第十五話 血塗られた連鎖、血塗られた正義
青い海原に島が一つ浮かんでいた。
それは島と言うには充分な大きさを持っているが、普通の島とは違う物質で出来ていた。
その島の表面は岩や土ではなく、黒光りする鋼鉄で作られている。
目の錯覚だろうか? その鉄で作られた島が少しずつ海の上を移動しているように見える。
いや、実際にその鋼鉄の島は海上をゆっくりと前進していた。
人間達はその鉄で作られた島の事を、こう呼んでいた。
ハバクク級要塞艦三番艦「オーディシャス」と。
その鉄の島を守るように、四周を四隻の大型戦艦が遊弋していた。
波を蹴立てて海原を進む艦艇軍は、普通の軍艦の流麗な船体構造とは、幾分か異にする造りをしていた。
大きなブロックを幾重にも繋ぎ合わせたモジュール構造をしている。
「機動戦艦ソビエツキーソユーズ」
分厚い鎧に身を固めた異形の軍艦が、王に付き従う従者の様に、静々と海原を進んでいた。
その要塞艦インビンシブルの中枢にある薄暗い玄室の中、魔導士達が顔を衝き合わせ、話に興じている。
「……血の配合は、今回も失敗か……?」
「……ああ、やはり正確に三分の一づつ配合せねば拒否反応を起こすようだな……」
「……やはりこいつ等の身体の強靭さは血液にまで及ぶと言う事か……三種の血を等しく混ぜ合わせねば、その強靭な血液の拒否反応を打ち消す事は出来ないか……?」
「我々のこの血液の酸化現象も早く食い止めねば……」
「……それでは意味が無い……我等の平均寿命は遂に50歳を割り込んだのだ……このままでは種としての寿命すら無くなる……この亜人どもの身体能力を手に入れねば我等に先は無い……」
「……今の所、唯一の成功例はあの魔法剣士だけか……」
「……あ奴は身体の半分以上が龍機兵よ……機械仕掛けの身体が拒絶など起こすものか……」
薄暗い部屋の中、数々の魔導器の立ち並ぶ奥に三人の女が拘束具に縛り付けられていた。
耳の長い者、犬の顔をした者、猫の耳を付けた者……龍人、ディフュームの者だ。
その身体には何も身に付けていなかった。
そしてその裸の素肌には、何本もの大小のパイプが鋭利な針先によって突き立てられていた。
不気味な音を立てながらそのパイプが赤く脈打ち、ディフュームの女達から強引に血液を吸い出していた。
そして、女達から血を吸い出すそのパイプは、見るものに嫌悪感を抱かせる凶々しい動きを見せる魔導器に収束されていた。
既にエルフの女とオーガの女は致死量を遥かに超える血液を抜かれ、事切れていた。
拷問以上に惨い生体実験の材料にされ、既にその命を散らし、無残な骸を晒していた。
まだ、一人だけ生き残っていたホビットの少女が、最後の力を振り絞りその口からか細い声を搾り出していた。
「……助けて……助けて……私を…………殺して……」
実験体にしたディフュームの女達にゆっくりと近付きながら、魔導士の一人が憮然と口を開いた。
「今回は三日と持たなかったな?」
「ふん、何、代えはまだ幾らでもある。この前襲ったディフュームの村から連れて来たのがざっと百人ぐらいか……まだまだ充分な数だ」
「そうか。これで本物の犬や猫の様に繁殖力が高ければ、言う事は無いのだがな」
「まったくだ」
先程骸となったばかりの亜人の女達をつまらなそうに眺めながら、まだ息をしているホビットの女に近付いた。
「しかし他の二種族は良いとして、ホビットはこうも数が少なくては困るな」
「まぁ、なにしろ我々の先代が乱獲しまくったと言う話だからな。この愛嬌のあるみてくれなら、愛玩用には最適なのだろう」
「……ふむ、ただ猫の耳と尻尾が付いてるだけでこうも違う物なのか?」
そう言いながら、血の気の引き過ぎた顔の顎を、くいっと上に引いた。
「……はぁ……はぁ……」
その口元から今にも消え入りそうな、苦しげな息遣いが聞こえる。
「この女も、もう駄目だな。後、数時間の命といった処か」
ホビットの女の体からは、其処かしこに痛々しく血管が浮き出している。
かなり強力な薬に犯されつづけた証拠だ。
人間達は、このように捕獲したディフュームの身体を強力な魔薬漬けにして、動きを封じていた。
こうでもしなければ自分達よりも遥かに身体能力に優れるディフュームの民達を、素直に服従させる事など出来はしないだろう。
人間達は「魔法を使う」と言う面においてはかなりの遅れを取っているのだが、このような様々な「薬」を作る技術においては、ディフューム達よりも一歩先んじた技を有していた。
いや、そうでなければ自分達よりも遥かに上回る能力を有するディフューム達を、自分達の労働力や愛玩動物として等、利用できる訳が無い。
ディフュームの住む土地を襲う時にしても、それこそ普通の人間が浴びたらショック死するほどの強力な魔薬を振りまいて、亜人達の動きを封じているのである。
そしてその浮き出した血管の見える肌には、無理矢理切りつけられたと一目で解る、いくつもの傷跡が見えていた。
強力な体組織を切り取り様々な実験を行い、このディフュームの女達の身体その物も実験道具として利用しているに違いない。
「……はぁ……はぁ……」
消え入りそうなホビットの女の息遣いが更に弱くなる。
既に此処まで身体を切り刻まれ、薬で犯されていては、どんな高位魔導士の回復魔法でも彼女の事を死の渕から助ける事は、もはや不可能に近い。
「……」
だが、もう虫の息のその亜人の女が、ささやかな最後の抵抗を見せた。
「……」
最後の力を振り絞り、相手に捕まれたままの顔を上げると、薬で濁されつくした瞳で、その魔導士の事を睨み付けた。
「……? 何だその目は?」
魔導士がその明らかに敵意に満ちた瞳を見て、また面白く無さそうに呟いた。
「猫や犬風情が、偉そうに腹を立てるのか?」
感情の消え失せた魔導士の瞳が、もう残り少ない命を使って最後の抵抗を見せる亜人の女を見据える。
その瞳は人生の全てを実験と研究にささげた狂科学者の眼だ。
今目の前にいるこの死に行く少女の事を、自分達と同格の生命体とは露程も思っていないだろう。
いや、今のこの時代を生きる全ての人間達がこの魔導士と同じ気持ちなのだろう。
人間達は自分より高い能力を持つ者達を、太古の昔から、排除し続けて生きてきた。それは例え自分と同族の者であっても変わらない。
肌の色が違うだけで、少しでも自分達より高い能力を有していると言うだけで、同じ人間であっても差別し排除する……それが人間と言う生き物である。
だからこそ「人間」と言う、生物の中でも余りにも弱い生き物が、全ての生物の頂点に立つ「霊長」として君臨してこれたのだろう。
そして何時の頃からか、その「霊長」と言う座を脅かす者達が現れた。
龍人、ディフュームと呼ばれる自分達よりも遥かに優れた身体能力を有する、三種のヒューマノイド達が現れたのだ。
ディフューム達は「破壊神」が荒れ狂い、一度終末に落とされたこの荒廃した大地でも、楽々と生きていけるだけの強靭な肉体を持っていた。
そしてこの三種族はそれぞれが一つずつ他の種族より突出した能力を有していた。
耳の長いエルフの者達は五感に優れ、精悍な犬狼顔を持つオーガの者達はずば抜けた体力を持ち、愛らしい猫の耳を生やしたホビットの者達は驚異的な敏捷力を有していた。
何故一つの種族事に一つずつ違う、突出した能力を有しているのか? ……だが、その事によってお互いに優れる能力を生かしあい、この三種族は特にいがみ合う事も無く平和に共存している。
「……ふん」
魔導士が憮然とした表情で、今まで掴んでいたホビットの女の顔を、ごみでも捨てるように放り出した。
「……ぐ……」
苦しい息の下、ホビットの少女が消え入りそうな声で苦悶の声を上げる。
「……さて、代わりを用意して続きをするか」
「……そうだな」
その時、突然の大音響と共にこの玄室が大きく揺れた。
「!? ……何だ!何事だ!?」
「……どうしたのだ?」
艦内通路に繋がる扉が、凄い勢いで開け放たれた。
「大変です!!!」
其処にはローブに身を包んだ男が血相を変えて立ち尽くしていた。この魔導士達に従事する低位の魔法使いなのだろう。
「……このオーディシャスが攻撃を受けています!!!」
まだ顔に幼さの残るその若い魔法使いの叫びを聞いても、玄室に篭る者達は悠然と構えたままだ。
「攻撃を受けた? 何故その程度の事で驚く? ふん、このオーディシャスは帝国軍の八八艦隊を向うに回しても負けぬ程の力を持つ筈だ」
魔導士が淡々と喋る。
「それにこの要塞艦の外周は枢機国軍の誇る機導戦艦が守りを固めている……なんだ帝国軍も機導戦艦を繰り出してきたのか?」
「そ、それが……!?」
報告を急ぐ若い魔法使いは、ザクッと言う何か柔らかい物が刺し貫かれる音を聞いた。
突然聞こえて来たその小さい音を耳にした低位の魔法使いは、自分の胸に違和感を感じて顔を下に向けた。
「……」
自分の左胸から光輝く刃が突き出していた。光の刃の先端から、チロチロと稲光が走っている。
その魔法使いは自分の心臓を後ろから刺し貫かれた事も解らず、自分の胸から飛び出した雷の刃を呆然と見つめていた。
「……がはぁ」
意識よりも肉体の方が先に限界が来た。
雷の刃によって、心臓と共に破られた肺の中に、血液が逆流して来た。
肺の容量を越えた大量の血が口から吐き出される。
心臓を串刺しにされた魔法使いが、力尽きたように床に倒れ伏した。倒れる最中に自分が何をされたのかも解らないまま、魔法使いは既に絶命していた。
「……何だ!?」
驚き始める魔導士の前に、血を吐いて倒れた若い魔法使いが出てきた扉から、一人の女が現れた。
頭から猫の耳が生えていた、腰からは尻尾が生えている。
ディフュームの女、それもホビット族の者だ。
ほっそりとした身体の上半身を、スペンサージャケットが覆っている。
下半身はハイカットスリットスカートにタイツスーツ、そして膝上のサイブーツと言う出で立ちだ。
そして、その身に付ける全てが漆黒に染め抜かれていた。
「……お前は!?……誰だ!?」
人間の魔導士が声を上げる。
「雷帝」
黒尽くめの女が、静かに名乗った。
「あたしの顔は知らなくても、あんた達が魔法使いの端くれなら、この通り名ぐらい聞き覚えがあるでしょ?」
「!?」
その名を聞いた瞬間、魔導士達がその者を恐れるように一歩後づさった。
「……お前が雷帝……雷帝アリシアラウリだと言うのか!?」
雷帝。
それはディフューム達の中でもほぼ最高位とも言える魔力を秘めた、龍樹帝国最強の魔導士に付けられた仇名だった。
殆ど交流の無い人間とディフュームの間でもその名が知れ渡っているという事は、このホビットの女性は、それだけ高位の魔法使いであると言う証明だ。
「……あいかわらずあたし達に、酷い事してくれてるじゃないの?」
明らかに怒りの感情の篭った声でアリシアが呟いた。
あまりにも強すぎるその殺気を浴びて、魔導士達が恐怖に沈黙する。
だが一人の魔導士が、恐怖の呪縛から逃れようと、何とか声を上げた。
「……確かにお前は世界でも最強クラスの魔導士だろう。だがこれだけの人数の我等を相手にして、勝てると思うか?」
それだけ言ってどうにか冷静さを取り戻すと、仲間達に攻撃を促がす。
確かに相手は帝国最強の魔法使いに違いない。だが、相手はたかが一人。この玄室に詰める魔導士達で一斉に襲い掛かれば勝機はある。
「やってみれば? あたしを殺したいんだったら急いだ方が良いわよ? あたし結構、気の短い性格だから」
片手を腰に当てたポーズで、アリシアが不敵に言い放つ。
「おのれ! 馬鹿にしおって!!」
間髪を入れずに、魔導士達が一斉に呪文の詠唱に入る。
その一語一句間違える事無く紡ぎだされる詠唱速度、複雑な印を結ぶ指の動き、どれをとっても全員が全員、素早く正確な呪文詠唱だ。
「……やっぱり遅いわ」
それでも龍魔導士と言う、世界でも一握りしか居ない超高位魔導士を示す称号を持つアリシアの眼には、相当にもたもたしているように見えたのだろう。
如何にもうざったそうに呟きながら、おもむろに指をパチンっと鳴らした。
指が弾かれる音が、玄室に響く。
「……が!?」
その瞬間人間の魔導士達は、皆一様に動けなくなっていた。
途中まで詠唱されていた呪文が途中終了させられて、魔導士達の手の中で空に消えて行く。
「……い、一瞬に……して、こん……な強力……強制拘束……の呪文……を……達全員……に掛け……だと……!?」
魔導士の一人が突然動かなくなった身体から、何とかそれだけ搾り出した。
「へぇ? あたしの拘束の呪文を食らってもまだ喋れるなんて、結構大したものじゃない?」
黒いサイブーツの踵を鳴らして、瞬時にして只の的に成り果てた、哀れな魔導士達の方に近付いて行く。
歩を進めるアリシアの周りに、呪文の詠唱も聞こえないのに、猛烈な魔力が集まりだした。
「でもねあんた達、この帝国最強の、いいえ、この地上最強の魔法使いを相手にして随分となめてない? あんた達程度の魔法使いが何人来ようが、あたしに傷一つ付けることは出来ないわよ」
それと同時に空気がざわめき始め、風が嫌な金切り声をあげ始め、雷光が迸った。
「……あんた達が切り刻んだ、我が同族の痛みを知ってから地獄に落ちなさい」
アリシアが冷たく言い放った。
「ライトニングエェッジィ!!!」
その雷刃の呪文の言葉と共にアリシアの周りでわだかまっていた雷光が、鋭利な刃物と化した。
先程若い魔法使いを貫いたものより何倍もの大きな刃となって、魔導士達に襲い掛かる。
その雷の刃を受けた魔導士達は叫び声も上げる暇も無く、一瞬にして身体を切り刻まれ、醜い肉片と化していた。
「……ふんっ」
アリシアは、散々自分達ディフュームを実験材料として弄んでいたであろう、狂人達の死体に一瞥をくれると、まだ微かに息の聞こえる自分の同族の元に向かった。
何とかかろうじて肺から息を吐き出している状態の、ホビットの少女を縛り付けていた皮製の拘束具を外そうとした時、その少女が目を開いた。
その虚ろな瞳には自分の事を助けようとしている、黒尽くめの同族の女が写った。
「待ってて、今自由にしてあげるから」
手足を縛っていた拘束具が解かれると、その少女は糸の切れた操り人形の様にアリシアの胸に倒れ込んだ。
「大丈夫?」
そう優しく抱き抱えながら問い掛けるアリシアの耳に、少女がまだ何とか残っていた力を振り絞って声を出した。
「……逃……げて……」
「逃げる?」
少女が発した言葉の意味が、アリシアには解からなかった。
だがその直後に、強い殺気を一瞬感じた。
己の感を信じて、身をひねる。
「くっ!?」
左腕に痛みを感じた。
何時の間にか少女の右手に握られたダガーが、アリシアの左の二の腕を切り裂いていた。
傷は浅い。だが刀傷以外の、何か違う激痛が、彼女を襲っていた。
「……毒!?」
「……フ、フフフ……」
アリシアが激痛の正体に気がつくと同時に、遠くから力の無い笑い声が聞こえた。
「……その毒は、べラドンナとポイズンサーペントから抽出した猛毒だ……お前達ディフュームの身体でも……只では済まないぞ……」
一番遠くにいた魔導士が薄ら笑いながら喋っていた。
距離が離れていたからか、己の身体を切り刻まれても、まだ少しは命が残っていた。
「雷帝」がまだ息のあるホビットの女を助けようとするのを予測していた魔導士は、相手が気を許した瞬間を狙って転送の呪文を使い、毒の塗られたダガーを少女に持たせ、それを媒体とし操作の術で切り付けさせたのだ。
「まだ生き残りがいたなんて……抜かったわ」
アリシアは手をかざすと雷撃の呪文を放った。自分に放ち置き土産を残してくれた相手に、改めて止めを刺す。
「……だい……じょうぶ……?」
抱かれたままのホビットの少女が、アリシアの事を傷つけてしまった事を詫びていた。
「うん、大丈夫よ。あなたが逃げてって言ってくれたおかげで、かすり傷ですんだわ」
嘘だった。
もう既に左腕の感覚が無くなりかけていた。彼女を支えているのも辛い。
でも、それでも、なんでもないように、努めて冷静に振る舞った。
「じゃぁ……わたしのお願い……聞いてくれる……かな……」
「うん、なに?」
少女の言葉を素直に聞こうとするアリシア。だが次に少女の口から出てきた言葉に、アリシアは驚きを隠せなかった。
「……わたしを……殺して……」
「!?」
さしものアリシアも、その台詞に驚きを隠せなかった。
「……解かるでしょ……わたしの身体……もう、どうな薬も……呪文も……効かない……だから、もう……わたしを早く自由にして……お願い……」
「……」
アリシアも、既に気が付いていた。
この同族の少女を助ける事は、自分の持っている如何なる回復魔法以ってしても、もう既に不可能であると言う事を。
「……お願い……殺して……」
このままにされていても後数時間の時間しか残されていないホビットの少女が、一瞬でも早く苦しみから解放される事を必死に望む。
「……」
アリシアは無言で自分の背中に手を回すと、腰の後ろに付けていた細身の短剣を引き抜いた。
魔笛。そう呼ばれるものだった。魔界の魔王の力が封じられていると言う伝説の魔導器。
地上最強の魔導士に与えられる称号のような物だと言いながら、魔導教会の長はこの魔導器を、アリシアに託していた。
「!?……かはぁ」
一瞬の後、ホビットの少女が胸を詰まらせたように仰け反ると、その口から大量の血液を吐き出した。
吐き出された真っ赤な血が、アリシアの肩に掛かる。
アリシアの邪夢の短剣は、ホビットの少女を背中から貫いていた。
左の背中から突き立てられたその刃は、少女の背骨を砕き、その奥の心臓を貫き、肺に穴を空け、胸骨を断ち切っていた。
そしてそのまだ未発育な乳房から突き出していた切先が、アリシアの上着も大きく切り裂いていた。
破れた心臓から漏れ出した血液が穴の空いた肺に溜り、それが異物として口から吐き出されていた。
胸から突き出された短剣の先端からも血が流れ落ちていた。
貫かれた衝撃で何本か外れたパイプが刺さっていた傷口からも、鮮血が噴き出していた。
少女の血を浴びた黒龍師団の制服が、見る間に赤黒く染まっていく。
「……はなして……そうしないと……あなたの服が……血に染まっちゃう……」
「……」
死に行く少女が自分の命を縮めた者に対して、申し訳無さそうに声を絞り出す。
「……」
アリシアはそれでも只黙って同族の少女の事を、大切な者を守るように抱きしめたままだった。
左腕に力が入らない。それでも何とか彼女の身体を支える。
少女はアリシアの姿を見て少し微笑むと、眼から血液以外の物を零しながら呟いた。
「……わたし……のこと……殺し……て……くれて……ありが……とう……それ……と……こん……なに……わた……しの……血で……汚し……ちゃって……ごめん……ね…………」
少女は何とかそれだけ搾り出すと、静かになった。
「……」
命の火の消えた同族の者を抱き抱えたままのアリシアの頬を、涙が伝っていた。
「……なにが、ありがとうよ……なにが、ごめんなさいよ……」
アリシアが怒気を孕んだ声で叫ぶ。
「あなたを殺したのはこのあたしなのよ……その自分を殺した相手にありがとうだなんて……ふざけないでよ」
誰に対してではない、何も出来ないまま少女の願いを素直に実行するしか出来なかった自分に対して、怒りをぶつけていた。
最後に自分の願いを叶えてくれた者に抱かれ、安らかに瞳を閉じるホビットの少女の顔に、誇り高き戦士の涙が零れ落ちる。
怒りと情けなさの前に左腕に受けた毒の痛みなど、とうに消えていた。
「……なんで人間達は他の生き物をこんなにまでしなくちゃ生きられないのよぉ!! ……いつまでこんな事が続くのよぉ!!!」
生きる者がひとりしか居なくなった玄室の中、アリシアの絶叫が木霊した。
その黒い龍機兵が右手に構えるバスタードソードを一閃させる度に、いとも容易く主装甲を切り裂かれた敵機が、膝を落とし沈黙する。
黒い機体の傍らに控えた大型龍機兵「ベルグレイター」や、両肩に電磁軌道式大型臼砲を積んだ重龍機兵「ベルグドーラ」が、共に敵機に向かって前進して行く。
敵要塞艦の甲板を前進する龍機兵隊の最後方から、巨大な物体が飛行甲板を踏みしめる音が響いた。
長大な脚部を生やす肥大した胴体から野太い砲身が突き出した、異様な姿の機体が其処にいた。
龍樹帝国の重陸戦兵器「機動砲台 ハンプティダンプティ」だ。
その巨体に据えられた戦艦クラスの大型砲身が、獲物となる敵機を見下ろす。
普通、艦艇と言うものは、自分に対してはその主砲を撃つ事が出来ない。
つまり龍機兵や水機兵に取り付かれた戦艦等は、何も出来ず主砲塔や艦橋構造物を破壊されていくばかりなのである。
帝国軍強襲隊は「オーディシャス」が搭載する、重装甲の大型砲塔を懐から一気に潰す為、こんな巨大な移動砲台までも海上輸送をし、敵要塞艦の飛行甲板上に押し上げたのだった。
巨砲が咆哮する。
その度に、オーディシャスの艦舷に並べられた大型戦艦アイオワ級と同型の主砲塔が、確実に沈黙していく。
帝国の龍機兵達が破壊を撒き散らしながら、インビンシブルの甲板上を進軍する。
「捕えられた者達は今頃ラウリ大佐の強襲隊が救出している筈だ!! 俺達はこの甲板を死守する!! 可能な限り敵機を破壊しろ!!!」
黒い龍機兵から声がする。
黒龍師団副師団長補「カイン レイシュナー中佐」が、部下達に更なる破壊を指示する。
「了解しました中佐!!!」
カインの命令に部下達が呼応する。
空母信濃一隻で構成された「第八機動艦隊」に守られた強襲揚陸艦隊が、枢機軍海軍南部方面艦隊旗艦「要塞艦オーディシャス」に襲い掛かったのは、今から半刻程前だった。
旗艦を護衛する四隻のソビエツキーソユーズ級は、高速で接近してきた敵前衛艦隊との交戦で、すぐさま守るべき旗艦から離されてしまい、総排水量二〇〇万トンを誇る移動要塞は自分を守る盾を失ってしまった。
丸裸となったオーディシャスに、水機兵母艦「海雷」が突入、搭載する「ウォールラス型水機兵」が巨艦の推進施設を沈黙させると、数千人の揚陸隊員を乗せた「強襲揚陸艦隼鷹」「飛鷹」と、龍機兵を乗せた大量の「二等輸送艦」が強行接舷を行い、一気に強襲隊が突入したのだった。
手に弩や長槍を持った何人もの帝国軍兵士が艦内に突入するのを確認しながら、飛行甲板の制圧を任されたカインの機体が、配下の龍機兵と共に鬼神の如く戦っていた。
そのバスタードソードが宙を舞う度、敵機がいとも容易く切り裂かれていく。
カインの乗る黒い龍機兵が、機械間接の軋み音を奏でながら残る敵機を見据える。
「そ、その機体は……」
その漆黒の龍機兵を見た枢機軍の操士達は、皆一様に脅えたように機体を後ずらせていた。
他の機体より頭一つ大きいその巨大な体躯、全身を覆う分厚い装甲、手足の隙間から覗く間接はその重装甲を持った巨体を動かすのに充分以上のパワーを与える巨大さを持っている。そして両肩から生える特徴的な、大型フィンスタビライザー。
「……ファ、ファイアディスティニー……」
誰かが叫んだ。
それは龍樹帝国皇帝直轄の精鋭戦闘集団「黒龍師団」が正式機として装備する強力な龍機兵の名だった。
そしてそれはおそらく最強の龍機兵の一体であろう、凄まじい力を秘めた漆黒の機体の名でもあった。
「何時もなら、この機体を見て恐れおののく者は早く去れと言うんだが、今日はそうは行かないな」
ファイアディスティニーが敵龍機兵に対して歩を進める。
「この下で捕えられた同胞達を助ける為だ。一機足りとも逃がさん!!!」
怒気を孕んだカインレイシュナーの雄叫びと共に、黒い龍機兵が敵機に向かって飛び出した。
インビンシブルが強襲隊の攻撃にさらされている頃、本来旗艦を守る筈の護衛艦隊達は、帝国海軍の機動戦艦との激しい戦闘の真っ最中だった。
硝煙立ち篭もる空に滞空する「敵艦」が、その主砲を枢機国機動戦艦戦隊に浴びせ掛ける。
遥か彼方の海上を自分達と対向して進む、見た事も無い巨大空母からも、猛烈な砲撃が飛んで来ていた。
「散開せよ!!」
ソビエツキーソヨーズ級機動戦艦一番艦「ソビエツキーソユーズ」を操る戦隊司令官が叫ぶ。すぐさま配下の戦艦達に下される回避命令。
一糸乱れぬ単縦陣を組んでいた艨艟達が、波立つ海面を踊る様に駆け巡り始めた。
ソビエツキーソユーズ達が回避行動を取る海面に敵艦の大型砲弾が打ち込まれ、巨大な水柱を吹き上げる。
再び重力に引き寄せられた水柱から降り注ぐ海水を艦体に叩き付けられながら、機動戦艦達が波立つ海面を切り裂いていく。
戦隊司令官の素早い判断で敵弾は全て回避出来ていたと思われたが、数秒遅れて飛来した一発が二番艦「ソビエツキヤウクレイナ」に直撃を与えた。
激しい閃光。鈍い衝撃。
「左腕部に被弾!」
艦の状況を司る電信員が被害状況を報告する。
既に人型の白兵形態に変形していた自艦の、丁度左腕の辺りから黒煙が上がっているのが艦橋からも見えた。
「損傷は軽度、戦闘行動に支障無し!」
簡潔に報告する電信員の声が、ソビエツキヤウクレイナの艦橋内に響き渡る。
敵艦の砲弾は、まるで鋼鉄で造られたハンマーの様な形状の前腕部に直撃していた。
元々が敵機動戦艦に接近して、その装甲強度と大重量を以って相手を叩き潰す為に造られた物だ。
この腕部に幾ら直撃を食らっても、どうと言う事は無い。
自艦の重装甲ぶりに感謝したソビエツキヤウクレイナの艦長が、操舵士と機関士に下命する。
「良し、旗艦に遅れるな、速力を上げろ!」
敵大型砲弾の直撃を食らっても大したダメージを負う事の無かったソビエツキヤウクレイナは、戦隊に遅れる事無く猛然とダッシュした。
「これぐらい旗艦から引き離せば大丈夫じゃないかしら?」
火器管制士席に座るヨーコが、主砲の再装填を急ぎながら呟く。
枢機軍機動戦艦戦隊が、砲撃に翻弄される海面から四万メートル程離れた場所で「重機動要塞航空母艦 信濃」は、たった一隻だけで海原を疾駆していた。
「……うん、多分……」
通信士席に座るミカが、顔中から脂汗をしたたり落としながら答えていた。
この空母信濃は、艦長である主任操士が不在のまま今回の作戦に参加する事態になっていた。
信濃艦長であるリュウガは信濃本体から分離した「機械神 天龍」に乗り、敵機動戦艦隊を相手にする事になっていた。
その為勿論の事ながら人型の白兵形態に変形する事が出来ず、通常戦艦としての使用が精一杯であった。
リュウガの天龍が敵艦隊と戦闘に入った場合「オーディシャス」の近くで戦闘を行うと、捕えられた同胞達を救出するのに被害が及んでしまうと言う事で、本作戦での信濃は、天龍が主戦闘に入るまでに敵旗艦からソビエツキーソユーズ級を出来るだけ離す事を今回の作戦目標としていた。
自艦の主砲射程距離ぎりぎりから敵機導戦艦隊に砲弾の雨を降らせ続けた大型空母は、敵戦隊が旗艦オーディシャスから充分に離れた事を確認すると、今度は回避運動に入った。
四万メートルもの超遠距離射撃であった為、敵艦には大したダメージを与えられていないが、今回の信濃の役目は元々が敵戦隊の撹乱である為、それは特に問題では無い。
これから先程まで上空に陣取っていた天龍が海上に舞い降り、敵機動戦艦群との主戦闘に入る。
何しろ五隻もの機動戦艦が入り乱れて戦う事になるのだ。
一体どれだけの被害が回りに起こるか解かったものではない。
それに今度はもう一度敵旗艦に接近し、強襲隊の支援も行わなければならない。
その為には天龍と敵戦隊の戦闘海域を大きく迂回しなければならず、それを考えると行動は早ければ早い方が良い。
「……」
ミカが艦橋の防弾硝子越しに空を見上げた。
「来た!!」
そこには海上に立ち込めた硝煙を掻き分けて、今まさに敵機導戦艦戦隊に襲い掛からんとする「機械神 天龍」の姿があった。
「敵艦隊は充分に引き離したわ……信濃はこれよりオーディシャス攻撃の支援に向かいます、ログ! 急速回頭!」
ミカも必死に指示を出す。
信濃艦長であるリュウガが居なくなった場合、本来ならば副艦長が操艦を担うのだが、今現在の信濃の副艦長であるアリシアも、強襲隊の指揮官としてオーディシャスへと乗り込んで行ってしまった。
今この巨艦を操る任に就いているのは艦長、副艦長共に不在の現在、最先任となった通信士のミカだった。
階級としてはこの艦橋に残るログもヨーコもミカと同じなのだが、ログは信濃の巨体を動かさねばならないし、ヨーコは主砲をもって相手を攻撃すると共に自艦を守らねばならぬと言う事で、三番目の先任は通信士のミカが担う事となっていた。
勿論ミカにも通信士としての仕事もあるのだが、他二名に比べれば負担は少ないという事で、代理艦長の役も何とかこなしていた。
「頼んだわよ! ログ!!」
代理艦長の必死の声を背中に聞きながら、無口な操舵士が巨艦の速力を上げ始める。
信濃がその巨体からは想像も出来ない程の高機動を見せ、敵要塞艦の居る方へ舳先を向けた。。
たった一隻だけで敵艦隊を此処まで誘き出して来た帝国の巨大空母は、速力を上げると一気に海原を駆け出した。
「おのれ! 仕方ないとは言え、陽動に乗ってしまったか!」
機動戦艦ソビエツキーソユーズ級四隻で構成されたオーディシャス護衛戦隊を預かる戦隊指揮官は、自艦の脇をすり抜けて行こうとする、黒い大型空母を苦々しげに睨みつけた。
敵大型艦が自分の護衛戦隊を旗艦から引き離そうとしているのに気が付いた時は、既に主砲弾の最大射程の二倍以上もの距離を引き離されていた。
だが、おっとり刀で引き返す事など出来そうもなかった。
「散開しろぉ!!!」
そう、あの大型空母と共に自分の戦隊を此処まで連れて来た「死神」が、今まさに自分達の上空に居るのだ。
「なんだ!?」
戦隊指揮官が逸早く出した回避の命令は、自分の隣で起こった大爆発により掻き消されてしまった。
「四番艦大破!!」
電信員の報告に従い今までしんがりを務めていたソビエツキーソユーズ級機動戦艦四番艦「ソビエツカヤレシア」が航行していた海面に眼を移すと、十万トンを超える巨体が、瞬く間に光の中に蒸発して行くのが見えた。
凍りついたような表情でその光景を見つめていた戦隊指揮官は、十万トン以上の鉄の塊すら一瞬にして消し炭に変える事が可能であろう、唯一の超破壊兵器の名を口にした。
「ご、劫火砲だと……」
ソビエツキーソユーズに座上する戦隊指揮官がその光弾の放たれた上空を見上げると、その劫火を吐き出す大砲を、まるで死者の首を落す大鎌の様に携えた鋼鉄の死神が、次なる獲物を狩る為に今まさに降下してくる処だった。
「……まず一隻」
「機械神 天龍」の操舞倉の中で敵護衛戦隊の殖滅の任を受けたリュウガが、ぼそっと呟いた。
リュウガは三隻に減った敵艦隊に逆落としを掛ける直前に、天龍の右手に構えられた劫火砲を二つに折り畳むと、背中に張り出した多目的ラックに固定しようとしていた。
この乙型劫火砲は元々空中空母飛龍が装備していた物をアリシアが強引に取り外し、そのままアリシアに所有権が残されたままになっていたのだが、アリシアの専用戦艦「武蔵」が帝国府で修理中のため戦闘に参加できない今、リュウガにその使用権限が与えられていた。
だが、島一つ軽く吹き飛ばすと言われる破壊力を持つ大砲ではあるが、その劫火砲自体を稼動させるにも相当量の大パワーが必要であり、所詮は「十参番目の機械神の手足」でしかないこの天龍では、一射を行なうのが限界であった。
リュウガは役目を終えた劫火砲を天龍の背中に仕舞い込むと、今度は両腰に装備された白兵用のブレードを引き抜かせた。
まるで鉈のような形状をした鋼鉄のブレードを両手に持った天龍が海面スレスレまで降下すると、残る敵に向かって猛然とダッシュする。
「全艦斜走行に入れ!! 接近させるな!!」
猛烈な水しぶきを上げながらソビエツキーソユーズ級が、接近してくる敵に向かって横腹を見せ始める。
ソビエツキーソユーズ級の機動戦艦は人型に変形すると、戦艦時の主砲塔が全て後方を向く格好となる。
その為人型の白兵形態で敵に砲撃を浴びせようとすると、通常の戦艦と同様に横腹を見せなくてはならず、この様に斜めに走行して相手を牽制しながらの射撃となる。
ソビエツキーソユーズ級三隻が、主砲の四〇センチ砲を一斉に撃ち放った。
一隻辺り九門装備された合計二十七門の四〇センチ砲が轟然と火を噴く。
その内の三発が天龍に直撃を与える。
砲弾内の起爆装置が作動し、内部の液体火薬を燃焼させる。
三つの爆発。
だが、その爆発の硝煙を掻き分けて、四枚の盾が現れた。
シールドを前面に展開させた天龍が、自らの被弾した爆煙を掻き分けて、何事も無かったかのような勢いで飛び出した。敵弾の直撃を弾いたシールドを再びバインダーに変形させて背部に収めながら、右手に持ったブレードを振り上げる。
金属同士のぶつかる物凄い激突音。
「……!?」
だが、天龍が振るった初太刀は、ソビエツキーソユーズのハンマーの様な前腕に阻まれ、受け止められていた。
鉄の擦れる嫌な音は、敵機動戦艦の分厚い鉄槌の上を引っ掻いただけで終わらせられていた。
一瞬動きを停止した天龍に、今度は他のソビエツキーソユーズが襲い掛かる。
リュウガは左手に持ったブレードを一旦ソードラックに収めると、そのまま天龍の左腕を接近する相手に向かって突き出した。
「ロケットアーム!!」
天龍の三〇〇〇トンはある左腕が、後部から水素の火炎を猛烈に吐き出して飛び出した。
後方から肉薄しようとしていたソビエツキーソユーズ級三番艦「ソビエツキヤベルルーシア」は、その胸部装甲部に、空飛ぶ鉄拳の直撃を食らった。
胸部外郭が拳の形にへこみ、対空砲塔や電装部品が幾つも吹き飛んだが、戦闘続行には大した被害は及んでいないようで、直撃を食らっても艦体を傾がせただけだった。
そして今の天龍とリュウガには、この二隻の機動戦艦の動きを押さえるだけで精一杯だった。
敵が他の僚艦の動きに集中している隙に、残ったソビエツキーソユーズ級が、天龍の死角に回り込んでいた。
ハンマーの様な右腕が振り上げられる。
次の瞬間、インビンシブル護衛戦隊旗艦ソビエツキーソユーズ級一番艦「ソビエツキーソユーズ」の巨大な右腕が、天龍の左肩後部に炸裂していた。
「……ぐ!!!」
その巨大な大槌状の腕部の直撃に、天龍の操舞倉が大きく揺さぶられる。
「……これが生身での戦いなら……誰にも負けないのに……」
操舞倉を襲った激震に耐えながら、何事にも動じない性格である筈のリュウガが、珍しく弱音を吐く。
今、この天龍を操作し、世界最大級の空母の艦長でもあるこのリュウガムラサメと言う女性は、ディフュームの戦士としては他に並ぶ者の居ない程の「剣士」でもあるのだった。
龍樹帝国の誇る大型戦艦「甲鐵級巡洋戦艦」の分厚い主装甲すら切り裂いてしまうリュウガの剛の剣は、龍機兵や機動戦艦の腕を介してでも如何なく発揮される筈だが、それは自分に与えられた機体を乗りこなしてこそ具現化するものだ。
今はまだこのリュウガという操士は、天龍と言う龍樹帝国軍の新鋭機動戦艦を充分に乗りこなせていない。
そして今はこの「機械神」を操ると言う技術に関しては、敵に一分の長があるようだった。
初激で一隻を失った敵戦隊はその損失を微塵も感じさせる事なく、見事な連携を見せ帝国の機械神を追い詰めていく。
「……せめて劫火砲をあと一射できれば……」
そう呟きながらリュウガは、遠隔操作で戻って来た左腕に再び白兵用ブレードを引き抜かせると、相手が何時か見せるであろう一瞬の隙を逃がすまいと敵機導戦艦を見据えた。
丁度リュウガの天龍を中心にして、正三角形の頂点を担うように布陣するソビエツキーソユーズ達。
天龍の後方に位置したソビエツキーソユーズが海面上を滑るように一気にダッシュして来た。
「!? また後ろから!」
剛腕を振り上げながら接近する敵機導戦艦に向かって、リュウガが自分の乗騎を振り向かせた。
「!?」
その時、帝国の機械神に襲い掛かろうとしていたソビエツキーソユーズ級二番艦「ソビエツキヤウクレイナ」は、突如として背部に巨大な斧槍を突き立てられ、そのまま爆発を引き起こした。
有に二万トンは有るであろう巨大な得物を背中に突き立てられたまま、波立つ海面に轟沈していくソビエツキヤウクレイナ。
「……何だ!?」
残った二隻のソビエツキーソユーズが、斧槍の飛んで来た方に振り向いた。
リュウガの天龍もその方角に頭部を振り向かせる。
其処には背中に積んだ水素ジェットモーターを全開にして迫り来る「巨人」がいた。
野太い手足、分厚い装甲、胸に生えた一対の棘、悪鬼の如き形相を湛えた頭部。
そしてその装甲には大きく「07」と刻印してあった。
「待たせたな」
リュウガの駆る天龍の通信器に聞き慣れた野太い声が入って来た。
「……ガルア!? 来てくれたんですね!」
「ああ、遅くなってスマンな。黒龍師団員が殆ど作戦に参加しているって言うのに、その師団長が居ないんじゃお話にならないからな。
天龍の操士席に付けられた電声器に黒龍師団師団長「ガルアデュアル」の声が響いた。
「……それも『ティアマット』なんかで」
「コイツか? こいつは修理中の何時もの『足』の代わりだ」
自分の専用戦艦が未だドック入りしたままだったガルアは、今回の戦闘に参加する為に帝国府において調整準備中だった「機械神七號機 獅子宮の黄道機『ティアマット』」を持ち出してきたのだった。
ガルアの駆る「ティアマット」は敵機導戦艦の垣根を一気に超えると、リュウガの操縦する天龍の側まで接近した。
そして天龍の背中に自騎の背中を合わせるようにして、残る敵騎達と対峙した。
「主役の登場にしては遅過ぎですよガルア」
リュウガが自分を助けてくれた師団長騎に向かって嬉しそうに声を響かせながら、それに正反するような少し意地悪な台詞を言う。
「ん? まあ、真打はお話の最後に登場するって、普通決まってるだろ?」
その台詞にガルアは、失った主兵装の斧槍の変わりに、自機の固定兵装である白兵用ブレードを引き抜かせながら不敵に答える。
「リュウガ、こんな面白くも無いストーリー、一気に終わらせるぞ!」
「はい!」
ティアマットと天龍は、今や二対二となった相手を一騎ずつ見据えると、倒すべき相手に向かって轟然と飛び出した。
遅れて到着したガルアの「ティアマット」の戦力加入により、戦いは一気に終息を向かえた。
天龍とティアマットの働きにより「血抜き」の拠点の一つであった枢機軍ハバクク級要塞艦三番艦「オーディシャス」を守っていた機動戦艦を主戦力とした護衛戦隊は、全艦撃破された。
カインの率いた龍機兵隊は敵機を一騎も残さず破壊し、強襲隊の血路を切り開いた。
そしてアリシア率いる強襲隊は艦内に突入し「血抜き」の生贄にされるべく捕えられていた同胞達の救出に成功した。
だが、全てが上手く行った訳では無かった。
ほぼ全ての者が、筋肉を弛緩させる強力な魔薬に犯されていた為、その回復には相当なる時間が掛かるとされていた。
そして体力が低下し救出される直前に命を落とす者も少なくなかった。
「囚われた同胞達を救出する」と言う今作戦の主旨を考えたら、失敗も同然の結果になってしまった。
何人ものディフューム達が担架に寝かされたまま運び出され、帝国軍に完全に制圧されたインビンシブルに横付けされた二隻の強襲揚陸艦がそれを受け入れて行くのを、二人の黒尽くめの男達が見つめていた。
「師団長、捕虜にした敵兵達はどうするのですか?」
報告書等を抱えたカインが、隣に立つ長身のエルフの男に尋ねた。
この黒龍師団の副師団長と言う職は普段は信濃の副長がやっているのだが、今現在彼は龍魔導士の護衛と言う名目で着任している艦からも離れて不在だった。
そこで今現在は黒龍師団員の一人であるカインレイシュナー中佐が副師団長補と言う名目で、この役をこなしていた。
「『作戦上の脅威を全て排除する』この名目に従うならば捕虜全員を処分しても良いのだがな」
副師団長補の問いに、黒龍師団師団長のガルアが口を開く。
「カイン、この要塞艦のドックの中に修理中の枢機軍の巡洋艦が入ってただろ? それに全員押し込めて逃がす事にした。捕虜にして無駄に飯を食わせるよりはその方が良い」
「……そうですか」
副長が安堵とも憤慨とも取れない、複雑な声の響きで返した。
「それとこのインビンシブルも鹵獲しようと思う。リュウガの信濃と俺が乗ってきたティアマットがあればこの200万トンの要塞艦も曳航できるだろう。まぁ、敵に捕捉されそうになったら、その場に捨てて帰れば良いさ」
「了解しました……」
気の無い返事を続ける副官に向かって、何かに思いを馳せるように黒龍師団総司令が呟く。
「……人間達は俺達ディフュームの事を自分達と同格の生き物とは思っていない。俺達を殺すのも虫けらを指で簡単に潰すのと同じぐらいにしか思ってない」
ガルアがオーディシャスの艦内から運び出される同胞達に眼を向けながら続ける。
「だが俺はその人間どもを生かしたまま帰そうとしている……俺は甘いのかな」
「……」
カインは何も言えなかった。
此処で人間達を処分すれば、その殺された人間達の親族から新たな憎悪が生まれる。
その憎悪はそのまま俺達ディフュームに向けられる。
そしてまた新たなる殺戮が生まれる。
それはまさしく「血塗られた連鎖」と言うべきものだ。
……だが、人間達は将来的には俺達の事を自分達を延命させる道具として、全てのディフューム達を捕獲しようとするだろう……ならば結局人間とディフューム、どちらか一つしかこの地上には生きられないと言う事なのか……?
「……血の、連鎖……それを断ち切る方法は……」
カインが誰に言うでもなく呟いた。
今はそれを言葉にするだけで精一杯だった。
「カイン、そのうち陛下から『全ての人間の殺せ』なんてトンでもない命令が出るかも知れないな。陛下もこの惨状は勿論知っているだろうし。本当にそれ位の事をしなければ、この血の連鎖は断ち切れないのかも知れないな」
それはカインが一瞬心に浮かべた言葉とまったく同じだった。
でも自分には怖くて、それは口には出来なかった。
それは司令官と言う重責を負う者だからこそ、口に出来た言葉だと思う。
……黒龍師団師団長と言う責に比べれば、俺の副師団長補なんて言う仕事は随分と気楽なもんだな……
カインは自分を自分で罵りながら、改めてガルアに向き直った。
「師団長、もしそんな命令が出たらどうするのですか?」
副師団長補の問い掛けに、師団長が答える。
「悪い奴等を倒す。俺はその為に帝国軍に入った。俺はどんな時も己の正義を貫くまでだ。例えそれが血塗られた正義でもな」
ガルアがきっぱりと答えた。
それは道徳的に正しくない事であれば、例え皇帝陛下の命令であろうとも聞かないと言う、強い意志の現れだ。
だからこそ陛下はこの男を「黒龍師団師団長」と言う重席に据えたのだろう。
「……そうですね」
カインはまた暫定とも否定とも取れぬ、曖昧な返事しか出来ない自分を悔しく感じた。
「……はぁ……はぁ……」
アリシアは未だオーディシャスの艦内を彷徨っていた。
戦闘の終結は何となく解かった。艦内のそこかしこで負傷者や、囚われていた同胞達の回収が行なわれている。
先程、常備している解毒薬を飲み、毒の侵行は食い止めたが、流石に頭がぼぅっとしてきた。
「あたしをここまで苦しめるなんて……たいした毒ね」
意識が遠のき始めた頭に、自らが命を縮めた同族の少女の顔が蘇った。
「……」
アリシアが腰の後ろに付けた鞘から魔笛を引き抜く。
刃に薄く残った赤い血。
視線を落す。
真っ赤に染まった黒龍師団の制服。
「……」
ひとの命を奪ったのは、何もこれが初めてではない。
だが、こんなにもやりきれない気持ちになったのは初めてだ。
そして同じディフュームの命を奪ったのも、これが初めてだ。
アリシアは薄く血曇りの付いた刃に写る自分を見つめた。
其処に写る猫の耳を生やした女の瞳には、いっぱいに涙が溜まっていた。
本当は泣きたかった。
大声を上げて慟哭したかった。
でも、アリシアの誇り高き戦士としてのプライドが、それを許さなかった。
……あたしは、帝国の象徴でもある黒龍師団に選ばれた者なのよ……こんな事で一々泣いてなんていられないわ……
がくっと膝が崩れた。
「あれ……?」
その拍子に短剣がずり落ち、床に乾いた音を立てた。
「……意外に、強い毒じゃない……」
力が抜けた様に、壁にもたれかかった。もう力が入らない。
「……あたしは……ここで死ぬのか?」
瞼が重くなってきた。
なんとか開こうとするが、身体が言う事を聞かない。
「……まだやらなくちゃいけないこともあるっていうのに……」
壁にもたれかかっていた身体が、床にずり落ちた。
冷たい床が、なんだか気持ちいい。
静かになった。すごく楽な気分だ。このままこうしていたい。
「……シア!! アリシア!! ……」
遠くから声がする。なによ、せっかく眠ろうとしているのに。
静かに眠ようとしていたあたしの身体が、なにやら動かされている。どうやら仰向けにしようとしているらしい。
「アリシア! あなたの短剣、ちょっと借りますよ!」
遠くから呼ぶ声は、一言断りを入れると、床に落としたあたしの剣を拾い上げたらしい。
何に使うのかと思った直後、あたしの左腕に激痛が走った。
「!?」
あまりの痛みに半分だけ目を覚ましたあたしは、次の瞬間、その傷口から何かを吸い出される感覚を覚えた。
そうされていると、不思議と今まで無かった左腕の感覚が、少しずつ戻ってくるような気がした。
左の指が少し動くようになった。眠けもちょっと覚めてきた。
それでもまだ重い瞼を開くと、そこにはあたしの傷口に口を当てて毒の混じった血を吸い出している背の高いホビットの姿があった。
「……リュウガ……なにしてんのよ」
「!? アリシア、よかったぁ、気が付いたんですね!」
ようやく目を開いたアリシアの身体を、自分の膝の上に乗せた。
毒に侵されていたらしい肌の血色も、だいぶ戻ってきた。
リュウガは頭の上に手を伸ばすと、自分の髪を縛るリボンを解いた。
彼女が何時も髪を結うのに使っている、綺麗な色をした青い半透明なリボン。
「このリボン、全然汚れなくて良いんですよね、傷口にまいても全然大丈夫ですよ。だからアリシアにあげます」
そう言いながら、毒を吸い出す為に大きく切り裂いてしまった彼女の左腕に巻いた。
今度は懐に手を入れると、小さい布袋を出した。
袋の中から小箱を出し、更にその中から丸薬を一つ出すと、アリシアの口元に持っていった。
「……解毒薬なら……さっき……飲んだわよ……」
アリシアが強がりを言うが、まだ上手く身体が動かないのは確かだ。
「う、うん、大事を取って、もう一回飲んで」
半開きになったままのアリシアの口に、丸薬を無理矢理押し込む。
リュウガは、自分の口に溜まった毒の混じった血を全部吐き出すと、今度は液体の入った小瓶を出した。
蓋を開け、中身の回復薬を口に含むと、アリシアの顔に自分の顔を近づける。
「……薬ぐらい……自分で……飲めるわよ……」
リュウガが次に取ろうとしている行動を予測したアリシアが、流石に抗議の声を上げた。
だが、今のアリシアは先程リュウガに飲まされた薬も自力で飲めないでいた。硬い丸薬が舌の上で転がり続けている。
リュウガはと言えば、アリシアの言葉に従い、口の中に薬を含んだままキョトンとした顔で、固まっていた。
暫しの沈黙。
そして先に根を上げたのはアリシアの方だった。リュウガのそんな素直な姿を見たら、それを跳ね除け様としている自分が馬鹿らしくなってきた。
「……わかったわよ……」
でもこのまま、相手に普通に従ってしまうのは悔しかった。
そこで最後の抵抗として、自分の方から唇を付けてやった。
「むぐっ」
リュウガもアリシアの方からキスされて少し戸惑ったようだが、直ぐに冷静さを取り戻すと、相手の口の中にゆっくりと回復薬を流し込んだ。
こくんこくんと、アリシアの喉を液体が流れていく。口の中に残ったままだった解毒薬も、ようやく胃の中に消えた。
薬を飲ませ終わると、アリシアの身体を床に寝かせた。このまま膝枕でもしようかと思ったが、多分彼女は嫌がると思うので、止めておいた。
床の上に置いてあった彼女の魔導器を拾うと、刀身に残る血を振り払い、アリシアの腰にある鞘に戻した。
「……」
アリシアは、リュウガに口移しで飲まされた二つの薬のおかげでだいぶ意識や感覚が戻ってきていた。
そして戻ってきた感覚が、今、自分が眼から涙を流している事を伝えていた。
「!?」
それを感じた時アリシアは、自分の傍らに腰掛けたままのリュウガから、顔を背けた。
……なんで……なんで涙が……
アリシアは今どう言う理由で自分が泣いているのか解からなかった。
殺してしまった同族の為か、それとも自分を助けてくれたリュウガに感謝しているのか。
自分には解からなかった。
「リュウガ……先に行きなさい。あなたは指揮官としてまだやるべきことがあるでしょ?」
隣りには自分の泣き顔を一番見られたく無い奴がいた。
「あなたを残してなんか行けないですよ」
多分言うであろうお決まりの台詞を、こいつは言った。
その、何時もの優しい響きの声を聞くと、アリシアは更に自分の中の感情をどうして良いか解からなくなって来た。
アリシアが顔を背けたのは、涙を零し始めた自分の顔を見られたくなかったからだ。
崩れ落ちようとする自分を、この同族の女にだけは見られたくなかった。
……あんたにだけは、弱い自分を見られたくない……
何時も何時もほえほえとした空気を振りまいているくせに、いざって時には、どんな事態になっても涙一つ流さない。
アリシアはリュウガの中にあるその強さに、何時も悔しさを覚えていた。
……なんであんたは泣かないのよ……
アリシアは零れ落ちようとする自分の涙を必死にこらえながら、そう心の中で文句を言った。
「あたしはこのまま寝てれば直に回復するわ……だから行きなさい」
「アリシア? どうしました、ずっと横を向いたままで?」
何時もの気丈さが幾分か薄れた帝国最強の魔法使いの仕草に、リュウガが心配そうに声を掛ける。
「……あたしの顔は今すごく汚れているから、他人に見られたく無いの……」
殆ど化粧などもしないアリシアが、随分とらしくない台詞を言う。
「あたしの事は、ほっといてよ……」
リュウガの優しさを突き放そうする言葉を繋ぐ。そうでもしなければ今の自分を保てそうもなかった。
だが、無理矢理自分を遠ざけようとするその台詞を聞いても、リュウガは優しげに微笑んだままだった。
リュウガはアリシアの身体を起こすと、彼女に抗議の隙も与えず、自分の背中に背負った。
「な、なにすんのよ!」
「こうすればあなたの顔を見ないであなたのことを運べますからね」
「ば、ばか! ほっといてって言ってるでしょ!!」
「今のアリシアを見たらほっとくなんて出来ないですよ。わたしはアリシアの親友ですから」
その言葉を聞いた瞬間、リュウガの背に涙がボトボトと落ちていた。
「……あ、あんたの背が濡れているのはね、あたしが汗をかいているからなのよ!」
拭っても拭っても涙が止まらなかった。
「ええ、この要塞艦の中、ずいぶんと暑いですからね」
「ばか!…………ばか……」
リュウガの優しさを振り払う様に、声を荒げる。
やはりどうしても「ありがとう」とは言えなかった。リュウガの優しさに甘える事は出来なかった。
「……あたしは……あんたの事、親友だなんて……思ってないわよ……」
零れ落ちる涙を拭いながら、精一杯の虚勢を張る。
「わたしとアリシアは、初めて出逢ったあの日から親友ですよ」
リュウガはそんな事を言われても少しも動じる事無く、只優しく自分の友達に話し掛けるだけだった。
「アリシア、わたしの背中に隠れていれば誰にも顔を見られませんよ、だから今の内にいっぱい泣いちゃってください……」
「……ばかっ……あんたなんて……あんたなんて、大っ嫌いよ……」
「わたしはアリシアのこと、大好きですよ」
「……だいきらい……あんたなんか、だいきらい……」
同族たちの悲しみが詰まった要塞艦の中、二人の親友は身体を合わせ、お互いを感じあっていた。