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第三十一話 迷宮の黙示録


 雷撃魔法と爆炎魔法が、あたり構わず炸裂していた。
「……こんなにぶっこわしちゃって良いんですか?」
「良いのよ、どうせ敵の施設なんだから」
 景気良く雷球の呪文を壁などに叩きつけているアリシアに向かって、流石にリュウナも心配になってきてしまう。先程、極力呪文は節約とか言っていた本人とは思えないような使いっぷりである。
「とか何とかいって、あんたもファイアボールの呪文を盛大にぶっぱなしてるじゃない?」
「それは、アリシアさんがやれっていったんじゃないですかぁっ」
 雷帝と火龍遣い。魔導教会の誇る二人の高位魔導士は、目的の人物を探し出す為に、かなり荒っぽい手段を行なっていた。魔法管理委員会の施設の直接破壊である。
 もっとも手っ取り早い方法ではあるが、こんなことをやろうとするのは世界広しと言えども、ディフュームの中ではアリシアぐらいしか居るまい。
 委員会施設の一階は、天井の高さが一〇メートルぐらいはある大広間となっているのだが、二人の強力な魔法の前では、これでも狭いぐらいだ。磨きぬかれた床や石造りの美しい造形の柱などが、みるみるぼろぼろになっていく。
 ティアはと言えば、二人の魔法使いのあまりの強さに感心を通り越して、半ば呆れ帰っていた。
 この建物に詰めていた魔法使い達が、先程から何人もこの二人を倒そうと向かって行っているのだが、その度に軽くあしらわれていた。
 桁違いというか、これだけ強いと、その強さも冗談のように思えてしまう程である。
「はぁ、このままじゃ俺の出番がなくなりそうだなぁ〜」
 自分は一応二人の護衛という役目でここまで着いてきたのだが、この分ではその必要すら無さそうであった。
「メスメルカーツ! 早く出てこないとあんたの大事な魔法管理委員会が灰になっちゃうわよ!」
 アリシアが声を上げる。
「随分と、うるさいノックだな」
 どこからともなく声が聞こえた。爆発などで騒然となった建物内部でさえ聞こえて来たのだから、念信の術を使い、直接頭の中に語りかけてきたに違いない。
 アリシアやリュウナ程の魔法使いの精神に、直接干渉出来るだけの高位魔導士など、人間世界には一人しかいないだろう。
「久し振りですな雷帝様。そちらの火龍遣い様とは、御初に御目にかかりますな」
 三人の目の前の空間が揺らいだ。白いローブに身を包んだ男が現れた。
 聞いた話によればメスメルカーツは、人間の年齢で言えば初老の範疇に入る男性である筈だが、眼鏡をかけたその顔は非常に若々しかった。
「こうやって実際に逢ってみると、結構良い男のオッサンじゃない」
「誉めるか貶すかどちらかにしたらどうだ、雷帝殿?」
 アリシアの毒言も、苦笑混じりで軽くあしらう。見た目は優雅な物腰の紳士といった印象だ。
「さて、今日の御用件は何かな? 雷帝様と火龍遣い様が揃って御出でとは、さぞや大事な御用が御ありなのでしょうな?」
 突然これだけの大破壊をまき散らした相手に対しても、落ち着いた態度を全く崩さない。高名な魔法使いの訪問に敬意を払っているのか、それとも只単に馬鹿にしているだけなのか。
「率直に聞くわ」
 アリシアもアリシアで、敵の本陣のど真中にいるというのに、その不敵な態度は全く変わっていない。
「ハイカグラってどこにあるのかしら?」
 その言葉を聞いて、メスメルが少しだけ片眉を上げた。
「ほう、もうそこまで答えに辿り着いているのか? 流石だな」
「もちろん教えてくれるわよね?」
「嫌だと言ったら?」
「此処には雷帝と火龍遣いがいるのよ。逃げられると思って? 転移の術を使ったって、直ぐに追いかけられるわよ」
 いかにこのメスメルが、魔導教会の長であるミレイヌに匹敵する程の魔導士だとしても、この二人を相手に回しては分が悪すぎる。アリシアが言うように転移の術で逃げても二人の強力な魔力ならば、直ぐに探知の魔法により居場所を見つけられてしまうだろう。
「それに」
 そこでアリシアがニヤリと笑う。
「この帝国の誇る二人の魔導士を倒せるチャンスかも知れないのよ? そんな機会をあんたは逃がすのかしら?」
 アリシアが自分達を餌にして懸けに出た。隣りで聞いていたリュウナも覚悟を決めたように、静かに相手を見つめている。
「流石雷帝、駆け引きが上手いな。私もあなた方の様な高名な魔導士とは、一度直接戦って見たかったのだよ」
 メスメルがパチンッ指を鳴らした。
「しかしこのままでは私の方が分が悪いな」
「……何?」
 突然、床が揺れだした。そして次の瞬間、メスメル立っている後ろの床を突き破って、大音響と共に何かが現れた。それは鎧を着た巨人像のような形をしていた。
「ゴーレム!?」身の丈三メートルはありそうな巨人を見てアリシアが叫ぶ。
 作り物の彫像に偽りの魂を吹き込んで作り上げる自動人形。確かにそれはゴーレムに違いなかった。しかも体表が金属特有の光沢に包まれている。それは数あるゴーレムの種類の中でも特に製造の難しい、アイアンゴーレムに違い無かった。
「へぇ、金属製のゴーレムなんて、随分と洒落たもん持ってるじゃない」
「お褒めに預かり光栄だな。趣味で造ったものだが、まさかこんな所で役に立つとはな」
 少し落ちて来た眼鏡を直しながら、メスメルが続ける。
「このゴーレムの身体には、たっぷりと時間をかけて打撃武器に対する抗魔魔法をかけてある。それがどういう事か、雷帝様と火龍遣い様には御分かりと思うが」
 その台詞を聞いて、リュウナがアリシアの方に顔を向ける。
「アリシアさん、それって……」
「剣で切ろうとしてもダメ、ゴーレムだから元々殆ど魔法も効かない。正に無敵の巨人ってことね」
 だがそれでも、アリシアはまだ余裕の態度を崩していなかった。
「しかしどんなに固い奴でも、自分の物理結合法則を超える衝撃が加われば壊れるわ」
 アリシアはそこでリュウナに目配せした。リュウナはそれだけで自分が次に何をすべきか解かったが、それに対しての躊躇いの表情を見せた。
「でも、こんなところで、その呪文を使ったら、この建物ごと吹っ飛びますよ!?」
「ここまで壊してきていまさら何をためらうのよ? ここで一番の破壊力があるのはあんたの呪文なのよ!」
 リュウナはアリシアに諭されて、観念したように呪文を唱え始めた。アリシアはリュウナのことを守るように前に出ると、再びメスメルと向き合った。
「どうしたのよあんた、魔法使いが呪文を唱えているところなんて絶好の攻撃の機会じゃない? なんでなにもしてこないのよ?」
「私も自分が造った作品がどこまで耐えられるか見たいものでな」
 メスメルも余裕のままだ。
 そうこうしている内に、リュウナの呪文の詠唱が完了した。彼女の両腕に炎が灯り始めている。
「みんな避けて!!」
 その台詞の後に、彼女が両手を翳した。
「エングレイブ・オブ・ザ・フレイム!!!」
 リュウナの両腕に蟠っていた炎の渦が、一気に飛び出した。それは二対の火龍の姿となり、まっしぐらに向かっていった。そして劫火で創られた龍が、アイアンゴーレムに直撃する。
 次の瞬間には回廊内が、目も眩む閃光と、耳を劈く大音響に包まれていた。二人が先程まき散らした破壊の中でもまだ残っていた調度品や、壁にかけられた絵画等が一瞬にして吹き飛んだ。勿論遠巻きに囲んでいた魔導士達も例外ではない。
 とてつもない破壊の火炎の中、一人だけこの状況を冷静に観察している者がいた。
 ……破壊の規模が小さすぎる……
 確かにアリシアが想像したよりも、リュウナが放った火の刻印の呪文は弱かった。彼女の魔力が減少している訳では無い。何か大きな力で上から押さえ込まれてしまったような感じだ。出なければ、先程リュウナが言ったとおり、この呪文を放った瞬間に魔法管理委員会の建物が丸ごと吹き飛んでいても良い筈だ。
 火炎と硝煙が晴れた時、目標となったアイアンゴーレムは変わらぬ姿で現れた。巨像の後ろに隠れたメスメルも、勿論無事な姿を見せている。この破壊された回廊以外は何もかも先程と同じに見えた。
 しかし一つだけ違っている物があった。ゴーレムの周りに、六個の銀色をした球体が浮かんでいた。
「なるほど、オプションつきなのね」アリシアが言う。
「流石火龍遣い様の、火の刻印だな。この銀球に詰めた破魔の魔法でも、中和するのが限界だったよ」
 リュウナの放った火の刻印の呪文は、鋼鉄の彫像の周りに浮かぶ銀製の球に封じられた抗魔魔法により、力を削られていた。
「じゃあ今度は龍の焔で……」
 リュウナが龍の焔の翼を広げる為身構えた。しかし
「龍の焔を使うつもりだな、火龍遣いよ。しかしその力も通用しないぞ」
「!? そんなことがある筈が!?」
「私も龍の焔を擬似的に再現できる爆装機の研究は良くしたのだよ。火の刻印の呪文も劫火砲の技術も、龍の焔に関する力は全て研究し尽くした。だからこそ疑似龍焔炉を作り上げ、疑似劫火砲も完成させられた。このゴーレムは矛に対する盾の実験用に創ったものだ。その金属はあらゆる火の力を跳ね返す。たとえそれが龍の焔だとしても」
 メスメルの言葉を聞いてリュウナが、力を弱める。
「どうやらその話の調子だと、本当に効かないらしいわね」
アリシアが前に出る。
「ゴーレムに施した打撃武器に対する抗魔魔法と、周りを跳ぶ銀球に施した呪文に対する抗魔魔法……ずいぶんと楽しいものを造ってくれるじゃないの?」
 おどけた台詞を言うアリシアだが、この超兵器を前にしてどう対処したら良いか、思案の真っ最中であった。
「付け加えるならば、この破魔の銀球は、相手の魔力を封じるだけでは無いのだよ」
 メスメルがそう言った瞬間、一番手前にいた銀球が、電光を発しながら近付いてきた。咄嗟のことで二人の魔法使いは隙を突かれた形になってしまった。防御魔法を唱えるには遅すぎる。
 二人が身体に対する直接的ダメージに備えようとした瞬間、その銀球の前を何かが横切った。高速で通り過ぎたその後には、銀の球が真っ二つに割られて転がっていた。
「ティア君!」
「やっと俺の出番が来たみたいだな」リュウナの声に、三つ編みの剣士がウィンクして答える。
 先程までは高位魔導士同士の戦いとなっていて、剣士の自分には手出しの出来ない状況が続いていた。しかし彼は、ゴーレムが現れてからも、リュウナが火の刻印の呪文を使って周りを滅茶苦茶に壊しても、絶え間なく動き続ける状況を油断無く見据えていた。自分の力が必要となるその瞬間に備えて。
「今まで失念していて申し訳なかったな剣士殿。しかし、もう少し、周りに気を配った方が良いぞ」
「?」
 メスメルが突然意味ありげな台詞を呟く。
 その言葉の意味を図りかねていたティアよりも、周りの者の方が先に気付いた。
「ティア君!! 後ろ!!」
 リュウナが声を上げた。その声の反応して後ろに振り向くと、銀色をした矢が、自分に迫り来る所だった。
「何!?」
 ティアが振りかぶりながら剣を振るった。二本の銀の矢は、バスタードソードに叩き切られ床に落ちた。
「気を付けた方が良いぞ剣士殿。その銀球は消滅する寸前、自分を裂いた相手に対して、残った最後の力で己を矢に変異させ、飛び掛る用にしてある」
「随分と用意が良いじゃねえか!」
 勇ましく言ってみたティアだが、自分の置かれた状況はかなり苦しいものだった。
 彼の持つ幅広のバスタードソードは、ぼろぼろに刃こぼれしていた。この銀球を真っ二つに切り裂いた時のものだ。
 両刃の剣なので裏の返せば刃はまだあるが、それでもあと一回しか切れない。この破魔の銀球自体の防御力も相当なものだ。
 それに死に際に見せる、銀の矢への変異。只なら相手に戦慄を覚えた。
「さぁアイアンゴーレムよ、敵の根拠地まで乗り込んできた三人の誇り高き戦士の相手をしてあげなさい」
 主の言葉を受け、遂に鋼鉄の自動人形が動き出した。巨腕を繰り出す。動き自体は鈍いのだが、大きさに比例したリーチの長さで、三人の間合いの中に簡単に攻撃を浴びせることが出来る。
 堅固に造られた床を簡単にぶち抜く巨腕に、三人が散らばりながら飛び退く。そして飛び退いた場所を予め予測したように、五個の銀球が寄ってくる。発する電光に思わず追い立てられると、その場所が巨像の目の前だと気付く。そしてまた巨腕の応酬。アイアンゴーレムと破魔の銀球は見事な連携を見せていた。
「くそぉ!!」
 ティアが叫びながら、背後から追い立てる銀球に向かって、上半身を捻った。気合の一戦で、親方から習った輪舞の剣の旋回切りを放った。しかしリュウガの様な美しいまでの切れ味を見せる事は出来ず、刃先だけが銀球に当たり、相手を遠くに弾き飛ばすだけに終わった。
「ちくしょう……カッコ良く出てみたものの、結局役に立たないじゃないかよ!」
 荒く息を吐きながら、自責の念に悔しがる。
「そんなことはないわよ」
 唐突にアリシアが口を開いた。この状況でも未だに落ち着いた態度を崩さない彼女に、リュウナとティアが振り向く。
「抗魔魔法がかかっているのなら、その抗魔の魔力を超える、更に大きい抗魔魔法を使えば良いのよ」
 やっとこの状況を打破出来る手段を思いついたように、アリシアが言った。
「でもアリシアさん、抗魔魔法って何年もの時間を掛けてかけるような凄い魔法なのに、そんな簡単に打ち破るなんて……」
「リュウナ、あんたの持ってるニルヴァーナを貸しなさい」
「アリシアさん!?」
「ここには世界最強の魔法使いと、歴史上最強の魔法使いが創った強力な魔導器があるのよ。この二つがあれば多少の無理は利くわよ、早く!!」
 アリシアの怒気に押されて、リュウナが素直に従う。背に背負った姉の大剣を外すと、彼女に渡した。
「リュウナ、これからあたしはしばらく動きが取れなくなるから、あんたはあたしの盾になりなさい。ティアはそのリュウナを守ること! 良いわね!」
 アリシアはさっさと二人に指示を出すと、何事か小さく呟きだした。
「ティア君、わたしは障壁を張って何とかあのゴーレムの鉄拳を受け止めるわ! ティア君は回りの銀の球をお願い! 出来るだけ遠ざけて!!」
 リュウナも呪文の詠唱を始めた。その直後、途方も無く分厚い魔法障壁が出来上がっていた。
 ゴーレムがその結界に向かって拳を打ちつけた。しかし全然びくともしない。火系最強の攻撃呪文を使いこなすだけの力を持った大魔導士が、最大出力で結界を張っているのだ。
 その力は短時間しか維持できないながらも、アリシアによって先ほど破壊されたこの魔法管理委員会を守っていた結界にも匹敵するものだった。もはや劫火砲でも持ってこなければ打ち破ることは出来無いだろう。鉄の巨人の拳があたる度、結界から伝わった振動で床が揺れる始末だった。
 しかし、その絶対の結界も、彼女の正面にのみ効力を発揮する。つまり後ろは丸裸だ。
 直線的な攻撃しかしないゴーレムに代わり、破魔の銀球が、リュウナ達の後ろに回り込もうとしてきた。そしてそれを守るのがティアの役目だ。
「たぁ!!」
 ティアが周りに寄ってくる銀球に、強烈な突きを食らわして、なんとか遠ざけようと必死になっていた。
「くそぉ、ちょこまか、ちょこまか!!」
 懐に入り込もうとしてきた一体に対して、ティアが渾身の一撃を決めた。二つに切り裂かれる銀球。あまりも素早い相手の動きに、真っ二つとはいかなかったが、銀球は力を失ったように大小の欠片に割れ、床に転がった。
 ……次の攻撃が来る……
 ティアが、変異した矢の襲来に備える。
 まず一の矢として、小さい方の破片が襲い掛かってきた。予め動きを予測していたティアは難なく叩き落した。
「次は二の矢!!」
 ティアがそう叫んだ時、まったく予想の範囲を超えた事態が起きた。銀球を切り裂いた大きい方の破片が、あろうことか二つに分離し、別々の方向に飛んだのだ。一方は自分の所へ、そしてもう一方は……
「リュウナ!?」
 結界を全力で張っている魔法使いの少女の所へ最後の矢が飛んだ。
 ティアの中で何かが弾けた。そして考えるよりも身体が動いた。
 バスタードソードを投げ付けながら、飛び出した。投げられた幅広の剣は、自分に向かっていた矢を見事に叩き落していた。
「……?」
 結界の維持に全神経を集中していたリュウナは、その時何が起こったのか判らなかった。
 気付いた時には、目の前に血飛沫が飛んでいた。
 次にリュウナが見たものは、胸に銀の矢を突き刺さしたティアが、床に倒れ伏す姿だった。
「ティア君!!!」
 リュウナが、思わず手を離そうとした。結界が一瞬弱まる。
「駄目だリュウナ!!……力を弱めるな!!」
 ティアが立ち上がる。そして右胸に深々と突き刺さった銀の矢を掴むと、渾身の力を込めて引き抜いた。
「ぐはぁ」
 胸から、矢を引き抜くと同時に、ティアの口から大量の血が零れた。
「ティア君!!」
 涙混じりでリュウナが叫ぶ。
「……俺は大丈夫だ……お前は……結界の維持を……」
 そう言うティアだが、大量の出血と激痛で、目が霞み始めていた。肺に溜まりだした血で息もままならなくなって来た。
 しかし、ティアは失ってしまった剣の代わりに鞘を外して構えると、残った破魔の銀球と再び対峙した。凄まじい根性だ。
「……ティア君」
 リュウナはもう彼の姿を見てられなかった。涙をぼろぼろ零しながら結界を張り続けた。
 ゴーレムが鉄拳を繰り出す度、結界ごと身体が後ろに押し込められた。圧力に耐え兼ねて膝が少しずつ落ちて来た。
 自分も限界を感じた時、後ろで声がした。
「リュウナ、結界を解いて」
 必死に結界を維持していたリュウナは始めその意味が判らなかった。
 頭の中が空白になっているらしかった彼女に向かって、アリシアが今度は大声で叫んだ。
「結界を解いて!!」
「は、はい!!」
 その大きな声を聞いてリュウナが我に帰った。既にかなりの魔力も体力も消費していた彼女は素直に従った。ふいに魔法障壁が消える。アリシアはリュウナの身体を片手で抱えると後ろに下がった。そして倒れかけていたティアの身体も抱えると、一気に飛び退いた。
 その直後、何かを無理矢理叩き潰す大きな音が轟く。
 三人が先程までいたその場所には、床に拳をめり込ませて動きが取れなくなった鋼鉄の巨人だけが残った。
「良くがんばったわ」
 アリシアが立ち上がる。彼女の持つ大剣の刃が妖しい光を帯びていた。
 周りを見渡す。ティアをこんなにした破魔の銀球は、天井近くの高さまで昇っていた。危険を感じて一端退いたのか、それとも更なる攻撃の為に態勢を立て直そうと言うのか。
「まずはあいつ等から片付けたほうが良いみたいね」
 アリシアが一緒に後ろに下がらせた少女の方を向く。
「リュウナ! あんたの肩借りるわよ!!」
「え!? あ、はい!!」
 ティアの手当てをしようと思っていたリュウナは、何の事か判らないまま、アリシアの言葉に従った。
 アリシアは軽くジャンプすると彼女の肩に飛び乗った。そしてそのままそこを踏み台にすると、破魔の銀球に向かって飛び出した。アリシアの凄まじい脚力の犠牲になったリュウナは、後にもんどりうって転がってしまった。
 銀球に向かう途中、アリシアは更に呪文を詠唱していた。妖しく光る刀身に、雷光の刃が纏わりつき始める。
「全てを切り裂く轟雷の刃となれ!!! エクス・キャリヴァー!!!」
 雷神剣の呪文。それはライトニングエッジ系の最強の雷刃の呪文の名。
 アリシアが雷神の刃を纏わせた大剣を舞い翻した時、全ての破魔の銀球は切り裂かれ、剣圧に耐えられず粉々に四散した。
 猫族のしなやかさを見せながら、アリシアが床に着地する。
 四つの脅威を一瞬にして排除した彼女は、最後に残った脅威の下に歩いていった。無敵のアイアンゴーレムは、地面に突き刺さった自分の右腕を抜こうと必死になってもがいている情けない姿を見せていた。
「たしか、こうやるんだったかしら?」
 アリシアはそうのんびり呟くと、剣を持った腕を顔の前で交差させる独特の構えを見せた。身体を旋回させながら振り抜く。彼女は魔法使いなので剣の心得は殆ど無いのだが、かつては世界最強の剣士の技を随分と間近で見続けた為、身体が自然と動いた。
 彼女が荒削りな動きで身体を一回転させた後には、金属製の動く彫像が、身体を真っ二つにされて地響きを立てながら床に沈んだ。
「さすが伝説に聞く名刀、ニルヴァーナね。魔導教会の長が、世界最高峰の剣士の為に創った剣」
 金属の塊を叩き切った衝撃で、アリシアの手は大きく痺れていた。
 そしてその痺れに合わせて、小刻みに揺れていた剣が変化を見せていた
「それに」
 刀身から雷神の刃の呪文が消え、抗魔魔法の妖しい輝きが消えたそこにひび割れが起こった。
「自らの命と引き換えにしてでも相手を倒そうとするなんて、本当あいつが持ってた剣らしいわ」
 刃に走ったひび割れは大きくなり、大剣の刀身はバラバラになってしまった。
 アリシアもそれを追うように、剣の破片の落ちた床に、どすんっと尻もちをついた。
「アリシアさん!」
 リュウナが叫ぶ。叫ぶ口は真っ赤に染まっていた。彼女はティアの肺に溜まった血を、口移しで吸い出していた所だった。そして彼の胸の傷口には、癒しの力を込めた護符が貼られていた。
 本当はアリシアの所まで走って行きたかったが、今はティアの介抱で手一杯だった。
「見事だな、雷帝。このゴーレムが破壊されるとは夢にも思わなかったぞ。流石世界最高位の魔法使いだな」
 アイアンゴーレムの残骸の向うから、メスメルが歩いてきた。
「さぁ、あんたの切り札はやっつけたわよ。今度はこちらの質問に答えてもらいましょうか?」
 アリシアは、へたり込む姿勢ながらも、先程から変わらない不敵な仕草を相手に見せる。
「全ての魔力を出し尽くしても、まだそれだけ覇気が残っているとは流石だな。だがもう、お前は魔法使いとしては役に立たんぞ? 私が今から転移して逃げても追いかけられるかな?」
 その台詞を聞いても、アリシアは相手を睨みつける態度を崩さない。
「だが、お前達のその強さに敬意を称して、質問には答えてやろう」
「!?」
 その言葉に三人とも驚きの表情になる。
「ハイカグラはヴァッシュが持っている。ヴァッシュのヴァンガードはフィーネ砂漠にいる。いままで破壊神がいた砂漠の中心、封印の地だ」
「嘘じゃないでしょうね?」
「今更嘘を言ってどうする? ヴァッシュは戦う相手を失って呆けている。お前達が相手をしてくれるのなら好都合と言うものだ。もっともお前達が勝てるかどうかは知らんがな」
 その時、メスメルの眼鏡の向こうの瞳の輝きが一瞬変わった。
「お前達、ハイカグラを手に入れたとしてもそれをどうするつもりなのだ? 使うのか? それを使えば人間たちは全員死滅するのだぞ?」
「そ、それは……でもあんたたちだって血抜きとかいって、あたしたちを捕まえてその血を利用する為に殺しているじゃない!!」
「そうだ、その通りだ。人間は残虐な生き物なのだよ」
 アリシアの言葉に、メスメルがさも当然と言った風に答える。リュウナも、そして意識を失いかけているティアも、メスメルのその言葉に当惑を隠し切れない。
「私たち人間は、そうやって悠久の昔から他の生き物を利用して生きてきた。だからこそ我々のような弱い生き物が生物の頂点に君臨してこれたのだ。お前達はどうだ、そこまで出来るのか? 家畜を労働力には使わず、己を生かす為の食料としか使わないようなお前達が、そこまで出来るのか?」
 メスメルの冷酷な台詞が響き渡る。
「お前達は自分達が生き残る為に全ての人間を犠牲に出来るほど非情になれるのか? 私たちの様に残虐な生き物になれるのか?」
「……」
 三人のディフュームの戦士は、その言葉に一言も発することが出来なかった。
「考えるのだな、お前達自身が」
 メスメルが指を組み合わせ呪文を詠唱し始めた。
「私はこれにて失礼させていただく事にする。この建物自体は自爆させることにしたので、お前達も早々に立ち去った方が良いぞ」
 メスメルカーツはそう言い残すと転移の呪文を発動させ、虚空に消えた。
 しばらくすると爆発音が聞こえて来た。その音を聞いて、押し黙ったままになっていたアリシアも、再び動きを見せた。
「リュウナ、あんた二人分の転移の魔法はまだ使える?」
 アリシアが回りに散らばった大剣の破片を拾いながら聞いた。
「はい、なんとかそれぐらいは魔力が残ってます」
「そう、じゃあティアの奴を連れて、早く行きなさい」
「え? それって……まさかアリシアさん、本当に全部の魔力を!?」
「全部ってわけじゃないけど、もう転移の術なんて高度な魔法を使えるほど残ってはないわ。だからあんたたちだけでも早く行きなさい」
「でも!」
「でもじゃない! ハイカグラの情報は手に入ったのよ、目的は果たしたわ。あんたたちはそれを実行するのよ」
「しかしそれじゃアリシアさんが!」
「あたしだってこのまま死ぬ気は無いわよ。一日ぐらい休めば、転移の術を使えるぐらい魔力は回復するわ。それにティアの傷はかなりの重症よ。早く本格的な治療をしないと死ぬわよ」
「でも……」
「いいから早く行けっていってるでしょ!! そんなゾロゾロいたら、逃げられるもの逃げられなくなるわよ!! あたし一人の方が良いのよ、怪我人もいたら足手まといよ」
 努めて酷い言葉で突き放そうとするアリシアだが、リュウナもそれが二人の身を案じる彼女の優しさであることを充分以上に解かっていた。
 そうこうしている内に、爆発の規模が大きくなってきた。建物の土台の基礎になるこの一階の回廊で先程まで戦闘が行なわれていたのだから、壊れる速度も加速度的に早まってきた。既にこの魔法管理委員会に詰めていた魔導士達は、その全てが姿を消していた。まだ残っているのは、この三人の他は、倒されたゴーレムぐらいだ。
 壁が崩れてきた。バラバラと建材が落ちる。この建物自体の崩壊も間近だろう。
 瀕死のティアを抱えたリュウナが、どうしようかと思っていた次の瞬間、ふいに天井が大きく崩れた。遂に崩落が始まったかと思った時、そのバックリと空いた天井の穴を更に大きく突き破って巨大な手が現れた。それは龍機兵の腕部とも比べ様がない位に巨大な手だった。
「え!? 何!?」
『遅くなってごめんね!』
 多分この大きな機械仕掛けの手の何処かに付けられているであろう拡声器から声が聞こえて来た。その直後、三人の身体は念動の魔法で持ち上げられ、巨大な手の中に載せられていた。御丁寧にも結界の呪文も張られている。
 その直後、魔法管理委員会の総本部は、大音響と共に爆発した。





 爆発が収まった時、自分達を乗せている手の持ち主の方を見上げて見ると、そこには深紅に彩られた巨人の姿があった。
 三人はその巨人のことを知っていた。特にアリシアはその巨人を何度も間直で見ていた。
 一番最初に造られた帝国の機械神。宝瓶宮の黄道機、アスタロト。魔導教会の長の駆る、紅の巨神が其処にいた。
「ミレイヌさま!?」
 リュウナが驚いたように声を上げる。
「どうして、こんなところに……」
『フィフスがいってたでしょ? 世界で二番目の魔法使いも助けに来てくれるって。だからこうやって助けに来たのよ』
 アスタロトの巨躯からは本当に、魔導教会の長であるミレイヌレカキスの声が聞こえてきていた。
「ミレイヌ様、ちょっと遅いんじゃないの?」
 遅れて登場し最後に良いところを掻っ攫っていった教皇に、アリシアが不満げな声を向ける。
『フフ、ちょっと遅すぎたわね。魔導教会の長としてそのメスメルって人に挨拶でもしようかと思ったんだけど、まさか魔法管理委員会自体がこんな有様になるとは思わなかったわ』ミレイヌが苦笑混じりで言う。
 アスタロトの頭部が旋回し、周りの状況を把握し始めた。
 魔法管理委員会と言う枢機軍でも有数の重要施設の突然の爆発は、必要以上に軍隊への緊急展開を促がしていた。既に何機かの飛装兵の機影が遠くの空に見える。
『長居は無用のようね。転移するから中に入ってちょうだい』
 アスタロトが三人の乗った右腕をゆっくりと、肩口のあたりに近づけた。頭部のあたりのハッチが開く。ここから予備の乗員室に行ける。
「ミレイヌ様、あんたどこまで跳べるの?」
『もうここまでくるのにずいぶんと魔力を使っちゃったからね。アスタロトの力を借りても、南大海のあたりが精一杯ね。そこに展開している筈の第一機動艦隊に拾ってもらうことにするわ』
 第一機動艦隊。重航空母艦赤城が旗艦を務める、帝国海軍の機動部隊だ。
 三人が機内に消えたのを確認すると、アスタロトは虚空に消えた。おっとり刀で駆けつけた者たちの目の前には、破壊された魔法管理委員会の残骸しか残っていなかった。





「なんだと!? 魔法管理委員会が壊滅!?」
 その報告を聞いて、クリストバルは血相を変えて怒鳴った。
「メスメル卿は!? メスメル卿はどうなったのだ!?」
「脱出したとの報告を受けていますが、その所在は我々にもわかりません」
 クリストバルはその言葉を聞いて、考え込んだ。
 あの切れ者のメスメルカーツならば、そのまま死んでしまうような馬鹿なことはありえまい。
「判った。インビンシブルとエンドベルの南バーラトへの移動は予定通り行なう」










 アリシア達を救出したアスタロトは、南大海海上に姿を表した。そこには予定通り、第一機動艦隊が遊弋していた。予め連絡は取れていたので、ミレイヌも含めた四人は直ぐに艦隊に収容してもらうことが出来た。
 第一艦隊の指令は、ディフュームの世界でも三本の指に入る高位魔導士が、三人全員揃っている驚愕の状況に歓喜し、艦隊を動かして龍樹帝国本土である月出列島まで送るとまで言ったが、流石に基準排水量一三六五〇〇トンを誇る重空母でも十万トンもある機械神を積んで運ぶことは出来ないので、丁重にお断りしていた。
 戦艦クラスの大型兵器を単体転移させる技術自体は、龍樹帝国の方でも実用化できていた。と言ってもその能力を持つのは今まだにこのアスタロトしか無く、また操士に与える負担も大きい。いくら魔導教会の長を務めるだけの強大な魔力を持つミレイヌだとしても、この機体を再び魔導教会まで転移させられるだけも魔力を回復させるには二日程かかった。
「……」
 リュウナは赤城の医務室にいた。そして目の前のベッドにはティアの姿があった。
 ティアはあの破魔の銀球が変異した矢に、右の胸を串刺しにされた。人間のような弱い生物だったら即死していてもおかしくない程の重症だった。
 それでもティアは生き残った。ディフュームの身体の強さのおかげもあるが、彼がそれだけ強い戦士でもある証拠だった。
「……う、うん……」
 ティアは目を覚ました。目の前には見慣れたホビットの少女の顔があった。
「……どうやら生き残れたようだな俺は」
「うん……」
 少女は彼が目を覚ましたのを見て、素直に安堵した。
「ティア君……折角恋人同士になれたんだから、死んじゃったりなんかしたら嫌だよぉ」
 リュウナが相手の身体にそっと見を寄り添わせた。
「大丈夫だよリュウナ。俺は死なないよ」
 ティアは自分の側に来た相手の頭を優しく撫でていた。手が動く度に彼女の頭の耳が少し揺れるのが可愛いかった。
「でも……」
「俺は彼女に告白した直後に死んじゃうような三文芝居は、カッコ悪くて出来ないよ」





 空母赤城に丸二日滞在した後に、四人とアスタロトは帰って来た。
 アリシア達三人の持ち帰った情報を元に、すぐさま作戦の計画が立てられた。と言っても戦いはどうにも避けられそうに無い。結局は、誰があの、破壊神を除けば最強とも言える相手と戦うかと言う問題に終始した。
「あたしとリュウナが行くわ。多分あのヴァンガードって言うバケモノを上回るものは、あたしの魔力と、ニルヴァーナの甲型劫火砲の力ぐらいしかないわ。奴より弱い力のものがいくら集まっても足手まといになるだけよ」
 アリシアがきっぱりと言い放った。
「あとはガルア、あんたにも来てもらうわ。あたしたちの護衛役なんてできるの、多分あんたぐらいでしょ」
「ははは、俺もこの一戦に連れて行ってもらえるのか?」
 会議に同席していたガルアデュアルが、師団長である自分を差し置いてさっさと決めてしまっている彼女に、苦笑しながら答えた。
 今まで破壊神の動向の監視に当たっていたガルアは、その破壊神が大艦隊を引き連れて移動を開始した為、急遽その報告の為に帰還していた。
 このまま、中央大陸と月出列島を隔てる内海を越え龍樹帝国本土へ侵攻してくるのならば、そのまま迎撃に就いたのだが、破壊神達の進む方向はまるで反対の方だった。艦隊は北上し、北極圏へ抜けていった。
「ガルア、破壊神たちはこのまま進むと、どこに行くわけ?」
「そのまま行けば西大海に入る。真っ直ぐ進めばアルビオンのある南バーラトに着く。どういう理由か知らないが、インビンシブルを破壊神ごと地下工場にドック入りさせるつもりなのだろう」
「じゃあ、従神器が上手く機能していないって言う噂も本当なのかしら?」
「そうかも知れん」
「うちの陛下なら判るかしら?」
「いや、事はもう既に、創造神が計画した以上に進んでいる筈だ。もうこれから先、何が起こるかなんて誰にも判らないさ」
「……」





 結論が出るとアリシアは早々に会議を辞した。自分にはやるべき事があった。
「リュウナ、いる?」
「あ、はい」
 一応ノックの後にドアを開けた。魔導教会内のリュウナにあてがわれた部屋にアリシアが入る。
 そこは龍魔導士の称号を持つ高名な魔法使いである彼女には少し似つかわしくない、随分とこじんまりとした部屋だった。
 しかし綺麗に片付けられ、住み心地は良く見える。ここは彼女の姉が子供の頃に使っていた部屋だった。
「あんた、あいかわらず一人になると泣いてるのね?」
 部屋で休んでいたリュウナは、それをするのが当然の事のように大粒の涙を零していた。リュウナはアリシアには自分が一人になると、姉のことをどうしても思い出してしまって泣いてしまうことを伝えてあるので、彼女の前でも泣いたままだ。
「あの魔法剣士と戦いに行くのは、あたしの黒き雷光とあんたのニルヴァーナ、それとガルアの黒き疾風になったわ。あんたにはまた無理をさせることになるわね」
「……はい。でもあのヴァンガードって言う機動戦艦を超える力は、アリシアさんの魔力の他は、ニルヴァーナの劫火砲しかないですから、仕方無いですよね」
「……そうね」
 彼女の物分りと覚悟の良さに、アリシアは言いようの無い歯痒さを覚えた。こんな小さな少女に世界の命運を託さなくてはならない歯痒さを。
「……」
 アリシアは目的の物を探した。此処へ来たのは彼女にこれからの行動を伝えに来ただけじゃなかった。自分にはもう一つやる事があった。
 部屋の中を見回す。
 そして目的のものは、ほんの一寸部屋の中を見渡しただけで見つかった。
 部屋の中央に置かれた机の上に、壊れた剣が置かれていた。メスメルの繰り出してきたアイアンゴーレムとの戦いで折れてしまった大剣。彼女の姉がずっと使っていた剣だ。リュウナにとっては形見とも言っていい品だろう。
「ちょっとこの剣借りるわよ」
「え? あ、はい……でも折れちゃったから、もう役に立たないですよ……」
 アリシアの言葉に、リュウナが悲しそうに答えた。
 アリシアは折れた刀身をそろえると、傍らに置いてあった袋の中身を開いた。そして中に入っていた刃の欠片を並べ始めた。
「この剣は、大昔に作られた大太刀の刀身に、わたしの母が魔力を封じて創りあげたものなんです。どんな剛腕の剣士が振るっても絶対に折れてしまわないようにと、とっても強い魔法をかけて。だからもしこの剣が折れてしまったら、もう誰にも直すことは出来ないです。わたしの母の魔力は大変強いものだったとミレイヌ様は言ってました。今のアリシアさんよりもずっと強かったって」
 リュウナの台詞が聞こえないかの様に、アリシアが黙々と破片を並べていく。
「世界で一番のアリシアさんよりも強い魔力で創られた剣なんですから、もうこの世の誰にもこの剣は元に戻せないですよ」
 アリシアは破片を並べながら、昔を思い出していた。





 それは帝国府で軍務に就いていた時の、ある日の休日の話だ。
 ラフな私服でアリシアは帝国府のある内湾の港町を歩いていた。呪文に使う触媒を錬金術士が営む道具屋に買いに行った帰りだった。
「アリシア〜っ」
「?」
 アリシアは何処からか聞こえて来た自分を呼ぶ声を聞いて止まった。
 周りを見渡して見る。声がした方向にはオープンカフェのテーブルが並んでいた。
「ここですよ〜」
 手前の席に座っている髪の長い女が、ぶんぶんと力いっぱい手を振っていた。
 彼女がアリシアを呼んだ声の正体であるらしい。しかし誰だったか?
「あ、そうですね、立ち上がらないとわからないですね」
 その女はお茶を飲んでいた席から立ち上がった。
「なんだリュウガか」
 自分の背を大きく越えるホビットが目の前まで歩いてきて、そこでやっとアリシアはその者の正体が判った。やはり背の高いが者が座っていると、普段の印象から大きくかけ離れてしまうので一瞬誰だか判らなくなってしまう。
「アリシアも今日はお休みだったんですか?」
「そうよ、でももう帰るところよ」
「そうですか、だったら一緒に帰りましょう」
 リュウガとアリシアは連れ立って帝国府に繋がる桟橋まで歩いた。
「……」
 アリシアがリュウガの格好をまじまじと見つめている。
 手の甲まで隠れる長袖のシャツに、ミニスカート。そしてスカートの中には黒いタイツを穿いていた。髪型は何時ものポニーテイルではなく、脹脛まで伸びる黒髪を下に下ろしていた。
「? どうしました? わたしなにか付いてます?」
「いや、そんだけ背がでかくて、良くそんな格好ができるわよね」
 そう言ってみたアリシアではあったが、不覚にも彼女の格好を見て可愛いと思ってしまったのは事実だ。
 珍しく見せる肩にかかる後れ毛を払う仕草に、妙にドキドキしてしまうのが非常に悔しかった。
「わたしたちみたいな背の高い女はですね、こうやってタイツとかで肌を極力隠すと、短いスカートを穿いても良く見えるもんなんですよ。アリシアにもお勧めですよ」
 リュウガがそう言いながら、ぽんっ♪ と胸の前で手を合わす。
「……あたしは良いわよ。私服でスカートなんて穿くつもりないし」
「そうですか? アリシアはスタイルが良いからスカートルックも良く似合うと思うんですけどネ。でも、そのカリプソパンツ、良く似合ってますよ」
「あたしを誉めてもなんにも出ないわよ」
 アリシアは彼女の誉め言葉を軽く流しながら、相手が先程から持ち歩いている物に話題を移した。
「リュウガ、さっきから持ってるそれ何?」
 リュウガは肩に長い袋状の物を背負っていた。自分の身長と同じくらいある長袋である。彼女の格好からはもの凄くギャップを感じる荷物であった。
「わたしはさっき街の研ぎ屋さんまで行ってきたんですよ。それでこれは、前に頼んでおいたニルヴァーナなんですよ」
「ニルヴァーナ? あんたがいつも使ってる大剣のこと?」
「はい、そうです。本当は自分で手入れをしてあげたいんですけど、忙しいですからしょうがないですね」
 長く綺麗な髪を揺らしながら、楽しそうに喋るリュウガ。
 その姿は本当にどこにでもいる若い女性の様に見える。
 可愛いくおしゃれをしたりする女としての特権を、満喫しているように思えた。
「リュウガはさ、その自分のでかい背を嫌だとか思ったことないわけ?」
 自分よりも一〇センチもでかい奴が、そんなことをしている事実に、なんだか不満を感じてしまったアリシアが思わず聞いた。
「う〜ん、そうですね、背の小さい娘とか見ると可愛いくて良いなぁとは思いますけど、自分自身の長身を嫌になったことはないですね」
「何で?」
「それは多分、自分が望んでこんなに大きな背になったと思うから」
「自分で臨んで?」
 訝しげなアリシアの前で、リュウガが肩に背負った袋を解いた。
「この剣は、わたしたちを育ててくれたひとがずっと使っていた剣だったんです。わたしの母であるフーガムラサメが、世界最高峰の剣士だったデューグフリーデンに送った剣」
 その姿が露わになった大剣、ニルヴァーナを見つめながらリュウガが続ける。
「子供の頃、わたしに剣を教えてくれていた親方さんは、ずっとこの剣を使っていました。そしてわたしもいつかこの剣を使ってみたくなりました。そのことを親方さんに話したら『お前がこの剣を振るえるぐらい大きくなったら、この剣をやるよ』って言ってくれたんですよ。それからわたしはいっぱい剣の練習もしました。いっぱいご飯も食べました。そしたら何時の間にかこんなに大きくなってしまいました。そして親方さんに始めて剣の勝負で買った時、親方さんは黙ってこのニルヴァーナをくれました。だからわたしはこの大きい背を嫌だと思ったことはないんですよ」





 剣の破片をあったであろう元の場所に配置をしながら、アリシアはリュウガが自分に言った言葉を、もう一度心の中で聞いていた。この剣につまった彼女の想いを。
「リュウナ、無機物ならどんなものでも直してしまえる再生の魔法は、前に教えたわよね?」
「はい、もちろん覚えてます。でも、それには特殊な触媒が必要だって言ってましたよね。癒しの力を秘めた触媒が」
 アリシアは服の胸元に手を突っ込むと、何時も肌身離さずつけている首飾りを出した。細い鎖の先に金属製の台座が付き、そこに白い欠片が乗った首飾り。
「……!? アリシアさんまさか!?」
 リュウナはそれを見たのは始めてだったが、首飾り自体の存在は知っていた。
「確かに再生の術の触媒は、そのユニコーンの角の欠片ですけど、それはアリシアさんの大事なものじゃないですか!!」
 思わずアリシアの下に駆け寄り、彼女の腕を掴んだ。
「なんであんたがこのことを知ってんのよ? この話はリュウガぐらいにしか話したことないのに」
「……そのおねえちゃんから聞いたんです……おねえちゃんと過ごした最後の夜に」
 リュウナの涙の量が更に多くなっていた。
「もう、あいつってば余計なことばかり言って」
 アリシアは首飾りの台座から白い欠片を外した。親友だった白い一角獣が残していった、たった一つのもの。
「確かに、これを触媒に使ったら、欠片はなくなってしまうわ。でもね」
 胸の前に手を置いて、ゆっくりと微笑んだ。
「想い出はずっとこの中にあるから」
 ……そうよね、スノードロップ……
 彼女の唇から呪文が紡ぎ出され始めた。それと同時に、手の中にあった欠片を、剣の破片の中に置いた。白い欠片は霧のように細かく拡散すると、壊れた剣の上に降り注いだ。
 暖かな光に包まれ、アリシアの歌うような呪文の旋律が終わった時、其処には元の形を取り戻したニルヴァーナの姿があった。
 元に戻った大剣を傍に置かれていた鞘に収めると、アリシアはリュウナの方に向き直った。
 彼女はずっと涙を零しながら、後ろで見つめていた。
「この剣が壊れたのはあたしの所為よ。この剣を折ってしまう程に力を込めなければ敵を倒せなかった。それほどあたしがまだまだ未熟だったってことよ」
 アリシアは元に戻った大剣を、泣いたままの少女に押し付けた。リュウナは黙ってそれを受け取り、大事そうに抱きしめた。
「あたしはその責任を取っただけ。あんたがこのことで申し訳なく思う必要は無いわ」
 色々な想いの詰まった剣を抱きしめたまま、少女は相手を見上げたままだった。誇り高き女性が写る彼女の瞳には、止め処もなく流れる涙。
 アリシアはリュウナのことを抱き寄せた。
「だいじょうぶ、あたしの親友の想いも、ちゃんとその剣の中で生きる」
「……アリシアさん」










 南北バーラト大陸の東海岸に広がる西大海の海を、大艦隊が南下していた。
 数多くのアレイヴァーグ級機動駆逐艦が艦隊の外周に犇きあっていた。その内周にはモンタナ級機動戦艦やユナイッテドステーツ級重機動戦艦が飛んでいる。
 そしてその中心にあるもの。
 巨大な要塞艦を二隻、重箱の様に重ねた巨大な艦。インビンシブル。
 ハバクク級の要塞艦の二番艦と六番艦を重ね合わせた巨大兵器。神を操る為に創られた愚物。
 上段部に疑似龍焔炉の制御装置及び従神器とラグナレク、下段部に疑似龍焔炉本体と巨体を飛ばす浮揚器が搭載されたその物体は、全備重量が五百万トンを超えると言う。
 そしてその巨艦の下には、羽を閉じた破壊神が、宙を漂う陽炎のように、ふらふらと浮いていた。その姿は留め具に引っ掛けられた操り人形の様に、まったく活動力と言う者が感じられなかった。
 その後方にはもう一隻要塞艦が飛んでいた。
 この従神器と破壊神の護衛艦隊の総旗艦である要塞艦ジブラルタルである。
 しかし今のジブラルタルには、その護衛任務を果たせそうにない。この巨艦の艦内にはそれを実行可能とする機動兵器が入っているのだが、今はその器しか入っていなかった。これを動かす動力も操士も、ここには無かった。
 ジブラルタルはユナイッテドステーツ級に酷似した機動戦艦を一隻、後方に曳航しながら、従神器と破壊神の後ろを進んでいた。
「……」
 ジブラルタルの艦橋から、メスメルは目の前を飛ぶインビンシブルとエンドベルを興味無さげに眺めていた。
「メスメル様、機体の方の調整は終了しました」
「そうか」
 配下の魔導士の一人が、報告に上がってきた。
「メスメル様は、御身体の方はご無事なのですか?」
「ああ、大丈夫だ。どこも怪我はしていない」
 雷帝と火龍遣い、そして手慣れの剣士が魔法管理委員会に突然の襲撃をかけてきた時、メスメルは建物そのものを自爆させる用意をした後、自分の専用機「呪装艦アルバコア」の下まで転移して逃げた。そして今度はアルバコアの力を借り、この艦隊の下まで転移して来たのだった。
 宰相などの上層部への報告など二の次だ。ディフュームに簡単に入り込まれてしまうような国造りしか出来ない、高官達が悪いのだ。それにこのジブラルタル内で調整が行なわれているハイペリオンの視察は元々予定に入っていた事だった。
「しかし、どうするのですか? 機体だけあってもどうにもなりませんよ? ヴァッシュ卿も龍焔炉もまだここには……」
「ヴァッシュはまだ乗り慣れたヴァンガードで充分だと言っている。それぐらいは自由にさせてやっても良いだろう……それに」
 そこでメスメルの眼鏡の奥の瞳が怪しく光った。
「もう直ぐ向うからやってくるさ、操士も龍焔炉も」










 ヴァッシュガーランドは退屈な日々を送っていた。
 紅蓮の死神の乗った黒い機動戦艦が倒れたのを見た時、自分の中の戦いに餓える気持ちが薄れたのを確かに感じていた。
 従神器に操られた破壊神が、制圧作戦の為に移動を開始しても、ヴァッシュのヴァンガードは、フィーネ砂漠に残ったままだった。
 ヴァッシュには一応一つの任務が与えられていた。ハイカグラの守護である。
 一応破壊神の艦隊の遊撃任務も仕事の内に入っていたが「ハイカグラを守ることなど何処ででも出来る」と、艦隊との行動は拒否していた。
 枢機軍一の戦士は、端から見れば呆けた毎日を送っていた。
 生死を懸けたゾクゾクするような緊張感。それを与えてくれる唯一の存在が消滅してしまったのだ。
 今更雑魚相手に戦う気も起きない。
 確かに機械神と言う名の獲物は掃いて捨てる程転がっていた。だが、自分の目から見れば余りにも弱すぎる存在に見えた。そんなものは従えるのに成功した破壊神にでも相手をさせれば良い。
 ヴァッシュは強い相手を求めていた。自分が、そして龍焔炉を積んだこのヴァンガードが全力を出して戦わなければならないような、強い相手を。
 そんな時だ、目の前に二機の巨人が現れたのは。砂漠の地を地響きを立てながら歩いてくる、二体の機械神。
 右にいる奴は、頭の上に角を一本生やしていた。そして右手には巨大な弓を持っていた。情報が正しければ、あれには帝国の最強の戦闘集団を束ねる師団長が乗っている筈だ。
 左にいる奴は一対の巨大な角を生やしていた。あの機体には、雷帝を名乗る帝国の魔導士が乗っている筈だ。
 どちらも頭部以外は全く同じ造りをしている。帝国の誇る機械神の中でも最強を誇る両機だ、そう、あの機体を除けば。
 そしてその後ろには、見たことも無い巨大な艦が浮いていた。全長はハバククと同じだけありそうな巨艦だ。帝国の新兵器のようだった。これだけ戦争が続いているというのに、まだあれだけの戦力を用意できるのだから、龍樹帝国の国力は侮れない。
 ヴァンガードが久し振りに起動した。巨体がゆっくりと立ち上がる。
「お前達は、俺を愉しませてくれるのか?」


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