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第三十話 運命交錯点


 南バーラト大陸に領土を置く大国、アルビオン連邦。
 その大陸中部の西大海に面した場所に首都がある。名をエンディミオンと言う。
 アルビオンを司る主要行政機関の殆どが存在する要所である。重要拠点であることを示すように、都市の周りは高い城壁で囲まれていた。
 そのエンディミオンに向かって二人の旅人が歩いていた。
 一人は背の高い女性。一七〇センチぐらいだろうか。ロングスカートをなびかせながら颯爽と歩いている。切れ長の瞳が意志の強そうな印象を与える、美しい女性だ。
 もう一人も女性だった。最初の女性よりも幾分か小さい。こちらは、つばの広いキャベリン帽子を被っていた。
 背の高い方の女性がほっそりとした印象なのに対し、こちらは幾分か肉付きの良い体付きをしている。ぽっちゃり型の可愛い娘ちゃんタイプと言った印象だ。
 二人は直ぐに見て旅人と判るような格好をしていた。背中に大きな荷物を背負っているのだ。
背の高い方は中身がパンパンに膨れ上がった大きなリュックを、ぽっちゃりの方は全長二メートルはありそうなこれまた大きな袋を縦にして背負っていた。横から見たらまるで煙突が移動しているように見える。
 女性達はエンディミオンと外界を隔てる壁に付けられた城門の前までやって来た。
 此処を通らない事には街の中に入れない構造になっていた。
 門の両脇を見ると、其処には一体ずつ悪魔を模したような凶々しい形相をたたえた鉄の像が立っている。
「お嬢さんがた、行商かなにかですか?」
 向かって右側の像の直ぐ側にある、詰め所の前に立っていた衛兵の一人が、大きな荷物の二人に声を掛けた。
「ええ、ちょっと、うちの村の特産品を売りにきました。良かったら兵隊さんも買ってってくださいな」
 背の高い方の女性が、愛想良く返事をした。そして何事も無く門をくぐろうとした。
 女性達が門の両脇に配された鉄の像の前を通った瞬間、その像の悪魔の様な顔の両目が、一瞬眩いばかりの光を放った。
 そして次の瞬間、電流が荷電圧に絶えられなくなってショートした音を何倍も大きくしたような音が響いた。
「!?」
 その音がした直後、背中に大きな荷物を背負った女性達が突然その場にうずくまってしまった。
「!?おい、大丈夫か!?」
 詰め所から慌てて門番の衛兵達が出てきた。
 見ればその女性はこめかみの下辺りを押さえている。丁度耳の付いている辺りだ。
「!?」
 衛兵達がうずくまる女達の頭を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「お前、ディフュームか!?」
「……?」
 うずくまったままの背の高い方の女性が、自分の頭の上に手を置いた。
 びょんっと頭の上から、ふさふさとした毛を生やした、動物耳が生えていた。
 一緒に来た女の方に目を向ける。そっちの方は痛みで押さえている手の間から、長い耳が飛び出していた。
「!? もうばれたのか!?」
 自分の正体が知られてしまったことを悟ると、動物の耳を生やした女は、背中に大荷物を背負っているとはとても思えないは俊敏さを見せて飛び出した。長い耳が飛び出した方の女もそれに続いた。
 タン! と靴音だけが残った後には、そこにはもうディフュームの女達の姿は無かった。
「なに!?」
 驚く衛兵達をその場に残して、目の前に広がる街の中に、脱兎のごとく駆け出していた。
「おい! 待てぇ!!」
 慌てて衛兵が静止の声を上げるが、人間を遥かに上回る身体能力を持っているディフュームが相手では、瞬く間に相手は遠ざかって行ってしまう。
 普通の人間程度の脚力で追いつける相手ではなかった。気が付いた時には、もう既に人ごみに紛れてしまっていた。
「……くそぉ、ディフュームの女がエンディミオンに入り込んだ!! 直ぐに警戒令を張れ!!」
 衛兵は歯軋りするように付け加えた。
「一人の方はでかい女だ、目立つ筈だ! それに大きい荷物も持ってる、直ぐに見つかる筈だ!!!」





 その頃、でかいディフュームの女ことアリシアは、頭の上の耳を手で隠しながら人間達で溢れかえる街の中を駆けていた。穿きなれない長いスカート姿なので、かなり走り難い。
「……当たり前だけど……人間ばっかりね」当たり前です。
 アリシアが一瞬後ろを振り返る。ティアも女物のスカートをなびかせながら耳を押さえて、何とかアリシアの脚についてきている。その後ろにはまだ衛兵達の姿は無かった。
 少し安堵するとアリシアは周りを確認した。通りの横に手ごろな路地があった。すぐさまその暗がりに転がり込んだ。
 そのまま路地裏まで進むと、一息付いたように小さく息を吐いた。
「ふう、とりあえずもう大丈夫よ」
 アリシアはそう言いながら後ろに手を回すと、背中のリュックの少し出っ張っている所を軽く叩いた。
 それが合図になったようにリュックの蓋の隙間から、にゅっと小さい手が出てきた。その手が器用に蓋を止めているボタンを外すと、今度は手に続いて頭が出てきた。
「……ぷはぁ」
 リュウナは頭を出して大きく息を吐くと、狭い所からやっと出れた開放感を表すように、自分の大きな耳をぴぴっと動かした。
「だいじょうぶですかアリシアさん?」
 リュウナが彼女のこめかみの下辺り、丁度先程まで人間の耳が付いていた辺りを優しくさすった。
「大丈夫……ではないわね」
 リュウナの入った大きなリュックをゆっくりと下ろしながら、アリシアが答える。
 地面に降りたリュウナは、アリシアが一寸不満げにする顔を見た。
「しかし、このあたしの変異の魔法をこうも簡単に打ち破るなんて、流石アルビオンの首都だけのことはあるわね」かなり悔しそうである。
「あはは♪ 今回ばかりはさしもの雷帝様も、かたなしですネ」
 リュウナがそう言いながら、もう一人苦しそうにしていた者の方に顔を向けた。
「ティア君も大丈夫?」
「いや、俺もあんまり大丈夫じゃない」
 ティアは背負っていた荷物を下に下ろしているところだった。横たえられたその荷物は動く気配は無いので、こちらの方には誰も入っていないようだ。
 彼の耳は、強引に魔法を解かれたのを表すように真っ赤に染まっていた。じんじんと、かなり痛い筈である。
「じゃあ、もうこの変装じゃ逃げられないから、次の格好になるわよ」
 上着を脱ぎ始めたアリシアが、二人に促がした。
「はい!」
「……はい」
 元気良く返事をするリュウナに比べて、ティアは心底嫌そうに返事をしている。
 そんな事にはお構いなくアリシアは自分の着替えを進めていた。
 さっさと上着を脱ぐと今度はスカートに手を掛けた。
「……よいしょ、と」
 おもむろにロングのスカートを取ると、その下には膝まで裾を折り曲げたジーンズを穿いていた。
 ジーンズの裾を下ろしていると、隣りではティアがリュウナに身包みを剥がされていた。
「ずいぶんとみっともない格好だわね」
 ティアがガーターベルト付きの女物の下着姿にされている姿を見て、アリシアは素直に感想を述べた。
「こういう格好しろって言ったのは、アリシアさんじゃないですか!!」
「ハイハイ、動かないで」
 顔を真っ赤にして抗議の声を上げるティアに、かつて彼のことを綺麗な花嫁に仕立て上げたリュウナが、その時と同じ様に嬉々として着付けを手伝っていた。と言うかティアは彼女のされるがままになっていた。
 アリシアは二人の姿に苦笑しつつ、自分の着替えに戻った。
 今までリュウナが入っていたリュックの中に手を突っ込むと、かなり大きめな作りの帽子を取り出した。それはサイドがかなり下に長い造りになっていて、丁度人間の耳が付く部分まで隠れる様になっている。これを被れば人間耳が無いのが直ぐにバレたりはしないだろう。尻尾の方は、予め上着の中に入れられるように、服の裏地に尻尾用のポケットが縫い込んであった。
 最後にしっかりとした作りのごついブルゾンを取り出し、袖を通した。これで身体の線の細さが隠れる筈だ。
「……きゃー、カッコ良いーっ」
 後ろから声が上がった。
 アリシアの出来上がりを見たリュウナが、両手の拳を口に当てて嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。勿論目はお星様だ。
「そう?」
 そう、この格好によって今のアリシアは、一寸細身の人間の男性に見えなくも無い。
 女性としての胸の膨らみも、中に矯正具を着ける事により何とかぺッタンコにしていた。
 アリシアがリュウナの後ろに目をやると、可愛いエプロンドレスを身にまとったメイドが一人立っていた。
 その姿を見てアリシアがまた苦笑する。
「あんた、本当にそんな格好良く似合うわね」
「……なんで俺ばっかりさっきからこんな格好なんですか?」
 アリシアの言葉に、心からの不満を洩らすティア。
「ん? あんた自分の顔毎日見てるでしょ? あんたの顔はこの人間の世界で行動するには綺麗すぎなのよ」
「きれいすぎ?」
「そうよ、ディフュームの中ならそんなには目立たないでしょうけど、ここじゃあんたのその顔は目立ってしょうがないわ。それに体付きだってむちむちしてていやらしいし」
「そんなこと言われたって……」
「とにかく、あんたはそうやって女の格好している方が目立たないのよ」
「アリシアさんは、どうして男の格好なんですか?」
 リュウナが今度は、アリシアの格好に質問した。 
「さっき衛兵の一人が言ってたでしょ、一人はでかい女だって。女は一七〇を超えたら、どこにいたって目立ってしょうがないのよ。さ、後始末するわよ」
 そう言いながら脱いだ物をリュックの中に入れようとしていた時、路地の向うから、数人の足音が聞こえてきた。
「……? 誰かいるのか?」
 足音に混ざって男の声が聞こえて来た。
「……まずいわね、あれはさっきの衛兵の声だわ。顔見られてるわ」
 アリシアが小声で、二人に危険が迫ってきた事を促がす。
 此処にいる三人ならば人間程度を何人相手にしても負ける事は無いのだが、今はそんな事をしていたずらに騒ぎを大きくしてもしょうがない。
 かと言って、塀を飛び上がり屋根ずたいに逃げるのも目立ちすぎる。
 ……どうする……?
 アリシアは一秒程考えると、リュウナの入っていたリュックをティアに向かって投げた。
「ティア! あんたは荷物をまとめて、そこの隙間に隠れていなさい! ここはあたしとリュウナでなんとかする!」
「は、はい!」
 ティアは自分が持ってきた荷物も抱えると、路地の狭い隙間に入り込んだ。
「え? あの?」
 何をしようとしているのか判らないまま残されたリュウナ。そして、そんな彼女の小柄な身体に、アリシアが覆い被さった。
「……え!?」
 リュウナが驚く前に、アリシアが次の行動を起こした。





 怪しいと踏んでこの路地に踏み込んだ衛兵が見た光景は、若い男女のラブシーンだった。線の細い男が、小柄な女の唇を奪っている。
「おい! お前等!!」
 そのカップルに向かって叫ぶ。
「こっちにでかい荷物を抱えた、亜人の女たちが来なかったか!!」
 衛兵達に背を向ける格好になっているそのカップルの男は、自分達に向かって声を荒げる相手に向かって、ひらひらと手を前後に振った。「あっち行け」のサインである。
 その仕草を見て衛兵達があからさまに憮然とした顔付きになる。
「ケッ、こんな真っ昼間から見せ付けやがって。おい、どうせこっちにやって来たって、こいつ等が気付く筈が無い、他を探すぞ!!」
 面白く無さそうに汚い台詞を吐き散らしながら、他の衛兵達に指示を出す。
「……」
 アリシアはリュウナの唇に自分の唇を重ねながら、帽子のつばと空いた方の手で彼女の大きな猫耳を隠していた。そしてその状態のまま、鋭い視線を巡らせて相手の動きを伺っている。
 リュウナはと言えば、いきなりアリシアに唇を奪われて何だか良く解らないまま頭の中がぼーっとして、立っているだけでも精一杯の状態だった。
 人間達がいなくなったのを確認すると、アリシアはリュウナから唇を離した。
「……ふぅ、こう言うシーンに出くわすと目を背けたくなるって言うのは、人間達もやっぱり同じなのね……?」
 そう言いながらアリシアが目を移すと、リュウナは目をぐるぐるに回して手に抱えられたままだった。
「あたしにキスされたぐらいで、気ぃ失わないでよ」
「…………はい」
 人の気配が無くなったのを感じてか、ティアも大荷物を抱えながら出てきた。
 彼の顔が少し赤いのをアリシアは見逃さなかった。
「女同士のキスを見て興奮しちゃった? 大丈夫、あたしはあんたの彼女を盗ったりしないわよ」
「な、なに言ってるんですか、アリシアさん!!」
 更に顔を真っ赤にするティアを見て、アリシアは満足げに子悪魔的な笑みを浮かべた。
「ほら、移動する仕度するわよ」
 アリシアが持っていたリュックを再び開くと、中から両脇が少し尖った帽子を出した。それを、片手に抱えたままのリュウナの頭に被せた。ちょうどその尖った辺りに彼女の頭の上の耳が収まった。
 着替えた衣服などを全て詰め込むんで再び蓋をした。そして懐に手を入れると、中から一枚の護符を出して、それをリュックの上に張った。この護符には小規模の火炎魔法が封じてある。時間が経てば勝手に燃え出し、痕跡を処分してくれる。
 ティアは自分が背負ってきた荷物の封を解いていた。中にはその外側の入れ物とほぼ同じくらいの大きな箱が入っていた。
 ティアは箱の蓋を開けた。中にはティアの剣やリュウナの大剣、そして三人分の戦装束等が所狭しと詰め込まれていた。
 中身の一番上には杖が一本入っていた。足の不自由な者が使う、先端を腕にはめ込んで使う型の物だ。ティアはそれをアリシアに渡した。
「さ、行くわよ」 
 右手に杖、左手に目がぐるぐるのままのリュウナを抱えて、アリシアはその路地を後にした。ティアが大箱を抱えてそれに着いて行く。





 人のまばらな公園。
 其処を一組の男女が歩いていた。
 杖を突いた青年を、小柄な女性が手を添えて助けながら歩いている。
 二人の後ろには一人の「人形」が付き従うように歩いていた。その背には二人の荷物が入っているらしい大きな箱を背負っていた。
 カップルは空いたベンチを見つけると並んで座った。男の方は脚が不自由らしく座るのを難儀している。それを隣りの女が助けるように座らせた。
 ベンチに落ち着くと女の方が、相手の男の腕に手を回しその身を寄り添わせた。二人は恋人同士の様にも見えたし、若い新婚の者達にも見えた。
「ふ〜ん、これが人間達の街なのね。あたし達の街とあんまり変わらないのね」
 彼氏役のアリシアが感想を洩らした。
 ここは中央公園と言われる場所らしい。緑豊かな静かな場所だ。
「この公園だけみると、本当綺麗な街ですね」
 彼女役のリュウナも、そう小さく呟きながら、何気なく自分の髪の毛を掻き揚げようとした。
 アリシアは不意に彼女の小さい手を掴むと、その動きを止めさせた。
「……?」
 少しキョトンとするリュウナの帽子の上に自分の口を持っていくと、アリシアは小声で話し始めた。ホビットは頭の上に耳が付いているので、丁度この辺りに相手の耳が来る。
「だめよ、髪掻き揚げちゃ、耳が無いのがばれちゃうでしょ」
「あ、そうか……ごめんなさい」
「いいわよ、髪を掻き揚げるのは無意識の行動だから仕方ないわよ。あたしも気を付けるから、あんたも気をつけて」
「はい、すみません」
 今のリュウナは人間耳が無いのを隠すために、何時ものふた又の三つ編みとは違い、髪をストレートに下ろす髪型にしていた。
 普段とは違い、肩に掛かる自分の髪がわずらわしかったのだろう。
「……それはそうとアリシアさん、そんなに脚を綺麗にそろえていたら全然男の人に見えないんじゃないですか?」
「え? あ、はいはい」
 今度は珍しくもリュウナの方からツッコミを入れられてしまったアリシアは、ちょっと恥ずかしそうに、長い脚を男っぽく広げた。
「……?」
 アリシアはその時、何かに気付いた。
「あっち、衛士が近付いて来る」
 小声でリュウナに促がした。見ると鎧を着込んだ兵士風の男が、自分達の下へ近付いて来ていた。
「どうなされましたか」
 兵士に向かってリュウナが愛想良く声をかけた。
「お騒がせして申し訳ありません。このエンディミオンに二人のディフュームの女が入り込んだとのことで、付近を捜索しているのです」
「まぁ、それは怖いですね」
 リュウナが務めて何事も無かったかのように話し始めた。
「お二人は、お見受けしますと、この街の方ではないようですが?」
「はい、夫と一年遅れの新婚旅行に来ているんです」
「新婚旅行ですか」
「はい、わたしたち一年前に結婚したのですけど、夫は軍属でして直ぐに前線勤務となってしまったんです。そして帰って来た時は、彼は首と右足に重症を負ってしまって、歩くのも喋るのも不自由になってしまったんです」
「それは大変失礼なことをお聞きしました」
 リュウナの言葉を聞いて、兵士が心底恐縮したように頭を下げた。
 ……この娘、以外にやるわね……
 隣りで戦場帰りの負傷した新夫を演じているアリシアも、リュウナの見せる演技に、素直に感心していた。
「失礼ついでにもう一つ窺いますが」
「はい、なんでしょうか?」
「後ろの『人形』はどうなされたのですか? 最近は血抜きに使うとか何とかで、買うには高価でしょう」
 後ろに立つメイド姿のエルフに目を向ける。その瞳は強力な薬に侵されているのを表すように白く濁っていた。
 捕まえてきたディフュームをこの様に魔薬漬けにして、給仕用の人形にすることが、貴族や富裕者の間では頻繁に行なわれていた。ディフューム達は美しく、しかも力も強く、このような用途に使うにはまさにうってつけだった。
「夫は一生直らない怪我をして帰ってきました。この人形はその軍からの賠償金で買ったんです。確かに高い買い物でしたけど、夫の不自由な身体を考えれば仕方ありませんね」
「そうでしかた、それは失礼しました」
 その兵士は最後に「良い御旅行を」と付け加えると、去っていった。
「中々の名演技だな、リュウナ」
 ディフュームの人形役のティアが小声で話し掛けてきた。彼の濁った瞳は予め瞳孔の色を変える薬で変化させたものだ。
「こらっ、人形が喋っちゃ駄目でしょっ」
「アリシアさんも喋っちゃだめですよ」
 アリシアは戦場で喉と右足を負傷したと言う設定だ。
 喋れないから、声では女とは判らない。脚が悪いから、荷物持ち用としてディフュームを薬で人形化したメイドを連れていても怪しまれない。中々良い手である。
「とりあえずばれてないみたいなんで、次の行動に移りましょう。まずは手ごろな宿屋を見つけて落ち着きましょうね」
 この中で唯一喋れるリュウナが小声で促がすと、三人は次の行動に移った。、










 三人が枢機軍の行政中心都市に這い込む事に成功していた時、同じ場所では枢機軍各国の頂点を担う者達が、話し合いの真っ最中であった。
 この会議が始まってから、たった一つの議論だけでもう何刻も時間を使っていた。
 全く動かない破壊神の処置である。
「どういうことですかクリストバル宰相!!」
「どうもこうも、動かないものはしかたあるまい」
「従神器の建造には小国を丸ごと買えるほどの予算をつぎ込んであるのだ。動かないの一言では済まされないぞ」
「従神器の計画の主導はアルビオンだ。その責任は取ってもらおう!」
「そのつもりだが、従神器以外に何か良案があったのかね? 代換案も無く反対意見のみとは、無責任にもほどがありますぞ」
 各国の宰相の意見を、クリストバルが軽くあしらう。
「言わせておけば」
 ソレイユ王国の宰相が歯軋りする。だがそれ以上は何も言えない。確かにアルビオンの宰相が言うのも最もな意見だった。
「インビンシブルを再びこのアルビオンに呼び戻すことにした。勿論エンドベルも一緒だ」
「それは……どういうことですか?」
 クリストバルの突然の意見に、ミール共和国の宰相が口を挟む。
「インビンシブルの従神器を再調整することにする。破壊神が操れないのではしょうがないのでな」
「移動ルートはどうするのです? 破壊神の近くはどこもディフュームの領地ですぞ」
「フィーネ砂漠に侵攻した時の逆のルートを取る。一端北極側に抜け、西大海を南下させる」
「そんな長距離を移動したら、何時帝国軍に襲撃されるかわかりませんぞ! 前回の侵攻作戦にしたって、帝国府の強襲が成功したからこそ可能だった筈。今回は帝都空襲などと言う余力はありません。それに今回は破壊神も一緒にいるのですぞ。最悪全滅の恐れもありますぞ!」
「ただ補修を行なうのであれば、我がミール共和国がもっとも近いではありませんか?」
「そうですとも、このアルビオンに比べればまだ、我がソレイユの方が近い。何故枢機軍の中でも一番フィーネ砂漠に遠い、この南バーラトまで移動させなければならないのですか?」
 各国の宰相の意見に、クリストバルは静かに答えた。
「この南バーラトには、太古の昔よりハイカグラを守ってきた地下工場がある。念の為そこへドック入りさせ、完全に修理させるつもりなのですよ」
 詭弁だった。 
 クリストバルは破壊神を手元に置いておくことで、このアルビオン連邦が真の意味での人間社会の指導者であることを見せ付けたかったのだ。
 勿論、政治的中心地に於いての破壊神の暴走の危険性も考えられたが、そんなことは彼にとっては二の次だった。
 誰がリーダーであるか? それを見せつけるのが優先だ。
 今まではディフューム達を人類の共通の敵とし協力を図ってきたが、現在はそれが薄らぎ始めている。何らかの強力な指導者が必要なのは確かだった。
「クリストバル宰相、あなたは一つ重要なことをお忘れではないか?」
 ソレイユ国の宰相が重々しく言った。
「重要? 破壊神を再び我々の手の内の戻すこと以上に重要なこととは?」
「その破壊神のことです……破壊神消去計画はどうなったのですか?」
 破壊神消去計画。
 そう、人間達も、あの強大な力を持つ破壊神エンドベルを何時までも、自分たちの意のまま操れるとは思っていなかったのだ。
 従神器により操られた破壊神の力により、龍樹帝国を始めとするディフュームの戦力を壊滅させられたら、その時点で破壊神自体も廃棄処分する予定だったのだ。
 縮退炉を動かす重力星の力を発揮する魔方陣を、制圧した中央大陸のどこかに設置し、その力で超重力の彼方へと破壊神を吹き飛ばしてしまう予定になっていたのだ。
 人間達もこれ以上破壊神の脅威に怯えるのはまっぴらだったのだ。
 始めからエンドベルとの共存などは、ディフュームとの共存以上に考えられないことだった。
「しかし、帝国軍との戦いはまだ終っていない。強力な力をむざむざ捨てろと?」
「ディフュームとの戦いは破壊神が無くても出来る! 今はまだ制御の及ぶ時に、破壊神の脅威を無くせと言っているのだ!」
 バンッと机に手を叩き付けるソレイユ宰相。他の国の宰相の意見も同じらしく、クリストバルの方を全員が睨みつけている。
「大丈夫だ。アルビオンの工場に入れれば、従神器も通常どおり稼動する」
 話の中心のクリストバルはあくまで平静を装って、自分の意見の正しさを説こうとしていた。
 クリストファークリストバルは、破壊神と言う最強のカードを捨てるつもりなど、始めから無かった。
 例え当初の予定通り、破壊神が素直に動き、龍樹帝国を始めとするディフュームの全戦力を壊滅させたとしても、処分するつもりなど毛頭なかった。
 自分がこれから人間達の王であり続けるには必要な駒だ。どんな危険があろうとも、手放すつもりは無い。
「それに帰還に際しては強力な護衛を付ける予定だ」
 クリストバルは話題を強引に変えた。自分の身が危うくなったら、関係のある他の話題にすり替え、常に自分の有利を保つ。これが彼の弁舌の基本だった。
 話題としては特に大きく変わっているわけでは無いので、クリストバルの戦術には余程弁が立つ者でなければ反せないのであった。
「アルビオン自慢のユナイテッドステーツか? それともヴァンガードか?」
 現主力兵器であるユナイッテドステーツ級よりも性能の高いヴァンガードが、何故か不採用になった理由を知るソレイユの宰相が、苦虫を噛み砕くような顔で言う。
 本当はヴァンガードが枢機軍の主力兵器として量産される筈だった。しかしユナイッテッドステーツを採用しようと動いていたのは、宰相となりアルビオンの実権を握り始めたクリストバルの息のかかった派閥の者達だった。
「ヴァンガードよりも量産性が高い」と言ったもっともらしい理由をつけられてユナイッテドステーツは枢機軍の主力重機動戦艦として各国のドックで建造される事となった。
「ハイペリオン」
 クリストバルは一呼吸置くと、もったいつけるように一言いった。
 全く聞き覚えの無い名詞に一同がざわつく。クリストバルはその混乱を愉しそうに見ていた。
「ハイペリオン? なんだそれは!?」
「おや? メスメル卿よりお話は行っていないですかな? ヴァンガードを超える最強の機体の名ですよ」
「何だと!?」
 全てを知る者は上に立つ者一人でいい。下で働く者は何も知らない方が、良く働ける。
 クリストバルのあくまでも自己中心的なリーダー気質に、各国の宰相達は怒りを覚えずにはいられなかった。










 エンディミオンの中心から少し離れた場所に三人は宿をとった。
 戦時中でもあり、一般階級の者も混乱しているのか、人形を連れた若い新婚夫婦は特に怪しまれず部屋を確保出来ていた。
 翌日になり、その日一日使って情報収集をした。ティアを荷物番と称し部屋に置き、残りの二人で街を歩いて回った。
 目的の場所は直ぐに見つかった。行政の中心地区からは五キロメートルほど離れた場所に魔法管理委員会の本部はあった。
 アリシア達が宿を取ったこの場所からは六キロメートル離れていた。
 夕暮れ時には必要な情報を殆ど入手し、宿に戻っていた。
「枢機軍にとってもアルビオンにとっても重要な施設の筈なのに、なんでこんなにも首都の中心から離れているんですかね」
 二人が持ち帰ってきた地図を見ながら、ティアが不思議そうに言った。
「う〜ん、魔導教会みたいに、霊峰の力を借りるために遠くに造ったってわけでもないみたいだし」
 リュウナも不思議そうに呟く。
「多分、普通の人間たちは、とてつもない力を使える魔法使いってものを、気持ち悪がっているのよ。人間の性格ならありえるわ」
 アリシアがつまらなさそうに、答えを出した。多分それであっているに違いなかった。





 魔法管理委員会へ赴くのは明日の早朝に決まった。
 深夜に寝首を掻くのも勿論可能だが、アリシアもそれを臨まなかったし、軍属では無いリュウナとティアも勿論臨まなかった。それに白昼堂々と乗り込んでいったほうが、相手に与える心理的効果は高い。
 メスメル本人がいない可能性も考えられたが、その時は魔法管理委員会と言う枢機軍の重要施設の一つの破壊だけでも充分とされた。また委員会に常駐する他の魔導士の中にも、ハイカグラの所在を知る者もいる可能性もあるので、その時は臨機応変に対応すれば良いだけだった。
「……」
 リュウナはベッドの上で膝を抱えながら、夜の街並みを見ていた。
 夜の静かな街。どこまでもどこまでも自分達が普段暮らす街並みと同じに見えた。そして平和に見えた。
「でも自分達と違って、人間たちはただこうやって普通にくらしているだけでも、身体を蝕まれている。それを止めるには、やっぱり戦うしかないのかな……」
 リュウナが悲しそうに呟いた。
 膝に顔を埋める。
 リュウナは昔の事を思い出していた。
 それはティアと始めてであったあの日の事。










 ぷちっ
「……あれ!?」
 今日のリュウナは髪を二つに分けておさげにしていた。その片方の髪を結んでいたリボンがどういう訳か、突然切れてしまったのである。
「まあ、切れちゃったのはしょうがないや。今日はおねえちゃん見たくポニーテイルにしちゃおーっと」
 残った方のリボンを一旦解くと、自分の姉が何時もそうしているように、頭の上でひとまとめに結んだ。
「……?」
 髪を纏め直している最中だったリュウナは、森の雰囲気が突如として変わったのを肌に感じた。
 それに答えるように、突然の木々の倒れる音と共に幻獣の雄叫びが森の中にこだました。
「!?」
 目の前に幻獣が姿を現した。巨大な四足獣の右肩に獅子の頭が載り、左肩には対になるように山羊の頭部。中央には長い首を持った龍の頭が生えていた。後ろの尻尾の先端は蛇の頭になっており、背中にはご丁寧にも蝙蝠状の羽まで生えている。キメラだ。それもかなり大型の相手だ。
 巨体から生える四体分の幻獣の八つの目が、小柄なホビットの少女を捉える。
 明らかにリュウナの事を、今日のお昼ご飯にでもしようという雰囲気である。
「わ!? ちょ、ちょっとまってっ!?」





 時を同じくして一人の小柄な剣士風の男がこの森を歩いていた。精悍そうな顔に付く耳は横に長い。エルフの者だ。
「?」
 何か大きな力によって木々が無理矢理倒される音が聞こえて来る。耳をすますと、その中に女の子の悲鳴が混じっていた。





 リュウナは腹を空かせたキメラに追いかけられていた。脚の早い彼女が全力で走っているというのに、相手のキメラもぴったりとくっ付いてきている。
 前に障害物があるとリュウナはそれを避けて走っているが、追う側のキメラは障害物は全て破壊しながら迫ってくる。多分そこで差が縮まってしまうのだろう。更に獅子の首からはライトニングブレス、山羊の首からはコールドブレス等を吐きちらし、リュウナの動きを止めようとする。
「あーん、もう、呪文を唱える時間さえ稼げれば、こんな奴〜」
 結ったばかりのポニーテイルをひらひら揺らしながら、半泣きで全力疾走するリュウナ。
 その時、彼女の側面を黒い影が突然横切った。
「!?」
 その黒い影は一瞬金属の反射光を煌かせると、物凄い剣速をもって、彼女の事を襲おうとしていた大型のキメラを簡単に切り伏せてしまった。
「……」
 リュウナは尻餅を着いた姿勢でびっくりした表情のまま固まっていた。普段はあまり物事に動じないのに、目の前の光景にかなり驚いている自分に対してもびっくりしていた。
 キメラを一瞬にして切り伏せた黒い影、先程のエルフの剣士が愛刀を鞘に収めながら近付いてきた。
「大丈夫ですか?」
 木に寄り掛かるように座り込む少女、手を伸ばした。
「……あ、はい、ありがとうございます……」
 剣士はリュウナの小さい手を取ると優しく助け起こした。彼女の大きな瞳と剣士の眼があった。
「!?」
 今度はこの小柄な剣士の方が驚きの顔を見せた。その顔が自分がこれから逢いに行こうとしていた人物にあまりにもそっくりだったからだ。
 綺麗に澄んだ大きな瞳にふっくらとした頬、横に愛らしく垂れ下がった大きな猫の耳。彼の記憶の中の人物と、本当にあまりにもそっくりな顔付きをしている。髪型と言い、身体全体から感じる雰囲気と言い、どこまでも良く似ていた……一つの大きな違いを覗けば。
「……あの、リュウガさん、お久しぶりです……その……随分と背が縮みましたね???」
 その台詞を聞いてリュウナは、ぷっと軽く吹き出
「良く似てますよネ? わたしはリュウナっていいます。わたし、リュウガの妹なんです」してしまった。
 リュウナが胸の前で両手を、ぽんっ♪と合わせる様な仕草を見せながら、目の前の剣士に自分の正体を答えた。普段見せる癖までも良く似ていた。
「はい!?」





 二人はリュウナの家、つまりリュウガの下へと、森の小道を歩いていた。
「……そうなんですか? ティアさんはうちの姉と剣の勝負に?」
「ええ」
「でも、妹のわたしがいうのも何ですけど、強いですよ、リュウガは」
「……ええ、それは充分解ってます。でも……凄く悔しくて……」
「悔しい……」
 リュウナは自分の姉と対戦して負けた相手から、初めてそんな台詞を聞いたような気がした。
 リュウガの剣士としての力は、普通の者が見せる剣技とは余りにも次元が違い過ぎる程強かった。その強さは、負けた相手が悔しさすら覚える事が出来ないぐらいの、桁違いの強さを見せていた。
 それでもこのティアと言う名の剣士は、悔しいと口にする。それはつまりこの小柄な剣士も相当な力を秘めていると言う証明だ。
「普通に負けたのなら素直にあきらめがついたのかもしれないけど、あの時俺はリュウナさんのお姉さんに一激も打ち込む事が出来なかった。一回も剣と剣がぶつかり合う音を聞く事が出来なかった……その事だけが本当に悔しいんです。リュウガさんに負けたという事実よりも」
 何時の間にか熱く語っている自分に気付いたティアは、隣りを歩く少女を見た。彼女はちょっと頬を赤く染めながら、自分の話に聞き入っていた。
「どうしました? 熱でもあるんじゃ??」
 その顔を見たティアが、少し心配そうに聞いた。
「……その……そう何かに一生懸命打ち込んでる男の人って、すっごく格好良いなぁって思って……」
 それを聞いて、今度はティアの顔が一気に耳まで赤くなってしまう。
「や!? やめてくださいよぉ〜!?」
 二人は恥ずかしそうに先を急いだ。揃って顔を真っ赤にしたままだった。





 その頃家の方では、親方とリュウガが一日の仕事を終え、作業場の片づけをしている処だった。
「……そう言えばリュウナってば帰りが遅いですねえ?」
 空を見上げると、西の空がそろそろオレンジ色になる所だ。
「ん? ああ、多分幻獣にでも襲われてんじゃないのか」
 はい、その通りです……と言うか、もっと心配しなくて良いのか!? 二人とも!?
「ただいま〜」
 噂をすれば影のいう通り、タイミング良くリュウナが帰って来た。
「あ、おかえりなさーい、随分遅いから心配してたんですよー?」本当か!? 本当に心配してたのか!? お姉様!?
「うん、途中キメラに襲われちゃったんだ」
 彼女も彼女で、先程自分自身命懸けで逃げ回っていたとは全然思えないような口調で答えた。リュウナも姉に似て相当なのんびり屋さんである。
「それはそうと、おねえちゃんお客さんだよ。この人がキメラに追いかけられていたわたしのことも助けてくれたの」
「あ、はいっ」
 仕事の手を休めてリュウガが振り返ると、そこには妹に伴われた小柄なエルフの剣士が立っていた。
「……お久しぶりです、リュウガさん」
 彼がみせた懐かしい声と顔に、リュウガが表情を輝かせた。
「ティア君じゃないですか〜、わぁ、お久しぶりです〜元気してました?」
 そう言いながらリュウガはティアの手を取った。
「あ、」
 そう、リュウガは丁度先程まで仕事の最中だったので、手が油まみれのままだった。と言うわけで、掴んだティアの手も機械油でドロドロにしてしまったのだった。
「ご、ごめんなさいティア君っ」
「あ、いえ、その……」
「リュウナぁ〜ごめんなさい〜、濡れタオル持ってきて貰えますぅ〜?」
 家の中に入っていたリュウナは台所でタオルを濡らすと、慌てて飛び出してきた。
「もう〜おねえちゃんてば〜、ホントおっちょこちょいなんだから〜」
「エヘへ、ごめんなさい」
 リュウナは油で黒く汚れてしまったティアの手を取ると、丁寧に拭きだした。
「良いよ!? 自分でやりますよ!?」
 オドオドし始めたティアに向かって、手を動かしながら優しく微笑む。
「う、うん、やらせて下さい。ティアさんの手、ホントいい手をしてますネ」
 ティアの一見繊細そうな印象を見せる手には、手の平の至る所に剣胼胝が出来ていた。これはその剣を何千何万と振って来た証だ。
 されるがままのティアは顔を赤くするばかりであった。
「はい、終わり」
 リュウナが手を離した。勿論ティアは顔を真っ赤にしたままである。
「ティア君? 今日はどうしたんですか?」
 リュウガが腰に吊った乾いたタオルで自分の油まみれの手を拭いながら聞いた。このタオルはちょっと汚いので、貸すには適さないようだ。
「その、リュウガさんともう一度御手合わせをお願いしたくて来ました」
「わたしと?」
「はい、あの帝国府で行われた剣武会の時、俺はあなたに一太刀も打ち込めなかった……それが悔しくて悔しくて……それでもう一度修行し直して、ここまで来させてもらいました」
 ティアが姿勢を正す。
「もう一度俺と勝負してもらえないでしょうか?」
 その台詞を聞いて、リュウガがにこっと微笑んだ。
「ええ、喜んで」
 自分の前に立つ精悍な顔付きをしたエルフの剣士を、まじまじと見詰める。
「ティア君の身体、ずいぶんと傷だらけですね。相当修行を積んできたのが解りますよ」
 彼の肌が露出している部分は、殆どと言って良いほど切り傷が見えていた。小柄な身体に着込む鎧にも、細かな傷が沢山付いていた。
 そしてティアの瞳。凄くいい眼をしていた。
 リュウガも剣士の一人として、こんなにも良い眼をした相手と戦えるのは凄く嬉しかった。帝国府の剣武会の時も良い眼をしていたが、今のティアの瞳はそれ以上の輝きを放っていた。
「わたしもなんだか、わくわくしてきましたよ」





 仕度をする為にリュウガは家の中に入っていった。
 それと入れ替わるようにして、大きな木製のベンチを抱えてリュウナが出て来た。
「はい、お疲れでしょ? 姉が出てくるまでこれに座っといて下サイ」
「あ、すいません」
 二人はベンチに並んで腰掛けた。
「……あの、何で皆さんはこんなにも優しいんですか?」
 一寸考える素振りを見せながらティアが口を開いた。
「え??」
「だって俺は勝負に来てるんですよ? 俺はあなたのお姉さんを傷つけに来たのも同じなのに」
「……」それを聞いて、リュウナが少し考えるような仕草を見せた。
 そしてしばらくして、考えが纏まったように口を開く。
「……何ででしょうね……でもそれは多分ティアさんが凄く一生懸命だから」
 リュウナが優しく微笑みながらその疑問に答えた。
 自分に向けられた無邪気なその笑顔を見て、自分の心臓が大きく高鳴るのをティアは感じた。
 顔を赤くしたまま固まってしまうティア。
 その時、仕度の終わったリュウガが家の中から出て来た。鎧を着込み、腰には愛用の大剣を吊り下げている。
 手にはトレイを持っており、上には湯気を立てるティーカップが三つ程載っていた。中には綺麗な琥珀色をした、温かい紅茶が入っている。
 やはりこの格好のまま台所に立って用意をしたのであろうか? そう考えると何だか微笑ましい。
「あ、ごめんなさい、お邪魔でした?」
 そんな突っ込みをリュウガに入れられてしまったティアは、更に気恥ずかしくなってしまって、余計に顔が赤くなる。
「そ、そんな事ないですよっ」
「えへへ〜」リュウナも照れて頬を染めていた。
 リュウガはティアを挟んでベンチに座る妹の反対側に腰掛けた。いわゆる両手に花と言う構図である。紅茶の入ったカップを、ティアと妹に一つずつ渡す。
「ティア君こんなとこまで来て疲れたでしょ? こんな物しかないですけど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「わたしも仕事終わりなんでちょっと一息つかせてくださいネ」
「すいません、その……突然押しかけちゃって」
 本当に申し訳なさそうな顔をするティア。
「……」
 これから戦おうとする二人の剣士を、リュウナは考え深げに見つめていた。
 もしかしたらどちらかが命を落すかもしれない……でも二人はそんな心配を微塵も感じさせない。
 これが高レベル同士の剣士の戦いと言う物なのだろうか?
「……ふう」
 残りの紅茶を一息に飲み干したリュウガは、一息ついたように小さく息を吐き出した。
「さて、そろそろ始めましょうか?」
「ええ」
 リュウガの呼び掛けに答えて、ティアも立ち上がる。二人の鎧や剣の鞘がぶつかる乾いた硬質な音が、静かにこだました。
 リュウガとティアは充分に間合いを取って対峙した。
 その後には、拳の形にした両手を口に当てたポーズでじっと固まっているリュウナだけが残された。
 無言で二人を見詰めている。こう言う場で「がんばって」等という言葉は無粋なものだ。ドクンドクンと、リュウナの心臓の鼓動が、大きく高鳴る。
「……どうしよう、わたしの方が緊張してきちゃったよ……」
 小さく独り言を呟く彼女の隣に、大柄な男が腰を下ろしてきた。
「……親方さん……」
 リュウナがオーガの親方に緊張と心配の入った目を向ける。それを見て親方が、彼女の小さい頭にぽんっと手を載せながら呟く。
「どっちが勝つかなんて野暮な質問は無しだぞ」
「……うん」
 心配でいっぱいのホビットの少女の前に立つ、二人の剣士。
 ティアが口を開いた。
「……本気でお願いします」
「ええ、もちろん」
 ティアが剣を抜き払った。彼の持つバスタードソードはかなり分厚い作りをしている。この小柄では少しもてあましそうな作りだ。
 ティアが主のいなくなった鞘を投げ捨てた。音を立てて地面を転がる。
「!?……ティアさんまさか!?」リュウナの顔が蒼白になった。
 鞘を捨てる。それは自分の命を捨ててでもこの一戦に懸けると言う意思表示だ。姉と同じくのんびりとした性格の彼女だが、流石にその行為を目の当たりにして動揺を表した。
 しかし、思わず身を乗り出そうとしてしまった彼女の肩を、親方がそのごつい手で掴む。
「いや、違う、あいつは少しでも自分の身を軽くする為に鞘を捨てたんだ。あいつ相当やる気だな」
 親方が、毛で覆われた顔でニヤリと笑いながら、そう諭した。
「で、でも……」
 それでもリュウナの小さい胸のドキドキは止まらない。
「……」
 ティアの動きを見ながらリュウガが身を低くした。顔には何時もの優しげな微笑みは無い。それは、目の前の敵を一撃の内に打ち倒す剛の剣士としての顔だ。
 流れるような動きで左腰に構える大剣の長い柄に右手を構える。抜刀の構えだ。
 リュウガも本気だ。
 おもむろにティアが自分のバスタードソードを上段に構えると、剣の柄が顔の横に来るような姿勢で、両腕を肩の上で交差させる構えを取った。
「え!? あの構えは、おねえちゃんと同じ!?」
 そう、その構えは、リュウナの隣に座るオーガの親方がリュウガに教えた剣の構えと同じだ。
 戦場を舞い踊る刃のロンド「輪舞剣」それがその流派の名だ。
「あいつはリュウガの初太刀を捌く事だけを考えて今まで修行して来たんだろう。だから必然的にあういう剣の構えになった、ただそれだけの事だろう。あいつなかなか見所のある奴だな」
 親方はティアの構えが、彼自身が生み出した我流である事を見抜いていた。流石リュウガの剣の師である。
 リュウナがドキドキで赤くした顔を姉に向ける。
 目の前で対峙する剣士が、自分が普段見せる構えと同じ剣の構えを見せても、リュウガは少しも動じた気配を見せていなかった。
 リュウナが今度は相手の方に目を向けようと思った時、ティアが動いた。
 一瞬視界から消える。
 相手に比べてパワーもスピードも劣る自分としては、自分の小柄な身体の的の小ささを信じて、まずは相手の懐に飛び込むことが先決だった。
 それに応えるように足音だけを残してリュウガも視界から消えた。
 そして一瞬の後、天を割らんばかりの凄まじい剣戟の音があたりにこだました。
 ティアはリュウガの抜刀の一撃を、腕を交差させたその構えで何とか凌いでいた。鋼鉄が擦れ合う、鍔迫り合いの音が聞こえる。
「ぐぅ!!!」ティアが喉から搾り出すように雄叫びを上げた。
 眼の良いリュウナは、そこに至るまでの二人の剣士の一瞬の出来事を、何とか見ることが出来ていた。
 リュウガは自分の大剣を引き抜き鞘走りさせている間に、更に左足を相手に対して踏み込んでいた。
 本気の抜刀だ。
 全力を持って打ち込めば、甲鐵級巡洋戦艦の四〇センチもある主装甲をも切り裂く剣である。まともに食らえば手に持つ剣ごと胴体を真っ二つにされてもおかしくない。
 しかしティアは、分厚いバスタードソードでその剣を受け止めていた。剣のぶち当たる角度や位置が少しでもずれていれば、今頃簡単に剣を折られその首を飛ばされていただろう。辛い修行の成果が今ここに発揮された。
「す、すごぉい!! あのひとおねえちゃんの抜刀を受け止めちゃったよ!!!」
 リュウナが驚きの声を上げる。
「……があ!!!」
 ティアが渾身の力を込めて、相手の大剣を弾いた。その衝撃を食らい、リュウガが姿勢を崩す。
 バランスを失いそうになった彼女が右脚の位置を変えた。具足の靴底が地面の砂を噛む。
「すごぉい!!! すごぉい!!!」
 リュウナはティアの剣士としての強さを目の当たりにして、凄いの連発だ。
 ティアは相手が右脚を後ろにそらしたその一瞬の間を見逃さなかった。
 リュウガの大剣を捌いた剣を、その流れを維持したまま顔の前で回転させて上段に構えた。それは輪舞の剣の基本的な剣の流れと、まったく同じものだ。そしてそのままリュウガの頭へと撃ち下ろした。
 相手は剣を抜き払った直後だ。自分に二の太刀を打ち込むには距離も時間も無さ過ぎる。
 ティアは勝利を確信した。
 このままリュウガの頭を割ってしまわないように、頭に剣が当たる寸前で動きを止めようと思ったその時。
「!?」
 金属同士がぶち当たる、大きい音が響いた。ティアが驚愕の表情を見せる。
 力を抜く寸前の、全力をまだ維持していた彼の剣は、リュウガが左腕に持った鋼鉄製の鞘によって受け止められていた。
 リュウガはただ右脚を後ろにそらした訳では無かった。自分の剣を捌いた後のティアの剣の流れを一瞬で読み取り、右手に持つ剣では相手の剣を受けるのは不可能とすぐさま判断していた。そこで左手に残る鞘でその剣を弾くべく、片足を引いて自分の位置をそらし、鞘先を高速で相手の剣にぶち当てるため身体に反動を付けていたのだ。
「……」
 ティアの顔は最初驚きに満ちていたが、徐々に落ち着いた表情に戻ると満足げに少し微笑んだ。
 ティアが剣を離した。
 激闘を繰り広げた分厚いバスタードソードを左手で逆手に持ち直すと、片膝の姿勢でリュウガの前にひざまずいた。
「……参りました。やっぱり強いですねリュウガさんは」
 そう口を開くティアの眼は、何の曇りも無い本当に良い眼をしていた。
 自分の大剣を鞘に収めながら、リュウガも両膝を着く姿勢で彼の前に腰を下ろした。
「い〜え、ティア君もホント強くなりましたネ、それに良い引き際です」
 彼女もこれだけの凄腕の剣士と戦えた事を表すように、嬉しさを全部出した微笑みの顔に戻っていた。何時もの優しい笑顔だ。
 そんな二人の下に、ベンチを飛び出したリュウナがやって来た。
「す、すごぉい! すごいよティアさん!!」
 大好きな自分の姉の方ではなく、その姉と死闘を演じたエルフの剣士の方に一番にやって来た、
「そ、そうかな?」
「うん、だってうちのおねえちゃんの剣を弾き返しちゃうひとなんて、初めて見たんだもん」
 リュウナが驚きを表すようにティアの腕を掴む。普段女の子と接する機会があんまり無かったティアは、彼女に腕を掴まれたぐらいで、また顔を赤くしてしまった。
「でも、ティアさん、なんであそこですぐに剣を下ろしちゃったんですか? ティアさんならもっといけたかも知れないのに?」
 ティアが口を開く。
「……もし、これが実戦だったら俺が振り下ろした剣をあの鞘で受け止められた後、リュウガさんの右手に残る大剣で俺の心臓は串刺しにされている所です。たとえあれ以上戦って万に一つも俺が勝ったとしても、それはこの勝負に勝った事にはなりませんから……」
 リュウナはティアの言葉を聞いてあらためて思った。自分の姉以外にも、こんなに凄い剣士が世界中にはいるんだなあと。
「ふぅ、ティア君今日は疲れたでしょ? 良かったら今夜はうちに泊まってって下さいナ」
 胸の前で、ぽんっ♪と両の手の平を合わせる仕草を見せながら、リュウガが言う。
「良いんですか?」
「ええ……良いですよね親方さん?……あれ?」
 先程まで二人が座っていたベンチの方に目を向ける。そこにはオーガの親方の姿は無かった。
「あれ? リュウナ、親方さんは?」
 リュウナもその時になって親方がいなくなっている事に初めて気が着いた。
「……あれ? さっきまでわたしの隣に座ってたのに??」
 妹の台詞を聞きながら、リュウガがこれ以上考えていてもしょうがないと言った風に立ち上がった。
「まあ、親方さんには後で話すとして……そうだ、早くご飯の支度しなきゃ」
 リュウガがそう言いながら二人と一緒に母屋の方に向かおうと思った時、唐突に目的の人物が母屋の木戸から出て来た。親方は何故かエプロン姿である。それもピンクを基調としたかなり可愛らしいデザインであった。
「飯ならもう出来てるぞ」
 気が付けば、台所に付けられた煙突からもくもくとした煙りが、夕暮れ空に昇って行っていた。
「お前のエプロン借りたぞリュウガ」
「あ、すいません親方さん」
 親方が自分に代わって夕飯の支度をしていた事に気付いたリュウガは、ぺこっと首をすくめた。
「まあこんな時はな」
 二人のホビットの姉妹に挟まれるようにして立っていた小柄なエルフの剣士に、親方が顔を向ける。
「お前ティアといったな?」
「は、はい」
 幾ら可愛いデザインのエプロンを着ていても、親方のこの迫力は変わらない。身体から滲み出る凄みに気圧されたかの様に、ティアは良い子の返事をしてしまった。
「お前うちで働いてみる気は無いか?」
「!?」
 その場にいた親方以外の全員がびっくりしたように親方の方を見た。普段はあまり物事に動じない、この、ぽよ〜んとした姉妹も流石に少し驚いたような顔を見せていた。
「そこにいるリュウガはもう直ぐ帝国軍の訓練学校に行くことになっている。つまり働き手が一人減るってことだ。どうだ? うちで働くんだったら俺がお前に剣を教えてやっても良いぞ。何しろリュウガに剣を教えたのはこの俺だからな」
 そう言いながら長い犬歯を見せながら不敵に親方が笑う。ティアにしてもこの龍機兵鍛冶の親方こと、デューグフリーデンと言う剣士の事は良く知っていた。リュウガの剣の師である事も、そしてこのデューグ自身も相当な力を秘めた剣士である事も。
 ティアには断る理由が無かった。故郷の家を出て以来、ずっと旅から旅の冒険者生活を送って来た。だから自分を縛る物は今のところ何も無い。
 とりあえず少し考える素振りを見せてからティアは答えた。
「はい……その、皆さんが良ければ」
 リュウガが両手を胸の前で、ぽんっ♪と合わせながら口を開いた。
「良かったじゃないですか、ティア君? その、リュウナはどうですか?」
「うん、わたしも全然構わないです……でも、その、お風呂とかは覗かないで下さいね?」
「そ、そんな事しませんよ!?」
「じゃあ、明日から頼むぞ」
 親方が満足げに笑った。
「はい! よろしくお願いします!」
 リュウガは親方の考えが解っていた。もう直ぐ自分が家を離れてしまい、寂しい思いをする事になる、リュウナの為にした事だと言う事を。さしもの親方も女の子と二人っきりの相手が自分では、どうにも会話が続かないと言う事を悟っていたのだろうか。
 ……でも、いきなり男の子を居れちゃうなんて親方さんも凄いですねえ、でも、親方さんの事だからリュウナがこのティア君にいきなり一目ぼれしちゃってる事にも気が付いてるんでしょうね……
「さて、みんなとっとと家に入ってまずは飯を食え。久しぶりに作ったんで味の保証は出来んがな」
「はーい」
 リュウナがティアに寄って来た。
「……あの、ティアさん」
「はい?」
 リュウナが、おずおずと口を開く。
「……わたしもおねえちゃんみたくティアさんのこと、ティア君って呼んでも良いですか?」
「え? あ、はい、どうぞ?」
 そんな無邪気な笑顔で頼まれてしまっては素直に「はい」と言うしかない。
 それを聞いたリュウナが満面の笑みを浮かべた。
「エへ、それじゃあこれからよろしくお願いしますネ、ティア君」










「……たしかにわたしあの時、ティア君のことを好きになったんだよね。おねえちゃんが好きの気持ちとはまた別の気持ちで」
 二人の出逢いの日を思い出しながら、リュウナが独り言を呟いていた。
「こんなお兄ちゃんがいたら良いなって思った。そしたらティア君は本当にお兄ちゃんみたくなってくれた。おねえちゃんがいなくなってもあんまり寂しくなかったのは、やっぱりティア君のおかげだったんだよね」
 昔日の想いに耽っていたリュウナは、壁際の方からノックの音を耳にした。
「どうぞ」
 リュウナが返事をすると、静々とドアを開けて、エルフのメイドが入ってきた。
 そのメイドは入ってきた時と同じくらいゆっくりと丁寧にドアを閉めた。そこで一息付いたように、閉めたばかりのドアに身体を預けた。
「はぁ〜、人形役も疲れるよ」
「フフ、ティア君もそのメイドさんの格好、良く似合ってきたよネ」
「そんなこと言われても嬉しくないよ」
 リュウナは靴を履くとベッドから離れた。
 先ほどまで昔日を回想してまで考えていた本人がやって来て、リュウナはちょっと気まずい気持ちになっていた。だからその恥ずかしさを払拭したくて、少し身体を動かしたかった。
 リュウナはベッドの置かれた反対側の壁まで来ると、そこに付けられた窓から再び夜の街に目をやった。こちらの窓から見ても、やはり街は静かだ。
「しかしわたしたちずいぶんと簡単に入り込めたよね。ここって枢機軍の中心都市でもあるのにね?」
「今は戦時中だからな。敵国の者が一人や二人ぐらい入ったって、誰にも判らないぐらい混乱はしているさ。それに俺みたいに人形にされた同族がいっぱいいるんだ。これじゃどうぞ潜入してくださいって言ってるようなもんだよ」
 ティアが真面目な顔で答えた。リュウナも真剣にその言葉を聞いていた。
「……?」
 その時ティアは、テーブルの上に少し飲みかけのコーヒーが置かれているのに気付いた。
 それを見て自分の喉が乾いているのを思い出した。メイドの格好をさせられて、しかも人形のフリをし続けて、少し息が切れていた。
「ねぇリュウナ、そこのコーヒーもらっても良いかな? ちょっと喉乾いちゃって」
「え? 良いよ?」
 外を見たままだったリュウナは、その意味も良く考えず素直に答えた。
「……!?」
 しかしティアがコーヒーカップに口を付けた時、自分がしてはいけない過ちを犯したことに気付いた。
「!? なんだこれ!?」
 リュウナの飲みかけのコーヒーをひとくち口に含んだティアは、びっくりしたような声を上げた。
「お前こんなに甘党だったっけ?」
 それは甘党などと言って比較できるような甘さではなかった。まるでシュガーポットの中身を全部ぶちまけたぐらいの甘味量をしていた。ついでに言えばコーヒー自体の量も半端ではなかった。
「……リュウナ?」
 ティアがそう言った時、彼女はとても寂しそうな顔をしていた。
「わたし……最近、食べ物の味が良くわからなくなることがあるの……」
「それは、どういう……」
「龍の焔を使うたびに、わたしの身体、どこかおかしくなるの。目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、匂いが判らなくなったり」
「じゃあ、この甘すぎるコーヒーも?」
「うん……最近は食べ物の味が良くわからなくなるんだ……そのコーヒーもわたしが飲んでも殆ど甘くないんだよ」
「なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
「……」
 俯いてしまったリュウナ。しばらく沈黙が続いた。
 そして少女は、悲しそうに再び口を開いた。
「龍の焔が使えるようになってから、わたしの身体どんどん壊れていく……どんどんバケモノみたくなっていっちゃう……だから、嫌われたくなかった……怖いって思われたくなかった……誰にも……ティア君にも……」
「ばかっ、俺がリュウナのこと嫌いになるわけないだろ! お前のこと怖がるなんて事あるわけないだろう!!」
 リュウナの言葉に、ティアは叫んだ。
「わたしティア君のこと好きだから、嫌いにならないでほしかった、怖がらないで欲しかった……だから……」
「俺だってお前のこと好きだよ! 大好きだよ!!」
 ティアがもう一度叫んだ。自分の胸の奥にしまっていた気持ちを口にした。
「……」
 その言葉を聞いた時、リュウナの中で何かが弾けた。
「ティア君のその好きの気持ちは、わたしを家族として好きなの? それとも一人の女として好きなの?」
「リュウナ、どうしたんだ急に!?」
 二人の間に確かに気まずい雰囲気が流れているのを、ティアは感じた。
「ティア君、わたしいつか告白したよね、ティア君はお兄ちゃんみたいなひとだって」
「覚えているよ」
 ティアもその言葉には色々な想いを感じていた。
「ティア君、わたしがティア君のことお兄ちゃんみたいなひとって言った意味、わかってくれてるの?」
 リュウナが悲しそうな瞳でティアのことを見上げながら言った。
「……それって、俺のこと兄妹みたいにしか思ってないってことだろ? 兄が相手じゃ恋愛感情なんか沸かないって、そう言うことなんだろう」
 ティアも今まで自分の中で蟠っていた気持ちをぶちまけた。
 今ここでハッキリとしておかなければならないと思った。
 例えそれが悲しい結果になったとしても。
 そしてティアは見た。
 自分の言葉を聞いて、目にいっぱいの涙を溜めて、身体を震わす少女の姿を。
「……ばか……ティア君のばかぁ!!!」
 目から落ちる涙を周りに飛ばしながら、悲しく叫んだ。
「……わたしが実の姉であるおねえちゃんに向かって、家族愛以上の好きの気持ちを見せていたのは、ティア君だって解かってるよね……」
 リュウナが続ける。
「おねえちゃんが、男のひとだったら……血の繋がらない他人だったら……どれだけそう思ったか解からない……いつかどこかで出逢って、恋をして、告白して……本当にそうだったらどれだけ幸せだったろうって、いつも思ってた……それぐらい好き、おねえちゃんのこと、それぐらい好き……」
 震える瞳で相手を見つめる。
「ティア君のこと、お兄ちゃんみたいって言ったのは……ティア君もそれぐらい好きってことなんだよ……」
 リュウナはそれだけ言うと、顔に両手を当てて泣き出してしまった。
 大声を上げて泣き始めた少女の前には、今まで彼女の本当の気持ちに気付いてやれないでいた青年が立ち尽くしていた。
 情けなかった。
「そっか、リュウナのこと無理矢理にでも奪ってやらなくちゃいけなかったんだな」
 ティアがリュウナに歩み寄った。
「俺、お前とリュウガさんが楽しそうにしているところ見てるのが、すごい好きだったんだ。二人ともすごくしあわせそうでさ、見てるとこっちもホッとしてくるんだよ」
 嗚咽を零し続けるリュウナの身体をそっと抱いた。
「だから俺なんかが、二人の関係を壊しちゃいけないって、ずっと思ってた。俺は遠くから仲の良い二人を見ていられれば、それだけで充分だと思ってた」
 ティアが優しく語り掛ける。
「リュウナが俺のこと兄貴みたいだって言ったとき、俺は素直にその言葉を聞いてしまった。女の子の気持ちに気が付かないなんて、駄目な男だな俺は」
 泣きじゃくる少女を抱きながら、ティアも自分の想いを告げた。
「こんな鈍い奴が相手でも良いのか? リュウナ?」
 リュウナは涙でぼろぼろになった顔をティアの胸に押し付けたまま答えた。
「ティア君、わたしのことを好きでいてくれるんなら……わたしをあなたの愛で溺れさせて……おねえちゃんのこと忘れられるだけ、わたしのことを愛して……お願いよ」
 リュウナも自分の想いを告げた。
「わたしのこと、しあわせにして……それがおねえちゃんの望むことだから……わたしがしあわせにならなくちゃ、おねえちゃん悲しむから……だからお願い……」
「わかった、もうお前のこと離さない、誰がなんと言おうとリュウナのこと、絶対に離さない」
 ティアはその言葉を証明するように、リュウナの細い身体を折らんばかりに、ぎゅうっと抱きしめた。
「……ホント、二人とも奥手すぎよね」
 通路側のドアに凭れながらアリシアがぼそっと呟いていた。思わず零れ落ちた涙を恥ずかしそうに拭っていた。
「それにメイドの格好で告白なんて、ホントあいつららしいわね」





 翌日の早朝、エンディミオンの街の中を、凄まじい勢いで、三つの物体が移動していた。
 ディフュームの戦士が朝靄の中を走っていた。
 三人の中で一番脚が早いのはリュウナだった。それは焔珠を宿す者として持って生まれた身体の強さからくるものだったが、それ以上に彼女の日頃の鍛錬の成果でもあった。魔法使いとなった今でも、剣士を目指して稽古していた時のように、腕立て伏せなどの基礎体力作りは怠っていなかった。
 それに続くのはアリシアだ。黒龍師団と言う、最精鋭の戦闘集団で戦っていた彼女は、魔法を使わなくとも並みの戦士には引けを取らない程の強さを見せた。黒龍師団の中で彼女より早く走れるのは、もはやリュウガと副長しかいなかった。体重が百キロを超え、自分より脚の遅いガルアの事を「デブ、デブ」と、彼女は良くからかっていたものだ。
 しんがりを走るのはティアだった。一番遅いといっても、この二人は敏捷さに勝るホビットの者であり、自分はエルフだった。遅いのは当然とも言えた。しかもティアは大きな剣を担いでいる。しかしこれだけの重量物を持って彼女達になんとか着いていっているのだから、彼もかなり足の早い方だろう。
 三人は泊まっていた宿屋からあっという間に、目的地の直ぐ近くに到着した。





「何よ、この強力すぎる結界は!?」
 アリシアは愕然となってしまった。
 魔法管理委員会の周りには、魔法を管理する建物の防衛手段の基本でもある結界が、やはり張られていた。
 それ自体は予想していたのだが、結界自体の力が予想を遥かに越えていた。
「これって、ふつうの劫火砲でもやぶれないんじゃ……」
 のんびり屋のリュウナも、流石にこんな事態では、のんびりしていられないようだ。
「ニルヴァーナに積んである甲型劫火砲、多分あれぐらいの威力がないと、ちょっと無理っぽいわね」
 少し投げやり気味になりながら、アリシアが視線を廻らせた。
 委員会の建物の前には、正門らしきものが立っている。中に入る者はそこを通っていく。
「あの正門を突破すれば良いんじゃ?」
「多分、中に入って良い者だけが、何らかの魔導器を通して結界自体に登録されている筈よ。それぐらいの仕組みは施されているはず」
 ティアの剣士らしい直線的な意見を、アリシアが軽く受け流す。
「じゃあ、本当にこの結界を破らなければいけないんですね……でも、こんなにも強力な結界って作れるもんなんですか?」
「時間よ」
「時間?」
「あの結界を創るのにかかった時間は、ここにいるあたしたち三人の年齢を合わせたよりも長い筈よ。それだけの時間を掛ければ、これぐらいの絶対結界なら誰だって創れるわ」
 魔法管理委員会が出来た当初からこの結界は存在していた筈だった。そしてこの結界が張られた当初から、より強力なものへと徐々に力を加えられ続けて来たに違いなかった。
「やっぱりニルヴァーナをここまで持ってくるしか……」
「そんな馬鹿なまねはできないわよ。それにあんだけでかいものがやってきたら、簡単に迎撃処置を取られるわ」
「アリシアさん、わたしとアリシアさんの魔力をあわせれば、この結界でも壊せるんじゃないですか?」
 リュウナが提案した。
「それも考えたわ。多分あたしとあんたの魔力を合わせれば壊せるわ。でもここでそんなに魔力を消費するわけにはいかないわ。あの中に入ってからが本当の戦いになるんだから、それまでは魔力を温存しておかなければならないわよ」
 八方塞になってしまった。考え込む三人。
 その時、空を見上げて考え込んでいたティアが、口を開いた。
「アリシアさんは雷帝って言われているくらいだから、本物の雷の力を吸収して自分の魔力を高めることは出来るんですか?」
「え?
 ティアが突然発した言葉に、アリシアは少しキョトンとしてしまった。
「あんた、ずいぶんと突飛なことを聞くわね? 確かに可能だわよ。雷を魔力に換える変換の魔法もあたしの得意魔法のひとつよ。でも、どうしたの急に?」
「いや、都合よく雨でも降って雷でも落ちてくれないかなぁと」
 言いながらティアが苦笑する。
「でもこんなに晴れてちゃ、ダメっぽいですよね」
「そうか雷か」
 ティアの何気ない考えに、アリシアは何かを思いついた。
 自分の懐に手を突っ込む。そして中から布状のものを取り出した。それは半透明の薄蒼の綺麗な布だった。
 リュウナには、それに見覚えがあった。いや、それは子供の頃から自分の側にずっとあったものだった。
「……それは、水の衣」
「そうよ、あんたの姉さんがあたしに預けていったのよ。あいつはいつまでたっても取りに来ないから、ちょっと使わせてもらうのよ」
 アリシアは呪文を唱え始めた。魔導書に記されていた伝承通りならば、この水の衣を触媒とすれば何時如何なる所でも、この道具を与えた上級精霊そのものを召喚できると言う。
 しばらくして呪文の詠唱が終わった。
 それと同時にアリシアの手の中にあった水の衣が浮き上がり、一瞬にして膨張した。それは巨大な水の球となり、次の瞬間一気に拡散した。
 そしてその後には、一人の美しい女性が立っていた。
 すらりとした手足に濡れてキラキラと光る長い髪。蒼く艶やかなドレスに身を包んだほっそりとした身体。女が見てもドキッとしてしまう程の美しい顔立ち。そして世界への関わりを避けるかのような、硬く閉じられた瞳。
 水の精霊神青流の娘、水の精霊姫ウォルテ。
 そこには本当に、世界の全ての水を統べる王の娘が姿を現した。
「……我はウォルテ。我は水の王ウォータドラゴンの子なり。我を呼び出し者はそなた達か? 我を呼び、我に願いを伝えるには、多大なる代価を必要と……?」
 瞼を開きながらの精霊の姫のお決まりの向上は、そこで途切れた。
「あなたアリシアでしょ?」
 先程までの神々しさを全て吹き飛ばしなが、目の前にいた赤毛のホビットの名を呼んだ。
「あたしの名前は、精霊界にも知れ渡っているのか?」
 いきなりのウォルテの言葉に、さしものアリシアも面食らってしまった。
「フフフ、リュウガから聞いたんだヨ。わたしにはいつまでたっても素直になれない可愛いホビットの親友がいるって」
「……あいつ余計なことを」
「あ、リュウナちゃんもいるじゃない、元気してた? え〜と、となりにいるのは……そう、ティア君でしょ?」
「はい、ウォルテおねえちゃんも元気でしたか?」
 もの凄く親近感のあり過ぎる、水の精霊姫を前にして、アリシアもティアも少したじろいでいた。
 ……こいつは本当に、水の上級精霊なのか?……
「で、今日はなんの用なのかしら?」
「手短に言うわ」
 ウォルテの態度に最初は面食らってしまったアリシアだったが、周りの状況を思い出し直ぐに平静を取り戻した。
 水の精霊姫を召喚させるだけの巨大な魔力が発動されたのだ。委員会の者に異変に気付かれるのも時間の問題だった。
「あんたは、水の精霊の他にも、雷の精霊も操れるわよね?」
「ええ、そうよ。雨を降らせるには雷精の雲の力も必要だからね。ちなみに台風用に風の精霊たちも使えるわよ」
「じゃあ、あんたの使える雷の精霊たちを、あたしに貸して欲しいんだけれども」
「雷精を? 何に使うのかしら?」
 そこでアリシアは前方を指差した。ウォルテが彼女の人差し指の向けられた先を見る。
「うわぁ、随分と強力そうな結界が張ってあるわねぇ」
 ウォルテもその常識外れの結界の強さに、呆れたような声を出した。
「なるほど、あの結界をぶち壊す為に、わたしの雷精の力が欲しいと?」
「そういうことよ」
 アリシアが真面目な顔で続けた。
「あんたみたいな上級精霊になにか頼みごとをする時には、それなりの代価が必要なんでしょ? 魔力? それともあたしの命? 命が必要だってんなら持ってくのはもうちょっと待ってくれないかしら。あたしにはまだやらなきゃならないことがあるから」
 彼女の真剣な眼差しを見てウォルテは微笑みながら言った。
「代価なんていらないわよ」
「なんでよ?」
 精霊姫の予想外の言葉に、アリシアが当然のように疑問の言葉を投げかける。
「友達のために何かをするのに、見返りなんて必要ないからよ」
「どういう意味よ、それ?」
「あなたはわたしの親友だからよ」
「な……なんでそうなるのよ!?」
「あなたはリュウガの親友なんでしょ?」
「……一応ね」
 そう、務めてぶっきらぼうに言うアリシアの顔は、真っ赤になっていた。
 照れくさそうにしている彼女の姿を見て、ウォルテは満足そうに続けた。
「リュウガはわたしにとっても親友だわ。それにあなたは彼女の持ってた水の衣の力を頼ってわたしのことを召喚したんでしょ。彼女が自分の親友にあげたわたしの水の衣。だったらわたしはそれに答えなきゃ。彼女が親友と思っているひとは、わたしにとっても親友だから」
 そうのほほんと言うウォルテの顔は、アリシアにはこの水の衣を自分に預けていった背の高いホビットの顔に思えた。
 ……あたしも、このふたりの親友であるならば、こいつらと同じだけの笑顔が出来なきゃいけないんだな……
 アリシアは、何時まで経ってもふたりのような素直な笑顔が出来ない自分を、心の中で責めた。
「……じゃあ、あんたの行為、ありがたく受けさせてもらうわ」
 そう口にするだけが、今のアリシアには限界だった。
「良し、じゃあ、わたしの雷精くんたちを、あなたにあげましょう」
 ニコニコしながら、ウォルテはアリシアの前に近付いた。そしておもむろに彼女の肩を抱いた。
「な、なによ?」
「ちょぉっと、手荒なまねになっちゃうけど、我慢してネ」
 なにやら子供が悪戯をする前兆をその笑顔に感じ、何かを言おうと思ったが、アリシアはそれを口に出せなかった。
「え━━!?」
 リュウナとティアがびっくりする前で、ウォルテがアリシアの唇を奪っていた。
「んー! んー!! んー!!!」
 アリシアは、自分の口から身体の中へと、もの凄い力が流れ込んでいくのを感じていた。
 ……か、身体が痺れる……なによ、このすごい力は!?……
 しばらくして、ウォルテが身体を離した。
 その直後アリシアは力尽きたように、地面に座り込んでしまった。
「……あ、あたしを、こんなにするなんて……やるわね……」
 少し乱れ髪になってしまって、はぁはぁと息を吐くアリシア。なんだか妙に色っぽい。
「フフフフフ、これでもわたしは水の精霊のお姫様ですから」
「……く、苦しい」
「わぁ、大丈夫ですかアリシアさん!?」
 見ると、アリシアが本当に苦しそうにお腹を押さえていた。それを見たリュウナとティアが慌てて駆け寄る。
「あなたには、わたしが南大海で起こす一番大きい台風用の雷精と同じだけの量をあげたわ。どう?」
「……ちょっと食べすぎでお腹いっぱいの状態ね」
 ウォルテの呑気な台詞を聞きながら、よろよろとアリシアが立ち上がった。
 強がってみたアリシアだが、水の精霊姫から直接もらった雷精の力で、本当に腹が裂けそうな気持ちだった。雷帝の名を持つ雷術使いの自分でもこれだけ苦しいのだから、相当量の雷の力を入れられたに違いない。早く吐き出してしまわないと、自分の身体が持ちそうも無かった。
「……天空に舞いし、雷の精霊達よ……」
 何の前触れもなくアリシアが呪文を唱えだした。
「わぁっ、アリシアさんそんな突然っ」
 リュウナが思わず声をあげる。
「……お腹、苦しいのよ。早く吐き出さないと、あたしの身体がどうかなっちゃいそうなのよ」
 アリシアは、もう我慢の限界とでも言う風に、周りのお構いなしに呪文の詠唱を続ける。
「……その力持て、我の前に!!!」
 そう叫んだアリシアの手の中に雷光が発した。それは棒状に伸び、彼女が左腰に構えるような格好になった。雷光が更に大きくなる。それは彼女の腕の中で巨大な大砲のような形になった。そして雷の大砲は、全長が二〇メートルは超える巨大な物へと膨れ上がっていた。
「凄い! 普通の時よりも、十倍は大きくなってる!!!」
 リュウナが、そう声を上げた時、アリシアが呪文の最後の詠唱を唱えた。
「……終わりを告げし雷鳴轟かん!! エンド・オブ・ワールド!!!」
 雷系最強の攻撃呪文「エンド・オブ・ワールド」
 世界の終わりと名付けられたこの魔法は、自分の身体の中にある雷系の魔力の全てを長大な砲の形に凝縮し、それを電磁軌道砲と同様の加速過程を踏んで撃ち放つと言う、想像を絶する破壊力を示す攻撃呪文である。
 リュウナは以前アリシアがこの魔法を撃ち放つのを直に見たことがあるが、今見たエンド・オブ・ワールドは、ウォルテの魔力を得た事により、本当にその時の十倍近い巨大な姿をしていた。
 アリシアの雄叫びの一瞬の後、魔法管理委員会の正門辺りで、凄まじい爆発が起こった。
 それは本当に劫火砲の直撃を食らったような、大きな破壊をもたらした。
 何かが張り裂ける音が、辺りにこだました。それは委員会を守っていた絶対障壁が壊れた音に違いなかった。
 まさに終末がもう一度訪れたかのような破壊力だった。
「いやぁ〜見事にぶっこわれたもんねぇ〜」
 アリシアの一連の「世界の終り」の詠唱を隣りで見ていたウォルテが感心したように呟いた。
「さて、障壁もなくなったし、一気に突入するわよ、あんたたち」
 爆風のあおりを食らって少し埃を被ってしまったアリシアが、ぽんぽんと身体を払いながら二人に促がす。
「……アリシアさんは大丈夫なんですか?」
 あれだけ巨大なエンド・オブ・ワールドを目の当たりにしたリュウナが、流石に心配そうに声をかけた。
「あたしは大丈夫よ。彼女のおかげで、随分と魔力は節約できたわ」
 アリシアはウォルテに無理矢理身体の中に入れられた雷精の力だけで、今の驚異的な破壊力を呪文を詠唱していた。だから魔力も充分以上に残っていた。
 随分とすっきりとした顔になっているのは、身体に溜め込まれすぎた雷力を全部吐き出したからに違いなかった。
「あんたも早く帰った方が良いわよ」
 自分に力を貸してくれたウォルテにも、ここから離れることを促がす。
「ええ、そのつもりよ」
 三人が魔法管理委員会に向かおうとする。向うも突然絶対結界を破られたのだ。それに比例した迎撃処置が行なわれる筈だ。行動を早くしなければ。
「ちょっとまってアリシア」
「?」
 ウォルテが呼び止めた。
「忘れ物よ」
「忘れ物?」
 不思議がるアリシアの前に、透き通った綺麗な蒼い布が差し出された。
「……これは、水の衣じゃない? どうして?」
「あなたは、わたしをここに呼び出すために、リュウガからもらった水の衣を使っちゃったでしょ。これはその代わり」
「でも、あたしにはこれをもらう理由が無いわ」
「なんで?」
「なんでって……」
「これはあなたのものよ。これはあなたとの友情の証。これはあなたがわたしのことを頼ってくれたお礼よ」
 にこっと微笑みながら、薄蒼の布を彼女の前に出す。
「これはわたしがあなたにあげたものだから、これをあなたがどう使おうと、それはあなた次第よ」
 アリシアは色々な想いと共に、それを受け取った。
「……わかったわ」
 新たにもらった水の衣を懐に押し込むと、アリシアは駆け出した。
「行くわよ!」
「わっ、まってくださいアリシアさんっ……ウォルテおねえちゃんもお元気で!」
 リュウナはもう一寸ゆっくりとお別れをしたかったのだが、アリシアが駆け出してしまったので、自分も早々に挨拶を済ませて飛び出した。ティアも軽く会釈を残してついていった。
「もう、ほぉ〜んと、アリシアってば照れ屋さんなんだから〜……本当あの娘が言ってた通りね」
 別れも告げずに飛び出したアリシアの背中を見ながら、彼女の気持ちが手に取るように判るウォルテは、優しげな顔で微笑んでいた。





「!? なんだ!?」
 朝の静寂を破るように、もの凄く大きな音が回廊にこだました。
 魔法管理委員会の一階の回廊を歩いていた魔導士の一人は、その無理矢理破裂したような音を、結界が破れる音のように聞いた。
「ふん、外の結界の強さに比べたら中は随分と弱っちぃわね」
「それはアリシアさんの魔力が強すぎるからだと思います……」
 聞いたことのない声に顔を向けると、見事に破壊された魔法管理委員会の本部正門が目に入った。声の主たちは、その壊された扉の辺りから中に入ってくるところだった。
「お前達ディフュ―ム!! なんでこんな場所に!?」
 魔導士風の二人、剣士風の一人。魔導士風の二人の頭の上には毛の生えた耳が載り、剣士風の者の耳は横に尖っているのが解かった。
「まさかお前達が、先日からこのエンディミオンに入り込んだというディフューム達なのか!?」
 魔導士の叫びに反応したように、三人の中で一番背が高い、真ん中に立っていた魔導士がこちらに振り向いた。
「ちょっと話を聞きに来たのよ。メスメルカーツ様って方はどこにいるのかしら?」


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