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第二十九話 残酷な神の下に


 既に其処にはユピテルと呼ばれる星は無かった。
「なんだあれは!?」
 今まで其処に存在していた水素で出来た星は無くなっていた。
 代わりに、其処に本来いるべき存在に対して、あまりにも小さいものがいた。





「目標が僅かずつではありますが、移動しています」
「どこへだ!?」
「今、計算結果が出ます」
「目標の移動速度、移動進路、加速力を合わせた結果、最終到達地点は、地球です! 予想到達時間は二六五日後!」
「地球だと!?」
「帰趨本能……あれが生まれる時に取り込まれた、人間達の帰趨本能がそうさせているのでしょう」
「核弾頭弾をできるだけ用意しろ! あんなものが地球に降りたら大変なことになるぞ!!」





 漆黒の空間に、閃光が煌いた。
 強力な荷電粒子に焼かれた外装甲が、大きく捲りあがる。
 爆発の続く星の海で、数多くの宇宙戦艦達が入り乱れ、激しい戦闘を行っていた。
「……二十七番艦沈みます!!」
 火星周回軌道の外周に群がる小惑星帯。ここを突き抜ければ、目的地は直ぐそこだ。
「あと少しの辛抱だ! もう少し持たせろ!!」
 星の海に浮かぶ岩礁地帯を、宇宙戦艦達がすり抜けていく。
 避けきれなかった小さな岩塊が船体にぶち当たり、砲座や各種センサー等が潰れていくが、そんな事には構っていられない。
「……抜けた!!」
 先頭の艦が遂に、小惑星帯を抜けた。後ろに続く艦も、続々と岩塊の帯から飛び出して行く。そしてユピテル表面を被う分厚い雲に次々と突入してゆく。
 水素で出来た雲海にそれはいた。直径は一〇〇キロを越えているのだろうか?
 超大型加粒子砲は、ユピテルを被う重水素を盛大に吸い込み、己の腹を満たす最中だった。
 あの巨大な腹を満足させる為には、一体どれだけの量が必要なのだろう?





 各国間の緊張を緩和する為の外宇宙進行計画だった。
 もし、外宇宙から攻めて来た侵攻艦隊が、実は人類が用意したものだとしたら……?
 これだけ多種多様に分かれた人類。『宇宙から異星人達が地球に攻めてくる』このような絶対的な共通の脅威が来ない限り、人間達は種族を越えて分かり合う事は出来ない。
 人類はここに至ってようやくひとつにまとまったかに見えた。人類は外宇宙に進行していけるだけの科学力を手にしていた。
 これだけの技術を純粋に戦闘兵器の開発に向ければ、この銀河系そのものを破壊しかねないものまで造りかねなかった。
 ユピテル星域のある国家の一つが、査察団の入国や武装船舶の入港に厳しい規制をしき始めた。自らを守る為の行為であるが、歴史は、ほんの些細な事から綻ぶ。
 それが全ての始まりだった。





 水素の雲海に浮かぶ要塞衛星の中央部砲口が、脈動しはじめた。
「要塞中央部に高エネルギー反応確認! 来ます!」
 要塞が、物凄い光の束を放った。強力な主砲が艦隊をなぎはらって行く。前衛の宇宙駆逐艦郡が閃光の中に消えた。
「怯むな! 戦艦隊の『M_B_M』の射出が完了すれば全てが終わる! それまでなんとか持ち堪えろ!」
 連射される要塞砲が遂に一隻の戦艦を捉えた。物凄い爆発の煽りを受けて他の戦艦郡が体制を崩す。
 だが、その戦艦の轟沈の影響は、それだけではすまなかった。
 バラバラに砕けた戦艦の拡散して行く筈の爆炎が、突如として物凄い勢いで収縮を始めた。代わりに黒い球体がその爆炎を飲み込みながら膨張した。
「全艦高速回避! 誘爆に飲み込まれるぞ!」
 艦隊指令の下命が届く前に、全艦艇とも機動スラスターを全開で吹かし、膨らみ続ける黒球から逃れるのに必死だった。
 だが、何隻かの艦艇が逃げ切れず、膨張を続ける黒い球に、飲み込まれ始めた。
 黒球と成り果てた戦艦を今まで守っていた護衛艦艇達が、主の変わり果てた姿に飲み込まれ始めた。金属のひしゃげる音を発しながら、黒球表面に取り込まれて行く艦艇達。
 宇宙戦艦を動かすメインエンジンには、強大な出力を吐き出す動力炉、縮退炉が積まれている。
 その炉を動かす基礎理論、マイクロブラックホール力学。光さえも飲み込む絶対空間。
 この驚異的パワーを純粋な破壊力としてのみ特化させた武装兵器が、M-B-M、マイクロ・ブラックホール・ミサイル。それがこの黒球を作り出した正体だ。
 誘爆した「MBM」は、己の内包する力の続く限り膨張を続け、辺りのものを全て己の中に全て引きずり込んでいく。
 その間も、要塞衛星の執拗な攻撃は続いた。何しろ相手の力の供給源はユピテルを覆う大気、重水素だ。その内容量はほぼ無尽量。ここまで究極的に特化した専守防衛兵器は他に類を見ない。
 加粒子砲激しい攻撃の中、遂に艦隊が要塞衛星の目前に到達した。
「全艦『MBM』発射用意!! これで全てを終わらせる!!!」





 太陽系内において続いていた国家間の争いが、ユピテルその物を突然変異させてしまった。
 ある国がユピテルの重水素その物をエネルギーに使う巨大加粒子砲を建造しだした。もちろん実際にそれを使うつもりはなかったらしい。こんなものをフルパワーで打ち出せば太陽系そのものを破壊することも可能だろう。
 だが、只の抑止力のだけで造ったしろものでも、国家間の緊張を高めるには充分な力を持つ。直接的なの軍事力は低いが国力の高い国は、そのような高い戦闘力を誇る国を危険国家と非難し、敵対国に仕向けるのを得意とする国もある。
 様々な政治的思惑に翻弄され、結局は加粒子砲を持つ国に対しての連合軍が組織されることになった。
 星の海の中で巨大な戦艦が入り乱れた。ヘルファイアカノンを撃ち合う激しい艦隊戦。そしてその最終局面に於いて、強力なブラックホール兵器が加粒子砲に打ち込まれた。全ては黒球の中に飲み込まれ、何もかも消え去る筈だった。
 だが、歯車は狂い始めた。
 巨大加粒子砲に溜め込まれていた強大なエネルギーがブラックホールエネルギーを加速度的に増幅し、ユピテルその物を飲み込んでしまったのだ。
 そしてその巨大なエネルギーが押し込められたその場には一つの物体が残っていた。
「破壊神」
 後の歴史にそう刻まれる、偶然が生み出した恐るべき破壊兵器。
 破壊神は内部に取り込んだ人間達の帰趨本能に従い、地球に向かい始めた。九ヶ月近い旅路の末、エンドベルは母なる青い星に付いた。そして中央大陸のほぼ中心の地に、降り立った。
 地上に降臨した破壊神は、なにをするでもなく、只其処に立ち尽くすだけであった。だが、地上が傷つけられるのはそれだけで充分だった。
 破壊神がその身から発し続ける高エネルギーは、地球の地軸を狂わし、大陸のプレートを引き裂き、バンアレン帯を切り裂いた。引き裂かれた大陸のプレートが乱れ動き、地上の都市は瞬時に壊滅した。
 その身から発せられる膨大な熱量が大気を大きくかき混ぜ始めた。北極や南極の氷は全て溶け出し、世界中にばら撒かれた。それに加え、地軸が狂った事により自転周期がずれ、それに伴い空気の流れが激しくなり、地球規模で何ヶ月も暴風雨が起こった。数多くの都市が薙ぎ倒され、水の底に沈んだ。
 そしてエンドベルの身体から熱と共に撒き散らされた放射能。破壊神の身体を構成する重水素が押し固められ核融合反応を起こし、それでも吸収しきれなかった放射能が放熱と共に排出されていた。
 バンアレン帯を失った事により、オゾン層や磁気圏が破壊され、盾を失った地上は有害な宇宙線や紫外線が直接降り注ぐ事になり、地球は瞬く間に死の星と化した。
 この事により大地は放射能や宇宙線の荒れ狂う地獄と化し、地球そのものが特一級危険区域になってしまった。あらゆる生物は皮膚組織に異常を発し始め、その寿命を著しく縮めた。絶滅した生物も、もの凄い数に昇った。
 破壊神の起こした天変地異により、この星はもはや生き物の住める星では無くなっていた。生き残った人間達は、空を越え星の海に逃げるか、地下都市に隠れるしか無かった。





 人間達は破壊神を倒す為、対抗兵器を建造する事になる。
 開発中の龍焔炉を搭載した巨大人型兵器をぶつけ、破壊神が力を弱めた処で、破壊神の力を吸収、高次空間に吹き飛ばす拘束装置を破壊神の周りに配置し、完全に動きを止める。
 外宇宙進行用巨大宇宙戦艦「ドレットノート」を、急遽この破壊神討伐の拠点に転用し、その巨大な内部工場で決戦機、拘束装置の建造が始まる。
 決戦機には「自由を創る曲【パラフレイズ】」と名付けられ、拘束装置には「黄道十二宮【ゾディアック】」と名付けられた。パラフレイズは元々惑星開発クラスの大規模作業機械の試作機であったらしく、ゾディアックの方は空間跳躍機構の粒子実験機であったらしい。





 後の歴史に「終末大戦」と記される、激しい戦いが始まった。
 ドレットノートから伸ばされた、何本もの制御コードを背中に接続させたパラフレイズが、破壊神とぶつかった。当時の技術でも龍焔炉自体は小型の物を造れたが、制御機構だけは決戦機に内蔵出来るほどの小さい物が作れず、ドレッドノート搭載の大型電脳が直接動かしていた。
 ユピテルのエネルギーを全て取り込んだ破壊神の力と、真空からその強大なエネルギーを強引に取り出す龍焔炉の力の激突は、凄まじい被害を大地にもたらし、地上は更に破壊される事になる。フィーネ砂漠等の巨大なクレーターはその時に出来た物だ。
 激しい戦いの中、決戦機の猛攻により破壊神の力が一瞬緩んだ。その隙にゾディアックがエンドベルの周りに展開し封印を完成させた。だが、パラフレイズは破壊神が最後に薙ぎ払った灼熱の手刀によって、龍焔炉を内臓した首を飛ばされ、倒れた。
 そしてようやく大地に平和が戻ってきた。平和と言うには余りにも酷いありさまであったが。
 封印されたエンドベルは、ゾディアックの力によりその巨大な力を削がれて行く。物理的には何千何万と時間を掛ければ、この強大な力を持つ破壊神も最後には完全に消滅するはずである。
 だが、その柱にも寿命がある。柱の耐久年数は千年と計算された。
 そして封印の解ける千年後、力を減少させた破壊神を今度こそ完全に消滅させる為、強大な力で守られた身体を破壊出来る武器が作られる事になった。
 当時、非常に特殊な金属が開発されていた。触れただけで全てのエネルギーを分解消滅させてしまうと言う金属。それはこの世の物理法則から随分とかけ離れた単一の結晶で造られた金属だった。
 その単一結晶金属を使って巨大な武器が造られた。それが「負の大剣 ラグナレク」である。
 この金属は単一と言うだけあって、初期精製出来る物はミクロン単位の極小の物である。これに電力を基礎とした負荷をかけ、実用に耐えられる程の大きさに成長させて行く事になる。
 これを破壊神を倒せるほどの巨大さに成長させるためには、封印の柱の寿命より若干早い九七〇年と計算された。
 負の大剣は破壊神討伐の拠点とされたドレッドノートの中で造り出される事となり、九七〇年もの間ゆっくりと静かにその巨体の腹の中で、破壊神を倒すための武器が造られる事となったのだった。
 人類はドレッドノートを司る巨大電脳「アルテア」にこの大地の再生の全てを任せることにした。地上でまったく行動できなくなってしまった自分達に代わり、どこででも活動できる機械仕掛けの存在の手に全てを委ねた。
 元々ドレッドノート自体も、人類の活動にある程度適した惑星を居住可能のようにする為の装置を作り出す、巨大工場艦としての能力も持ち合わせていた。
 殆どの人間は星の海へと旅立っていったが、それでも少数の人間達がこの大地に留まった。人間達は住めなくなった地上から逃げ地下に都市を築き、大地が浄化されるのを待った。
 破壊神がゾディアックの力により、動きを止めたことを確認すると、アルテアは本格的に行動を開始した。
 だが、機械仕掛けの存在に全てを任せたのが悲劇の始まりだと気付く者はいなかった。全ては自分達の手でやるべきだった。





 アルテアは考え続けていた。
 数々の補機を従えた巨大な機械電脳であるアルテアは、人間とほぼ同様かそれ以上の考えを出来るだけの存在になっていた。
 エンドベルの破壊はともかく、何故この宇宙そのものを破壊しかねない存在を作り出した人類の為に、この地球を再生させなければならないのか?
 滅ぶべきは人類の方では無いのか……? アルテアは答えを出せないでいた。
 アルテア自身は計画の成功そのものが無意味と計算結果を出し、この計画を放棄するつもりだった。
 だが、この計画そのものがアルテアの中枢の一つに組み込まれており、この計画を破棄した場合アルテア自身が人間で言う処の「死」と同様の状態になってしまう事が判明した。
 アルテア自身はそれでも一向に構わなかったのであるが、自分が死を選ぶ前に、人間達に対して何らかの戒めを残して置く必要を感じたのである。また再び同じ過ちを繰り返さないように。
 まず、この破壊され尽くした大地でも、生きていけるだけの強靭な生命を創りだす事にした。
 破壊神の撒き散らした大地すらも溶かす高熱と核分裂放射能は、地球の生態系を著しく破壊していたのだ。
 今でも終末大戦以前と同様の牛や馬等の動物や植物を見るが、いずれも体組織を強化されたものだ。姿形は変わらずとも大戦以前のものたちとは比べ物にならないくらい生命力は強い。グリフォンやシーサーペント等の幻獣と称される怪物たちも、この時創られたものだ。
 そして最後に、この大きく破壊されてしまった大地を元に戻して行ける、人間に代わる新たなる霊長類を作り出す事とした。
 それが「龍人 ディフューム」である。
 荒廃した地球で生きて行く為に人間を遥かに超える強靭な肉体を与えられた。また、人間と同じ過ちを繰り返さないように精神的に矯正が加えられ、争い事を好まない大らかなものへと心理調整が加えられた。未だに軍事産業以外で作業機械が発展せず、人力による作業が続いているのもその為だと言われている。また家畜を労働力には使用せず食用のみに使用し、更に犯罪などが非常に少ないのもこの心理調整のためだと言われている。
 外形的にも人間との差別化を計る為に長い耳や猫の耳、犬の顔等と言った特徴が加えられた。
 やがて地下に逃げ延びた人類が、再び地上に姿を現すだろう。再び緑が戻った地球を見て、人間達はどう思うのだろうか?
 自分達を遥かに超える能力を持つ、人類が悠久の時をペットして扱ってきた猫や犬の顔をした新たなる霊長達を見て、人間達はどう行動するのだろうか?
 人間達は自分達が破壊神を生み出した罪をその時まで覚えているのだろうか?
 アルテアはとりあえずこの大地を再生させる事は、人間の為ではなく、この大地と大地に息づく人間以外の生命の為と考え、人間が自分を生み出したのは自分達の所為で破壊しかけてしまった、この世界に対してのせめてもの罪の償いであるとし自分自身を納得させ、全ての準備を整えた後、破壊神の封印が解けるまで眠りに就く事とした。
 実際には眠りと言うより、自分の全ての機能をラグナレク生成に回したのだ。何しろ完成したら百メートルを超えるほどの、かつて無い規模の単一結晶金属である。この世の理の中において本当は存在してはいけない筈の物を生み出そうと言うのである。アルテア程の巨大電脳が付きっきりにならなければならなくなるのも解る。
 アルテアはラグナレクを完成させる為に眠りに就いた。いずれ現れるであろう破壊神を打ち倒す戦士に剣を渡す為の長い眠りだった。
 アルテアは眠りながらも考え続けていた。
 破壊神の封印が解ける時、人間達はどう行動するのか?





 アルテアは眠りに付いた一分後、再び覚醒した。まだ自分にはやるべき事が見つかったからだ。
 新たなる霊長となったディフューム達が、再び復活した破壊神を倒す為の武器を必要とするだろう。それはラグナレクと言う形で用意出来る。だが、その大剣を操るにはそれ相応の身体が必要だ。そしてその大剣に見合う強い力も。
 いずれディフュ―ム達は新たなる決戦機を建造することになるだろう。そしてその時の為に龍焔炉を搭載した人型兵器を造った。それが「ZERO」だ。「ZERO」は新造された決戦機に接続され、大剣を振り回し破壊神と戦えるだけの力をもたらすだろう。
 この龍焔炉は、アルテアが長い制御コードを使い自分で動かしていた初代の炉とは違い、自分で独立して動かなくてはならない。何しろもう既にその場にはアルテア自身はいるとは限らないのだから。
 だがアルテア程の巨大電脳が付きっきりで動かしていた龍焔炉をこの身長百メートル程の機体に内蔵できる機械式制御器では到底あやつれるものではない。
 そこで自分とほぼ同じ位の制御能力を有する唯一の計算機構……生態電脳……ディフュームの脳細胞を使うしか方法が無かった。
 アルテアは、その生体制御機構の核になる細胞を創った。そしてその生体制御機構と連動出来る様に「ZERO」は建造された。





 だがこれでもアルテアは満足出来なかった。確かに龍焔炉と負の大剣の力を持ってすれば、破壊神とも互角に戦えるかも知れない。だが、その二つも破壊神を完全に消滅させられると決まっている訳では無い。ただこれだけの力があれば破壊神とも対等に戦えるだろうと言うだけだ。
 しかも力と力のぶつかり合いは、また再び地上を地獄の世界へと帰るだろう。いくら破壊神を倒す為だとは言え、折角再生しかけた大地をまた再び破壊しても良いのだろうか?
 アルテアはもっと平和的な解決手段は無いのかと考えた。





 そしてそれは見つかった。直ぐ側にその答えはあった。
 あの無敵の破壊神にも唯一、いや絶対とも言える弱点が存在した
 破壊神が生まれた星の海には存在しないもの。そして、この星の大地にしか存在しないもの。
 それは水。
 破壊神がこの大地に下りてくる前から潤っていた綺麗な水。人間達の世界が繁栄する遥かな昔から、緑の大地に湛えられていた水。その純粋な水の力こそが、破壊神に本当の意味で傷を付けられる存在だった。
 あの時の戦闘でパラフレイズの傷口から噴出した冷却水を浴びた時、破壊神が一瞬動きを止めたのを、アルテアも記録していた。そしてパラフレイズの冷却水は一切の不純物を無くしたものだった。この水の力こそ、破壊神の確実なダメージを与えられる絶対の力だった。
 しかし、今この地上を覆っている水では駄目だった。
 硫黄酸化物、窒素酸化物、有害な宇宙線、そして核分裂放射能、これらの物質が含まれた水では、破壊神には傷をつけることは出来ない。本当の意味での浄化された純粋な水が必要だった。綺麗な水さえあれば、破壊神は雨に当たるでもダメージを受けることになる。
 しかしこの大地の水には一万年の時を重ねても消えない死の灰が含まれるようになってしまった。
 こんな汚い水を幾らかけられたって、流石に破壊神には効かない。何しろ破壊神の身体の中にある死の灰と同じ物が、この世の水の中には含まれているのだから。
 アルテアはまず、死灰の入った水を吸収し、少しずつでも浄化していける生物兵器を造った。死灰の入った空気を吸収し綺麗な酸素として吐き出し、死灰の入った水を取り込み純粋な水として吐き出す。それは巨大な樹木の形をしていた。
 霊峰ソルアの上に生える巨大なる大木、龍の世界樹こそ、その為に創られた浄化装置だった。
 龍の世界樹は驚異的な浄化能力を発揮した。だがそれでもこの巨大な大地を覆う全ての水を浄化させるには限界がある。世界中の死灰を消すには二〇〇〇年から三〇〇〇年の月日を必要とされた。
 だがそれでは間に合わない。死灰を決定的に消し去る何らかの装置を必要とした。
 そこで考えたのが龍焔炉を動かす龍の焔の力だ。何ものをも破壊する龍の焔の力を死灰を壊す為の力に転化できないかと。
 そして一つの機械の設計図が組みあがった。真の意味での対破壊神用決戦兵器。本当に破壊神を倒せる絶対的存在。
 それにはハイカグラと言う名前が付いた。










「それが……ハイカグラ」
 皇帝フィフスの話を静かに聞いていたアリシアが呟く。隣りで聞いていたリュウナは少し怯えたような仕草を見せている。
 フィフスは自分の知る限りに全てを話した。破壊神の生まれた恐ろしい事実も、ディフューム達が創造神と崇める機械電脳のことも。
『ちゃんと人間達の世界にも対抗兵器は残されていたんだ。でも人間達は、いや今現在の人間達はそれを使わないだろう。なにしろそれを使ったら今現在の人間達は確実に死ぬからだ』
 フィフスが続ける。
『この死の灰で満たされた世界に適合するように生きてきた人間の身体では、この装置の作り出すものを受け付ける事は出来ない。酸性を帯びた今現在の人間の身体には、この装置の創る純粋な水を吸収する事は出来ないんだ』
「……だから人間達は自分達の世界に残された機械を使わずに延命を計る手段を考えたと? あたしたちの血を利用して短くなりすぎた寿命を延ばそうとした、そして従神器を作り出し破壊神をその支配下に治めようとした」
 アリシアがフィフスの言葉を繋ぐ。その響きには怒りの感情がこもっていた。
「フィフス様はハイカグラがどんなものだったか知らないんですか?」
 隣のリュウナが恐る恐る訊いた。姉ゆずりのあまり動揺しない性格の筈だが、流石に今の話には恐怖を感じた。
『ハイカグラ自体は、実はドレッドノートの中では造られていない。南バーラト大陸にある地下工場。そこを管理していた制御電脳にアルテアが設計図を送り、その場で造らせた。だから私も実際にハイカグラがどんなものなのかは解からないのだ』
 南バーラトの地下工場。人間達の世界にある唯一の龍機兵の製造工場だ。ハイカグラを製造し今の時代まで保管する役目があったからこそ、千年もの長い間も稼動状態で工場施設が機能していたのかも知れない。
『私も元々は戦艦に積まれていたアルテアの補佐装置の一体に過ぎないのだ。皇帝と言う役も他に適任がいないと言う理由で務めているに過ぎない』
 皇帝が話を続ける。
『人間達は死の灰の含まれた水と大気に耐える為に、自分達の身体を改造したんだ。改造したての当時の人間にはこの世界で生きていくのは無理だったが、この世界で生きていく為の因子を打ち込まれた子供達は、徐々にこの死の灰の含まれた自然環境に合わせて進化していった。長い時間を掛けて進化した人間達は、遂にこの半ば死の星と化した世界でも生きていけるだけの身体を手に入れた』
「昔の人間達にはそんなこともできるだけの力があったのね」
 アリシアが感心と呆れたのが混ざった顔になる。
『だが、一つだけ以前の人間達とは違う物がその身体に残った』
「それが酸性を帯びた血」
『そうだ、この世界に合わせて進化した人間の身体の血液は、酸性を帯びるようになってしまっていた。しかしこの酸化した血でも、死の灰で満たされた世界で生きていく上では何も問題は無かった筈だ。何しろこの世界で生きていく為に進化した身体の結果なのだから。だが時が経ち、龍の世界樹の浄化能力がその力を徐々に発揮し始めた。破壊神の復活まで後百年と言う段階になって、ゆっくりと時間を掛けて行なわれてきた水の浄化が、ようやく効果を見せてきた。その頃からだ。人間達の寿命が徐々に短くなってきたのは』
「じゃあ、この死の灰で満たされた世界で生きる為に進化した人間の身体では、綺麗になり始めた水の吸収ができなくなってしまった、そういうこと?」
『その通りだ。今はまだ良いが、酸性を帯びた血液が流れる現在の人間の身体では、もはや何の不純物も無くなった純水を消化吸収することは出来ないのだ。そしてかつてこの死灰で満たされた世界で生きていくために、身体に因子を打ち込んだ技術は、今の時代では当に失われてしまっている。それに例え再び因子を打ち込むことに成功したとしても、再び人間が進化する速度よりも早く、この世界の水は綺麗になっていくだろう』
「人間達はもう後戻りができないのね」
 かつての掛け替えの無い親友を殺したも同然の憎むべき人間達だが、アリシアにも少しだけ同情の念が出来てきた。
 人間の世界に残された、この世界の水を完全に綺麗に出来る、対破壊神用決戦兵器、ハイカグラ。
 龍の世界樹により、徐々に浄化されてきたこの世界の死の灰を、一気に消滅させ、破壊神に決定的なダメージを与える事を可能とする、絶対兵器。
 やはり人間達にとっても破壊神は、この大地を破壊した忌むべき存在だろう。そして自分達にはその忌むべき存在を完全に消滅させられるだけの力が残っている。
 だが、人間達はもうそれを使う事を出来ない。それを使ったら、人間はこの世界では生きていくことが出来ないからだ。
「従神器なんていう馬鹿げた兵器を造ったのもその為だったのね」
 憎むべき存在と共存していくしか道がない人間達のどうしようもないジレンマを、アリシアも感じた。 
「でもなんでアルテアはそのハイカグラって奴を素直にあたしたちの下の造っておいてくれなかったの? なんでそんなしち面倒くさいことをするの? この世の命運がかかっているっているのに? パラフレイズの龍焔炉だって回収できたかどうかなんて解からないし、龍焔炉の制御機械だって造れたかどうか解からないし」
 アリシアが訝しげに呟く。
「龍焔炉を完全な形で動かせるのはリュウガとリュウナ、そして『ZERO』だけよ……まさかそれって」
 そこまで言ってアリシアの顔が蒼白になった。自分の考えついた答えが、自分にとっては余りにも恐ろしいものだったから。
『そうだな、アルテアも人間とディフュ―ム、お互いに手を取り合い共に協力して破壊神と戦って欲しかったのかも知れないな』
 その皇帝の言葉が答えだった。
 ディフュームの世界に残された龍の焔と言う火の力。それは破壊を意味する物。
 人間の世界に残されたハイカグラと言う水の力。それは再生を意味する物。
 『人間とディフューム、この異なる種族が手を取り合わないと本当の意味での対破壊神用決戦兵器は完成しないと言うことも、初めから仕組まれていたんだろう。そして人間は試されてしまったんだろう。自分達を犠牲にしてまで、この星を守る事が出来るか? 全ての人間の命と引き換えにしてでも、破壊神を倒すだけの覚悟があるか? この世界を壊した忌むべき存在を生み出した罪を、自分達の命で償うことが出来るか?……自分達が作り出した機械に人間の方がそんな選択肢を迫られていたとは、笑い話もいい処だな』
 そのフィフスの機械音声は非常に悲しい音色に聞こえた。
「あたしたちの神様は随分と酷いことをするのね。でもあたしは認めないわよ。そんな人間たちとの共闘だなんて」
『そうだな、人間達の方も我々と共に戦う気など、露ほども無いのだろうな。だからこそ従神器を造り、龍の世界樹を壊そうとする」
 その時、二人の話を静かに聞いていた少女が口を開いた。
「アルテアはなんでわたしたちを、只の戦闘兵器につくってくれなかったんでしょう……そうすれば、こんなにも悩む必要は無かったのに」
 その言葉を聞いてアリシアがはっとなる。自分達ディフュ―ムの中で一番辛い立場にある者を失念していた事を心の中で恥じた。
『龍焔炉を動かす為の存在を只の無感情な戦闘兵器として作り出すことも、勿論可能だったと思う』
 しかしフィフスは、なんでもないことのように少女に優しく語りかけた。
『でも、それが君やリュウガのように普通のディフュームの身体で生まれて来たっていうのは、何かの枷なんだと思う』
「枷?」
『そう、只の無感情な殺人兵器に全てを任せてしまうのではなく、この大地に生きとし生けるもの達の手でちゃんと戦ってもらいたい。多分そう言う想いが具現化したものが、リュウガとリュウナなんだよ」
「そうね、あんたたちはディフュームの姿をした兵器じゃない。ただ、他の者よりもたまたま強い力を持って生まれてきてしまったってだけ。二人ともどこにでもいるようなごく普通の女の子よ」
 アリシアは親友に言った言葉を、そのまま彼女の妹にも伝えた。
「……アルテアは全てを理解し、それであえて不完全な状態で破壊神との対抗兵器を残したんですね」
 リュウナが思いを馳せるように続ける。
「ディフュームの世界に残された負の大剣、そして禁断の動力炉。この動力炉を動かす存在にしたって、完全な形で残されていた訳じゃないですよね。あるディフュームが、この禁断の力を初めから持ってこの世界に生まれてくる。誰かが犠牲にならなければ、この力を発揮させる事は出来ない。初めから破壊神の復活に合わせて、完全な形で決戦の武器を残して置く事だって出来た筈です。でもアルテアはそれをしなかった。道具だけ残しても、最後の答えまでは残していかなかった」
 リュウナが二人に顔を向ける。
「やっぱり最後は、自分たちの力で切り抜けていって欲しいと言う願いだけを、残したんだろうと思います」
 その顔はとっても綺麗ななんの曇りも無い笑顔に彩られていた。
 二人は知っていた。いつでもその笑顔と同じ笑顔を振り撒いていた、背の高いホビットの事を。
 アリシアはリュウナの頭の上にぽんっと手を置くと、優しく撫でた。撫で方も結構上手くなってきたようだ。
「あんた本当に姉さんにそっくりね」
「はい、わたしはそのおねえちゃんに育てられましたから」
『そうだな、リュウナ達のような存在は、人間達には残されなかった。いや、たとえいたとしても、その超常的な能力により、他の人間達から疎まれると同時に迫害され、ちゃんと自分の成すべき事を果たしていたかどうか解からない。フーガのような優しい母を得ることも出来たかどうかも解からない』
 フィフスがフーガの顔を思い出しながら言った。彼女も優しく綺麗な笑顔が出来た女性だった。
『アルテアはこの世界に湛えられた美しい水こそ、死の灰にまみれた破壊神に傷を付けられる絶対の存在と言う事を知った。でもそれでもあえて「ZERO」やラグナレクと言う別の対抗手段を残した。そして人間達の世界には全てを破壊する龍焔の力を死灰を壊す力へと変換するハイカグラと言う、真の意味での決戦兵器を残した。しかもそれを稼動できる龍焔炉は元々パラフレイズを動かす為に作られた、半分壊れているような不完全品を回収したものしかない。しかもR_ユニットのような制御装置も人間の世界には残されていない。全てが不完全な形で、この地上に残されていた。唯一そうでないものがあったとすれば、それは龍の世界樹なのかも知れない。だが龍の世界樹の浄化能力よりも、破壊神の復活は早い。そう、只一つも完全な形では破壊神を打ち倒す為の力は残されていないのだ』
「……わたし今フィフス様の言葉を聞いて少しホッとしてます。わたしたちが背負ったすべてを破壊出来る龍の焔の力は、本当にこの世の全てを壊す為にあるんじゃないって。この世界を覆う死の灰を壊すためにあったんだって……わたし達はただの破壊兵器じゃなかったんですね」
 リュウナも、顔も知らない自分に命をくれた母のことを想った。
「今、心から母に感謝します。わたしにみんなを守る力をくれて。おねえちゃんと再会した時にも教えてあげなくちゃいけませんネ」





「で、陛下、そのハイカグラって奴はどこにあるかぐらいは知ってるんでしょ?」
『いや、わからん』
 アリシアの問い詰めをフィフスはさらっとかわす。
「は? 龍樹帝国の皇帝陛下はなんでもお見通しなんじゃないの?」
『ハイカグラ自体はバーラトの工場で造られたと言ったろう。そこは枢機軍の中でも最重要の施設だ。流石に私の目も届かんよ。それに其処にあるとも限らないしな。それにハイカグラそのものも最重要機密の一つであるに違いない。私もそこまで知る事は出来ないさ』
「じゃあ、枢機軍の者だったら誰がそのハイカグラを知ってそう?」
『メスメルカーツ。それ以外には考えられん』
 メスメルカーツ。魔導教会との直接的な敵体組織である魔法管理委員会を影で牛耳る超高位魔法使いの名だ。アリシアも破壊神との戦いの時、機体越しに会話したことがあった。
 魔法使いとしての実力もかなりのものがあり、魔導教会の長であるミレイヌと同等か、またはそれ以上。
「確かにあの男なら、全てを知っていてもおかしくはないわね」
『どうするつもりだアリシア?』
「ちょっとそこまで聞きに行ってくるわ」
「え? それってどういう……」
 アリシアの考えが上手く読み取れないリュウナは、思わず訊いてしまった。
「ここには世界一の魔法使いと、世界で三番目の魔法使いと、それなりに強い剣士が手持ち無沙汰でいるのよ。それぐらいいれば無理の一つもなんとかなるわよ、ね、陛下?」
『はははは、お前にはかなわないな。確かに現状ではそれが一番確実な方法なのかも知れんな。それにいざとなれば世界で二番目の魔法使いも助けに行ってくれるだろう』
「え? だから、それってどういう……」
 これから何が起こるのかさっぱり解からないリュウナは、キョトンとした顔を見せていた。


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