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第十八話 双つの想い


「副長ぉ〜新型艦載機運用報告書出来たよ〜」
「副長ぉ〜ベルタ砲の調子が悪いんだけど、試射許可だしてくれる〜?」
「……」
 通信管制官と火器管制官の黄色い声が、帝国最大の巨大空母の副艦長席に聞こえて来る。
 ホビット族の副司令官はその大きな耳をピクピクとうざったそうに動かしながら、部下達の声を聞き流しつつ、黙々と自分の仕事をこなしていく。
「ねぇ副長ぉ〜」
「……ああっもう!! 今度は何よぉ!?」
 遂にアリシアがキレた。
「どうしたのアリシア? 急に怒り出して?」
 ヨーコがキョトンとして問い返す。そのオーガ族の女の子の隣では、ミカが同じような顔をしてアリシアの方を見ている。
「……あたしは……こういう……事務仕事は……慣れてないのよ……だから……あたしの……仕事中に……そんなに声を……掛けないでよ……」
 何時ものアリシアらしからぬ随分とたどたどしい口調で、顔に何本も縦線を浮かべながら答える。目の前にある入力鍵盤の上を指がぎこちなく動き、頼りなくカタカタと入力音を奏でていた。
「え〜でもアリシアは今はこの艦の副艦長なんだから、ちゃんと指示出してもらわないと困るよぉ」
「あーもーっ、解かってるわよーっ、これが終わったらいくらでも指示出してあげるわよ!!」
 アリシアの顔の縦線が更に増えた。
「アリシア?」
「あーっもうっ何よぉ今度はぁ!!」
 声を上げながら自分を呼んだ方に顔を上げると、背の高い自分と同族の女がトレイを持って立っていた。
「アリシア、お茶でもどうぞ」
「りゅ、リュウガ」
 制服の上に可愛いデザインのエプロンを付けたリュウガがそこにいた。アリシアの大きな声に動ずるでもなく、少し赤い色の多めな紅茶の入ったマグカップを、副艦長席に置いた。
「アリシアは甘めの方が好みでしたよね?」
「……あ、ありがと」
 思いっきり虚を突かれたらしく、珍しく素直に「ありがとう」と言ってしまっているアリシア。何だか随分と複雑な表情を作りながら、自分に差し出されたカップを口に運んだ。
 糖分が幾分か多めなアップルティーを一口飲むと「はぁ」とひとつため息を吐いた。
「……しかし、いくらあたしの艦が壊れて修理中だからって、何もリュウガの艦の副艦長にしなくたって良いじゃない……」
 もう一つ「はぁ」とため息を混ぜて毒付くアリシア。
 アリシアの乗艦である「重機動戦艦 武蔵」は、フェイク・ラグナレクの置かれていた要塞近海で起こった戦闘で受けた損傷部の修理の最中だった。爆装機の爆発で受けた損害は、かなり深刻な被害状況を「武蔵」に与えていた。
 そこで自艦の修理が完了するまで当分暇になってしまったアリシアは、今現在不在となっている「航空母艦信濃副艦長」の役職に就く事になってしまったのだった。
 ちなみにこの命令、龍樹帝国皇帝陛下直々の命令なので、さしものアリシアもいやいやする訳にもいかず、こうして素直に副艦長席に座っているのであった。
「うん? じゃあ、アリシアが信濃の艦長しますぅ? わたしは副艦長でも良いですから」
 ヨーコとミカにも同じように紅茶を届けたリュウガが、アリシアの座る副艦長席に戻って来て口を開く。
「あたしがこの艦の艦長じゃ、いざって時に『黒き龍焔』も『ウォータードラゴン』も動かせないでしょ?」
 この艦の最高司令官の提案を、現副司令官がさくっと却下した。
「そういえば、そうですね〜」
 それを聞いてリュウガが、自分の胸の前で両の手の平をぽんっ♪と合わせながら照れ笑いをした。
 その相変わらずのぽよ〜んとした仕草を見て、また再びアリシアがため息を漏らす。
「……猫の手も借りたいって言うのはこういう時のことをいうのね……」
「はいっ」
 アリシアの台詞に間髪入れずに、きりっとした真面目な表情を浮かべて、リュウガが自分の両手を差し出した。
「どうぞ?」
「……はぁ」
 リュウガが差し出した、細長い指をした手の平を見ながら、再びアリシアが「はぁ」とため息を吐く。
「……猫が猫の手借りたいなんて言ってんじゃしょうがないわよねぇ」
 リュウガと同じように自分の大きな耳をへろんと垂れ下げながら、諦めたように呟く。
「……はぁ、副長、早く帰って来てよ……」










 その副長はと言えば、相変わらず妖精達を故郷に返す旅の途中であった。
 てくてくと何時もの三人が森の小道を歩いている。
 いや「三人」というには間違いがある。真ん中を歩く者の両肩に小さく動く影が見える。時たま、その後ろに背負った「大きな物」をぱたぱたと動かしている。
 妖精だ。
 二人の妖精の女の子が、真ん中を歩く女の子の両肩に一人ずつ腰掛けていた。
 この三人の旅人は、妖精の女の子達を故郷の森に返す為に旅をしているのだから、この子達がいなくては話が始まらない。
 何時もの様に右肩にシルフィ、左肩にエリナを乗せたリュウナは、自分の右隣を歩く二刀流の剣士が、昨日の夜ぐらいからなんだか落ち着かない素振りをしているのが気になっていた。
「……副長さん、なんだか昨日からそわそわしているような気がするんですけど……その、なにか心配事でもありますか?」
 リュウナは何だか自分の方が心配になって来てしまって、素直に訊いてしまった。
 副長が少し申し訳なさげに答える。
「……うん、ごめんね……ちょっとね……」
 何事かに意を決するような口調で副長が口を開いた。
「実は……この近くに、俺の家があるんだよね……」
「え!? そうなんですか?」
「……その、久しぶりに妻と子の顔を見てっても良いかな? と思って……」
 副長が申し訳無いような口ぶりで呟く。
 それを聞いてリュウナが一つ提案した。
「だったら副長さん? 今日はみんなで、副長さんちに泊めてもらっても、良いですか?」
「え? うん、それはかまわないけど……そんなに広くないよ、俺の家?」
「そんなの全然気にしないですよぉ〜、ねえ、みんな?」
「うん、今まで殆ど野宿だったから、屋根と床があるだけで十分ですよ」
 ティアがまず賛成する。
「うん、私たちもリュウナの布団にいっしょに寝かせてくれればどこでも良いから大丈夫、ね?」
「うん」
 シルフィもエリナも、うんうんと頷いている。
「そう?……じゃあ、ちょっと寄り道させてもらうね」
 副長はそう答えながら、嬉しそうに微笑んだ。
「よし、そうと決まったら、副長さんちにレッツゴぉーっ」
「おーっ」
「おーっ」
「おーっ」
 リュウナとその両肩に乗るシルフィとエリナと隣を歩くティアが、揃って当の本人を置いて先に進もうとする。
 しばらく副長の事をほったらかしにしたままどんどん先を進んでいた四人だが、何かに気付いた様に、一斉にくるっと振り向いた。
「……副長さんって結婚してたんですね!? しかも子供まで!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺、帝国軍に入隊する前から結婚してるんだよ」
 自分以外の四人に揃って驚いた顔を向けられた副長は、とくに取り乱しもせず「どうしたの?」と言う顔をしていた。





 その街外れにある小さな白い教会が副長の家だという。彼がいうには、この教会の神官を務めていた白魔導士が副長の奥さんの父親だったのだそうだ。
 なんだか結構感動的ななれ初めがあるようだが、今はそれ以上は話してはくれなかった。今日の夜のお楽しみという事だろうか。
「……」
 教会の裏にある外扉に副長が一人で立っていた。このドアが教会と隣接した住居の入り口になっていた。
 何故副長が一人で立っているのかと言えば「感動の再開シーンには、お邪魔虫はいちゃいけないでショ」という、リュウナの提案であった。
 本当に久しぶりに家に帰って来た副長は、一寸緊張の面持ちで、我が家の扉と向かい合っていた。
 一つ息を吸い込むと、意を決したような表情でドアをノックした。木製の扉を叩く音が、室内にこだました。
「……? あ、はぁい……どちら様ですか?」
 そのノック音に誘われるように、中から女性の声が聞こえて来た。
「……え、えーと、その……ただいまぁ!!」
 副長はその懐かしい声をすぐに聞く事が出来て、ちょっと戸惑い気味に口を開いた。
「え!? あ、はい!!」
 中にいる女性もその聞き覚えのある声を聞いて、驚いたような声を上げた。
 物凄い勢いでドアが開かれる。扉の向うには副長より少し背の高い、美しいエルフの女性が立っていた。
「あ……あなた……」
 ファラは久しぶりに見る自分の夫の顔を見て、心底驚いた顔をしていた。
「うん、ただいま」
 副長はまるで毎日この家から出勤しているかのような自然な雰囲気で、帰宅の挨拶をしていた。
 久しぶりに見る夫の顔を見た妻は、自分の眼が見る間に涙で潤んでくるのを感じた。そして次の瞬間には、その涙ぐんだ顔を見られる恥ずかしさを隠すように、夫の小柄な身体を抱きしめていた。
「……あなた……お帰りなさい……」
「く、苦しいよ、ファラ……」
 そう言いながらも、自分の身体を折らんばからに強く抱きしめてくる妻に対して、特に抵抗を見せようとしなかった。ぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくるファラの腕の感触と、そんなにまでして自分を想ってくれていた気持ちを表現してくれる事が、凄く心地よかった。
 ファラの手が副長の頭の上の大きな耳に触れた。ふさふさとした耳を、愛しそうに撫でる。副長のホビット特有の猫の耳が、彼女の手の動きに合わせて揺れていた。
「……あなた……しばらく……このままで、いさせて……」
「……うん」
 愛する妻の甘えるような台詞に、久しぶりに家に帰って来れた副長は、素直に頷いていた。





 リュウナとティアとシルフィとエリナの四人は、副長の家である、白い教会のすぐ近くの草むらに隠れて一部始終を見ていた。
「うん、良かった良かった」
 リュウナとシルフィとエリナの女の子組は副長と奥さんの再会シーンを見て、素直に涙ぐんでいた。
 その直ぐ隣にいたティアも、もうちょっとで涙が零れそうになってしまっていたのだが、男がめったな事では泣いてはいけないと思い、なんとか涙をこらえていた。
「……?」
 涙を零すのを必死にこらえようとしていたティアは、自分達の隣りに一人の見知らぬ男の子が同じように草むらに隠れて、副長と奥さんの再会シーンに見入っているのを見つけた。自分達と同じ様に二人の姿を、じーっと見ている。
「……君は?」
「?……ぼく、ラウリィ」
 ティアが問いかけると、その男の子は自分の名前を聞かれたと思って、素直に自己紹介しながら振り向いた。顔の横に長い耳が生えていた。自分と同じエルフ族の者だ。
「ラウリィ?……あれ、君どこかで逢ったっけ??」
 そのエルフの少年の顔は、不思議と随分と見知ったような顔付きをしている。
「……?」ティアの台詞にエルフの少年は、何を言われているのか解からないかのようにキョトンとした顔を見せた。
 そう言えば誰かに似ている……しいて言えば、今まさに最愛の奥さんに抱きしめられている副長と同じような顔付き……
 ティアがその少年の正体に何となく気付いた。そして喋りかけようとした時、ラウリィの方からふいに口を開いてきた。
「……お兄ちゃんたちは、お父さんのともだちなの?」
「!?」
 ティアは行き成り機先を制せられて、少し面食らってしまった。だが結果的に、少年の方から自分の正体を明かしてくれる形になった。
「じゃあ、あそこにいる二人は……」
「うん、僕のお父さんとお母さんだよ」
 と、そのエルフの少年は、けろっと言ってのけた。
「……というか、お前はあそこに行かなくて良いのか? せっかくお父さん帰って来たのに?」
 ティアが素朴な疑問を投げ掛ける。
「……だってお父さんとお母さん、あんなにうれしそうにくっついてるんだもん……じゃましちゃ悪いよぉ」
 と、少年はまたしても、けろっと言ってのけた。
 そのラウリィの台詞を聞いてティアは思いっきり吹き出していた。
「あはははは、お前ってイイ奴だなぁ」
 そう言いながら少年の頭を、ぐしぐしと撫でた。





「あらリュウナちゃんってば、けっこう包丁使うの上手いのね?」
 トントントンっとリュウナが手際良く玉葱を微塵切りにしていくのを見て、ファラが感心した様に呟いた。
「エヘへ、これでも家にいた時は毎日みんなのご飯作ってましたから」
 包丁に付いた玉葱の欠片を、まな板に山盛りになった微塵切りの上に落としながら、照れくさそうに答えた。
「ファラさんも上手いですよね」リュウナの反撃。
「ん? まぁ、私は毎日作ってるから、これぐらいは出来ないとね〜……あつつっ」
 ファラもリュウナのカウンターアタックに少し照れながらも、自分の作業に没頭する。
「でも本当に猫の手が借りられて良かったワ」
「あはは♪」





 ファラとリュウナは並んで台所に立ち、夕飯の仕度に勤しんでいた。
 副長とその連れの一行は、ファラに案内された教会奥の自宅のリビングで、もてなしに出してくれたお茶を飲んで一息ついていた。
 しばらく副長が妻であるファラに今までの旅の話をするなどして時間が過ぎていったのだが、日が西に傾きかけた頃「そろそろ夕飯の仕度をしなくちゃね」とファラが言い、それを聞いたリュウナが「じゃあわたしもお手伝いします」と答え、結果的にこう言う展開となっている。
 ファラにしても普段は息子と二人分の食事の用意で住んでいる所を、今日は一気に三人+妖精二人も増えてしまい、流石に手伝ってもらえる者がいないと夕飯の用意が遅れると言う事で、リュウナの申し出を素直に受けていた。
 玉葱を細かくするのをリュウナに任せたファラは、鍋で茹でたトマトの皮を丁寧に剥いている所だった。
 茹で上げ直後という事で非常に熱いのだが、トマトの表面を覆うその薄皮は、お湯の熱で皮と中身を分離させないと上手く剥けないくらいに薄いので、トマトの皮を剥こうとするならばこれ位の熱さは我慢しなければならない。丁寧に皮を剥いた瑞々しい赤い緑黄色野菜を、一つずつ調理皿に並べていく。
 二人がてきぱきと用意していく食材から察するに、どうやらトマトソースを作っているようだ。
 これに肉が加わるか、魚貝類が加わるかで出来上がりは幾分か違ってはくるが、今日の夕飯はトマトソース仕立てのパスタである事は間違い無さそうだ。しかし二人の周りを見渡すと、そのパスタの中心となる筈のタンパク質系の食材が見当たらない。このまま野菜だけのベジタブルソースにするつもりなのだろうか?
 ……すると
「……ただいまー」
 がちゃっと言う表の木戸が開く音に続いて、副長の帰宅の挨拶が続いた。良く聞くと副長のただいまの声には、ラウリィの「ただいまぁ〜」と言う元気な声もくっ付いていた。
 そのまま副長が息子を連れて台所に顔を出した。右手には籐で出来た買い物籠、左手ではラウリィの手を繋いでいた。お父さんに手を繋いでもらっているラウリィの反対側の腕には、紙包みが大事そうに抱えられていた。
「結局魚屋の方にしたよ。店の人がいうには、もう砂を吐かせてあるからすぐに料理に使えるって」
 息子を連れ久しぶりに故郷の街まで行った副長が、そういって買い物篭から同じ籐で作られた底の深い笊を取り出した。笊には、あさり等の大ぶりな貝がぎっしりと詰め込まれていた。
「あ、ほんとに? じゃあ今日はボンゴレ風で決まりね」
「うん、おねがいする」
 副長はそう言いながら妻に、貝のいっぱい入った笊を手渡した。
「うふふ、今日は猫の手借りっぱなしネ」
「あはは♪ まったくですネ」
「?」
 そのファラとリュウナの楽しそうな台詞に、副長が自分のフサフサとした耳を少し動かしながら、意味が解からなさそうにキョトンとしていた。
「ねぇ、お母さんっ、ぼく、お父さんにコレ買ってもらっちゃったぁっ」
 副長の隣に立っていたラウリィが、手に抱えていた紙包みを嬉しそうに開け始めた。中には龍機兵を模した木製の人形が入っていた。それは龍樹帝国軍が装備する標準的な龍機兵の一機「ベルグドーラ」の人形だった。
「あらぁ? よかったわねラウリィ?……でも、あなた、良いの?」
「うん? まぁ、久しぶりに帰ってきたんだし、これぐらいはね」
「フフフ」
 ファラは夫のあまりにも御約束なお父さんらしい行動に、くすくすと微笑んでいた。
「ぼく、ほんとうはお父さんがのってる龍機兵がほしかったんだけど、なかったんだよ」
 そういってラウリィが少し悲しげな表情をする。
 お父さんが乗っている龍機兵、それは言わずと知れた龍樹帝国最強の戦闘集団、黒龍師団に正式配備されている漆黒の龍機兵「ファイアディスティニー」の事だ。
 黒龍師団と言う組織自体はその特殊性の為、団員の顔やその能力等は表立って公表されていないのだが、その装備機である「ファイアディスティニー」だけは内外とわず、正式に公表されていた。
 機動戦艦等が正式公開されていない現在としては、この「ファイアディスティニー」は最強の戦闘兵器の一つとして、少年達の憧れの的であるに違いない。そしてこのラウリィも、そんな強い物に心ときめかせる少年の一人である事には、間違い無いのだ。
 息子の言葉を聞いて副長は「今度売っていたらちゃんと買ってあげるよ」と言おうと思ったのだが、ラウリィが次に発した言葉を聞いてその台詞を飲み込んだ。
「でも、ぼく、かなしくないよ。だってお父さんは本物にのってるんだもん。ぼく、それだけでうれしいもんっ」
 ラウリィが元気に答えた。
「……ラウリィ……」
 小さい身体にいっぱいに詰め込んだ、父親を想う気持ち。
 親である副長とファラは、自分達の息子の純粋に父を想う言葉に胸がいっぱいになって、しばし言葉を発することは出来ないでいた。
 静かになった小さい台所の中に、少年の笑顔だけが元気に揺れていた。
「……」
 今までリュウナは三人の中むつまじい親子ぶりを見れて、ずっと蚊帳の外を楽しんでいたのだが、不思議と静かになってしまった雰囲気をさっして口を開いた。
「ラウリィ君、良かったネ、お父さんにそんな良い物買ってもらえて?」
「……う、うん……」
 結構美少女系の部類に入るリュウナに真っ向から見つめられて、ラウリィは無垢な少年らしくかなり顔を赤くしてしまっていた。
「あ〜らら? ラウリィったらリュウナお姉ちゃんに見つめられてそんなに顔を赤くするなんて〜、何時からそんなおませさんになっちゃったのカシラぁ?」
 照れくさそうにベルグドーラの人形を抱きしめたまま俯いてしまった愛息子を、母であるファラが少し意地悪そうにからかった。リュウナのおかげで、止まった時間が動き出した。
「そ、そんなことないよぉーっ、僕、お母さんのこと好きだもんっ!!」
 ラウリィはそう言いながら母の身体に抱きついた。一寸涙目になっている。
「フフフ、ごめんネ」
 ファラは優しげに呟きながら、素直に自分の所に来てくれた息子の頭を愛しそうに撫でた。
「フフ♪、ふられちゃいましタ」
 母親に嫌われたくない一心で、ファラの身体に一生懸命抱きつくラウリィの事を見て、リュウナも素直に可愛いと思っていた。
「……あれ、そう言えばティア君達は?」
「うん? あの三つ編みの剣士さんなら、一人でぼうっとしてるのもなんだか申し訳無いから素振りでもしてくるって、さっき表に出て行ったわよ。たしか二人の妖精さんたちもその後にくっ付いていったわ。ほらそこで剣を振ってるでしょ」
 台所に付けられた窓から外を見ると、其処は教会の裏庭になっていた。そこに中心に生える大きな木の根元のあたりで、ティアが愛用の幅広のバスタードソードを振っているのが見えた。
 素振りに没頭するティアの隣に立つ大木に移すと、その枝にシルフィとエリナが腰掛けているのが見えた。その妖精の二人の隣には何羽か小鳥達がいっしょに枝に留まり、何事か話しているようである。
「そっか、じゃあラウリィ、みんなの所にいって遊ぼうか? ここにいちゃ母さんたちの邪魔になるからな」
 母親に少しからかわれてしまったラウリィは、ファラに嫌われたくない一心で、ぎゅうっと抱きついたままだった。このままでは、火を使ったり包丁を握ったりするのは、危ないのは確かだ。
「うんっ」
 ラウリィは元気に返事すると、父親に手を引かれて台所を後にした。小さい腕に大事そうに抱かれた龍機兵の人形が、嬉しそうに揺れていた。





 ゆっくりと蒸気を吐き出しながら、大きな鍋が小刻みに、頭の上に乗った鉄の蓋を揺らしている。
 パスタソースの下ごしらえを全て終えた二人は、副長の買ってきた貝類を鍋に入れるところまで終え、後はじっくりと煮込むだけになっていた。
 新鮮な食材をその身にいっぱいに積め込んだ大鍋から、トマトの甘い匂いが中心となった美味しそうな香りがゆっくりと漂ってくる。
 ファラとリュウナの二人は、キッチンの横のリビングに腰を落ち着かせて一息ついていた。甘いハーブティーで糖分を補給して、身体を癒している。
「……でも、本当に良い子ですね、ラウリィ君って」
 ティーカップに口を付けながら、リュウナが感想をもらす。
「親の私が言うのもなんだけども、本当良い子に育ってくれたと思うわ」
 ファラも自分に煎れた香草入り紅茶に口を付けながら、そう答えた。
「やっぱりおとうさんに似たんですかね?」
「うん?」
「……少しの間でしたけど副長さんと一緒に旅をして来て、すっごく真面目で優しいひとだなあと思いましたし」
 リュウナは副長に対する感想を素直に述べた。特にお世辞は含まれていない。それはリュウナの凄く素直な微笑みを見れば解かる。
「……」
 ファラはリュウナの夫に対する感想を聞いて、何かに想いを馳せるように少し目線を逸らしたが、静かに言葉を選ぶように口を開いた。
「うちのだんなさんって普段は凄くおとなしいでしょ?」
「え? あ、はい、そうですね……いつもは凄く真面目で物静かなひとですよね」
 そのリュウナの答えを聞いて、くすっと小さく笑いながらファラが続けた。
「そのくせ、いざっていう時はものすごい熱血漢になっちゃうでしょ? もう、なりふり構わず」
「あ……そう言えば」
 リュウナの記憶に亡霊の花嫁との一戦が思い起こされる。
 たしかにあの時の副長は、普段のおとなしい物腰からは想像も出来ないような怒気を見せていた。その姿は自分の身の安全などまるで気にせず、守るべき物の為に死力を尽くす猛る戦士のような姿だったと、彼女は思い出していた。
「たぶんうちの子は彼のそういうところを色濃く受け継いだのね……いつも言ってるのよね『お父さんはいつも家にいれないから、お母さんはぼくが守る』って」
 そう嬉しそうに顔をほころばせた。
「ウフフ、親バカかな?」
 照れくさそうに付け加えた。
「彼は殆ど家に帰って来れないのに、なんかほんとそっくりになっちゃって……ちょっと不思議ね」
 ファラはそう呟きながら視線を外に向けた。
 リュウナもつられて台所の窓の外に視線を移してみると、先程まで剣の素振りをしていたティアが、木陰に腰を下ろし一息吐いているのが見えた。
 ティアの隣りにはベルグドーラの人形がちょこんと置かれており、そのラウリィの人形に抱き付きながらシルフィとエリナが「がんばれ」と声援を送っている。
 三人の目線の先に眼を移すと、副長が両手に木製の剣を持って、同じように両手に小振りな木剣を持ったラウリィに剣の稽古を付けていた。
 稽古と言ってもまだ相手は幼いので、模造刀を使った遊びの範疇からは抜け出せてはいないのだが、それでも真剣な眼差しで父に剣を向けるラウリィの姿は中々凛々しく、また微笑ましい。
 そしてそんな健気な息子の打ち込みを、太刀筋の流れなどを教えながら受け流す副長も、父親らしい嬉しそうな顔をしていた。
「……羨ましいなぁ……」
 リュウナがうっとりとした響きで囁いた。
「うん?」
 ファラが再びカップに口を付けて喉を潤しながら訊いた。
「だって、ファラさんもラウリィ君も、それに副長さんも……すっごく仲の良い親子って感じなんですもの……わたしもファラさん達みたいなしあわせな家庭を築きたいなぁ……」
 リュウナが素直な気持ちで感想を言う。
「……あれ、そう言えば?」
 何かに気が付いた様にリュウナが呟いた。
「副長さんってほとんど家に帰って来れないんですよね?……それでもそっくりになっちゃうなんて不思議ですね」
「フフフ、ホントね」
「ファラさん? 副長さんぐらいの高級将校なら、帝国府の宿舎とかに住めるんじゃないんですか?……なにも、いつもいつもこんなに離れ離れにならなくても……」
 心配げなリュウナの台詞。
 愛する者と殆どの時間を離れて過ごさなければならない……そしてその相手は生死の境を常に彷徨い続ける軍属の者。もしかしたらもう生きては帰ってこないかも知れない。
 何処か遠くで戦い続けている夫の事を思って毎日を過ごす……それは、本当に胸が張り裂けそうな想いの毎日の筈だ。
 リュウナも大好きな姉が帝国軍に入隊してお互い離れ離れになってしまったと言う同じ経験を持つので、その気持ちが解かる。
 リュウナの提案を優しげに訊くと、言葉を噛み締めるようにファラが呟いた。
「……そうね、何時帰ってくるかも解からないひとを待って、毎日を過ごす……確かに帝国府に住めば逢える時間も増えると思う……でもね、この家はあのひととの思い出の場所なの」
「……思い出の場所……」
 リュウナがその言葉に込められた思いを何とか感じようとして、同じように呟く。
「……私は早くに母をなくして、この小さな教会で白魔導士の父と二人で暮らしていた。私の父はずっと古代魔法の白魔術の研究をしていたの。そんなある時父が、古文書の一つから古代白魔法に関わる魔導器の文献を見つけた……父はそれを探しに旅に出ると言ったわ……父は以前にも私を一人家に置いて何度か旅に出ていたから、また今回も一月ぐらいで帰ってくると思って私は待ってたの……でもその時は一月経っても半年経ってもそして一年経っても帰ってこなかった……」
 ファラがこの家に込められた昔日の思い出を語り出した。
「……一年も……」
「うん……それでも私は待ってたわ、寂しくて寂しくて、何回泣いたか解からないくらいだったけど」
「……」
「でもねそんなある日、両手に刀を持った一人の剣士さんが、この教会の前で倒れてたの。で、どうしたのかな? と、思って助け起こしてみたら、一言『お腹空いた』って」
「……じゃあそれが……」
「そう、それが彼。今、私の旦那さんをやってるひと」
 ファラがクスクスと笑いながら続ける。
「うちの旦那さんはここへ来るまではずっと冒険者生活をしていたんだって。で、途中食べ物に困って森の中をふらふらと歩いてたら、知らないうちにこの教会の前で倒れていたんだって。ねぇ笑っちゃうでしょ?」
「へぇ〜そうだったんですか」
 リュウナも副長の意外な一面を知って、ちょっと感心したように答えた。
「で、その空腹で倒れていた剣士さんにお腹いっぱい食べさせてあげたら『何かお礼がしたい』って言ったのね。その時私はこう言ったの『旅に出たまま帰ってこないお父さんを一緒に探しに行って欲しい』って」
「……じゃあ、副長さんは……」
「うん、素直に応じてくれたわ、『自分も冒険者だから旅をするのは慣れてるし、ご飯の御礼に君の事を絶対に守る。約束は絶対に守るよ』ってかなりカッコ良い台詞も言ってくれたっけ?」
 ちょっと思い出すような仕草になりながらファラが続ける。
「それから二人で色んな所に行って、色んな冒険をして、そして長い長い旅の末、遂に見つけたの、私の父を……」
 そこでファラの声のトーンが暗く落ちた。
「暴走した魔導器に取り込まれ、怪物に成り果てた父の姿を……」
「……」
 リュウナはそのファラの言葉に、声も出なくなっていた。
「私達は怪物と戦ったわ、命を掛けて。そして倒した……自分の父を、この手で……殺したの」
 ファラが少し俯き加減になりながら続ける。
「でも戦っている最中に聞こえてきたの『俺を殺してくれ』って言う叫びが、怪物と成り果てた自分の身体と必死になって戦う父の声が、この怪物となった身体が世に解き放たれる前にお前の手で葬ってくれって言う声が」
 幾ら怪物と成り果てたとはいえ、自分の父の命を自分で断たなければならない……どれだけ言葉を重ねてもその悲しみは言い表せない。
「父が探していたと言う白魔術の魔導器は、遠い昔に人間達が自分達の身体に、私達ディヒュームと同じだけの能力を得る為に作った物だって言う事が後で解かったの。でもそれは完全な失敗作で、その魔導器を使った者は皆怪物になってしまう……人間達はそれが解かってて私達の世界に放置した。私の父はそれを古文書で知ってその魔導器を何とか処分する為に旅に出たんだと思う……そして自分からその魔導器に取り込まれて行ったのかも知れない……もうこれ以上犠牲者が出ないようにって……」
 ファラが自分の父親が背負った悲しみを代弁する。幾ら未来に残る他の者達の為とは言え、自分が死ぬ事によりファラはたった一人でこの世に残されて行く……そして怪物となってしまった自分の命を、娘に断ってもらおうとする自分。父親の心の中にはどれだけのやりきれない気持ちがあっただろう。
「彼の二本の剣が魔導器を壊し、私の剣が怪物となった父の心臓を貫いた時、頭の中に父の声が聞こえて来た『ありがとう……そして、お前を本当に一人にしてごめん』って……」
「……ファラさん……」
 今まで静かに話を聞いていたリュウナが、流石に胸が悲しみでいっぱいになってきて思わず口を開いた。
 眼には涙も浮かべている。
「あ、ごめんね、泣かせちゃって……もうちょっとまってね、この話にはちゃんと続きがあるから」
 そう言いながらファラが上着のポケットからハンカチを取り出すと、涙のたまったリュウナの大きな瞳を優しく拭った。
「私も泣いたわ、もう何日泣いたのか解からないくらいに。彼にこの家に連れて帰ってもらうまで、ずっと泣いていたのかも知れないわ」
 リュウナの涙を拭いていたハンカチを綺麗に折り畳みながらファラが続ける。
「この家に帰り着いた時、彼いきなりなんて言ったと思う?」
「?」
「『俺と結婚してくれ』って言ったのよ、いきなり」
「え!? 本当ですか??」
 リュウナが心底ビックリしたように訊いた。幾らいざって時は熱血漢になる副長とは言え、いきなりプロポーズとは……
「うん、で、いきなりそんなこと言われてどうして良いか解からない風にしていた私にこう言ったの。君は家族を皆失ってしまったけど、今日からは俺がファラの新しい家族になるって、だから俺のお嫁さんになってくれないかって、もう君のことを一人ぼっちにはしないって」
 リュウナは、その時副長が叫んだ他の誰の為でもない、ただ目の前で泣いているファラの為だけに言った自分の純粋な気持ちに、小さい胸を熱くしていた。
「それでファラさんはどう答えたんですか??」
「……うん、長い間一緒に辛い冒険の旅をして来て、お互い少しずつ惹かれあっていたんだと思う……私、思わず『はいっ』って答えちゃった」
 照れくさそうに微笑みながらファラが答える。
「それからね、二人で白い大きな布でドレスを作ったの。彼も何度も指に針を刺しながら頑張って作ってくれたわ。一寸つぎはぎがあったりヴェールが透明じゃなかったりしたけど、二人でちゃんとウェディングドレスを作ったのよ。そしてこの教会で二人だけで式を挙げて、私は彼の妻になったの」
 ファラが昔日に想いを馳せる。愛する者同士で作った白き衣に身を包み、父の残した教会を二人っきりで歩いた日の事を。
「……そんなにいっぱいの思い出が、この教会には詰まってるんですね……」
 この二人とこの教会にそんなにも強い想いがあったなんて。リュウナがふっくらとした頬を朱に染めながらその想いを感じていた。
「うん、そう、だからこの教会を離れるわけには行かないのよ。この思い出の場所からはね……それに彼は約束してくれたから」
「約束?」
「そう、ラウリィが生まれた時、彼は『俺はこう見えても不器用だから戦いの中じゃないと金を稼ぐ事が出来ない』って帝国軍の入隊を志願したんだけど、私は始めは反対したんだ。だって私の父のように帰ってこなくなったら嫌だから……でも彼は私の事を見つめてこう言ったの『俺は絶対に帰ってくる。前に言っただろ、約束は絶対に守るって』……そう言って出て行っちゃったのよね」
 少し苦笑混じりでファラが呟く。
「それで今は黒龍師団なんていう凄い組織の副師団長とかやっているのよねぇ、ひとは見かけによらずって言うか……でも、まあ今日もこうして帰って来てくれたし、ちゃんと約束は守ってくれてるみたいね」
 すっかり冷めてしまったハーブティーを久しぶりに口に運んで、ファラが喋りつかれた唇を少し潤した。
「それに待つのには慣れたし、今はもう一人じゃないからネ」
 リュウナはファラの顔が急に母親っぽい顔になったような気がした。何時帰るか解からない大好きな恋人をずっと待つ少女のような表情と、愛する者の間に生まれた命と帰るべき家を守る母親としての表情……その二つが混ざり合った複雑な輝きの表情をしていた。
「……でも、この彼との出会いの話をするのはリュウナちゃんが始めてかな?」
「え? そうなんですか?」
 リュウナが少し驚いたように訊き返す。
「……そんな大事な話をなんでわたしなんかに……?」
「うん?……う〜ん、そうねぇ」
 ファラが少し考える仕草をしてから言葉を繋いだ。
「それはリュウナちゃん、あなたが誰かに恋するという事に、なんだか躊躇いを持っているようだから……」
「……あ」
 リュウナはこの目の前に座る女性に、自分の内面の全てを見透かされたような気持ちになった。何か母親に自分の気持ちを言い当てられたような。
 今リュウナは、確かにファラの身体から確かな母性を感じていた。まるで恋に悩む愛娘に、自分の恋愛の話を聞かせて勇気付けてくれている優しい母親のような気持ちをファラから感じていた。
 副長の話だとファラの年齢は、自分の姉のリュウガと然程歳が変わらないのだと言う。それでも確かにファラと言う女性からは確かな「母親」としての印象を感じる。そして、その「母親」としての印象は自分の姉から感じる物とは何か違うものを感じていた。
 リュウガと言う女性は、リュウナにとっては姉であると同時に、自分の事を育ててくれた母親代わりの女性でもある。だが、今隣に立つファラからは、自分の姉から感じる「母性」とは、確かに違う雰囲気を感じるような気がした。
 これが、実際に自分のお腹を傷めて子を産んだ女性と言うものなのだろうか。
 これが、母親となった女性の強さから感じるものなんだろうか。
「母と子」それは自分の姉との姉妹としての絆とはまた違う。
 先程一緒に夕飯を作っている時も、自分の家で姉と一緒に台所に立っている時とは、また違う雰囲気を感じていた。
 誰かの為に何かを作る。愛する者達へ何かを作る。
 ファラから母性を感じるのは血の繋がった「家族」という者達へ料理を作っているからだろうか?
「……」
 リュウナはその自分の考えに当惑を憶えた。
 自分は血の繋がった姉の他に親方とティアと言う家族と一緒に暮らしている。そしてその二人は例え血が繋がっていなくとも掛け替えの無い家族だ。自分も、そして自分の姉も二人に対して愛情いっぱいに食事を作っていた筈だ。
 良く解からない。
 ……やっぱり、自分で結婚して子供を産んだりしないと、今のファラさんから感じる「母性」ってものは解からないのかな……
 この、ファラと自分の姉から感じる母性の違いは、幾ら考えても今は解からないような気がしたので、とりあえずこの場はそう言う答えにしておく事にした。
「……リュウナちゃん、あの三つ編みの剣士さんとはどこまで行ってるのかナ?」
 考え事に没頭していたリュウナの耳に、ちょっとイタズラっぽい台詞が飛び込んできた。
「え!? いや、その……わたしとティア君は……その……」
 行き成り確信を突くような台詞にうろたえるように、その大きな猫耳をぷるぷると欹てる。お尻の方に視線を移すとその長い尻尾を、耳の動きに合わせるように忙しなく動かしている。
「あれ? 私は『三つ編みの剣士さん』としか言ってないんだけどなぁ?」
 ファラが更に茶目っ気たっぷりに攻撃を続行する。
「それともあんな可愛い花嫁さんって言った方が良かったかな? さっき彼から話を聞いてビックリしたけど、うちの旦那もずるいわよね〜、あんな良い子ともう一度結婚式挙げちゃうなんて、私もティア君の花嫁姿見たかったナ」
 先程聞いた話では、最初は夫がウェディングドレスを着ようとしていた事を思い出して、ファラが苦笑混じりで呟く。
「もぉ、ファラさんのいじわるぅ……」
「てへへへへ」
 確かにティアとは、まるで実の兄妹のように家族として暮らしていた時間が長かったので、いざそれ以上の関係になろうとするとお互い照れくさくなってしまい、一線を踏み出せないでいるのは確かだ。
 ……キスは、したけどね……
 リュウナの頭の中に、亡霊の花嫁が想いを遂げられなかった教会で交わした初めての口付けの記憶が蘇る。
 ……でも、口直しって言う口実で、何だか無理矢理したような気もするし……
 確かに友達から恋人へ少しだけ前進したが、まだお互い「好きの気持ち」は告白してはいない。
 ……ティア君はわたしのこと、どう思ってるんだろう……
 リュウナが再び視線を外に移すと、ティアと副長が剣を交えている処だった。
 副長も愛用の二振りの長剣を持ち出し、真剣での打ち込みを行っている。
 シルフィとエリナの二人は、今度はラウリィの小さい肩に留まり、三人でどちらとも問わず声援を送っていた。ラウリィは自分の父が格好良く剣を振るう処を見れて、興奮でその胸を躍らせているようだった。
 ……やっぱり、ティア君にとっては、わたしは本当に妹みたいなものなのかな……
 副長との模擬戦に興ずるティアの剣士としての顔は、リュウナとの間にあんな事があっても何時もと変わらない顔をしている様に思えた。
 ……あの時言った「お兄ちゃん」っていう台詞の意味……解かってくれてるのかな……





 夜。この白く小さな教会を夕闇と幾つもの星明りが包み込んでいた。
「……」
 ティアは眠れぬ夜を過ごしていた。
「……」
 今までの旅で疲れも溜まっている。今日は必要以上に剣の素振りもした。副長と試合もした。自分の身体に充分に栄養が行き渡るだけの夕飯もご馳走になった。そして自分は久しぶりのふかふかの布団の上に寝転んでいる。
 充分に睡眠を欲している体制は整っている筈だ。
 でも眠れない。
「……」
 ティアが隣のベッドに顔を向けてみた。
 其処にはこの青年に眠れぬ現況を作っている猫の耳を生やした少女が、すやすやと寝息を立てていた。
「……なんで、こうなっちゃったんだろう?」
 ティアはリュウナと二人っきりで寝るはめになった経緯を回想してみる事にした。
 この副長の自宅である教会に隣接する母屋は、副長本人が言っていた通り教会その物の造りが小さいのでそれ程広くなく、客間に相当する部屋もティア達がいるこの部屋一つしか無かった。
 最初は男は男同士、女は女同士で別れて寝るという事にして、ティアと副長の二人はこの客間のベッドで寝ていたのだが、四半刻ほど前に寝巻き姿のリュウナが唐突に二人の部屋に現れた。
 姉から貰った大きめのTシャツにゆったりとしたショートパンツと言う、毎日の持ち運びを考えた軽装の寝巻きのリュウナは、副長の下に向かうと何事かその耳に囁いた。
「……良いの? リュウナちゃん?」
「……うん、わたしは副長さんのベッドで寝ますから……」
 副長はそそくさと仕度をすると二人に挨拶を告げて客間を出て行った。後にはリュウナとティアの二人が残された。
 全然状況が飲み込めないティアは当然のようにリュウナに訊いた。
「あれ? なんで??」
 リュウナがさっきまで副長が寝ていたベッドに腰掛けながら、その問いに答える。
「……うん、ファラさん寝ながら泣いていたんだもん……」
 その一言でティアも全てを理解できたような気がした。
「……でも、良いのリュウナ? 俺も一応男だよ? 俺と二人っきりなんて……?」
「……」リュウナは俯いたままだった。
 そして聞こえるか聞こえないかと言うぐらいのか細い声で「良いよ」と小さく呟くと、まだ少し温もりの残る布団の中に潜り込んだ。





 そして今はティアの隣でリュウナが静かに眠っている。
 考えてみたらリュウナと夜の寝室で二人っきりになったのはこれが始めてのような気がする。
 今まで旅をして来て何度か全員で同じ部屋に泊まった事もあったが、その時は副長もいたし妖精の女の子達もいたし、集団心理と言うものかどうかは解からないが、異性と一緒に寝ていると言う感覚を殆ど感じなかったのも確かだ。
 リュウナや妖精達も、自分達と一緒の部屋である事を特に嫌がらなかったし、女の子達が着替える時は俺達が部屋を出て行っていたし、特に問題を感じる事もなかった。勿論親方の鍛冶屋に居た時も、一緒の部屋に寝たと言う事も無かった。
 でも、いざこうして二人っきりになってしまうと、どうして良いものか解からなくなってくる。
 今日は妖精の女の子二人は、キッチンのテーブルの上に布団代わりのタオルに包まって寝ている。何時もならリュウナの隣に寝ているのが普通なのだが、夕食が終わった後そのまま睡魔に襲われたらしく、シルフィとエリナの二人は寄り添うようにテーブルの上に寝入ってしまっていた。
 始めはリュウナがそのまま連れて行こうとしたのだが、二人ともあまりにも気持ち良さそうに寝ているので、毛足の柔らかいタオルに二人とも包んでそのまま寝かせておく事にしたのだった。
 だから本当に今は自分とリュウナの二人っきりだった。
 ……俺達、あれからどう言う関係になったんだろうな……
 リュウナの寝顔を見ながらティアも同じように亡霊の花嫁との戦いのあった後の事を考えていた。
 ティアは以前に自分の事をどう思っているかリュウナに聞いた事があった。
 あの時は頭の中がぼぅっと熱くなって自分が何を言ったのか良く憶えていないのだが、それは殆ど告白に近い台詞のようだったと記憶している。
 だがその後にリュウナが言った台詞は良く憶えていた。
『お兄ちゃんかな? 何時もわたしの事を大切に守ってくれる優しいお兄ちゃん、そんな感じです』
 ……やっぱりリュウナは俺の事は兄貴ぐらいにしか思ってないのかな?……兄貴の前なら別に下着姿を見られたぐらいじゃ恥ずかしくも無いだろうし、一緒の部屋に寝るぐらいどうってことも無いだろうし……
 もう一度リュウナの寝顔を見る。それは頼れる者に守ってもらっている時のような安らかな表情をしていた。
 ……確かにキスはしたけど……口直しって言う口実もあったしな……
 二人とも考える事は同じだった。
 両想いの二人。
 でも、お互いの気持ちを大切にし過ぎて、それ以上一線を超えられない二人。
 ティアがリュウナの言った「お兄ちゃんかな?」と言う台詞の本当の意味に気がつくまで、二人の友達以上恋人未満と言う関係はもうしばらく続きそうです。





 翌日は朝から天気の良い青空が広がっていた。
 ファラの作ってくれた朝食を済ませた三人と妖精二人は、旅支度を終え昨日訪れた時と同じように、白い小さな教会の前に並んでいた。
 見送りに来たファラの隣にはラウリィが寂しそうな顔をして立っていた。
 でも、再び父親が離れていってしまう悲しさに大声で泣き叫ぶと言う事はしなかった。零れ落ちる涙をぐしぐしと拭いながら、静かに母親に寄り添っている。
 この辺りは母親の、待つことになれた性格を受け継いだのだろうか。それとも副長の誇り高き戦士としての血を色濃く受け継いでいるからだろうか。
 どちらにしろリュウナもティアも本当に素直で強い子だと思った。
 副長が必死に涙をこらえようとするラウリィの目線に腰を下ろした。
「ラウリィ、父さんはまた旅に出るけど、母さんのこと任せたぞ」
 ぽんっと小さな頭の上に手を乗せながら、まだ幼い息子に向かって父親が言う。
「……うん」
 ラウリィが小さい声で返事をした。本当はもっと大きな声で返事をしたかったのだが、涙をこらえるのに必死でそれ以上大きな声が出せなかった。
 副長が再び立ち上がると、ファラの方に向き直った。
「じゃあ、行ってくるよ」
「……うん、行ってらっしゃい」
 それはまるで直ぐ近くの仕事場にでも行くかのような、あっさりとした別れの挨拶だった。
 でもこれは二人で決めたルールなのだろう。これが永遠の別れになってしまわないように。
 どんなに遠くへ行ってもちゃんと此処へ帰って来るのだから、畏まった挨拶なんか二人にはいらなかった。
 それでも普通の夫婦の朝の別れとは違うのは、ファラが息子と同じように眼に涙をいっぱいに溜めている事だろうか。
 副長は妻の泣き顔を見て、何時もはしていない事を今日はしてみようと思った。
「ねぇ? ファラ?」
「はい?」
「今日は行ってらっしゃいのキスをしてみようか?」
「え!? みんなだっているのに!? それにラウリィだってい……」
 ファラの台詞は、途中で重ねられた夫の唇にふさがれてしまって最後まで言えなかった。
「……」
 顔を離した副長の眼には、少女の様に顔を真っ赤にする妻の顔が写った。
「……もぅ」
 瞳に溜まった涙を指で拭いながら、頬を朱に染めて文句を言った。
「ははは、恥ずかしいのも未来に持って行ける大切な思い出だろ?」
 夫も自分の行動に苦笑しながら呟く。
「俺が背伸びをしないと奥さんにキスも出来ない処を見られちゃうのも、恥ずかしい良い思い出だよ、ね?」
 副長が照れくさそうにそう言いながら、リュウナとティアに振り向いた。
「……はい!」
 二人は、副長達が恥ずかしいのを我慢して見せてくれた、仲の良い愛し合う者同士の姿の御礼として、精一杯に元気な返事をしていた。何時か自分達もこうなりたいと言う思いを込めて。
「……?」
 ラウリィはずっと側に居たのだが、さっきからずっと涙が止まらなくて、お父さんとお母さんのキスシーンは良く見る事が出来なかった。










「ただいまですぅ〜」
「……ただいま」
 帰艦の挨拶をしながら、ホビット族の随分とでこぼことした二人が信濃の艦内食堂に入ってきた。
 アリシアも、ホビット族の者としても女性としても結構大きな一七〇センチの身長をしているのだが、やはり一八〇センチの背丈があるリュウガに隣に並ばれてしまうと、随分と小さく見えてしまうのは仕方ない。
「あれ? どうしたの、二人揃ってそんなカッコ良い格好しちゃってて?」
 そう言いながら、巨艦の台所を預かる給仕長のイリアが、厨房から顔を覗かせる。今食堂に入ってきたホビットの二人は全身を真っ黒な装衣に包み込んでいた。それは泣く子も黙る龍樹帝国最強の戦闘集団、黒龍師団の正式服だった。
 二人の着る制服は、上半身は男女同じデザインのスペンサージャケットなのだが、下半身は腰までカットラインの上がったハイスリットスカート状になっている。これは女子用制服の特徴だ。ガルアや副長が着ている男子用はスラックスパンツ仕立てとなっていた。
「今日は朝から二人とも黒龍師団の定例会議に出席していたんですよ」
 給仕長の質問にリュウガが答えた。
「それで、今やっと終わって、朝からずっと会議が続いて二人ともお腹ぺこぺこで……ね? アリシア?」
 リュウガが隣に立つ自分と同じ格好をした同族の女の子に振り向く。
「……」
 アリシアは無言だった。それでも少し頷いたのが見えたのでリュウガと同じくらいお腹を空かしているのが解かる。
 やはりアリシアの性格からすると、こう言う和やかな雰囲気というのはちょっと苦手なのだろうか?
「そっか、じゃあ二人とも献立は今日のお昼の定食で良いかな? 今日はハヤシライスなのよ」
 そう明るく答えるイリアの後ろから、デミグラスソースのいい匂いがして来ていた。
「わ〜い、じゃあ、わたし大盛りでお願いします〜」
 胸の前で両手をぽんっ♪と合わせながら、嬉しそうにリュウガが注文した。
「……あのねぇ、リュウガ……女の子がそんな軽々しく大盛りだなんて言って恥ずかしくないの?」
 隣のアリシアが呆れ顔で呟いていた。
「えーそうですか? でもわたしぐらいの大きな身体を動かすには、いつでもそれぐらい食べないと直ぐにお腹すいちゃうんですよ」
 リュウガがてへへといった、照れ顔をしながら答える。
 確かにこのリュウガの長身を動かすには、常に普通の者の1.5倍ぐらいは食べておかないと、ちょっと辛いかもしれない。
「まぁ、あんたらしくて良いと思うけど」
 やれやれと言った口調で再び厨房の方に向き直ると、自分も注文を出した。
「あたしも同じ物でいいわ。無理に他の物作らせて厨房の混乱を招くのは、指揮官として有るまじき行為だし」
 如何にもアリシアらしい台詞で注文を出した。
「じゃあイリアさん、ハヤシライス大盛り二つでお願いします〜」
 リュウガがカウンターからその大きな背を厨房に少し乗り出して声を上げた。その後にイリアの「は〜い」と言う声が続く。
「ちょ、ちょっと、リュウガ! あたしは大盛りにするなんて言ってないわよ!」
 自分の意向も聞かずさくさくと注文を出してしまった艦長殿に、副艦長が抗議の声を上げる。
「ん? イリアさんの料理はなんでも美味しいですからアリシアの小さいお腹でも全部食べれますヨ。それに残したら、わたしがアリシアの分もちゃんと食べますから大丈夫」
 アリシアのお腹にちょんっと人差し指を当てながら、リュウガがニコニコしながら答える。
 実はアリシアにしてもデミグラスソース仕立てのこの料理は結構好きな部類の食べ物だったので「自分も大盛りぐらいは食べても良いかな?」とか思っていたのだが、先程リュウガに「女の子なのに大盛り?」と言った手前、言うに言えなかったのだ。
 何だかその気持ちをリュウガが察して自分の変わりに代弁してくれたような気がして、嬉しいような、自分の心を見透かされたような、複雑な気持ちになっていた。
 それでも素直に「ありがとう」と、どうしても言えないアリシアだった。
 まぁ当のリュウガにしてもあののほほんとした性格の事だから「今日はすっごくお腹が空いたからアリシアの分も、少しもらっちゃおうかな?」とか思っていただけかも知れないが。





「……」
 昼食が出来上がるのを待っているこの巨艦の二人の指揮官の後ろでは、二人の衛生士が遅めの昼食を取っていた。
 信濃付きの双子のエルフの看護士、アニスとアニタだ。
 信濃の場合看護兵という職務は、怪我人や病人の看護の他にも、乗員の衣類の洗濯や通路の清掃等と言ったバックアップ作業も自分達に与えられた仕事の一つとして毎日こなしている。ちなみに信濃の場合、病人はおろか怪我人等も殆ど出ないので、こう言った洗濯清掃と言った副次的作業が殆どメインワークとなる。
 また、乗員が利用する艦内雑貨の「酒保」の管理運用も彼女達の仕事になっているので、益々本来の「看護」と言う仕事から遠ざかるばかりである。
 何時もは彼女達も昼食の標準規定時刻である一二〇〇時位にはお昼を食べているのだが、今日は前に申請してあった、酒保の足りなくなった菓子類や下着類等の雑貨の受け取りに司令部の方へ行っていた為、この時間となっていたのだった。
 そんな二人がデミグラスソースを掛けたご飯を口にスプーンで運びながら、帝国最強の剣士と、同じく帝国最強の魔法使いのボケとツッコミを眺めていた。
「……?」
 久しぶりに黒龍師団の制服を見た双子の姉の方のアニスは前から疑問に思っていた事を、ふと思い出した。
 とりあえず自分に近い方に立っていたアリシアに訊いてみる事にした。
「ねぇアリシアさん?」
「……? なによ?」
 突然後ろから自分の名前を呼ばれて、ちょっと訝しげに振り向いた。
「二人が着てるその服って、下はぴちっとしたボディスーツなのよね?」
「そうよ?」
 黒龍師団女子用制服の腰周りは黒いタイツスパッツを穿いた上から、白いレオタードスーツを着るようになっている。その上に、スリットスカートと言うにはちょっと無理のありそうな、殆ど前垂れと後ろ垂れと言ったハイカットスリットスカートを穿いている。
「じゃ、じゃあさぁ……やっぱり、その、下着の線が見えないように、その、下は……Tバックとか穿いてるの?」
 少し自分の台詞の恥ずかしさに躊躇した響きで、アリサが自分の疑問を呟いた。
「そ、そうよ……」
 そのあまりにも単刀直入な質問に、アリシアも素直に答えてしまっていた。何だか自分も自分の台詞で恥ずかしくなってしまって、少し顔が赤くなるのが結構格好悪かった。
 下着の線を見せる格好悪さを隠す為に穿く下着なのに、自分がそれを穿いている事を宣言すると逆にバツが悪くなって恥ずかしくなってしまうのは何故だろう……?
 さしものアリシアにも良く解からなかった。
「……?」
 アリシアが横に立つ自分と同じ格好をした奴は、こんな質問をされて今頃どんな顔をしているのだろうと隣を見ると、リュウガがふっくらとした頬を少し赤くしながら幾分か困った表情をしているのが目に入った。
「リュウガ? どうしたの、あんまり物事に動じないあんたが、お尻丸出しのパンツ穿いてるぐらいで顔赤くするなんて?」
 アリシアはそう言いながらリュウガのスカートのスリットの間に手を突っ込んで、背の割には小振りなヒップラインを触ってみた。
 実際に手で触れてみても特に下着の線を指先に感じなかったので、自分と同じ物を穿いているのだろうとその時は思ったのだが……
「……わたし、その、随分と艦を離れていたんで……その、必要な物とかも結構準備が揃ってなかったりするもので……その……」
 アリシアに自分のお尻を撫でまわされても全然嫌がりもせず、何かを我慢するようにたどたどしい口調で呟いている。
 その時、双子の妹の方のアニタが何かに気がついた。
「もしかして艦長……今、パンツ穿いてないんですか?」
 皆が薄々気がつき始めた事実を代弁してくれたようだ。
 その言葉を引き金にして、全員の視線が長い尻尾の生えた、少年の様に引き締まったリュウガのヒップに集中する。
「あ〜んっ、だってぇ、帝国府の宿舎の方に忘れて来てしまったんですものぉ〜」
 全員の視線が自分の腰周りに注がれているのを感じたリュウガは、流石に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに手で自分のお尻を覆ってしまった。
 今この艦内食堂にいるのは給仕兵のシエラも含めて全員女性陣なのだが、それでも自分が下着を穿いてないと言う事実を知られてしまえば恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あ、そうか、流石に酒保にはTバック系の下着は置いてなかったからなぁ……じゃあ私たちの所為?」
「そうかぁ、じゃあ今度艦長の為に入荷させておこうか?」
「でもそうすると、あんなに可愛いく恥ずかしがってる艦長の姿が、もう見れなくなっちゃうよ?」
「それもそうね」
 と、艦内雑貨を預かる双子の看護兵は呑気に呟いていた。
「はぁ、言ってくれりゃあたしの貸したのに……」
 顔を真っ赤にしたままのリュウガの隣では、アリシアもまた呑気に呟いていた。
 プライドの高めな性格のアリシアも、どうもこの信濃の「のほほん」とした空気に順応してきてしまっているようであります。










 鋼鉄で覆われた四方の壁。
 何機もの作業用クレーンや足場が飛び出したその鉄の壁は、高さが有に一五〇メートル位はあった。
 枢機軍の中核国の一つであるアルビオン連邦がある南バーラト大陸の奥深く、かつて破壊神がこの大地を荒れ狂った時代の人間達が、荒廃し生存が不可能になった大地に見限りをつけ生き残る為に造った地下都市。
 此処はその慣れの果てを改造して造られた巨大な地下工場だった。
 その広大な空間の一角に「それ」はいた。
「重機動戦艦ヴァンガード」
 分厚い装甲で覆われたその鉄の巨人は、そう呼ばれていた。
 枢機軍はこれから起こる破壊神復活に掛けての龍樹帝国との全面衝突に備えて、ユナイテッドステーツ級を主力決戦兵器として量産配備を進めているが、この「ヴァンガード」はそのユナイッテドステーツとの主力機選定に敗れた機動戦艦であった。
 基本性能自体はヴァンガードの方が大きく上回っているとされていたが、量産性の高さからユナイテッドステーツが主力機と決定された。
 だが、多分に政治的思惑に翻弄された主力機選定であったと言われている、曰く付きの機動戦艦である。
 その試作一号艦が、照明の薄明かりを浴びて静かに佇んでいた。
 この試作艦は、設計した技術者や魔導士達が何とか建造予算を捻出させ、ようやく一号艦の建造までこぎ着けたのだった。
 だが火器兵装にまでは充分な予算が下りず、機導空母に改装されその際下ろされたカレージャスUとグローリアスUの主推進器と一体化した主砲装備を取り付けているのであった。今現在ヴァンガードはその両肩に、後部が大型水素ジェットモーターとなっている三十六センチ連装主砲を二基ずつ、合計四基装備している。
「……これがヴァンガードか……?」
 鉄の巨人の足元で長いコートに身を包んだ男が、その一〇〇メートルを超える巨体を見上げていた。
 魔法剣士ヴァッシュガーランド。
「フェイク・ラグナレク」を巡る要塞の一戦で、紅蓮の死神ことリュウガと互角の戦いを繰り広げた枢機国の戦士だ。
「……はい、既に『龍焔炉』の搭載も完了しております……」
 ヴァッシュの傍らに控える深い茶色のローブに身を包んだ魔導士が答える。この魔導士はヴァンガード建造に携わった技術者の一人だ。
「拾い物の龍焔炉……空母になった戦艦から下ろした主砲……こんな中古品の塊が最強兵器とはお笑い草だな?」
 野太い声で皮肉たっぷりに呟く。
「……古き物は新しき物より強い……良くある事です……」
 魔導士はヴァッシュの台詞には特に感情の起伏を見せず、さも当然のように静々と答える。
「まぁそんな事はどうでも良い事だ。このヴァンガードが帝国の機械神と互角に戦えるのならな」
 ヴァッシュが右手を軽く持ち上げ、ぎゅっと握りながら呟く。リュウガに切り落とされた右の義手は、既に真新しい物が付けられていた。
「……いえ、互角ではありません」
 深い茶色のローブの魔導士が言葉を繋ぐ。
「互角以上です」
 その不敵な台詞に魔法剣士が、唇を妖しく歪める。
「フッ、上等だ」


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