第二十四話 涙の向うに見えるものは
龍樹帝国本土である月出列島の中央部に位置する巨大なる幹「龍の世界樹」。
霊峰ソルアの上に生えたこの世界樹の麓には、ディフュームの魔法使い達の頂点に立つ組織「魔導教会」の総本山がある。
その魔導教会の中央塔の奥深くに、一部の高位魔導士にしか入出を許されない部屋があった。
「……」
薄暗い照明に照らし出されているその部屋で、一人の女性が何かの作業に没頭していた。
「なんでちゃんと成長してくれないんだろう……」
自分自身を責めるような口調で、小さく呟く。
彼女の目の前には、太い硝子製の管が一つ置かれていた。
人工的に作られた羊水に満たされた硝子管の中には、生物の細胞組織と思しき小さな生命体が浮かんでいた。
「……生きているのは確かなのに……何故……」
沈んだ声のままの呟きを残しながら、目線をこの部屋の奥に置かれた機械に向けた。
それは幾重にも入り組んだような構造で作られた魔導器だった。表面の磨耗の度合いを見てみるとかなり昔に作られた物である事が解る。
そしてその中央部には、同じ様に羊水で満たされた小さい硝子管が二本、埋め込まれるような形で収まっていた。
二本の内、液体が詰まっているのは左側の一本だけであり、片方は空になっていた。
「……生まれてくる事を、拒んでいるの?」
小さな命の眠る硝子管の表面を優しげに撫でながら、申し訳無さそうに呟いた。
「……やっぱりこの世を滅ぼせるだけの力を、勝手に持たされて生まれてくるなんて……酷いよね」
それでも彼女はやらなければいけなかった。
時が迫って来ていた。
千年の昔に打ち倒された、破壊神の封印が壊れしまう時が近付いていた。
まだ時間はあるとは言え、この破壊神と対等に戦えるだけの決戦兵器を用意しなければならないのも、また事実だ。
この月出列島南大海側の内湾に鎮座している巨大な要塞から「Z_E_R_O」と刻印された龍機兵と、その付属物と思われる魔導器が発見されたのは、かなり昔の事だった。時代的には、魔導大戦直後の時代だ。
魔導教会自体も創設されて間もない頃であり、まだ龍樹帝国も無く、この擱坐した移動要塞にも帝国府と言う名前は付いていない。
発見された「ZERO」と名付けられた龍機兵と傍にあった魔導器は、更なる調査を行なう為、当時の魔導教会に運び込まれていた。
そして長い間の調査の結果、この龍機兵には自分自身を動かす動力の他に、もう一つ別の動力炉が積まれている事が解かった。
龍焔炉。
それは、かつて世界を一度終末に陥れた破壊神を封印した巨神「パラフレイズ」を動かしていた、禁断の動力炉。それと全く同じ物がこの「ZERO」には積まれているのだった。
だが、そんなものが搭載されているとしても、一体どうやって動かすのか?
伝承によれば破壊神を打ち倒した時、「パラフレイズ」はその背から長大な装甲ケーブルを延ばし、この「ZERO」の発見された移動要塞と繋がれ、内部に設置されている巨大電脳が巨神の龍焔炉を制御していたのだと言う。
それだけ複雑な制御機構を必要とする、この禁断の動力炉をこんな小型機に積んだとしても、はたしてどうやって動かすのだろうか?
「ZERO」と一緒に発見された魔導器。
魔導器に内包された硝子管に眠る微小な生命。
あまりに小さなこの生命の種こそ、龍焔炉を動かしうる生体制御装置の源であると解かったのは、随分と後だった。
魔導教会の長であるフーガムラサメは、唯一「ZERO」とシンクロして龍焔炉を起動させる事が出来るとされている「R_UNIT」の研究に携わっていた。
八〇〇年程昔に神機「ZERO」と共に発見され、それからずっと魔導教会に安置されていたこの魔導器に眠る生命体には「R_UNIT」と言う名前が付けられていた。魔導器に守られた「R_UNIT」は、硝子管に封入された微小細胞の形で眠っていた。
そして最終的に細胞分裂を繰り返しヒューマノイドの形態となり「ZERO」のコンダクターユニットとして接続される事となっていた。
何故生物であり人型である必要があるのか?
それは機械式の制御機構では目的のシステムを組むと一〇〇平方メートル以上の巨大な物になってしまい、機動兵器への搭載が不可能となってしまうと言う事と、零点放射と言うあまりにも危険且つ複雑すぎるシステムを制御するのは機械制御の様に予め定められた固定パラメーターだけでは、その常に変化し続ける真空より取り出される強大な力の前では直ぐに「強制終了」を起こしてしまうので、生命体の持つ不確定要素がどうしても必要となった。
長い間の解析ではそう言う解答になっている。
だが、これらとは全く違う要素をもって創られたと言う事実が解かるのは、ずっと先の話である。
硝子管に残された微小細胞は、成体になってくれないでいた。成長補正用の大型管に移されて、もう何年もの時が流れていた。
「……やっぱり駄目なのかな」
フーガが冷たい硝子管を優しく撫でながら呟く。
「……!」
硝子管の冷たさを改めて指先に感じた時、、フーガは気が付いた。
「……そうか……この子達は、親を欲しがってたんだ……冷たい硝子管の中でたった一人で生まれてくるなんて……嫌だったんだよね……」
それから数日後、フーガは「R_UNIT」を自分の子宮内で成長させ産み落とせるように、自身の身体に強化改造を施した。
普通では考えられない程の、強力な細胞組織を持った子を身ごもるのである。例え無事生まれたとしても、母体にも相当なダメージが残るのは初めから予想された。
だが、フーガには何の迷いも無かった。
「……この子達は生まれながらにして残酷な運命を背負わされて生まれて来るんだもんね……せめてお母さんぐらい、いてあげなくちゃ……」
フーガが「R_UNIT」を自分の子宮に着床させてから数年の時間が過ぎた頃、一人の赤ん坊が生まれた。
普通の子供であれば、身ごもり産み落とされるまでは一年程の時間で済む。これは人間よりも少し長い程度だ。だがこの赤ん坊の場合は、産み落とすに耐えられる身体になるまで、更に三年以上の月日を要した。
親に似て耳の垂れた、あどけない顔の可愛い女の子が、フーガに抱かれている。
「ありがとう、リュウガ……ちゃんと生まれてきてくれて」
様々な試練を経て生まれて来た愛娘を愛しそうに抱きしめる。
優しげな母親の表情になっているその顔を、部屋の片隅に置かれた魔導器に向けた。
残ったもう一つの硝子の管。
この母体が次の着床に耐えられるまで、あと数年の回復の時間を要するが、元の身体に戻ったら直ぐにでも次の子を身ごもるつもりだった。
だが、身体その物は完全には回復しきれないと言う事は、フーガも解かっていた。
通常のディフュームを大きく超える強靭な体組織を持った子を身ごもり、そして生んだのである。フーガは、最初の子を生んだ時点で、相当命をすり減らしていた。
だがそれでも、次の子を身ごもる事を止め様とは思わなかった。
たとえ、自分の命と引き換えにしてでも生むつもりだった。
「……リュウガ、この子が生まれて来る時には、もうお母さんはこの世にはいないから、わたしがあなたにいっぱいにあげた愛情を、この子にも分けてあげてね……」
窓から月明かりが差し込み、中心に置かれた物体を幻想的に浮かび上がらせている。
魔導教会中央塔の施設の中に、一機の異形の龍機兵が鎮座していた。
巨大な鋼鉄の龍の首の上に上半身を乗せたような格好をした機体、「ZERO」だ。
作業用の足場に囲まれた「ZERO」の機体には何本ものケーブルやらパイプやらが繋がれ、調整作業が行なわれているようだ。
「ZERO」の置かれた作業施設に一人の少女が現れた。
頭に乗った猫の耳とお尻から生えたフサフサとした尻尾。ホビットの少女だ。
ごく普通のホビットの娘に見えるが、普通のホビットの娘と違う処が有るとすれば、大きな耳が幾分か下に垂れ下がっている事ぐらいだろうか?
「……」
しばらくその物体を見上げていたホビットの少女は、何かに引き寄せられる様に「ZERO」の元へ近付いて行った。
そして「ZERO」の周りに設置された足場に付けられた階段を、よいしょよいしょと登り始める。
一生懸命階段を登り、足場を伝って、ようやく頭部の辺りに着いた。
「……どうしたの?」
少女が「ZERO」の頭部に向かって呟く。
ホビットの少女には、月明かりに照らされて鎮座するこの龍機兵が何を言っているのか、解るのだろうか。
「……そっか、ずっとひとりだったんだ……」
「ZERO」の巨大な横顔を撫でながら呟く。その鉄の冷たさが何だか心地良い。
しばらく「ZERO」の顔を触っていたが、急に何かを思いついたように、ぽんっ♪と両の手の平を胸の前で合わせた。
「じゃあ、わたしがいっしょにいてあげる。これでもうさびしくないよね」
そう言いながら、ホビットの少女が龍機兵の肩にちょこんと座った。
「……あの子は誰に言われるでもなく、『ZERO』の元へと行くのだな……」
長身のオーガの男が呟いた。
失われた技術「ロストギミック」の塊である、神機「ZERO」。機体に秘められた技術を解明する為に、このオーガ族の龍機兵鍛冶士も、魔導教会に召喚されていた。デューグフリーデン。世界最高峰の龍機兵鍛冶士の名だ。
「自分が何者なのか、自分は何を成すべきなのか……あの子は本能的に感じ取っているのかもしれない……」
「ZERO」の置かれた巨大な施設に隣接するように設けられた小部屋で作業をしていたデューグは、仕切り壁に付けられた硝子の小窓から、先程、ひょっこりと現れたホビットの少女のことをずっと見ていた。
「……ぐす……ぐす……」
考え深げなデューグの隣りには、もう一人、少女の事を見つめる者が居た。
「……ごめんなさいリュウガ……こんな、こんな酷い運命を……」
お腹を大きくしたフーガが、自分の娘の姿に涙を零していた。着床に耐えられるまで回復したフーガは、既に次の子を身ごもっていた。
自分のお腹に手を当てる。
「……ごめんなさい……」
これから生まれて来る、お腹の子の為の言葉だ。
「……デューグ……この子が生まれた時にはもうわたしはこの世には居ない……だからお願い、この子達をお願い……こんな事頼めるのはあなたしか居ないから……」
涙を指で拭いながら、デューグに身を寄せた。
フーガは「リュウガ」と言う存在を自分の身に宿し、そして生む事によって相当寿命をすり減らしている。そして、今身ごもっているこの子を産んだ時、自分に命が残っているなど考えられなかった。
それでも次の子を産む事に対しては、フーガの心にはなんの迷いもなかった。
本当はこの最後に残った子は、別の誰かに身ごもってもらい、自分は延命を計る事も出来た。
でもフーガはそれを拒んだ。フーガには確かに聞こえていた。硝子管に眠る最後の命の言葉を。
何百年もの間、一緒にいたリュウガと言う存在と、ちゃんと血の繋がった兄弟になりたいと言う言葉を。
自分達をひとりぼっちにしないでと言う言葉を。
だから決めたのだ。二人とも自分の身体に身ごもると。
たとえ自分の命と引き換えにしてでも、ちゃんと兄弟として生んであげると。
「……ばかっ、自分の子供達に申し訳無いと思うのなら、一生懸命生きろ! そして母として自分の子達を、その運命から守ってやれ……」
厳しく励ましながらも、自分に身を寄せているフーガの頭を優しく撫でるデューグ。
「……うん……ごめんね……わたしがんばる、わたし生きる……」
だが、それが叶わぬ夢だと言う事を二人とも良く解っていた。
「……『ZERO』は動くようになりましたか?」
龍魔導士のミレイヌレカキスが「ZERO」を起動させる作業に取り掛かっている魔導士達の元へやって来た。
魔導士達に混じってオーガの龍機兵鍛冶士もいた。オーガ族特有の大柄な身体の所為で、他の者より頭一つ飛びぬけている。
「いや、まだまったく動く気配が無いな……メインコンダクタデバイス『システムレイ』に関しては、確かに起動しているのは確認できるのだが……」
デューグが、フーガの親友であるミレイヌに説明する。
「やっぱり、リュウガちゃんが乗り込まない限り、動かないのかしら……?」
ミレイヌはそう言いながらホビットの元気な女の子の姿を探したが、何処にも見当たらない。何時もならこの「ZERO」の置かれた部屋の何処かで遊んでいる筈なのだが。
「あれ? そのリュウガちゃんは?」
「リュウガなら、母さんと一緒に医務局の方まで検査に行っている処だ」
デューグが、ホビットの少女のいない理由を説明する。
その台詞を聞いて、ミレイヌが考え深げな表情になる。
「……母さんか……」
ミレイヌの小さい呟きを聞いて、デューグも沈んだ気持ちになる。
「……ああ、俺達はフーガ一人に頼りきりだな……」
深夜誰もいなくなった研究施設内に、ひょこっとリュウガがやって来た。
夜中に目が覚めてしまったのか、パジャマ姿のままトコトコと、中央に置かれた神機の下へとやって来る。何時もの様に「ZERO」の肩の上に腰掛けた。
「……うん、何だか眠れなくなっちゃった」
リュウガがまた、動かぬ龍機兵とお喋りを始めた。
「……え? だったらおかあさんのところへいけばいいって?……だっておかあさん、いそがしいもん……それにおかあさんのおなかの中にはわたしの弟か妹がいるんだもん。わたしもうすぐお姉ちゃんになるんだから、いつまでもおかあさんに心配かけられないもん」
そう言いながら、部屋の窓から夜空を見上げた。真っ黒の空には黄色い三日月が浮かんでいた。
自分に弟か妹が出来るのは、あと幾つ、夜空に浮かぶお月様を見た後だろう?
「それにレイくんだってこんなところにずっとすわりっぱなしでヒマでしょ?」
自分の母を始めとした研究所の魔導士達が「ZERO」を動かす生体制御ユニットの事を「システムレイ」と呼んでいるのを聞いて、リュウガは何時の頃からかこの龍機兵の事を「レイ」と呼んでいた。
リュウガは「ZERO」の頭部に凭れかかせるように、小さい身体を寄り添わせた。
「……」
そうするとなんだか安心になってしまって、眠くなってきてしまっていた。
うとうとし始めたリュウガは、自分の頭の中にレイの声を聞いた。
「……え? そんなところで寝たらかぜをひくって? だったらぼくのおなかの中で寝ろって?」
電磁輪転器や油圧伸縮器の音を響かせながら「ZERO」の胴体部ハッチが静かに開いた。
「うん、ありがと」
リュウガは躊躇いもせず「ZERO」のコクピットに潜り込むと、中の座席に座り込んだ。
「……レイくんのおなかの中、すんごくあったかい」
操士席の背もたれに身体を預けると、いくらもしない内に眠ってしまった。
「……くー、くー」
「『ZERO』が!? 『ZERO』が動きました!! 早速調査の開始を!」
「……待って……」
フーガが、他の血気逸る魔導士達の動きを制した。その顔は零れ落ちる涙でぼろぼろになっていた。
「……ごめんなさい……今は……あの子達に……道具である事を忘れさせて……今だけは仲の良い友達として、そっとしておいてあげて……」
その言葉を聞いた時、その場にいた全員が頭に冷水を浴びさせられたような気持ちになった。
「……そうですね」
フーガの気持ちを察した魔導士達は、皆黙って「ZERO」の中で眠るリュウガの安らかな寝顔を見守り続けていた。
「ねえ、レイくんはずっとここにいなくちゃいけないの?」
今日も相変わらず「ZERO」の肩にちょこんと座るリュウガは、頭部に収まるメインコンダクタデバイス「システムレイ」に、何気なく話しかけている。
「……うん? なんでそんなこと聞くのかって? だってこうやっておしゃべりしてるのもたのしいけど、どこかに遊びにいきたいとおもわない? レイくん?」
そう言いながらリュウガが、にこっと微笑む。
一寸考えた後、レイがリュウガの頭の中に何事か喋りかけてきた。
「……え? ぼくのかおのまえに来てくれって? うん、いいよ」
よいしょよいしょと、リュウガが「ZERO」の頭部の前に移動する。
リュウガはしばらく「ZERO」の大きな眼球部を見つめていたが、ふいに「ZERO」の顔面部が動き出した。
「?」
不思議そうな顔をしているリュウガをよそに、顔面部のパーツが上下に開いていく。
そして幾重にもシールドされたパーツが全て開ききると、其処にはひとの皮膚を思わせる表面をした、球体のような物が現れた。
これこそが、神機「ZERO」メインコンダクタユニット、そして己の内包する龍焔炉の零点放射を司るマスターコントロールデバイス「レイ」そのものであった。
特に恐れるでもなく、その光景をずっと見ていたリュウガ。
「……? これにさわるの? え? わたしのからだから情報をとるから? ん〜よくわからないけど、とにかくこれにさわればいいのね」
リュウガはまったく怖がりもせず、ぺたんとその球体の表面に手を当てた。
その球体は見た目通り、本当にひとの肌のような感触をしていた。
「……?」
しばらくするとその球体に変化が現れ始めた。手を当てている場所が、少しずつ内側から盛り上がり始めた。
「??」
少しビックリしたようにリュウガが手を離した後も、その変化は続いた。その盛り上がりは、何だかひとの顔の様なものになってきた。
そして次の瞬間、中からぼこっと、ひとの上半身の様な物が出てきた。
「???」
びっくり顔のままのリュウガを置きっ放しにして、ひとの身体の様な物は少しずつ姿を表し始めた。
やがてそれは完全に球体から吐き出された……いや、産み落とされたと言った方が良いだろうか……?
吐き出されたその物体は、丁度リュウガと同じくらいの背格好の子供だった。
「……だいじょうぶ?」
あまりにものんびりとした台詞。
これが、この驚愕の光景を一部始終目撃した後の、リュウガの第一声だった。
羊水のような物にまみれたままになっている、その子を助け起こす。
「……きゃっ」
その子の股間に思わず眼が行ってしまったリュウガが、小さい悲鳴を上げた。
……どうやら男の子らしい。
「ご、ごめんなさい」
と言いつつも自分の顔を覆った手の指の間から少し覗いてしまうのは御約束。
「……そ、そうだ、とりあえずおかあさんにたのんで着る服をもらおう! それからはそれからかんがえよう!」
リュウガはその生まれたての男の子の腕を取ると、そのままたたっと駆け出した。裸のままの男の子もリュウガに引っ張られて、自動的に後ろにくっ付いていく格好になる。
……せめて何か、自分の服の上着でも着せてあげれば良いのに……リュウガってば。
彼女の少しおっちょこちょいな処は、子供の頃からあまり変わらないようだ。
レイが本体より分離した事により「ZERO」の研究施設内は大騒ぎになった。
とりあえずレイにはリュウガの服が着せられていた。一寸大きめのTシャツにデニム地のショートパンツ……が、やはり下着もリュウガの物なので、それも女の子用である。
「エヘへ、おそろい、おそろい」
レイの隣でリュウガ一人が、嬉しそうな顔をしている。
「……でも、何でこんな事が……」
魔導士の一人が驚愕の表情を張り付かせたまま、伝説の神機から行き成り飛び出してきた少年を見下ろす。
顔の両脇に尖った耳が生えている。
普通に考えればエルフ族の少年になるのだが、そんな普通の考えが通用しないのは、此処にいる誰もが解かっている。
「……龍焔炉を内蔵した『ZERO』ユニットの生体制御装置は、自分と破壊神との戦いで、もし全ての生命が死滅してしまった場合に備えて、その構造体から生命を生み出す事が出来ると、文献に書いてあるのを読んだ事があります」
「わたしもそれは知ってます……でも、この大きさでの装置の容量では、龍焔炉を制御する為の機構を組み込むだけで精一杯で、そのシステムは見送られたとあったけど……」
フーガは世界最高位の魔導士である。それ位の知識は充分以上にある。
「ええ、ですがそのシステムが搭載不可と解るまでは色々とテストが行われていた筈です。ですからそのシステムの名残が残っていた可能性もあると言うのも、事実です」
その言葉に全員が考え込む表情になる。
「……それがリュウガの体組織を読み取って、この子を具現化したと……」
「はい、ですが、今のこの子はリュウガちゃんの情報を読み取って作られた単純な無性生殖固体ではありません。レイという生体電脳が自らの一部を切り取って作り出した、言わば『レイその物』と言えるものなのです。事実『ZERO』に搭載されている『システムレイ』の質量が、この子の分だけ若干減少しているのが計算で解っています」
「……」
その説明を聞いて更に考え深げな表情をするフーガ。
「レイくんはね、わたしのともだちになってくれるために、あのなかからでてきてくれたんだよぉ」
「!」
突然リュウガが発したその台詞に、その場にいる皆がはっとなる。
その無邪気な言葉が意味する処……多分それが全てなのだろう……
フーガは子供達の前にしゃがみ込むと、二人の小さい体を、ぎゅうっと抱きしめた。
「……おかあさん?」
「……ごめんね……ごめんね……わたし達、あなた達を惨い戦闘機械にする事しか出来なくて……代われるものならわたしが代わりたい……」
フーガは大粒の涙を零しながらそう呟いた。
「……あなた達はちゃんと自分達の力だけで友達になって、この残酷な運命を一緒に切り抜けて行こうとしているのね……」
この場にいる全員が、皆フーガと同じ気持ちだった。
「どうしたのおかあさん? きゅうになきだして??」
「……ごめんね……ごめんね……」
「わぁ、海がみえてきたぁ!」
列車の窓からリュウガが嬉しそうに顔を出した。
「……」
その後ろでレイも首を伸ばし、一応外を覗いている。
二人の子供の無邪気な姿を見て、フーガがくすくすと笑う。
「ほらほら、あんまり顔を出すと、危ないわよ」
「はーい」
「……」
母に窘められてリュウガが素直に顔を引っ込めた。当然の様に、レイもそれに従う。
フーガとリュウガの親子とレイの三人は、龍樹帝国首都と魔導教会を結ぶ相互連絡鉄道に乗り、帝国府へと向かう処であった。
「レイ」という全く予期していなかった要素も存在したが、龍焔炉を積む神機「ZERO」も、ようやく稼動する事が出来る様になって来た。
そしてリュウガも「ZERO」に乗り込んで、様々な試験に耐えられるぐらい大きく成長した。
だがそれとは別に、フーガには急がなければならない理由があった。お腹の子が、生まれる時が近付いているのだ。
この子を産んだ時、自分にまだ命が残っているかどうか解からなかった。
急がなければ。
自分が生きていられる内に、出来る限りの事をして置く必要があった。
「……」
ぽんっとフーガがリュウガの頭に手を置いた。
「どうしたの?」
唐突に自分の頭の上に手を置かれたリュウガが、キョトンとしている。
「……ちょっとリュウガの頭、なでさせて」
「うん、いいよっ」
母親の手が優しく動く度に、まるで本物の猫の様にごろごろと嬉しそうにするリュウガ。
愛しい娘の笑顔を見ながら、フーガが心の中で呟いた。
……ごめんね……
主動輪を十六枚も装備する重蒸気機関車「ビッグボーイ」に引っ張られた輸送列車には、一緒に「ZERO」も載せられていた。
今回はこの神機を帝国府に持ち込み「ある物」との接続試験を行なう事になっていた。
この「ZERO」が、何時の頃かこの世に存在していたのかは、現在の解析能力では解からない。
だが、一つだけ解かっている事がある。
かつて破壊神と戦った巨神。「パラフレイズ『自由を創る曲』」
そう名付けられていたこの巨神を動かしていた龍焔炉は、搭載されていた頭部ごと失われていた。
この神機「ZERO」は、「パラフレイズ」の失った龍焔炉の代換品として造られたと言われている。
首を失った伝説の巨神は、今現在帝国府の奥深くに安置されていた。
そして今回は、また再び「ZERO」を帝国府に戻し、本来の役目をする為の接続運用試験を行なう事になっているのだった。
オーガ族の男が「ZERO」の載せられた車両で、輸送台に固定された神機を考え深げに見上げていた。
「……」
「ZERO」の調整作業に参加している龍機兵鍛冶士デューグフリーデンも、今回の帝国府における運用試験に同行していた。
ビッグボーイの吹き上げる黒煙の向うに、龍樹帝国首都の内湾が見えてきた。そしてその中央に浮かぶ、全長十キロ以上にも及ぶ巨大な構造物。
その帝国府の外郭を遠くに見ながら、デューグが呟いた。
「このまま何事も無く、終わってくれれば良いが……」
だが、デューグの不安を暗示する言葉は、現実のものとなってしまうのだった。
南大海上の孤島の一つ。
この龍樹帝国首都から数百キロ程はなれた島に、異形の巨人像が立ち並んでいた。その数、二十。
身長は一〇〇メートルを超えている。凄まじく大きい巨人群である。
その表面は、分厚い鋼鉄で覆われていた。そして鋼鉄で覆われた身体の間接部分からは、野太いシリンダーが覗いていた。この巨人達は、龍機兵と同じ様な機械仕掛けの身体を持っていた。
巨人機。
帝国府内で発見された「ZERO」や、魔導教会の守護龍機兵である「イスラフェル」の様な、今現在の技術では製造不可能な古の時代に造られた強大な力を持った機体の事を、現代においては「神機」と呼称している。
そしてその中には身の丈一〇〇メートル近い巨大な龍機兵も存在する。それがこの「巨人機」と呼ばれる、巨大龍機兵なのである。
伝承によれば、破壊神を倒す為に造られた巨神「パラフレイズ」に似せて当時造られたと言われているのだが、如何せん千年以上もの昔に造られた物である為に、実際に如何なる目的で造られたかは不明である。
しかしながら、人間達が数多く住む南北列島大陸では、古の時代に造られた数多くの大型兵器が発掘されていた。
全長六〇〇メートル排水量二〇〇万トン以上もある巨大要塞艦などと一緒に発見されたのが、この「巨人機」達なのであった。
自分の身長を大きく超える長物を手に持った巨人がいる。
禁断の力である龍焔の力、真空を無尽蔵に満たしている零点放射の力を、破壊兵器として使用を限定しその超常の力を使用可能とした最狂兵器。劫火砲だ。
だが、これだけの数の巨人機がいると言うのに、この長砲を持った機体は一機しかいない。
その大砲を持った巨人機の足元に、一人の男が立っていた。黒いロングコートに身を包み、左手には二メートル近くはある巨大なグレートソードを携えている。
「……」
巨人を見上げるその顔は、左側を大きく潰していた。潰れた顔には機械の補整器が付けられ、失った左眼には硝子製の義眼が付いていた。
「ヴァッシュ! 此処にいたのか」
ヴァッシュと呼ばれたその男の下に、深い灰色のローブに身を包んだ者が音も無く近付いて来た。
「……お前か」
呼ばれて振り向く。
魔法剣士ヴァッシュガーランドは、幾分かぎこちなく身体を動かしていた。
「お前の機体に持たせた劫火砲は、本物に似せて造った擬似的な物だ。破壊力は申し分ないが、三発までしか撃てん。それ以上撃つと壊れる。砲身も一回ずつの使い捨てだ。一射ごとに換えろ」
メスメルがヴァッシュの巨人機を見上げながら、そう説明する。
「それと、新しい身体の方はどうだ?」
「まだまだ慣れんな」
ヴァッシュが首の辺りの間接を、ゴリゴリと動かしている。良く見れば、コートの襟から見える首の部分には、龍機兵のような伸縮器や輪転器が見えている。
ヴァッシュは以前、この世界に誤って実体化してしまった水の精霊姫を奪取するべく、作戦に赴いた事がある。
結局作戦自体は精霊姫の護衛に付いていた者達の反撃により失敗、その時ヴァッシュは死ぬ寸前までダメージを負った。
何とか生還したヴァッシュは、ただ普通に肉体を再生される事を望まなかった。更なる強靭な身体を求めたのだ。
全ては、自分を此処まで傷つけた相手と、互角の力を手に入れる為。
何れ何処かの戦場で再び合いまみえるであろう、あの相手と戦う為。
その為ならば、この身体を実験兵器とされても、全く厭わなかった。
枢機軍の魔法使い達を束ねる頂点の組織「魔法管理委員会」の中でも、一、二を争う高位魔導士であるメスメルカーツは、委員会内に残されていた「巨神の首」の解析の主導者であった。
理論上では、現在の技術ならば限定的ながらも起動させる事が可能である、という状態まで解析もこぎつけていた。
かつて破壊神と戦った時と同じ様に巨大な制御装置を繋ぎ、尚且つ龍焔炉自体にデチューンを加え最大出力に制限を掛ければ、何とかその力を引き出す事が出来る。
制御装置自体は二〇〇立方メートル近くなると予想されたが、発掘された「ハバクク級要塞艦」を使えば、搭載施設は問題無い。そして将来的にも今現在進行中の生物組織型制御装置の開発が成功すれば、小型化も可能だ。
だが、問題が一つある。
将来的に、この「龍焔炉」を積んだ機動兵器が造られる。だが、その龍焔炉の大パワーを持った最強の機体を動かす事の出来る、操士の充てがないのだ。
何機もの龍機兵を打ち倒してきたエース級の操士でも、禁断の動力炉をパワープラントとした怪物的な出力を誇る機体を前にしては、自機の動き自体に操士の身体が付いていけなくなり、最悪死亡してしまうだろう。どうしても専用の操士となるには、その動きに絶えられるように肉体的に改造する必要があった。そして改造の土台となる身体にしても、並みの人間を超える強靭な肉体を持っていなければ、始めの改造手術にも耐えられない。
そんな折、ふとした切っ掛けでメスメルは、無謀とも言える肉体改造の土台となりうる者を得るのである。
左半身に大きく傷を負ったその男は、強くなる為には己の身体を切り刻まれても良しとするほどの、戦いにその身の全てを捧げた男だった。
メスメルはこの男に、自分の持ちえる魔導力学の全てを注ぎ込んだ最強の肉体を与えた。龍機兵を構成する鋼鉄製のボディと、龍や幻獣等の有機的体組織の融合。
そう、メスメルは、機械と生物組織を融合させた合成生物としての身体に、ヴァッシュガーランドの身体を改造したのだった。
そしてこの手負いの剣士も、その改造によく耐えた。
ヴァッシュの持ち前の身体の強靭さももちろんだが、この男の戦おうとする意思、そして己が打ち倒さなければならない相手と同じだけの身体を手に入れようとする、強い欲望。
本人のこの強い「意志」が無ければ、こんな生存確率など殆ど無い改造手術など、初めから成功しなかっただろう。
「どうだ、魔法剣士になった気分は?」
自分の身体に埋め込まれた魔導器の一つを調整している処だったヴァッシュが顔を上げる。
「俺は今まで以上に剣が振るえるようになれば良かっただけだ。こんな重い物、さっさと外してもらいたいもんだが?」
「まあ、そう言うな」
メスメルが立ち並ぶ巨人達を見あげる。
「お前には何れ、あそこに並ぶ巨人機など足元にも及ばぬ、最強の機体が与えられる。そしてそれを動かすにはそのような身体になっておく必要があるのだ」
ガシュン! と、ヴァッシュの腕のあたりから、機械の可動音を奏でられた。
「そのお陰で攻撃魔法等が使えるようになったのだ。おまけみたいな物と思えば得した気分にもなろう?」
「おまけか」
己の身体の調整をしていたヴァッシュが、気の抜けたように呟いた。
「俺の命と同じだな」
帝国府と名付けられた、かつて巨神と共に「破壊神エンドベル」と戦ったこの移動要塞の奥深くには、「ラグナレク」と名付けられた巨大な剣が存在していた。
太古の昔、この大地を破壊した「破壊神」は、決戦を挑んだ「巨神『パラフレイズ』」の猛攻により、中央大陸の砂漠の地に倒れた。
だが、この世界の全てを破壊しかねない超絶的なパワーを発揮する「龍焔炉」を積んだ「パラフレイズ」の力をもってしても、破壊神の全てを消滅させる事は出来なかった。一時的に力を失っただけだった。
力を弱めた破壊神の周りには「黄道の封印 ゾディアック」と名付けられた十二基の柱が置かれた。
この柱には、高エネルギーに満たされた高次空間へと繋がる回廊を無理矢理抉じ開ける能力があり、その力を使って破壊神のいる空間と高次空間を繋ぎ、「エンドベル」の内包する超絶的な力を高次空間へと削り取る事が可能なのである。元々が龍焔炉の零点放射を使用する、何かの巨大な破壊兵器だったらしいのだが、今の時代ではそれを知る術は無い。
しかし、対象となる破壊神の力も圧倒的であり、ほんの少しずつしか削り取っては行けないのだが、確かに封印の柱の能力により「破壊神」の力を削いでいく事は可能である。物理的には何千何万と時間を掛ければ、この強大な力を持つ破壊神も、最後には完全に消滅する筈であった。
だが、破壊神の力を確実に弱める事が可能なその柱にも寿命がある。柱の耐久年数は千年と計算された。
そして封印が効力を失う千年後、力を相当減少させた破壊神を今度こそ完全に殖滅する為に備えて、強大な武器が作られる事になった。
千年の時を経て力を減少させたとしても、未だ強大な力で守られているであろう破壊神を傷つけられるであろう、強力な武器。
それを唯一可能とする物体が、当時一つだけ存在した。
触れただけで全てのエネルギーを分解消滅させてしまう異形の金属「単一結晶金属」。
それを元にして、巨大な武器が創られた。それが「負の大剣 ラグナレク」なのである。
この金属は単一と言うだけあって、初期精製出来る物はミクロン単位の極小の物である。
これに電力を基礎とした負荷をかけ、実用に耐えられる程の大きさに成長させて行く事になる。こうした製造過程を踏む単一結晶金属を、破壊神を倒せる程の大きさに成長させるには、封印の柱の寿命より若干早い九七〇年の時間が必要と計算された。
数百年の時が経ち「帝国府」と名が変わったこの移動要塞の中で、負の大剣はゆっくりと静かに成長を続けていたのだ。
「確かに俺達人間の魔法力学はディフュームの持つそれに大きく劣ってはいる。だがあの『破壊神』を封印したのは我々人間だ。そして『黄道の封印』を造ったのも我々人間だ」
メスメルが目を向ける。その遥かな先には、破壊神の眠る中央大陸のフィーネ砂漠がある筈だ。
「この千年に及ぶ長い間、只単に手をこまねいて封印の壊れる日を待っていた訳では無い」
ヴァッシュに向き直りながら話を続ける。その瞳には妖しい光が宿っていた。
「そして我々の向かう先には、それを実現してくれる触媒が眠っている、九七〇年の時を経てな」
「……それがラグナレクか」
「あれだけの巨大な単一結晶金属があれば、不可能を可能にする事もできる」
メスメルがまた別の方向に目をやった。
その先には「負の大剣ラグナレク」を腹に抱える、帝国の本拠地がある。
「ディフュームの奴等も、破壊神を倒す為に造られた武器を、まさかそんな事に使おう等とは夢にも思わなかっただろうな」
爆炎が炸裂する。
身の丈一〇〇メートルはあろうかと言う鋼鉄の巨人が、帝国府を取り囲んでいた。
帝国府の方からも迎撃の為に数多くの龍機兵達が出撃して来ているが、相手が悪すぎる。
蹴り上げられ、携えた武器で叩き落され、巨人機の足元には龍樹帝国の龍機兵の残骸が数多く転がっている。
帝国首都に碇泊していた艦艇からも艦砲射撃が行なわれているが、そんなもので止められる様な相手では無いのは明らかだ。
遂に一騎の巨人機が帝国府の外郭にたどり着いた。表面の装甲を破壊しようと得物を振り上げる。
その時、それよりも早く、帝国府の外壁に空けられた開口部の一つから、巨大な物体が振り下ろされた。
巨人機は、一瞬にして真っ二つに切り裂かれてしまった。
開口部の一つから、大剣を携えた一機の巨人が姿を現していた。
外装からもはっきりと解かるごつい内骨格に、何基も埋め込まれた大型間接。それに見合うだけの、分厚い外装甲。
黒い色に彩られたその巨体には「パラフレイズ『自由を創る曲』」と名付けられていた。
かつて破壊神と戦った時に失った筈の首には、新たなる頭部が据えられていた。凶々しき邪龍を模した、凶悪なる容姿の頭部。
それは「龍焔炉」を腹に抱える伝説の神機「ZERO」が変じたものに違いなかった。
巨神「パラフレイズ」は己を動かすに足る新たなる動力を手に入れ、この現代に復活した。
「……あれがパラフレイズか……しかし、まさかラグナレクまで持ってきてくれるとはな」
擬似劫火砲を装備した自分の専用巨人機に乗り、他の巨人機達に指示を出していたヴァッシュが、巨神の持つ得物を見て声を上げた。
目の前に現れた伝説の巨神「パラフレイズ」は、再び破壊神と合いまみえる時の為に用意された、新たなる主兵装「負の大剣 ラグナレク」を手に携えていた。
先程、巨人機を一瞬にして叩き切ったのも、触れたものを一瞬にして消滅させてしまう、単一結晶金属の力だ。
噂にたがわぬ凄まじい威力だ。
「そしてあれが本来の姿の『ZERO』か……」
魔法剣士の頭に忌々しい記憶が蘇る。
自分がこんな身体になるまで傷つけられた「龍焔炉」を腹に抱える伝説の龍機兵。
それが本来の役目をする為に巨神の首の上に乗っていた。
「背中に制御用のコードは生えていないようだな?」
ラグナレクを持って現れた巨神の姿は、巨人機達の後ろに控えたメスメルにも見えていた。
「パラフレイズ」の背からは、伝承に残る破壊神との戦いの時の様に、背から制御用コードが生えていない。
メスメルのような人間達の魔法使いも、神機「ZERO」とそれと共に存在するとされる「龍焔炉を起動させる為の生体制御機構」の存在は、古い文献等から情報を得ていた。
そして今目の前にいる「パラフレイズ」の背には、龍焔炉の外部制御用の装甲ケーブルは繋がっていない。
「つまりディフュームどもは、龍焔炉の単体制御方まで手に入れたと言う事か」
「くそぉ、まさかこんな事態になるとは!?」
突然の攻撃により大騒ぎとなっている帝国府の中を、デューグは走り回っていた。
フーガ達一行が帝国府に着いて数日たった今日は、明け方から「パラフレイズ」と「ZERO」の接続作業が行なわれていた。
そして、まるでそんな重要な作業が行なわれているのが解かっているかのように、数多くの巨人機達がこの帝国府に攻め込んできた。
デューグも龍機兵鍛冶士である立場上、数多くの龍機兵は見てきたのだが、あの身の丈一〇〇メートルを超える巨大な龍機兵を、実際に見たのはこれが初めてだった。
巨人機と言う機体に関しては、ディフューム達が数多く住む中央大陸や、龍樹帝国の本拠地のあるこの月出列島では殆どの発見例が無かったのだ。
文献等により、その性能や仕様等は大体は解かっていたが、これほど強大な破壊力を秘めた機体だとは思っても見なかった。
「フーガぁ!! どこにいる!!!」
デューグは先程から、身重の魔法使いの事を探し回っていた。
接続作業は朝からずっと続いていたが、午後になった時点で一度休憩を入れる事になった。作業自体も「パラフレイズ」の首部への「ZERO」の搭載作業そのものは終了していた。後は各所の調整作業が残るだけと言う状態だった。
休憩になった時、フーガは自分の娘とレイを連れて帝国府内の食堂施設に下りて行った。
デューグは作業に使われている格納庫に一人残り、午後からの調整作業の為の準備を終え、自分も食堂に向かおうと思っていた処に、この突然の襲撃だった。帝国府に向かう列車の中でデューグが思い描いた不安は、本当に現実のものとなってしまっていた。
「……いるとしたら、やはり格納庫か??」
デューグは自分の予想を信じ、先程まで自分がいた「パラフレイズ」を収めていた格納庫に急いだ。
天井の高さが一五〇メートル以上もある巨大格納庫は、もぬけの空となっていた。
千年もの昔から此処に安置されていた、巨神「パラフライズ」の姿が無くなっていた。勿論頭部の「ZERO」ごとだ。
そしてもう一つ無くなっているもの。
格納庫奥に全長二〇〇メートルはある大型輸送車が駐機している。その荷台の上には様々な安定器や固定器が備え付けられているが、輸送車に載せるべき「そのもの」が消えていた。
「負の大剣 ラグナレク」
九七〇年の時を掛けて、ようやく形になったこの大剣も、この大型格納庫に運び込まれていた。
「巨神」と「ZERO」の接続が滞りなく進み、新たなる首を持った「パラフレイズ」が無事稼動した際、その試験運用の為「ラグナレク」も巨大な製造器から運び出されていたのだった。つまりこの格納庫の主である「巨神」と、新たなに造られた主兵装が共に姿を消した事になる。
デューグは外を見た。
側面の大型ハッチは開け放たれ、巨大な開口部から外の景色が覗く。
遥か遠くの海面に「それ」はいた。
己の為に造られた負の大剣を振り回し、群がる巨人機達を切り裂いている。
「……リュウガ!? レイ!?」
巨神が動いていると言うことは、それを動かす為にいるあの二人の子供も、あそこにいるという事だ。自分が思い描いた悪い予想が次々と現実のものとなってしまっていた。
レイは本来の自分の身体を動かす為に、既に「ZERO」の中へと戻っているのだろうし、その「ZERO」の操士席に乗っているリュウガにしても、無事に帰って来れるかどうかは解からない。
「くそぉ!! 俺達はなにも出来ないのか!! なにも出来ずに、ただ見ているしか無いのかぁ!!!」
デューグが絶叫する。全てをあの子供達に任せなければならないと言う、どうしようもない悔しさ。
「……なにも出来ないわけじゃ、無いわよ……」
その時、広い格納庫内に女性の声が小さく響いた。
「!?」
己に対する怒りを爆発させていたデューグは、そのあまりにも聞き慣れた声を聞き冷静さを取り戻した。
そしてその声の主を探して、格納庫内に視線を廻らせた。
巨大な開口部が見える位置の壁の一つに、フーガが力無く座り込んでいるのが見えた。
「フーガ!!」
目的の女性を見つけたデューグは、急いでその下へと駆け出した。
近付いて行く内に、フーガの座る床の上に血溜りの様なものが出来ているのが見えた。普通の血とは違い幾分か半透明に見えたが、近付くに連れて匂いがきつくなっていく。
「フーガ!? 大丈夫か!?」
そう叫ぶデューグが見たものは、フーガの腕に抱かれた小さい赤ん坊と、何時もと変わらない彼女の笑顔だった。
「……えへ、随分とみっともない格好してるわよね、わたし」
「……フーガ、まさかその子は……」
「うん、さっき生まれたの……二人目も女の子になっちゃった」
精一杯微笑みを浮かべて、まるでごく普通に出産をしたかのように言う。彼女の周りの半透明の血溜りは、出血だけのものではなかった。腹の中に溜まっていた羊水が、外へ破水した為だった。
たった一人で出産の痛みに耐え、今まで身ごもって来た子を産み落とす。そして次の子を産んだ時、フーガにはもう命は無いと、ずっと言われていた。
自分の命を掛けた出産。
一体どれだけの怖さと苦痛がフーガを襲ったか、解からない。
「……フーガ」
それを考えたら、デューグは掛けるべき言葉を失っていた。ただ彼女の名前を呟くしか出来ないでいた。
「リュウナ……この子にはリュウナって名前をつけたわ。強く、気高く、そして美しく育つようにって、龍の名前をつけたわ……お姉ちゃんと同じ様に」
フーガがそういいながら立ち上がった。だが、リュウナを産み落とす事によって、著しく体力を減少させたフーガは直ぐによろけてしまう。
どんっ、デューグの厚い胸板に倒れこむフーガ。彼も何も言わず、ただ優しく抱きとめるだけだった。
「……デューグ、お願いがあるの……わたしをあそこへ……娘たちの下へ運んでくれないかしら?」
「どうする、つもりだ?」
「……わたしはこの子を産んだ時、もう生きてないと思っていたわ……でもまだ少しだけ命が残っている……多分、死神さんが少しだけおまけしてくれたんだと思うわ……」
既に立っているだけでもやっとと言った状態のフーガが、力を振り絞る様に呟く。
「だったら残ったこの命、あそこでみんなの為に戦ってるあの子の為に使わなきゃ……それぐらいしなきゃ、あんな惨い運命を背負って生まれて来てしまったあの子に申し訳ないから……それに」
デューグに抱かれたままのフーガが、自分の腕で安らかに眠る二人目の子を、優しく持ち上げる。
「この子にも申し訳無いから……」
フーガがそっとリュウナの頬に口付けする。消え行く自分の命に逆らって、母の顔を知らずに育つ事になるこの子に、少しでも愛情を残すかのように。
「……解かったよフーガ。イスラフェルを呼ぶ。それに乗ればあそこまでお前を運んでいけるだろう……」
デューグはもう既に、止める気は無かった。
あれだけの強い細胞組織を産んだ子を二人も産んだのに、フーガにはまだ命が残った。だが、どれだけの良薬や回復呪文を掛けても、既にどうにもならない処まで、フーガの身体はぼろぼろになっていた。そしてデューグも、このまま安静に療養せるよりも、フーガの思いを遂げさせる事を選んだ。
懐に手を入れると、薄い札型の魔導器を取り出した。予めそのカードに登録させた物体を自分の下に転移させる事を可能とする魔導器「サモンタロット」だ。
未だ己を動かすに足る主の見つからぬ伝説の守護龍機兵は、自分を修理できる数少ない龍機兵鍛冶士を今現在の主としていた。
「……!?」
外壁に開いた開口部のその向うで、物凄い閃光が生じるのを二人は見た。
全身に、武器を打ち込まれ満身創痍となった「パラフレイズ」が、己を光に包み始めた。
龍焔炉の力を開放し、全ての敵を一瞬して葬るつもりだと、二人は瞬時に理解した。
「……急いで、デューグ……あの子達が……あの子が……」
「……解かった」
帝国府の周りの海は、酷い有様となっていた。
機体を限界以上に焼き尽くされた巨人機の残骸であろう溶解した鉄塊が、其処かしこに散らばっている。
帝国府の分厚い外壁も、焼け爛れている。周辺に展開していた艦艇群も、無事で済んだ艦は皆無だった。
海面自体も干潮時並みに低くなっていた。かなりの量の海水が蒸発してしまっている。
蒸発した海水で、天空は厚い雲で覆われ、今にも大粒の雨が降り出してきそうな空だった。
そしてその中心に、この惨状を引き起こした巨神が立ち尽くしていた。
右腕が無くなっていた。先程まで振り回していた主兵装も、無くした右腕ごと失っていた。
立ったまま擱坐する「パラフレイズ」の下に、一騎の赤い龍機兵が接近していった。魔導教会を守護する紅の神機「イスラフェル」。
デューグに操られし龍機兵が、巨神の肩口に取り付いた。開閉音を響かせてイスラフェルの胸部ハッチが開く。
操舞倉の扉が開くと、フーガが顔を出した。
「……デューグ、わたしのお願い、もう一つ聞いてくれるかな?」
くるっと振り返りながら、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なんだ?」
「リュウガとリュウナ、この二人のこと、あなたに頼んでも良いかしら?」
「ああ、そのことか。俺は構わないが、俺みたいなガサツ者よりも、子供にとっては女親の方が良いんじゃないのか? 例えばミレイユとか?」
それを聞いてフーガがくすっと笑う。
「母親としての優しさはリュウガにいっぱいあげておいたから、もう大丈夫よ。あと必要なのは男親としてのワイルドさよ」
その台詞にデューグも笑いながら答えた。
「ハハハハ、そうか、そういうことなら二人とも誰にも喧嘩に負けないぐらいの、じゃじゃ馬に育ててやるよ」
「ええ、頼んだわ」
フーガは嬉しそうに微笑むと、再び身を翻した。
「……じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
まるでどこか近くにでも出かけるかの様な気軽な雰囲気で、フーガが声を掛けた。
「ああ、気をつけてな」
デューグも、何でもない事のように、微笑みながら返事をしている。
二人が顔を合わせることはもうない。相手はこれから自分に残された命を懸けようとしているのだから。
でもそんな悲しい別れはしたくない。フーガはそう望んでいた。だからデューグも最高の笑顔で送る事にした。
フーガはイスラフェルの操舞倉から飛び出すと、巨神の肩口に降りた。
「ZERO」は、己の身体を止める為に必死だった。
「R_UNIT」、つまりリュウガが乗り込む事によって起動する事が出来た「龍焔炉」は、未だ自分の腹の中で動き続けている。まだ成長しきれていない幼いリュウガの身体では、零点放射の加速的可変エネルギーを制御しきれなかった。
自分の身体の中心の、未だ動き続ける龍焔炉の手前に設置された操士席で、彼女は死んだように眠り続けている。
そして彼女の背中に接合された、翼のような形の龍焔炉制御機構「インフェルノゲート」が、無尽蔵のエネルギーを内包する高次空間との扉を開き続けている。
早くこの、龍焔炉を止めなければ。
このまま動き続ければ、いずれ高次空間と自分達のいる空間が完全に繋がってしまい、この世界が真空の内包する高エネルギーで満たされる。
それはこの世界そのものの「死」を意味する。
「ZERO」いや、レイも必死だった。自分の腹の中で眠り続ける、この友達のことを早く目覚めさせなければ。
先程から何度も呼び続けているのだが、全く反応が無い。
完全に龍焔の力に取り込まれてしまったのだろうか?
そんな事は信じたくなかった。
ほんの一寸の希望にすがるように、何度も呼びかける。
反応が無い。
それでもなお眠り続ける彼女の羽からは、龍の焔が吐き出され続けている。
レイの頭にも流石に「絶望」という言葉が過ぎった時、聞きなれた女性の声が聞こえて来た。
「レイ君! この扉をひらいて! 早く!」
其処には、自分の腹の中で眠り続ける少女を産んだ母親の姿があった。
もう既に自分の力では友達の事をどうする事も出来ないでいたレイは、素直にフーガの言葉に従う事にした。
フーガの目の前で、邪竜を模した巨大な頭部が前後に割れだした。
割れた頭部の間に「ZERO」本体の胸部が見えてきた。
邪龍の頭部が前後に分割されるのと同時に「ZERO」の操舞倉へと繋がる扉も開き始めた。
「リュウガぁ!!!」
フーガが、開き始めたハッチに急いで取り付く。限界以上に体力をすり減らした身体が思う様に動かないが、今はそんな事を言ってられない。重い身体を動かし何とか操士席に入り込む。
「……リュウガ」
其処には目を閉じたままじっと「ZERO」の操士席に収まる我が子の姿があった。
その顔は、苦痛に歪められていた、何かを必死になった我慢するような顔。多分この子も止めようとしているのだ、龍の焔を。意識を失ってもなお、自分の力を止めようと必死にもがく少女。
我が子のそんな悲壮な姿を見たら、フーガはただ泣く事しか出来ないでいた。
「……ごめんね……リュウガも必死に戦ってるんだよね……ごめんね……」
この狭い操舞倉を満たしている、インフェルノゲートから洩れる閃光も、フーガの目には痛々しい光に映っていた。娘が背負った残酷な光を瞳に写した母親は、涙が止まらなかった。
フーガは涙を拭おうともせず娘の身体に近付くと、腰の後ろに吊った鞘から細身の短剣を引き抜いた。
「でも、今のリュウガじゃ、その力を止める事は……出来ないの」
手に持つ剣、それは魔導教会の長に代々伝えられてきた古の魔導器「魔笛」だった。
「……辛かったでしょう……今、助けてあげるからね、リュウガ……」
フーガが、魔笛を振り上げた。
そして……
「ZERO」の腹の中で唸り続けていた龍焔炉が止まった。
それはこの世界と、強大なエネルギーで満たされた高次空間との接続が、切断された事に違いなかった。操士席の後ろに収まっている龍焔炉が静かに動きを止めていく。「ZERO」の腹の中を満たしていた光の現況である、インフェルノゲートから漏れ出す龍の焔の光も消えた。
全てが完全に止まった。
そう、一人の少女の命までも。
全てのものが力を失い動きを止めたのを確認すると、フーガは娘の心臓に突き立てた魔笛をゆっくりと引き抜いた。
切り開かれた傷口から赤い血が止め処もなく流れ出してくる。
だが、命を失ったその少女の顔は、先程までの苦痛に満ちたものでは無く、母親ゆずりの優しい笑顔で彩られていた。
……ぽた……ぽた
少女が残した笑顔に、その笑顔の仕方を教えた母親の流す大粒の涙が零れ落ちていた。
「……なんで……そんな笑顔が出来るのリュウガ……自分を生んだ母親に、殺されたっていうのに……」
娘のふっくらとした愛らしい頬に手を当てる。まだ、温かかった。その笑顔と言い、とても死んだように見えない。しかし胸の傷口から止め処も無く溢れる出る血が、リュウガの死を現実のものとしていた。
急がなければ。フーガ自身の命も、もう残り少ない。自分の命があるうちに、やるべき事をしなければ。
フーガが呪文を唱え始めた。
歌うような旋律で紡ぎだされるその魔法は、今まで誰も聞いた事の無い言葉で構成されていた。
それもその筈だった。
その呪文は、この世に存在するほぼ全ての魔法を習得した者にのみ伝え教えられてきた、秘術の魔法なのだから。
蘇生の呪文。
人の生き死にを操る事を可能にする、禁断の呪文。
だがこの呪文が使われたと言う記録は殆ど無い。
習得するのに、多大なる時間と能力を必要とする呪文だからか?
死んだ者を復活させると言う、自然の理を破る呪文だからか?
二つとも違う。
その正体は、この呪文を発動させるに必要な触媒にある。
この呪文に必要な触媒、それは術者の命。
そう、死者を蘇らせると言う究極の呪文とは言え、完全な形では復活させる事は出来ない。
術者の命を死んだ者へ移すと言う、一つの命が完全に失われるのを回避する事は出来ないと言う、正に禁断の呪文なのである。
フーガの口から紡ぎだされていた言葉が止まった。
呪文の詠唱は成功した。
冷たくなりつつあったリュウガの頬が、元の赤さを取り戻し始めた。
「……良かった」
そう呟くフーガの身体が、徐々に砕け始めた。足の先から小さく砕かれていく彼女の身体が、白い砂になって行く。
「……ごめんねリュウガ……お母さん、あなたにこんなことぐらいしかしてあげられなくて……」
さらさらと舞い落ちる、キラキラと輝く、白い砂。
「……ごめんね……」
その言葉を最後に、フーガの命が完全に消えた。
母親の身体であった、綺麗な白い砂の中で眠る少女。
瞳を閉じたままの少女の腕が動く。
その小さく動いた腕は、自分の命を一度奪った魔笛の柄を、大事そうに握っていた。
「……フーガ」
イスラフェルの操士席からも龍焔炉の動き続ける波動が収まったのは解かっていた。
そしてその波動を止める方法も。
その波動を止めた者が次に取る行動も。
デューグの腕の中では先程生まれたばかりの赤ん坊が、無邪気な寝顔を見せている。彼女が自分の命を懸けてまで残した、もう一つの命。
この赤ん坊が生まれたてである事を現すように、頭に生えた耳は垂れたままだった。そして親がそうである様に、この子が大きくなってもその耳は普通のホビットの様に上に向かって立つ事は無く、愛らしく垂れ下がったままだろう。
「!?」
帝国府のある方角から、海面上を物凄いスピードで此方に迫ってくる龍機兵がある。アズラエルだ。このイスラフェルとは同系列機にあたる神機の一機。
「フーガぁ!!! リュウガぁ!!!」
その龍機兵から聞き覚えのある声が出てくる。ミレイヌの声だ。
この帝国府の惨状を知った彼女が、自分の専用呪導機に乗り、転移の呪文で急ぎ駆けつけて来たのだろう。
彼女にもこの悲しみの現実を伝えなければならない。
それが後に生き残った自分の役目なのだから。
帝国府内大型格納庫。其処に千年の昔から鎮座していた主が帰ってきた。
だがもうその鋼鉄の巨体は、二度と動く事は無いと誰もが解かるほど、大きく破壊されていた。
鋭い刃物で刺し貫かれた傷口が、身体中に口を開いている。無残に開かれた破口からは、駆動用のオイルやどす黒く染まった冷却剤が、鮮血の様に垂れ出していた。そして敵を殖滅する為に己が出した超高熱により、自分自身の身体も大きく焼かれていた。
此処まで破壊されてしまっては、もはや修理も不可能だろう。
「……」
死んだも同然の巨神の足元に、耳が下に垂れ下がったホビットの少女が立っていた。どこか遠くを見つめたままの少女の腕には、毛布の包みが大事そうに抱えられていた。
「……」
少女の瞳の見つめるもの。
彼女の見つめる向うにある、巨神の破壊された身体の中で唯一無事だったもの。
龍焔炉を内包する龍機兵「ZERO」。
少女の瞳には、凶悪なる邪竜を模した巨神の首が写っていた。
「……デューグ、やっぱり行くの?」
旅支度を終えたオーガの龍機兵鍛冶を、魔法使いの女性が呼び止めた。
「ああ、逃げるような格好になって、みんなには申し訳ないがな……ミレイヌにもな」
荷物を担ぐと、デューグは歩き出した。
ミレイヌも後ろにくっ付いていく。
オーガ族特有の大柄な身体のデューグは、後ろにくっ付いてくるミレイヌに合わせて、自然と歩く速度を落とした。
「だが、俺には他にやるべき事が出来た。だから俺は、使えなくなったパラフレイズに代わる、新たな巨神の建造からは引かせてもらう」
「……うん」
ミレイヌが力なく頷く。
破壊神の動きを封じている十二器の黄道の封印が力を失った時、封印器に代わる十二機の大型龍機兵によって再び封印の陣を張り、その中に「ZERO」を接合したパラフレイズが突入し、今度こそ完全に破壊神を消滅させる計画になっていた。
人間達が数多く住むバーラト大陸からは、帝国府を強襲した巨大龍機兵「巨人機」が数多く発掘されているのだが、この龍樹帝国が統治する中央大陸や月出列島からは一機もその存在が確認されていない。
そこでこの黄道の柱の代わりをする、巨大な「封印機」を建造する為に龍樹帝国は、各地で発掘されている古に失われし技術「ロストギミック」や、この帝国府内で発見された様々な工場施設を利して、破壊神との戦いに投入できるだけの大型龍機兵を一から開発していたのである。
それが後に「機械神」と名付けられた、十二機の黄道機と呼ばれる物であり、その開発過程の中で試作機として作り出された物が「機動戦艦」なのであった。
そして失われた「パラフレイズ」の代わりに、十三番目の機械神が建造される事になったのである。
存在しない筈の「蛇遣宮」の名を持つ機体。後の世に「もう一つの破壊神」と呼ばれる事になる、悪夢の戦闘兵器を。
「俺は約束したからな。あの二人の子を強い子に育てると。俺はその約束を守らなきゃならん」
デューグが後ろを振り返ろうともせず、口を開く。
「だから他の事はお前達に任せる事にした。勝手な考えかも知れないが」
その口調は強い決意に溢れていた。
「……そうだね、デューグは約束したんだもんね、フーガと」
ミレイヌもまた、相手の大きな背中に向かって優しく喋りかけていた。全てを理解するように。
「俺達三人はこれから旅に出る。世界中の色んな所に行って、あの子達に出来るだけ色んなものを見せてやるつもりだ」
「……」
「この世界には何があるのか、この世界は今どう言う状況に置かれているのか、そしてこの世界の理とは何か……目に写る全てのものを感じてもらいたい」
「……辛い旅に、なりそうね……」
デューグが立ち止まった。
「あの子達なら大丈夫だ。何しろあのフーガの子供達なんだからな」
「それもそうね……」
デューグの自分を元気付けようとする台詞を訊いて、自分も笑顔を作った。空元気と直ぐにわかる笑顔だったが、今はそれだけ出来れば十分だとデューグは思った。
「ミレイヌ、これを返しておく」
後ろに背負ったリュックから、布に包まれた棒状の物を取り出した。
「……これは、魔笛……」
それは魔導教会の長に代々伝えられてきた、邪な夢に敗れた魔王の力が封じられていると言われる魔導器。
そして母が娘の命を奪う為に使った、悲しみの道具。
「これはお前が持っていてくれ。次の教皇にはお前がなるんだろう? この魔導器を守るのはお前の役目だ」
「……」
ミレイヌは躊躇いながらも受け取った。
しばらくその包み越しに魔笛を見つめた後、顔を上げた。
「私が持ってても良いの? これはあの子達にとっては母親の形見でもあるのに……」
「確かにそうだ……だが、これを今リュウガ達の傍に置いておくのは、悲しみが大き過ぎる」
「……そうね」
「それとこれも頼む」
デューグは懐から分厚い札状の魔導器を取り出した。イスラフェルの召還用のサモンタロットだ。
「今の俺には、もうこいつの主を努めることは出来ないからな。正当な操士が現れたら渡してやってくれ」
「……うん」
その後大きくなったフーガの二人目の子が、この魔導教会の守護龍機兵の正当な継承者となる。それはやはり運命の悪戯なのだろうか?
色々な想いが詰まった二つの品をしばらく見つめていたミレイヌは、ふいに顔を上げた。
「龍の焔を操る二つの命、そのどちらか一方が先に力を使えるようになったら、二つめの命は、一つ目の命が死ぬまで龍の焔の力を使えない……魔導器に残された二つの命には初めからそう情報が組み込まれていたって、フーガが前に言ってた」
ミレイヌが前に親友から聞かされていた、二人の子供に生まれる前から課せられていた枷。
「姉であるリュウガは、もう既に龍の焔を使えるようになった。つまり妹のリュウナはその姉が死なない限り、自分の力を使えないって言う事か?」
「……うん」
ミレイヌの胸に何かが突き刺さるような痛みが走る。
「……これじゃ、まるで……」
言葉を詰まらせる。それ以上は悲しくて言えなかった。
「これじゃまるで妹が、姉が死んだ時の為に用意された予備の部品みたいだな」
デューグが代わりに言葉をつないだ。俺たちは逃げる事は出来ない。その強い意思表示だった。
「破壊神を破壊する為には、あとどれだけ惨いことをしなければならないんだろうな、俺たちは」
「……デューグ、あの子が大きくなったらどうするの? 無理矢理帝国軍に入隊させるの? 無理矢理『ZERO』に乗せるの?」
ミレイヌはあえて酷な問いを出した。
だがデューグは、その問いに躊躇い無く答えた。
「自分の娘達だけに課してしまった残酷な役目、代わりたくても代われないもどかしさ、フーガの胸に残りつづけたその悔しさを、リュウガは知っている。彼女の中に母親に対するその想いがあり続ければ、誰に言われなくてもリュウガは戦いの舞台に立つだろう。俺はその時の為にリュウガを、そしてリュウナを強い子に育ててやらなければならん。俺に出来るのはそれ位だ」
「……そうね、ごめん……これからのデューグの役が、多分一番辛いはずなのにね……」
デューグとミレイヌは目的の場所に着いた。
その大型格納庫には、大事そうに妹を抱えたリュウガが先程と変わらず、傷付いた巨神を見上げていた。
ぽんっとリュウガの頭の上に、優しく手を置いた。
「そろそろ行こうか、リュウガ」
「……はい」
全く感情の感じられない声が、小さく響いた。デューグがごつい手をぎこちなく動かし、リュウガの頭を優しく撫でているのだが、それも全く感じ無いかの様である。手の動きに合わせて、頭に付いたふさふさとした大きな耳だけが、静かに揺れていた。
「お前の方の準備は終わったか?」
「……はい、大丈夫です」
言葉少なにリュウガが答える。魔導教会で暮らしていた時の元気な頃とは、まるで別人のようだ。
リュウガは記憶を失っていた。
「ZERO」に乗り込み龍焔炉を動かしたリュウガは、その大パワーに取り込まれた影響で、今までの記憶の全てを失ってしまっていた。
母と共に暮らした記憶、幼友達の少年と遊んだ記憶、風の精霊姫を海まで送って行った記憶、そして最後に交わした約束の記憶、別れの時にもらった口付けの記憶……
彼女の身体の中からは、楽しかった事、嬉しかった事、全ての記憶が失われていた。
少女の心に残ったものは、自分がこの世にいる存在理由、龍の焔を操りし戦闘兵器として生まれて来たと言う、悲しい記憶だけだった。
そしてその事実が少女の感情も、大きく破壊してしまっていた。
「……」
リュウガが先程と同じ様に巨神の事を見上げている。
彼女の失われた記憶には、その傷付いた巨神はどう写っているのだろう?
巨神「パラフレイズ」を動かしていた、龍焔炉を腹に抱えた神機「ZERO」。リュウガが記憶を失ってまで動かした「ZERO」もまた、その機能を完全に停止していた。
操舞倉からリュウガが助け出された時「ZERO」を動かしていた筈の「レイ」の意識が、全く感じられなくなった。
強大な力の奔流から自分を守る為に、自ら意識を封じたらしい。
修理にあたっている者の話によると、また再びリュウガが「ZERO」に乗り込まない限り、レイは自分で意識を取り戻す事は出来ないだろうと言う。
リュウガは記憶を失い、レイは意識を失った。
「……俺達は何をやっているんだろうな……こんな子供達にだけ多くの犠牲を課せて……」
デューグの胸を空しさと悲しさが駆け巡っていく。
「……リュウガ、お前は泣かなくなったな」
「……わたしは、おかあさんが残してくれたこの子を守っていかなくちゃいけないですから、泣いてる暇なんかありません」
毛布に包まれた妹をぎゅっと抱きしめながら、決然と言った。
帝国首都の内湾を見下ろせる小高い丘の上、赤ん坊を抱きしめた少女と、長身のオーガの男が帝国府の灰色の巨体を見下ろしている。
「そうか」
デューグはそれだけ言うと、歩き出した。
妹を抱いたリュウガもそれに続く。
歩き出してしばらくして、何かに呼ばれるようにリュウガが振り返った。
その瞳には帝国府の巨大な外郭が写っている。
「……レイくん……?」
無くした記憶の底で、聞き覚えのある声が心に届く。
「……」
リュウガにはその声の意味が解からなかった。思い出せなかった。
でもまた再び此処に戻ってこなければいけないような気がしていた。
自分の耳に届いたその声は、わたしに再び戻ってきて欲しいと言っていたような気がしていたから。
そして自分自身も、その声の傍に、再び戻りたいと思ったから。
「これがわたしの記憶……失った筈の子供の頃の記憶……幼友達がずっと大事に守っていたくれた、お母さんとの記憶……」
妹を見つめる瞳は、悲しみの色に濁ったままだ。
「もうこの命は、わたしのものでは無いんですね……」
自分の手の平を見つめながら、リュウガが力なく呟いた。
「わたしは確かに母によって一度自分の命を断たれました……でもお母さんは自分の命を使って、わたしに再び命を吹き込んでくれた……だからやっぱり、お母さんの命を奪ったのはわたしなんですよ……」
呼び覚まされた記憶に眠っていた、残酷な事実。
「わたし何の為に生きているんだろう……多くのひとを傷つけて……沢山の悲しみを乗り越えて……」
自分が今まで生きてきた事を、全て否定されてしまったかのような悲しい現実。
「……お母さんの命まで使って……」
悲しみで濁った瞳。視界と共にぼやけてくる自分の存在理由。
「ラグナレクが奪われたのもわたしの所為、パラフレイズが壊れたのも私の所為、そしてお母さんが死んだのもわたしの所為……わたし何の為に今まで生きてきたんだろう……」
もう一度自分自身の存在を否定する台詞が口を吐いて出た。
「おねえちゃん、前にわたしに言ってくれたよね? 悲しみにくれて自分の力を否定してしまう暇があったら、その自分に与えられた力をいっぱいに使って他のひと達を守ってあげてって。そしてそれが、お母さんのくれたわたし達の命の記憶なんだからって」
今まで黙って姉の言葉を聞いていた妹が、精一杯の笑顔を作りながら口を開いた。
「おねえちゃん、もう我慢しなくても良いよ。わたしおねえちゃんに大切に育ててもらったから、もう充分強くなったよ。だから心配しないで。だからもう泣いても良いんだよ」
本当は自分も辛かった。怖かった。姉が背負っているものと同じものが自分の背中にもある。
それを考えたら、怖くて泣き出しそうになった。
「……わたし、もう自分の中に一滴も涙が残ってないんですよ……いっぱいいっぱい血に汚れて来てしまったわたしには、もう泣いて全ての悲しみを洗い流す事は許されないんですよ……」
でも今は、今までのように泣きじゃくって姉に頼ってなんかいられない。
「そんなこと無いよおねえちゃん。おねえちゃんは泣く事を忘れちゃっただけ」
「……でも」
姉からもらったいっぱいの優しさを、今度は大好きな姉に返してあげなければならない。
今、優しさを必要としているのは、悲しい色の瞳をした、目の前のこの女性なのだから。
「じゃあわたしが涙の出る魔法を掛けてあげる」
「……え?」
にこっと茶目っ気たっぷりにリュウナは微笑むと、姉のふっくらとした頬を掴んだ。
そして思いっきりぎゅぅ〜っと引っ張った。
「━━━━━━━━━━!!」
目をつぶって痛みに耐えるリュウガ。
姉の頬っぺたを情け容赦なく抓ったリュウナは、しばらくして手を離した。
「……いたたたた」
リュウガが妹に抓られて真っ赤になった頬を擦っている。
「……こんな少し痛くなったくらいじゃ、涙は出てこないですよ……」
そう言いながら頬から手を離した時
「……え?」
リュウガの手の平に、透明な水のような物が一雫落ちた。
それが自分の瞳から零れ落ちた涙だと気付くのには、随分と時間が掛かった。
「……あ」
驚くリュウガが、妹の顔を見た。
「良かった、魔力なんか一つも入ってない魔法だったけど、ちゃんと効いたみたいだね」
そこには満面の笑みを浮かべたリュウナがいた。
「……リュウナ」
ぼろぼろと零し始めた涙が止まらなくなっていた。前に泣いたのが何時だったかなんて、覚えていない。久しぶりに涙腺を伝う物を、どうする事も出来ないでいた。
涙で良く見えなくなった視界の向うで、妹が両手を広げていた。
「おねえちゃん、わたしの小さい胸で良かったら、どうぞ使ってください」
「……うん」
リュウガは妹の胸に顔を埋めた。そしてわき目もふらず、嗚咽を洩らし始めた。
「……ぐすっ……わたし……わたし……」
「おねえちゃん、やっとわたしの前で泣いてくれたよね」
リュウナは自分の胸で泣き始めた姉の頭を、優しく撫でていた。
「わたしはいっつも泣いてたけど、その時おねえちゃん言ってくれたよね。女の子は泣いた分だけ強くなれる、そして綺麗になれるって」
リュウナは思い出していた。自分が悲しくて泣いてしまった時、何時も姉がこうやって優しく抱きしめていてくれた事を。
「でもおねえちゃんは全然泣かなかったよね」
自分は凄く泣き虫なのに、自分の姉は昔から全然泣かなかった。泣いているところを見たことが無かった。
「それはわたしの為だってこと。わたしのことを強い子に育てなきゃいけないから、自分は泣いちゃいけないってずっと我慢してたってこと」
そして今は、こうして泣きじゃくる姉に、自分の胸を貸してあげられている。
「……ぐす……ぐす……」
「でもわたし、もう大丈夫だよね? もう充分強い子になったよね? もうおねえちゃん泣いても大丈夫だよね?」
「……」
しばらくすると、リュウガは静かになった。黒き龍焔を動かした事による体力の消耗に加え、普段流す事の無かった涙を流す事によって、今まで張り詰めていたものが一気に薄らいでしまったらしい。
泣き疲れて自分の胸の上で静かになった姉の事を、妹が愛しそうに抱きしめている。
「おねえちゃん、やっと自分の弱い姿、わたしの前に見せてくれたね」
『……リュウナちゃん』
その時、操舞倉の中に小さく声が響いた。
「え?……あ」
突然自分を呼ぶ声に最初は戸惑ったが、リュウナはその声の正体にすぐ気付いた。偽物のラグナレクを巡る要塞での戦いの最中、頭の中に聞こえて来た声。みんなを助けてくれた優しい声。
「おにいちゃん? レイおにいちゃんでしょ?」
『……うん』
電声器から聞こえて来た声は、恥ずかしそうにそう言った。
『始めましてになるのかな?』
「う、うん、始めましてじゃないよ。あの要塞の戦いの時、最後にみんなを助けてくれたのはおにいちゃんなんだもん。だから始めましてじゃないよ」
『……う〜ん、僕その時のこと、良く覚えてないんだよ』
「そうなんだ」
リュウナはその時、自分が姉の事をレイの目の前で抱いている事に気付いた。
「ごめんなさい、わたし、おにいちゃんの前で、おにいちゃんの彼女抱きしめたままだよ」
『え!? いや、その……いいよべつに……リュウガだって今は僕のことどう思っているかわからないし……』
「あははは♪」
姉の気持ちを随分前に聞いていたリュウナは、結局ずっと両想いだった二人の姿をみて、嬉しそうに笑っていた。
リュウガはと言えば、頭の上で二人が楽しそうに会話をしていてもまったく起きる気配を見せず、妹の胸の中で静かに眠ったままだった。