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第二十五話 狂いだした旋律


 帝国府内大型格納庫。擱坐した「黒き龍焔」が運び込まれ、損傷した各部の修理が行なわれていた。
 何機もの作業用の龍機兵が取り付き、二十八万トンを超える巨体の補修におおわらわになっている。
「そこの輸送車!! 早く進め!! 作業の邪魔だ!!!」
 広い格納庫内にタクトの怒号が轟く。
 整備班の者たちにとっては、ここが戦場だ。
 この黒き龍焔の力が、何時再び必要になるか解からない。
 少しの遅れも無駄に出来ない、ギリギリの状況が続いていた。
「整備班長!!」
 聞きなれた高い声を耳にして、タクトが後ろに振り向く。
「損傷した右舷一番の盾、交換作業終わりましたぁ!!」
 ツナギを着込んだ小柄なエルフの整備士が、こちらにむかって駆けてくる。
「わ!?」
 マリアはタクトの下に辿り着く寸前、格納庫床の繋ぎ目に足をとられ、前につんのめりそうになってしまった。
「大丈夫か、マリア?」
 姿勢を崩して自分の方に倒れ込んで来たマリアを、タクトは難なく受け止めた。
 長年軍艦の整備士として働いてきたタクトの頑丈な身体には、たかだか40キロ前後の物体が体当たりしたところでは、どうと言う事はないらしい。
「す、すいません!」
 マリアが慌てた身体を離した。
 でも元気な声とは反対に、いつもの動きの切れが無い。
「大丈夫か、マリア? 随分と疲れているみたいだな」
「だ、だいじょうです! まだまだ、だいじょうぶです!」
 元気に答えるマリアだったが、それは誰が見ても無理矢理カラ元気を作っているのが解かるほどだった。
 枢機軍の突然の帝都急襲から「黒き龍焔」の起動に至る一連の戦闘まで、今日で三日が経っていた。
 あれだけの大規模戦闘の後である。
 敵の動きも掴めないでいた。
 撃ち洩らしたあの高速爆撃機も、いつ何時、再び襲ってくるかは解からない。
 帝都急襲から早三日。全員が不眠不休で働いていた。
「みんなだってがんばっているんです。わたし一人へこたれる事なんてできないですよ」
 目の下にクマを作った顔で、そう答えた。可愛い顔が台無しだなと、タクトは思った。
「それに……」
 マリアが、格納庫に鎮座する黒い巨体を見上げる。
「この黒き龍焔に乗るリュウガさんのこと、考えたら……」
 それから先は言葉にならなかった。ぼろぼろと涙を零し始めていた。
「マリア、泣くのは全部終わるまでとっておけ」
 泣き始めたマリアに、あえて厳しく言った。
「はい! すみません! 報告は終わりましたから、わたし持ち場にもどりますぅ!!」
 タクトの言葉を素直に自分に対する励ましと感じたマリアは、踵を返して駆け出していった。
 ぐしぐしと拳で自分の顔を拭っているのが、彼女の背中から見えた。
「……そうだな、こいつに乗って戦わなきゃならんひとのことを考えたら、俺たちの苦労なんて微々たるものだな」





「黒き龍焔」の損傷修理が行なわれている格納庫の隣りでは、他の黄道の機械神達も調整を受けていた。
「ガルア、お前の戦艦はちゃんと仕上がっているのか?」
「ああ、大丈夫だ。今回の戦闘では大事をとって『グラシャラヴォラス』を使ったが、俺の『ベルゼヴュート』は既に完璧な仕上がりだ」
 龍樹帝国全三軍の全てを預かる総司令、ヘリックウィルヘルム大将。
 龍樹帝国皇帝直属の最強戦闘集団、黒龍師団を預かる師団長、ガルアディアル中将。
 帝国の中枢を担う二人の高官が、格納庫内で待機する九機の機械神の前を歩いていた。
 KL区で調整が行なわれていた機体などもこの帝国府に運び込まれ、最終調整が行なわれていた。
 ガルアの十一號機「人馬宮の黄道機『ベルゼヴュート』」アリシアの十弐號機「麿羯宮の黄道機『アムドゥシアス』」は流石にこの中に入りきらず、戦艦形態のまま外で調整を受けていた。
 だがあと一機足らない。機械神一號機 宝瓶宮の黄道機「アスタロト」。この、一番最初に作られた機体の姿だけが無い。
「アスタロト」は最初の機械神として建造され各種の実験に使用された後、最終的には大型魔導器などを積み込み、呪導機としての改装が行なわれていた。
 改造終了後、巨大な力を秘めた大型呪導機として、魔導教会の長ミレイヌレカキスの専用機として、今現在まで使われていた。
 なぜ「長」の専用機となったかと言えば、それぐらいの魔力が無ければ動かせないほどの、強力な機体となってしまったからに他ならなかった。
 他にこの機体を動かせる者など、もはやアリシアぐらいしか存在しないが、彼女には既に専用機が与えられている。
「あとは『長』の機体だけか……」
 ウィルヘルムが力無く呟く。
 ガルアのベルゼヴュートもオーバーホールを完了し、アリシアのアムドゥシアスも爆装機の爆発で受けた損傷から、完全に修理されていた。
「帝国府の方はどれだけやられたんだ?」
「酷い有様だ」
 ガルアの質問に、ウィルヘルムも力無く答える。
「帝国周辺の弾火薬庫や水素貯蔵施設を手広くやられた。初めから続戦能力を削ぐつもりの攻撃だったに違いない。支援施設で無事だったのは艦船ドックぐらいだ」
「そうか」
 その返すガルアは、自分達が歩く前方に、一人の人物が立っているのが見えた。
「?」
 魔導士のようなローブに身を包んだ身体から、一つだけ露出した顔がこちらに向いた。
 硝子製の瞳が二人を静かに見据える。
「陛下……」
 二人の高官が、この帝国の頂点に立つ男の下へと近付く。
「今回は散々な目にあったな。私も枢機軍がここまで大胆に行動するとは想像も出来なかった」
 皇帝フィフスの動かぬ口から、機械仕掛けの声が流れる。
「機械神の調整は進んでいるのか?」
「はい、弐號機から十弐號機まで準備は出来ております。先の戦闘で使いました『ワルキューレ』『グラシャラヴォラス』『アムドゥシアス』も損傷部の交換を完了しています」
 皇帝の質問にガルアが答える。
「あとは魔導教会にある一號機だけですが」
「ミレイヌの機か?」
 フィフスが何かを思い出したように言う。
「ミレイヌ本人なら、先程この帝国府にやってきたぞ。もっとも乗ってきたのは小回りの利くアズラエルの方だがな」
「ミレイヌ様が!?」





「……う……うん……」
 リュウガが目を開いた。
 ぼうっと霞む視界の先に、白い天井が見えた。
「……?」
 頭の回転があまりにも鈍い。
 自分は普段からもの凄い低血圧である自覚はあるのだが、この頭のぼやけ方はいつも以上だった。
 だからその声を聞いても、始めはまったく理解できなかった。
「良かった……ちゃんと目を覚ましてくれたね」
 聞き覚えのある女性の声が、リュウガの耳に聞こえた。
 誰だろう?
 リュウナ? ヨーコ? ミカ? ……アリシア?
 頭の中に幾つもの名前が浮かんでくるが、いずれにも当てはまらない。
 でも、全く知らないひとの声じゃない。
 すごく親しいひと。
 それも随分前から、そのひとの声は知っているような気がした。
 自分の妹の声よりも、もっと昔から聞いていたような、懐かしい声。
 ……お母さん? ……
 リュウガの中に一つの可能性を秘めた言葉が浮かぶが、その考えはすぐに消えた。
 母は自分に再び命を与えたが為に、もうこの世のひとでは無くなっている。
 でもその声の響きは、どことなく母の懐かしさに似ているような気がしていた。
 リュウガは答えを求める為に、いまだまともに動かない頭のまま、強引に身体を起こした。
 ベッドから上半身だけ身体を起こすと、先程声のした方に顔を向けた。
 まだ霞んだままの視界の向うに、女性の顔が見えた。
「ひさしぶりね、リュウガちゃん」
 その笑顔とその声を聞いた瞬間、取り戻したばかりの記憶の中から、一つの言葉が紡ぎだされた。
「ミレイヌさん!?」
「うん……大きくなったね、リュウガちゃん」
 そう言うと、ミレイヌは力を落すように、俯いた。
「……ごめんね……リュウガちゃん……」
「どうしたんですか? 逢ったそうそうあやまるなんて?」
「あなたが記憶を取り戻したって聞いて、跳んできたの……いままで黙っててごめんね、お母さんのこと黙ってて……リュウナちゃんとも沢山逢う機会があったのに、ずっと黙ってた……」
 魔導教会でリュウナと顔を合わせても、ミレイヌは何も言わなかった。いや、言えなかった。
「でも、いずれこう言う日が来ると信じてたから……他の誰かに無くした記憶を教えてもらうよりも、自分の力で取り戻した方が良いと思ったから……」
 今の今まで親友の記憶を、心の奥底に閉じ込めていた彼女は、どんな気持ちだっただろう?
「ごめんね……」
「そんなにあやまれたら困りますよぉ〜」
「う、うん……あやまらせて……リュウガちゃん、リュウナちゃん、そしてレイ君……あなた達だけにこんな酷い役目を押し付けちゃって……」
「ミレイヌさん……」
「代われるものなら代わりたい……あなたの母さんが良く言っていたわ……私も同じ気持ち、代われるものなら代わりたい……」
 リュウガは布団から自分の手を出すと、自責の言葉をずっと呟く彼女の手の上に乗せた。
「……リュウガちゃん」
「わたしは、自分の母に感謝していますよ。わたしのことをこの世に産んでくれて……色んな素敵な出逢いがありました、とっても良い子の妹も産んでくれました、そしてお母さんはわたしにいっぱいの優しさをくれました……わたし、今まで、とってもしあわせでしたよ」
「……」
「だからわたし、大丈夫です」
 リュウガがはっきりと言う。
「お母さんが本当は自分が代わりたかった悔しさ、それが出来なかった悔しさ、わたしにもわかります。だから……この優しさをくれたお母さんの気持ちに、わたしは答えなくっちゃ」
 リュウガが優しげに微笑む。そしてその微笑みは、かつて自分の親友がしていた微笑みとまったく同じだった。
「それに今、この世界は再び破壊神の脅威にさらされようとしている。そしてわたしの身体の中には、お母さんのくれた破壊神と戦えるだけの力がある……わたしはみんなを守れる力をもっているんですよ。その力をくれたお母さんに、感謝するぐらいですよ」
 生まれながらにして自分に持たせられた、この世を滅ぼしかねない力を、リュウガは嬉しいと言う。
 何の曇りもない、真っ直ぐな笑顔で。
「……リュウガちゃん……ごめんね……」
 ミレイヌは、その言葉を聞いて、溢れる涙を止めることが出来なかった。
「……ごめんね……」
「そんなに泣かないでくださいよぉ、わたしまで涙が出てきちゃいますよ……」
 リュウガも涙を零し始めた。嬉しくて泣いているのか、悲しくて泣いているのか、良く解からなかったが、とにかく涙が零れた。
「ミレイヌさん……昔のこと、話してくれますか? ……わたしの知らない昔のこと……わたしの知らない母のこと……」
「うん……なんでも聞いて……わたしはその為にここに来たんだから」
 涙を拭いながら、ミレイヌがリュウガの言葉に応じる。
 そして二人とも少し落ち着いた時、病室のドアが開かれた。
「?」
 二人が揃って振り向く。
 開かれたドアの向うには、随分とでこぼことしたホビットの二人が立っていた。
 二人は眠ったままのリュウガの様子を身に来たのだが、眠っている筈の本人が起きている事よりも、そのリュウガを見舞いに来たらしき人物の方に、二人とも驚きの声を上げた。
「ミレイヌ様!?」
 自分たち魔法使いを束ねる魔導教会の長の姿に、リュウナとアリシアが揃ってすっとんきょうな声を上げていた。





 時間は、少し前に戻る。
「じゃあ頼んだわよ」
 アリシアは副艦長以下の艦橋乗員に、自艦の整備を任せると、一人帝国府の中に向かった。
 帝国府の黄道機用に設けられた整備施設は、九機の機械神を入れただけで手狭となり、作業スペースを確保する為に、ガルアの十一號機とアリシアの十弐號機は外に繋留されたままだった。
「しかし、いくら戦艦に変形できるからって、外に出しっぱなしなんて、あんまりよね」
 ぶつぶつと文句を言いつつ、帝国府内の通路を急ぐ。
 他の乗員には、少し私用で席を空けると言って出てきたが、本当の処は、未だに目を覚まさないと言う、リュウガの様子を見に行くのだ。
「あいつが朝に弱いのは知ってるけど、今度のは起きなさ過ぎよね」
 そう悪態をつくアリシアだが、リュウガのことが心配なのは確かだ。
 どすんっ
「?」
 とりあえずまだ起きなかったら強力な睡眠解除の呪文でもかけてやろうかと思ったその時、アリシアは腰の辺りに軽い衝撃を受けた。
「??」
 見ると誰かが後ろから自分の腰に抱きついているらしい。
 視線の先に、腰に絡みつく小さい手が見える。
 アリシアは魔法使いなのだが、帝国最強の戦闘集団「黒龍師団」に籍を置く者だけあって、戦士としても相当な能力を持っていた。
 身体の反応速度に至っては持って生まれたホビットの身体のおかげで、他の種族の者以上のものがある。
 その自分の持つ驚異的とも言える反応速度を超えて、しかも自分が気が付かない内に抱きつけられる距離まで接近出来る者など、アリシアは、同族の戦士のリュウガや副長ぐらいしか知らない。
 それに副長にしたっていきなり女の子の身体に抱きつくなんて馬鹿な事は絶対にしないし、リュウガはベッドで寝ている筈だ。それに今自分の腰にくっ付いている腕は、リュウガの長い腕に比べればかなり短い。
 後ろから抱きつかれてから二秒程考えたアリシアは「あたしにいきなり抱きついてくるなんて物好きは、どんな奴だろう」と後ろに振り返った。
「お久しぶりです、アリシア先生っ」
 其処には予想の範囲を超えた、自分の見知った顔があった。
「リュウナ!? なにやってんのよこんな所で!?」





 リュウナをお供に加えたアリシアは、リュウガのいる病室への旅を続けていた。
「そう、あんたも副長について、帝国府に来てたのね」
「はいっ……魔導教会でわたしに魔法を教えてくれてた時以来ですね、アリシア先生」
「そうね」
 アリシアは黒龍師団に入って何年か立った頃、与えられた任務の一つとして、高位魔法を教える教官として魔導教会に出向していた事がある。
 そこで将来有望な魔導士の一人として紹介されたのが、どこかとぼけたと言うかのんびりとした雰囲気を醸し出す、この同族の少女だった。
「果たしてこのぽよ〜んとした女の子に、あたしが持つ魔法の全てを、憶えきるだけの根性があるのかしら?」
 アリシアは一抹の不安を覚えたが、自分自身が妥協を許さない性格なので、この教え子にも厳しく指導した。
 しかしいざ指導が始まると、アリシアの不安は只の憶測に過ぎないと言う事が直ぐに解かった。
 この小さい教え子は、おっとりとした性格ながらも、アリシアの厳しい教えに一生懸命付いて来ていた。
 どれだけ辛い事を言われてもちゃんと食い付いて来ていた。
 いや、もしかしたらそののんびりとしたマイペース振りで、きつい一言も右から左へ聞き流していただけなのかも知れないが。
 そしてこののんびり屋さんの女の子が、自分の生涯の悩みの現況である、あのぽよ〜んとした剣士の実の妹と知ったのは、リュウナが全ての指導を終え、自分の故郷に帰って行った後だった。
「あの時あれだけ厳しくしたのにちゃんと着いてきたなんて、結構根性あるわよね」
 アリシアが誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟いた。
「え〜でもだって、アリシア先生はわたしのためを思って厳しく教えてくれたんですもんね。わたしがあのあと龍魔導士の称号をもらえたのも、アリシア先生の厳しい指導のおかげです」
 リュウナが嬉しそうに言う。彼女は自分が龍魔導士の称号をもらえるほどの魔導士になれたのは、本当にアリシアのお陰だと思っているのだ。
「……で、アリシア先生も、うちのおねえちゃんのお見舞いに行くところだったんですよね?」
「ん? ……べつに、ちょっと気が向いたから様子見に行くだけよ」
 アリシアが努めてぶっきらぼうに答える。
 リュウナもアリシアが、人付き合いは悪いが根は凄く優しいひとであると言う事を知っているので、何時まで立っても素直になってない彼女の姿に、思わず微笑んでいた。
「でさ、その『アリシア先生』って言うの、止めてくれない? なんだかこそばゆいんだけど」
「え〜そうですかぁ? 先生って呼ばれるのカッコ良くないですかぁ?」
 そんな会話をしつつ、二人はリュウガの眠る病室についた。
 アリシアがドアノブに手をかけると、ドアを開けた。多分あいつはまだ寝ているだろうと、ノックも無しだった。
「!?」
 そこで二人は、既に目覚めて何故か眼を赤くしているリュウガと、その隣りに座る同じ様に眼を赤くした人物を目撃するのである。
 そしてその人物は、魔法使いの二人にとっては、知らぬ筈が無い人物だった。
「ミレイヌ様!?」
 ディフューム達の魔導士達の頂点に立つ組織、魔導教会の長がそこに座っていた。
「あれ? 世界に名だたる雷帝様と火龍使い様が、おそろいで?」
 ミレイヌも突然現れた二人を見て、キョトンとしていた。





 それからミレイヌは、リュウナも交えて、二人の姉妹に二人の知らない母親の姿を伝えた。
 二人が出逢った頃の話や、まだ二人とも駆け出しの魔導士だった頃の話、フーガが「ZERO」と共に残された魔導器を解析する役を受けた話……。
 それはまだリュウガがまだ生まれる前の、本当に二人の知らない母親の姿だ。リュウナに至っては自分を生んだ直後に母親が亡くなった為、聞く事全てが始めての事だった。
 リュウガも自分が思い出した事を、妹に全部伝えた。
 姉の話に、嬉しそうに耳を傾けるリュウナ。
 今日やっと二人の姉妹は、母親の記憶を共有することが出来た。
 三人の話を、アリシアは静かに聞いていた。
 アリシアは最初、席を外そうとしたが、リュウガが是非あなたにも聞いて欲しいと、止めたのだ。
 そして、普段なら頭ごなしに拒否していたと思われるアリシアが、今日は何故か、リュウガの希望に素直に応じていた。
「うちのお母さんって、昔からそんなに、ほえほえ〜っとしていたんですか?」
「うん、そうよ。それに何時でも優しかったな」
「……ほえほえして呑気な処は、ホント娘たちもそっくりね…………優しいとこもね」





 どれだけ話し込んだのだろう?
 もうどれ程経ったか解からない位の時間が過ぎた。
「うん、私の知っているフーガはこれくらいかな? あとはデューグにでも聞いてネ」
 一しきり話して、ミレイヌもすっきりとした顔になった。
 今まで、言いたくても言えなかった事を、言うべき相手に全部話せたのだから。
 ミレイヌは、皇帝陛下と話があると言い残して、病室から出て行った。
「じゃあ、あたしも行くわ」
 今まで静かに話を聞いていたアリシアも、自分の艦の調整に戻ると言って部屋を離れた。
 部屋には二人の姉妹だけが残された。
 リュウナは少しばかり興奮していた。
 今まで知りたくても知ることの出来なかった母のことを、殆ど全て知ることが出来たのだから。
 リュウナは、自分の姉はどうだろうと、リュウガの方に振り向いた。
「……」
 なにやら自分の姉は、何かに考え込んでいるようだ。
「……」
 遠くを見つめたまま、考え込む仕草のまま固まっている。
 リュウナが、どうしたの? と、声をかけようとした時、唐突にリュウガが口を開いた。
「リュウナは召還魔法って使えますか?」
 静かになった部屋の中、姉が妹に訊いた。
 その、今までの話から何の脈略も無い台詞を聞いて、リュウナの興奮の気持ちが一気に冷めてしまった。
「はい? ……そりゃぁわたしもいちおう龍魔導士だから、一通りの召還魔法は使えるけど?」
 キョトンとした顔を見せながら姉の質問に答える
「で? 何を召還して欲しいの?」
「水の精霊神さまです」
「み!? みずのせいれいしんさまぁ!?」
 余りにもけろっとした姉の台詞に、妹が珍しく、もの凄い勢いで反応した。
「そ、それってこの世界を形作る四神のひとりじゃないの!? なんでそんなひとに用事があるの!?」
 リュウナがびっくりするのも無理はない。
 水の精霊神といえば、この世界の理を作る四大元素「水」「土」「風」「雷」の一つ、この世界の水を治める精霊の王「青流 ウォータードラゴン」のことだ。
 言うなれば神様のひとりを呼び出してくれと、お願いしているようなもんだ。
 普段は姉に似てあまり動じないリュウナでも、これほどの驚きを見せているのは無理はない。
「そのぉ……やっぱり無理ですか?」
「うーん……正直いうと、無理だと思う」
 腕を組んで考え込む仕草を見せながら、リュウナが答えた。
「たしかにわたしも、魔力の大きさには自身あるよ。でも相手は精霊神さまだもん」
 残念そうに声のトーンが落ちた。
「わたし一人の力だったら……そうねぇ、精霊のお姫さまぐらいだったら何とか召還できるかな?」
「ほんとですか?」
 妹のその台詞を聞いて、リュウガの顔がぱっと明るくなった。
 嬉しそうに、胸の前で両手をぽんっ♪と合わせる。
「精霊姫さまでも……良いの?」
「うん、だってわたしが召還してほしかったのはその水の精霊姫さまですもの」
「は? ……じゃぁはじめからそう言ってくれれば良いのに」
「だって、精霊姫って精霊神の娘さんじゃないですか。やっぱり親御さんと同じくらい大変なのかと思って」
「お、親御さんって……」





 この世界の自然現象には、二つ以上の精霊の力を必要とするものが数多くある。
 例えば雨。
 天空より雨を降らせるには雲を司る雷精の力だけでは無理である。
 雷の精霊が土台となる雲を作り出し、水の精霊が雨の素となる水を作り出す。
 こうして二つの精霊が協力して、初めて空から雨を降らす事が出来る。
 さらに台風を起こすとなれば、この二つに加えて風の精霊の力も必要となる。
 精霊姫と言うのは、複数の精霊が力を合わせなければならない自然現象を作り出す為に存在する、上位精霊なのである。
 精霊神はその一つ一つが余りにも大きな力を持っている為に、一つの空間に複数の精霊の神が存在する事は出来ない。
 お互いの力で相手の力を打ち消しあってしまうのである。
 だが普通の下級精霊では、雨や台風を作り出すには力が弱すぎる。ある一定以上の強い力を持った存在が必要だ。
 そこで上位精霊の精霊姫の出番となる。
 この精霊姫と言うものは、精霊神が直接自分の身体の一部を裂いて作り出すものと言われており、その為精霊の姫と呼ばれるのである。
 ちなみに女性とされているのは、我々の前に現れた数少ない例ではいずれも女性の姿で現れている事に由来する。
「でも、おねえちゃん……自分が何を言っているのか解かってるの?」
 リュウナが真面目な表情になりながら姉に訊いた。
「確かにわたしの全力を使えば、精霊姫を呼び出す事も可能だわ」
 それは世界でも五指に入る大魔導士としての顔だ。
「でもね、精霊神やそれに連なるものを召還したらそれなりの触媒……う、うん代償を必要とするわ……それは術者の命かも知れないし、それ以上のものかも知れない」
 魔法使いとしての感覚が、もの凄く危険な感じを訴えている。
「大丈夫ですよ。水の精霊のお姫様はそんなことしないですよ」
 妹の心配を余所に、リュウガはニコニコと催促の笑顔を振り撒いている。
「神様を召還するのよ? 自分を呼び出した代償としてどれだけのことを要求されても文句を言えないのよ? それだけの覚悟あるの、おねえちゃん?」
「大丈夫。彼女が彼女のままなら絶対大丈夫ですよ」
 まかせなさいって感じで、自分の胸を軽く叩きながらの姉の台詞。
「……まぁおねえちゃんがそこまで大丈夫って言うのなら、わたしも頑張って召還するよ」
 その声を聞いて、妹が観念したような顔になった。
「あ、でもその前に……」
「なに? おねえちゃん?」
「おなか空いちゃって……」
「あははは、そっか、おねえちゃん三日も寝てたんだもんね」





 帝国首都周辺の海岸の一つにある、小さな砂浜。
 その白い砂の上に、リュウガとリュウナの二人の姉妹は立っている。
 精霊神ほどではないが、水の精霊姫を呼ぶ為にも相当量の水の存在が必要になる。
 だから、世界で一番大きい水、つまり海の近くを召還の場に選ぶのは普通の事なのだが、この砂浜の場所そのものは魔法使いのリュウナでは無く、召還をお願いする側のリュウガが選んだものだった。
 リュウナにしてもなんでこの小さい砂浜なのか解からなかったが、精霊の姫を呼び出した後の最悪の事態を考えたら、それを姉に問うことすら頭から消え去っていた。
「……本当に呼ぶよ?」
 リュウナがもう一度確認を取る。
「うん、お願いします」
 リュウガは先程と代わらず、何時も通りの微笑みを見せている。
「じゃあ……いきます」
 リュウナの口から、呪文の言葉が静かに紡ぎだされ始めた。
 それと同時に、海上に光の帯が飛び交い始める。
 複雑に絡み合うと、それは大きな魔方陣になった。
 風の動きが止まった。
 普段なら召還の呪文を唱えたならば、風の精霊が騒ぎ出すのが当たり前だが、何しろ今この空間に出てこようとしているのは、水を統べる精霊神の娘なのだ。
 他の下級精霊達は、精霊の王の娘の出現に恐れをなして、皆動きを止めるのだった。
 現に大地の微弱な波動も消え、雷の源である雲も、空から消えていた。
 紡ぎだしていた呪文が、止まった。
 それと共に海上の魔方陣に変化が現れ始めた。魔方陣から海水が天高く吹き上げられた。
 吹き上げられた水柱が、再び海面に落ちた時、其処には一人の美しい女性が現れていた。
 すらりとした手足、濡れてキラキラと光る長い髪、蒼く玲瓏なドレスに身を包んだほっそりとした身体、そして女が見てもドキッとしてしまう程の美しい顔立ち。この世界への関わりを避けるかのような、硬く閉じられた瞳。
 水の精霊神青流の娘、水の精霊姫ウォルテ。
 世界の全ての水を統べる王の子が、この現実世界に姿を現していた。
 「……我はウォルテ。我は水の王ウォータドラゴンの子なり。我を呼び出し者はそなた達か? 我を呼び、我に願いを伝えるには、多大なる代価を必要と……」
 そう向上を述べながら瞳を開いた水の精霊の姫は、自分が見た光景に一瞬言葉を失った。
 この世界を形作る四大元素の一つを統べる王の娘さえ、動きを止めてさせてしまう存在。
「ウォルテ、お久しぶりですね」
「リュウガ!? リュウガじゃないのぉ!!」
 今までの神々しいまでの声の響きはどこへやら、目の前に立っていた背の高いホビットの顔を見た瞬間に、ごく普通の女の子の喋り方になってしまっている水の精霊のお姫様。
「わぁ、リュウガぁ、逢いたかったよぉっ!」
 ウォルテは今まで自分が浮かんでいた場所から飛び出すと、一目散にリュウガに向かって飛び出した。
 そしてそのまま抱き付こうと思って手を広げた瞬間……
 バシャァ!!
 「あれ?」
 ウォルテはそのままリュウガの身体を通り抜けてしまった。
 後には一瞬にしてびしょ濡れにされてしまったリュウガが残るだけ。
「う〜、ウォルテぇ〜」
 身体中から水を滴らせながら、困り顔のリュウガ。
「わぁ、ごめんごめん」
 てへへと言った感じで、ウォルテが自分の頭を押さえる。
「そうだったわ、今のわたしは水の塊なんだったわ……ちょっとまってね、今、実体化の魔法を使うから」
 ウォルテがそう言うと、今まで微妙に透き通っていた自分の身体が、普通のディフュームと同じ様に血の気を帯びた肌の色になった。
 普通の魔法の様に、呪文を詠唱したような感じは無い。通常の魔法とは違う、何か超常の力を使ったのだろう。
 この辺りは流石に水の精霊姫である。
「ゴメンネ、いきなりびしょ濡れにしちゃって」
 申し訳無さそうに呟きながら、リュウガの前で、パチンっと指を軽く鳴らした。
「あれ?」
 ウォルテが指を鳴らした瞬間、リュウガの身体を濡らしていた水が消えた。
 蒸発したと言うよりも、一瞬にして空気に混ざり合い、消えてしまったと言う感じだ。
「わ、すごいですねぇ」
「だって、一応わたしも水の精霊姫だからね。これぐらいは出来るヨ」
 ウォルテはそう言いながら、リュウガの身体に抱き付いた。
「じゃあ、あらためて……久しぶりだね、リュウガ」
「うん……」
 リュウガも、完全に実体化してディフュームと同じ身体になったウォルテの背中に手を回すと、優しく抱きしめた。
 長い長い時間を超えて、二人の幼友達は再会する事が出来た。





「ちゃんとわたしのこと覚えていてくれたんだネ」
「うん……今までわたし、昔のころの記憶を無くしていたんですけど、少し前にちゃんと思い出す事が出来たんですよ」
 リュウガの頬にウォルテの濡れたままの髪がかかる。昔と同じだ。
「ウォルテのことも、三人で海まで行ったことも……ウォルテ、この砂浜覚えてますか?」
「?」
 リュウガに言われて、ウォルテがこの白い砂の敷き詰められた小さい砂浜を見渡した。
 蘇ってくる、まだ自分が小さな存在だった頃の記憶。
「そっか……ここはわたしが、水の精霊の世界に帰っていった場所だね……」
 ウォルテがリュウガの髪を結うリボンに目を留めた。
「そう言えばリュウガもさ、わたしが昔あげた水の衣、ちゃんと持っていてくれたんだね」
「うん。ウォルテからもらってからずっと付けてましたよ」
「えへへ、ありがとう」
「でも、一度友達にあげちゃったことあるんですよ」
「え? そうなの?」
「友達が怪我した時、彼女の傷口に巻いてあげたんですよ」
「そうなんだ」
 自分がリュウガにあげたものを、更に他人にあげてしまったことを聞いても、ウォルテは普通のままだった。むしろ微笑んでいた。
「そっか、わたしのあげたものが役に立ってんだね、良かった」
 ウォルテが嬉しそうに言う。
 以前リュウガがアリシアに伝えた言葉とまったく同じ言葉を、ウォルテは言っていた。
「もらったものを勝手に他のひとにあげちゃって怒らないんですか? ウォルテ?」
「え? だってその時はその水の衣を使うのが一番だったんでしょ? それにリュウガだってそれ大切にしててくれてたんでしょ? その大切なものをあげちゃうリュウガだってえらいヨ」
「……ウォルテ、昔と全然変わらないですね……昔と同じ……」
「それはリュウガのおかげだよ……あなたがいっぱいにくれた優しさのおかげ……」
 二人の女の子は、大きくなっても全然変わらない幼友達の姿に、嬉しくなっていた。
「それに、もうそのリボンは、リュウガのところに帰ってきてるんだね?」
「うん、だまって返してくれました」
「なんだ、今のリュウガにも素敵な友達が出来てるんだ。いいなあ」
 本当に羨ましそうに声をあげる。
「そう言えばウォルテ、この水の衣を持っている者は、お願い事がひとつ叶うとか言われてますけど、本当なんですか?」
「え? そうなの? でも、願い事叶える役ってわたしなんだよね? わたし雨を降らせることぐらいしか出来ないよ……ん?」
 ウォルテはその時、抱きついたままのリュウガの身体の向うに、小さい女の子がいるのを見つけた。
 どうやらリュウガと同じ種族らしいその女の子は、かなり動揺しているような表情をしている。
 そしてその驚きに満ちた顔が、自分が抱きついているリュウガにそっくりだった。
 ウォルテはリュウガの身体から離れると、少女の下へと歩いた。
「始めましてになるのかな? リュウナちゃんでしょ?」
「は、はいっ……そ、そのはじめましてウォルテ様ぁ!!」
 物凄くどぎまぎしながら、リュウナが答えた。腰を90度近くまで曲げて、一生懸命お辞儀している。
 その必要以上に畏まるホビットの少女の事を見て、思わず笑みが零れる。
「そんなにかしこまらなくても良いヨ」
「で、でも、ウォルテ様は本当に水の精霊姫様なんですものね!?」
「うん、そうよ。一応」
「そ、そんな凄い存在のひととこうして面と向かって話しているなんて……わたし信じられないです」
 リュウナは魔法使いなので当たり前の事だが、一つ一つの呪文の仕組みに関しては、物凄く勉強をしている。
 呪文を発動させる為の自然への関わり。そして自然そのものの流れ。
 高位魔導士になればなるほど、そのような自然の理に関しては熟知していくようになる。
 そしてこの自然を形作る四大元素の一つ、水を統べる精霊の王の娘が今こうして自分の目の前に立っているのである。
 それだけの絶対の存在とこうして普通に会話していると言う事態を考えれば、普段は姉に似て物事に動じないリュウナと言えども、流石に動揺してしまうのはあたりまえのことと言える。
「……ウォルテ様は、本当にうちのおね……姉とお友達なんですか?」
「うん、そうよ、リュウガとは親友だもん、ね?」
「はい♪」
 そう言いながら、まるで男の子同士の様に、がしっと肩を組む、ウォルテとリュウガ。
 更には二人して、リュウナに向かってVサインなんか送っている。
 その無茶苦茶仲の良い二人の姿を見せられると、ますます頭の中がこんがらがってくる。
「……わたしってば、本当にすんごいひとの妹をやってるんだなぁ……」





「で、今日はどうしたの? 私みたいな精霊姫を呼び出したんだから、やっぱり凄く大変なこと?」
 ウォルテの問いに、優しげに微笑みながらリュウガが答えた。
「……幼友達に逢いたかった……こんな理由じゃだめですか?」
 その台詞を聞いてウォルテが吹き出してしまった。
「あはは、そんな理由でこの水の精霊姫を呼び出したんだぁ」
「だってウォルテは自分の力でこっちの世界に出てくる事は出来ないんですもんね、帰ることは出来ても」
「でもさ、私のような上級精霊を呼び出したら、普通は何かしら代償っていうものが必要になるものよ? 例えば術者の命とか?」
 その言葉を聞いてリュウナの身体が、ピクッと小さく震えた。ウォルテが先ほどのリュウナの心配の言葉と同じ事を口にしている。
「そんな危険を冒しても私に逢いたかった?」
「ウォルテは、わたしがそんな理由であなたのことを呼び出したとして、そんなことします?」
「うん? しないよ。逆にありがとうって言っちゃうネ」
「本当に?」
「うん、だから、ありがとう」
 ウォルテが嬉しそうに微笑む。リュウガも同じ様に微笑みを返す。
「でも本当すごいですよね。こうやってこの世界の水を司るっているひととお話しているのなんて。夢を見ているみたい」
「そうね、今見ている私の姿も、本当は幻なのかもしれないよね」
「え?」
 ウォルテの突然の言葉に、リュウガも当惑気味になってしまう。
「本当は精霊神なんて言うものも初めから存在していないのかも知れない。遠い昔に誰かが作った人造生命体なのかも知れない」
「……」
「この世界に漂う意識体が、水を適当に組み合わせて私の身体を勝手に作っているのかも知れない……でも本当に精霊の世界ってものがあって私は普段そこにいて、風の精霊と雷の精霊と協力して雨を降らしているのかも知れない」
 ウォルテが空を見上げる。
 自分が出てきた所為で、雷精が姿を消してしまった為、雲ひとつない青空だ。
「多分真実は誰にも解からない。わたしの親にあたるウォータードラゴンに訊いたって、多分解からないと思うし」
「……でも、普段ウォルテは精霊の世界で暮らしているんですよね? その時の記憶とかもちゃんとあるんですよね?」
「でもその記憶がさ、誰かによって作られたものだとしたらどうする?」
「あ……」
 少し戸惑いを見せたリュウガに向かって、優しく諭すように続けるウォルテ。
「でも、ま、私は普段精霊の世界にいて、雷の精霊と風の精霊といっしょに雨を降らしている水の精霊姫だと思ってもらっていた方が、多分カッコ良いと思うから、これからもそう思っといて」
 なんだか随分とあっけらかんとした台詞だった。
 神々しさの欠片も無い、本当に普通の女の子みたいな言葉だ。
「そうですね、わたしも水の精霊のお姫様が幼友達だっていう方が格好良いと思いますから、そうしておきます」
 リュウガもリュウガで、この世の理を左右する存在を前にして、これほどの台詞を言えるのだから大したものである。
 いや、彼女にとってみればウォルテは、水の精霊姫と言うよりも、子供の頃を共に過ごした幼なじみとしての存在の方が、大きいのだろう。
「……あれ? どうしましたリュウナ?」
 気が付くと、リュウナが二人の前で頬を少し赤くして涙ぐんでいた。
「……おねえちゃん、わたしが子供のころ、おねえちゃんみたくなりたくて、剣士を目指していたのって憶えているよね?」
「うん、憶えていますよ? 子供の頃は良く一緒に剣の稽古をしましたよね」
「うん……それでね、ある時気が付いたんだよね。わたしのこの小さくて細い身体じゃ、おねえちゃんみたく強い剣士にはなれないって」
 昔日を思い出すように呟く。
「だったら剣士であるおねえちゃんの助けになるようなものになろうって。それで魔法使いになろうって思った」
 ぐすぐすと、止め処も無く涙を零すリュウナ。
「わたしさ、今この時ほど魔法使いになって良かったって思った事ないよ」
 それでも涙を拭いながら続ける。
「だってわたしの魔法で、子供の頃にいっしょだった幼友達の二人を、こうして逢わせてあげることができたんだもん……わたし嬉しいよ」
「リュウナ……」
「リュウナちゃん……」
 ウォルテは顔に手をあてて泣き続けるリュウナの身体に手を伸ばすと、優しく抱き寄せた。
「ありがとうリュウナちゃん。私たちが再会できたのはリュウナちゃんのおかげなんだね」
 リュウナを抱きしめるウォルテの身体に、リュウガが手を伸ばしてきた。
「わたしも混ぜてください」
 二人の身体にいっぺんに手を回すリュウガ。
「うん」










 黒き龍焔が収容された帝国府内大型格納庫にリュウガが顔出すと、随分と閑散とした雰囲気だった。
「わぁ、わたしが寝ている間に随分と直ってますね」
 黒き龍焔の巨体を見上げる。
 ヴァッシュの駆る機動戦艦に叩き切られた右肩の盾は、真新しい物に交換されていた。
 傷付いていた機体各所の大きな破損箇所も、殆どが直っている。
 今現在、この格納庫が静かなのは、修理に一段落ついたのでとりあえず一息入れようと、皆身体を休めている為だと解かった。毛布や寝袋を引っ張り出してその場で眠っている者も多い。
 リュウガは整備員達の奮闘振りに感謝すると、一緒に連れて来た者達を誘って、黒き龍焔の頭部に繋がるエレベーターに向かった。





「レイ君、起きてますか?」
『……?……あぁ、リュウガか……』
 今までシステムを休眠状態にしていたレイは、リュウガの呼びかけに答えて再び目を覚ました。
「レイく〜ん、元気してたぁ〜」
「?」
 レイは誰かに呼ばれた。
 小型の映像器を声のした方に向けると、リュウガの隣りに、女の子が二人立っている。
 一人はリュウガと同じ顔をした女の子。彼女の妹のリュウナちゃんだ。
 そしてその更に隣りにもう一人女の子が立っている。
 凄く透明感のある綺麗な色をしたドレスに身を包み、こっちに向かって手を振っている。
 先程、リュウガの次に喋りかけてきたのは、この娘だ。
 キラキラと光る綺麗な髪をしている。まるで濡れているような……
 そこまで考えた時、レイの記憶領域の一つから、答えが導き出された。
『ウォルテ!? ウォルテなのか!?』
 それを聞いた時、髪の濡れたままの女の子は嬉しそうに微笑んだ。
「うん!」
 龍の焔を操りし地上最強の剣士、破壊神と戦う為に創られたもう一つの破壊神、そして世界の水を統べる王の子。
 幼い頃に一緒に旅をした三人の幼友達がこうして揃った。
 リュウガは、もう一人の幼友達に合わせるため、こうしてウォルテを、黒き龍焔が身体を休める格納庫まで連れて来たのだった。
「レイ君もちゃんとわたしのこと、覚えていてくれたんだネ」
『あたりまえじゃないか』
「わたしが無くしていた記憶は、レイ君がずっと守っていてくれたんですもんね。ウォルテのことだって忘れるわけないですよ」





「……大変だ!!!」
 だが、その再会の時間は、長くは続かなかった。
「!?……副長?」
 格納庫内に一人のホビットの士官が走り込んで来た。
「みんな聞いてくれ!! 大変だ、大変な事になった!!」
 リュウガとリュウナは直ぐにその士官が副長であることがわかった。眼の良い二人は百mの高みにいても、ちゃんと解かる。
 そしてレイも、今まで自分の腹の中で働いていた、この真面目なホビットの事を知っていた。
「どうしたんですか? 大変なことって?」
 リュウガが呟く。勿論その声は副長までは届かない。
 だがリュウガの声は聞こえなくとも、副長は自分が伝えるべき事を伝える為に、この格納庫中に響き渡るほどの大声で言葉を搾り出した。
「封印が!!! 封印が壊れたんだ!!!」
「封印?……え!? まさか!?」
「黄道の封印が壊れたんだ!!!」
 副長のその叫びは、遂にこの世界の旋律が狂い始めた事を知らせるものだった。


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