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第二十一話 Prelude Of Ruin


「急げ!! 2番機もたもたするな!!」
「後ろがつっかえてるんだ!! 早くしろ!!」
 艦載機の発艦に急ぐ空母の飛行甲板。
 どんな国のどんな空母と言え、其処は怒号の飛び交う一秒も無駄に出来ないぎりぎりの緊張感が支配する世界になる。
 水素蓄電池駆動型の牽引車が、甲板の上に押し上げられた大型の艦載機を発艦位置まで引っ張っていく。
 大きい。
 その機体は艦載機としては余りにも大きすぎる図体をしていた。
 まるで鶴の首のように鋭く長大な機首。その後ろに付く巨大な胴体。其処から生える三角翼。
「B−70 ヴァルキュリア」
 その機体には枢機国軍が開発した七〇番目の爆撃機を表す型番が与えられていた。試作機である「XB−70」を経て実用化された、大型戦略爆撃機。
 枢機国空軍には「グランドスラム」と言う名の、投下爆弾がある。その自重は、腹に詰めた液体炸薬を含め丁度一〇トン。「巨鳥 ランカスター」や「戦略要塞 ピースメーカー」等の巨大戦略爆撃機でさえ輸送を困難にさせる超大型爆弾だ。
 その重量に比例して破壊力は凄まじく、いかに堅牢に守られた要塞であっても、一撃で外装に穴を空ける事が可能である。
 だが破壊力に比例したそれだけの重量物を運搬するには爆撃機にも相当な負担となり、グランドスラムを搭載してかなりの身重となった「ランカスター」や「ピースメーカー」は機動性が著しく劣化し、敵機に簡単に迎撃されてしまうのも確かである。
 だがこの新鋭爆撃機の最大離陸重量時の巡航最高速力は、マッハ三。
 敵地上空に高速で侵入した後、腹に抱えた大型爆弾を落とし、そのまま敵機の迎撃を受ける事無く離脱すると言う、空前の大型高速爆撃機である。
 ハバクク級要塞艦「イリジスティヴル」の飛行甲板上では、この鋼鉄の怪鳥を大空に押し上げる為、発艦作業に追われていた。
 翼と翼が触れ合うほどの位置に置かれた「B−70」をまったく接触させる事も無く、発艦位置へと移動させていく。飛行甲板上の航空要員はこの一戦の為にかなりの訓練を積んできたようであり、全員が良く統制の取れた迅速な動きを見せている。
 またこれだけ訓練に訓練を積んだ優秀な要員でなければ、限定された大きさしかない飛行甲板上で戦略爆撃機クラスの大型機を運用する事など初めから出来ないだろう。
 この「B−70」の巨体を艦載機として運用する事に対しては各方面から疑問視も上がったが、今の状況でこれだけの大型機を発着させられる飛行場を敵勢力圏内に設置している余裕が無いと言う事で、艦載機としての戦力化と言う事になった。
 航空母艦と言う移動航空基地ならば、固定の大型飛行場よりも柔軟な作戦行動が可能であると言う思惑もある様である。
 この「B−70」は艦載機としてはあり得ないほどの巨体ではあるが、本来陸上機として製造されていた全長23.5m、全幅30.5mの大型双発機「ネプチューン」を、ミッドウェー級大型空母に常備運用させたと言う実績が枢機国海軍にはあるので、それ程問題視はされなかった。
 それに枢機国各地で何基か発掘され実戦配備の整備が進んでいる「ハバクク級要塞艦」が続々と戦力化され、母艦の方の問題もほぼクリアされた状態だった。何しろ全長六〇〇メートル、全幅二〇〇メートルの巨体なのだ。「B−70」クラスの大型機でもロケット発艦を行なえば充分空に上げられる。
 それに機導戦艦と言う「白兵形態に可変する空飛ぶ戦艦」と言う超兵器が存在する現在では、このような「全長59.89m、最大離陸重量二五〇トンの艦載爆撃機」なんて言うシロモノでも、まだまだおとなしい武装兵器なのかも知れない。





「頭の固いお偉方の玩具が、随分と離発着に苦労しているようだが」
 ヴァッシュガーランドが「要塞艦イリジスティヴル」上で繰り広げられている喧騒を見て、心底つまらなさそうに呟いた。
「そうだな、あれだけのヴァルキュリアの予算を機導駆逐艦建造に回せば、これからの戦いも随分と楽にはなっただろうな」
 ヴァッシュの傍らに立つ、全身を魔導士のローブに包んだ男、メスメルカーツが相槌を打つ。
 事実この「B−70」は機動戦艦という超兵器が実戦化される前から開発が続けられていた、言うなれば「遅れてきた新兵器」なのである。
 龍樹帝国との決戦兵器とも言える「ユナイッテドステ−ツ級」重機動戦艦が実戦化され、他の機動艦種も続々と生産されている今の状況では、この「機動戦艦という革新的新兵器」の整備用予算を大きく振り分けた方が良いのだが、機導艦よりも建造に手間が懸からないと言う意見により、戦略爆撃機「B−70ヴァリュキリア」は充分な爆撃飛行隊を編成出来るだけの数が生産される事になった。
 だが、そんな取って付けたような理由など、ヴァッシュもメスメルも初めから信用していない。
 機動艦と言う新機軸兵器の対等を面白く思わない航空畑の高官が自分達の立場を守る為に造らせた、自軍の機動戦艦を相手にした対抗馬である。
 言うなれば頭の固いお偉方の派閥争いを具現化してしまったのが、この「B−70」と言う「完成した時点で時代遅れと成ってしまった超兵器」なのであった。
「まぁあれだけの性能があるのだから『露払い』ぐらいにはなるだろう?」
「ふん、それぐらいには役に立ってももらわぬと困るがな」
 発艦作業に追われる「イリジスティヴル」の後ろにはもう一隻、同型艦が航行していた。
 その後方の同型艦の外周には、六隻の大型戦艦が付き従っていた。
 そしてその中心の艦の甲板上には、一騎の巨人が膝を曲げた状態で駐機していた。
「これ以上あんな玩具の発艦風景を見ていてもつまらん。俺はもう『ヴァンガード』に戻る」










 帝国府の桟橋の一つに碇泊している巨大空母の元に、一人の旅人らしき小柄な少女がやって来た。
 頭の上にぴょんっと猫の耳が飛び出している。ホビット族の少女だ。只、他のホビットの子と少し違い、その飛び出した耳が少しばかり下に垂れ下がっている。
「……ふぇ〜、こうやって近くで見るとほんとおっきいねぇーっ」
 帝国海軍最大規模を誇る大型空母を目の当たりにして、心底感心したようにその巨体を見上げている。
 ホビットの少女は帝国の大型空母の艦体を遠くに見ながら、桟橋にかけられた艦内に上がる為の移動橋までやって来た。
 その移動式の橋の入り口には、受付らしき小さな詰所がある。
「……あのぉ……すいません〜」
 少女がおっとりとした口調で、詰所を預かる者らしきエルフの女性に声をかけた。
「はい? なんでしょうか?」
 帝国軍制服をピシッと身に付けたその女性士官は、その少女のおずおずとした問い掛けに笑顔で答えた。
「……あの、すいません……その、わたし、ムラサメ大佐にお逢いしたいのですが……」
「はい、ムラサメ大佐ですね? 少しお待ちください」
 女性士官が目の前の乗艦員名簿をぱらぱらと捲り始める。
 信濃は通常は二〇人の乗員によって運用されているが、碇泊中は何かと人の往来も多くなるので自然と乗艦員数は増加する。この帝国の最重要機密兵器の乗員数を碇泊中管理するのが彼女の仕事だ。
 名簿を捲っていた士官がその動きを止め、顔を上げた。その上げた顔には「申し訳無い」と言う表情が張り付いていた。
「……すいません……この艦にはムラサメと言う大佐はおられません……」
「え!?」
 小柄な少女があからさまにビックリしたと言う声をあげる。
「……え? でもぉ……あの艦って、確か、おねえちゃ……じゃない、リュウガムラサメの専用艦って聞いたんですけど……?」
 ホビットの少女が不思議がって問い返す。
「ああ、リュウガムラサメですね? はい、この艦の艦長でありますリュウガムラサメでしたら、つい先日准将に昇進されました。ですので今はもう大佐ではないんですよ」
 受付の女性士官がにこやかに口を開いた。
「え? あ〜そうなんですか?……え? 准将!?」
 少女は思わず問い返してしまっていた。
「……て、ことは将軍様じゃぁないですかぁ!?……あんな「ぽよ〜ん」としたひとが将軍なんかで良いんですか???」
「はい、あの「ぽよ〜ん」とした方が、今は将軍閣下のお一人デス」
 女性士官は、苦笑混じりで答えていた。





「ふぅ、結構遅くなっちゃった」
 信濃付きの整備兵であるマリアが、少し疲れたように息を吐き出しながら、弐輪車の車輪をキコキコと回しつつ、母艦の繋留されている桟橋の上を走っていた。
 このマリアが乗っている弐輪車という代物は、幅の狭い二本の車輪を前後に繋げた乗り物で、丁度座席の下辺りに付けられたペダルを足で漕ぎ、それにシャフトで連結された後輪を回転させて移動すると言う、無動力型の乗り物である。
 龍樹帝国軍には「ケッテンクラート」と言う、ハンドルの付いた一輪の前輪と、クロウラを履いた後部胴体で構成された個人用の移動手段があるのだが、帝国府内と言う比較的道の舗装された場所を移動するには、この様に軽快に移動できる乗り物の方が、人力とは言え好まれるようである。
 なお、今マリアが乗っているこの弐輪車は信濃備え付けの物であり、全長四〇〇メートルを超える巨大な母艦内の移動にも利用されている。
 マリアは、信濃艦載機や接続されている機導空母の稼動報告書を持って、帝国府内の司令部に行った帰りであった。
 前回はシフォンが稼動報告書を持って行っていた。その時は母艦がKL区に移動していた為、同じく帝国府まで黒龍師団員として皇帝陛下から勅命を受ける為に移動する事になったリュウガの乗る二式大艇に便乗させてもらったが、今回のマリアの場合は母艦も帝国府に寄港している為、こうして信濃備え付けの弐輪車を少し跳ばすだけで往復出来た。
 それでも今回の稼動報告書は前回提出した物よりもかなり分厚くなってしまい、それに伴い報告内容も長くなってしまった。
「……まぁ、何度も実戦を経験して来たんだから仕方ないよね」
 マリアはそう自分で自分を慰めるように独り言を呟きながら、母艦に続く桟橋に急いだ。
「ふぅ、しかしこんだけ短いスカートだとペダルを漕ぐのも大変ねぇ」
 少しスカートの裾の辺りを気にしながら、ペダルを漕ぐ足の動きを早めた。
 マリアは司令部に出頭すると言う事で、何時もの作業用のツナギでは無く、ちゃんと帝国軍の女子用標準制服を着ていた。
 先程建物の角を曲がる時、屈んで作業をしていた作業員の人が顔を赤くしているのをマリアは思い出した。
「……多分、スカートの中、見えちゃったんだろうなぁ〜……はぁ、もうちょっと可愛いパンツ穿いておけば良かったよ……」
 自分の回想で少し顔を赤くしながら、空を見上げた。太陽が一番高い所から幾分か低くなっている。
「う〜お腹ぺこぺこぉ〜……早くイリアさんの美味しいご飯が食べたいよぉ〜」
 既にお昼をまわって随分と時間が過ぎていた。
「今頃艦長もお昼食べてる時間だから、わたしも一緒しちゃおうかナ?」
 そう呟きつつ、一生懸命に弐輪車のペダルを回すマリアの視界に、母艦に繋がる連絡橋に隣接する詰所の前で、少し困った素振りを見せている女の子の後姿が見えた。
「?」





「それですいません、わたしそのリュウガムラサメ准将に逢いたいんですが……」
「えーそれでしたら、この信濃の中に乗艦されると言う事ですね、申し訳ございませんが自分の身分を証明出来る物を御提示願えますか?」
「え!? 身分証明書ですか?……え〜、わたしそんなの持ってたかなぁ??」
 小柄なホビットの少女は自分を証明出来る物を求めて、身体中をごそごそしだした。
「……え〜とぉ……?」
 どしんっ
 困っていたホビットの少女は、突然自分の背中に何か軽い衝撃を感じた。
「?」
 振り向くと、自分と同じぐらいの背丈のエルフの女の子が、自分の背中にくっ付いていた。
「どうしたのリュウナ? いきなりこんな所にやって来て??」
「?……え!?」
 そのエルフの少女の顔を見た瞬間リュウナの顔が輝いた。
「マリアぁっ、マリアじゃないのぉ〜っ」
「うん! ひさしぶりぃ!」
 ほぼ同じぐらいの背丈の少女達は、お互いに手を取り合うと、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねた。
「マ、マリア?」
 リュウナは行き成りマリアに抱きしめられてしまった。マリアはリュウナと同じ身長なので、それに比例したあまり長くない腕を精一杯伸ばしてリュウナの細い身体をぎゅうっと抱きしめている。
「……リュウナ、良かった……無事で……」
「え? は、はい?」
 良く状況が飲み込めないリュウナが、素直に返事を返している。
「あの時……ラグナレクが置かれていた要塞の戦いの時、わたしたちを助けてくれた赤い呪導機……あれに乗ってたんでしょ、リュウナが」
「あっ……そうか」
 リュウナも前に副長から聞かされた事を思い出した。
 自分があの要塞で、フェイク・ラグナレクの置かれていたシリンダーからイスラフェルに乗って飛び出した時、ラグナレクを振り回す枢機国の巨人の前に、三騎の帝国の機械神達がいた。
 そして、その一機に副長が乗っていて、隣りの一一機に自分の幼なじみのマリアが乗っていた事を。最後の一機にはマリアの事を慕うシフォンと言う元気な女の子が乗っていたと言う事も聞いていた。
「あの後……敵に撃たれた呪導機にリュウナが乗っていたって艦長から……リュウガさんから聞かされたとき、わたし心配で心配で、リュウガさんは大丈夫って言ってたけど……でも、でも……」
 顔を摺り寄せてきたマリアの横顔から、小さく嗚咽が聞こえて来た。
 リュウナは優しく微笑むと、親友の頭に手を置いて優しく撫でた。
「……ごめんね、心配かけて……わたし大丈夫だよ。それにイスラフェルも親方さんが直してくれてるはずだから、もう心配しないで」
「……うん」
 思いがけず親友と再会でき相手の無事を知る事が出来たマリアは心底ほっとしたように、抱きしめていたリュウナの身体を離した。
 そして、故郷の街でまだ一緒に住んでいた頃に、良くリュウナを相手にやっていた事をやってみたくなって、今まで相手を抱いていた手を今度は耳の方に伸ばした。
 そしてそのままリュウナのふさふさとした猫の耳を軽くつかむと撫で始めた。
「はぁ〜しあわせ〜♪」
「あ〜ん、もう、マリアってばわたしの顔を見ると、すぐ耳を撫でたがるんだからぁ〜」
「えーだって本物の猫さんにこんなことしたらすぐ逃げられちゃうしぃー」
「だからってわたしの耳でやらないでよぉ〜……あんっ、くすぐったいよぉ〜」
 とか文句を言いつつも素直にされるがままのリュウナ。まぁ彼女の性格からすれば嫌とは言えないのは、誰の目にも解りますが。
「もう、ホビットの耳を触りたいんだったら、うちのおねえちゃんの耳を触れば良いじゃないよ〜」
「えー、そんな失礼なことできないよ〜」
「じゃあ、わたしには失礼じゃないってのぉ?」
「え〜、だってわたしたち友達じゃない〜」
「うー、それを言われると弱い……」
「……まぁ、いつかやってみたいと思うけど……」
「……あの、マリアちゃん? お知り合い?」
 二人の女の子の、如何にも再会を祝している雰囲気を壊すのを少し躊躇いながら、詰所のエルフの女性がマリアに声をかけた。
「あ!? ごめんなさいっ……はいっ、同じ故郷の幼なじみです」
 女性士官の声を聞いた途端、慌ててリュウナの耳を掴んでいた手を離すと、改めて彼女の事を紹介した。
「そうなんです〜」
 マリアからの紹介を受けて、リュウナがぺこっと頭を下げる。
「それと彼女は、信濃のムラサメ艦長の妹さんなんですよ」
「エヘヘ、いつも姉がお世話になってます」
 リュウナがもう一つの紹介を受けて、もう一回頭を下げる。
「え!? そうなんですか!? だったら初めから言ってくれれば良いのに……でも、そう言われてみると顔とかソックリですね、耳の垂れ具合なんかも」
 エルフの女性士官は目の前のホビットの少女の事を「リュウガの妹」と紹介された時、誰もが思う第一印象を普通に口にしていた。
「……そうですね、ムラサメ准将の妹さんでしたら、このままお通しして差し上げたい処ですが、なにぶんこの艦も最重要機密兵器の一つですからね……厳しい規則とは思いますが、したがって頂きます」
 詰所を預かる女性士官は軍人としての顔に戻ると、再び申し訳ないと言う表情を作りながら頭を下げた。
「いいえ、突然押しかけたわたしも悪いですから、お気になさらないで下さいです」
 リュウナも頭を下げた。これ三3回目だ。
「どうしたの? リュウナ?」
 マリアが話しに入ってきた。そういえば先程まで彼女が困り顔をしていたのを思い出した。
「うん、折角帝国府まで来たからおねえちゃんに逢っていこうと思ったんだけど、わたし自分の身分を証明できるものを全然持ってなかったから、これ以上先に進めないの」
 リュウナが残念そうに呟いた。
「そうなの?」
 リュウナの大変な姉想いの処は子供の頃から一緒だった所為で、マリアも充分過ぎる程解っていた。
 マリアはこの女性士官と交渉をしようかとも思ったが、それは止めた。彼女は何も悪い事はしていないのだ。
 この帝国最大の空母に悪意を持って進入し、破壊活動等を行なおうと考える者を一人も入れさせないようにと、身体を張って頑張っているだけなのである。
 自分の乗艦である「重機動要塞航空母艦 信濃」はその重要性の為、この艦に属していない者はどんな高官であっても身分証明書の提示を求められる。手ぶらで入れる者など、この帝国の皇帝陛下ぐらいなのではないだろうか? 現にこの詰め所を預かる女性士官は先程から申し訳なさそうな顔をしたままだ。
 マリアとしても無理矢理リュウナの事を通してもらって彼女に迷惑をかけることも出来ないので、帝国府の宿舎かどこかにリュウガ本人を連れて行ってあげようかと思った時、ふと何かをひらめいた。
「ねえリュウナ? リュウナって龍魔導士なのよね?」
「え? うん、そうだけどぉ?」
「じゃあその龍魔導士の称号証とか持ってないの?」
「うん? え? あるよ、一応……」
 リュウナはミニスカートのポケットに手を突っ込むと、ごそごそと何やら取り出してきた。
 それは、複雑に入り組んだように形作られた10cm大の金属製のプレートだった。各所に白銀や金などがあしらわれ、物凄く身分の高い者を証明する物であると言う事を一目で解らせるような作りだ。
 そして簡単に偽造などが出来ないようにリュウナ本人だけをこの証明証の持ち主として証明できるような、何か強力な魔法がかけられているようである。
 リュウナはその自分用に作られた龍魔導士の証明証を女性士官に見せた。
「これなんですけどぉ……」
 小柄なホビットの少女がおずおずと差し出してきた金属製のプレートを見た瞬間、その女性士官の目の色が変わった。
「こ、これは本当に本物の龍魔導士の証明証じゃないですか!?……これがあれば信濃の中はおろか、皇帝陛下の執務室だって入れてくれますよ!?」
「……はぁ、そうなんですか?」
 女性士官の驚き声とは反対に随分とのんびりとした口調のままのリュウナであった。
「というかリュウナ、なんで今までコレ隠してたの?」
 少し呆れ顔のマリア。
「え? だってこんな魔法使いとしての証明証なんて魔導教会の中でしか使えないと思ってたから」
「……ほんとそのぽよ〜んとしたところ、お姉さんにそっくりだよね……」
 自分自身の凄さが全然解ってないようなのんびりさ加減は、本当にリュウガに瓜二つだなぁと、長年彼女の幼なじみをやってきたマリアはつくづく思った。





「ん、しょと……あれ? これってどこにつかまれば良いのかなぁ?」
「うん? じゃあ私のお腹に手を回してくれれば良いよ」
 リュウナは言われるままにマリアの細い腰にぎゅっと抱きついた。
「じゃあ行くよー」
 マリアは弐輪車の荷台にリュウナを乗っけるとペダルを力強く蹴りだして走り出した。
「きゃっ」急に走り出した弐輪車の後ろから小さい悲鳴が聞こえてきた。
「あ、ごめんね、走り出しはちょっと勢いつけないとダメだから」
「う、うん」
 しばらくするとマリアは、後ろに自分と同じ位の重量物を乗っけているとはとても思えないくらいに、軽やかに弐輪車を走らせ始めた。
 マリアの短い髪やリュウナの三つ編みが風になびき始めた。
「わぁ、海風が気持ち良いねぇ〜」
 桟橋の上を急ぐ二人を、塩の匂いの入った風が優しく包んでいる。
 海風に肌を撫でられて随分と幸せな気分になってしまったリュウナは、思わずマリアの背中に頬を寄せていた。
「ん? どうしたの?」
「エヘへ、なんとなく」
「くすっ、こうしてるとなんだか恋人同士みたいだネ」
「あはは♪ そうだネ」
「でもやっぱり相手は私よりもお姉さんの方がよかったかな?」
「え〜、そんなことないよぉ、わたしマリアのことも大好きだよぉ」
「アハハハハ」
 そうこうしているうちに、二人の乗った弐輪車は信濃の船体最後部に取り付けられた上陸用移動橋に付いた。
 マリアは後ろにリュウナを乗っけたままそのまま橋を渡っていく。
「……ふぇ〜……本当おっきいねぇ?」
 改めてリュウナが心底感心したように声を上げた。
 信濃の最上部に乗っかる飛行甲板は、この連絡橋の繋がる桟橋から20メートル以上もの高みにあった。まるで上から覆い被さってくるかのような迫力である。
「……う〜」
 首を思いっきり上にあげて飛行甲板を見上げようとしているのだが、あまりにも高すぎて首の間接の稼動範囲が追いつかないようである。
 大きく曲げすぎて首が痛くなってきたリュウナは、今度は連絡橋の繋がる後部から艦首方向に目を向けた。
 しかしこの船体最後部から艦首を見ても、信濃の四一〇メートルもある巨体が災いし、艦首の方がいったいどういう風になっているのかなんて、全然見えないのであった。
「はぁ〜……こんなでっかいのが動くなんて、ほんと凄いねぇ〜」
「そうねぇ、わたしもたまに不思議になっちゃう時あるモン」
 連絡橋のスロープに弐輪車を乗り入れたマリアは、リュウナに降りてもらって自分も降りると弐輪車を押し始めた。此処まで運んできてもらったリュウナも後ろから、よいしょよいしょと押している。
 二人はスロープを上りきると、信濃の後部格納庫の最後部に空けられた資材搬入口から中へと入っていった。
「ようこそ信濃へ♪」
 マリアが改めて、自分の友達に招待の挨拶をする。
「……天井も高いんだねぇ」
 マリアの声を自分の大きな耳に入れながら、先程外で飛行甲板を見上げていたのと同じように、艦載機格納庫の二〇メートル位はありそうな天井を見上げていた。
「リュウナんちの鍛冶屋さんとおんなじぐらいあるでしょ?」
 今まで乗ってきた弐輪車から固定用スタンドを出して格納庫の壁に立てかけながら、マリアが説明する。
「そうだねぇ〜、びっくりぃ〜」
 リュウナの実家である龍機兵鍛冶の店は、頭頂高が十五メートル前後にもなる龍機兵を中に入れて修理等を行なう為、天井の高さはこの格納庫と同じ二〇メートル位はあるのだが、それでも横や縦のサイズは一機分程度の広さしかない為、この何機もの龍機兵を収容する信濃の艦載機格納庫とは比べ物にならない。
 姉に似て大概の事には驚かないリュウナも、この格納庫の広さを見て流石にびっくりしているようだ。
「でもね、この後部格納庫に来ても本当の意味では信濃の中に来たってことにはならないのよね」
「はぇ? そうなの?」
 天井にぶら下がる大型クレーンや収納式の艦載機固定用サイロなんかを見ていたリュウナは、マリアの台詞を聞いて、くるっと振り向いた。
「うん、今わたしたちが入って来たこの後部格納庫は『機動空母』っていう小型空母が接続された状態なの。今わたしたちがいる左側の方が日進っていう名前で、となりが瑞穂っていう名前なの。だからもうちょっと進んで、中央船体部の方まで行かないと本当の意味では信濃の中に来たってことのはならないのよねぇ」
「へぇ〜そうなんだ……でも隣の空母には瑞穂なんていう、ずいぶんと可愛い名前がついてるんだね」
「へへへ、そうだネ……ねぇリュウナ?」
「うん? なに?」
 マリアが説明に区切りを付けて問いかけた。リュウナもマリアの方に顔を向ける。
「とりあえずお姉さんのところに行ってみる?」
「え? あ、うん、マリアにも逢えたし、他には特に用事は思いつかないし……あ、でも今おねえちゃん忙しいのかな?」
「それならだいじょうぶ、多分今日の今の時間なら、食堂でご飯を食べている時間だから……実はわたしもお腹すいちゃってて早く食堂に行きたかったりして」
「ウフフ、そうなんダ」
 少し空腹気味のお腹を押さえる仕草をしながら照れ笑いを浮かべるマリアは、友達を先導しつつ自分の仕事場でもある格納庫内を歩き始めた。
 とりあえずマリアの後ろにくっ付いていたリュウナは、なにやら「小さい物体」がこの広い格納庫内の其処かしこで動き回っているのを発見した。
「?」
 それはなんだか随分と寸詰まりな蟹のような形をしていた。
 その甲羅のような丸っこい胴体部に硝子製らしい一つ目がついていて、胴体の脇からは車輪の付いたずんぐりとした足が片側二本ずつくっ付いている。そして一つ目の顔の下には細かい作業に適したような小さい腕が付いている。
 全体的な高さとしては八〇センチぐらいだろうか? 縦と横も大体同じぐらいである。
 そしてその蟹のような小さな物体が、この格納庫内のいたるところで忙しなく動いているのが見える。
「ねぇ、マリア」
 リュウナはマリアの着る制服の袖を、くいくいと引っ張った。
「うん? なにリュウナ?」
「あの、ここにいっぱいいる、かにさんみたいのは、何?」
「ん? あ、エクルビスの事ね」
「えくるびす?」
「うん、この信濃とかの機動戦艦の中で働いている小型作業用龍機歩兵の事よ……あ、おーいっ、そこの五〇一二号ぉーっ、ちょっと来てぇーっ」
 ちょうど二人の前を通り過ぎようとしていたエクルビスの一機が顔を少し此方に向けると、手招きするマリアの方に向かってきた。
 マリアは自分の隣りにちょこんと停止した平べったい蟹の様な形をした小型機に合わせるように屈みこむと、“ぽんっと”エクルビスの頭の上に手を乗せた。その鉄製と思われる頭の脇には「5012」と刻印されていた。
「これがエクルビスよ、結構可愛いでしょ?」
「へぇー、この小さい子たちがこの中で働いてるんだ……でもこの子たちってどうやって動いているの?」
「うん、この信濃を動かす中央制御電脳に並列接続されている補助電脳が動かしているのよ。あそこに並んでる飛装兵達も無人で動いてるんだけど、まぁ基本的にはそれと同じ構造なのよね」
「……はぁ」
 リュウナはあんまり理解できてないような気のない返事をしている。
 彼女は龍機兵鍛冶士の家に育ったので龍機兵そのものの構造なら多少は解かるのだが、そんな並列接続だの無人飛装兵だのと帝国軍の最新技術をいきなり説明されても、直ぐには理解できないのは当たり前であった。
「と言うかマリア、そんな軍の『ちょーひみつぎじゅつ』みたいなものを、わたしなんかにぺらぺらと喋っちゃって良いの?」
 その親友の台詞に、マリアがキョトンとした顔で答える。
「え? だってリュウナは今その超秘密技術の中にいるのよ? この信濃の中を歩くだけでリュウナは帝国軍の秘密を知っちゃう事になるんだから、いまさら黙ってたってしょうがないもん」
「……そ、そっか」
 リュウナは改めて自分の持つ「龍魔導士」と言う称号の地位の高さに考え込みながら、自分もエクルビス五〇一二号機の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇマリア、わたしもこの子に触っても良いかな?」
「え? あ、はい、どうぞ」
「……へぇ、ずいぶんと小さくて可愛い手がついてるのね」
 リュウナはそう言いながら、エクルビスの胴体前面に取り付けられた作業用小型アームに手を伸ばそうとしたが……
 すすす……
「?」
 エクルビス五〇一二号機がリュウナの手を逃れようと少しずつ後退していく。
「??」
「あ、ごめんね〜、そっかぁ五〇一二号機はちょっと人見知り屋さんだったわネ、ごめん、ごめん」
 エクルビスの突然の行動に、マリアがすまなそうに説明を入れる。
「???」
 だが、リュウナは手を伸ばした姿勢のまま動きを止めたままであった。固まったまま見つめ合う、ホビットの少女と小型作業用龍機歩兵。
 しばらくしてリュウナが何かに気が付いたように、マリアに顔を向けた。
「あれ? マリアってばさっきこのエクルビスたちは信濃が動かしているって言ってたよね? じゃあなんで、ひとみしりなんていうことが起きるの?」
 それはリュウナでなくても当然の疑問だ。
「うん? あ、そっか、そこまで説明してなかったっけ……この子たちはね、ある程度自立して行動できるようになってるのよ、それでね初期状態ではみんな基本的には同じ行動パターンなんだけども、しばらく時間が経つと個体差みたいな物が出てきちゃうみたいなのよね」
 マリアが自分の後ろに隠れてしまったエクルビス五〇一二号機の頭を優しく撫でながら、説明した。
「ほら、ごめんネ、もう行っても良いよ」
 マリアに促がされてキュルキュルと足裏の車輪を小さく回転させると、エクルビス五〇一二号機は自分の持ち場に戻っていった。
 龍機歩兵にふられてしまったリュウナは立ち上がりながら、もう一つ湧いてきた疑問を友達に聞いてみた。
「でも、マリアもさ、沢山のこの子たちの性格を一体ずつ憶えてるなんて凄いよね」
「うん? まぁ、それがわたしの仕事だからネ」
 マリアも立ち上がるとリュウナを誘ってまた再び格納庫内を歩き始めた。
「……でもエクルビスってざりがにの名前じゃなかったけ?……あれはどう見ても、かにのような……」
 しばらく歩くと二人の少女は、格納庫の横壁に空いた巨大な開口部の前に着いた。そこは縦横とも十八メートルはありそうなぐらい大きく壁が切り開かれており、その先にはその開口部と同じぐらいの張り出しが付けられている。
 マリアは躊躇もせず、その張り出しに出て行った。リュウナもおとなしく後ろにくっ付いていく。
 海風が、マリアとリュウナの髪や服の裾をぱたぱたとはためかせた。
「……あ、そうか、これってエレベーターでしょ?」
「うん、そうだよ、よく解かったネ」
 マリアが二人の乗っている艦載機昇降用エレベーターの床に屈み込みながら、答えた。何かの小さいハッチを開けている。その中にはボタンが二つ付いていた。
 マリアが「UP」と刻まれた方のボタンを押すと、二人の乗ったエレベーターが静かに動き始めた。どうもエレベーター上から操作できる非常用の昇降釦器らしい。
「わっ、結構早いねぇーっ」
「うん、だって戦闘中に艦載機を収容したり甲板に上げたりしなくちゃいけないから、これぐらいのスピードは出なくちゃね。ちなみにこんだけのスピードを出す為にエレベーター自体にも専用の浮揚器がついてるのよ」
「本当?」
「本当」
 自重二五〇トンを超える艦載機昇降用エレベーターは、搭載したイオノクラフトで自重を軽減させつつフル稼働を発揮して、四〇キロ前後の搭載物を二つだけ飛行甲板上に押し上げた。
 ガコン! と言う停止の振動音と共に、信濃の飛行甲板にエレベーターが接続される。
「……うわぁ〜、ひろぉ〜い……」
 艦載機昇降用エレベーターで飛行甲板上に上ってきたリュウナは、帝国海軍籍の空母の中でも最大級を誇る信濃の飛行甲板の広さに素直に驚いていた、と言うか感動していた。
「……こ、これって普通の運動場とかよりも広いんじゃ……?」
「うん、なんたって端から端まで四〇〇メートルあるからね、直線で四〇〇メートル走ができちゃうよ……あ、でもそんなことしたら海に落ちちゃうか」
 と、幾分かとぼけた会話をしながら二人は、日進の第二エレベーターから艦橋に向かって歩き始めた。ちなみに此処から艦橋までも有に一〇〇メートル以上はある。
「……あのさ、今更なんだけど」
 艦橋に並ぶように立てられた巨大な擬装煙突や後部主砲塔を右手に眺めつつ、リュウナが躊躇いがちに口を開いた。
「はい?」先を進むマリアが、振り向く。
「……わたしたち二人を上に上げるだけに、あの大きなエレベーターを使うのは、ちょっと無駄が多いんじゃ……?」
「あ、その事ね、ま、せっかく龍魔導士のリュウナ様って言うお客様が来てるんだから、それぐらいの御もてなしはしなくちゃネ」
「はぁ、そういうもんなんですか?」
 二人は最大幅四〇メートルもある飛行甲板を斜めに横断し始め、艦橋の方まで歩き始めた。
「……?」
 信濃の艦橋の向うに、何か大きな構造物が見えた。
 その大きな構造物は信濃が横付けしている移動式の桟橋にいた時も確かに見えていて、その時は艀か何かと思っていたのだが、こうして信濃の甲板の上に乗って近付いて見ると、艀というには余りにも大き過ぎるという事が解かった。
「……ねぇ、マリア」
「ん? なに?」
「あそこに浮かんでる、大きなお弁当箱みたいなものは……何?」
「はぇ? おべんとうばこ???」
 びしっと、リュウナが海上に浮かぶ巨大な鉄の塊を指差す。
「あー、あれね、あれは『オーディシャス』よ」
 マリアが親友の疑問に即答した。
「おーでぃしゃす?」
「……うん、あれは元々枢機軍の移動要塞の一つだったものなの。それをこの前の戦いの時鹵獲して、それをそのまま持って来たんだ」
「へ〜そうなんだ」
 本当はこのオーディシャスという要塞艦の中には、数え切れないほどの悲しみの事実が詰まっているのだが、それはあえて知らせない方が良いと思い、黙っていた。
「……」
「……? どうしたのマリア?」
「え!? あ、ごめんなさい」
 海上に浮かぶ巨大な鹵獲艦を見つめたままだったマリアに、リュウナが心配そうに声を掛ける。
 リュウナも、友達があのオーディシャスを見つめる表情には、只ならぬ雰囲気を感じていたのだが、本人が口にしようとしないので、自分もそれ以上の詮索は止めていた。流石に長年幼友達をやっているだけあって、二人ともお互いの気持ちは良く解かるようだ。
 そうこうしている内に二人はようやく艦橋まで近付いて来た。
「?」
 信濃の艦橋に近付くと、なにやらその脇に二組程のテーブルセットが用意されているのが目に入った。軍艦には余程不似合いな物を発見したリュウナは、当然のように友達に質問した。
「あれ? こんな所でオープンカフェ?」
「うん? あ、あれね、うん、この信濃が寄港中とかの静かな時は、あーやってテーブルが出してあって外でお茶出来る様になってるんだ……でも、中の食堂からお茶とか持ってくるの、ちょっと大変だけどね」
「へぇ〜、そうなんだ」
 マリアから説明を受けていたリュウナの眼に、一人のホビット族の者がテーブルを拭いているのが目に入った。
「シエラさぁ〜ん、ただいまぁ〜」
 マリアが声を上げて嬉しそうに近付いて行く。
「?……あ、マリアちゃんお帰りなさい」
 丁度二人に背中を向けた格好でテーブルを拭いていた、信濃の艦内食堂給仕係「シエラ パーツィバル」は、聞き慣れた高い声に振り向いた。
 小走りで走り始めた親友の後ろに、リュウナも小走りでくっ付いていく。
「あれ? マリアちゃん、お客様?」
 一緒に走ってきた、マリアと殆ど同じ身長と体型の女の子を目に留めてシエラが質問した。
「うん、この子はリュウナムラサメさん。うちの艦長の妹さんなのよ」
「リュウナっていいますっ、何時も姉がお世話になってますっ」
 マリアからの紹介を受けてリュウナが上半身をほぼ九十度ぐらいまで曲げて挨拶をする。
「あ、ムラサメ准将の妹さんなんだ?……へぇー、顔とかソックリですねぇ、耳の垂れ具合なんかも」
 シエラも、先程のエルフの女性士官が口にした台詞と、まったく同じ第一印象を口にした。
「そうだ、シエラさん」
「ん? なぁに?」
「今、わたしたちその艦長を探しているんですけど、今食堂にいますか?」
 シエラは給仕係であるのだから、彼女の仕事場の事はこのシエラ本人に聞くのが一番良い。
「そうねえ、いつもならこの時間ぐらいに食堂でご飯を食べているのが普通だけど、今日はちょっと違う場所にいるわねぇ」
 マリアの質問に、シエラが少し「にまぁ〜」っとした表情をしながら答えた。
「え? どこですか??」
「フフフ、ここ」
 シエラが自分が拭いていたテーブルの、隣りのテーブルを指差した。
「???」
 今までシエラの陰になってよく見えなかったのだが、テーブルの向うには椅子を縦に三つほど並べてあるみたいだ。
 二人が近付いていってみると、その並べた椅子をベッド代わりにして一人の女性が眠っていた。そして気持ち良さそうに寝息を立てる女性の顔を二人は良く知っていた。
「おねえちゃん!?」
「リュウガさん!?」
 びっくりしたと言う表情の二人の後ろでは、シエラがくすくすと笑っていた。先程の「にまぁ〜」っとした顔にはこういう秘密があったのだ。
「私がテーブルを拭きに来た時には、もうここで寝ていたのよね」
「くー、くー」と気持ち良さそうに眠っているリュウガは、流石に椅子を三つ並べたぐらいではその長身が収まりきらないらしく、椅子からはみ出した膝を下に曲げて甲板上についている。
「……どうしよう、起こしちゃおっか?……まぁ妹さんが逢いに来てんだから起こしちゃっても良いよね?」
 シエラがどうしようかと二人に確認をとる。
「うん、起こしちゃってもいいと思います……でも、おねえちゃんってわたしと同じで結構朝弱いから、ちゃんと起きるかなぁ?」
「……そうかっ、良いこと考えた!」
 マリアが何かを思いついたように声を上げた。
「ねぇ、二人ともリュウガさんの脇に並んでくれる?」
「?」
「?」
 シエラとリュウナの二人は、マリアに言われるままに椅子の上で寝たままのリュウガの隣りに、並んで屈み込んだ。
「リュウナ、ちょっと耳を上げてくれる?」
「え? 耳?……あ、うん」
 リュウナが普段は下に垂れ下がったままの耳をひょいっと立てる。
 彼女が耳を立てたのを確認すると、今度はリュウガの肩を掴んでゆさゆさと揺り動かし始めた。
「艦長! お客様ですよぉ!!」
「…………う、う〜ん……はぁ〜い」
 自分を起こそうとする声と自分の身体が揺さぶられるのを感じたリュウガは、ほぼ自動的とも言えるような仕草で身体を起こした。
「……?」
 まだ半分以上眠ったままの頭を、ぐるっと旋回させて、辺りを確認する。
「……」
 ぼぉーっとした視界の中にまずショートカットのエルフの女の子が見えた。自分を起こした声から判断するに、この子はマリアに違いない。
「……?」
 眠けまなこのまま辺りを見回していたリュウガは、自分の隣りにホビットの女の子が二人並んでいるのを発見した。
 二人とも髪が短い。勿論眠けまなこなままのリュウガの視界には、妹の三つ編みは入ってない。
 この艦に乗り込んでいるホビットの女の子で髪の短い娘と言えばとアリシアとシエラなのだが、並んでいる二人は共にアリシア程背が大きくないので、リュウガは自分が思った事を素直に口に出す事にした。
「……あれ? 今日はシエラちゃんが二人いますねぇ?」
 その、とろ〜んとした台詞を聞いた瞬間に三人とも「ぷっ」と吹き出してしまった。










「どうやらこのオーディシャスの浮揚器自体は、まだ使えるみたいです」
「本当に?……じゃあ、なんで人間達はこのオーディシャスを飛ばそうとは思わなかったのかしら?」
「多分、この巨体に見合うエンジンの都合がつかなかったんでしょう、この要塞艦既存のエンジンシステムはもう使い物にならなくなっているみたいですし。これだけの質量を飛ばすには大型縮退炉クラス四基は必要でしょう」
「大型縮退炉四基……大和クラスの重機動戦艦と同じか……」
 鹵獲した枢機海軍のハバクク級要塞艦「オーディシャス」の艦橋で二人の士官、アリシアラウリ大佐とカインレイシュナー中佐が、この巨大な鹵獲兵器の調査作業を行なっていた。
「修理と整備を行なって我軍の戦力とするにも、最低でも一年は掛かるでしょうね。浮揚器も使えるようにするとなると、更に時間はかかりますね」
 カインが先程纏められた報告書に、再び目を通しながら答える。
「ふん、随分と時間が掛かるものね。こんな忌々しいもの、あそこで全部灰にしちゃえば良かったのよ、劫火砲で」
 アリシアがつまらなさそうに言う。
 このオーディシャスは「血抜き」の拠点の一つとして使用されていた。「血抜き」という言葉と行為に過剰なまでに反応するアリシアが、あからさまな嫌悪感を見せている。
「それもそうですが……」
 アリシアの、この殺気とも言える感情を感じたカインは、言葉少なにそう答えるしかなかった。
 カインがこの沈黙してしまった雰囲気をどうしようかと思っていたその時、艦橋後部のドアがノックされるのを聞いた。
 二人が振り向くと、開け放たれままだったドアに手の甲を打ち付ける格好で立っている、腰に二本の剣を下げた剣士姿の男が目に入った。
「アリシアのことを探してたら、ここにいるって聞いたからさ」
「副長!?」
 アリシアとカインの二人が同時に声を上げた。
「いやぁ〜俺がいない間、てっきりカインが信濃の副艦長をやってるもんだと思ったら、アリシアがやってたんだってね?」
 副長が頭に手を当てた「申し訳無い」みたいな仕草をしながら、二人に近付いて来た。
「なによ、いきなりいなくなったと思ったら、いきなり帰ってきて? 随分と勝手じゃないの?」
 アリシアが腰に手を当てたポーズで、副長を責めるような目線を向けている。お帰りなさいの一言も無いのだが、逆にそれが彼女らしいと、副長はアリシアの荒っぽい歓迎を喜んでいた。
「副師団長、お帰りなさい。龍魔導士様の護衛任務お疲れ様です」
 アリシアとはまったく正反対に、カインが自分の上官の帰還に喜びの言葉を返している。
「カインもいつも黒龍師団の仕事押し付けちゃってすまないよね。もう、カインが正式に副師団長になっても良いんじゃないのかな?」
「いえ、とんでもないですよ! 副長じゃないとやっぱり黒龍師団の本当の副師団長は務まらないですよ!」
 自分に対する労いの言葉に、カインが大慌てで反応する。
 このオーディシャスを巡る一戦で、ガルア師団長やこの副長に掛かる責任の重さを充分以上に感じていたカインは、自分には副師団長補以上に収まる器は無いと、痛烈に感じていたのだ。
「で、帰還早々あたしに用って何? デートのお誘いならお断りよ。あたしは既婚者と逢引するほどヒマじゃないわよ」
「はははは、そうか、俺がアリシアのことをデートに誘っても、もう駄目なのか?」
「……本気?」
「いや、そうしたいのは山々だけど、違うよ。引継ぎだよ」
「引継ぎ?」
「そう、信濃の副艦長としての引継ぎだよ」
「あ……そうか」
 副長が帰ってきたと言う事は、自分が信濃副艦長としての任を解かれると言う事である。
 自分の専用戦艦である『武蔵』も修理が完了し、今は完熟運転をしている頃であり、丁度良い頃合ではあるのだが。
「今までご苦労様」
「……ふぅ、これでやっとあたしも、あののほほんとした天然ボケ娘から解放されるって訳よね」
 そう清々したように悪態をつくアリシアではあったが、どうにも自分の中に信濃と言う軍艦から離れるという事実に、後ろ髪を引かれるものがあるのを感じていた。なんだか胸の奥に「ズキン」とした、嫌な痛みを感じる。
 ……自分があの信濃の生活に慣れてしまったのか……それとも?
「それともアリシア? 信濃から離れるのは嫌か? だったら俺が武蔵の艦長をしてやろうか?」
「ば、馬鹿な事言ってんじゃないわよ!!!」
 自分の気持ちを見透かしたような副長の台詞に、大声を上げて反論する。でも、顔が赤いので寂しい気持ちがバレバレである。
 副長はと言えば、帰ってきて早々アリシアらしい台詞を何度も聞けて、至極ご満悦の様である。










「お久しぶりですね、リュウナ」
「うん、おねえちゃんも元気してた?」
 ようやく目を覚ましたリュウガは、妹とテーブルを挟んで向かい合っていた。
 二人とも先程シエラが持ってきてくれたコーヒーを飲んでいる。
 マリアはと言えば「もうお腹すきすぎちゃって限界〜」と言いながら、稼動報告書の司令部への提出報告をしに整備班長のタクトの下へと行ってしまった。今頃はぺこぺこになったお腹を抱えて、食堂に駆け込んでいるに違いない。まぁ、マリアとしても「姉妹水入らずの邪魔をしちゃいけない」と思って、直ぐに姿を消したのでしょうけど。
「……随分と落ち着いた雰囲気になりましたね?」
「え!? そう??」
「今回の旅で色々と会ったみたいですね」
「……う〜ん」
 以前の自分だったら姉の顔を見た途端、なりふり構わず姉の身体に抱き付いている処だ。
 だが今の自分は、姉と久しぶりに再会したと言うのに、こうして落ち着いた気持ちのまま普通に会話をしている。
「これはわたし意外にも大切なひとが出来たって言う証拠ですねぇ、ということはティア君と何か進展があったってことですねぇ?」
「え!? えええ!?」
 くすくすと微笑みながら妹の様子をさぐる姉と、姉の言葉に素直に慌てる妹。
「もうキスぐらいはしちゃったのかな?」
「な!? なんで解かるのよぉ〜っ……って、あ!?」
 思いっきり墓穴を掘ってしまうリュウナ。
「フフフ、やっと二人ともそういう仲になったんですねぇ」
 慌てる妹の姿を優しげに見つめるリュウガ。
「……二人とも、もうちょっと早く、そういう仲になってくれれば良かったのに」
 そう言って妹の顔を見つめる。
 リュウナは姉の眼が自分の顔の下の方、丁度唇の辺りに見ているのに気がついた。
 それと同時に、フェイク・ラグナレクの置かれていた要塞での戦いの後、姉が自分にしてくれたことが頭を過ぎった。
 それを思い出したら急に恥ずかしくなって来て、自分の口の周りを手で覆ってしまった。
「そ、それは……でもあの時おねえちゃんがあそこまでしてくれなかったら、今頃わたしどうなっちゃってたか解からなかったから、感謝してるよ」
「そうですか?」
「うん」
 リュウナはそう言いながら恥ずかしそうに、唇の辺りに指先を当てた。
 そう、大好きな姉との再会なのに妙によそよそしいのは、そう言う理由もあったのだ。
 自分の壊れかけた心を直す為に、口付けまでしてくれた姉。
 幾ら大切な妹の為とは言え、本当にそこまでしてくれる姉が他にいるのだろうか? と思うと、たまらない気持ちになってくる。
「……」
 その大切な姉との絆を思い起こされた事実が、リュウナの頭を過ぎった。
 リュウナは少し緊張気味になった自分を落ち着ける為に一呼吸置くと、口を開いた。
「……あ、あのね、おねえちゃん」
「うん? なんですか?」
「……あのね……生えたんだ……わたしの背中に……」
「はい?」
「……焔の羽が……龍の焔の翼が……」
「……え!?」
 その妹の言葉を聞いた瞬間に、滅多な事では動じないリュウガが、心底驚いたような表情を見せた。
 大慌てで自分の胸に手を当ててみる。
「……わたし、まだ死んでないですよ???」
 確かにこの胸の奥の心臓は、どくんどくんと正常に鼓動している。
「……うん、そうなんだけど……でも、確かにわたしの背中には、あの黒い焔の翼が生えたの……」
「……それは、もしかしてティア君のことを助ける為に……使う事が出来たんですか、その龍の焔の力は?」
 なんとか冷静さを取り戻したリュウガが、何時もと同じように優しげに呟く
「……うん」
 その妹の台詞を聞いて姉が微笑む。
「じゃあ、本当に起きたんですね奇跡が。大切なひとを守る為に」
「……うん」
「……でも」
 リュウガが思いを馳せるように空を振り仰いだ。
「あなたにも龍の焔が使えたってことは……この時代が大きく動こうとしているのかも……知れませんね……」
「……」





「ごめんね、ミカにまで手伝ってもらっちゃって」
「うん、ほんとうに」
「良いってば」
 双子のエルフの看護士が同族の女性士官を挟んで、信濃の艦内通路を歩いている。三人とも手に大きな荷物を抱えていた。
 信濃はまた再び中間基地への出撃を控えている為、今のうちに必要な物を揃えておこうと、以前に司令部の方に発注しておいた酒保用の物資を取りに行っていたのだ。
 二人は司令部に行く途中、たまたま帝国府から信濃に戻る途中だったミカを見つけて、こうして荷物持ちの手伝いをしてもらったのだった。
「そういえば二人を見て思い出したけど」
「?」
「?」
「ヨーコから前に聞いたんだけど、うちの艦長のリュウガにも妹がいるんだって。で、それが双子みたいにそっくりなんだってさ」
「へーそうなんだ? 艦長って結構美人さんだから、妹さんも可愛いんだろうね?」
 アニスがリュウガの妹像を想像してみる。
「……え? ちょっと待ってよ!?『いもうと』なんでしょ?……兄弟ってさ、普通下の子の方が大きくなるよね……」
「ま、まさかあのえらいでっかいホビットより更にでっかいホビットの女の子がいるって訳ぇ???」
 此処にいるアニスとアニタの双子の姉妹は、エルフ族ながら一七四センチの身長を持つ結構背の高い姉妹だ。
 リュウガはホビット族と言う元来小柄な者が多い種族の中で「何故か」一八〇センチという長身を持っている。
 そのリュウガの身長を上回るホビットの女の子が存在するかも知れないと言う想像図を、頭の中に浮かべちゃった三人は……
「……なんか凄く怖い考えになっちゃったんだけど……」
「……うん」
「……うん」
 揃って自分の考えに辟易するばかりであった。
「……あ? 噂をすれば影って、表のテーブルに艦長がいるねぇ……」
 三人のうちのアニタは、艦橋最下部に付けられた外窓の向うに、噂の女性を見つけていた。
 怖い想像を続けたまま艦内通路を歩いていた三人は、艦体中心部から殆どの居住区が設置されている艦橋に上がろうとしていた所だった。
「……あ? あああ!? 良く見ればリュウガってば、なんか知らない女の子口説いているしっ!!」
 リュウガの陰になるような位置に、向かい合う格好で小柄な女の子が座っているのをミカが発見した。そしてその二人が物凄ぉ〜く楽しげに会話しているのが見える。
 三人は興味心身でその場に行ってみる事にした。





「……あのリュウガ?」
「はい?」
 艦橋から飛行甲板に出た三人は、テーブルに向かい合って座る二人の元に真っ直ぐに向かった。
 テーブルに座る二人は、大荷物を抱えて突然出てきた三人にも、特に動じる事も無くニコニコと笑顔を向けている。
「そちらの可愛いお嬢さんはどこでナンパしてきたの?」
 とりあえずミカが代表して聞いてみた。
 その台詞を聞いてリュウガがくすくすと笑っている。向かいの小柄な女の子は照れて顔を赤くしている。
「エヘへへ、良いでショウぉ〜」
 ぽんっ♪ と胸の前で両の手の平を合わせながら、リュウガが疑問符を乗っけた三人に説明する。
「彼女はわたしの妹なんですよ」
「え!? そうなの!?」
 三人が素っ頓狂な声を上げる。そりゃあそうである。先程まであんなに怖い想像をしていた処に「この目の前の小さくて可愛い女の子が妹」って行き成り言われてしまったのだから。
「リュウナって言いますっ、いつも姉がお世話になってますっ」
 リュウナが立ち上がりながら、今日何度目かの自分を紹介する言葉に反応して頭を下げる。
「は、はぁ」
「……どうしたんですか三人とも? そんなにビックリしたような顔して?」
「……いや、リュウガに妹がいるって言うのは前に聞いてたんだけど……こんなにちっさくて可愛い子だったなんて思わなかったからさ……てっきりリュウガと同じぐらい背があるのかと……」
「エヘへヘ、可愛いでショぉ〜?……でもあげないですよ〜この子はわたしの宝物ですからぁ〜」
「ちょ、ちょっとおねえちゃん!?」
 そう言いながらリュウガは妹の小さな身体を、本当に宝物の様にぎゅうっと抱きしめていた。リュウナも恥ずかしいやら何やらで、顔を真っ赤にしたままだ。
「は、はぁ」
 当の三人はあまりの展開に付いて行けなくなり、力の無い返事を返すばかりであった。
「……?」
 その時、突然リュウガの雰囲気が変わった。
「……」
 何時に無く真剣な表情を見せている。抱いていた妹の身体を離すと、リュウガが何かを感じたように耳を欹てた。
「……?」
 良く見ると妹のリュウナも、姉と同じように耳を欹てている。
 耳を立てた二人は、共に何かを感じる様に天空を振り仰いでいた。
「どうしたの二人とも?」
 突然空を向いたまま固まってしまった二人に、心配そうに声を掛ける。
「……聞こえる」
「……うん」
「え?? 何が聞こえるって言うの??」
 エルフ族の者はディフュームの三種族の中では五感に優れ、取り分け視覚と聴覚に優れている。そのエルフの三人にも聞こえない音を、二人は聞いていた。
「何か近付いて来る……それも沢山……」
「うん、聞こえる……幾つもの凶々しき轟音」
 リュウガは今まで欹てていた耳を何時もの様に下に下ろすと、良く状況を飲み込めていない三人に振り返った。
「ミカ、今直ぐ信濃の全乗員に非常召集を掛けて下さい。それと信濃の炉に火を入れて下さい。アニスとアニタも今すぐ持ち場に戻って下さい。炉が起動しだい本艦は出撃します」
「え? ちょっとまってよ……出撃!? そんな司令部の許可も無しに!?」
 ミカが反論する。アニスとアニタの二人も突然の指示に戸惑っている。
「今は一刻を争います。いちいち司令部に許可を取っている暇はありません。本艦の無断出撃の全責任はわたしが取ります、急いでください!」
 そう矢継ぎ早に指示を出すリュウガの表情は余りにも真剣だった。その真剣な表情は、三人を素直に付き従わせるのに充分だった。
「解かったわ! 信濃は今直ぐ動けるようにするわ! アニスとアニタも急いで!」
「はい!」
「了解!」
 双子の姉妹はミカに持っていてもらった荷物を全部受け取ると、自分の持ち場に駆け出していった。
 二人に続いて艦橋に上がろうとしたミカが、何かに気が付いたようにリュウガの方に振り向いた。
「リュウガはどうするの?」
「信濃が動けるようになるまでまだ時間が掛かります。『天龍』も起動には時間が掛かります。わたしは今直ぐに動ける機体で迎撃に出ます」
「……解かったわ! 信濃の方は任せて!」
 ミカもそういい残すと艦橋内に消えて行った。
 リュウガは最後に残った、もう一人の者の方に振り返った。
「リュウナ、あなたも早くこの艦から降りて下さい。あなたは魔法使いだから転移の魔法を使えば簡単でしょ?」
 そう優しく語り掛ける姉の言葉を聞いても、妹はしばらく黙ったままだった。
「……わたしたち……」
 そしてようやく、静かに口を開いた。
「……やっぱり一緒にいちゃいけないのかな……やっぱりわたしはおねえちゃんが死んだ時の為に用意された、予備の部品としての価値しか……無いのかな?」
 それだけ言うとリュウナは再び黙ってしまった。
「……リュウナ」
「……」
 しばらくしてリュウナは再び顔を上げた。
 その顔は半分くらいカラ元気が混ざっていたが、姉を安心させられるだけの良い笑顔をしていた。
「ごめん、わがままいっちゃって……わたしがいちゃ邪魔だもんね……わたしがいちゃ思いっきり戦えないもんね……わたし直ぐにこの艦を降ります……だからおねえちゃん……」
 そう涙交じりで言いながら、きゅっと姉の身体に抱きつく。
「無事に帰ってきてね……」
「……うん」










 高空を巨大な鋼鉄の怪鳥が編隊を組んで飛んでいる。その数十九。
 最初は二〇機いたようだが、一機発艦に失敗してしまったようだ。やはりこれだけの巨体を艦艇から発艦させるとなると、相当な技量を必要とする。
「良し、これから爆撃コースに入る。全機降下準備!」
 爆撃機隊編隊長の指示により、「B−70」達が降下を始める。
 これまでの飛行は順調に来た。
 発艦時に離艦速度まで達する事が出来なかった一機を失ったが、一万メートルの高空を最大巡航速度で飛行してきた為、敵はまだ迎撃機の一機も上げていない。完全な奇襲に成功したようだ。しかも敵国の本土首都に対して。
 飛行隊が正確な爆弾投下を行なう為、龍樹帝国首都、つまり帝国府上空にこれより突入する。
 元より高空に陣取ったままの爆撃等、考えに無かった。敵首都上空に肉薄し、限りなく精密に目標に爆弾を叩き付ける。それが「爆撃機乗りの真情」と言うものだ。
 目視でも帝国府の巨大な外郭が見えてきた。
「良し! これより突入する」
 編隊長機が帝国府上空へ突入するべく翼を翻そうとした。
 その時編隊長は自分が操る「B−70」の脇を、黒い影が物凄いスピードで通り過ぎていくのを見た。
 そして次の瞬間には物凄い爆発音が轟いていた。
「な!? 何だ!?」
「四番機が食われました!!! 敵迎撃機!!! 一機です!!!」
 通信手からの報告が入る。
 胴を一撃で射貫かれた「B−70」四番機は、腹に抱えたグランドスラムが共に誘爆し、敵にぶち当てるはずの巨大な爆球の中に果てた。
 四番機が起こした爆発の煽りを受けて何機かの「B−70」が姿勢を崩している。
「くそ! 構うな! 敵の迎撃は護衛機に任せろ!! 俺達は自分の仕事だけに集中しろ!!!」
 編隊長の怒声の中、僚機を一機失ったにも関わらず、鋼鉄の怪鳥達は、一気に帝国府上空に突入していった。





「くぅ、早い」
 ファイアディスティニ−の操舞倉で、リュウガは敵機の余りの高速に翻弄されていた。
 逸早く敵機襲来を感じ取ったリュウガは、信濃の中央部格納庫に入れたままになっていた自分専用の黒龍師団正式機「ファイアディスティニ−」に乗り込み、敵機の迎撃に飛び出していた。
 リュウガもこの自分の専用機に乗るのは久しぶりなのではあったが、物凄い速度で迫り来る敵機に対して、逸早く行動が出来るのはこの機体しかなかった。
 巨大な三角形の様な敵爆撃機を初撃で一機落としたが、その後迫ってきた、自分の機体と同じ様に真っ黒に塗装された護衛機によって、行く手を阻まれていた。
 ファイアディスティニ−の計算器によれば敵大型機は推定速度マッハ三と言う、信じられないような高速を発揮していた。この護衛機達はそれに付いて来れるだけの速度を有しているのだから、やはり音速を楽に超えられるだけの速度を有しているに違いない。
 その黒い護衛機には、枢機軍は「SR−71ブラックバード」と言う名前を付けていた。
 長大な機首に、空気の流れを考慮したブレンデッドボディの両端に巨大な水素ジェットモーターを備えた、護衛する「B−70」にも負けず劣らずの異様な形をした航空機である。
 元々高高度迎撃機として開発された物を予算が掛かり過ぎると言う理由により偵察機として転用された後、この「B−70」と言う超高速爆撃機の護衛を努められる唯一の機体、という事で量産配備される事になった。
 元来二四〇〇〇メートルという高々度をマッハ三以上で飛行できる為速力には問題が無かったが、飛行可能時間が一時間ほどしか無かった為、今回の量産配備には機体中央部を肥大化させ、燃料搭載量を増加させた。
 その為最高速度もマッハ3,3からマッハ3丁度まで落ちたが、護衛するべき「B-70」の最高速度がマッハ3であるのでそれ程問題視もされなかった。
 リュウガのファイアディスティニ−は高速で迫り来る「SR−71」達に翻弄されてしまっていた。
 幾らリュウガの機体が神機クラスの高性能な龍機兵とは言え、この大空の戦いでは本物の戦闘機に分がある。しかも相手は高速を利してヒットアンドウェイをしかけてくるのであった。
「!!!」
 黒い高速機が、またすれ違いざまに機関砲を撃ってくる。恐らく敵機は、三〇ミリ口径の大型機関砲を装備しているに違いない。
 先程から何度も直撃を受けているファイアディスティニ−の装甲も、流石にあちこち凹んできていた。
 右手に抱えた「一二八ミリ対龍機兵砲」も敵大型爆撃機を落としはしたが、これだけ的の小さい敵が相手では照準をつけるのもままならない。この状況では自機の持つ龍機兵本来の仕事である、敵との白兵戦の為に付けられた重装甲だけが唯一の頼みだった。
 帝国府の防空隊が上がって来るにも最低でも後一〇分は掛かる。それまでに後一機でも多くの敵爆撃機を落とさなければ。
 だが、敵爆撃隊は依然として物凄いスピードで帝国府に向かっている。
 リュウガの顔に焦りの色が濃くなる。
「……?」
 どうしようかと考えあぐねていたその時、目の前の空間の風が異常な動きを見せているのを見つけた。
 そしてそれは転移の呪文の前兆であると言う事に気付いた時には、其処に一機の黒い龍機兵が浮かんでいた。
 突如として現れた自分が乗っている機体と同じ形をした龍機兵が、両腕を雄々しく上に振り上げた。
「……ライトニング、エェッジィィ!!!」
 その機体から発せられた凛々しい声と共に振り下ろされた両腕から、雷の刃が発せられる。
 行き成り発動された雷刃の呪文により、リュウガのファイアディスティニ−を取り囲んでいた「SR−71」達は一瞬にして機体を切り裂かれ爆発四散した。
「随分とてこずってたじゃないの、リュウガ?」
 一撃の元に敵機を落とした機体から、何時もの聞きなれた女性の声が聞こえて来た。
「アリシア……また助けてもらっちゃいましたネ」
 そう、突然の敵機の来襲に気が付いたのは、何もリュウガとリュウナの二人だけでは無かったのだ。
 流石に二人程早くは反応出来なかったが「オーディシャス」にいた黒龍師団の三人も帝国軍の防空隊に先駆けて行動を起こした。
 そしてこの状況で直ぐに動けるのはファイアディスティニ−しか無いと自分達も判断し、逸早く自機に乗って出てきたのだった。
「あの三角翼の爆撃機の目の前まで転移するわよ、ついて来なさい。ここから飛んでいったんじゃ間に合わないからね。今頃は副長とカインが迎撃に出てるはずよ」
「副長が!? 帰ってたんですね……それにカインも」
「さ、話は後、急ぐわよ」
「はい!」





 帝国府上空は既に鋼鉄の怪鳥達が我が物顔で飛び回る空となっていた。
 上空から落とされた一〇トンもの徹甲爆弾は、帝国府周辺の主要施設に簡単に大穴を開けた。
 何しろマッハ三で飛んでいる物体が一〇〇〇〇キログラムもの重量物を落すのである。その驚異的加速力が加わった破壊の力は想像もつかない。
 そして帝国府本体にも何発か命中していた。
 その場にいた帝国軍兵士は、分厚い装甲に覆われている筈の帝国府の外装を、まるで紙を破るように簡単にぶち抜いていく巨大な爆弾を目にした。
 あちこちで起こる大音響。直ぐ後に噴き上がる爆発煙。巻き起こる衝撃波。
 敵爆撃隊の攻撃目標は完全に燃料貯蔵施設や弾薬庫等に集中していた。
 龍樹帝国軍にしてもその様な重要な施設は、外からは解からない様に完全にカモフラージュされて建設されてはいるのだが、それでも何発かのグランドスラムが燃料庫に命中し、コンクリートによって何メートルも塗り固められた地下貯蔵庫を簡単に粉砕した。
 物凄い火柱が上がり、大量に漏れ出した液体水素が更なる被害をもたらす。
 出動した消防車両や緊急車両が応急処置に走り回っているが、どれだけ被害を食い止められるか解からない。
「くそぉ!! 敵が早すぎる!!!」
 副長が声を荒げる。炎に包まれた帝都上空では副長のファイアディスティニーが必死の防戦を行なっていた。だが、先程のリュウガと同じように高速の護衛機に阻まれていた。
 大砲を担いだリュウガ機とは違い、連射性の高い「五七ミリ速射砲」を持ってきていた副長は何とか護衛機を落としていたが、それでも自分の目の前で敵大型爆撃機が我が物顔で大型爆弾を落として行く。
「……副長ぉ!!! どいて下さい!!!」
「……!?」
 自分に退避を促がす声を聞いて、副長の機体が振り向く。
 声がした方に目を向けると、帝国府の外郭の大型ハッチの一つから一騎の「巨人」が顔を出す所だった。背中に二門の大砲を背負った巨人。
 機械神八號機「処女宮の黄道機 ワルキューレ」だ。
「ワルキューレ」は既に両肩に背負った乙型劫火砲の展開を完了していた。その長大な砲身が敵編隊に向けられている。
「……カインの奴、自分のファイアディスティニーがオーバーホール中だから他の機体で出てくるとかいってたが、まさかあんなモンで来るとは……」
 カインの乗った「ワルキューレ」が、爆弾の投下を完了し飛び去ろうとしている敵大型爆撃機を見据える。
 その巨大な白いボディーには「Valkyrie」とマーキングしてあった。
「V・A・L・K・Y・R・I・Eだとぉ!? ふざけやがって!! コイツが本当のVALKYRIEだ!!!」
 カインの怒号と共に二門の劫火の火炎が、天に向かって叩き出された。
 超高熱の地獄の業火が、二機の敵大型爆撃機を一瞬にして消し炭に変えた。他の機体は爆発の衝撃の煽りを食って姿勢を崩している。
 だが、その戦果を冷静に見つめている者がいた。
「……お前、あれだけ派手に劫火砲をぶっ放しておいて、落としたの二機だけか?」
 副長が、黒い護衛機相手に両手に構えた「五七ミリ速射砲」撃ち放ちながら、ぼやいている。
「うわぁ!! すいません!!!」
 次弾発射の為、劫火砲の冷却作業に入ってしまった「ワルキューレ」から、情けない声が聞こえて来る。
 カインの力の抜けた声を聞きながら、辺りに散開した敵機の動きを追うのに余念が無かった副長は、一機の敵爆撃機が海面スレスレまで降下して行くのが見えた。
 そしてその進む先には修理中の艦艇がひしめき合う艤装桟橋があった。
「あいつ! 修理施設を潰すきかぁ!!!」





 その海面近くまで降下した敵大型爆撃機は、海上に発生する海風に翻弄される事無く、安定した飛行を続けている。
 この「B−70」は高速飛行時に機体を安定させる為に主翼の両端が下方へ折れ曲がる構造となっているが、地表近くまで降下した際、その折れ曲がった主翼の間に地面効果で発生した揚力を抱え込む形となる。
 言うなれば、機体と地面の間に発生した揚力に乗って移動する地面効果機と同様に、地面スレスレを安定して飛行を行なう事が可能なのである。これは「XB−70」の時点で試験的に運用され、「B−70」になって実用化されたシステムである。
 つまり「B−70」は高高度高速爆撃機としてでもなく、高空を高速飛行して敵艦隊に接近した後海面近くまで降下、そのまま超低空を高速飛行し腹に抱えたグランドスラムを海面に投下、つまり一〇トンもある超大型爆弾の「反跳爆撃」で敵艦を一撃の内に屠ると言う、究極的なまでに戦術兵器として特化した戦略爆撃機なのであった。
 海面スレスレに降下した「B−70」は獲物を定め始めた。これだけの高速で飛んでいるのである。しかも相手は傷を負った、動けぬ艦艇達。此方が狙われる心配等初めから無い。
 爆撃進入中の操縦士は一隻の廃船同然の大型艦を見つけた。それは丁度ドック入りの作業中だった。
 此処であの大型艦を沈めれば、あの大型ドックも当分使い物にならなくなる。攻撃目標は決まったも同然だ。
「B−70」が腹の爆弾倉を開いた。
 開いた途端空気抵抗が著しく変わり、機体の安定が甚だ困難になるが、そんな事は構ってられない。それに、それも爆弾を落とすまでの辛抱だ。
 次の瞬間には「B−70」の腹からグランドスラムの巨体が海面に落とされていた。
 一〇トンもの重量物を吐き出して身軽になった「B−70」が翼を翻して離脱行動に移る。
「B−70」から投下されたグランドスラムは、水切り石の作用で海面をホッピングしながら目標へと向かって行く。
 だが、動かぬ爆撃目標の選定で頭が一杯だった操縦士は、側面から高速で接近する大型艦の存在にまったく気が付かなかった。
 グランドスラムの反跳爆撃の進路を丁度塞ぐようにその巨艦は進んできた。そして
「うわぁー!!!」
 枢機軍の決戦兵器の一つである一〇トン爆弾グランドスラムの直撃を食らった「信濃」の艦体が、大きく揺さぶられる。衝撃に30万トン近い巨体が大きく右に傾ぐ。
「……もうーっ、ただじゃ帰さないわよぉ!!! ヨーコぉ!!!」
「解かってる!!!」
 ヨーコが自分の火器管制席の前部に付けられた主砲発射トリガーを、力任せに押し込んだ。
 既に旋回を終えていた信濃の後部主砲が、高空に逃げようとする敵機に向かって火を吹いた。その砲弾は吸い込まれるように敵爆撃機の後を追い、ぶち当たった。
 行き成り後部から四十六センチもの大型砲弾の直撃を食らった「B−70」は、一瞬にして爆球と成り果てた。
 敵大型爆撃機の破片が、艤装桟橋のあちこちにバラバラと落ちてくる。
「……ミカ、艤装桟橋を守ったのは良いけど、信濃自体はどれだけやられたの?」
「うん……ちょっと待って、今調べる」
 ミカが代理艦長としての職から、本来の通信士官としての職に顔を変える。
 やっと炉の起動を終えた「重機動要塞航空母艦 信濃」は、一機の大型機が艤装桟橋に降下してくるのを確認していた。
 そしてその爆撃から傷付いた艦艇や大事な修理施設を守れるのはこの状況では本艦しかないと判断し、こうして海上を突っ走ってきたのだった。
 ただ迎撃が間に合わなかったので、敵大型爆弾に対して自艦の腹を晒す格好になってしまったが。
「……敵大型爆弾は本艦の喫水線上船体後部に直撃、丁度『日進』の部分が大きく破壊されたみたい……『日進』部の艦載機全機使用不能……後でタクトさんたちに謝らなくちゃ」
「仕方ないよ……でも信濃一隻の被害で済んで良かった。あの爆弾が直撃してたら大変な事になってる処よ」
「……うん」
 ミカとヨーコが艦橋から、無事に済んだ艤装桟橋を見つめる。
 其処には大型戦艦「巡洋戦艦 煉獄」が、ドック入りの作業中のまま海上に停止していた。










「……かなり散々にやられたようね」
 アリシアがため息混じりに呟く。
「ああ、護衛機は殆ど落としたが、あの三角翼の爆撃機の方は、リュウガが落とした奴と信濃が落とした奴、そしてカインが落とした二機、これだけだ。後は逃げられた」
 副長も随分と力の抜けた口調だ。
 其処かしこで火災の上がっている帝国府の上部甲板上に、三機のファイアディスティニ−が力なく駐機している。三機の龍機兵の後ろにはカインの「ワルキューレ」が肩膝をついて、その巨体を休めていた。
 逸早く行動した彼女等の行動も空しく、帝都は爆撃の雨に晒されてしまっていた。
「あれだけの高速爆撃機と高速戦闘機……枢機国軍も遂に本格的に動き出したと言う事ですか」
 カインがそう呟きながら「ワルキューレ」の操士席の中で、敵爆撃機の飛び去った後の空を見上げる。
「……幾ら新型機とは言っても航続力には限界がある筈よ。この帝国府の近くには枢機国軍の航空基地は無いわ。此処を襲った奴等は多分艦載機、それもあれだけの大型機……この帝国府近海にはハバクククラスの大型要塞艦が潜んでるに違い無いわ」
「艦長、もう既に信濃は起動しているのですから、信濃を先発隊として反攻作戦に出る事も可能です。あれだけの大型機ですから収容にも補給にも相当に時間が掛かる筈です。出撃するなら今です」
「……」
 三人の黒龍師団員が意見を述べている間、リュウガは沈黙を続けたままだった。
「……」
「……ちょっとリュウガ! 何黙ったままなのよ! 副長が信濃を出撃させようって言ってんの聞こえないの!?」
「……この空襲、これだけで終わりじゃないような気がするんです」
 リュウガが重い口を開いた。
「な……何? まだ続きがあるって言うの……」
 リュウガの口調から只ならぬ雰囲気を感じて、その意見を三人とも一笑に伏す訳にもいかなかった。
「……!?」
 そしてアリシアが何かに気付いた。彼女の機体が遠くを見つめるように頭部を動かした。
「……風の精霊の動きがおかしいわ……」
「アリシア、まさか」
「そう……これは転移の呪文の前触れだわ……しかも、異常な数の精霊が騒ぎ出している……これは尋常なもんじゃない奴が転移してくるわよ……!?」
 その時そこにいた四人は、自分達がいるこの帝国府の一〇キロ程先の空間が、揺らいでいるのが見えた。
 その揺らいだ空間は前部で六個程あった。
 そして次の瞬間にはその揺らいだ空間から巨大な鋼鉄製の頭が現れた。次に、目の前の空間を掴むように鋼鉄製の手が現れた。
 それは瞬く間に揺らいだ空間から、全身を這い出して来た。
「……あれはモンタナ……モンタナ級機動戦艦!!!」
 誰かが声を上げる。
 突如として枢機軍の機動戦艦が、その揺らいだ空間の数だけ現れた。その数六隻。
 帝国軍首脳部は、巡洋戦艦煉獄を破壊した枢機軍の重機動戦艦が単体で転移したと言う事実の報告を、その場に遭遇したガルア黒龍師団師団長から受けていた。
 その為枢機軍が機動戦艦クラスの大質量物の単体転移の技術を有していると言うのは、黒龍師団の者ならば知っている事実であり、それ自体は驚くべき事では無い筈なのだが……。
「……あのモンタナ級、形が違う」
 其処に突如として現れたモンタナ級は、此処にいる者が知るモンタナ級とは幾分か違う形をしていた。艦体のあちこちに、魔導器と思しきパーツが付けられている。機動戦艦を無理矢理「呪導機」として改造したような艦。
 しいて言うならば、信濃がKL区に移動する途中遭遇した「呪装艦 アーチャーフィッシュ」に似た威容だ。
 だが、行き成り転移して現れたあの艦達が秘めたそれ以上の脅威の可能性を、世界最高位の魔導士であるアリシアは感じていた。
「……ちょっと、あいつら自分の身体の中に、爆発寸前まで魔力を溜め込んでんじゃないの!?……まさか、あの時と同じように……」
 アリシアがその続きを言おうとしたその刹那、「モンタナ」達がその巨体に溜め込んでいた膨大な魔力が発動した。
 物凄い光の帯が脈動する。
 モンタナ達は丁度自分達が魔方陣を描くように隊形を組んでいた。
 そしてその中心から今まで感じた事も無いような凶々しい魔力が噴出した。
「……風が……風の精霊達が、あの中心に飲み込まれていく……」
 それは魔導士のアリシアでなくとも解かる程の、巨大な力の奔流だった。
 そして、そのあまりにも大き過ぎる魔方陣から、巨大な鋼鉄の「物体」が現れた。
 この巨大な「物体」を転移させる為に限界以上に魔力を溜め込んでいたモンタナ達が、呪文を発動させた際のオーバーロードに耐え切れなくなり、次々と爆発していく。
 自分をこの場に召喚した者達の爆煙を掻き分けて、鋼鉄の巨体がゆっくりと進み出てくる。
「……あれは……あれは、ハバクク級要塞艦……」
 人間達は六隻の機動戦艦とそれを動かしていた筈の数多くの魔導士を犠牲にして、こんな巨大兵器すら敵国の首都の目の前まで送り込んできたのだ。





 帝国府の目の前に突如として現れたハバクク級要塞艦のネームシップであるこの「ハバクク」の艦上には、一騎の巨人が悠然と陣取っていた。
「ふん、あの高官どもの玩具も露払いとしては随分と役にたったのだな」
 ヴァッシュガーランドはハバククの艦上に立つ「重機導戦艦ヴァンガード」の操士席から、目の前に広がる龍樹帝国首都の惨状を見つめていた。
「だが、これで終わられても困るな。破滅の前奏曲はこれからだ」


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