第二十七話 黒き龍焔が燃え立つ時
砂の海に転がった、封印器の表面に火が灯るのをアリシアは見た。
鉄の表面が焦げる。戦場の中で、ごく当たり前にその光景を見てきた彼女だが、その時、その炎に直感的な恐怖を感じた。
「全機! 絶対結界を展開! 最大出力よ!!」
「どうした、アリシア!?」
「うるさい!! 良いからいうこと聞きなさい!!」
アリシアの凄まじい怒気に圧されて、他の十二機の機械神がそれに従う。その直後
「!?」
強烈な熱波がフィーネ砂漠を襲った。凄まじい高熱の圧力が、十三機の機械神を封印の地から押し出そうとする。
目覚めた破壊神が、遂にその力の全てを開放した。
内に秘められた想像を絶する力は「放熱」と言う形で体外に出された。
黒い星の海に浮かんでいたユピテルと言う名の星を、丸ごと飲み込んだと言われる破壊神の力は、ただ己の身体を維持する為の代謝反応だけで、辺りに凄まじい破壊をもたらした。
「流石『終りの鐘を鳴らす者』って言われるだけのことはあるな」
自分の機体を何とか操りながら、ガルアが感想を洩らす。
「ガルア、ぐずぐずしてられないわ! 早速、封印の陣を張るわよ!」
アリシアも覚悟はしていたが、あんなにも凄まじい力を持っているとは、自分の想像の範囲を大きく超えていた。
「ミレイヌ様、黄道機に乗った限りは、いくら魔導教会の長だからって、あたしの指示に従ってもらいますよ」
「アムドゥシアス」の頭部が、傍らに立つ深紅に彩られた機体の方に向く。
「フフ、そのつもりよ。私も雷帝様の指揮下に入れて光栄だワ」
一號機「アスタロト」を駆るミレイヌが、嬉しそうに頷く。
「黄道機奇数番機は俺の『ベルゼヴュート』と共に北の大三角に就く。偶数番機はアリシアの『アムドゥシアス』と共に南の大三角だ。各機散開、予定の位置に就け!!」
「了解!!」
ガルアの指示に、他の黄道機の操士達が答える
十二機の封印機達が、百メートルを超える巨体を軋ませながら、砂漠の上を進んで行く。
機械神が整然と並び、ガルアの「黒き疾風」を北の方角の頂点にした三角形と、アリシアの「黒き雷光」を南の頂点にした逆三角形が完成する。その三角形の底辺の長さはちょうど十キロメートル。
そして二つの三角形が黒き龍焔とエンドベルを取り囲むように重なり合い、巨大な六方星の魔方陣が完成する。
「全機、排焔器起動」
各機械神の胸部に付けられた三機の開放部の扉が開いていく。低い唸り声がし始める。排焔器が起動状態に入った。
脚部に付いた大型ジェットモーターの下側に付いたモジュールが外にせり出して来る。
その先に付いた鋭利な先端が、猛烈な勢いで飛び出した。下向きに射出されたパイルバンカーが、黄道機の巨体を大地に固定した。下は砂地だが、無いよりはマシだ。
「こっちの準備は全部整ったわ。あとはあんた次第よ」
自らの機体の起動調整を行いながら、数キロ先で破壊神と対峙したままの黒き龍焔の姿を、アリシアが見つめる。
黄道機が作り出した新たなる封印の中心で、白い巨神が静かに佇んでいた。
何枚もの白い羽で自らを包み込むように静かに佇むその姿は、不思議な美しさを醸し出していた。
とてもこの世を破壊しようとする忌むべき存在とは思えない美しさだった。
白い巨神の前に、黒い色をした機神が対峙していた。
醜悪で凶悪な面構えをした黒い色をした機械神。その姿を見なくなって久しい龍の姿を模した存在が、この世界を守ろうとする守護者だとは、誰が思うだろう。
全てを壊す為に蘇ってきた白き美しき破壊神と、凶々しき姿をした黒い機械神が、終りの砂漠の上で静かに対峙していた。
「黒き龍焔」の頭部に積まれた龍焔炉は、静かに起動していた。
『リュウガ、大丈夫?』
「ええ、大丈夫です。とっても落ち着いた気分です」
「ZERO」の中に収まるレイが、自分の腹の中の操士席に座る女性に声を掛ける。
既にリュウガの背には「インフェルノゲート」が接続されている。接続とは言っても、何か端子のような物をリュウガの背に直接突き刺すといった痛々しいものでは無く、光交信等で背の中に入った「焔珠」と光学的に接続するものらしい。
リュウガはレイに語った通り、とても静かな気分の中にいた。
子供の頃に感じた、全てを飲み込もうとする「龍の焔」の力も感じない。
ヴァッシュの機動戦艦と戦った際に感じた、凄まじい量の記憶の流入も感じない。
「なんでこんなに落ち着いているんでしょうね?」
リュウガの不思議そうな声。
「世界を滅ぼしかねない力を背負って、世界を滅ぼそうとするものを相手に戦おうって言うのに」
『それは多分、世界を滅ぼしかねないその力を持ったことを、今のリュウガが嬉しいと感じているからじゃないかな?』
「?」
『リュウガは前に、自分の身体の中には、お母さんのくれた破壊神と戦えるだけの力がある、自分はみんなを守れる力をもっている、そしてその力をくれたお母さんに、今は感謝しているって言ってたよね」
「はい」
『多分「龍の焔」が、そのリュウガの想いに答えてくれているんじゃないのかな?「龍の焔」にしたって、この世を破壊できるだけの力があるだけで、自らこの世を破壊しようとしているわけじゃないしね』
「うん……そうですね」
「黒き龍焔」が手に携える得物を確かめる様に、両腕を少し動かした。
『しかし、負の大剣が無いのは困ったね』
ラグナレク。触れただけで全ての物質を消滅させてしまう恐るべき物質「単一結晶金属」で創られた、負の力を持った大剣。
その力は、星の海に浮かんでいた強大な力を無理矢理押し固めて生まれてしまったエンドベルにも、効力を発揮する筈だった。
エンドベルをラグナレクで切る。エンドベルが内包した途方も無い力は、直ぐに自分の身を再生させてしまうだろうが、ラグナレクの持っている全ての物質を消滅させてしまう力は効力を発揮しつづける筈だ。
そしてラグナレクの持っているもう一つの力。自分に与えられた力を倍加して相手に叩き付けると言う、増幅器としての力。
何らかの形でラグナレクを相手に叩き付けることが出来たら、頭部に内蔵する龍焔炉の力の全てを負の大剣に送り込む。そしてエンドベルの持つ無尽蔵ともいえる力を対消滅させる。
それが決戦機としての「黒き龍焔【The DarkInferno】」に与えられた役目だった。
これだけの力を引き出す事によって「黒き龍焔」の龍焔炉はオーバーヒートを起こすことは間違いないと言われている。リュウガが生きて帰ってくる可能性が極めて低いのも、この為だ。
だが、これだけの超パワーを叩き付けても、エンドベル自体は完全には消滅はしないであろうと計算されている。
「黒き龍焔」との戦いによって著しく力を消耗させたエンドベルに、今度は、二騎の破壊神の戦いの余波から大地を守っていた十二機の封印機達が戦いを挑む。
最初からそう言う作戦になっていたのだ。
『とりあえず僕たちの役目は、あいつの力を削ぐ事だからね』
「劫火砲でも撃ってみますか?」
これから世界の命運を懸けた戦いに望もうとは、露ほども思えないようなのんびりとした口調で、リュウガが提案した。
その余りにものほほんとした響きに、レイは思わず苦笑してしまった。
「黒き龍焔」が背負った、二門の大砲が静かに動き始めた。今で横に向けて放射状に広がって配置されていた砲が、本体を軸に平行に移動して行く。
砲本体が、肩口から背部にかけて固定されると、上に乗っていた長大な砲身が上に撥ね上がり、180°回転した処で固定させる。
砲全長四〇〇メートル、口径十メートル、帝国府の艦首に主砲として装備されていた、星一つを吹き飛ばすと言う恐るべき大砲が、その本当の姿を表した。
起動した劫火砲が、低い唸り声を出し始めた。本体から発射の為のエネルギーが送り込まれる。
龍焔炉と言う強大なパワージェネレーターが稼動している為、蓄電装置への溜りは早い。
一分もしない内に、最大出力で発砲できるだけの力が溜まった。
「このまま撃っても大丈夫なんでしょうか? なにしろフルパワーで撃ったらこの劫火砲は、大陸を軽く吹き飛ばすことができるんですよね」
リュウガが珍しく弱気な台詞を呟いた。幾ら、あまり動じない正確とは言え、流石に劫火砲の持つ超破壊力には、怖さを感じる。
『信じよう、僕たちの戦いからこの大地を守る為にいる、あの十二機の機械神達の力を』
自分を動かす事の出来る唯一の操士を安心させる台詞を言いながら、先ほどから油断なく倒すべき敵を見つめていた。
「黒き龍焔」が砲発射の為に動きを止めている間、幾らでも攻撃の機会は有った筈だが、エンドベルは何一つ動きを見せなかった。
幾重にも重なった羽に包まれたまま、静かに佇んだままだった。
……エンドベル、なぜ動きを見せない? なにか作戦が? それとも?……
レイが疑問を思考している内に、リュウガも決心したような顔になった。
「そうですね、わたしも信じます。親友を、親友たちの乗った機械神を」
「黒き龍焔」が背負った二門の甲型劫火砲の砲口が、光を放った。
次の瞬間、太陽の光を何倍にもしたような強烈な閃光と、戦艦の主砲の何万倍もの射撃音が、フィーネ砂漠に轟いた。
その直後、苛烈な力の奔流が封印機達を襲った。
「!?」
アリシアの乗る「黒き雷光」が激震に襲われる。
黄道機によって再び張られた封印が、最大出力で電磁結界を張っている。十二機の出力を合わせた共鳴力により、通常よりも遥かに強力な結界を展開する事が可能だが、それでも結界の張った空間には容量の限界がある。幾ら十キロ立方メートル以上の容量があったとしても、二体の破壊神の激突から生じる衝撃の全てを収めきることは出来ない。
十二機の封印機の胸部には、破壊神から発せられる力を中和、そして排気する為の装置「排焔器」が装備されている。
頭部両脇と胸部下部に付けられた三器の吸炎口により、破壊神から発せられる力を取り込み、機体内部で電気的エネルギーへと変換する。
大部分は電磁結界を維持する為のエネルギーとして回されるが、それでも処理しきれなかったエネルギーが、背部に付いた排炎口より、排出される。
吸炎口一器に付き二器の排焔口が、拡散荷電粒子と言う形でエネルギーを吐き出す。その排出される力が、あたかも赤々と燃え上がる炎の様に見えることから「排焔器」と名付けられているのだった。
この結果、決戦の場を囲む結界に空いた唯一の穴である、三器の吸炎器に向かって猛烈な力が流れ込む事になる。
三器の吸炎器の中心にある頭部の中に、操舞倉は設けられている。その中に乗る操士に加えられる衝撃はかなりのものになる。
大きく揺さぶられる操舞倉の中、アリシアはじっと前を見据えていた。
自騎の背部からは電磁結界に回しきれなかった余波が、猛々しく燃え上がる炎として排出されていた。
その姿はまるで、業を償う為に背中に燃える薪を括りつけられた罪人のように、見えた。
「がんばりなさいアムドゥシアス。あたしの親友と同じ名前を付けてんなら、背中が燃えるぐらい我慢しなさい」
目の眩む閃光が消えた。
光りの収束点だった地形が大きく抉れていた。星一つ吹き飛ばす、強烈な光の余波を食らった砂の地面が、ばっくりと融解していた。
「……」
レイは、リュウガが唾を飲み込む音を聞いた。何時も落ち着いた雰囲気の彼女が、同様している。
「黒き龍焔」の両眼が、その光景の一部始終を伝えてくる。
大きく抉れた砂漠の中心には、白い巨神が先程と何も変わらずに、静かに佇んでいた。
「あれだけの攻撃を受けても、傷一つ無いなんて」
リュウガが静かに呟く。
『いや、確かに傷を負わせることは出来た。劫火砲を食らった事によって、あいつのエネルギー総量が確かに減っている。エンドベルもちゃんと再生の為に力を消耗している』
レイがリュウガの不安を払拭させるように答えた。
『ただ、エネルギー総量が桁違いだから、全然ダメージを受けたように見えないだけだ』
「でも、このままじゃ結局、焼け石に水ってことですか?」
『うーん……そうとも言うか』
エンドベルの桁違いの強さに、リュウガもレイもどうしようと思っていた時、今まで沈黙を守っていた破壊神が、遂に動きを見せた。
眠りから目を覚ますように、ゆっくりと頭部を動かした。それと共に硬く閉じられていた瞼が開いた。
其処にあったのは、血の様に真っ赤な瞳だった。
翼が開く。まるで天使の羽の様に美しい白さに彩られたそれは、十二枚あった。
その赤い瞳が、帝国の機械神達を見据える。
「あれが、エンドベル……終りの鐘を鳴らす者」
全てを破壊する為に生まれて来たとはとても思えない、白く美しい肢体を見せ、エンドベルが砂の海に降り立った。
すぅっと、音も無く右手をかざした。それだけで充分だった。
エンドベルから発し続けられる熱波が収束し、灼熱の刃となって襲い掛かってきた。
「!?」
レイが咄嗟に、絶対結界の出力を最大限に上げる。リュウガも両肩を覆う四枚の盾を前面に集めさせた。
強烈な閃光。それに続く衝撃。
金属のひしゃげる音を上げながら、盾の一枚が吹き飛んだ。
『結界を、こんな簡単に破るなんて!!!』
龍焔炉から動力供給を受けている超高出力の電磁結界の外側から、いとも簡単に、黒き龍焔の本体は傷つけられていた。
硬い物を巨大な力で引き裂く音がした時、残りの三枚の盾も全て切り裂かれていた。
灼熱の刃が消えた。だが、黒き龍焔はその一瞬の攻撃だけで、ヴァッシュのヴァンガードと戦った時以上のダメージを負っていた。
『大丈夫かリュウガ!?』
「はい、わたしはなんともないです。それよりレイ君……黒き龍焔は?」
『かなり酷くやられた。あの攻撃だけで盾を全部吹き飛ばされるとは思わなかった。今度直撃を食らったら、その時は本体にダメージを受ける』
レイは、ダメージを負った「黒き龍焔」の再起動に余念が無かった。機動力がかなり落ちている。運動性を回復させるには少し時間を要した。
今、攻撃を受けたら、一たまりも無かったかも知れない。
しかし、エンドベルは、攻撃してこなかった。
右手を戻す、その少しの動作を見せた後、再び動かなくなった。
「まるで、自分には破壊の意思がまったく無いみたいですよね。自分に受けた攻撃を排除するためだけに、破壊を行なっているような」
リュウガが、急に思いついた様に呟いた。
しかしレイは、そのリュウガの言葉に殆ど耳を傾けることが出来なかった。
『……こうなったら、あいつに劫火砲の砲身を押し付けて、身体の中に直接叩き込んでやる』
「すごい作戦ですね?」
レイの言葉に、リュウガも流石に驚いてしまった。
『ああ、もう、なりふり構ってはいられない。あんなに凄い奴だとは思わなかった』
「黒き龍焔」の各部から、幾つもの起動音が聞こえてきた。
『リュウガ、僕はこれから「黒き龍焔」に積んである縮退炉を回して劫火砲に再充填をする。龍焔炉のエネルギーは全て本体に回すから、それでなんとかしてくれ』
「はい」
『縮退炉だけでの充填では五分はかかる。リュウガ、それだけ時間を稼げるか?』
「やってみます。いえ、やらなくちゃいけないですね」
『うん、そういうことになる。それじゃ、行くぞ!!』
「はい!」
「黒き龍焔」が展開状態の劫火砲を収納した。羽状の形態に再び戻した直後「黒き龍焔」自体が凄まじい機動を見せ、一瞬消えたように見えた。
猛烈な水素の火炎を吐き出しながら、静かに佇む白い破壊神に向かって飛び出した。
二十八万トンを超える巨体が音速に近い速度で、一瞬にして移動したのだ。機体にかかる負担も相当なものだが、周りの被害も甚大だ。
「黒き龍焔」が通り過ぎた後の砂地は、凄まじい勢いで砂が巻き上げられ、艦砲の榴散弾等を大きく超える破壊力を示した。
近くに何か物体があれば、音速を超えて叩きつけられる砂粒によって、粉々に砕かれていただろう。
「黒き龍焔」が大鎌を振り上げた。巨体を震わせ、重々しく踏み込みを入れる。
砂流を高々と巻き上げ、白き破壊神の懐に飛び込んだ。
一閃。全長百二十メートルを超える、大鎌が高速で、旋回する。巨大な物体が一瞬にして振り下ろされる。刃先は音速を遥かに超える。
凄まじい破壊力を伴って叩き付けられた刃が、破壊神の身体を、右肩から左腕に掛けて切り裂いた。
「!?」
斬撃を振るった方のリュウガが、驚く。
袈裟懸けに切り裂かれたエンドベルの胴体が、見る間に再生していく。「黒き龍焔」の装甲や骨格にもある程度の自動再生機能があるが、そんなものとは比べようが無い程の再生力だ。
エンドベルが動く。再び右腕を翳す。だが、リュウガも驚いているだけでは無かった。
破壊神の動きをある程度予測し「黒き龍焔」の巨体を、事前に動かしていた。
劫火砲を背負ったメインモーターと腰から生えた長大なテールバインダーが激しく動き、二十八万トンの物体に信じられない程の機動力を与える。
だが、それでも避けられたのは紙一重の差だった。灼熱の刃が、黒き龍焔の大鎌の刃先を奇麗さっぱり切り飛ばし、返す刀で右肩から右腕を大きく焼かれた。
「レイ君!? まだですかぁ!?」
流石にリュウガも、白い破壊神の圧倒的強さに悲鳴を上げた。
『あと、二十秒! それでけ持たせてくれ!!』
「はい!!」
リュウガは黒き龍焔の電磁結界を最大出力に上げると、エンドベルに向かって体当たりを仕掛けた。リュウガも、なりふり構っていられなくなってきた。
結界を超えて装甲表面を焼き尽くそうとする放熱を浴びながら、黒い巨大な塊が、白い破壊神にぶち当たる。
凄まじい圧力を受けてエンドベルが体制を崩す。しかし、直ぐに元の体制を維持すると、今度は左手を振りかざした。
再び猛威を振るう灼熱の刃。
黒き龍焔が刃先の無くなった大鎌を前に押し出す。バラバラに切り裂かれる大鎌の柄。その余波を食らって、装甲を焼かれる黒い巨体。
表面を覆う鋼鉄の鎧が、金属を強引に融解していく嫌な音をさせた時、黒き龍焔の肩の劫火砲が再び動いた。
『良く持ってくれた、リュウガ!!』
レイの声に後押しされるように、甲型劫火砲が再び発射体制に入る。
極限まで相手に接近していた黒い機械神が、巨砲の砲口を直接エンドべルの胴体に押し付けた。
『食らえ!!!』
再びフィーネ砂漠が閃光に包まれる。
凄まじい閃光。凄まじい爆煙。巻き上げられた砂が、辺りを覆い隠す。
金属のひしゃげる音を撒き散らしながら、劫火砲の巨大な砲身が、バラバラに吹き飛んだ。
「……やった……んで、しょうか?」
爆煙と砂流で何も見えなくなった視界の先に、白い肢体の姿を求める。
その時、巻き上がる砂粒が、一瞬にして蒸発した。その直後、無数の光の矢が、黒い巨体に向かって放たれた。
「!?」
黒き龍焔は避ける間も無く、何本もの灼熱の閃光に機体を射抜かれた。
糸の切れた操り人形の様に、三十万トン近い巨体が砂の海に沈んで行く。
黒い機械神が倒れた時、砂と煙りの中から白き破壊神が再び姿を現した。
「りゅ、リュウガ……」
アリシアの目の前で「黒き龍焔」が倒れた。
煙と砂流の中から再び姿を見せたエンドベルは、胴体に大穴を二つ空けていた。
「黒き龍焔」の放った、星をも壊すと言われる地獄の劫火は、確かに無敵の破壊神の身体を貫いていた。
しかし、その大穴が、徐々に塞がろうとしていた。
黄道機に乗った操士達は、射すくめられたようにその光景を見ていた。
破壊神の絶対的強さ。そしてそれに対抗出来た筈の、唯一の存在の敗北。
「まだだ! まだ終わったわけじゃない!!」
「黒き疾風」からガルアの野太い声が飛んだ。
「そうよ、あれだけの至近距離で劫火砲を食らったのよ、相当力は削いでいる筈よ!!」
アスタロトに乗るミレイヌも、皆を奮い立たせるように声を上げる。
ミレイヌは泣いていた。我が子にも等しい親友の子が目の前で倒れる姿を目の当たりにしたのだ。
しかし今は泣いているだけじゃ済まない。目の前の敵を倒すことが先決だ。
「全機、突入せよ!!!」
そう、叫びながらガルアの「黒き疾風」が、その名の通り疾風の様に大地を蹴った。自分達が敵うまでに、相手は力を落としていると言う保証は無いが、今はやるしかない。
「黒き疾風」に続き、他の黄道機達も飛び出していく。
「……!?」
ミレイヌは自分の機体を動かそうとした時、一機だけ動かないものがあるのに気付いた。
黒き雷光。アリシアの騎乗する機だ。
「どうしたのよ、アリシア!」
ミレイヌが涙を拭いながら声を上げる。しかし「黒き雷光」は微動だにしない。
「親友が倒れたのが悲しいのは分かるわ!!でも、今は自分に与えられた使命を果たしなさい!!」
そう言葉を残しアスタロトがフィーネ砂漠を駆ける。
しかしアリシアはその時、見えざるものを見ていた。黒い鋼鉄の塊の中に、再び焔が灯るのを。
「子供の頃の約束……憶えてますか?」
『……』
「あの時、別れ際にした約束、憶えてますか?」
『……』
「わたしのファーストキス、奪ったくせにぃ」
『わぁーっ、それを言わないでよぉっっ』
「憶えていてくれましたか?」
『……忘れるわけないじゃないか。忘れようと思ったって忘れられないよ』
『僕もずっと思ってた、ずっと考えていた』
『僕のそばにずっといてくれたあの時の少女は、いつか大きくなったら再び僕の前にあらわれる。その時僕は大きくなった少女の夢を何とか叶えてあげなければならない、それが僕に優しさをくれた、あの時の少女にできる唯一のことだと思ったから』
『僕はずっと、その時の少女には、もう既に、心に決めたひとがいてくれることを望んでいたんだ。これだけの長い時間がたったんだもん、彼氏の一人や二人ぐらい出来ていても良いと思ったのに』
「……ごめんなさい」
『あやまることないよ。それに君は、男よりも女の子の方にモテるみたいだし』
「あははは……」
『僕は、もう一度、この中から出ることが出来る。でも、もう昔の様に長い時間は居られない。それに再び元に戻ったら、もう二度と外に出ることは出来なくなる』
「…………わたし、たとえ一日だけだったとしても、あなたのものになりたいです」
「無くしてしまった記憶の中にも、あなたの姿は確かにあった」
「ずっと、ずっと、ずっとそばに」
「わたし、あなたのことが好き、大好きです」
『君のこと、絶対お嫁さんにする。たとえどんな姿になろうとも、たとえどれだけの時間が過ぎようとも、たとえそこが地獄の底であったとしても、約束する。絶対だよ!』
「うん」
アリシアは見た。見えていた。黒い鋼鉄の巨体の中を、龍の焔が再び駆け巡るのを。
「……リュウガ」
再び立ち上がる、凶々しき姿をした自分達の守護神。
エンドベルに向かっていた他の封印機達も、動き出した黒い機械神の姿を見て、動揺を示している。
「リュウガ……」
黒き龍焔の両腕が揺らめく光に包まれた。絶対結界で腕を覆っている。
そのまま白い破壊神に向かって突進すると、相手につかみ掛かった。
アリシアはそこまで来て、黒い機械神が何をやろうとしているのかを読み取り、叫んだ。
「リュウガ、無茶しないで!! あんたはエンドベルの力を弱めることができれば良いのよ!! それ以上はあたしたちにまかせなさい!!!」
エンドベルの肩につかみ掛かった黒き龍焔の両手から、白煙が上がり始めた。最大出力にした電磁結界で腕部を包み込んでいるとは言え、それにも限界がある。相手の発する熱量は、鉄など軽く溶かす程なのだから。
黒き龍焔の邪龍を模した頭部が、上下に割れた。そこに現れたのは、既に臨界点に達していた龍焔炉だった。
相手の肩口を掴んだまま、両腕が間接から接合を解かれた。下半身も本体から切り離された。
両腕と下半身からも、何かが動く駆動音が絶え間なく聞えていた。十二基の縮退炉の内、手足に詰まれた八基は既に暴走寸前までパワーを吐き出していた。
漏れ出した縮退炉の力が、機外で具現化する。それは見る間に膨れ上がり黒球の形になる。
そしてその黒球が、全てを飲み込む重力星に変じたと同時に、頭部の剥き出しの龍焔炉も閃光に包まれた。
次の瞬間、天に向かって凄まじい勢いで紅々とした焔が燃え立った。この世の全てを焼く尽くそうかという大音響が、終りの砂漠に轟いた。
「!?」
唐突に空を見上げるような姿勢で、リュウナが立ち止まった。
「どうしたリュウナ?」
ティアは、リュウナとシルフィと共に、帝国府の浮かぶ内湾沿岸部の港町を歩いていた。
自分の肩の上に乗るシルフィも、リュウナのことをキョトンとして見ている。
「あ、ああああ……」
少女は身体を震わせながら、その場にくず折れた。
「ど、どうしたんだリュウナ!?」
リュウナの突然の変調にティアも慌てる動きを見せる。シルフィも心配そうな表情になる。
「……ぇちゃん……おねえちゃん……」
その時、リュウナの背に、何かが爆ぜる音が聞えた。
「!? リュウナ!?」
驚く二人の前で、リュウナの背に、一対の翼が生えた。
それは龍の焔を持って生まれた者の証、燃え上がる黒い焔の翼。
「……ぉねえちゃん…………おねえちゃん!!!」
遠く離れた帝国の首都の地で、妹の、姉を呼ぶ声がこだました。
天高く巻き上げられた硝煙と、鉄と砂が溶ける程の熱気が、消えた。
静寂に包まれるフィーネ砂漠。
全てを破壊し尽くしたかと思われた、光りの奔流の中心に、まだ立っているものがあった。
雄々しく力強い造形の、二本の足。「黒き龍焔」の脚部だった。
だが、その腰の上には何も載っていなかった。
「黒き龍焔」の下半身だけが、大地を踏みしめ其処に立っていた。
そしてその両脇に転がる鉄塊。両肩だった。肘の関節から先が無くなっていた。
胴体だけが無くなっていた。バラバラになった黒い機械神の身体。
いや、遠くに巨大な金属の集合体が見えた。光の奔流の中心から一キロ程離れた場所に、胴体が転がっていた。
劫火砲の砲身は奇麗さっぱり無くなり、装甲表面にも無数の破口が開いている。
そしてその胴の上に乗っている筈の首。
「ZERO」が変じた、凶悪な面構えをした邪龍の頭部だけが、無くなっていた。
「……リュウガ……」
「黒き雷光」は立ち尽くしたままだった。
アリシアの頬を涙が伝っていた。
そして、涙で霞んだ視界の向うに「それ」は、まだ立っていた。
破壊神、エンドベル。
劫火砲を二度も食らい、龍焔炉の力の全てを叩き付けられても、白い破壊神はまだ其処に立っていた。
他の黄道機も動きを止めていた。全ての操士が、先程と殆ど変わらないエンドベルの姿に、驚愕の表情を見せていた。
「あのばか……自分達だけ、格好付けて……」
アリシアが踵の下の足倒板を踏み込んだ。「黒き雷光」の機体が、それに反応して動き出す。
「あんたたちが終わらせられなかったんなら、代わりにあたしが終わらせるわ!!」
黒い巨体が、轟音を立てながら飛び出した。
「あんただけ地獄になんて行かせないわよ!! もうすぐあたしも行くから、先に行ってお茶の用意ぐらいしておきなさい!!!」
「黒き雷光」の両肩が開く。内蔵されていた大型魔導器が姿を見せる。
それに続いて、アリシアが操舞倉から繋がる魔力回路に自分の魔力を叩き込もうとした時、不意に天空が煌いた。
次の瞬間、エンドベルに向かう黒い機体の前に、閃光と高熱が叩き付けられた。
「!?」
その衝撃に「黒き雷光」が、巨体を傾がせる。
「こ……これは、劫火砲!?」
突然の砲撃に驚くアリシアは、エンドベルのいる辺りの隣りの空間が揺らめくのを見た。風の精霊たちがざわめき始める。転移の呪文の発動と気付いた時には、一機の巨人が現れていた。
それは、航空母艦信濃の初戦での交戦記録に存在する枢機軍の新兵器と、ほぼ同じ形をしていた。
枢機軍の次期主力重機動戦艦「ユナイテッドステーツ級」を改造して造られた大型魔導兵器「呪装艦」。
アリシア本人が劫火砲で止めを刺した巨人兵器が現れていた。
「もう充分エンドベルの力は削いでもらった。それ以上は止めてもらおうか」
静かな口調の声が、鋼鉄の巨体から洩れた。
「なによあんた、突然現れて」
拳で目元を拭いながら、アリシアが憮然とした顔を向ける。いきなり気分をそがれて、相当頭にきている様子だ。
「なんで、あたしたちの邪魔をしようとするのよ? 破壊神はあんた達人間にとっても、脅威の存在であるんでしょう!? 邪魔しないでよ!!!」
アリシアが呪装艦に向かって、怒気を孕んだ声で叫ぶ。
「確かにそうだ。そう言う意味では忌むべき存在だろう」
呪装艦に乗る者が答える。メスメルカーツ。枢機軍魔法管理委員会を掌握する、超高位魔導士の声だ。
「だが」
メスメルは静かに続ける。
「もし、破壊神を制御できる方法があるとしたら、どうする?」
「な、なに馬鹿なこと言ってんのよ!? そんなことできるわけが……」
アリシアの言葉はそこで掻き消された。空の上から、何かが動く巨大な音がフィーネ砂漠にこだました。
破壊神の佇む遥か上空から、雲を突き破って、それは降りて来た。
天を覆う様に現れた鋼鉄の構造物。
そして此処にいる殆どの者がその存在を知っていた。
鉄の島、ハバクク級要塞艦。だが、今まで見てきた要塞艦とはかなり違う形をしている。
まるで重箱の様に、二つの要塞艦を上下に重ねた形状をしていた。
降下中の要塞艦の、重なった結合部の一部が、外に向かって開いた。
開かれた開口部から、何か板状の物が出てきた。その一二〇メートルはある巨大な板状の物体は、完全に露出すると、下に向かって九十度折れ曲がった。
その完全に下に向いたものの姿は、巨大な剣の形をしていた。
「あれは!? ラグナレク!!」
奪われたままの、負の大剣がそこにあった。
あの剣さえあれば、リュウガも「黒き龍焔」を動かすレイも、死ぬ必要は無かった。アリシアは凄まじい恨みを込めて、人間達の手に落ちた巨大な武器を、睨んだ。
「あの黒い機動戦艦との戦いで、エンドベルの総出力も五分の一程に落ちたか」
メスメルの目の前で、負の大剣を抱えた重箱型の要塞艦が、破壊神の頭上を占位する位置に、ゆっくりと降りて来た。
「制御できるギリギリの処だな」
巨大な刀身から、一瞬、雷光の様なものが発射された。
蒼い煌めきに包まれるエンドベル。
そして、これから起こる「異変」を起こすには、その小さい雷ひとつで充分だった。
白い破壊神の動きが変わった。
今まで受動的行動しか見せなかったエンドベルが、初めて自ら動こうとしていた。
破壊神と言う名には余りにも似つかわしくない精悍で美しい顔が、此方に向けられた。
「……破壊神そのものには、破壊衝動そのものは無いと言うのも、伝承通りだな」
そのメスメルの呟きは誰にも聞こえなかった。いや、聞いている余裕など無かった。
「ま、まさか……本当に破壊神を操れると言うの!?」
流石にアリシアも、破壊神の赤い瞳に見つめられて、恐怖と言う感情が湧きあがってきた。
人間達の世界に残された、終末大戦以前の伝承。
その中には「破壊神を従わせる方法」と言う恐るべき伝承も含まれていた。
だが、人間の世界にはその方法は残されていても、それを実現させる為の道具は無かった。
確かに神を従わせる装置を創る事そのものは可能だった。
それがどんなに巨大な物になったとしても、それを入れる器はハバクク級要塞艦として用意出来る。
そしてこれを動かす為の高出力機関も、稼動を成功させた龍焔炉によって賄う事が出来る。
しかし、これ以上は進まなかった。
強大な機関を手に入れたとしても、まだ、破壊神を制御し続けるには力が足らないと言う事が解かった。
何らかの強力な増幅装置が必要だった。
そして人間達は、遂にその最後の部品すらも手に入れてしまった。
負の大剣ラグナレク。
破壊神を倒す為に創られた武器を、人間達は神を操る道具に変えたのだ。
強力な魔力増幅器、負の大剣ラグナレク。強大なパワープラント、龍焔炉。そして伝承に残されていた神を操る魔力回路。
人間達はこの三つを合わせ、破壊神を従えさせる力を持った愚物を作り上げるに至ったのだ。
そして、それには「従神器」と言う名前が付けられていた。
上空に滞空する要塞艦より強制的拘束力を受けた破壊神は、帝国の機械神達へと、ゆっくりと身体を向けた。
呪装艦二号機「アルバコア」の操舞倉から、メスメルはその光景を静かに見ていた。
「所詮『神』とは言っても、元々は我々人間が作り出したものなのだ」
メスメルが口元を妖しく歪める。
「しかし、従神機を完成させても、破壊神の全てを制御は出来ないと言うことが解かった。それだけエンドベルの力は大きい。何らかの形で力を減少させなければ破壊神を操ることは出来ない。そう言う意味ではあの黒い機動戦艦は良くやってくれた。お前達には感謝しなければならないかな?」
「……それじゃ、初めから共倒れさせるつもりで……卑怯者!!!」
凄まじい怒気を、アリシアは「アルバコア」に向かってぶちまけた。
「戦いとはそう言うものだ。此方も遊びで人殺しをしている訳ではない」
操り人形と化した白い破壊神が、帝国の機械神達に向かって、ゆっくりと進み始めた。
破壊神を制御する要塞艦の上甲板には、一機の機動戦艦が立っていた。
脇に擬似劫火砲を構えていた。先程、アリシアの「黒き雷光」を、足止めしたものだ。
「これで終りなのか?」
重機動戦艦ヴァンガードの操舞倉に収まるヴァッシュガーランドは、再び動き出した破壊神の一キロ程先の、砂上を見ていた。
胴体だけになって擱坐する黒い機械神。手も足も、そして首ももがれた、もう一つの破壊神。
自分と互角に戦える数少ない戦士の乗る機体が、鉄屑になって転がっていた。
「……これで終りなのか、紅蓮の死神よ」