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第二十八話 希望の確立


 轟音が、空を埋め尽くしていた。
 巨大な戦艦が空を飛んでいた。巨体を前に押し出す後ろに吐き出される水素の火炎が、その音の正体だった。
「これより攻撃を開始する。全艦突撃体制を取れ」
 旗艦の下命に、空中艦隊が動き出す。
 まず、外周を守っていたアレイヴァーグ級機動駆逐艦が戦列を離れ、露払いとして先行して行った。
 流れるように空を進んで行く小艦の後ろに、三隻の大型艦が残る。
 手前の二隻の艦。細く鋭い印象ながらも、無骨さを醸し出す戦艦。枢機軍の中において唯一中央大陸に国土を持つ、北の強国「ミール共和国」の作り出したクロンシュタット級機動巡洋戦艦。その二番艦「セヴァストォポリ」と三番艦「ボルゴグラード」だ。
 この二隻は巡洋戦艦として建造された為、かなりの高速性能を発揮出来るのだが「旗艦」の速力が余りにも遅いので、こうして速度をあわせてのろのろと進んでいた。
 セヴァストォポリとボルゴグラードに挟まれるようにして一騎の巨人が飛んでいる。
 まるで石柱を組み合わせたような質実剛健が滲み出た、重量級の機体。キーロフ級重機動戦艦。
 ミール共和国の誇る鋼鉄の巨人が、艦隊を従えて、帝国の領土に攻め入ろうとしていたのだ。





「前衛の駆逐隊が、交戦に入りました! 機数六!」
 前席に座る通信士の声。上がってきた迎撃機との戦闘に入る駆逐隊の戦況を伝えてくる。
「防空隊との戦闘は、アレイヴァーグに任せる」
 キーロフを旗艦としたこの艦隊は、ミール共和国領土と龍樹帝国領土の堺に造られた、帝国の要塞施設を破壊する為にやってきた。
「潰すのは基地施設だけで良い。居住地区は全部、陸軍がやってくれる」
 自分達の任務は、帝国の領地を守る壁になっている要塞を崩すだけだ。
 要塞を迂回して住民の住む地域を攻撃し、帝国の国力を削ぐことも可能だが、それでは意味が無い。我々の目的は侵攻の壁となっている要塞を撃破し、陸軍の占領作戦を有利に進めることだ。
 焦土と化した誰も居ない土地を手に入れても、何にもならない。我々が欲しているのは、要塞の後ろにいる住民の「血」なのだから。
「か、艦長!!」
 突如、通信士が悲鳴に似た声を上げた。
「どうした?」
「駆逐隊からの通信が途絶えました!!」
「なんだと?」
 その報告にキーロフを動かす戦隊指令が、難しい顔を見せた。
 確かに国境沿いに造られた要塞を守る防空隊を向こうに回している。相当に手馴れの相手が守っている筈。苦戦は覚悟の上だ。しかし戦闘に入って数分で全滅とは。
 アレイヴァーグ級機動駆逐艦は、かつて龍樹帝国の首都を壊滅に追いやった立役者の一つだ。
 とてもそうとは思えない不甲斐無さに、戦隊指令も訝しげな表情になる。
「敵機、上がってきます!!」
 その報告から幾らもしない内に、六機の迎撃機が目の前に現れた。魔重機クラスの兵器だ。
 随分とずんぐりとした形をしていた。六機が六機とも、肥大したような形状をしている。手や足が見えるので人型を模した機種には間違い無いのだが、随分とスマートさに欠ける機体だ。
「接近させるな!!」
 戦隊指令の声に後押しされるように、両脇の二隻の機動巡洋戦艦が先行していく。
 セヴァストォポリとボルゴグラードが白兵形態への変形の為、弾幕を張り始めた時、敵機も動きを見せ始めた。
 六機が二機ずつのグループに分かれ、それがおもむろに、合体し出したのだ。
 二機が上下に移動し、一方から長い腕が伸び、残りの一方から長い足が伸びる。
 それが上下に組み合わされ、機動巡洋艦クラスの中型兵器が三機現れた。
「何!?」
 六機の魔重機が三機の中型機動艦になった時、こちら側の二隻の機動巡洋戦艦も白兵形態に変形を完了していた。
 ほぼ同質量になった相手同士が、空中でぶつかり合う。
 残った一機が、キーロフに向かってきた。すぐさま迎撃の為、両肩の連装主砲が唸りを上げる。
 しかし相手は、あれだけの肥大した機体が二機組み合わさったとはとても思えないような機敏な動きで、砲撃をかわす。
「おのれ! ちょこまかと!!」
 キーロフが巨腕を振り上げる。しかし砲撃同様、簡単に避けられてしまう。
 陸戦ならまだしも、変形機構を廃してでも格闘戦闘能力を上げたこの重機動戦艦にとっては、機動力がものを言う空戦では分が悪い。
 パワーも装甲も、直接的な攻撃力も此方が上回る筈だ。少し動きが鈍い、只それだけで、こうも遅れを取るものなのか?
 何とか相手の動きに追いすがろうとキーロフの重い図体を動かしていた時、直ぐ隣で起こっていた戦闘が、急激に変化していた。
 爆炎を噴き上げながら、二隻の機動艦が落ちて行く。空から大地へと沈んで行くその物体は、セヴァストォポリとボルゴグラードに違いなかった。
「なんだと!?」
 九隻にも及ぶ機動艦の空中艦隊は、ほんの数分の戦闘で、旗艦であるキーロフ一隻まで数を減らされてしまっていた。
 しかも全ては目の前の、分離と合体を繰り返す、ちょこまかとした奴にだ。
 二隻の機動巡洋戦艦を落とした二機が、集結してきた。
「これで三対一か」
 覚悟を決め、敵機の間に突入をかけようとした時、不意に中央の機から声がした。
「いや、これから一対一になる」
 若い男の声がしたと同時に、三基の中型機が、再び六機に分離した。
 そして新たなフォーメーションを組むと、今度は六機が全て、次々に接合されていく。
 一瞬の後には、目の前に、自機であるキーロフと、ほぼ同じ大きさをした物体が浮かんでいた。
「き、機械神……!?」
「そう、機械神伍號機、双子宮の黄道機、ヴェルフェゴールだ。どうやら相手が悪かったようだな」
 双子宮の黄道機「ヴェルフェゴール」十三機の黄道機の五番目の機だ。
 頭部を含む胸部、太腿を含む腰部、右腕、左腕、右脚、左脚の部位、全六機に分離出来るように設計された機械神。
 レギオンシステムでの無人機の操作を前提とした実験機であり、今見せた様に、非常に多角的な作戦行動を取る事が可能だ。
 だが、いくら自機以外は自動で動いてくれるとは言え、それにも的確な指示が必要だ。 
 しかし黒龍師団の副師団長補を努めるカインレイシュナーは、複雑な操作を必要とするこの機体を何とか乗りこなしていた。
「帝国の象徴である黒き龍の師団の名に懸けて、此処から先は通す訳にはいかない!!!」
 カインに操られたヴェルフェゴールは、腰に装備した白兵用のブレードを引き抜くと、最後に残った大物に向かって飛び出した。





 上空でカインの乗った機械神が、制空権を死守している頃、地上でも激しい戦いの最中だった。
 帝国軍の要塞の前面に設置されたトーチカが、頭の上に乗った大きな砲塔を旋回させている。
 狙いを定めると、唸りを上げて破壊の火炎を叩き出した。戦艦級の大型砲弾が、迫り来る枢機軍の戦車や龍機兵に向けて炸裂する。
 吹き飛ぶ鉄片。舞い散る土砂。だが、それでも枢機軍は進軍を止めない。
 砲弾の着弾と枢機軍の津波のような進軍が、凄まじい揺れをもたらす。まるで微弱な地震が常に起こっているような状態だ。
 大地を揺らすが如き勢いで押し寄せてくる敵の振動に、トーチカが揺れている様に見えた。
 実際にそのトーチカは、地震にみまわれる建物の様に、小刻みに左右に揺れている。
 そしてあろうことか、少しずつ前に進み出そうとしていた。
 要塞の最終防衛線として配備されていた大型戦車ラーテは、接近しすぎた敵を遠ざける為に自分に注意を引きつけるべく、前進を開始した。
 直上に背負った、シャルンホルスト級巡洋戦艦と同じ二八センチ三連装砲塔が、再び火を噴く。
 戦車と言うものは、普通、車体を停止させてからでなければ、発砲してもまず敵に当てる事は期待できない。それは戦艦クラスの射撃装置を積んだラーテでも同じだ。
 だが、今はそんな事を言っている暇は無かった。敵の多く固まっている場所に向かって、とりあえず弾をばらまく。もっとも二八センチもある大型砲弾であるので、盲目射撃をしてもそれなりの威力はあるのだが。





「ラーテが動いたか」
 陸上戦艦「コロンビア」の艦橋から、攻略部隊総司令ヴァ―トン将軍が、動きだした帝国の大型戦車を静観していた。
 ラーテの離れた後方には、残存の帝国の部隊が集結を始めていた。ラーテと要塞の間で、再び陣形を組みなおすつもりの様だ。
「大きな獲物を見せびらかして誘ったつもりのようだが、そうはいかん」
 帝国軍の意図を見抜いた将軍が、自軍に指示を出す。
「こちらも動く。向かって来るラーテは無視しろと伝えろ。ラーテの後ろに隠れた他の地上部隊の撃破が先決だ」
「しかしそれでは先行した部隊が、ラ―テとの間で孤立します!」
 副官の進言に、将軍が肩眉を上げながら答える。
「こちらも動くと言ったろ? コロンビアを動かす。ラーテに攻撃を集中、先行部隊の活路を開け!」
 ヴァ―トン将軍が雄々しく命令を下した時、誰かが悲鳴に似た声を上げた。
「し、し、死神……死神の炎だ」
 艦橋の右舷で監視をしていた士官が、心底怯えたように膝を震わしている。
「死神? 死神の炎?」
 何事かと将軍がその士官の顔の先に目線を向けた時、赤々と一筋の炎が燃え上った。
 炎が大地を薙ぎ払う。
 数瞬の後、焼かれ、切り裂かれた数台の戦車が転がっていた。自軍の戦車ばかりだった。
「……紅蓮の死神」
 気が付くと、口が勝手に言葉を発していた。自分たちにとっては、悪魔と同義語の炎使いの剣士のことを。
「ばかな!? 奴は死んだ筈だ!!」
 破壊神と戦い大破した帝国の黒い重機動戦艦には、その紅蓮の死神を名乗る剣士が乗っていたことは、戦勝情報の一つとして、枢機軍には広く知らされていた。勿論ヴァ―トン将軍も耳にしていた。
「紅蓮の死神は死んだはずだぞ!?」





 いくつもの鉄塊が転がっていた。戦車、装甲車、龍機兵。多分この中のいずれかであったであろう鉄の塊が積み重なっていた。
 まるで鉄の墓標の様になった場所に、一人の剣士が立っていた。頭の上に付いたふさふさとした耳が、少し風に揺れている。ホビットの剣士らしい。背中の真ん中あたりまで届くポニーテイルも一緒に揺れていた。
 鎧を着込んだ身体には大きな剣を背負っていた。自分の背を大きく越えている、反りの付いた巨大な剣。
「死神……紅蓮の死神だ」
「奴は、死んだんじゃなかったのか!?」
「不死身なんだ、本物のバケモノなんだ!!」
 生き残った枢機軍の兵士から、恐怖に満ちた声が聞こえてくる。
 確かに、今まで紅蓮の死神本人を見て生きて帰ってこれた兵士の証言を元に作られた肖像画と同じ顔をした剣士が、そこにいた。
 その名を聞いただけで相手を恐怖のどん底に陥れる、最凶の存在。
「紅蓮の死神は、本当に死神なんだ!!!」





「そう、紅蓮の死神は死んでないのよ」
 リュウナは背に背負った大剣の柄を掴んだ。自分の姉はこの六尺近い剣を腰に差していたが、自分にはそこまで姉の事を真似ることは出来ない。
 剣を引き抜く。だがリュウナの短い腕では当然の事ながら、この状態で鞘から全部引き抜くことは不可能だ。
 リュウナが鞘走りの途中で手を離した。だがそれでも背負った大剣は、勝手に鞘から抜け出ようとしている。
 念動の魔法を使い、手を触れずに抜かれた剣は、宙を回転するように再びリュウナの手に収まった。
「……この世界に生きる数多の精霊達よ……」
 リュウナが小さく呟き始めた。瞳を閉じ呪文の詠唱に集中する。リュウナの周りの空間が揺らめき始めた。強力な呪文を使う時、その触媒となった下級精霊たちが消えることにより、世界を構成する四大精霊の均衡が一瞬崩れる。
「……業火の炎で全てを焼き尽くせ……エングレイブ・オブ・ザ・フレイム!!!」
 呪文の最後の言葉を紡ぎだす。
 リュウナの手首の辺りに光球が発生した。それは強烈な光を発すると炎の形に変じ、手に持つ大剣に燃え移った。
 火の刻印の呪文を纏わせた剣を軽く振り翳すような仕草を見せたと思うと、次の瞬間にはリュウナの姿が消えていた。
 その直後、轟音と共に大きなものが崩れる音が響いた。膝から下を叩き切られた枢機軍の龍機兵が、大地に沈んでいくところだった。
 その手前には、大剣に纏わりついた炎を振り払う少女がいた。
「さすがスピードだけは本物を越えるわね、追い着くだけで精一杯よ」
 小柄な少女の隣りに音もなく、一人の魔法使いが立った。剣士と同族の女だ。少女と比べて非常に背が高い。
 その魔法使いは手の平に雷球を発生させると、脇から近付いてきた龍機兵に向かって投げつけた。軽く投げられた雷の球は、のんびりとした放物線からは想像も出来ないような破壊力を示し、直撃を受けた敵は一瞬にして黒焦げにされた。
「そうそう、俺たちもいるんだから、あんまり一人で無理するなよ」
 剣を持つ少女を中心にして、背の高い魔法使いの反対側に剣士風の男が立った。耳の尖ったエルフ族だ。
 少女の大剣ほどの長さは無いが、かなり幅広の剣を振り上げると、そのまま目にも止まらない程の速度で振り払った。
 音速の切先は大地を切り裂き、そのまま三人の下に接近しようとしていた敵機の脚を切り裂いた。片足を失いもんどりうって倒れる龍機兵の向こうには、更に追加の敵機が続々と集結してくるのが見えた。
「うわぁ、次から次へと沸いて出てくるなぁ。これじゃ何機切っても終りがないよ」
 そう言いながらも、幅広の剣を持った剣士は少しも臆した様子を見せない。
「紅蓮の死神の名は随分と有名だからね。首を取って名を上げ様って輩が多いのよ」
 徐々に囲まれ様としている状況でも、背の高い魔法使いも堂々とした構えを崩さない。
 そうこうしている内に、三人は枢機軍の龍機兵達に囲まれてしまった。生身の者と鋼鉄の鎧を来た機械の巨人。しかも相手は無限に沸いてくるように、ゾロゾロとやって来る。
 正に絶望的な状況だ。いくら身体能力に優れるディフュ―ムの者と言えどもそれは変わらない。
 しかしこんな状況にあっても、三人の戦士はのんびりと龍機兵の大軍を見上げていた。
「あんた、どれだけ切れる?」
「そうですね、俺の方に向かってくる五機はなんとか」
「そう、じゃあ残りはあたしと……」
「ふたりとも、下がってもらえますか?」
 二人の会話を遮るように、背の鞘に剣を収めながら少女が静かに呟いた。
「リュウナ?」
 自分の名前を呼ぶ声に向かって彼女が振り向いた。ニコッと小さく微笑む。
「ティア、下がるわよ」
「え? でもアリシアさん」
「でもじゃない! 消し炭になりたいの!」
 まだ留まろうとするティアの首根っこを掴んで、アリシアが後ろに下がる。
 先程見たリュウナの笑顔。その親友の顔にそっくりな笑顔を見た時、アリシアには彼女の考えが手に取るように解かった。
「あの娘は龍の焔を使うつもりだわ。あんたもリュウナの彼氏をやっているのならそれぐらい直ぐに気が付きなさい!」
 リュウナの背に火の爆ぜる音が小さく響く。そしてそれに続いて空気を焦がす大きな音が聞こえたかと思うと、彼女の身体に巨大な翼が舞い広がった。
 紅黒く燃え上がる焔の翼。
「くぅっ……姉とは違って随分と凄い熱量だわね」
 空気中の水分が一瞬にして蒸発し、辺りがまるで蒸し風呂の様になっている。そしてその蒸気すらも、リュウナの翼から発せられる熱が消し去ってしまった。何時までも彼女の隣りにいては、火傷どころでは済まない。
 リュウナの身体がふわっと浮いた。それに伴い、背の翼がより大きくなった。
 空に滞空した火の翼を背負った少女。その凶々しくも美しい姿に、敵も味方も動きを止め見とれていた。
 彼女の巨大な翼から、火球の線が伸びた。それは火の刃となり、次々と枢機軍の龍機兵の装甲を打ち抜いていく。
「紅蓮の死神は確かに死んではいないわ……でも」
 アリシアが隣りの剣士に目を移す。
「リュウナ……」
 ティアも寂しそうに、そして辛そうに見ていた。
 灼熱の世界と化した戦場の只中で、火の翼を背負った少女が、己の身体を焦がすようにして戦っていた。










 破壊神の力を手に入れた人間達は、ディフュ―ムの世界に本格的に進行を開始していた。
 しかし簡単に思えたその侵略行為は思いのほか捗らなかった。
 破壊神と言う強力な矛を手に入れた筈の人間達だったが、ディフュームが数多く住む地域、中央大陸への侵攻は思う様にいかなかった。
 何故ならば、侵攻の要である筈の破壊神が、上手く動いてくれなかったのである。
 従神器により起動した破壊神は、確かにアリシアの黒き雷光を始めとした機械神を破壊はしたが、一通り動いたあと、再び停止した。それから上手く制御できなくなっていた。
 今までは相手から攻撃を受けたら、その受け多分だけ攻撃を行なっていたが、その反撃行為すらしなくなっていた。攻撃を受けても、結界を張り己の身を守る事しかしなくなった。
 これでは何も意味も無い。折角様々な犠牲の上に建造された従神器が、ただのガラクタとなってしまっている。
 世界中に展開した枢機軍は、破壊神の後ろ盾も得られないまま、当初の予定通り戦い続けた。
 生き残った帝国の機械神達は世界中に散らばり枢機軍と戦っていた。破壊神と戦う為に造られた超兵器達の前では、その破壊神の援護を受けられない枢機軍は、無力に近かった。
 そして枢機軍は徐々に戦力を減らしていった。
 戦力を悪戯に疲弊させた枢機軍は、一端後退を始めた。戦力を再集結させた枢機軍は、再び破壊神の力が得られるようになるまで、戦力の一点集中を図り、自分達にとっての一番の脅威を、まず消滅させることに全力を尽くすようになる。
 自分達の命を減らす最大の現況の排除。
 つまり龍樹帝国本土への侵攻、そして龍の世界樹の破壊である。





 人間達はこの死灰を含んだ大気と水に満たされた世界で生きていける事を可能とした代償に、異常なまでに酸性化した血液により体組織が著しく破壊され、平均寿命を五〇歳を下回る程に低下させていた。
そして年を追う事にその寿命もますます低下する事になり、種としての寿命も、もはや尽き掛けていた。
 人類は死灰に包まれた世界で生きていくことを可能にした。それは裏を返せば死灰が無くては生きていけないと言う事になる。今の状態の人間の身体では、龍の世界樹の力により浄化された水を、己の身体に吸収出来なくなっていたのだ。
 だが人間達は尽き掛けた自分達の寿命を延命させる方法を開発する事に成功する。ディフュームから摘出し生成した血液と、自分達の酸化した血液を交換する事により、寿命を延ばすことを可能としたのだ。これが俗に「血抜き」と呼ばれる行為である。
 だが、これを実行するには、一人の人間を生かす為にディフューム三種族分の血液が必要とされた。
 ディフューム一種族だけでは強烈な拒否反応を出し、血液を交換された者は直ぐに絶命してしまうのだが、三種族の血液を混ぜ合わす事により、その拒否反応を押さえる事が可能なのが発見された。ディフューム三種族ごとの突出した能力がその拒否反応を、上手く押さえ込む事が出来るのであろう。
 そして破壊神の絶対的力を手に入れた人間達は、なりふり構わずディフュームの血を求める筈であった。





 従神器に操られている筈の破壊神は未だにフィーネ砂漠にいた。護衛の艦隊が周りに展開していた。その姿はまるで再び黄道の封印に閉じ込められてしまったかのように見えた。
 その場所から五〇キロメートル程離れた所に、龍樹帝国軍が前線基地を築いていた。前線基地と言っても陸上艦を並べた簡素なものだった。これは直ぐに移動出来る様にする為の処置だ。
 破壊神の迎撃の為に築かれたフロントラインには、二機の機械神が配備されていた。
 機械神八號機、処女宮の黄道機【ワルキューレ】そして機械神十一號機、重射宮の黄道機【ベルゼヴュート】。
 黒龍師団師団長ガルアデュアル自らが、機械神の中でも最も攻撃力の高い己の機体と八號機を従えて、破壊神の動向を見つめていた。










 戦闘は終結した。空から要塞を襲う予定だった空中艦隊は、カインの操るヴェルフェゴールの活躍により、全艦撃破した。最後に残った旗艦であるキーロフとの戦闘によりヴェルフェゴール自体も大破してしまったが、操士のカインは無事だった。
 地上戦闘は、結局最後は起動したラーテとコロンビア級地上戦艦との陸の上での撃ち合いで決した。ラーテは敵艦を大破させることに成功したが、ラーテ自身も移動用のクロウラを破壊され、本当にただのトーチカになってしまった。
 戦場だった場所には雨が降り出していた。戦いで巻き上げられた熱の気流が大気を暖め、雨雲を創りだしていた。
 硝煙の残る戦場の中に、少女が立っていた。ぼぅっと呆けたように、空を見上げていた。
 天空より落ちる雫の中に、羽を生やした少女がいた。彼女の周りは、靄のような白い湯気のみたいなもので覆われていた。
 黒髪を濡らして、薄霧の中で雨にうたれる少女。それはとても美しく幻想的な光景に見えた。
 リュウナは見上げた空が良く見えないでいた。降り注ぐ雨の所為で見えないのかと思ったが、そうじゃないみたいだった。
 自分の瞳そのものが霞んでいるらしかった。龍の焔を使った後は、何時も身体に何処かしら変調が出ていたが、皆には黙っていた。
「……おねえちゃんもこうだったのかな……」
 立ち尽くすリュウナに向かって誰かが歩いてきた。
「リュウナどうしたんだ」
 ティアは上着を脱ぐと、彼女の身体に被せようとした
「風邪ひくぞ」
「うん……ありがとう……でも、もうちょっと待って」
 リュウナはティアの行為を優しく断った。
「わたしの背中の羽、まだ完全に熱さを制御することができないんだ」
 リュウナが空を見上げる。
「おねえちゃんはね、ウォルテ様のために熱いのを押さえ込むことができたんだって」
 振り落ちる雨が彼女の顔を濡らしていく。
「だからわたしもこのウォルテ様の降らしている雨にあたっていれば、おねえちゃんと同じにできるかなと思って」
 リュウナは、ん〜っと伸びをすると、羽をぱたぱたと動かした。
「わたしもいっぱい練習したから、だいぶ熱さを制御できるようになったんだ」
 確かに龍の焔が使え始めた頃のリュウナは、その炎の翼を広げただけで、周りのものを全て焼き尽くす程の高熱を発していた。でも今はこれだけ近付いてもそれほど熱さは感じなくなっていた。ティアは試しに彼女の羽に触れてみた。
「熱ちぃ!!!!!」
「わぁ、だめだよティア君っ、まだ水を沸騰させるだけの熱さは残ってるんだよぉっ」
 ティアはその時になってこの周りの霧状のものは、雨が彼女の羽にたって蒸発したものだということを知った。
 リュウナは焔の翼をたたんだ。彼女の羽を触った時に焼けどをしてしまったらしく、ティアは痛そうに手を振っていた。
「リュウナ、そんなに無理しなくても良いんだぞ」
 少し痛みの治まったティアが、彼女の肩に自分の上着をかけながら、優しく声をかけた。
「お前は兵士達を鼓舞する為に紅蓮の死神を演じているだけで良いんだから」
「……うん」
 力の抜けた様な返事のリュウナ。
「疲れたか? おんぶしていってやろうか?」
「うん……だいじょうぶ」
「はいはい、ごちそうさま」
 気が付くと、真っ黒のアンブレラを差したアリシアが二人の下に歩いてきていた。
「随分と酷くやられたけど、枢機軍の方もかなり戦力を減らしたわ。この要塞を攻める力を再び整えるまでには、少なくとも二週間はかかるわね。良くやったわ。あんたのおかげね」
 ぽんっとリュウナの頭の上にアリシアが手を置いた。
「しばらくはカインひとりになっても大丈夫ね、この要塞も」
 もう一本持ってきたアンブレラをティアに渡しながら続ける。
「どういうことですか?」
 その言葉を聞いて、頭の上に手を置かれたままのリュウナが、アリシアの方を見上げた。
「リュウナ、あたしらにはちょっと出かける用事が出来たわ。行き先は魔導教会」
「?」
「ニルヴァ―ナがもう直ぐ完成するのよ」





 要塞内の公室。ここはアリシアにあてがわれた部屋だ。
 自分の専用機が修理中のアリシアは、姉の代わりに紅蓮の死神を名乗ることになったリュウナと、ティアを連れて遊撃任務に就いていた。雷帝と紅蓮の死神の現れた戦場は、味方の士気は上がり、敵は恐怖のどん底に落ちた。
 今日はこのカインとヴェルフェゴールが守る要塞の支援に来ていた。
 アリシアは軍では大佐という階級にあるので、あてがわれた部屋も一人で生活するには無駄が多いほど広かった。
 大きな部屋に置かれた大きな机に向かってアリシアが黙々と作業していた。座る椅子も非常に大きかった。細身の者なら二人ぐらい座れそうである。
 羽ペンを走らせ、報告書らしきものを書いている。明日にはもうこの要塞を離れ、魔導教会に発つことになっているので、その引継ぎ用の事務処理をしていた。
 机に向かうアリシアの向こうには、同族の女の子がひとり座っていた。
 応接用の大きなソファーの一つに腰掛け、こちらも羽ペンを走らせていた。書いているものはアリシアとは違い、細い紙の札だ。それに複雑な紋様を書き込んでいる。
「……ん?」
 報告書作成に一段落付いたアリシアが現在時刻を知ろうと顔を上げた。壁に寄り添うように置かれたぜんまい仕掛けの時計は、既に日付が変わる時刻を指していた。
「もうこんな時間か」
 アリシアの呟きに誘われて、リュウナも目線を時計に向けた。
「あ、そうですね、もうこんな時間」
「あんたはもう寝た方が良いんじゃない?」
「あ、はい、そうですね……アリシアさんは?」
「あたしはもうちょっとかかるから」
 少し目の下にクマが出来かかっているアリシアが、眠そうな声で言う。
「わたしだけ寝ちゃうのも、なんか悪いような」
「明日からは船旅になるわ。あたしはなれてるけど、あんたはそうでもないでしょ? 休める時に休むのも仕事の内よ」
「でも……」
「なに? 眠くないの? なんならこの雷帝様が直々に睡眠の呪文をかけてあげましょうか?」
 そう言いながら、アリシアが人差し指を立てる。魔力を使ったのか、指先にパリっと小さく電光が光った。
「わ、わわっ、いいですっ、寝ますっ」
 リュウナが珍しく慌てるような仕草を見せて、テーブルやソファーの上に転がった呪符などの私物を大急ぎでかき集めると、傍らに置いてあったポーチに収めた。世界最強の魔法使い「雷帝アリシアラウリ」の強制睡眠の呪文なんか食らったら、最低一週間は目が覚めないことだろう。
 魔法使いとして本能的に恐怖を感じたリュウナが、普段のおっとりした性格からは想像も出来ないくらいの素早さで、ドアから出ていく。
「それじゃおやすみなさいアリシア先生」
「先生はやめなさいって言ってるでしょ」
「はーい♪」
 ぱたんとドアが閉まると、再び部屋の中が静かになる。
 アリシアは少し一息入れようと、部屋の隅に置かれたチェストの上のコーヒーポットの所まで向かった。
 すっかり冷え切ってしまったコーヒーをカップに注ぐ。砂色の液体がカップに埋まっていく。冷めても良いようにと、ミルクも砂糖も入れられた状態で給仕の者に作ってもらっていた。甘めが好みのアリシアの趣向に合わせて、砂糖は大目だ。
「……?」
 乾いた喉をコーヒーで潤していると、リュウナの座っていた辺りのソファーの上に、小さい紙片が一つ落ちているのが見えた。
 カップを持ったままのアリシアは、ソファーまで近付くとその紙片を拾い上げた。
 これはリュウナが先ほどまでここで作っていた呪符魔法用の護符だ。
 紋様も正確に書き込んであり、魔力の充填も終わっている。ちゃんと完成させれたものだ。
 その護符を見てアリシアが、やれやれと言った表情になる。
「こんな大事なものを落として行くなんて、のんびりって言うかおっちょこちょいって言うか」
 そのおっちょこちょいと言う単語を出した時、失った自分の親友の姿が一瞬頭に浮かんだ。白い一角獣ではない、背の高い自分の同族の方。
「本当、どっか抜けてておっちょこちょいなとこは、姉妹そっくりね」
 アリシアは飲み終わったカップを再びチェストの上に置くと、リュウナの護符を持ったまま、部屋を出て行った。





「ほんと、あの娘ったら毎日毎日こんな時間になるまで、なんであたしの部屋にいるのかしらね」
 リュウナはほぼ毎日のように、夜遅くまでアリシアの部屋で過ごしていた。彼女の部屋にいない日は、ティアの部屋にいるらしかった。つまりリュウナは、毎日就寝の直前まで誰かと接していることになる。
 アリシアが忘れ物を届けようとリュウナの部屋の前に立った時、部屋の中から微かに声が洩れているのを聞いた。そしてそれは啜り泣きのように聞こえた。
「?」
 先程までリュウナは何時もと変わらない笑顔をアリシアに見せていた。それが突然泣き出しているとは、どうにも考え難い。
 不思議がるアリシアがドアノブに手をかけると、無用心にも鍵がかかっていなかった。
 音も無くドアを開く。黒龍師団では無音のままドアを開く技術も習うので、これぐらいは雑作も無い。
 中には確かにリュウナがいた。寝巻きに着替えもせず、此方に背を向けた格好で椅子に座っている。
 力無く座った彼女の肩は、小さく小刻みに揺れていた。アリシアが近付くと、確かにすすり泣く声がはっきりと聞き取れるようになった。
「どうしたのリュウナ?」
 極力優しく、相手の肩にアリシアが手を添えた。彼女自身こう言うことをしたためしが殆ど無いので、力加減が良く解からない。
 リュウナは始め肩を抱かれた瞬間大きく身体を震わせたが、その驚きの仕草も一瞬で消え失せ、またうなだれた様に静かになった。
 そしてまた沈黙。
 いきなり後ろから肩に手を置かれても振り向きもしないリュウナに対して、流石にアリシアも心配になってしまった。
「……リュウナ?」
 もう一度、彼女の名前を呼ぶ。
 そして、リュウナもようやくアリシアに向かって顔を向けた。
 振り向いたその顔は、ボロボロに泣き崩れていた。滝のような涙。まさにそんな状態だった。
「アリシア……さん……」
「どうしたのリュウナ? さっきまであんなに元気にしてたのに?」
 その言葉を聞いてリュウナが更に沈んだ表情になる。
「……大好きなおねえちゃんが、突然いなくなったんですよ……本当は一日中泣いて泣いて、全てを忘れるぐらい泣いていたいぐらいなんです……でもそんなのいけないから、いつもは一生懸命我慢しているんです」
 大きな瞳を小さい拳でごしごし擦る。でもその程度では止まらない程、次から次へと溢れ出てくる。
「……でも一人になると我慢できなくなっちゃって……こんなにいっぱい涙が出ちゃって」
 大粒の涙を流す同族の少女を見て、アリシアは全てを悟った。
 彼女が眠くなる直前まで他人の部屋にいたがる理由。
 それは他人と接していることにより自分の緊張感を高め、涙を零す事を抑制していたのだ。
「このことはティアの奴は知ってるの?」
 アリシアの言葉にリュウナは首を横に振った。「他人を心配させるくらいなら、全部を自分で背負い込んで、自分だけ我慢すれば良い」この娘の性格だから初めからそうだろうと思っていたが、本当どこまでも姉にそっくりな性格の妹だ。
 アリシアは、肩に添えていた手で今度はリュウナの手を掴むと、相手を半ば強引に立ち上がらせた。
「……アリシアさん?」
「ちょっと来なさい」
「……はい」
 泣いていた最中で頭の中が少し空白になっていたリュウナは、特に意識もせずアリシアの言葉に従った。
 アリシアはリュウナを連れ立って部屋を出た。
 泣き続ける少女の手を強引に引いて歩く気難しさが有名な帝国の士官。端から観れば、まるでアリシアがリュウナのことをいじめている様にも見えてしまうが、当の本人は一向に介した気は無いようだ。そう思いたければそう思えと言う腹積もりだ。
 二人は再びアリシアの公室に戻ってきた。
「そこに座りなさい」
 アリシアが先程まで自分が座って作業していた椅子を指し示す。
「あ、はい」素直に指示に従うリュウナ。
「ほら、狭いんだから端にちょっとよけなさいよ」
「あ、は、はい」
 アリシアの良く解からない台詞に、大きな椅子の真ん中にちょこんと座っていたリュウナは、左の肘掛に身体をくっ付けるようにして移動した。
「はいはい、隣りごめんよぉ」
 リュウナが避けて空いた空間に、無理矢理お尻を押し込めるようにしてアリシアも一緒に座った。無駄に大きく作られた椅子は、本当に細身の女二人を同時に座らせてしまった。
「あ、アリシアさん!?」
 驚くリュウナを余所に、アリシアは用紙を取り出すと、再び報告書の作成に戻った。
 自分の身体に密着するようにリュウナが同じ椅子に座っている事などまるで気にならないかの様に、アリシアが羽ペンを滑らせていく。
 そのままの状態で少し時間が過ぎた。
 リュウナは、身体を添えているアリシアの胸の鼓動を聞いていた。どくんどくんと規則正しく波打つ、生きている証。
 しばらくするとリュウナはたまらなくなって、そっとアリシアの左腕に手を添えた。
「腕は絡ませないで。仕事の邪魔よ」
 その台詞を聞いて、少し怯えるようにリュウナが手を離した。
「でも、それ以外は何しても良いわよ」
 振り向きもしないでアリシアが続ける。
「例えば、あたしの身体に抱きついて、顔を埋めながら泣いても良いわよ」
「アリシアさん……」
「あたしは別にあんたに抱きつかれたまま泣かれたって仕事に差し支える事はないわ。だから悲しくて泣きたい時はいつでもそこに座って泣きなさい」
「……」
 リュウナはアリシアの身体に手を回すと、言われた通り彼女の背に顔を埋めた。リュウナの止め処も無く溢れる涙がアリシアの服を濡らしていく。
 アリシアは自分の背がびしょびしょに濡れていくのを感じた。
「こういう時、あんたの姉さんはどうしてくれた?」
 今のリュウナには少し酷な質問かと思ったが、アリシアはあえて口にした。
「……フェイク・ラグナレクの置かれていた要塞の戦いの時、わたしは目の前で妖精の一人が死んでいくところを見ました……守りきれなかった命が死んでいくところを」
 その場にはアリシアもいた。妖精を乗せた爆装機の爆発。その中心にいた空母、そして黒き雷光。
「わたしはその時、自分の生きている価値を見出せなくなって、泣きました……泣いて泣いて自分の心が壊れるほど泣きました」
 止まらない涙をアリシアの背で拭いながらリュウナが続ける。
「その時おねえちゃんは、泣きじゃくるわたしにキスをくれました……姉の口付けがわたしの胸の中にドキドキをくれて、その力が悲しみを和らげてくれました……」
 アリシアはその言葉を聞いて、近親相姦とか同性愛とか普通の者なら不謹慎と思うようなことを、まったく感じなかった。
 本当に妹のことを大切に想う姉と、そんな姉が大好きな素直な妹の、普通の姿だと思った。
「あたしも今のあなたに同じことをしてあげても良いけど、どうする?」
 アリシアの言葉に、リュウナは再び首を横に振った。
「わたしあれから強くなりました。世界で一番強い紅蓮の死神の妹なんですもの、いつまでも弱いままじゃダメだと思ったから……だから今はこうして姉を失った悲しみにも、夜に一人で泣き疲れるまで泣くだけで我慢できるようになりました……だから」
 相手の身体に回した手の力を少し強めた。
「こうしてアリシアさんの側にいさせてもらうだけで、今は大丈夫です」
「そう……」
 アリシアは自分の背中が水を被ったほどに酷く濡れているのを感じていた。でもその濡れた冷たさは、妙に心地よく感じた。










「イスラフェル、お久しぶりね」
 魔導教会に付いた三人は真っ直ぐ中央塔を目指していた。そして中央塔の手前に立っている自分の愛機に、リュウナは久しぶりに再会した。
 完全に修理されたイスラフェルは、魔導教会の守護龍機兵としてまた再び自分の職務に戻っていた。操士であるリュウナが乗り込まなければ置物と変わり無い存在ではあるが、それでも教会で暮らすもの達に与える影響は大きい。
「ちょっと上がらせてもらうね」
 リュウナはイスラフェルの右腕のでっぱりの辺りに跳び乗ると、其処を足場にして一気に肩口まで跳び上がった。
「……イスラフェル、これからもこの魔導教会とここにいるみんなを守ってあげてね」
 頬の辺りの装甲を服の袖口で少し拭うと、綺麗にした辺りにそっと唇を添えた。
 イスラフェルが恥ずかしそうに、顔部を少し下に向けたように見えた。重みで可動部が勝手に動いただけかも知れないが、リュウナにはそう見えた。
「えへ、いきなりごめんネ、わたしも恥ずかしくなってきちゃっタ」
 リュウナも照れた仕草を見せると愛機に笑顔を残して、イスラフェルの身体を降りた。そして待たせていた二人に合流すると、中央塔の中に入っていった。





 今日は魔導教会そのものには用は無かった。三人とも中央塔の一階の回廊を抜けるとそのまま教会の裏に出た。
 教会裏手の広大な敷地には、船を建造する乾ドックのようなものが造られていた。
 七〇〇メートル×二〇〇メートル程の面積が、五〇メートル程下に向かってくり抜かれ、そこがドック施設として整備されていた。
 そしてその中に鎮座する巨大な物体。全長六〇〇メートル、最大幅九十一メートル。最大重量は五十万トンあると言う。その余りにも大きな物体を艦と呼んで良いのだろうか?
 劫火砲艦ニルヴァ―ナ。そう呼ばれる物体だった。
 黒き龍焔と同じ甲型劫火砲を一門積み、擬似龍焔炉を以って起動する巨大兵器。
 元々このニルヴァ―ナは、破壊神との決戦の為に造られた黄道機の予備兵力となる存在だった。
 帝国軍でも龍焔炉を擬似的に模した動力炉の研究はもちろん進められていた。リュウガとリュウナ、そして「ZERO」と言う生まれながらにして龍の焔を操れる力を持った者の力を借りずとも、甲型劫火砲級の破壊兵器を稼動させられる力を用意しておく必要はあった。彼女達を失ってしまった時の、もしもの為に。
 ニルヴァ―ナ自体はその巨体の為、黄道機に比べて建造が遅れた。予定では破壊神の復活の直前までには、竣工できることになっていた。だが八番目の柱の損壊の早まりの所為で、破壊神との決戦には間に合わなかった。
「随分と静かだなぁ?」
 広大な作業現場を見渡してティアが呟く。
「軍艦の建造ドックって言ったら、もっとこう、ガーンガーンとかガツンガツンとかでっかい音がしているもんだと思ったけど」
「それは基礎工事の時の話でしょ? 今は内部工事がほとんどなんだから、何時までも大きな音は出ないわよ」
「へ〜そうなんスか」
「それにティア、あたしはあんたまで来いって言った覚えはないわよ」
「俺はリュウナのことを守るって決めましたから、こいつが行くところならどこへでも着いていきますよ」
「女子トイレでも?」
「もちろん! そん時は女装して入ってやりますよ!!」
 アリシアとティアが不毛な会話を続けている隣りでリュウナが空を見上げていた。
 六基のエンジンを付けた大型機がのんびりと飛んでいた。龍樹帝国軍の大型戦略輸送機富嶽が上空警戒の為、ゆっくりと旋回していた。
 確かに静かだ。富嶽の飛ぶ低い音しか聞こえない。耳をすませば鳥の囀りすら聞こえて来るほどののどかさだった。
 リュウナは背に負った大剣を鞘ごと外すと手に持った。自分の身長を大きく超える剣と、目の前に見える巨艦を見比べた。
「この艦もニルヴァーナって言うんですね……おねえちゃんのこの剣と、同じ名前」





 ニルヴァーナの中に入り、アリシアはとりあえずこの場を取り仕切る責任者のところに向かう事にした。今現在この劫火砲艦がどこまで完成しているのか、自分の目で知りたかったからだ。
 そしてティアの扱いもあるからだ。彼は軍属でもなければ魔導教会に属する者でもない。言うなれば義勇兵と言う扱いなのだろうが、このニルヴァーナの中を歩くには少なからず問題が出る。その為ティアを何らかの立場の者として登録する必要があった。 
 アリシアはティアを連れてさっさと行ってしまった。
残されたリュウナはとりあえず艦内を歩き、この劫火砲艦の中心とも言える部屋に着いていた。
それは艦内とはいえないほどの広大な空間だった。二〇立方メートルはありそうな空間に、機械をいっぱいに詰め込んだ部屋。
その中心に一対の巨大な翼があった。機械に埋め込まれるようにしてその場にある翼はこの部屋いっぱいの翼長があった。
その機械仕掛けの翼は「ZERO」の中に設けられた、インフェルノゲートを摸倣したものだった。翼の付け根に当たる部分には、操士席が設けられている。
この巨大な劫火砲艦に搭載された疑似龍焔炉は、その紛い物の炉と同じだけの巨大な制御器によって稼動する筈だったが、もしもの時の為にこの様に焔珠を背に宿した者の力でも制御できるようになっていた。
「……」
「ZERO」の中で本物のインフェルノゲートを何度か見たことのあるリュウナは、その巨大な鋼鉄の翼を考え深げに見上げていた。
「リュウナ! リュウナぁ!!」
 しばしぼぅっとフェイク・インフェルノゲートを見ていた彼女は、後ろから誰かに呼ばれた。
 振り向いてみる。誰もいなかった。リュウナの頭の上に「?」の字が飛び出る。
「下よ! 下!!」
 言われた通り下を見ると、三〇センチぐらいの小さい人形のような女の子が、ぶんぶんと手を振っていた。背中に四枚の羽が生えている。
「シルフィ!」
 シルフィは嬉しそうに飛び上がると、リュウナの差し出した手の平の上にちょこんと腰掛けた。
「元気そうでよかった。お手伝いの方、だいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶ。みんな優しいし、わたしも元気にやってるよ」
 リュウナが姉の代わりに紅蓮の死神となって戦場に行くと決意した時、シルフィもまた自分のやるべきことを見つけた。
 龍樹帝国と魔導教会の総力を合わせて造った劫火砲艦に搭載されている龍焔炉にも、爆装機の技術はやはり利用されていた。そしてその技術を使う為には、どうしても妖精たちの協力は必要だった。
 リュウナと別れたシルフィは、自分を必要としている魔導教会に、こうして再び戻ってきたのだった。
「ごめんねシルフィ、こんな役を押し付けちゃって」
 フェイク・ラグナレクの置かれていた要塞での戦いの時に見た光景を、リュウナには忘れる事が出来なかった。
 死ぬ為に生まれてきた悲しき存在。彼女達に再びそんな惨いことをさせたくは無いと思うのは当然だった。
「だいじょうぶだよ。それに」
 シルフィはそこで茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。
「みんなもおんなじ気持ちだよ、ね!」
「うん!」
 壁の隅の方から声がした。リュウナが声のしたほうに顔を向けると、シルフィと同じ妖精の女の子が三人、こっちに向かって飛んできた。
「みんな!? どうして!?」
 リュウナが驚くのも無理は無い。副長とティアと自分の三人で故郷に送っていった妖精の女の子たちがそこに全員いたからだ。
「……みんな、どうして?」
「私たちも、生まれた森に帰ったあといっぱい考えたんだ」
 三人の妖精の内、最後までシルフィと共にいたエリナが答える。
「こんなちいさい私たちにも、なにかできることがあるんじゃないかって。だって血眼になって人間たちは私たちのことを探していたんだもん。その力は多分、私たちを守る力にもできるんじゃないかって。みんなを破壊神から守る力があるんじゃないかって。そう思ったら、いてもたっていられなくなって、気がついたらリュウナの作ってくれた転移の宝珠でシルフィのところまで跳んできちゃってた」
 エリナの言葉に他の二人の妖精も頷く。三人とも同じ想いだった。
「じゃ、じゃあなんでわたしのところに来なかったの?」
「だってリュウナのところに行ったら、悪いと思ったから。せっかく故郷の森に帰してもらったのに、こんな勝手なことをしちゃって悪いと思ったから」
 その言葉を聞いた時、リュウナは俯くように顔を下に向けた。そしてそのまま静かになってしまった。
 しばらく沈黙が続き、流石にシルフィたちが心配になって下に向いた顔を覗こうとした時、小さい嗚咽が聞こえて来た。
「……ごめんね……ごめんね……」
「リュウナ……」
「みんな、生まれた時から残酷な力を持たされていたって言うのに……それでもその力をみんなのために使おうとしているんだなんて……」
 シルフィはリュウナの背中まで飛んでいくと、彼女の背に生まれながらに収まっている焔珠のあたりを、ぽんぽんっとたたいた。
「生まれた時から残酷な力を持ってきたっていうのはリュウナだってそうでしょ? がんばっているのはリュウナだっておんなじだよ。だからごめんねだなんて言わないで」
 リュウナが顔を上げると妖精たちは、いっぱいの笑顔で見つめていた。すごくキラキラとした瞳の笑顔で。
「みんな……」
「わたちたちも自分にできることを精一杯がんばるから、リュウナもがんばって」
「うん……がんばる」





 リュウナはシルフィたちと別れた後、インフェルノゲートの間の手前に位置する部屋に入った。ここがニルヴァーナの艦橋になっていた。
 開け放たれたままの艦橋後部のドアから中に入ると、見慣れた赤毛のホビットの後姿が目に入った。
「あれ? アリシアさん?」
 後ろから呼ばれてアリシアが振り向いた。
「あれ、じゃないわよ。あんたの方が先に艦橋に来ている筈なのにどうしたのよ? でかすぎて道に迷った?」
「はい、すいません。それもありますけど、友達と話していたら遅くなっちゃいました」リュウナが、ぺこっと頭を下げる。
「まぁいいわ」
「ティア君は?」
「あんたの彼氏なら、まだ登録に時間がかかるみたいなんで置いてきたわ」
 アリシアはそれだけ言うとまた前に振り向いた。アリシアが姿勢を戻した先には誰かが立っていた。その誰かと先程まで話をしていたらしい。そこには分厚いローブに身を包んだ、他のディフュームからは相当印象がかけ離れた者がいた。
「フィフス様!?」その正体にリュウナもすぐに気付いた。
 龍樹帝国皇帝本人がそこにいた。
「フィフス様までなんでここに?」
『君達と同じ理由だよ。完成間直のこの劫火砲艦を見に来たのだ』
 リュウナの質問に、フィフスが優しげに答えた。
「で、話の続きなんだけれども、陛下、あんたハイカグラっていう名前、聞いたことない?」
 アリシアが再び会話を戻す。
 帝国の頂点に立つ者に対して随分とぞんざいな口の聞き方だが、当の皇帝本人も一向に会した様子も見せなかった。
「千年も生きてきたんだから、少しは知ってるんじゃないの?」
『お前はどこでその名を知った?』
「古い魔導書の中の歴史の中に少しだけ書いてあったわ。たぶんここにいるリュウナみたいな高位魔導士にも読めないぐらいの古い本。あたしか教皇にしか読めないような奴よ」
 アリシアのその言葉を聞いて全てを理解したように、皇帝が口を開いた。
『お前が言うように私は千年もの時間を生きてきた。その間、破壊神を倒す方法についてはあらゆる手段を尽くして調べた。人間達の世界にも、破壊神との対抗手段は残されていた筈なんだ。それは禁断の動力炉とも違う、あらゆる物を叩き切る負の大剣とも違う、とても平和的な対抗手段が』
 皇帝が話を続ける。
『話そう。破壊神が生まれた訳を』


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