とはあきらかに違う声がしていた。
「!?」
 そのあきらかに聞き覚えのある野太い声にすぐさま反応したリュウナは、驚きの表情を浮かべながら開かれたドアの方に振り向いた。
 其処にはティーセットの乗ったトレイを片手で軽々と持った、犬狼顔をした者が立っていた。確かに先程のメイドさんと同じ種族の者には間違い無いのだが、そのトレイを持った者は、随分と背の高い男性に変わっていた。
 がっしりとした体格にたくましく筋肉の張った腕。そのオーガの男の顔を、リュウナが他の誰かと見間違える事など有る筈が無かった。
「お、親方さん!?」
 姉に似てのんびり屋さんな性格のリュウナではあるが、流石にこの男の突然の登場には驚きを隠せなかった様だ。
「随分と大怪我をしたって聞いたが、元気そうだな?」
 そう言いながら長い犬歯を見せて不敵に笑うオーガの親方の後ろから、長い髪を三つ編みにした小柄なエルフの男が顔を出した。
「よっ、リュウナ、元気そうだね?」
「!? ティア君まで!?」
 あまりの驚きの連続にリュウナは、その大きな瞳を更に大きくしっぱなしであった。





「そうなんだ、親方さんたちは教会にある龍機兵の定期点検に来てたんだ……」
 リュウナが疑問が解けたように親方に向かって呟いた。
「まあ、そう言う事だ」
 親方がそのごっつい手でティーカップに入った紅茶を口に運びながら答えた。先程のリュウナ付きのメイドが、親方とティアの分を追加で持って来てくれていた。
 このオーガの親方こと、デューグフリーデンと言う男は龍機兵鍛冶としてもかなりの腕を有しているので、こうして年に一度位の割合で、教会の方から教会所有の龍機兵の整備を依頼される事があるのだった。
 しかし教会がわざわざ個人で鍛冶場を開いている者に整備や修理の依頼をするのは不思議に思われるが、教会所有の機体はその殆どが神機クラスの龍機兵であり、そのような超古代に作られた代物の取り扱いが出来る者など、ここにいるデューグ以外にはそうそういるものでは無かったのだ。
「……あぁそうだ、そう言えばリュウナ、お前イスラフェルを壊したんだってな?」
 話の流れで何気なく出た親方の言葉に、リュウナが少し涙目になる。
「……うーごめんなさいぃー」
 その涙声の台詞を聞いて、親方が珍しく慌てた素振りを見せる。
「あ〜わかった、わかった、イスラフェルは俺が直してやるから、もう泣くなっ」
 そう言いながらリュウナの小さい頭を、ぐしぐしと荒っぽく撫でる。
「はい〜」
 リュウナも親方に頭を撫でてもらって少し落ち着いた。
 さしもの親方もこのホビット姉妹の養女が相手では形無しだなあと思いながら、ティアがリュウナに向かって口を開いた。
「……なあ、この大きな部屋って、本当にリュウナの部屋なのか??」
 そう言いながら、きょろきょろと部屋の中を見回している。まるで先程の副長の行動をもう一度見ているような感じだ。この二人は背格好も良く似ているので余計そう見える。
 この大きな応接間の向うの壁にはこれも大きな扉が一つずつ付けられており、その奥にもかなりの大きさの部屋が続いているようだ。
 壁の一面は大きな窓が幾つも並んでおり、先程から心地よい日差しが差し込んでいる。
 この窓も全て南面に付けられており、その点においてもこの大きな部屋が教会主塔の中でもかなり立地条件の良い場所に作られていると言う事が解る。
「? うん、そうだよ」
 親方に頭を撫でてもらって嬉しそうな顔をしながら、リュウナが答えた。
「あっちの扉の向うは大きな寝室になっているんだよ、ティア君寝てく?」
「い、いや!? 良いよ!?」
 なんだか「女の子の部屋のベッドで寝てね」と言われたようで、ティアは恥ずかしくなってしまって少し慌ててしまった。いや、実際にリュウナの為に用意されている寝室なので、女の子の部屋である事には間違い無いのだが。しかしリュウナは、姉に似たおっとりとした性格を発揮し、自分がティアの事を慌てさせたと言う事にも全然気付かない様子である。
 慌てるティアを横に置いて、リュウナが妖精達に顔を近づけるようにテーブルに肘を付いて身体を前に乗り出させた。
「……ねえ、妖精さんたち……これから、どうしたい?」
 リュウナがテーブルの上に乗る妖精達に、優しく問いかけた。
 妖精達は仲間のシルフィを見習って、紅茶の入ったミルクカップをよいしょと持ち上げて、各々もて成しのお茶を飲んでいたのだが、リュウナの言葉を聞いて皆動きを止めた。
「……」
 押し黙ってしまった妖精達。
「……その、この教会であなた達の事をずっと保護してあげても良いんだよ……あ、そうか、わたしそのうち家に帰らなきゃいけないから、みんなの事をずっと見てあげられないのか……」
 リュウナは考える様に少しうつむくと、何かを思いついた様にまた顔を上げた。
「そうだ、みんなでうちに来る? そうしたらわたしがずっと守ってあげるよ……」
 リュウナがそういいながらデューグの方に振り向いた。
「良いですよね、親方さん?」
「ああ、俺は別に構わないが……家の近くにも森はあるし、その子達が生活するには特に困らないだろう」
 今回の件で妖精達が無理矢理人間達に生まれた土地から連れ出され、酷い利用のされ方をされたと言うのは既に聞いていたので、オーガの親方はすぐさま了承の返事をした。
「……」
 リュウナの言葉を静かに聞いていた妖精の一人がテーブルの上に立ち上がり、ホビットの少女に向かって喋り始めた。
「……私、その……自分の生まれ故郷に帰りたいです……どんな危険が待ってても……」
 リュウナがその台詞を聞いて、思いを巡らすように他の妖精達の方に顔を向ける。
「……みんなも、そう?」
「……うん、私も帰りたいです」
 そして他の妖精達も、全員がうなずいた……只、一人を残しては。
 リュウナがその残りの一人、シルフィに向かって口を開く。
「シルフィも帰りたい?」
 シルフィは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……私……わかんない……でも、皆が帰りたいって言うんなら……私もいっしょに行く……」
 シルフィも自分の生まれたあの湖の近くの森に帰りたいと言うのは同じ気持ちだった。
 でも、リュウナという友達とも離れたくない……この二つの気持ちがこの小さい体の中で、ぐるぐるとかき混ぜられていた。
「……みんな、本当にそれで良いの? ……また、人間達に捕まって悪い事に利用されちゃうかも知れないよ……?」
 リュウナが妖精達にその決意が変わらないのか、問う。
「……うん……私たち人間達に捕まって、自分達が何者なのか良く解った……今度、また私の事を捕まえに来たら、今度はそいつの前で舌を噛み切って死んでやるわ」
 他の妖精達も自分も同じ気持ちである事を示すように、皆うなずいている。
「……どうせ、この命をそんな事に使われるのなら……自分ひとり死んだ方が良いもん……」
 妖精の、そのあまりにも小さい身体に秘めた、強い決意。
 妖精達の頭の中には、あの海面に投げ込まれる爆装機の光景が蘇っていた。
 爆発、閃光、そして自分がその儚い命を散らした仲間と同じ場所にいたと言う事実。
 リュウナの瞳が涙で潤み始めた。
「……ごめんね……わたしあの時、何も出来なかった……ごめんね……」
 リュウナはそのまま俯いてしまった。
 皆が心配になって「どうしよう?」と思い始めた頃、リュウナが顔を上げた。
「……ごめん、何時までも悲しんでいる暇があったら、自分に与えられた力いっぱいに使って他にひと達を守ってあげてって、おねえちゃんに言われてたんだった……ごめん……何時までもくよくよしてちゃだめだね……」
 リュウナはそう言いながら椅子から立ち上がった。
「よし、また旅の準備しなくちゃね、みんなを一人一人ちゃんと自分の生まれ故郷に送って行かなきゃ」
「……良いの?」
 妖精の一人がそのリュウナの台詞に声を上げる。
「うん」
「リュウナちゃん」
 突然副長が話に入って来た。
「はい?」
「だったら俺もそのリュウナちゃん達の護衛に付かさせてもらうよ」
「はい??」
 リュウナがビックリしたように返事をする。
「俺もあの時何も出来なかったのは同じなんだ……だから俺も妖精のみんなの為に何かしたいんだ。それに君のお姉さんの代わりにリュウナちゃんのことを護衛するって言う任務もあるしね」
「……でも、その、副艦長さんがそんなに艦から離れちゃってて……本当にだいじょうぶなんですか?」
 リュウナは何だか心配になってきてしまった。
「ん? 大丈夫だよ、それにリュウナちゃんのお姉さんなら俺のわがままも許してくれると思うよ?」
「……」
 その時今まで黙って話を聞いていた親方が唐突に口を開いた。
「副長さん、こいつも一緒に連れてってもらえないか?」
 そう言いながらティアの肩を、がしっとそのごつい手で掴んだ。
「え!? 俺すかぁ!?」
「ああ、そうだ、お前もうちに居着いてから随分になるからな、たまにはこの副長殿みたいな凄腕の戦士の下に付いてしごかれて来い」
「……でも、俺が居なくなっちゃうと家の方は親方一人になっちゃいますよ? イスラフェルの修理とかもあるし……」
「何、生意気な事いってんだ、この俺が一人じゃ何も出来ないってのかぁ?」
 そう言いながらティアの頭を、がしっと掴むとぐりぐりとこねくり回す。
 ティアは目をぐりぐりにしたまま、あうあうとされるがままである。
 副長が考え深げな顔をしながら口を開いた。
「……フリーデン様、やはり私一人の護衛では不安でしょうか?」
 紅蓮の死神の剣の師であるデューグフリーデンに凄腕の剣士とは言われてみたものの、やはり自分の実力ではリュウガと言う龍機兵をも簡単に切り伏せる化け物みたいな剣士には到底敵わないので、自分としても不安になる。
「ん? ははは、まあ、そう言う事にしといてやってくれ」
 オーガの親方の口から出た言葉は、なにやら思わせぶりな台詞である。
「もーっ、わたしの事なんだからぁー、そっちだけでサクサク決めないでよぉ〜」
 少し困った顔で可愛く抗議の声を上げるリュウナの姿を見ながら、親方が優しく微笑んでいた。
「はははは」










 まぁ、そんなこんなとありまして、今はこの三人で妖精達を生まれ故郷に返す為に旅に出ていると言う訳です。
 今現在一人目の妖精を故郷の森に送り終わった後、二人目の妖精の故郷の土地に向かっている最中なのであった。
「ごめんリュウナちゃん!!」
「俺も本当にごめん!!」
 副長とティアが二人して手を合わせて、小柄なホビットの少女に向かって頭を下げている。
「良いよ〜、もう、その二人とも悪気があったんじゃないし」
 姉に似ておっとりとした性格のリュウナは、先程二人に裸の姿を見られた事に対しては特に怒ってはいなかった。
 リュウナが先程悲鳴を上げたのは、一応自分も女の子なので「ここでちゃんと悲鳴を上げておかないと他の女の子達に申し訳無い」と思ったからなのだった。
 多分リュウガだったら、例え自分の裸を見られても「女の子の裸を見ちゃ駄目ですよ〜」とか、ぼそっと言っただけで終わっていたかも知れないが。
「で、でもそれじゃ……」
 それでも二人は尚もぺこぺこと頭を下げている。
 リュウナの裸を見てしまった事もあるのだが、リュウナが居る事に全然気が付かなかった……と言うかそのリュウナの気配を消す能力に敵わなかったと言う、自分に対する情けなさも有り、どうにも引け無かったのだ。
「なんでもするよ〜」
 リュウナはその言葉を聞いて、腕組みしながらう〜んと考え込むと、何かを思い付いた様に、ぽんっ♪胸の前で両の手の平を合わせながら口を開いた。
「じゃあ……副長さんがティア君の頬っぺたにチュッなんてどうかな……」
 えへへ、冗談よ〜、なんて顔をしつつ頭を掻きながら、頬を赤くしてリュウナが呟いた。が、この二人の男は初めから冗談とは取ってはいなかったようだ。
「それくらいでリュウナちゃんが許してくれるなら……ちょっと、ティア君じっとしてて」
 副長がティアの顔に自分の顔を近付けた。
「……はい、解りました」
 ティアも観念したように、素直にじっとしている。
 ……ちゅっ
 …………ばたんっ
 唇が頬に触れる擬音の後に、何かが倒れる音が続いた。
「リュウナ!?」
「リュウナちゃん!?」
 男同士のキスシーンを間近で見てしまったホビットの少女は、その視界に飛び込んで来た衝撃に耐え切れず、後ろにひっくり返ってしまっていた。彼女の周りでは妖精達が慌てふためいて飛び回っている。何だかフェアリーテイルの眠り姫と小人達の様な光景だ。
「リュウナっ、お前がキスしろって言ったんだろぉーっっっ!?」
 自分の事を助け起こしながらのティアの台詞も、目をぐるぐるにしたままのリュウナには全然届いていないようだった。
「……うーん、うーん……」











 何か巨大な物体が動く音が、この霧で支配された空間にこだましている。
 厚い霧の中に五体の巨人が立っていた。

 龍樹帝国軍KL区大型兵器試験場。
 この人工の霧で埋め尽くされた広大な試験場に於いて、五機の機械神の起動試験が行われていた。
 身の丈一〇〇メートル程もある鋼鉄の巨人が霧に紛れて立ち並ぶ姿は、かなりの壮観な光景だ。
「機械神弐號機 双魚宮の黄道機『リヴァイアサン』」
「機械神参號機 白羊宮の黄道機『ヴァルヴァトス』」
「機械神四號機 金牛宮の黄道機『アーリマン』」
「機械神伍號機 双子宮の黄道機『ヴェルフェゴール』」
「機械神六號機 巨蟹宮の黄道機『ツェルノヴォーグ』」
 破壊神との決戦用に造られた十三機の機械神の中でも、製造番号が若い五機がこのKL区で起動試験を行なっていた。
 大地にそそり立つ五機の巨人達を遠くから眺める者がいる。
 その者は他のディフュームとはかなり違う容姿をしていた。
 外套の下に覗く身体は、その殆どが鋼鉄の装甲で覆われ、関節の隙間からはシリンダーやらパイプやらが覗いている。
 こんな龍機兵と同じ様な身体をした者など、龍樹帝国には一人しか居なかった。
 龍樹帝国皇帝フィフスである。
 皇帝の硝子で出来た瞳が考え深げに、目の前に立ち並ぶ雲を突くような巨人達を見つめている。
 その機械仕掛けの身体をした皇帝陛下の傍に、一人の帝国軍制服に身を包む女性が立っていた。
 大きな蒼い瞳にふっくらとした柔らかそうな頬、下ろせばふくらはぎまで届く長い艶々とした黒髪をポニーテイルに纏めた髪形、頭に付いた横に垂れた大きな猫の耳……
 長い腕、長い脚、どこにいても目立つ長身の美しい女性は「紅蓮の死神」こと、リュウガムラサメに間違い無かった。
 その華奢な身体を覆う上着を左肩だけ袖から外して着ている。袖に通していない左腕は、首から吊った三角の包帯で固定されていた。
『……リュウガ、左腕の具合はどうだ?』
 皇帝が振り向きもせず、口を開いた。
「……はい、かなり深手は負いましたが、明日には包帯は取れます……」
 身体能力に優れるディフュームの中でも更に強靭な身体をしているリュウガではあったが、あの魔法剣士ヴァッシュガーランドから受けた傷がかなり深く、今まで大事を取って傷を受けた左腕を包帯で固定していた。
「……道具も順調に組み上がっていますね……」
 リュウガも皇帝と同じように目の前に立ち並ぶ巨人達に視線を移した。
『ああ、これにガルアの十一號機と修理中のアリシアの十弐號機が揃えば封印機の方は全て揃う事になる。後は……』
「……黒き龍焔……そして……わたしですか……」
 それは十三番目の機械神の名、そしてその身体に積んだ炉を唯一動かす事が出来る、起動装置の名……
 皇帝が何かを考えるように、機械仕掛けの首の関節を下に曲げた。
「黒き龍焔は空母としての飛行甲板を破壊されただけです……元々これらの軍艦としての装備品は、機械神となった時には死過重物として排除出来る様になっています……ですから黒き龍焔としては何も問題はありません」
 リュウガが抑揚の無い声で淡々と喋る。
「……命令があれば直ぐにでも動く事が出来ます……」
 皇帝が再び顔を上げながら口を開く。
『……破壊神の封印する「柱」が力を失ったと同時に十二機の封印機が再び封印の陣を張る。これによって中で起こる激突の衝撃をその背中に積んだ排焔器によって吐き出し、大地に与える衝撃を何とか押さえ込む……そしてその封印の陣の中にラグナレクを持った決戦機を突入させ、破壊神を殖滅する……』
 皇帝がその時初めてリュウガの方に振り向いた。
『……我々はお前に死ねと命令しているようなものだな』
 機械仕掛けのそのマシンボイスにも、明らかに申し訳無いと言う気持ちが含まれているのが解る。
「……いえ、まだ死ぬと決まった訳ではないですよ……わたしと黒き龍焔は破壊神を倒す為に造られました……だから破壊神を倒した後にも生き残る可能性はまだありますよ」
 そう言いながらリュウガがにこっと微笑んだ。
「わたしも一応女の子ですから、素敵な人と恋をして素敵なお嫁さんになりたいと言う夢も……ありますよ?」
 優しく微笑みながらそう言うと、今度は真面目な顔になりながら再び口を開いた。
「陛下はご存知なのですか? ウォータードラゴンが自分の意志で動いたと言う事を。そして、レイと言う少年の事を?」
 そのリュウガの確信を突くような台詞を聞いても、皇帝は無言だった。
「……思い出さない方が良い記憶がある……忘れた方が良い記憶がある……陛下はそうお考えですか?」
『……』
「……でも、わたしの知る妖精達は、自分達が何者なのか、そして自分達は何をする為に作られたのか……その自分達に課せられた残酷な運命を、自分の子供達に伝えていました……」
 リュウガが続ける。また再び抑揚の無い声になっている。
「それでもその運命に悲しまず、強く、誇り高く生きています……自分に課せられた運命は妖精達よりも残酷なものかも知れませんが、その運命を受け入れた上で、生きていきたいとわたしは思います……」
『……』
 それでも皇帝は無言だった。
 しばらく静かな空気が流れた後、皇帝が口を開いた。
『……君の記憶は子供の頃に龍焔炉を起動した時にその負荷に耐え切れず、頭が一時的に機能停止してそのまま失われたものだ……ならば大人になって自分の気持ちをしっかりと持つ事が出来る様になった今なら、その失われた記憶を取り戻す事が出来るだろう……君の記憶は完全に失われた訳では無い、今でもあの鉄で造られた龍の首の中に居る少年が大事に守っていてくれている事だろう……』
「……じゃあ?」
『……君が黒き龍焔を動かす時、君はその中に仕舞われていた自分の記憶を取り戻す事が出来るだろう……残酷な運命を、残酷な現実を……』
「はい……」
『君が記憶を取り戻し真実を知った事によって、例え戦かう事をやめても我々は誰も君の事を責める事は出来ないだろう……記憶を取り戻した後は自分で決めるんだ……自分の進むべき道を……自分が何者なのか……自分は何をする為に生まれて来たのか……』

 霧で包まれた巨大な試験場の中、機械神達の鋼鉄の息吹だけが響いていた。


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