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第十六話 亡霊の花嫁


 黒衣に身を包んだ一団が戦場を駆け抜けていく。
 炎を宿した大剣が振り払われた。その度に、身の丈十五メートルはあろうかと言う鋼鉄の巨人が、轟音を上げながら大地に倒れ伏していく。
 鋼鉄製の野太い矢が打ち込まれる。矢を受けた幾台もの戦車が、手品のように膨れ上がり爆発していく。
 その生身の相手に簡単に倒されていく龍機兵や重戦車の後ろでは、手に火炎放射器やクロスボウを持った敵兵達が、此の世の者でない「化け物」を見るかのような眼でその光景を見つめていた。
 皆その尋常ならざる力を見せつける、黒衣に身を包んだ相手の前に誰一人として動けないでいた。漆黒に染め抜かれたスペンサージャケットに長いスカート、膝上まであるサイブーツ。
 間違いない、その全身を黒い装衣に身を包んだ一団は龍樹帝国が誇る皇帝直属親衛隊「黒龍師団」だ。
 龍樹帝国はこの降着状態を見せ始めた戦闘を一気に終了させるべく、帝国最強の戦闘集団を投入したのだ。
 本来この黒龍師団には「ファイアディスティニー」と言う専用の強力な龍機兵が一人一機ずつ配備されているのだが、今回は皆一様に生身のままで戦闘に参加している。
「ファイアディスティニーを持ち出すまでも無い」と言うよりも、生身で敵龍機兵や重戦車を切り伏せる事によって与える、敵に対する心理的効果を狙ったものだ。
 龍樹帝国には生身で龍機兵を倒す化け物のような戦士が居る……これだけの凄まじい恐怖を敵兵に与えられれば今後の枢機国との戦闘も有利に運べる……それが皇帝の意思だった。





 もう何体もの龍機兵を切り倒してきたリュウガが、唐突にその足を止めた。
「?」
 直ぐ隣を走っていたガルアも、ホビットの剣士に習うようにその走りを止めた。
「どうしたリュウガ?」
 全長二メートルは有に超える長弓の尻を地面に突きながら、突然停止した長身のホビットの女性に話し掛けた。
「剣の炎が切れてしまいました……」
 リュウガが一寸困り顔の笑顔を見せながら答えた。見ればそのリュウガの長身と同じ位ある強い反りの付いたグレートソードに、先程まで纏わり付いていた炎が消えている。
「ガルア、今、火炎魔法をチャージしますので、ちょっと待ってて下さいね」
「ははは、そう言うことか。俺も矢が無くなったところだ。この先には地上戦艦もいるしな、丸腰ではやはりまずいか」
 黒龍師団団長のガルアはそう言いながら、こののんびりとした口調の剣士の隣りで一息ついた。それでも身体を休めつつも自分達を取り囲む敵兵達に視線を払うのは忘れない。
 敵兵達は皆、射竦められたように動きを止めていた。戦車等に搭載されている電磁軌道式の機銃すら撃って来ようとしない。多分そんな事をしたら次の瞬間自分が一番に狙われる……敵兵達はそう思っているのだろう。
 皇帝フィフスの意図した事が現実となって表れ始めている。
 既に敵兵達は「死神」に取り付かれていた。





 妙に静かになった戦場の中心で、黒龍師団の正式装甲服に身を包んだリュウガが再び動きを見せ始める。
 黒龍師団のこの制服は腰周り意外は男子も女子も、ほぼ同じデザインで出来ていた。背の高いリュウガが、この黒い制式服に見を包んだ姿は中々格好良い。
 リュウガはスペンサージャケットの付け外し可能なカフスを取り外し、袖を肘の辺りまで捲り上げていた。
 剥き出しになっている長い腕には、特徴的なデザインの手甲を付けている。
 手甲は手首の少し後ろの方に回転式の円盤の様なパーツが付けられていた。
 そのパーツに手の甲の装甲や腕の側面の装甲もつながっているのだが、腕の動きを妨げないようにかなり複雑な稼動部によって手甲を構成する全てのパーツが連結されていた。
 手甲の腕の部分を良く見ると、なにやら呪導機の肩の様な複雑なパーツが着いている。どうやらこの手甲その物が何らかの魔導器として機能する様だ。
 そしてその腕を覆う様に四半円型をしたカートリッジ状のパーツが付けられ、そのパーツの端には排莢用らしいダクトパーツが取り付けられている。
 リュウガがその手甲を付けた左腕を静かに上に持ち上げる。
 そしておもむろに剣を持つ右手の手甲に、左手の手甲の手首辺りの円形部分を叩きつけた。
 その叩き付けた行為が起動スイッチとなり、左腕の手甲に内蔵された円盤部が回転を始めた。
 リュウガは左腕を前に突き出すと回転を続ける円盤に、右手に持つ大剣の刃先を当てた。
 そしてそのまま、その回転する円盤に添って剣の刃先を走らせる。
 物凄い火花が飛び散る。そして炎の爆ぜる音と共に、リュウガの大剣に再び破壊の火炎が灯された。
 カートリッジに入っていた、火炎魔法を入れた呪封筒が役目を終えてダクトから排莢される。
 リュウガが何者をも切り伏せる為の準備をしていろ頃、隣りのガルアの空になった筈の矢筒も、徐々に真新しい矢によって埋まりそうであった。
 ガルアが懐から紙片を取り出し、小さく呪文を唱えている。呪符魔法用の護符に込められた水系の魔法が発動し、大気中の水分を取り込み始める。数瞬の後には、水が凝固した魔法の矢がガルアの手の平に乗っかっていた。
 護符の最後の一枚を変じさせた矢を矢筒に収めると、ガルアも準備が終わったことを告げるように、リュウガの方に軽く振り向いた。
 気がつくと、靴音だけを残してガルアの姿が消えた。リュウガもそれに続く。
 そして次の瞬間には、魔弾と炎の大剣が再び戦場に舞い踊り始めていた。
 紅き炎が乱舞する度に、確実に敵龍機兵が大地に倒れ伏して行く。
「……紅蓮の炎……紅蓮の死神……」
 誰かが、火炎の輪舞を舞い踊る美しき死神に向かって、そう呟いた。





 リュウガとガルアが盛大に破壊を撒き散らす後方では、アリシアが自慢の雷撃魔法で戦車も自走砲も龍機兵も一緒くたに鉄屑へと変えていた。周りの敵兵達は、その衝撃波だけで薙ぎ倒されていた。
 帝国最強の龍魔導士アリシアラウリを守るようにして、一人の同族の剣士が両手にバスタードソードを携えて立っていた。現、航空母艦信濃の副長殿だ。
「ねえ副長?」
 アリシアが副長に訪ねる様に口を開く。副長はこの黒龍師団の中でも副団長を務めていた。この「副長」と言う彼の呼び名はどこでも変わらない様だ。
「ん?」
 副長が返事を返しながら、右手に持った方のバスタードソードを薙ぎ払った。
 その振り払われた剣先より発生した音速の刃により、帝国の魔法使いを何とか押さえ込もうとしていた敵兵達が一気に吹き飛ばされる。
「自分の仕事がさ、こんな魔法使いの護衛ばっかで嫌になった事はない?」
 そう言いながらアリシアが、何かをぽいっと無造作に投げ捨てるような仕草を見せた。
 そのあまりにも無造作に投げられたライトニングボールの呪文が、アリシア達に接近しようとしていた敵龍機兵を瞬く間に黒焦げにした。鉄の巨人が地面に倒れる。中に乗っていた操士は、既に消し炭になっている事だろう。
「どうしたの急に? アリシア?」
 副長がその哀れな敵機を視線に捕らえながら呟く。
「その、副長はさ、あの前を突っ走ってるリュウガやガルア見たいに、自分も主役になってみたいとかは思ったこと無いの?」
 副長がその台詞を聞いて少し微笑む表情を見せた。
「アリシアはこうやって俺が守ってやってる事によって、全力で魔法を使う事が出来るだろう?」
「……うん?」
 虚を突かれたと言った風に、アリシアが素直に返事を返した。
「だったらそれで良いじゃないか」
 その副長の台詞を聞いて、アリシアが少しキョトンとした顔を見せた。気難しい性格の彼女がこのような表情を見せるのは大変珍しい。
「確かにあの二人、指揮官としても有能なんだろう。それに自分一人でも何でもこなせると思う……でもさ、誰かが後に回って雑事を片付けてあげれば、もっともっと自分の実力を発揮出来ると思うんだ」
 副長がまた微笑む。
「俺はそう言う姿を見ていたい。そして俺はそういう事をするのが好きらしいんだ。多分こう言う副長っていう呼ばれ方が結構気に入ってるんだろう、俺は」
 アリシアがクスリと笑う。
「随分と権威欲のない男ねあんたって……まあ、あたしらディフュ−ムって奴は人間どもに比べたら、そういう処がずいぶん欠けてるみたいだけど」
 アリシアが再び攻撃呪文を唱えながら呟く。
「知ってる副長? 建造中のリュウガの新造空母、図体がでかいだけあって今度は黒龍師団員が二人配属されるらしいわよ」
「そうなんだ?」
「ふふん、まあ順当に行けばあんたが副艦長として配置されるんでしょけど……もうすぐガルアの大和に続いてあたしの戦艦もやっと完成するわ。本当はあんた程の男ならあたしの艦に欲しいぐらいだけど、あたしの艦は狭いから、あんたはリュウガにくれてやるわ」
 プライドの高いアリシアらしい誉め言葉だ。
「あはははは、ありがとうアリシア」
 副長が微笑みながら続ける。
「しかしアリシアは相変わらずひとを誉めるのが下手くそだなあ」
「ほっといてよ」
 そう言いながらアリシアが再び攻撃呪文を打ち放つ。照れ隠しで薙ぎ倒される敵兵達はたまったものではないだろう。
「……!?」
 二人の目線の向うで、一隻の敵地上戦艦が物凄い轟音を立てながら崩れ落ちた。
 その直ぐ側には数十メートルはあろうかと言う轟炎の刃を舞い躍らせる背の高い同族の剣士の姿があった。
「……あ〜あ、あの子ったら遂に地上戦艦まで叩き切っちゃったわよ。本当にあんな子の下に就くつもり?」
「あはははは」










「いや〜しかしあの時リュウガが本当に地上戦艦を叩き切っちゃった時には、俺もびっくりしたなあ〜」
 ティアはその話に眼を丸くするばかりである。
「……わたしってば、もしかしてとんでもないひとの妹をやってんのかしら……?」
 あまり物事には動じないリュウナも、流石に少しビックリしているようだ。
 3人の肩に一人ずつ腰掛けた妖精達も、皆腰を抜かしたように驚きの顔を浮かべるだけである。
 旅人達によって付けられた草原の小道を、てくてくとみんなで歩く道すがら、副長が昔の自分の話をしていた。帝国最強の精鋭部隊、黒龍師団の一員として戦場を駆け抜けていた時代の話を。
「……と言うか、副長さんも本当にすっごく強い戦士なんですねぇ〜」
 リュウナが感心した様に呟いた。
「……いやぁ〜それ程でも……って言いたいとこだけど、リュウナちゃんのお姉さんに比べたら、俺なんかねえ〜」
 とほほ〜と言った表情を見せる副長。その顔を見てくすくす嬉しそうに笑い出すリュウナ。
「あはは♪……いやぁ妹のわたしが言うのも何ですけど、うちのおねえちゃんてば、ホント化け物みたいなひとですからねぇ……でもわたし、副長さんって充分強いひとだと思いますけどぉ?」
 そう、副長にしても実はディフュームの中でも一、二を争うほどの凄腕の剣士ではあるが、その「一番」という者があまりにも強すぎて、二番三番が全然目立たないのだろう。しかし、妹にまで化け物呼ばわりされてしまうとは、なんだか可哀想でもあるが。多分今頃信濃の艦長席で「くしゅんっ」と可愛いくしゃみをしているに違いない。
「……あの、副長さん?」
 隣を歩くティアが口を挟んできた。副長が「はい?」という顔をしながら振り向く。
「黒龍師団の入団資格って……やっぱり、その、龍機兵を生身で切り伏せられるとか、そう言う凄い物なんですか?」
 少しどきどきの混ざった顔で真面目に訊くティア。
「え? ……う〜ん、直接は皇帝陛下直々の命令で決まるんだけど……そうか、確かにみんな生身で龍機兵を倒せる奴等ばっかりだなあ……もしかしたらそうかも知れないね」
 何だかとんでもない事を、さらっと言ってしまう副長。
「フフフ、地上戦艦を真っ二つにしちゃう女の子もいるしね……ん? あそうか……ねぇリュウナちゃん?」
 副長が話の流れから何かを思い出したように、リュウナに問い掛けた。
「はい?」
「……前から気になってたんだけれども、リュウガが付けてるあの手甲とあの大剣、本人はすっごい大魔法使い様が作ってくれたんですよって言ってたけど……それってもしかして……?」
 その副長の台詞を聞いて少し照れくさそうにしながらリュウナが質問に答えた。
「はい、あの手甲はわたしが作ったんですよ」
 嬉しそうにそのふっくらとした頬を少し赤くしている。
「……わたしが、龍魔導士としての称号を貰って魔導器が作れるようになって初めて作った魔導器……それが、あのおねえちゃんの手甲なんです」
「そうなんだ。凄く良く出来た魔導器だなあと思っていたらやっぱりそうだったんだね。あれ、じゃあ、あの大剣は? あの剣も相当強力そうな魔導器っぽいけど?」
「あの剣は、もともとうちの親方さんが使っていたものなんです。うちの姉が親方さんの剣を全て習得した時にもらったんです。そしてあの剣は当時の魔導教会の長が親方さんのために作ってあげたものなんです。剣自体もすっごく強力な魔導器になっているのはそのためなんですよ」
「え? じゃあ、その剣を作ったひとって……」
 リュウナが顔をほころばせる。
「はい、おねえちゃんの剣は、うちのお母さんが親方さんにあげた剣なんですよ」










「へぇ〜、綺麗な花嫁さんねぇ〜」
 リュウナが少しうっとりとした口調で呟いた。
 その大きな瞳の向うには美しい白いドレスに身を包んだ花嫁の姿があった。
 四半時ほど前にこの山間の小さな村に着いた時は、随分と村の中が閑散としており、三人と妖精達は不思議がっていた。とりあえず宿屋を探そうと村の中を歩いていると、その村のほぼ中心にある小さな教会の中が何だか騒がしい事に気が付いた。
 そう、今この村では若い男女の結婚式の真っ最中だったのだ。殆どの村人がこの小さな教会に集まり、新たなる家庭を築く事になる二人を祝福している。
 リュウナは大きな瞳をうっとりと潤ませてしばし綺麗な花嫁の姿に見入っていたのだが、ふと何かに気が付いた様に呟いた。
「……あれ?」
 良く見ればその式に参加する全員の表情が幾分かすぐれない。人生で一番のおめでたい席だと言うのに、皆が皆一様に何かに怯えるような顔を見せている。
「……なんでみなさん、少し暗い顔をしてるのかな?」
 不思議そうにリュウナが呟くが、その何だか良く解らない迷いを断ち切る様に、視線の先で神父が二人に婚姻の誓いを促がしていた。
「誓いの口付けを」
 凛とした口調の神父のいざないに答えて、そっと新婦のヴェールをあおり上げる新郎。
 新婦は黙って、そのどきどきの混じった自分の夫と成るべき者の顔を見つめていたが、ヴェールが完全に頭の上に乗った処で、ゆっくりと少し涙の混じった瞳を閉じた。
「……?」
 教会の外扉の脇からその一部始終を見ていたリュウナは何かに気づいたように、その大きな耳を少し欹てた。人一倍耳の良いリュウナは、何か風が蟠るような小さい音を聞いたような気がした。そしてそれは転移の呪文の前兆の、風のざわめくような音のような気がしていた。
「何だろう……嫌な感じがする……」
 小刻みに風が振動するその音は、何だか不吉な予感の前兆のような気がして心配になってきてしまった。
「……?」
 リュウナの大きな瞳の向うで、新郎新婦が誓いの口付けをしている。新郎に唇を重ねられて頬を朱に染める花嫁の背後に、何か黒い靄のような物が現れたような気がした
「……??」
 目の錯覚だろうかと、ぐしぐしと瞼を擦ってみても、確かに何かが其処に居るような気がする。
 大量の風が一気にかき乱されるような音と共にその黒い靄が収縮を始めると、それは花嫁の身体に纏わり付いた。
 そして次の瞬間、あろう事か白い花嫁衣裳に見を包んだ身体から「何か」が染み出すように吐き出されてきた。
「え!?」
 驚くリュウナの目線の向うで、花嫁が力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
 リュウナが急いで視線を巡らす。
 だが、その花嫁の身体から出てきた「何か」はすぐさま空気と混ざり合い、姿を消してしまった。
「!? エレーヌ!!!」
 新郎が自分の妻となるべき者の名を叫びながら、その細い身体を抱きとめた。
 その光景を目の当たりにして教会内がゆっくりと沈黙していく。まるでこうなる事が初めから解っていたかのように。
 誰かが呟いた。
「……やっぱり来た……ファントム……ブライドファントムのレナスが……」
 沈黙に支配された教会内に、その呟きが静かに響き渡る。
「ブライドファントム? ……亡霊の花嫁……?」
 リュウナがオウム返しの様に呟いた。





「そうなんですか……誓いの口付けをした直後にみなさん倒れてしまうんですか……」
 この小さな村に一つだけあるレストランを兼ねた小さな宿屋。
 その一階にある食堂でリュウナ達は夕食をとっていた。今まで旅が続いて保存食や歩く途中で捕った木の実等で食事を済ませていたみんなは、一様に顔をほころばせ、久しぶりに食べる温かい食事に舌鼓をうっていた。
 レストランの小さい店内には四セット程のテーブルと、厨房の前に隣接したカウンター席があった。リュウナ達はカウンターに腰を落ち着かせて、主人の話に耳を傾けながら食事をとっている。妖精達もカウンターの上に乗り、主人が特別に作ってくれた色々な料理を少しずつ入れた盛り合わせ風の小皿を三人で仲良く食べている。
 リュウナは魚のムニエル風の料理を口に運びながら、主人に昼間教会で起こった事の真相を尋ねていた。
「ああ、随分前からになるな……誓いの口付けをした直後に決まって花嫁が意識を失って倒れる……結局うちの娘もその一人になってしまったよ」
 聞けば、今日結婚式をあげたのはこの宿屋の娘だったのだと言う。
「……その、亡霊の花嫁、ブライドファントムっていうか……レナスさんと言う人は……?」
 リュウナの左隣で食事を食べていた副長が、少し身を乗り出しながら主人に訊いた。
「……古い、話だが……」
 少し考え深げな顔をしてから、主人が改まったような口調で喋りだす。
「……昔この村には代々古代から伝えられてきた古い呪導機を守ってきた魔法使いの一族が住んでいたんだ。そしてその一族の女性がこの村の若者と婚姻の約束をしていた、それがレナスだ。今からちょうど百年位前、この辺りで人間達との大きな戦争があった頃の話だ……」
「……」
「百年前に起こった戦乱の最中、この村の近くにも枢機国軍が侵攻して来た。その時その魔法使いの婚約者は枢機軍の侵攻を食い止める義勇軍の一員として戦い、そしてその時、その婚約者は命を落としたといわれている……故郷の村を守る為、愛する者の住む土地を守る為……」
 主人が洗い終わった皿を水きりに置きながら続ける。
「残されたそのレナスはその知らせを聞いて慟哭した。愛するものを失ったんだ。その悲しみは随分長くに渡って続いたと言われてる……そして遂に人間達がこの村に直接侵攻して来た。此処を手に入れ駐屯地の一つにしようとしていたらしいんだ」
 三人と妖精達も食事を止め、静かに耳を傾けていた。
「村人が城門に集まりなけなしの抵抗をしようとしていたその時、村の中心の方から巨大な閃光が天に向けて放たれた……村人達が驚いてその方に眼を向けると、一機の呪導機が光の柱を纏って天に向かって駆け上がっていくのが見えた……そして村人達はみんなその時感じたんだ、その呪導機の操舞倉に座る魔法使いの女性の姿を、悲しみにくれる涙を、そして愛する者が命を掛けて守ったこの土地を自分も命を掛けて守ろうとする強い決意を」
 主人が二枚目の皿を、先程洗った皿の上に重ねる。
「光を纏った鬼神となった呪導機は今まさにこの村に侵攻しようとして来た枢機軍の大軍の前に降り立った……そして物凄い閃光や爆発が立て続けに起こった……呪導機と枢機軍との戦いは一週間にも渡って続き、戦いが終わった後には、全ての兵器が破壊された枢機国侵攻軍のなれの果てと、ぼろぼろになって擱坐する魔法使いの乗った呪導機がいた」
 昔話を続けながら、主人が食器を洗い清めていく。それは何かの儀式めいた趣さえあった。
「レナスの乗った呪導機は、人間達が用意していた呪導機と相打ちのような形になって擱坐していた……当時の村人達は急いで擱坐した呪導機のハッチを抉じ開け中に乗るその女性を助け出そうとしたが、中には一握りの灰しか残されていなかった……自分の身体が灰となってしまうまで己の力を出し尽くし敵と戦っていた事を村人達は知った……」
 最後の皿が水切りに載った処で、話も終わりをみせた。
「これがこの村に伝わる昔話の物語、他の村の者に聞いても同じ事を聞かせてくれると思うよ」
 リュウナが堪りかねたように口を開いた。
「じゃあ、この村で結婚をあげるひと達はそれを承知の上で……?」
「ああ、何しろレナスと言う女性はこの村を守ってくれたひとだからね、レナスの遂げられなかった想いが婚姻の儀式の時に乗り移って花嫁が意識を失ってしまうと言うのは、村の女はみんな承知の上なんだ……でも」
 主人が初めて言いよどんだ。
「でも?」
 リュウナがオウム返しの様に聞き返す。
「……最近になって倒れた花嫁の身体から大量の血が無くなっている様になった……こんな事は昔は無かったんだが……」
「……血……」





 リュウナが、宿屋の一室をノックする。
「?……はい、どうぞ?」
 中から少し不思議そうに返事をする男性の声が聞こえてきた。
「……ちょっと、良いですか?」
 少しかしこまりながらリュウナが部屋の中に身体を入れた。
 中には先程結婚式を挙げていた男性がいた。男性は部屋の隅に置かれたベッドの直ぐ傍に置いた椅子に腰掛けており、そのベッドの上には先程自分の妻となったばかりの女性が静かに眠っていた。
「あ、旅の方」
 男性が、今日、自分の義父となったばかりの宿屋の主人の客に向かって軽く会釈をする。リュウナもぺこりと軽く頭を下げながら、二人の元へと近付いていった。
「……そのぉ……奥さまの具合はどうですか?」
 リュウナがベッドで眠る、この男性の新妻の寝顔を心配そうに見つめながら呟く。
「……ええ、大丈夫のようです……」
 リュウナの「奥さま」と言う単語に少し照れたような響きを加えながら男性が答える。
 多分婚姻の儀式を挙げてから、このエレーヌと言う女性の事を「奥さま」と読んだのはリュウナが初めてだったのだろう。
「しばらくすればまた元気になると思います、今までこの村で結婚式をあげた花嫁と同じように……」
 新たに夫となった男性が、妻の頭を優しく撫でながら、そう答える。
「この村に住むひと達は、そのぉ……怖くはないのですか?」
「ブライドファントムのことですか?」
「……はい」
「怖くない……と言ってしまえばそれは嘘になりますね……正直怖いです……でもブライドファントムとなってしまった彼女は好きな人との想いを遂げられなかったのですから……誓いの口付けの途中で気を失ってしまうのは多分彼女のその強い想いに自分達の意思が負けてしまうからだと、この村の花嫁達はみんないいます」
 夫の手が新妻の頬に掛かる。その妻の頬は見るからに血色の引いた青白い色をしていた。
「……でも」
 口調が重くなる。
「……ちょっと良いですか? わたしも奥さまの頬に触っても?」
「あ? はい、どうぞ?」
 夫は素直に了承する。同姓と言う事もあり、今日婚姻を交わしたばかりの妻の身体に触れると言う事も特に躊躇いを感じなかった。またリュウナの表情も特に真剣な眼差しを見せており、疚しさを一切感じる事もなかった。
 リュウナが眠り続けるエレーヌの頬に手を当てる。
「……やっぱり冷たい……」
 生命活動を失う程の冷たさではなかったが、ディフュームの常温である36℃では決してなかった。貧血に近い症状。明らかに血液が不足しているのは確かだ。
「エレーヌも他の花嫁達と同じで大量の血を抜かれていました……もうちょっとで死に至るほどの……」
 リュウナが花嫁の頬を優しく撫でながら、呟く。
「エレーヌさんが目を覚ましたら、宿屋のご主人に……いえ、お父様に血をいっぱい作る食べ物をたくさんつくってもらわないといけないですね……」
「……はい」
 リュウナの「お父様」と言う台詞に恥ずかしそうに微笑みながら、夫が答えた。





 リュウナはさっき副長とティアに聞いたことを思い返していた
「……じゃあ副長さんもティア君も花嫁さんが倒れた時はなんにも見なかったんだ?」
「うん、何も見なかったというよりも、何の気配も感じる事が出来なかった」
「俺もだ、ごめん、何も感じれなかった」
 二人が申し訳なさそうに言う。
 自分の目の前で申し訳なさそうにしている副長は、帝国最強の戦闘集団、黒龍師団に籍を置き、なおかつその師団の副団長をも務めるほどの凄腕の戦士だ。その幾多の戦場で培われてきた鋭利な感を以ってしても感じる事が出来ないでいた。
 副長の隣で同じように申し訳無い顔をしているティアも、この副長や自分の姉を除けば、ほぼ最強クラスの剣士としての力を秘めているのをリュウナも知っている。
 その二人の戦士をも気づかせない、強い力……
「……そのレナスと言う魔法使い、リュウナちゃんと同じ位の凄い魔導士だったって言う事かな…… 」
「……」
 副長のその呟きを聞いてリュウナも考える表情になる。
 確かに直接的な攻撃では幾ら強力な魔法使いでも、ある一定以上の力を持つ高位の戦士には敵わない。魔法使いが攻撃態勢を整える前に懐に飛び込まれて、簡単に切り伏せられるのがオチだ。
 だが、間接的な攻撃、例えば戦闘に入る前に予め呪文を詠唱しておく等の準備をしておけば、充分勝算はある。リュウナにしても、予め自分の気配を消す呪文を唱えておけば、ここにいる副長やティアと言う最強クラスの剣士を相手にしても、互角以上の戦いが出来る筈だ。
「……かなり高位の魔導士は、自らの肉体が滅んだ時に自分の残留思念を残す事が出来るって言われている……」
 リュウナが重々しく口を開く。
 その表情は、何時ものぽよ〜んとしたおっとり少女の顔ではなく、超高位魔導士「火龍遣い」としての顔になっている。
「レナスさんの現世に残した想いは本当に強いものだったと思う……だって自分が愛した者の代わりに、この生まれ育った故郷を守った程だもの……自分の命を懸けてでも……」
 リュウナが少し俯きながら続ける。
「その強い想いが具現化してもおかしくないと思う……自分も大好きなひとと結婚式を挙げたいと言う想い……でも」
「でも?」
 ティアが訊く。
「……血……」
 リュウナが小さい口を開く。
「ただ、花嫁さんたちに憑依して気を失わせちゃうだけなら解かるの……でも……最近は花嫁たちが自分の血まで抜かれている……なんだか嫌な予感がするの……」
「……人間達が、俺達の血を欲していると事と……関係あると?」
 副長が少し躊躇いがちに喋る。
「……副長さん、知ってるんですか?」
「……うん、俺も軍属だからね、聞きたくない情報でも、嫌でも耳に入ってくる……」
 副長は龍樹帝国でも最強クラスの戦闘集団「黒龍師団」に身を置く者だ。考えてみれば知らない方がおかしい。
「……血?……俺達の血?」
 一人蚊帳の外になってしまったティアがリュウナに質問する。
「……人間達の血液が酸性を帯びているのは知ってるよね? ……その事により寿命その物もすごく短くなってしまっていると言う事も……」
「……ああ、知ってる」
「人間達は狙っているの……自分達を延命させるもっとも確実な手段として……わたし達ディフュームの血を」
「……」
 ティアが驚きの顔になる。
 副長に目線を移してみる。
 ティアの戸惑いの視線を感じた副長は、その答えとして静かに頷いた。
「……レナスさんは……う、ううん、レナスさんの残留思念はもしかしたら……人間達に利用されているのかも知れない……」





 翌日。
 普通で言えば朝食後といったまだ午前の早い時間、教会内の更衣室で一人の花嫁がウェディングドレスの着付けをしてもらっていた。
 昨日この教会であれだけの騒ぎが有ったと言うのに、それでもその翌日に式を挙げようとするとは、よっぽどの事情がこの花嫁にはあるのだろうか?
 花嫁の腰まで届く長い髪を、着付けを手伝っている小柄な女の子が丹念に櫛で梳かしている。
 花嫁の髪はくせっ毛と言う程でも無いのだが、何時もの髪型が編み込み系の髪型らしく、その編んだ形のくせが少し髪の毛に付いてしまっているらしい。
 丹念に櫛を入れた努力の甲斐もあって、長い髪が文字通り綺麗なストレートを取り戻し始めた。
「……ねぇ、そういえばさあ、なんでいつも三つ編みなのぉ?」
 手伝いの女の子が不思議そうに質問する。
「うん……故郷の街の風習なんだ……」
 櫛を入れてもらっている花嫁が申し訳無さそうに答えた。
「へぇ〜そうだったんダァ、初めて聞いたよ」
 嬉しそうに櫛で梳かす作業に没頭する女の子の後ろのドアが、突然「コンコン」と鳴った。
 ノックの音の後にドアが開くと、タキシードに身を包んだホビットの男性が姿を表した。
「リュウナちゃん、こっちは準備完了だよ?」
 三人の妖精を引き連れながら、盛装に身を包んだ副長が入って来た。
「……わっ、副長さんカッコ良い〜」
 先程から花嫁の髪の仕上げをしている最中だったリュウナは少しその手を止めて、副長が見せるタキシード姿にしばし見とれていた。
 副長はホビット族の者と言う事もあり身長はそれ程高くは無いのだが、剣士としての均整の取れた身体が土台になっている分、中々の精悍さを見せていた。男は身長だけではないと言う事の良い例だと、リュウナは素直に思った。
「そ、そうかな?」
 副長もそんな素直に誉められるとは思わなかったので、顔を赤くしながら照れ隠しに頭を掻いている。手を動かすたびに自分の耳が揺れていた。
「……で、リュウナぁ、花嫁さんの方は?」
 副長の隣をぱたぱたと飛んでいたシルフィがリュウナに訊いた。
「えへへへ、もう直ぐできあがりヨ」
 リュウナが本当に嬉しそうな顔をしながら。花嫁の両肩に手を掛けるとみんなの方に振り向かせた。
 回転式の椅子が花嫁を乗せたままくるくると回る。
「やぁ〜ん、ティアってばかわいいぃ〜」
 シルフィを始めとする妖精達が、黄色い歓声を上げ始める。
 妖精達と副長の目線の先には、顔を真っ赤にしながらウェディングドレスに身を包むティアの姿があった。
「は〜、すっかり可愛い女の子になっちゃって」
 副長も心底感心した様に感想を述べる。
「……副長さん……それって誉め言葉なんですか?」
 再びリュウナに髪を梳かしてもらいながら、困った顔をしながらティアが呟く。
「ふふふ、前からティア君ってすこし女顔だなぁとは思ってたんだけど、こんなにも似合うとは思わなかったヨォ〜」
 丁寧に櫛を入れてすっかり綺麗になった長い髪を整えながら、今度は顔の化粧に移った。リュウナ自身もそれ程化粧をする方では無いのだが、女を綺麗に見せる化粧ぐらいは心得ていた。
 ティアは顔の作りはそれ程悪くはないので、薄化粧程度にまとめる事にした。薄くファンデーションを塗って土台を作った後、まずは目元を整える処から始めた。
 彼の眼は結構整った良い作りの瞳をしていたので、それ程化粧の量はいらなかった。軽くアイシャドウで目元のラインを整える。
「……」
 先程から顔を赤くした困り顔を見せたままのティア。
「……?」
 ティアは、リュウナが嬉々としてドレスを自分に身に付け始めた所から既に腹をくくり、しおらしくしていたのだが、今改めて目の前の少女の顔を見ると、頬の辺りを自分と同じように少し赤くしている事に気が付いた。
「……どうしたのリュウナ? 顔が赤いよ?」
「わっ、ダメよ、喋っちゃ、これから口紅塗るんだから」
 ティアの純粋に心配の気持ちから出た台詞を掻き消すように、リュウナがその唇に人差し指を当てた。そしてティアの唇の作りの感触を確かめるように、満遍なく指の腹で撫でる。
 ティアは自分の唇をその小さい指で撫でまわされて、くすぐったいやら恥ずかしいやらで、なにやら複雑な表情になっていた。
 再びおとなしくなったティアの唇に、リュウナが細い筆を走らせ始めた。彼にはあまり濃い色は似合わないなぁと想い、少し白の入った赤めのピンクといった色の紅を用意していた。
 唇表面の紅の載り易さを確かめたティアの唇を丁寧に染めながら、リュウナが口を開いた。
「エヘへ……わたし、その……綺麗な女性に弱いんだ……今のティア君すっごく綺麗だから……」
 リュウナが相手の唇に濃いピンクを塗り込めながら、先程自分の頬を赤くしていた事を説明した。
 ……綺麗なひとか……自分の姉の事をあんなにも好きなのは、やっぱりそれだけリュウガさんが綺麗な女性って事なんだろうな……
 そんな事を考えながら、ティアは一所懸命自分の事を綺麗な花嫁に仕立てようと奮闘するホビットの少女の事を、見つめていた。
「よし、こんなものね、ティア君っ、ちょっと口をんぱんぱさせて」
 ティアは言われた通り唇を上下に開閉させて、口紅を唇の内側まで馴染ませた。
 口がやっと自由になって、ティアが再び喋り始めた。
「……俺、女じゃないぞ」今更にしてリュウナが照れていた理由にちゃんと突っ込みを入れておく。
「ふふふぅ〜いいのよぉ〜今のティア君可愛いからぁ〜」
 そう言いながら自分の頬を赤くしたまま、最後の仕上げとしてティアの頭にヴェールを付けた。
「あははっ、何だか見てると二人って恋人同士って言うよりは、仲のいい友達同士って感じダネ」
「フフフフ、まったくだ」
 いそいそと着付けの作業を続ける二人の後ろでは、副長と3人の妖精が楽しげに見つめていた。





 昨日の夜、花嫁に取りつく亡霊の話は続いていた。
 リュウナは、深く考え込む表情をしていた。
「……リュウナちゃん? 今リュウナちゃんが考えてる事、当ててみようか?」
「え?」
 副長の優しげな声に、耳をぴっと欹てながら、リュウナが振り向いた。
「誰かからウェディングドレスを借りてそれを着て、レナスを呼び出そう……そう思ってるでしょ?」
「わっ……正解です」
 普段はおっとりとした性格のリュウナだが、自分が思っている事を正確に言い当てられて、流石にビックリしたような顔をしている。
「……うん、そうです……たぶん、わたしぐらいの強い魔力があれば、レナスさんの残留思念とも話す事が出来ると思うから……」
 リュウナがまた考えるように俯きながら呟く。
「もし、レナスさんが苦しんでいるのだとしたら……わたし助けてあげたいんです」
「良し、じゃあ明日この村を回って事情を説明して、誰かからドレスを借りてこよう」
 副長がすぐさま提案する。
「良いんですか?」
 リュウナが顔を上げる。
「うん、何だか乗りかかった船のような気もするしね……」
 副長が続ける。
「でも、ドレスを借りてきても、着るのはリュウナちゃんじゃないよ」
「……え?」
 てっきり花嫁役は自分に回ってくるものだとばかり思っていたリュウナが、拍子抜けしたようにキョトンとする。
「俺も一応考えたんだよ、で、そのレナスっていう魔法使いと接触できるのはリュウナちゃんだけだから、そのままリュウナちゃんに花嫁役になってもらうのは、ちょっとまずいんじゃないかって」
 ブライドファントムが現れた時は、花嫁は一様に気を失い倒れてしまう。そして最近は昏倒に加え大量の血を抜かれる血液欠乏も加わる。確かにレナスが現れた事にリュウナが気づかず、そのまま他の花嫁達と同じように倒れてしまったら、この作戦はその時点で終了する。
 普通に考えてもリュウナと言う存在を囮とも言える花嫁役に据える訳にはいかなかった。
「副長ぉ?? リュウナじゃなかったら誰がするの? ……私たちじゃ、ちょっと小さすぎるし……?」
 副長の右肩に座り込んでいたシルフィが「どうしよう?」と言った顔で、副長の顔を見上げる。他二人の妖精も「私達じゃ無理です」と言った表情をしている。
「うん、花嫁役が一番危険に合うって事で、最初は俺が着ようかと思ったんだよウェディングドレス」
 副長がさも当然と言った口調で、何だかとんでもない事を口にする。
「……」
 皆の視線が副長に集中する。確かにホビット特有の小柄な体つきに加え、これだけ良い男系の顔立ちの副長なら、女物の衣装を着ても似合いそうな気がして来る。
 だが、当の本人はそんな事は一行に気にせず「花嫁役が一番危険」と言う可能性を最優先に考えた結果のようだった。流石、帝国の誇る超空母の副司令官と言った処だろうか。
 そしてその事実を具現化するような台詞を繋いだ。
「俺だとさ、ほら髪の毛短いからさ……花嫁役が女じゃないって直ぐにばれちゃうのも困るし」
 自分の短く切り揃えた後ろ髪を少し引っ張りながら、副長が自分が花嫁役を辞退した理由を言う。
「……と言うことは」
 誰とも無く出た台詞に反応するように、ある一人の人物の方に全員が顔を向けた。
 副長と並ぶぐらいの実力を秘めた戦士、副長と同じくらい小柄な者、そして直ぐに男とばれないぐらい長く髪を伸ばした者……
 その全ての条件を満たした唯一の者が、観念したように口を開いた。
「……やっぱり俺ですか」
 ため息混じりにティアが呟く。
「いや、ほら、言い出しっぺの責任をとって花婿役は俺がするからさ」
「……それ、全然責任とってないですよ」





 もう直ぐ空の一番高い所に上ろうかと言うお日様の温かい陽光が差し込む教会の中を、婚姻の契りを交わそうとする二人が歩いていた。

 いや、正確には婚姻の契りを交わす真似事をする者達と言った方が良いだろう。何しろ両方とも同姓なので例えこのまま夫婦になったとしても、子供が出来ようがない。
 だがそれを差し引いても、今バージンロードを歩く二人は、不思議な美しさを醸し出していた。
 黒いタキシードに身を包んで花婿役を務める副長は、流石軍属の者と言った感じで背筋のピンと張った堂々とした足取りで、隣の花嫁をエスコートしている。
 そして隣を歩く花嫁役のティアも、先程リュウナに教えてもらっていた女の子らしい歩き方を何とか実践しようと努力していた。
 一生履くことも無いだろうと思っていた踵の高い靴を履き、躓いてしまいそうになる身体を副長に支えてもらいながら、必死に白いドレスに身を包んだ身体を前進させていた。足をとられそうになる度に副長の左手を握る手に力が篭もってしまうのが、一寸恥ずかしかった。
 副長が前を見つづける目線を逸らさずに、小声で囁いた。
「……ティア君、もっと俺に身体を預けていいよ、ハイヒールだと歩きにくいでしょ?」
 そう言いながらティアの白い手袋に包まれた右手を握る腕に、力を入れなおした。
「……はい」
 心配されて、つい本物の女の子の様な台詞を言ってしまう自分自身に、ティアは更に恥ずかしくなってしまった。





 二人が歩く教会の中は静けさに包まれていた。
 それもその筈だった。
 今この教会には列席者が殆ど居なかった。
 今日の朝、村を回ってドレスを借りに回っていた時に、一緒にこの事も村人達に話していた。
 最近のブライドファントムの血を求める行為には村人の殆ども不信をいだいていたので、三人の申し出には皆快く協力すると言ってくれていた。本当は自分達で何とかしたいと思っていたらしかったが、偶然にもリュウナと言う超高位の魔法使いが訪れてくれた事を渡りに船と、村人達も三人に一任する事にしたのだった。
 村人の殆どはこの日の列席を希望したのだが「どれだけ被害が出るか解かりません」と言う副長の説明で皆遠慮する事になった。
 リュウナも含めたこの旅人達が三人とも只者では無いということに薄々気付いていた村人達は、自分達がいては三人の足手まといになると、正直に判断したのだった。
 神父すらいない静かな教会の中、数少ない列席者の一人であるリュウナがちょこんと座っていた。彼女の隣りには三人の妖精達が、行儀良く椅子の上に座っている。
 結局ティアが着ているウェディングドレスは昨日式を挙げた、宿屋の新婚夫婦の夫が貸してくれていた。副長の着ているタキシードもその新郎が着ていたものだった。
「これはエレーヌの物ですが、妻もちゃんと起きていれば、快くあなたに御貸したと思います」そう優しく微笑みながらドレスを渡してくれた顔が凄く印象的だった。
「……」
 リュウナは随分と綺麗になったティアの花嫁姿に見とれつつも、油断無く辺りの気配の変化を窺っていた。
 席の後ろには副長の愛用の二振りの剣と、ティアのバスタードソード、そして自分のロッドが立てかけてあった。もしもの時の為に。
「……来ないのかな」
 周りの気配を窺っていたリュウナの目線の先で新郎と新婦が何事も無く、誰も居ない祭壇に到着した。
「……昨日は、もうこの辺りで黒い靄みたいのが見れたのに……?」
 先程から何も代わらないティアの周りの空間をその大きな瞳で捉えながら小さく呟く。
 ……もしかして気がつかれちゃったのかな……
 不安の過ぎり始めたリュウナの前で副長とティアが向かい合った。





 新郎が新婦の顔に掛かるヴェールをゆっくりと跳ね上げた。
 ティアは本当に女の子の様に少しうつむいて頬を赤くしていた。
「……ねえ、ティア君?」
「……はい?」
「やっぱり男にキスされちゃうなんて、嫌でしょ?」
「え? ……でも、それって副長さんも同じなんじゃ?」
 副長がくすっと笑いながら、白いドレスに身を包むティアの薄化粧に彩られた顔を覗き込んだ。
「今のティア君はどっからどう見ても綺麗な花嫁さんにしか見えないから、俺は全然大丈夫だよ」
 その台詞を聞いてなにやら複雑な表情になった後、ティアが静かに呟く。
「……俺はその、される側なんで……もう目をつぶっちゃうから俺もだいじょうぶです……」
 そう言いながら花嫁が眼を閉じた。
「そうだね」
 副長がそう答えながらティアの顔に自分の顔を近づけた。





 花婿が花嫁の唇に、自分の唇を重ねた。
「……!?」
 リュウナはその時とてつもなく強力な魔力が動きを見せたのを感じた。
 花婿と誓いの口付けを交わした直後、花嫁が崩れ落ちるように倒れた。
「!? ティア君!?」
 副長の腕に抱きとめられたティアは、その一瞬にして意識を失ったのか、ぐったりとして目を閉じたままだった。
「リュウナちゃんの方は大丈夫か!?」ティアを抱きかかえたままの副長が叫ぶ。
「は、はい、だいじょうぶですぅ!!」
 リュウナはティアと副長の本気のキスシーンを目の前で見てかなり動揺してしまってはいたが、以前の様に後ろにぶっ倒れると言う事は今回は無かった様だ。二回目だから慣れたか?
 ガタンと立ち上がるリュウナに吊られる様に三人の妖精達も空中に飛び上がっていたのだったが、その中でシルフィが異変に気がついた。
「リュウナ、ティアの剣がなくなってるよ?」
「え?……!?」
 シルフィの言葉でこれから起こる状況を予測したリュウナは、その答えを求めて、副長に抱きかかえられたままのティアの手を見た。
 その右手には愛用のバスタードソードが握られていた。
「!? 副長さん!! ティア君から離れてぇ!!!」
 教会内にリュウナの絶叫がこだまする。その只ならぬ叫び声を聞いて、副長は周りの状況を確かめるよりも自分の身体を動かす事を優先させた。
 副長がティアの身体を離しながら、後ろに大きく飛び退く。その直後、今まで副長が居た空間を高速で剣が薙ぎ払っていた。
「……」
 そこに残るは、剣を構えて静に佇む花嫁が一人……
「ティア君!!」
 静かに剣を構えるティアの瞳は、まったく光を放っていなかった。
「くそっ!! 完全に憑依されてしまったか!?」
 副長が間合いを取るべく、じりじりと後ずさる。
「副長さぁん!!!」
 自分を呼ぶ声のした方に一瞬眼を向けると、両手に一本ずつ鞘に収まったままの剣を持つリュウナの姿があった。
「はい!!」高いソプラノと共に、二本の剣が宙に舞った。
 くるくると回転しながら宙を舞うその剣は、狙い済ましたように副長の手の中に収まった。
「ありがと!!!」
 副長はリュウナに感謝の言葉を言いながら、二振りの剣の鞘の一つを歯で咥え、もう一つを自分の腰から生える尻尾で握った。そしてそのまま二本の剣の鞘走りの二重奏を奏でながら、一気に抜き払った。
 音を立てて投げ捨てた鞘が床に落ちた時には、既に両手に剣を構える副長の姿があった。
「……」
 副長が戦闘態勢を取るまで待っていたかのように、今まで固まっていたティアの身体が、ゆらぁっと動き出した。
「……」
 まるで幽霊か何かの様に殆ど音も立てずに副長の間合いの内側に入り込むと、その剣を打ち下ろし始めた。
 教会内に剣戟の音がこだまする。長剣を持った花嫁が、同じように剣を構えた花婿に切りかかっている。
「……ぐ、」
 副長はその圧倒的パワーで打ち下ろされるティアの剣を受け流すだけで精一杯だった。
 ……ティア君って、こんなに強かったか……?
 光の無い眼をしたティアが黙々と打ち込んでくるバスタードソードを捌きながら思案する。
 ティアとは妖精達を故郷に送るために旅に出てから、修練がてら何度か剣を交えていた。その時は「確かに一流の剣士の一人である事は間違い無いが、我々黒龍師団の者を相手にするには幾分か劣る」と冷静に判断を下していた。
 だが、今のティアは幾多の戦場を潜り抜けて培われた副長の鋭利な太刀筋を簡単に弾き返すほどの、物凄いパワーを発揮している。
 副長は、そのリュウガと同等とも言える化け物じみた怪力の打ち込みを受け流すだけで、精一杯になっていた。
「……くそぉ」
 ぎりぎりと歯が削れるほどの勢いで歯軋りする。ティアが普段以上の力を発揮している理由は只一つ、憑依しその身体を支配している者が、体に秘められた限界以上の力を引き出しているからに他ならなかった。
「……何とかしなくちゃ」
 副長がもう一度歯軋りする。
 このまま限界以上の力を出させられ続けたら、ティアの筋肉組織が再生不可能なレベルまで破壊されてしまう。
 攻撃を一身に受ける自分の身の安全よりも、そっちの方が心配だった。
 しかしそんな副長の思いを微塵に感じていないのか、負の存在に操られたティアが猛烈な攻撃を繰り返す。
 副長は、リュウナが投げてよこしてくれた愛用の二振りの剣を巧みに使い、何とかその猛攻を受け流していた。
 この剣を彼女がすぐさま投げてくれたのは、自分の身を守る道具をくれたと言う事は充分承知していた。
 ……だが、このままでは……
 一向に好転しない状況に副長はあせり始めていた。
 ……ティア君の剣を腕ごと落すか……
 リュウナ程の魔導士が居るのだから再生は簡単だと、自分を強引に言い聞かせ、そんな惨い手段も考慮に入れるしかないと決断を下していた。
 ティアの剣が薙ぎ払われる。
 副長の悲壮な決意も意に関せずと言った風に、その明らかに動き難い格好をしている筈のティアが、悠々と剣を舞い躍らせる。
 普通に歩くのもままならない筈のハイヒールでしっかりと踏み込みを入れ、かさ張ったロングドレスのスカートを重々しく靡かせて、相手との間合いを詰める。
 光を一切持たない花嫁の瞳が、目の前の倒すべき相手を再び見据える。





 リュウナはどうする事も出来ず、二人の剣士の凄まじいばかりの激突を見つめていた。
 魔法使いであるリュウナは、最初強制停止の呪文を唱えてティアの動きを止めようとした。しかし、今目の前で剣を振り回すティアの身体からは、強力な抗魔魔法の力を感じていた。
 これはティアの身体に憑依している魔法使いの亡霊が自分自身の身体にかけているものだ。これでは相手の動きを止める等の間接魔法等は一切効かない。呪文の効力が切れるまで待っていては、ティアか副長のどちらかが倒れるまで戦ってしまうだろう。
 そしてティアの尋常ならざる剣捌き。
 それはその身体を支配する者が限界以上の力を強引に引き出しているからに違いなかった。このまま限界以上の力を出し続けたらティアの身体が破壊されてしまう。
 ……早く止めなくちゃ、ティア君が死んじゃう……!!
 その思いはリュウナも副長と同じだった。
 ティアの体にかかる抗魔魔法を打ち破ってその上から強制停止の呪文をかけるには、ティアにもっと接近、それも身体を密着させる位の距離に迫らなければ効力を発揮しない。
「……」
 どうして良いか解からず動きを止めたままのリュウナの目の前で、狂乱の花嫁と化したティアがスカートを振り乱して、防戦一方の花婿に襲い掛かる。
 一気に間合いを詰めながら相手に踏み込んだティアのスカートが自分の巻き起こした風で大きく翻った。
 その大きく捲れたロングスカートから覗いた、腰から踵までのティアの身体のラインが思わずリュウナの視界に飛び込んできた。恥ずかしながらもちゃんと穿いてくれた白いガーターベルトとストッキング、そして女物の白い下着。
「……」
 その男としては随分とふっくらとしたお尻のラインからヒールで爪先立ちになった踵までの脚の線を見ると、何だか妙に気持ちが冷静になって来るような気がした。
 そして不思議に冷静になった頭の中に最初に浮かんできた言葉を、素直に口にする事にした。
「……ティア君、パンツ見えてるよ?」
「!?」
 まるで普通の女の子に「はしたないから気をつけなさい」と、注意でも促がすかのような台詞に、剣を振り乱す花嫁が反応した。
 それはティアが反応したのか、それともティアに憑依する者が反応したのかは解からなかったが、とにかく今のリュウナの台詞でティアの動きが一瞬止まった。
 そしてその一瞬を副長ほどの戦士が見逃す筈が無かった。
 副長が高速で突き出した剣先が、ティアが先程まで振り回していた剣を後ろに大きく吹き飛ばした。
「流石!! リュウナちゃん!!」
 ティアの動きを鈍らせる事に見事に成功したリュウナを素直に誉める。
 彼女にしても、特に考えがあって口にした訳では無かったという処が如何にもリュウナらしいと言うか……あの姉にしてこの妹ありと言うか……
 副長がその最大の功労者の方に眼を向けると、その場にはリュウナの姿が無かった。
「!?」
 その直後、何者かが物凄いスピードで動くのを副長は感じた。その何者かは、得物を失った後そのまま停止した花嫁の懐に、目にもとまらぬ素早さで飛び込んだ。
「……リュウナちゃん!?」
 副長が何とかその者の動きを視界に収めたその先には、動きを止めたティアの身体に抱きつくリュウナの姿があった。
「……もうやめて……もう……やめて……」
 白いウェディングドレスに身を包んだティアの胸に顔を埋めて、リュウナが必死に声を絞り出していた。
 ティアの身体から剣が離れた時、リュウナも今が好機と判断し、自分の姉をも上回るその身に持った敏捷力を発揮して、ティアの動きを完全に止める為に一気に飛び込んでいた。
「……レナスさんなんでしょ? ……もうやめてこんな事……なんでこんな事をするの……?」
 リュウナが切望するように、ティアの光の失った瞳から、その身体を動かす者へ問い掛ける。
 ティアの口が開いた。
「……レナス?……フフフ、もう此処にはそんな名前の女はいない……」
 そのティアの口から出た声は、明らかに別の誰かの物だった。ティアの身体を動かしている筈の女の声でもない。ましてティア本人の声でもない。
 そのしわがれた声は明らかに誰でもない第三者の声だった。
「フリーズの呪文を唱えても無駄だ……この身体にかけた抗魔の呪文はこの距離からでも破壊できないぞ」
「……!」
 ティアの身体に回した腕が全然動かない。離れたくても身体がまったく動かない。
 その光の無い瞳、そしてその生気をまったく感じられない声……その二つにリュウナの身体が完全に射竦められてしまっていた。たとえそれが見慣れた筈のティアの顔から放たれた物であっても。
「……俺は待っていた……このレナスと言う強大な残留思念を手に入れてから……失った肉体を取り戻す為に……そう、お前のような強力な魔法使いが現れるのを待っていた!!!」
 ティアの、さっきまで光の失われていた瞳が、突如強烈な閃光を放った。
 その閃光が射竦められたままのリュウナの瞳を貫いた。
「……きゃぁぁぁあ!!!」
 教会内に少女の絶叫がこだました。


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