第二十二話 破壊神降臨
蒼い海原の上に一つの島が浮かんでいた。
それはあり得ない光景の筈だった。
だが実際に鋼鉄で作られたその島は、宙に浮かんでいた。
「帝国府近海に敵大型要塞出現!!! 繰り返す!!! 帝国府近海に敵大型要塞出現!!!」
帝国府内に置かれた龍樹帝国軍総司令部は、蜂の巣を突付いたような喧騒に包まれていた。
突然の敵新型爆撃機の攻撃に続き、今度は要塞艦の出現である。
さしもの龍樹帝国軍の情報許容量を超えた、あまりにも凄まじい敵の行動だった。
「全艦出撃だ!!! 動ける戦闘艦艇は全て出せ!!!」
龍樹帝国の全軍を預かる、総司令「エリックウィルヘルム大将」が矢継ぎ早に指示を出す。
「……」
先程からの突然の敵襲来の報に対する指示に忙殺され続けるウィルヘルム大将の隣りには、静かに沈黙を守り続ける人物が立っていた。
ほぼ全身機械仕掛けの身体を、黒いローブで覆った者。
龍樹帝国皇帝フィフス。
この国の頂点に立つ本人が司令部に顔を出し、今の状況を静観していた。
「……」
自軍の本土近海上空に、突如として現れた敵要塞艦を見据えた硝子製の瞳が、一瞬光を放った。
「……あれは……まさか」
皇帝が発した小さな呟きは、司令部内の喧騒に掻き消され、隣りに立つウィルヘルムにすら聞こえなかった。
「な、なんなのよ、あれは!?」
後部左舷に大きく切り欠きが出来た母艦の飛行甲板に立っていたマリアは、目の前に出現したあまりの光景に愕然となっていた。
一〇トン爆弾グランドスラムの直撃を艦体左舷後部に食らった「重機導要塞航空母艦 信濃」は、大破した「日進」部を取り外し、同型艦である「機導空母 千歳」に交換している処であった。
大破した損傷部をこの様に素早く交換出来たのも帝国府と言う軍事拠点の直ぐ目の前で攻撃を受けたからなのだが、今日はその帝国の心臓部に敵の集中攻撃を受け続けていた。
駐屯していた「千歳」を帝国府より急ぎ送られ、損傷した「日進」との交換作業中だった信濃整備班の目の前に、行き成り巨大な浮遊物が転移して現れたのである。
そしてそれは、以前の海戦で鹵獲し持ち帰った「ハバクク級要塞艦」と、どう見ても同じ形をしていた。
ハバクク級の要塞艦は鹵獲後の調査により、200万トン以上もの質量を持つ超巨大艦と言う事が解かっていた。
つまりこの浮遊物が「ハバクク」と同じ物であるならば、200万トンもの重量物が宙に浮いていると言う事になる。
「枢機国軍は……あんなものを転移させて、しかも宙に浮かべる事が出来るって言うの!?」
エクルビス達に指示を出しながら「千歳」の接続作業に没頭していたマリアが、見たままの言葉をそのまま口にした。今はそれしか出来なかった。
「……」
隣りで補佐をしていたシフォンも何も口に出来ず、只立ち尽くすしか事しか出来なかった。
「!?」
驚愕で止まったままだった時間を揺り動かすように、信濃の艦体が振動した。
「マリアちゃん! わたしと副長のファイアディスティニーを格納庫に入れます! 急いで!」
何時の間にか二機の龍機兵が、信濃の巨大な飛行甲板に舞い降りてきていた。
接続作業の邪魔をしないようにと艦首部の方に着艦した二人の機体が、信濃の飛行甲板を揺らしながらマリア達の方に近付いて来る。
「リュウガさん!?……え? 副長も!? 帰ってきてくれたんですかぁ!?」
「ああ、俺が居ない間、随分と苦労を掛けたみたいだな」
「マリアちゃん! 作業を急いで!……あいつを何とかしなきゃ!!」
リュウガのファイアディスティニーが頭部を動かし、宙に浮かぶ鋼鉄の島を見据える。
「はい!!」
宙に浮かぶ要塞艦の上に立つ巨人が、甲板上の何かを取り上げた。それは自分の全高を遥かに超える、長大な大砲の形をしていた。
巨人が己の身体から生える、外部出力用の動力パイプをその長砲に繋いだ。エネルギーを送り込まれ始めた長砲が、活き付くように脈動を始めた。
次の瞬間大砲の砲口に凄まじい閃光が煌いた。
長砲から吐き出された光の奔流が、帝国府の細長い巨体の先端辺りに叩き付けられた。
「うわぁぁあ!!!」
誰とも無く悲鳴があがる。
震度十以上の大強震に揺さぶられ、帝国府の巨体が大きく振動する。
帝国府に詰める一万人以上の人員が、大波に翻弄される小船の船員の様に、皆一様に足をすくわれた。
「……くそぉ!!!被害を報告しろ!!!」
逸早く姿勢を戻したウィルヘルム大将が、司令部の最前列に設置された通信管制官席を怒鳴りつけた。
「……被害状況、報告入ります!……帝国府先首部左舷側に高エネルギー砲の直撃を受けました。第二から第四十八ブロックまで全損!その他連接ブロックも殆どが使用不能です!……隔壁の閉鎖によって被害を食い止めていますが、これ以上同じ場所に直撃を受けた場合、もう持ちません!!!」
並みの戦艦の主砲の直撃ぐらいではビクともしない筈の帝国府の外郭が、無残に破壊されていた。
先程食らった一〇トン爆弾グランドスラムの比では無い。
高エネルギー砲の直撃を食らった帝国府の左先首部が、その高熱で溶け出していた。
「くそぉ、劫火砲かぁ!!!」
ウィルヘルムがこの帝国府を一撃で此処まで大きく破壊出来るであろう唯一の兵器の名前を口にした。
だが、自分が口にした台詞に対して疑問が過ぎった。
「……いや!? 枢機国軍には劫火砲は無い筈だ!!……では何なのだ!? この凄まじい破壊力は!?」
『簡単な事だ』
驚くウィルヘルム大将を制するように、皇帝が口を挟んだ。
『造ったんだよ、劫火砲を』
「やはり紛い物では一射しかもたんな」
ハバククの艦上に陣取ったヴァンガードから、魔法剣士のつまらなそうな声が聞こえて来る。ヴァンガードが右手に抱えた大砲の砲身は、今にも溶け落ちそうなくらい真っ赤に赤熱していた。
その手にする大砲……それは煉獄を旗艦とする輸送隊の護衛艦隊を壊滅させた際に持っていた枢機国の新兵器「擬似劫火砲」だった。それは電磁軌道砲等の造砲技術と、攻撃魔法等の魔導技術等を融合させた、強力な魔導兵器だ。
ヴァッシュはヴァンガードの試験運用の際に、この新兵器の射撃試験も行なっていたのだ。
人間たちは薬剤学という分野に関しては、ディフュームよりも一歩先んじたもの有している。その技術を最大限に使い、爆炎魔法や雷撃魔法等の爆発性を帯びた呪文を封じた魔導薬を、この長大な砲身内で加圧させ極限まで破壊力を高め撃ち放つと言う、恐るべき兵器を造った。
だが、流石に今現在の造砲技術では、劫火砲レベルまで加圧された高エネルギーの発射に対しては、一回の射撃にしか耐えられない砲身しか作れないでいた。
「行き成り全開射撃をするからだ。出力に余裕があるからって無駄使いするな」
要塞艦の艦橋から、メスメルの窘める様な声がヴァンガードに浴びせられた。
「代わりはまだあるとは言え大切に使えよ。この日の為に、頭の固い高官どもから予算を毟り取るのは骨が折れたからな」
「ふん、だったらもう一寸頑丈に造れ」
ヴァンガードが用済みとなった砲身を擬似劫火砲から外し、無造作に投げ捨てた。
「捨てるんだったら海に捨てろ。ハバククが傷付く」
「あぁ、そうかい」
ハバククの上に投げ捨てた長砲を、ヴァンガードが蹴り出す。帝国首都近海に水柱を残して、擬似劫火砲の砲身が海底に沈んだ。
その水柱の向うで何かが動きを見せているのに、メスメルが気づいた。
「ヴァッシュ、あそこにいる劫火砲を二門背負った奴、此方に向かって狙いを付けてるぞ」
「ほう、じゃあ、本物の劫火砲のお手並み拝見と行こうじゃないか」
敵の発砲した劫火砲らしき光線砲の直撃を食らった帝国府の傍らには、カインの乗る「機械神八號機 処女宮の黄道機【ワルキューレ】」が居た。
敵大型爆撃機の迎撃の為に撃ち放った二門の劫火砲も冷却を完了し、次弾発射が可能な状態だった。
「……敵中心都市の目の前に、いきなりあれだけの攻撃力を秘めた要塞を送り込んでくるということは、すさまじいまでの戦術的価値があるだろう……」
肩に担いだ二門の大砲を、突如として現れた敵浮遊要塞に向ける。
「だが、敵の中心部と言う事は、それに見合うだけの迎撃力を持っているって事だ……現に今この俺が、あいつに向かって狙いを付けている……それも要塞の一つや二つ簡単に潰せる超兵器で。あいつらは其処まで考えていなかったのか……それとも、何かあるのか?」
そこまで自分の考えを確かめるように呟いてから、ぶんっぶんっと迷いを断ち切る様にカインが頭を振った。
「えーいっ、考えていたってしかたない!……食らえぇ!!!」
轟音と閃光を伴ってカインの「ワルキューレ」から二つの劫火の火炎が放たれた。
……だが
「な、なにい!?」
ワルキューレが放った二本の焔の束は、要塞艦にぶち当たる直前に、目に見えぬ障壁に阻まれ四散してしまった。
拡散した劫火砲直撃の衝撃波が、帝国府近海の海原を捏ね繰り回す。
その光景は帝国府内の司令部でも見えていた。
「何ぃ!? 劫火砲を弾き返す程の障壁だとぉ!?」
総司令ウィルヘルムの声が司令部内にこだまする。
その場にいる全員が同じ気持ちだったろう……いや、一人だけこの驚愕の光景を見ても、先程変わらず沈黙を守り続ける者がいた。
『……龍焔炉か……あれだけの結界を生み出す大パワー、そんな物でも使わなければ実現できまい』
皇帝フィフスがこの驚愕の光景を実現させられるであろう唯一の可能性を口にした。
「しかし、龍焔炉は『ZERO』に搭載されている物のみの筈では!? それに動かせるのもリュウガしかいない筈……」
『確かにこの世に存在する龍焔炉を積んだ機体は「ZERO」だけの筈だ……だが「ZERO」は、遥かなる昔にこの地上に降り立った破壊神を打ち倒した巨神が積んでいた龍焔炉とは、また別の物だ。そしてその巨神の龍焔炉を人間達が所有していたとしたら、どうする?』
「で、では……まさか」
『そうだ、人間達は太古の昔から大事に保管していた禁断の動力炉を動かす術を、遂に手に入れたと言う事だろう』
「フフフ、帝国軍の奴等の驚く顔が見えるようだな」
ハバクク艦橋の司令官席に収まるメスメルが、にやりと顔を歪める。
敵機がこれだけの至近距離で放った劫火砲。そしてそれをいとも簡単に弾き返したハバククの障壁結界。
我々はほぼ完璧な「盾」を手に入れた。これも何とか起動までこぎつけた龍焔炉のおかげだ。後は「矛」の方の問題だ。
ハバククの巨体が振動した。
目線を前方に移すと、ヴァッシュの「ヴァンガード」が要塞艦の甲板を飛び降り、海面上に降下して行く処だった。
ヴァッシュの乗るヴァンガードの背には、野太いパイプが生えている。そしてそれがハバククとヴァンガードを繋いでいた。太いパイプの巻かれた巨大なリールを派手に回転させながら、ヴァンガードが帝国の近海を進んで行く。
ヴァッシュは見つけていた。
全長四〇〇メートルはありそうな巨大な空母が此方を目指して海原を突っ走ってくる。
ヴァッシュは知っていた。
己が騎乗していたアーチャーフィッシュを潰した相手を。
そしてラグナレクの置かれた要塞の陥落も、オーディシャス艦隊を壊滅させた相手も同じ者である事も。
あの巨大空母が搭載した機動戦艦。全てがそいつの仕業だ。
そしてその艦には、自分と互角の戦いが出来るであろうこの世で唯一の戦士、あの「紅蓮の死神」が乗っていると言う事も。
ヴァッシュの目の前で、巨大空母が腹の下から水素の火炎を吐き出し、その身を宙に押し上げた。
あの時と同じだ。
ヴァッシュの思考と同調するように、海面上に巨体を押し上げた巨大空母から、三隻の大型艦が分離した。それが人型に変じながら此方に向かって来る。今はバラバラのままだが、何れ一体の巨人に合身するのだろう。
「……?」
今までヴァッシュの思考通り進んでいたものが、一つだけ異なる動きを見せていた。
己が抱えていた機動戦艦を吐き出し、身軽になった巨大空母は再び海面に着水する事無く、そのまま上昇を続けている。そして自分が吐き出した機動戦艦達と同じようにその身を変じている。
「……本当に面白い物を造ってくれるな、帝国軍というものは」
帝国府近海の大空に、巨大な砲口を二門備えた浮遊砲台が浮かんでいた。
鶴の首の様に長く伸びた前部、翼竜の翼の様に大きく張り出した安定翼。
そして巨大な胴体の両サイドに収まった、長大な砲身を折り畳んだ状態の大型砲。
「……05モードへ変形完了。『玄武』『白虎』『翠雀』も問題なく展開中です」
ミカからの報告が入る。
「了解しました」
ごついフレームや、太いパイプに囲まれた状態のリュウガが返答する。本体と同じ様に、艦長席も既に「02モード 航空母艦形態」以外に使用する戦闘形態へと、変形を完了していた。
「二人ともちゃんと付いて来てるか?」
玄武の操士席に収まる副長から声が上がる。着替える時間が無かったのかファイアディスティニーを降りても剣士服のままである。
「副長こそ久しぶりに玄武に乗って大丈夫ですかぁ!?」
翠雀を動かすシフォンが心配になって声をかける。
「そうだな、随分と艦から離れていたからな、少し腕が落ちてるかも知れないな……だがな、此処で俺達がふんばらなければ今以上に犠牲者が増えるだけだ。そうそう泣き言も言ってられん」
副長の台詞を聞いてマリアが、くすっと小さく笑った。
その小さな響きは通信器を通して玄武の操士席にも聞こえた。
「どうしたマリア?」
「……いえ、久しぶりに副長らしい台詞が聞けて、ちょっと嬉しかったんですヨ」
マリアの優しげな声を聞いて苦笑しつつ、配下の二人に指示を出した。
「良し、これより三騎は『D−1モード』へ移行し、敵機動戦艦との白兵戦に入る。二人とも気を抜くな!!」
「ふんどしの紐を引き締めろってやつですね」
「……女の子がそんなこと言っちゃ駄目だってばっ」
「まぁ、そう言う事だ。行くぞ!!!」
帝国の巨大空母から分離した三隻の機動戦艦が、魔法剣士の予想通り一機の巨人に接合した。
その巨人は両腰に備えられたソードラックから鉈のような形状の白兵用のブレードを引き抜くと振りかぶった。
得物を掲げ、帝国軍の巨人が迫り来る。そして、ブレードが装甲表面にぶち当たろうかと言う直前、目に見えぬ壁に、必殺の刃が阻まれた。
ヴァンガードの周囲に張られた結界障壁が、渾身の力で振り下ろされた二本のブレードを弾き返していた。
「その程度の斬撃では、この障壁は破れんぞ?」
だが、それでも帝国の巨人は、両手に構えたブレードを振り下ろしてくる。
……敵わぬと解かっても尚向かって来るとは……何か有るのか……?
帝国の巨人の行動を、ヴァッシュは上手く読めないでいた。
その時唐突に帝国の巨人の身体が割れた。
「……!?」
再び三隻の機動戦艦に分離した相手の向こうに、戦いの中で今まで失念していた物が居た。
巨大空母から変じた大型浮遊砲台が、二つの砲口を此方に向けていた。
「何ぃ!?」
気付いた時には、その巨大な砲口から発せられた、眩いばかりの閃光に全てが支配されていた。
「劫火砲、敵機導戦艦に直撃!!」ヨーコが嬉しそうに報告を上げる。
「副長たちは!?」
「……劫火砲の衝撃波を受けて姿勢を崩していますが、機体その物にはダメージはありません」ミカの簡潔な状況報告。
「あれだけの障壁です、多分この一射ぐらいでは落ちないでしょう。次弾発射可能になるまで回避行動に移ります」制御機械に囲まれたリュウガが次なる指示を告げる。
「重機導要塞航空母艦 信濃」には、対破壊神用決戦兵器の一つとして「甲型劫火砲」が二門搭載されている。
太古の昔に作られた史上最大の要塞砲でもあるこの甲型劫火砲は、全長四〇〇メートル、口径一〇メートルを誇る巨砲だ。これは元々帝国府の先首に付けられていた四門の内の二門を下ろし、搭載したものだ。
この化物じみた火砲をフルパワーで稼動した場合、この世界そのものすら破壊してしまうとされる怪物砲であるが、普段からそんな最大出力で発砲される筈も無く、また最大稼動時に砲自体が受けるダメージも相当なものがあり、通常はフルパワー時の一〇〇分の一から一〇〇〇分の一程度で稼動されるのが普通である。
この劫火砲をもっとも効率的に運用できるのはやはり機械神としての白兵形態時なのであるが、如何に破壊神との決戦用として造られたものと言えども、砲発射時の衝撃による機体に対する負担は如何ともしがたいものがある。
そこで、機体そのものを陸海空各戦闘区域に合わせた形状に予め固定してしまい、砲発射時の騎体に対する負担を減じ、通常単なるデッドウェイトにしかならない劫火砲を能動的且つ機動的に運用出来うる機構が考えられたのである。
つまり、各戦闘空域に合わせた「甲型劫火砲を二門備えた機動砲台」への可変システムが組み込まれたのであった。
そしてこの変形システムは「大型空母青流」時、つまり「ウォータードラゴン」として組み込まれたものだ。
通常、本体に「接続」されている「機動強襲揚陸戦艦」と二隻の「機導巡洋戦艦」とは別個の騎体として機能する。
分離した三隻の機動艦が敵に肉薄し陽動を行なった後、機動砲台となった「ウォータードラゴン」が後方より射撃を行なうと言う、強力な強襲兵器として「青流」「玄武」「白虎」「翠雀」の四隻は連動するのであった。
「……素直には殺られんと言う訳か……流石紅蓮の死神の乗る艦だけの事はあるな」
機体前面に張り巡らした結界障壁に、劫火砲の直撃を食らったヴァンガードが爆煙の中から再び姿を現した。あれだけの大出力光線兵器を食らったと言うのに、装甲表面を見ても何処にも傷を負った処が見えない。
ヴァンガードが張り巡らした結界障壁は完璧に機能していた。
そう、幾ら劫火砲を浴びせかけてもこの障壁を破る事は出来ない。
はたして、ヴァッシュのヴァンガードは再び劫火の火炎の直撃を受けた。
「!?」
あの大型空母が変じた浮遊砲台が撃って来たとは考えられ無い。劫火砲は再充電と砲身の冷却の関係で早々連射は出来ない。それに砲撃位置も、まったく違う場所だ。
そうこうしている内に二射目の直撃を受けた。
「な、何なのだ一体!?」
さしもの魔法剣士も呻き声を上げた。
「!?」
リュウガが、自分が撃ったのとは違う劫火の光が発せられた方に振り向いた。
其処には胴体から巨大な翼を生やした巨艦が浮いていた。
「あの時の借りを返しに来たぞ、ムラサメ大佐! いや、ムラサメ准将!!」
信濃の通信回線に、聞き慣れた声が入ってくる。
「ダンカンさん!?」
第七機動艦隊旗艦、全領域汎用装甲航空母艦「大鳳」。帝国の誇る重空母がその身を天空に浮かべていた。
大鳳の腹から大きく野太い砲身が飛び出している。劫火砲だ。
そしてその巨艦の向うには、もう一つ大型艦が浮かんでいた。
艦体中に取り付けられたプロペラスタビライザーを、ヒュンヒュンと唸らせ回転させている。
「……飛龍まで」
第四艦隊旗艦、空中空母「飛龍」。
大鳳の隣りに浮かぶ飛龍もまた、腹から乙型劫火砲の大きな砲身をぶら下げていた。南部方面の戦いのおり、アリシアの「黒き雷光」にもぎ取られた劫火砲も、ちゃんと元の持ち主の処に帰ってきていた。
「それにこの大鳳と飛龍だけじゃない。この帝国府に駐屯していた加賀と翔鶴も出てきている」
ダンカンの台詞を聞いてリュウガが帝国府の方に目線を向ける。其処には二隻の大型艦が海上を突っ走って此方に向かって来るのが見えた。第二機動艦隊旗艦、重航空母艦「加賀」そして第五機動艦隊旗艦、重航空母艦「翔鶴」
「……でも、どうして」
「陛下より許可が下りた」
「ま、まさか」
「そうだ、通常は黒龍師団の者にしか使用権限が与えられていない劫火砲の全面使用の許可がだ」
「陛下宜しいのですか? 劫火砲の全面使用の許可など……」
帝国軍総指令ウィルヘルム大将が、隣に静かに立ち尽くす人物に改めて訊き直す。
『……私はあの要塞が現れてからずっと考えていた。幾ら龍焔炉を持っているとは言え、一体どのようにして動かすのか? フーガの残したRユニット以外に動かせる者などこの世に居るのだろうかと』
皇帝が改めて、宙に浮かぶ枢機国の要塞艦を見据える。
『この世に破壊神が降り立った時、壮絶なる戦いの末12本の黄道の封印器により破壊神を止めた『巨神』……その巨神を動かしていたのも龍焔炉……だが、Rユニットと言う物が無かった当時は、巨大な制御艦、つまりこの帝国府から長大な制御コードを伸ばし、巨神の龍焔炉を制御していたのだ』
要塞艦の前方に陣取った枢機国軍の機導戦艦、そしてその機導戦艦から生える要塞艦と繋がる長大な太いコード。
『もしRユニットと同様の物を今現在の技術で造ろうとしたなら、それこそ200uもの巨大な機械装置が必要だろう』
「では、まさか、あれは」
『そうだ、あの要塞艦の殆ど全てが龍焔炉の制御装置なのだ』
龍樹帝国皇帝の予想は限りなく正解だった。
かつて破壊神と戦った巨神が搭載していた龍焔炉は、積んでいた頭部ごと人間達が保管していた。
そして機動戦艦と言う超兵器が実用化された現代になって、ようやく人間達もこの禁断の動力炉の起動に成功したのだった。だが人間達は「Rユニット」と言う龍樹帝国に存在する超小型生体起動装置までは手に入れる事が出来ないでいた。
ではどうやって、複雑すぎる制御機構を必要とする龍焔炉を動かせたのか?
人間達は一つの決断を下していた。将来的にこの小型高性能の起動装置が開発されるまでは、機械式の大型制御装置で我慢しようと。
そして本当に造ってしまったのだ、この巨大なる制御装置を。
この要塞艦ハバククの巨体の中は、自分自身を動かす動力炉と飛行の為のイオノクラフトを除けば、殆ど全てが龍焔炉を動かす為の制御機械で埋まっているのである。そしてこのハバククが長大な装甲パイプを介してヴァンガードに積まれた龍焔炉を制御している。
ヴァンガードは要塞艦より制御を受け龍焔炉を動かし、その巨大なるパワーを源とした絶対結界を自分とハバククに張り、更に大出力を必要とする擬似劫火砲をいとも簡単に稼動させる。
正に狂気とも言える究極の相互補完兵器を人間達は作り上げていたのだった。
「しかし、これ以上劫火砲を使用した場合、この帝国府周辺に多大なる被害が出ます!」
『たしかに君の意見は最もな意見だ。だが、そうも言ってはいられないようだ』
忠実なる部下の一人であるエリクソンウィルヘルム大将の意見を流しつつ、皇帝が再び敵要塞艦を見据える。
『この龍樹帝国は元々があの『破壊神エンドベル』を破壊する為の組織として作り上げた物だ。人間達はあの破壊神を神か救世主の様に崇めている。人間達は自分達の神を冒涜する者に対して遂に本気になって牙を向けて来たと言う事だろう。ならば我々も本気にならなければ確実に此処で龍樹帝国は壊滅する』
その時、情報管制官の一人が声を上げた。
「指令! 前衛の一艦より直通通信が入っています!……それも陛下に対して直接です!!」
「何? 誰だ、そんな事をするのは!?」
「……第八機動艦隊旗艦、空母信濃です!!」
「な!?……」
ウィルヘルムはそれ以上口に出来なかった。
皇帝がこの帝国軍全軍を預かる男を静かに制していた。
『此処へ繋げ』
そして静かに命令を下す。
『……やはり気付いたか、彼女も』
程なくして「信濃」との直通回線が繋がれた。
海上を猛スピードで迫ってくる大型空母から必殺の劫火の火炎を浴びせ掛けられる。さしもの200万トンの巨体も障壁結界越しにかなりの衝撃を受け、大きく傾いだ。
「劫火砲を乱発してでも、この絶対障壁を破るか……いや、敵は既にこのハバククの弱点を見抜いているのか?」
メスメルが続々と集結してくる帝国海軍艦隊に目を向けながら呟いた。
要塞艦ハバククは確かにヴァンガードの搭載した龍焔炉の生み出す大パワーによって造られた強力な結界によって守られている。だが、ハバククの艦体の殆どを使ったこの制御装置以ってしても、龍焔炉の吐き出す無尽蔵とも言える力の全てを引き出す事は出来ないのだった。
だからこの様に結界を張り巡らしている状態では攻撃に回すパワーを得る事が出来ない。事実ヴァッシュのヴァンガードもハバククの結界に回すパワーの維持で手一杯の様で、先程から防御に徹したままである。
「メスメル! 何時までこんな事を続ける気だ!? 早くアレイヴァークを出せ!!」
そうこうしている内にヴァッシュから文句が来た。
「ああ、お前もそうそろ痺れを切らす頃だと思って、用意していた処だ」
ヴァッシュの怒声を何食わぬ顔で受け流す。
「それとこのアレイヴァークを出す時はこのハバククの結界を一度消さねばならんからな、精々お前のヴァンガードで発艦中は守ってくれよ」
「言われなくとも、解かっている!!!」
「!? 結界が消えた!!」
玄武の操士席の中で副長が目の前の光景を見て叫んだ。
禁断兵器劫火砲の直撃をも跳ね返す敵要塞艦の絶対障壁が一瞬にして消え去ったのだ。
「あれだけ劫火砲の直撃を食らって遂に負荷に耐え切れなくなったか?……それとも」
次の瞬間、敵要塞艦上に物凄い数の物体が蠢くのが見えた。そして瞬く間に、その数多くの物体が要塞艦上から飛び出した。
「!?……あれは機動駆逐艦じゃないか!!! 枢機軍はそこまで手の込んだ作戦を考えてきたと言う訳なのか!?」
驚愕する副長の元にもその数多くの物体、枢機軍の最新鋭兵器「アレイヴァーク級機動駆逐艦」が襲い掛かり始めた。
「何よ、この細かいのは!?」
送れて登場した「重機動戦艦武蔵」の周りにも、枢機軍の新兵器が纏わり付き始めた。
自分の専用龍機兵を降り、皇帝陛下より直々に与えられた専用戦艦に久しぶりに乗ったアリシアは、行き成りの敵の荒っぽい歓迎を受けていた。
「対空砲は!? なにやってんの!?」
「副砲で何とか追い払っていますが……数が多過ぎます!!!」
火器管制官の報告を聞いて真剣な顔になるアリシア。
「……人間達もちゃんとそれなりに役に立ちそうな新兵器を作っているってことね」
機動戦艦と言う新機軸兵器が登場した時、機動巡洋艦や機動空母等の様々な派生種が造られた。
その中で「機動駆逐艦」と言う物が然も当たり前の様に作られた時、この艦種こそ機動戦艦を越える強力な戦略兵器になりうると言う事に気付く者は、当時枢機国の中では殆ど居なかった。
一〇〇〇トン程度の艦体に飛行用のイオノクラフトや、戦艦クラスの主砲、白兵用の格闘腕等を取り付けたその物体は、それまでの機動兵器の頂点を担っていた龍機兵をあらゆる点で圧倒し、機動戦艦を遥かに上回る機動力を有するのだ。
そしてコストパフォーマンス的にも機動戦艦一隻建造するに必要な資材で、少なくとも三十隻以上の機動駆逐艦を用意する事が可能である。
総合的な戦闘力ではやはり機動戦艦を超える「重機動戦艦」には敵わないが、その分数を揃える事が出来る。それも重機動戦艦を除けば全ての戦闘兵器を圧倒できる超兵器が、である。
龍樹帝国軍が機動戦艦や機動巡洋艦の建造を殆ど行なっていないのはその為だ。
しかも建造されている機動駆逐艦も、ほぼ同型種とも言える二艦種のみの建造に絞っている。
この徹底的な経費の削減により、龍樹帝国軍は200隻以上もの機動駆逐艦を手に入れる事を可能とした。
そして遂に気が付いたのだ枢機国軍も。この機動駆逐艦の戦略性に。
枢機軍は大破擱坐した龍樹帝国軍の龍波級機動駆逐艦を捕獲し徹底的に調べ上げた。
そして一隻の機動駆逐艦を作り上げた。
大型戦艦級の四〇センチ砲を備えた中央部胴体に、左右に格闘腕と水素ジェットモーターを備えた三胴構造。
中央部胴体は回転式になっており、射撃戦から白兵戦へと即座に艦体を変形させる事が可能な高性能機。
それが今現在帝国府上空を我が物顔で飛び回っているアレイヴァーク級機動駆逐艦だ。
枢機軍の新兵器の猛攻により、再び帝国府周辺が猛火に包まれ始めた。
アレイヴァーグが撃ち放つ四〇センチ砲弾は、先程空襲を掛けて来た「B−70」の落とした一〇トン爆弾等比較にならない程の破壊をもたらしていた。
機動駆逐艦による近距離からの射撃は、グランドスラムの爆撃等よりも遥かに正確であり、その四〇センチ砲弾が放たれる度に確実に帝国軍艦艇が大破していく。
そして敵機動駆逐艦の攻撃は元より、要塞艦を何とか押さえ込もうと発砲され続ける龍樹帝国軍の撃ち放つ劫火砲の超高熱により周辺の海域は煮上がり、正に地獄絵図の様だった。
「くそぉ!!!」
カインが、自機にまとわりつき始めた敵機動駆逐艦を何とか追い払いながら声を上げる。枢機軍の新兵器達は、劫火砲を装備した兵器をまず第一攻撃目標にして襲い掛かって来ている。母艦に対する唯一の脅威の排除が、こいつらの目的のようだ。
無論、余りにも目立つ格好で両肩に劫火砲を二門背負ったワルキューレが攻撃目標として狙われるのは、至極当たり前の事だ。
「!?」
敵騎の攻撃を何とかかわしている最中だったカインは、目の前の海域を進んでいた「重航空母艦 加賀」が敵機動駆逐艦の集中攻撃を受けるのを見た。敵はまず機動力に劣る水上艦艇を、先に潰す腹積もりのようだ。
「ちくしょう!! あぁやって各個撃破するつもりか!!!」
カインの目の前で加賀の装甲飛行甲板が見る間に穴だらけにされて行く。
助けに行こうにも、自分も数多くの敵機に囲まれどうにも出来ない。
「……!!?」
どうにも出来ない苛立ちだけが募り始めたカインのワルキューレの元にも、敵機が上空から逆落としを掛けて来た。その数三機。
このワルキューレも破壊神との決戦の為に造られた黄道機の一騎ではあるが、その両肩に背負った二門の劫火砲の為、他の機体に比べると若干動きが鈍い。十参號機に次ぐ強大な攻撃力の源が、この局面では災いした。
それでも何とか二本の長砲を振り回しながら回避行動を取ろうとした、その時……
「……?」
カインの目の前で、今正に自機に襲い掛かろうとしていた敵機動駆逐艦が爆発四散した。
「大丈夫か!? カイン!!」
「……!? その声は、師団長!!」
カインには余りにも聞きなれた声と共に、一機の鋼鉄の巨人が波を掻き分けながら、カインの「ワルキューレ」の元に降り立った。
「機械神九號機 天秤宮の黄道機『グラシャラヴォラス』」そしてその操士席に収まる黒龍師団師団長「ガルアデュアル」
「師団長ぉ!! 俺の事は良いですから、目の前の『加賀』を!! あのままでは沈みます!!」
ガルアもそのカインの叫びを聞いて前方に目をやった。其処には敵騎の集中砲火を浴びる、帝国海軍船籍でも古強者の大型空母が居た。
「そうか、解かった。お前も直ぐに殺られるなよ!!!」
「了解です!!!」
ガルアの「グラシャラヴォラス」は、右手に持った長大な斧槍を振り上げながら、膝下まで沈んだ波を蹴立てて、大破しつつある僚艦を助けるべく飛び出した。
帝国首都の上空では、余りにも巨大な剣戟の轟音がこだましていた。
「天龍」が振り下ろす二本のブレードを、ヴァッシュのヴァンガードは手に構えたグレートソードで容易く受け止めていた。
今度はヴァンガードが打ち込む。
だが、相手の騎体も両手に構えたブレードを使って、流れるように受け流す。
「……お前『紅蓮の死神』では無いな?」
背中からコードを生やした敵騎から、凄まじく強烈な殺気を帯びた低い声が発せられた。
「だったらどうだって言うんだ?」
その声を聞いて、副長も負け時と不敵に言い返す。
かつてヴァッシュもこの帝国の新型重機導戦艦と対峙した事がある。
その時は、見事な回転技を基本とした「輪舞の剣」を発揮して、ヴァッシュの駆るアーチャーフィッシュを翻弄したが、今目の前で対峙するこの騎は、その様な何者をも切り裂く「刃のロンド」は使っては来ない。
代わりに流れるような動きで二本の剣を舞い躍らせ、手数の多さで勝負してくる。しかもその打ち込みにしても二刀流特有の「軽さ」は無く、一回一回の打ち込みが、荒々しく重い。
それに如何に地上最強の剣士「紅蓮の死神」とは言え、此処まで見事に二刀流を使いこなす事は出来ない筈だ。
「そうか、お前が帝国の誇る二刀流の剣客、双刃の閃光か?」
魔法剣士が副長に付けられた二つ名を口にした。例え顔も本名も解からずとも、副長ほどの剣士になればその剣技に見合った仇名が付き知られるようになるのは、当たり前の事だった。
「如何にも。だが乗ってるのが最強剣士、紅蓮の死神でなくて残念だったな」
そう言い放ちながら副長の操る「天龍」が二本の白兵用ブレードを打ち付ける。
「そうだな、お前では俺の事を相手にするには役不足だな」
ヴァンガードが長大なグレートソードを一閃し、天龍の打ち込みを弾き返す。
二体の「巨人」が、壮絶なる剣の打ち合い続ける。
だが、その巨剣をふりまわす者達の間に、一騎の巨大な飛行兵器が割り込んできた。
「何だ!?」
「!?『ウォータードラゴン』!?」
二人の操士の前を、一騎の巨大な機動砲台が轟音を伴って通り過ぎていく。
「副長!! 一旦離れて!!!」
「機械神天龍」の中央制御ブロックとなった「玄武」に置かれた操士席の通信器に、いつもは上の方から聞こえて来る高い声が入ってきた。
「リュウガ!? でもどうして!?」
「説明は後です、一旦後退します、急いで!!」
「……了解した!」
水素ジェットモーターの爆音を轟かせながら、帝国の巨大空母が変じた大型浮遊砲台が、瞬く間に飛び去っていく。その後を、先程まで切り合いを演じていた鋼鉄の巨人が付いて行く。
一瞬にして間合いを離されてしまったヴァッシュは後を追いかけ様とも思ったが、ヴァンガードの操士席に入ってきたメスメルの言葉に機先を制された。
「ヴァッシュ! 遊びも程々にしたらどうだ? アレイヴァークを出して劫火砲を積んだ奴等を押さえ込んでいるのだから、今の内に帝国軍の兵器をありったけ潰してこい!」
メスメルの声と共にハバククの艦上から、一基の長砲が射出されて来た。
ヴァンガードの腕に、母艦から強制的に送られてきた擬似劫火砲を掴ませながら、魔法剣士が詰まらなそうに呟いた。
「まったく、生粋の魔法使いと言うものは、剣士同士の極限の戦いの楽しみと言うものが、全然解からんようだな」
ヴァッシュはそう嘆きつつ、ヴァンガードに再び擬似劫火砲の射撃姿勢を取らせた。
「……」
ミカもヨーコも心配になっていた。
先程皇帝陛下に直通回線を繋ぎ、陛下と直接に会話をした直後からリュウガの様子がおかしくなっていた。
必要な指示を少し出すだけで後は押し黙ったまま、この「ウォータードラゴン」の制御を行なっている。
艦の制御も劫火砲の発砲も自分一人でやってしまう為、艦橋に残る二人の女の子も操舵手のログもやる事が無くなってしまっていた。
「リュウガぁ!! どうしたのよ、さっきからずっと黙ったままで!? 陛下に何言われたのよぉ!!」
ヨーコが艦長席に向かって叫ぶ。
だがそれでもリュウガは何かに突き動かされるように、黙々と「ウォータードラゴン」を動かすだけだった。
「何とか言ってよ、リュウガ!!!」
ミカも叫ぶ。
その時、何かを確認するようにリュウガが後ろを振り向いた。
其処には再び劫火砲を撃ち放ち始めた、枢機国の重機導戦艦が居た。
「……だいぶ、離れましたね」
そこでようやくリュウガが口を開いた。
「艦長権限により、総員退艦を命じます」
久しぶりに出した指示は余りにも簡潔だった。
「ちょ、ちょっとリュウガ!? 何言ってんの!?」
「そうよ、リュウガ!!」
そのリュウガの言葉に、ミカとヨーコが慌てて反論する。
さしものログも、驚いたように後ろを振り向いている。
幾ら上官からの命令とは言え、行き成り艦を降りろと言われれば、誰でも反論するのは当たり前だった。
だが、そう指示を出したリュウガの顔は余りにも真剣だった。
そして艦橋に詰める三人は、その顔を見た瞬間に全てを理解した。
「……」
静まり返る艦橋内。
そして静かになった空間の中で、リュウガが小さく呟いた。
「……黒き龍焔を出します」
そうリュウガが口にした言葉は、この世界の命運を掛けるに等しい言葉だった。
艦橋に詰める三人も薄々気が付いていた。
劫火砲の直撃を簡単に弾き返す、脅威の敵兵器。
そしてその膨大なパワーを生み出す源が、リュウガと言うこの操士の専用兵器が積んでいる「本当の動力炉」と同じ物であろう事を。
ならば、同じだけの能力を持ったものをぶつけるしか無い。
「……リュウガ、それで良いの?……『黒き龍焔』を動かすって言う事は龍焔炉も動かすって言う事よ……この龍焔炉を動かしたら……あなた、どうなるかわからないのよ!!」
その言葉を聞いて、リュウガは微笑みを返した。
「そうですね……でも、わたしはその為に生まれて来ましたし、そしてその為に今まで生きて来ました……それにまだ破壊神との本当の戦いも残ってますからね、そう簡単には死なないですよ」
優しげな笑顔に彩られたその言葉を聞いた時、ミカとヨーコは思わず涙を零していた。
ログも流石に目頭を熱くして、零れ落ちようとする涙を必死にこらえていた。
宙に浮かんだ巨大な機動砲台から、幾つかの艦載機が飛び立っていく。
その中には二機のファイアディスティニーの姿もあった。
リュウガの機体にはログが、副長の機体には整備班長のタクトが乗っていた。
整備班の者達も使える有人型の飛装兵に乗り込み、他の乗員が乗った大型機を守るように自艦を飛び立っていた。
「……!」
大型機に乗った誰かが「ウォータードラゴン」の後ろを飛んでいた鋼鉄の巨人から三機の飛装兵が吐き出されるのを見た。
それは「機械神 天龍」を構成する「玄武」「白虎」「翠雀」の操士席を含む、緊急離脱用の小型飛装兵だった。
「……リュウガ」
小型龍機兵で「玄武」を離脱した副長も、リュウガの真剣な声を聞いた瞬間に、全てを理解していた。
自機の後ろにマリアとシフォンの機体が付いて来ている。彼女達も操士席の中でぼろぼろと涙を零しながらも、素直にリュウガの言葉に従っていた。
たった一人の乗員だけになった「ウォータードラゴン」は、誰も居なくなった「天龍」を背後に従えると、破壊の限りを尽くす枢機国の巨人の元へと、再び飛び去っていった。
重機動戦艦ヴァンガードが再び劫火の火炎を撃ち放った。その強烈な火炎と閃光に薙ぎ払われた海面が、一瞬にして沸騰する。
擬似劫火砲は既に五射目を数えていた。機関部すら使い物にならなくなった大砲を丸ごと投げ捨てた。
「……ん?」
遠くの方から二つの大型機が近付いて来る。
あれは先程自分と切り合いを演じていた機動戦艦と、その決闘に突然割り込んできた機動砲台に違いなかった。
「なんだ? また再び戦いを挑みに来たか?……ん?」
前方を進む機動砲台の方が再びその身を変じ様としていた。
両サイドに抱えた大砲の下に位置している、巨大なジェットモーターの前部が二つに分かれて飛び出してくる。
分かれたパーツは上下に移動し、上の物は「腕部」に変じ、下の物は「脚部」へと変じた。
二つの巨砲とジェットモーターも後方に移動している。そして空いた空間に「腕部」と「脚部」が繋がった。
ヴァッシュの目の前に二体の巨人が現れた。
偽りの空母の姿より変じた巨神「ウォータードラゴン」。そしてそれに付き従う巨人「天龍」。
「何だ、今度は二対一か?」
天空に留まる二体の巨人を見て嘯くが、何かまた違う雰囲気をこの二体が発しているのも確かだ。
だからヴァッシュも思わず口にしていた。
「……お前がこの帝国の『守護神』なのか?」
誰も居なくなった静かな艦橋内。
その中に唯一の人影が、一番奥の席に見える。
「……」
リュウガは静かに、倒すべき相手を見つめていた。
「多分あの巨人の中にはあの時の魔法剣士、ヴァッシュガーランドが乗っているんでしょうね……」
ラグナレクを巡る戦いの時、妖精達が捕らえられている筈だった部屋で、たった一人自分達を待ち構えていた相手。
分厚い鋼鉄すら切り裂く自分の剣を、簡単に受け流す剛の剣の持ち主。
目の前に浮かぶ巨人には、枢機国でも最強とも言えるその戦士が乗っているに違いなかった。
既に「青流」は「01モード 人型白兵形態」に変形していた。真の「ウォータードラゴン」としての姿だ。この姿になっただけでも想像を絶するだけの攻撃力を発揮する。
そして「これ以上」は、未だリュウガにとっても経験の無い事だった。いや、今の時点では経験してはいけない筈だった。
リュウガが少し後ろを振り返った。その先には自分の妹が居る筈だった。自分と同じ力をその身に宿した、もう一人の者が。そして自分が使えなくなった時の為に用意された、予備の部品が。
「……大丈夫、龍焔炉を起動させなくたって大丈夫……なんとかなりますよ……」
何時ものリュウガらしくない、何かに脅えるような台詞。
静かに呟き、自分の気持ちを何とか落ち着けようとしながら、リュウガは「最後」のレバーを押し込んだ。
「……黒き龍焔、起動します」
その場にいた者達は、一瞬時間が止まったような奇妙な感じを受けた。
そして次の瞬間、誰もがその声を耳にした
オオオオオオオオオオ!!!!!
天空に浮かぶ巨神が、天を割らんばかりの咆哮を上げた。
次の瞬間、傍らに控える巨人ごと自分を包み込むように障壁結界を吐き出した。それはヴァンガードやハバククが張り巡らす結界以上の強力な物だった。
結界に守られた空間の中、天龍の騎体が再び三つの分かれていく。
そしてまた、今までとは異なる姿へとその身を変じていく。
「白虎」であったパーツは野太い右腕に変形し、「翠雀」であったパーツは対となる左腕となった。
「玄武」であったパーツは頑強なる脚部へと変形していた。
そして、ウォータードラゴン「青流」もまた、再びその身を変じようとしていた。
手足として展開していたパーツが、再びジェットモーターの前部へと引き込まれて行く。
「青流」の空いた空間に、他の三騎が接合され始めた。
「白虎」は右肩へと、「翠雀」は左肩へと、そして「玄武」は下半身へと。
自分の本当の手足を取り戻した巨神は更なる変化を見せる。
両肩に背負った劫火砲と推進器がまるで巨大な羽の様に、背に雄々しく配置される。
そして今まで頭部を覆っていたカバーが上に跳ね上がり、後方に折り畳まれた。
其処には邪龍を模した、凶悪なる容姿の頭部が納まっていた。
頭部がせり出して来る。そして後ろに生える一対の巨大な角を展開させる。
その現れた真の頭部は、龍樹帝国が太古の昔より守り続けて来た、龍焔炉を腹に収める神機、「ZERO」が変じた物に他ならなかった。
巨体の各部から、何かが打ち込まれるような大きな音が聞こえる。
それは「龍焔炉」の補機として積まれている12基の縮退炉が通常起動から、機械神として身体を動かす際のフル稼働状態に移行した音だ。
縮退炉に、限界以上のパワーを引き出す為の突入ボルトが打ち込まれる。
そしてその身を変じる為に、自分自身を守っていた絶対結界が消えた。
壮絶なる駆動音を撒き散らしながら「その者」は現れた
漆黒の闇の色に彩られた巨大なる体躯。
頑強なる胴体から生える、重装甲を纏った手足。
肩口を守る、鋭利な爪を生やした四枚の分厚い盾。
背から伸びた、地獄の魔王の巨大な翼の様な、劫火を吐き出す大砲。その下に付くこの巨体を飛ばすに見合う大型推進器。
腰から生えた、野太い尾。
そして禁断の動力炉を内包する、邪悪なる形相の龍を模した頭部。
破壊神降臨
その姿は本当に「もう一つの破壊神」と言うべきものであり、天から降りてきた姿は正に「降臨」だった。
「……な!?」
自分の目の前に現れたその姿を眼に焼き付けた魔法剣士が、流石に呻き声を上げた。
「……こんな、こんな凶々しい姿をした奴が、こいつらの守護神だって言うのかぁ!!?」
「……」
枢機国軍の高速爆撃機や、新型機導駆逐艦に破壊され続けた帝国首都の桟橋の一つに、一人の少女が立っていた。
その少女は敵軍の攻撃にもまったく憶える事も無く、ずっと其処に立って戦いを見守り続けていた。
そして遂に少女の瞳の見つめる向うに、一騎の黒い機械神が堕りてきた。
その凶々しくも雄々しき姿を見たとき、胸の奥がきゅっと痛むのを少女は感じた。
「……おねえちゃん」
自分と姉の運命が、そしてこの時代の命運が大きく動き出そうとしているのを、リュウナも感じていた。