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第二十三話 要塞対要塞


 二体の巨神が対峙する。

 背後に控える巨大な要塞艦と装甲ケーブルで繋がれた、鮮やかなトリコロールカラーで彩られた鋼鉄の巨人。
 背中に繋がる制御用ケーブルにて、背後のハバクク級要塞艦一番艦「ハバクク」より、腹に抱えた「龍焔炉」の制御を受け、己の身体と要塞艦の巨体を動かす、狂気の相互補完兵器。
「枢機国軍対機械神決戦用重機動戦艦『ヴァンガード』」

 背に二門の劫火を吐き出す大砲を背負う、漆黒の闇の色に彩られた鉄の巨神。
 頭部に据えられた「龍焔炉」を、超小型生体起動装置「R_UNIT」によって駆動させる、対破壊神用決戦兵器。
「機械神十参號機、蛇遣宮の黄道機『ナイトメア』」
 だがそれは、他の機械神と類別する為の名前であり、本当の名前は他にあった。

「The DarkInferno『黒き龍焔』」

 この世界を焼き尽くす黒い劫火の炎。
 それは正に「エンドベル『終わりを告げる鐘』」と同じ意味の、世界を終末に導きし「もう一つの破壊神」としての名前だった。





 時間が止まっていた。
 黒い機械神が発する凶々しき威圧感に気圧されて、皆一様に動きを止めていた。
「……久しぶりだな紅蓮の死神」
 そしてその強烈な威圧感に打ち勝ちことが出来たのは、対峙する魔法剣士だけだった。
「そうですね、あなたこそ元気にしていましたか?」
 先程から凶々しい気を発し続ける黒い機械神の身体から、随分ととぼけた台詞が聞こえて来る。
 その台詞を聞いて、魔法剣士が快活に笑った。
「ハハハハ! そうだな、元気には違いないな。そうでなければあの時の決着も着けられんしな」
「……そうですね」
 黒い機械神の両肩に付いた盾が動き出した。盾を支えるアームが伸縮し、後方に伸びる。
 劫火砲の辺りまでアームが伸びると、下に付いた大型推進器脇に取り付けられたパーツを爪が咥え、運んでくる。
 右舷に取り付けられていた巨大な曲刃。左舷に取り付けられていた二本の柄。
 盾の爪が運んで来た三つのパーツを、一つに組み合わせる。
 黒い機械神が自分の身長を超える長重武器を構えた。
「ほぅ、その凶々しい身体に大鎌の武器か。中々お似合いの組み合わせだな?」
 不敵に呟きながら、ヴァッシュも自騎にグレートソードを構え直させた。
「えぇ、この黒き龍焔は『破壊神を破壊する為に造られた、もう一つの破壊神』ですから、それなりの武器を持っていませんとね」
 リュウガも「黒き龍焔」に、白兵用主兵装を相手に向けさせた。
 そして次の瞬間、この場にいる者の全ての耳に届くほどの、凄まじい轟音がこだました。
 巨大なる者同士がぶつかり合う激突音を切っ掛けにして、止まった時間が再び動き出した。










 一番初めに呪縛から抜け出したのは「ハバクク」の司令官席に陣取る高位魔法使い「メスメル カーツ」だった。
「お前達何をやっている!! 早く攻撃を続行しろ!!」
 他の者と同じ様に皆一様に動きを止めている配下の「アレイヴァーグ級機導駆逐艦」群に怒声を上げた。
 その声を聞いて息を吹き返したように、機導駆逐艦達が動き始めた。





 その大剣が一閃する度、天が鳴動する。

 その大鎌が舞い踊る度、海が脈動する。

 それは余りにも凄まじい激突だった。

 大剣を振り回し、黒い機械神の大鎌の一撃を何とか受け止める。
「流石にエンドベルと戦おうってだけあって、凄まじいパワーだな!!」
 ヴァンガードが得物を振るい、相手との間合いを離す。
 魔法剣士の操る重機導戦艦が一旦距離を離すのと同時に「黒き龍焔」の肩口にある四枚の盾が開いた。
 次の瞬間、前方を向いた盾の先端に付けられた、鋭利な爪が射出される。
「小癪な真似を!!」
 ヴァンガードが結界を張り巡らす。
 打ち込まれた爪が、結界によって簡単に弾かれる。
 龍焔炉から発せられる大パワーを出力源としたこの絶対結界は、何者をも通す事はない。
 だが黒い機械神は、弾かれた射出式の爪を大きく振り回して相手の視界を遮りながら、己の巨体を後ろに回り込ませた。
「!?」
 ヴァッシュが気が付いた時には、黒い機械神が大鎌を振り上げていた。
 振り下ろされた大鎌が、重機導戦艦と要塞艦を繋ぐ装甲ケーブルをいとも簡単に切り裂いていた。
 ……だが
「!?」
 今度はリュウガが驚く番だった。
 ヴァンガードとハバククを繋いでいた装甲ケーブルは、リュウガの「黒き龍焔」に切り裂かれた破損部を切り離し、瞬く間に再接続したのだった。
「どうした紅蓮の死神? ただ線一本切り裂かれて終わりだと思ったか、俺が?」
 ハバククがヴァンガードに積まれた龍焔炉を制御する装甲ケーブルは、龍機兵等と同様の間接を組み込んだ五メートル程の円筒を延々と繋いだ、蛇腹状のケーブルをしていた。
 その為、例え切断されても、切断箇所を切り離し残った部分を再接続するだけで、簡単に再生する事が可能なのだった。
「まぁ、トカゲの尻尾切りと同じものだ。もっとも本物とは違い、直ぐに再生するがな」
 ヴァンガードが側面に回りこんだ「黒い機械神」に向かって、己の得物を振り回す。
 金属同士がぶつかる火花を上げながら「黒き龍焔」が手にした大鎌で、必殺の一撃を受け止めた。
「それと劫火砲で丸ごと吹き飛ばそうと思っても無駄だ。劫火砲は発射に時間が掛かる。それだけの時間があればケーブルにも結界を張れる。ただそれだけの事だ」
「……見た目通り、鉄壁の要塞と言う訳ですか」
「そう言う事だ」
 次の瞬間、想像を絶する程の閃光を伴った雷が「黒い機械神」に向かって放たれた。
「!?」
 黒き龍焔が咄嗟に大鎌と四枚の盾を前に出し防御姿勢を取りながら、自分も防御結界を張り廻らす。
 結界の上を凄まじいパワーの稲光がのた打ち回る。
 そして防御しきれなかった雷光が、黒き龍焔の巨体を引っ掻きまわした。
「!!!」
 リュウガの乗る操士席にも、衝撃による激震が襲う。
「どうした紅蓮の死神? 龍焔炉を全力稼動させればこの程度の雷撃では済まぬぞ」
「……くぅ」
 不敵に言い放つ魔法剣士に対して小さく呻き声を上げながら、自分が操る「黒き龍焔」に体勢を整えるさせる事しか、今のリュウガは出来ないでいた。










「……リュウナぁ!!! ……リュウナぁ!!!」
 敵軍の激しい攻撃の中ティアは、何時も一緒に居た筈のホビットの少女の事を探していた。
 見た事も無い三角翼の大型機が落として行った巨大な爆弾と、長大な砲身に腕と推進器を無理矢理付けたような怪物の砲撃で、帝国首都周辺は酷い有様となっていた。
 妖精達を故郷に返す為の旅を終えたティア達は、自艦に戻る為に軍に戻った副長の後に付いて、帝国府まで来ていた。
 帝国府まで戻って来た副長は、早速自艦である「空母信濃」に戻って行き、リュウナも折角此処まで来たのだからと信濃の艦長である自分の姉に逢おうと思い、副長の後にくっ付いて行った。
 残ったティアは、帝国府の周辺都市にある港街に宿をとり、一人だけ故郷に帰らず自分達に付いて来た妖精のシルフィと二人でリュウナの帰りを待っていたのだが、其処へ行き成りのこの惨状である。
「!!」
 また遠くで爆発が上がった。
 これでもう何度目かなんて、憶えている訳が無い。
 しかし、今度の爆発は結構近かった。
 爆発に伴った爆風と衝撃波が、二人を襲った。
「……きゃぁ!!!」
 ティアの左肩の辺りで、小さい悲鳴が上がった。
 隣りを飛んでいたシルフィが、背中の羽に爆発で生じた風をモロに食らって、吹き飛ばされそうになっていた。
「シルフィ! 俺の耳に掴まれ!!」
 爆風の衝撃に耐えながら、必死に羽を動かしてその場に留まろうと頑張る妖精の女の子に向かって、自分の頭を動かした。
 エルフ特有の長い耳が、風に煽られるシルフィに何とか届いた。
 はしっと、シルフィの小さい手が、ティアの耳を掴む。
「そのまま俺の耳に掴まってろ!!」
「……良いの?」
「良いから、掴まってろ!!」
「……うん」
 少し躊躇いながらも、相手の長い耳を自分の胸に抱きしめるように掴まりながら、ティアの肩の上に座り込んだ。
 後はしっかりと目をつぶってじっとしたまま、ティアに自分の身を任せている。
 激しく爆風に煽られる度、掴まらせたシルフィの重みが加わって耳が千切られそうな程痛くなったが、そんな事は構っていられなかった。
 今は一刻も早く、目的の人物を探さなければ。
 ティアの視界にも、帝国府上空で空飛ぶ要塞に繋がれた巨人と戦う「黒い機械神」の姿は見えている。
「……まさか一緒に乗ってるんじゃないだろうな……」
 自分の姉の事を心から敬愛するリュウナの気持ち。
 随分と長い間彼女と一緒にいて、それは痛いほど解かっていた。
 そしてその彼女に存在しその気持ちこそが、ティアにあと一歩を踏ませるのを躊躇させる「存在」なのであった。
「……!? 居た!!!」
 ティアの心からの心配は外れていてくれた。
 帝国府に一番近い桟橋の上で、一人の少女が胸に当てた手をぎゅっと握りながら、硝煙の巻き上がる空を見上げていた。
「……リュウナぁ!!!」
 自分を呼ぶ声にもまったく気が付かないのか、空の一点を見つめている。
 少女の見つめる向うには、大鎌を振り上げ倒すべき相手に向かって行く「黒い機械神」の姿がある。
「リュウナ!!」
「? ……ティア君……シルフィ」
 今の今まで本当に全く気が付かなかったのか、自分が呼ばれた声の方に振り向くと、妖精を肩に乗っけたまま、はあはあと息を切らせているエルフの青年の姿があった。
「……良かった、無事で」
「うん、心配したんだよリュウナ」
 ティアとシルフィが、安堵の声を洩らす。
「……」
 少し悲しさを帯びた瞳で二人を見つめた後、再びリュウナは天空で戦い続ける「黒い機械神」に視線を戻した。
 先程から自分の居る桟橋の直ぐ近くでも爆発が起こっているのだが、そんな事もまったく気にならないかの様に、静かに見続けている。
「心此処に有らず」と言った印象だったが、ティアとシルフィの二人はそんな事は全く気にせずに隣りに並ぶと、一緒になって空を見上げた。
 激突の続く大空を見つめる三人。
「……?」
 自分の事をまったく責めようとしない二人の行動に、流石にリュウナの方が心配になってしまった。
「……その、ティア君もシルフィも、わたしがこんな所にいて怒らないの?」
「え? どうして?」
 キョトンとする二人。
「だって普通こんな所にいたら、早く安全な所に隠れろとか言うじゃない……それなのに二人ともわたしの隣に立って、わたしと同じ様に空を見上げているし……」
 その言葉を聞いて、ティアが優しく微笑んだ。
「俺はリュウナの事を連れて行く為にここに来たんじゃない。リュウナの傍にいる為にここへ来たんだよ」
「……え?」
 今度はリュウナがキョトンとする番だ。
 ティアはその表情を見て安心した様に微笑むと、再び空を見上げた。
「……リュウナの姉さんが、世界の命運を掛けるに等しい戦いの舞台に、遂に立ったんだ」
「……」
「そんな姉のことが大好きな妹は、ここから逃げようなんて全然考えもしないで、あそこで戦い続けている姉さんの事をずっと見守りつづけるだろうと思ってさ、だったら俺も傍にいようと思ってリュウナの事を探していたんだよ」
「……ティア君」
「それに俺だけで良いって言ったのにこいつまで来ちゃうしな」
「だってリュウナとは親友だもん」
 先程からティアの耳を大事そうに抱えたままの、もう一人の仲間。
「……それに、雨に濡れて凍えていたわたしのことを助けてくれたのは、あそこで戦っているリュウガなんだもん……わたしだって傍にいたいよ」
「……シルフィ」
 三人は再び空を見上げた。
 其処には機械で作られた神々の戦う姿が続いていた。










 龍焔炉のパワーによって限界以上に増幅された雷撃呪文を放って敵騎を翻弄する魔法剣士は、何かに気が付いた。
「……?」
 敵の動きが重い。
 確かにあれだけの重装備の艦が変形した相手ではあるが、その身に抱えた龍焔炉の力を普通に引き出せば、この世に存在する全ての機動兵器を圧倒出来る高機動力を発揮し、尚且つ強力な絶対結界を張り巡らし、あらゆる攻撃を弾き返す事が可能の筈だ。
 だが、目の前にいる黒い機械神は、此方が叩き付ける雷撃呪文を交わすのだけでも、やっと言った印象だ。
 確かに相手は帝国最大級の巨大空母が変じた機体ではある。それなりの重量物だ。
 その分動きが鈍いと言うのだろうか?
 いや、あの「エンドベル」との決戦の為に造られたこの機械神が、この程度の動きの訳が無い。
 ヴァッシュは疑問に対する一つの答えを出した。
「……紅蓮の死神、お前、龍焔炉を起動させていないな?」
 ヴァッシュは己が導き出した答えを、そのまま口にした。
 ヴァンガードが再び打ち出した雷光が、黒い機械神に迫る。
 黒き龍焔は、背部の大型推進器から盛大に水素の火炎を吐き出し、何とか紙一重で交わす。
「……!」
 完全に攻撃をかわしたと思ったリュウガだが、再び黒き龍焔に防御姿勢を取らせた。
 その直後、敵機の繰り出した巨剣が、直ぐ目前まで迫っていた。
 物凄い剣戟の轟音を伴いながら、何とか直前で受け止めた。
 ギリギリの位置で、大鎌が相手のグレートソードを阻んでいる。
 雷光を発した敵巨人を駆る操士、ヴァッシュガーランドは只の魔法使いではない。
 あらゆる物を叩き潰す剛の剣と、高位魔導士級の攻撃魔法を使いこなす「魔法剣士」なのだ。
「剣」と「魔法」相手の繰り出す敵の多段攻撃に、リュウガは翻弄されっぱなしであった。
「……くぅ、やっぱり幾ら十二基も積んだ縮退炉をフル稼働させても、敵わないんでしょうか……」










 主砲が咆哮する。
 大口径砲弾の直撃を食らった「アレイヴァーク級機導駆逐艦」が、バラバラに砕けながら海面に落下して行った。
「……艦長、主砲の残弾数が殆どありません」
 火器管制官より報告が届く。
「まぁ、仕方ないわね、高射砲みたくこれだけドカドカ打ちまくってれば」
「重機導戦艦 武蔵」の艦長席に座るアリシアラウリは、自艦に無理をさせた当然の結果と言う表情で、然も当たり前のように報告を聞いていた。
 アリシアの武蔵は今現在、帝国府上空に滞空していた。
 小回りの利く敵兵器に対して、此方も機動力を上げる為浮揚器を起動、空中戦に戦いを持ち込んでいた。
 機動力を上げたお陰で、動きの重い主砲を迎撃に使う事が出来る様になり、今の今まで群がる敵どもを自慢の大型主砲で落としまくっていたのだ。
 そして今現在、主砲も副砲も使い果たした武蔵の周りには、何機もの「アレイヴァーク」の残骸が転がっていた。
「……」
 アリシアが前方に目を向けている。
 ガルアの駆る機械神「グラシャラヴォラス」が、手にした大斧を振り回し、敵を一機また一機と切り裂いていた。
 カインも重装備の「ワルキューレ」を何とか動かし、己の積んだ劫火砲を潰そうとする敵機動駆逐艦を追い払っている。
 アリシアが、今度は空を睨む。
 硝煙の渦巻く大空には、カインの乗るワルキューレを更に超える重装備の機械神が、大剣と雷光を使いこなす敵巨人と戦っていた。
 重い。
 見た目の動きが非常に重い。相手の動きに合わすだけでやっとと言った感じだ。
「……」
 確かに自分より装備の軽いワルキューレ以上に身軽に動いているのだろうけど、本来の自分が持つ全ての力を発揮している様に見えない。
 わざと自分の力に、枷を掛けている様な印象だ。
「……あの娘、龍焔炉を動かしていないわね」
 ヴァッシュとまったく同じ考えを、アリシアも導き出していた。
「あんな動きの鈍い状態で、勝てると思ってるのかしら?」
 少しため息交じりで呟く。
 アリシアも知っていた。
 ディフュームの身体として、非常にコンパクトに作られた龍焔炉起動装置「R_UNIT」。
 そしてその小型化に成功した代償として、龍焔炉と接続された際「R_UNIT」自身には、命の保証と言うものが無いと言う事を。
「……」
 龍焔炉を起動させ、そのまま自分の意識を保てなくなってしまった場合、只の炉の制御装置として取り込まれてしまう。
 そして自分の意識を完全に無くしてしまった時、「R_UNIT」は零点放射の力を無制限に取り出すだけの、ただの暴走回路と成り果ててしまう。
 そしてそれを止める方法は……
「……あいつ」
 何でも一人で背負い込んで、何でも一人でどうにかしようとする、自分の親友。
 何時でも変わらないアイツの気持ちが、歯痒くなって来た。
「確かにこの大空で行なわれている戦いの舞台には、あんたしか立てないのかも知れないけど、少しは自分の親友のことを頼りなさいよ!!」
 一人文句を言うアリシアが、帝国府周辺の海に視界を廻らす。
 周辺海域の艀の一つに、巨大な鹵獲艦が見えた。
 敵の攻撃が劫火砲を積んだ艦に集中していた所為か、その巨艦は多少損傷しているだけで、自分とカインが調査に赴いた時とあまり変わらない様に見えた。
「あの忌々しい鹵獲艦に舳先を向けなさい」
 要塞艦のとりあえずの無事な姿を確認すると、艦橋内の乗員に次なる行動を下命した。
「人間どもにあたしらを敵に回したらどうなるかって言う事を、良く思い知らせてあげるわ」





 自艦を離れた乗員達を安全圏まで連れて来ていた副長は、帝国府の巨体に横付けされている要塞艦上に黒い巨大戦艦が着艦するのが見えた。
「アリシア? ……何をする気だ?」
 その時、副長の乗る小型飛装兵の通信器に、直接通信が入ってきた。受信の点滅灯が瞬く。
 それも今自分が話題にした、アリシア本人からだった。
「副長ぉ!!! 聞こえてるぅ!!!」
 すぐさま聞き慣れた怒鳴り声が出てくる。
「……そんな大声で言わなくても、ちゃんと聞こえてるよ」
 鹵獲して来たインビンシブルの甲板上に武蔵の巨体を下ろした理由を、アリシア本人に問いただそうする前に、次の言葉が飛んできた。
「副長! 信濃の整備班も一緒なんでしょ!」
「?……ああ、そうだが?」
「だったら今直ぐあたしのとこに寄越して! もちろん全員よ!!」
「何をするつもりだ、アリシア!?」
 其処まで言った後、通話機械から「ふふん」と言う笑いが聞こえて来た。
「そんなもの、見てからのお楽しみに決まってんじゃない!!」










「くそぉ!! 直衛艦は何をやっている!! 早く敵騎を追い払え!!!」
「全領域汎用装甲航空母艦 大鳳」艦長、ダンカン大佐が、自艦を守る二隻の機導駆逐艦に撃を飛ばす。
 確かに自分が指揮する艦が積んでいる二隻の直衛艦は、この敵の猛攻に対しても良く働いてくれている。
 だが、今はそんな事を言っていられる場合ではない。
 敵はこの帝国首都に、決戦兵器を送り込んで来たのだ。
 これは帝国の存亡を懸けた戦いだ。
 大鳳も主砲副砲問わず振り回し、縦横無尽に飛び回る敵新型機導駆逐艦を追い払っている。
 突然、自艦の右舷側の方から爆発音が轟いた。
「!?」
「『剣月』がやられました!!推進機部、左舷シールド部が大破した模様!!現在海上に向かって降下中!!!」
 ダンカンが三時方向に目を見やると、左腕と背中のパーツを大きくもがれた龍月級防空機導駆逐艦「剣月」が、海の上に向かってゆっくりと沈んでいくのが見えた。
 今まで旗艦を守ってくれていた直衛艦の内の一隻が、遂に敵の攻撃に倒れた。
 その爆煙を掻き分けて、今度は敵機が現れた。
 自分が今まさに落とした「剣月」の破片が飛ぶ中を、敵機動駆逐艦が迫ってきた。
 その姿を見た瞬間、ダンカンの鋭い瞳が何かを悟ったように輝いた。
 この距離では回避は不可能だ、ならば
「艦首面舵一杯!! 三時の方向に全速前進!!!」
「ですが、それでは本艦が!?」
「うるさい!! この距離では避けられん!!!」
 接近中の敵機導駆逐艦の主砲が火を吹いた。
 回頭中の大鳳は右舷艦腹に直撃を食らう。
 だがそれでも大鳳は、艦首部に付いた空中機動用バウスラスターから盛大に水素の火炎を吐き出し、敵艦に舳先を向けようとする。
 大鳳の巨体がギリギリと軋み、遂に敵機動駆逐艦と鼻面を突き合わす格好になった。
 二隻の艦が、空中で交差するコースを取る。
 敵機動駆逐艦の艇長も、こんな巨大な相手とチキンレースをするつもりはない様だ。
 相対速度が速まり、進路変更もままならなくなって来た自艦の進路を何とかそらし、衝突コースを避けようとする。
 後、数百メートル。「アレイヴァーク」級機動駆逐艦は、何とか敵空中空母とギリギリで右に交わすコースに入った。
 だが、
「右舷上昇用モーター点火ぁ!!! 逃がすものかぁ!!!」
 ダンカン艦長の号令一過、大鳳が右舷部の上昇用推進器のみを動かし、自分の巨体を右サイドに持ち上げる。
 敵機動駆逐艦は、まるで吸い込まれるように大鳳の右主翼に激突した。
 バラバラになって落ちていく敵機動駆逐艦、そして大鳳の巨大な右翼。
 そして大鳳本体も、旗艦を守って沈んでいった「剣月」の後を追うように、海面へと落ちていった。
「……ここまでか」
 無念に呟くダンカンの目線の先には、未だ戦い続ける二体の巨神がいた。










 大剣と大鎌がぶつかり合う。
 風を切り裂く音を轟かせながら、弾かれた大剣が振り抜かれる。
 その一瞬の隙を突き「黒き龍焔」が大鎌を振り上げ、再び打ち込もうとする。
 が、魔法剣士の操りし巨人は、ただ無防備な身体を晒していた訳では無かった。
 巨人の肩に付いた大型砲が旋回し、懐に入ろうとする敵騎に砲口を向ける。
 ヴァンガードの両肩には、四基の主砲が付いている。
 巨大な推進器と一体化されたこの主砲塔は、機導空母として改装された枢機国軍の高速機導戦艦「カレージャスU」と「グローリアスU」が、戦艦時代に積んでいた連装三八センチ砲塔だ。
 空母改装の際下ろされ保管されていたこの主砲ユニットを、最新鋭の重機導戦艦「ヴァンガード」は、己の主兵装として積んでいた。
 言うなれば中古品の再利用なのだが、乗っているヴァッシュはそんな事は気にしていないようだ。
 そして今、接近しようとする帝国の最強の機動兵器に対して、その幾分か古びた砲が咆哮しようとしていた。
 電磁軌道が唸りを上げて、三八センチ主砲弾を打ち出す。
「!?」
 これだけの至近距離で飛び道具を出されては、流石に避け切れない。
 だが、それでも何とか肩口に付いた四枚の盾を前に出し、本体への直撃だけはかわした。
 分厚い装甲が、敵砲弾を跳ね返す。砲弾の誘爆に包まれる黒き龍焔。
 だが、それだけでは終わらない。
 着弾の煙がはれた時、予定調和の様に敵機の大剣が振り下ろされて来る。
 金属のひしゃげる大音響に続き、盾の内の一枚が、大きく切り裂かれた。
 戦艦の主砲弾や、強力な攻撃呪文の直撃には充分以上に耐える様に作られたが、重機動戦艦が振り下ろす何百万トンもの剣圧には、流石に耐えられない。
「どうした紅蓮の死神? 動きが鈍いぞ」
 嘲り笑うような口調と共に、大剣が再び襲って来る。
「……くぅ」
 敵機の激しい打ち込みを、何とか受け止めるだけでリュウガは精一杯だった。
 確かに相手に言われるように、自機の動きは鈍い。
 この機械神十参號機「黒き龍焔」は、十二基もの大型縮退炉を積んでいる。
 他の機械神達はこの大型縮退炉を二基しか積んでいない。百mを超える巨体を動かすにも、これだけでも充分な出力だからだ。
 例外があるとすれば、肩に二門の劫火砲を背負った「ワルキューレ」が砲稼動の為、四基積んでいるぐらいだ。
 それでも封印機の指揮駆逐機である十一號機「黒き疾風」と、十弐號機「黒き雷光」と同数である。
 十参號機だけが、これだけ大量の縮退炉を積むには訳がある。
 真空を無尽蔵に満たしていると言われる、高次元スカラーポテンシャルエネルギーを取り出す事を可能とした、禁断の動力炉「龍焔炉」。
 一旦動き出せば、超常的な高エネルギーをほぼ半永久的に吐き出すのだが、しかしその初期起動にも膨大なエネルギーを必要とした。
「黒き龍焔」はその身に積んだ十二基の縮退炉を暴走寸前までフル稼働させ、それで得た大パワーを一気に頭部の龍焔炉に叩き付け、炉に火を入れるのである。
 黒き龍焔は今現在その十二基の大型縮退炉のみで稼動していた。
 これだけの大出力ならば三〇万トン近い巨体であっても動かすに充分であろうと思われるが、何しろ相手は自分が積んでいるのと同じ、禁断の動力炉を積んでいるのだ。
 相手の龍焔炉はどうやら何かしらの制限があるらしく、本来のパワーは発揮できていないようだが、それでも既存の全てのパワージェネレーターデバイスを超える、桁違いのパワーを発揮するのは確かだ。
 やはりジリジリと差が出始めて来てしまっている。
 大剣が容赦なく振り下ろされる。
「……やっぱり、此処で起動させなきゃ……駄目なんですかね……」
 敵機の攻撃を何とか凌ぎながら、リュウガが最後の決断をしようとしていた。





「R_UNIT」と言う龍焔炉を動かす為の装置が、なぜ生きたディフュームの姿をしているのか?
 殆どの者にその理由は知られていないが、一つだけはっきりしている事がある。
 龍焔炉を積んだ神機「ZERO」は、炉が暴走した際、自らの機体の動きを止める事は可能だ。
 これは自分が将来的に「破壊神」との決戦に見合うだけの、「黒き龍焔」の様な巨大な戦闘機械と接合されても同様であるように、予め設計されている。
 だが、自分の身体の動きを止める事が出来るだけである。
 その身に積んだ「龍焔炉」までも止める事は、流石に「ZERO」でも出来ない。動き続ける龍焔炉は高エネルギーを吐き出し続け、やがてこの世界そのものを滅ぼす。
「ZERO」「R_UNIT」この二つが揃った時「もう一つの破壊神」と呼ばれるのも、こう言った諸刃の剣を抱えるからである。
 暴走した龍焔炉を止めるには、エネルギーの満たされた高次元との接続を切るしか無い。
 そして、この世と高次元を繋いでいるものとは?
「龍焔炉」が暴走してしまった時、その接続システムを簡単に破壊できるように創られたもの。
 殆どが鋼鉄の機械で作られた機械神を構成する部品の中で「R_UNIT」と言う存在が、ディフュームの身体と言う余りにも壊れやすい部品で作られているのはその為である。





 リュウガの頭に妹の顔が過ぎった。
「……リュウナ」
 自分が此処で命を掛けるのは、全然怖くない。
 しかし自分が此処で倒れた時は破壊神との決戦時に、自分の妹がこの「黒き龍焔」乗り込み戦う事になる。
 そして彼女の性格ならば、今の自分と同じ様に破壊神を倒す為には、自分自身の命を捨てる事を、全く厭わないだろう。
 出来れば妹には幸せな生活を送ってもらいたかった。普通の女の子として生きて行って欲しかった。
 彼女には「予備の部品」としての自分の役目のままで、一生過ごしてもらいたかった。
 死ぬのは自分一人で良いと、ずっと思っていた。
「……リュウナ」
 もう一度、愛する妹の名を呟く。
「R_UNIT」として作られたのは、自分と妹の二人。
 人間達が持つ、もう一つの龍焔炉。
 そして打ち倒さなければいけない相手「破壊神エンドベル」。
 破壊神を倒すだけの力を持った、二人の姉妹。
 そして倒すべき、二つの相手。
「……お母さん……やっぱりわたしたち二人は、この時のために用意されたんですか? ……二人とも自分の命を使って破壊神を滅ぼすために、生まれてきたんですか……」
 もう今はいない、自分達を生んだ母に問いた。
 しかし答えは返ってこない。
 代わりに「黒き龍焔」の巨体の各部からギギィと、異音が聞こえて来た。
 限界以上に酷使されて続けて来た十二基の大型縮退炉が、流石に悲鳴を上げ始めた。
 いつ何時オーバーヒートを起こして止まるかも解からなくなって来た。
 十二基の内一基でも止まれば、もはや龍焔炉の起動は出来なくなる。
「……とりあえず目の前の敵を倒してからですね。お母さんには傍に行ってから聞きますよ」
 母との再会を望む言葉を呟く。勿論再び出会える場所は、もうこの世では無い。
 リュウガがゆっくりと微笑みながらレバーの一つに手をかけた。そして前と動かす。
 機体各所の縮退炉の動きが変わった。
 限界まで酷使された縮退炉が、更に今まで以上の動きを見せ、暴走寸前までパワーを吐き出し始める。
 それと同時に操士席の後の壁が、せり出してきた。
 様々な機械と動力パイプや伸縮機で形作られたそれは、まるで羽のような形をしていた。
 その鉄で出来た羽の先端がリュウガの背中に押し当てられた。
「くぅ!?」
 リュウガは丁度、自分の背中にある二つの球の辺りに痛みを感じた。
 自分が龍焔炉と接合された事を知ると、今まで封印していた力を開放した。
 ボウッと何かが爆ぜる音がする。
 その直後、背に無理矢理付けられた鋼鉄の翼から光が漏れ出した。
 黒く輝く焔の翼。
 地上に現れた魔王と戦う為、天から堕ちてきた優しき天使の翼。
 魔王と戦う為の悪魔の力を手にするために、黒い闇の色で染まってしまった堕天使の翼。
「ZERO」の狭い操士席が、鋼鉄の翼から漏れ出した光で満たさせる。
 もう後戻りは出来ない。
 正直、龍焔炉を起動させて自分が無事なまま、再び戻ってこられる可能性があるかどうかは解からない。
「……ゴメンネみんな、今日でお別れかもしれません……」
 最後のレバーを押し込む。
「……リュウナ、後の事は頼みましたよ……」



 その瞬間、リュウガの頭の中を巨大なる力の奔流が駆け抜けた。



「!!!!!」
 巨大なる力の波に、必死に耐えるリュウガ。
「これが、龍焔炉……これが破壊神をも滅ぼす禁断の力……」
 物凄い圧迫感が、リュウガの脳を襲う。
 少しでも気を抜いたら、直ぐにこの巨大なる力の奔流に飲み込まれてしまう。
「……まだ……駄目よ……こんなことじゃ……」
 それでも徐々に、意識が遠のく。
 このままではそう長くない時間の後、自分の意識が完全に龍焔炉の制御器として取り込まれてしまうのは確かだ。
「……う、くっ……うぅ……」



 ……その時リュウガは、龍焔の巨大な力と共に、何か懐かしい温かいものが、自分の心に入り込んでくるのを感じた。





 ……ダメだよリュウガぁ!!! 龍焔炉を動かすにはまだ早いよ!!!……

 その声は今まで自分が捜し求めていた、子供の頃に聞いた声に間違い無かった。
「レイ君!?」

 ……前を見てリュウガ!! 君の親友のことを!!……

 懐かしき声によって再び呼び覚まされたリュウガは見た。
 敵騎の背後に控える要塞艦に向かって、同じ形をした同型艦が突っ込んで行くのを。





 左舷に見える空間が不可思議に揺らいだと思った時、その巨大なる物体は既に回避不可能な距離にまで迫っていた。
「な、なにぃ!?」
 ハバククの司令官席に陣取ったメスメルが驚愕の声を上げる。





 巨大な敵艦の艦首が、ハバククの艦体周囲に張り巡らした絶対遮蔽障壁を突き破った。
 次の瞬間、鉄材を押し潰す物凄い異音を伴いながら、ハバククの左横腹にインビンシブルが突っ込んで行った。
「あはははは!!! どうよ? 人間ども!!!」
 激突の衝撃による強震が続くオーディシャス艦橋内に、アリシアの声が響く。
「あたしって言う最強の魔法使いがいれば、この要塞艦を丸ごと隠せるぐらいの透過の呪文を使う事だって出来んのよ!!!」
 艦橋前部の手摺りに掴まって自分の身体を支えつつ、敵艦を睨んで不敵に微笑む。
「行っけぇーっ!!!!!」





「血抜き」の拠点の一つとして使われていた、ハバクク級要塞艦「オーディシャス」。
 人間達に「血抜き」の材料として囚われていた同族達を救出する際に鹵獲し、そのまま帝国本土まで持ち帰って来た枢機軍の巨大発掘兵器。
「破壊神」がこの地上に降り立った遥かな昔に、決戦兵器の一つとして用意されたこの大型兵器には、自らを浮遊させる為に余りにも巨大な浮揚機が搭載されていた。
 だが、一〇〇〇年と言う時を経たこの要塞艦のエンジンは既に錆び付いており、この巨体を飛ばすに見合う力を発揮できないでいた。枢機軍がこのインビンシブルを海上で動かしていた時は、機動戦艦用の原子炉を態々新設していた位だ。
 鹵獲後の帝国軍情報部の調査によれば、この巨体を浮かすには、黄道の機械神を動かす大型縮退炉を四基必要とした。
 確かに計算上は、黄道機二機分の機関を繋げばこの要塞艦を飛ばす事が可能になる。
 そして本当にそんな事を、やってしまった奴がいたのだ。





「流石に劫火砲すら弾く結界も、この二百万トンの同型艦の体当たりまでは防げなかったようだな」
 アリシアの隣りでは、副長が同じ様に手摺りに掴まりながら衝突の激震に耐えていた。
 副長は、アリシアの急な思いつきに乗って、彼女の専用戦艦「重機導戦艦 武蔵」が腹に積んだ四基の大型縮退炉を、この鹵獲艦へ接続する為の作業の指揮を取っていた。
「劫火砲を弾くだけの絶対遮蔽障壁兵器を潰す為に、相手の結界の物理許容範囲を超えた大質量兵器を突入させ、絶対結界を破る」
 この作戦を実行可能とする上の実質的な接続の為の作業は、信濃整備班長のタクトが取っているのだが、こんな「無理ではないが、無茶大全開」の作戦の、参加の許可を出したのも、またこの副長だ。
 副長はその名前の通り、自艦でも黒龍師団でも中間管理職をやっているのだが、それでも只のうるさいまとめ役には全然収まらず、自分自身もこんな突飛な作戦にも喜んで参加してしまい、尚且つ部下達に適切な指示を出してしまうと言う、困った人物である。
 まぁ、これ位の度量が無ければ、龍樹帝国皇帝直轄の精鋭戦闘集団や、破壊神との決戦兵器が変じた帝国最強の空母の副長なんて言う職は、初めから務まらないのだろうが。
「どうするアリシア? このままアボルダージでも掛けるか?」
 着替える暇も無く、リュウナと言う龍魔導士を護衛していた時の剣士服のままの副長が、両腰に付けた一対の長剣に手を掛けながら呟く。確かにアボルダージ「強襲接舷攻撃」をするにはピッタリの格好ではある。
 副長の提言を聞いて「ふふん」と笑いながらアリシアが答えた。
「アボルダージはこのインビンブルを攻める時にやったから、もう良いわ」
 余りにも凄まじい衝角戦をぶちかましたやった敵要塞艦を、アリシアが再び睨みつける。
「忌々しい『血抜き』の拠点だったこの艦を処分できて、尚且つ『龍焔炉』の大パワーを持った相手も潰す事が出来たわ。こんだけ一石二鳥が出来たんだからもう充分よ」
「そうか。じゃあ俺達もそろそろ逃げるか。アリシアもこの艦を敵に気付かれないように隠す為に魔力を全部使っちまったから、転移の呪文も使えないしな」
「そうね」
 二人はインビンシブル艦上に鎮座した「武蔵」へと戻る為、激震の続く艦橋を離れた。





「ハハハハ!! 帝国軍の奴等も随分と派手なことをやらかしてくれるもんだな!!」
 己の背後に控えたハバククに、敵に鹵獲されていた筈の要塞艦が激突した瞬間から、魔法剣士は高笑いを上げていた。
 今現在、ヴァンガードの「龍焔炉」は止まっている。
 制御艦を失ったのだからそれは当然なのだが、問題は目前の敵だ。
「……」
 確かに紅蓮の死神が動かすこの「黒い機械神」から、膨大な力が漏れ出すのを感じた。
 だが、その力の輝きも一瞬で消滅してしまった。
 そしてその直後に、あの鹵獲艦が突っ込んできた。
「奴は、あの要塞艦が突っ込んでくるのを知って、『龍焔炉』の起動を止めたのか? ……それとも?」
 今現在、敵巨神は動きを止めたまま、ヴァンガードと向き合ったままだ。
 相手は無防備な姿を晒しているのだが、此方も頼みの「龍焔炉」が止まってしまった。
 この状態では、通常起動だけでもあれだけの大パワーを発揮する相手とやりあうのは、幾分か分が悪い。
「……ヴァッシュ!! 無事か!!!」
 次の行動に移ろうとしていたヴァッシュの下へ、聞き慣れた声の通信が入ってきた。
「何だ、生きていたのか」
「当たり前だ馬鹿者!! あの程度の攻撃で死ぬものか!!」
 何時の間にかメスメルカーツの専用呪導機が、ヴァンガードの隣りに滞空していた。
 敵巨艦の激突の瞬間転移の呪文で飛び出し、尚且つ敵艦もろ共沈み行くハバククの中に入れてあった呪導機を召喚したのだろう。
 メスメル並みの高位魔導士ならば、雑作も無いことだ。
 が、千人規模のあの要塞艦、生きて出て来たのはこのメスメル一人だろう。
 だがそんな事は、この魔法剣士ヴァッシュガーランドには関係の無い事だった。
「引くぞヴァッシュ」
 メスメルの呪導機の周りの風がざわめき始めた。積まれた魔導器が転移の呪文を発動させる。
「あの沈黙したままの帝国の機械神は、ほっといていいのか?」
 続戦を促がす言葉を吐くヴァッシュだが、自分もヴァンガードの大型魔導器に転移の呪文を発動させた。
「帝国軍の戦力を削ぐと言う当初の目的は果たした。それにハバククを失ったヴァンガードが、あいつに勝てるかどうかは保証しないぞ」
 そう言葉を残し、メスメルの呪導機は消えた。
「そうだな。楽しみは取っておかなくては面白く無いしな」
 如何にもヴァッシュらしい捨て台詞を残して、ヴァンガードも消えた。





 今まで激闘を繰り広げていた枢機軍の巨人が消えた直後に「黒き龍焔」の巨体に異変が現れた。
 まるで力尽きたようにぐらっと姿勢を崩すと、ゆっくりと海に向かって降下して行く。
 その直後、物凄い水柱を上げながら「黒き龍焔」が帝国府の近海に沈んでいった。










 戦いは一応の集結を見た。
 龍樹帝国首都に対する、枢機国軍による二段構えの強襲は、帝国府を始めとする龍樹帝国の重要施設の殆どを壊滅状態に追いやった。
 マッハ三で飛ぶ高速爆撃機が落として行った一〇トン爆弾は周辺施設を簡単にぶち壊し、液体水素貯蔵施設を始め多大なる被害が出ている。
 敵新型機導駆逐艦の艦砲射撃によって帝国艦隊は、その殆どが損傷していた。
 敵艦の攻撃は、劫火砲装備艦艇に集中しており、その禁断兵器を積んだ四隻の軍艦は何れも深い傷を負った。
 通常水上艦である「重航空母艦 加賀」と「重航空母艦 翔鶴」の二隻は、沈没寸前まで被害を被った。
「全領域汎用装甲航空母艦 大鳳」は敵艦と相打ちになり、右舷部を大きく破壊され、海上にその身を沈めていた。
「空中空母 飛龍」は最後まで浮かんでいたが、それでも中破以上の損傷をしているのも確かだ。
 そして空飛ぶ要塞艦と繋がれた枢機国の巨人が撃ち放った劫火砲。
 薙ぎ払われた劫火の焔は、帝国府の外郭に大穴を開けていた。
 かつて「ラグナレク」を奪取されてしまった時以上に、大きく破壊されてしまっていた。
 対する此方の戦果は、敵高速爆撃機四機の撃墜、そして爆撃隊の護衛戦闘機の撃破。
 新型機導駆逐艦も、緊急展開した「龍波」「龍月」両機導駆逐艦の活躍や、ガルアの「グラシャラヴォラス」の奮闘によって殆どを撃退していた。
 そして劫火砲の直撃すら弾き返す絶対結界を持った巨大な敵艦隊旗艦は、アリシアの「武蔵」より動力供給を受けたオーディシャスの突入によって、何とか破壊した。
 龍樹帝国軍が上げた戦果としては、これが全てだ。
 ミリタリーバランスを考えたら大敗も同然の結果だった。





 帝国府近海では、海上に擱坐した「黒き龍焔」の回収作業が始まっていた。
 何隻もの大型クレーン船や工作艦が「黒き龍焔」の巨体に取り付き始めているが、一般的な作業艦艇の能力では応急的な処置が出来るに過ぎない。
 最終的には「グラシャラヴォラス」等の機械神に来てもらって、この30万トン近い巨体をドック施設まで運んでもらう必要があるだろう。





 擱坐した黒き龍焔に誰かが取り付いた。
 転移の術を使い、救護隊等よりも早く頭部の操舞倉に近付こうとする者がいた。
 黒き龍焔の頭部は前後に割れ、中の操舞倉に繋がる扉が開け放たれていた。
「……おねえちゃん!!!……おねえちゃん!!!」
 姉の事を叫びながら、リュウナは操舞倉の中に顔を入れた。
 其処には帝国軍標準制服に身を包んだ一人の女性が座り込んでいた。
 その瞳は白く濁り、まるで生気を感じ得ない。
「……」
 その瞳の向うには、帝国府の外郭や、もつれるように海上に落下した二隻の要塞艦がいるのだが、そんな巨大な物でさえ彼女の瞳に写っているのか怪しい。
「おねえちゃん!!!」
 だが、先程から力なく座り込んだままの女性には、その聞き慣れた声すらも届いていない。
「……おねえちゃん!!!」
 リュウナは操舞倉の中に身体を滑り込ませると姉の身体に抱きついた。
 そして余り長くない腕を精一杯伸ばして、姉の華奢な身体を抱きしめた。
「……良かった……良かったよぉ……ちゃんと、帰ってきてくれた……」
 妹が姉の無事を喜んで泣きじゃくっている。
 だが、そんな姿を見ても、リュウガは生気を失ったように黙ったままだった。
 リュウナが顔を上げた。
「……おねえちゃん?……どうしたの、黙ったままで?……どこか、怪我でもしてるの?……」
 リュウナが、姉の頬に手を当てた。
 温かい。
 怪我などによる出血での体温低下等はしていないようだ。外傷的にも血の滲んでいる所は無い。
 それに抱きついていた時だって、怪我をしているような雰囲気は全然無かった。
「……」
 妹が頬に優しく手を当てた時、リュウガの中の何かがようやく動き出した。
「……わたし、取り戻したんです……」
「? なに?」
「……戻ったんです、子供の頃の記憶が……」
「え!? 本当に!?」
「……龍焔炉を動かした時、わたしの心に戻してくれました、失った筈の記憶を……『ZERO』の中でずっとわたしのことを待っていてくれた……レイ君が……」
 全く感情を感じられない響きで、リュウガが言葉を続ける。
「……すべて思い出しました……わたしが生まれた事……あなたが生まれた事……レイと言う少年の事……そしてお母さんの事……お母さんが、死んだ理由を……」
 白く濁ったままだったリュウガの瞳が少しだけ輝きを取り戻した。
 でもその瞳は、憂いを帯びた光しか放っていなかった。
「……お母さんを殺したのは……わたし……」
「……え?」
 リュウナは姉が口にしたその言葉の意味が全然解からなかった。
「……子供の頃わたしは一度龍焔炉を動かした事がありました……でも直ぐに暴走して……その時お母さんは、自分の命を使って暴走したわたしを止めてくれた……だから、お母さんを殺したのはわたし……わたしなんですよ……」
「……」
 リュウナは、姉の悲しいくらいに憂いを帯びた瞳に見つめられて、ただ何も言えずじっとするしかなかった。


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