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三十二話 ともだち


「副長、ニルヴァーナは劫火砲の発射体勢のまま待機だ。一定の距離を保ち続けろ」
「了解しました」
 前を進む「黒き疾風」から通信が入った。
「ログ、微速前進、ヨーコ、劫火砲起動確認」
「了解!」
 前席より元気の良い声が上がる。返事をしたのは二人だけだが、此処にいる全員が舵を握る無口な操舵士も副長の命令を完璧にこなしているを知っている。
 今現在劫火砲艦ニルヴァーナは、かつて空母信濃を動かしていた乗員によって、操られていた。
 操舵手席にはログ、火器管制士席にはヨーコ、通信管制士席にはミカ、そして服艦長席には副長。
 自艦が未だに帝国符で修理中の乗員達は、戦力復帰がままならない信濃に変わり、この劫火砲艦に新たに配属となった。また信濃が最戦力化となっても、結局は焔珠を持つ者一人以外は必要無しとなる可能性もあった為、その為の処置でもあった。
 しかしこのニルヴァーナも、龍焔炉を起動しての戦闘状態に入れば信濃同様龍の焔が使える者一人での操艦となる為、その立場は非常に微妙ではあったが。
「あの……」
 艦長席に座る少女が、おずおずと口を開いた。
「わたしが艦長席に座ってて良いんですか?」
「ん? どうしたのリュウナちゃん?」
 非常に申し訳無さそうな口振りのリュウナに、手前の席の副長が答える。
「だってわたしなんにも出来ないし……」
「良いんだよリュウナちゃんはそこに座ってて。それに、俺達はリュウナちゃんがこの艦を一人で動かさなきゃならない時までの代わりなんだから、気にすることないよ」
「そうそう」
「うんうん」
 副長の言葉にヨーコとミカが相打ちを打った。ログもくるっと振り向いている。
「みなさん……ありがとうございます」
 みんなの気持ちに、リュウナは心から頭を下げた。
「う、うん、ありがとうって言わなきゃいけないのは俺たちの方だよ」
 副長は立ち上がると、下げた彼女の頭を、優しく撫でた。





「さて、始めましょうかガルア?」
「そうだな、そろそろ向うも痺れを切らす頃かな」
「三対一っていうのも、ずいぶんと卑怯な話だけど、そうも言ってられそうな相手じゃ無さそうだしね」
 二人は相手の姿をもう一度確認した。
 重機動戦艦ヴァンガード。あの魔法剣士ヴァッシュガーランドが乗っている機体だ。
 アリシアもガルアも、ヴァンガードの強さを身に染みて知っていた。
 帝都強襲の時その姿を表した枢機軍の巨人。巨人の持つ龍焔炉から吐き出される無尽蔵の力は、帝国府周辺を焼き払らった。
 そしてリュウガの黒き龍焔が龍焔炉を起動させてまで倒そうとしたのだ。
 最終的には、アリシアの乗ったオーディシャスが、ヴァンガードの炉の制御艦に体当たりを敢行、破壊し、何とか撃退した。
 正に最凶の恐るべき相手だった。
「なあ、アリシア、あの背中に付いてるでかい付属品は何だと思う?」
「あれ? あれが龍焔炉の新型制御器なんでしょ?」
 ガルアの疑問にアリシアがさらっと答えた。
 噂では、帰還したヴァンガードは、小型化された制御器を搭載し、巨大な要塞艦を繋がなくとも、炉を動かす事が可能になったのだと言う。
 確かに今のヴァンガードは、以前帝国府に攻めてきた時とは、幾分か形が変わっていた。
 各部の細かい改装自体は、戦艦級の巨大兵器ならば日常茶飯事だろうが、大きく変わっている場所が一つだけあった。
 ヴァンガードの後頭部から背部にかけて、巨大な棒状の物が繋がれていた。それは潜水艦のような形状をしていた。
 相手のサイズから考えると、そのモジュールは並みの戦艦の船体程はあるだろう。機動用のスタビライザーとしては余りにも大き過ぎるシロモノだ。
 見た目の印象そのものはとても小型とは言えないが、それが新たに固定装備された龍焔炉の制御モジュールであるのは確かだった。
「お前もそう思うか?」
 どうやらガルアもアリシアと同じことを考えていたようだ。
「帝国府に来た時は、あたしが潰してやった要塞艦の中が丸ごと龍焔炉の制御器だったんでしょ? 流石にいつまでもそんなでかいの繋いでられないでしょ、敵も馬鹿じゃないんだし」
「流石博識高い雷帝殿だな」
「あたしを誉めてもなんにも出ないわよ」
 二人が改めて敵機の姿を確認する。
「という事は、奴は、あの状態で自分の力の全てを使うことが可能という事か。こいつは本当に厄介な相手だな」
「怖じ気づいた?」
「少しはな」
「そう」
 ガルアは自分の気持ちを正直に答えた。そしてアリシアも確かに恐怖を感じていた。
 帝国府上空での戦い。あの時リュウガは「黒き龍焔」に積まれた龍焔炉を起動させてまで、あいつを倒そうとした。それ程の強さをあいつは持っている。背中に付けている新式の制御器で何処まで力を発揮するのか未知数だが、それでも恐ろしい相手であるのは変わらない。
「あいつの力を上回るもの、それはニルヴァーナの劫火砲と、お前の魔力だけだ」
「なに今更言ってんの? 最初にそう言ったじゃない」
 此処に赴く為の作戦会議の時に自分が言ったことを、そのまま繰り返しているガルアに対して、アリシアは少し苦笑してしまった。
「俺が前衛として突っ込む。お前は後ろから魔法をぶち当てるタイミングを計れ。相手の戦力が落ちてきたら、ニルヴァーナに劫火砲で止めを刺してもらう。多分この方法しかあいつに勝つ方法は無い」
「判ったわ」
 アリシアは通信を終了すると、おもむろに制服のネクタイを解いた。
 そして懐から透き通った綺麗な蒼い布を出すと、外したネクタイの変わりに首に巻いた。 
「どうしたアリシア、リボンなんて付けて?」
 まだ映像盤自体は起動したままだったので、ガルアは彼女が胸に蒼いリボンを付けるのを見ていた。
「ん? 何よ? 見てたの?」
 アリシアが少し恥ずかしそうに答える。
「お守りよ」
「……お守りか」
 何時も常に一人で生きることを臨んでいた彼女のそんな姿に、ガルアは考え深げになっていた。
 ……やはり彼女も誰かを必要としていたんだな……
 ガルアはそれは口には出さず、何時も彼女と交わす軽口を叩いた。
「結構似合うぞ、お前ももうちょっとおしゃれになればもてるのにな」
「余計なお世話よ」
 そこでガルアの映像が切れた。
「……」
 平然を装うったアリシアだが、内心、これから戦おうとする敵に本当に勝てるかどうか不安だった。
 この胸に付けたリボンは、その気持ちを少しでも払拭する為に付けたものだった。
 彼女は今までは、白い一角獣が残した角の欠片をお守りに、首に付けていた。それがあればどんな時も、冷静に戦えた。しかし今はもうそれは自分の下には無い。
 このリボンはそれの代わりだ。
 親友が預けていったもの。
 そしてそれを失っても、親友が新たにくれたもの。
「スノードロップの残したお守りは無くなっちゃったんだから、今度はあんたたちに頼むわよ」
 そう言いつつも、親友の残した想いの力を少しでも借りようとしている自分を見て、随分とあたしも変わったなと、アリシアは思った。





「龍焔炉、起動します」
 リュウナは既に、艦橋の後ろにある、疑似龍焔炉の巨大な制御器の部屋にいた。
 その中央に置かれた座席に彼女は座っている。そしてその背には「ZERO」のインフェルノゲートを何倍にも大きくした、機械仕掛けの翼。
 リュウナは席の前面に付いている巨大なレバーを押し込んだ。
「……!?」
 リュウナの頭の中を凄まじい力の奔流が駆け抜けた。背中に入った焔珠が燃えるように熱い。
「大丈夫かリュウナちゃん!」
 席の脇の拡声器から副長の心配そうな声が聞こえて来た。
「……はい! 大丈夫です!」
 そう、務めて冷静に言うリュウナだったが、このとてつもない力を自分の力で操れるのか、自信が無くなってきた。
「……駄目よ……こんな弱気じゃ……わたしはおねえちゃんの代わりに、龍の焔を使って戦うのが役目なんだから」
 しかし彼女は力いっぱい拳を握ると、自分の役目を果たす為、自分自身を励ました。





「あの手に持ってる砲みたいなのがハイカグラなのね」
 アリシアが敵機が左手に持っている長砲のような形状のものを見て言った。
 丁度、乙型劫火砲クラスのその物体がハイカグラらしかった。
 しかしヴァンガードが、手に持つそのハイカグラを投げ捨てた。
「な!?」
 その行為にアリシアとガルアが驚く。自らが守る筈の道具を何故捨てる?
「持っていきたければ持っていけ」
 枢機軍の巨人の中から、妖しげな声が響いた。
「但しそれが出来ればの話だがな」
 ヴァッシュガーランドの声は、明らかに戦いを楽しむ狂人の声だ。
「こちらも戦いを避けるつもりはないさ」
 ガルアも負けずに、不敵に言い放った。
 その言葉の後「黒き疾風」が大地を駆けた。
「ガルア!」
「アリシア! 後は任せたぞ!」
 十万トンを超える巨体が、砂粒をまき散らしながら進む。
「黒き疾風」の両肩が開いた。中に収まっていた大型魔導器が露出する。
 魔導器は表に出た途端、光を放った。その直後、風が巻き起こり始める。
 そこには転移の呪文の発動並の風の精霊達が召喚されていた。そして精霊達が、四つの形へと無理矢理凝縮されていった。
 その魔力を帯びた光が収まった時「黒き疾風」の前には、四体の風で出来た巨人が並んでいた。
「風像の呪文か。随分と高度な呪文を使うじゃないか」
 ヴァッシュが声を上げる。
「ああ、俺もこう見えてもお前と同じ魔法剣士なんでな」
 シルフィード・ゴーレムの呪文を発動させたガルアは、造ったばかりの風巨人達をヴァンガードの下へと飛び込ませた。
 身軽な動きを見せる風で出来た巨人達は、簡単に相手の懐に飛び込んだ。
一体のゴーレムが両手を風の刃に転化させ、切りかかった……しかし
「そんなものは効かないぞ」
 ヴァンガードが左手を翳した。その手の中には攻撃呪文が既に発動状態で保たれていた。
「ウィンドプレッシャー!」
 ヴァンガードが風塊を、風巨人に叩き付けた。壮絶な力を秘めたウィンドプレッシャーは、今まさに切りかかろうとしていたシルフィード・ゴーレムを、いとも簡単に爆砕、と言うより四散させた。
「幾ら強力な力で風を押し固めているとは言え、それ以上の風の塊を食らえば消滅するのは道理」
 ヴァンガードが風巨人達を放った敵機の方に顔を向けた。
 敵機はこちらに、手に携えた魔導弓の狙いをこちらに定めている所だった。
「俺も最初から、風のゴーレム達は囮のつもりさ」
「何!?」
「黒き疾風」が超弓を放った。
 野太い矢が、真っ直ぐ敵に向かう。
 直撃。そして大爆発。鋼鉄の魔矢に込められた強力な魔法が炸裂した。
「やったか?……いや、そんな馬鹿な筈はないな」
 ガルアの言葉通り、爆煙の晴れたその場所には、枢機軍の重機動戦艦が変わらぬ姿で現れた。機体の周囲が、絶対結界と思しき歪んだ煌きに包まれていた。
「流石にこの程度ではビクともしないようだな」
「この程度で、俺が倒れると思ったか?」
「いや、思ってないわよ」
 二人の会話に、誰かが割り込んできた。
 ヴァンガードと「黒き疾風」が声のした方に頭部を向けると、雷帝の乗る機械神が、左脇に構えた大砲を、こちらに向けていた。
「『世界の終わり』か」
「ふふん、この呪文を食らって無事でいられるかしら?」
「やってみろ」
「黒き雷光」が雷で出来た長砲を撃ち放った。
 轟雷と同じだけの巨大な音を轟かせながら、それは敵機の手前に着弾した。
「何処を狙っている?」
 直撃を考慮して結界を張っていたヴァッシュが、余りの照準悪さに、正直呆れかえっていた。
「……ん? 何だ!?」
 ヴァッシュは、ヴァンガードの周囲に予め張り巡らしていた絶対結界が、薄らいでいるような感覚を覚えた。
 その直後、世界の終りと名付けられた呪文が着弾した大地から、巨大な雷光が吹き上がった。それはヴァンガードの巨体に絡めつくように向かってきた。
「これは『世界の終わり』の呪文では無いな!」
 ヴァッシュが、もがきながら叫ぶ。
「そうよ、あんたの為に魔導教会の教皇が直々に創った新たなる雷術呪文、ドゥームズ・ディよ」
「ドゥームズ・ディ【破滅の日】」と名付けられた雷陣捕縛の呪文。強大な力で創られた絶対結界を打ち破る為に創られた呪文。
 エンド・オブ・ワールド級の強力な雷撃力を、結界を吸収する力に転換させ、更に電磁軌道と同様の加速機構を作り出し、結界を対消滅させると言う恐るべき呪文である。
 しかし欠点も存在する。急造の呪文の為、詠唱にはアリシアやミレイヌ等の超高位魔導士の力が必要であると言う事、そして呪文の詠唱には「世界の終り」の二倍近い時間が掛かるということ、更にはこの呪文を発動させるには強力な増幅器が必要と言うこと、そしてその増幅器には機械神が装備するような桁外れの力が必要ということ。
 正に、破壊神と龍焔炉を装備するものとの決戦の為だけに造られた、究極の呪文だった。
「……しかし、これは相手の力を下げる為だけに使う呪文だろ? 直接的な破壊力は無い呪文で、どうするつもりだ?」
 ヴァッシュの言葉を聞いて、もう一度ふふんとアリシアが鼻で笑った。
 黒き雷光の右手が、親指を後ろに向けた。
 其処には、劫火砲を発射体勢にしたままで待機中のニルヴァーナの姿があった。
「何!?」
 その時、劫火砲艦の艦首が煌いた。





「きゃぁぁぁあ!!!」
 劫火砲を撃ち放った瞬間、リュウナの身体に凄まじい衝撃が走った。
 身を裂かれるような痛みが、背中の焔珠から送り込まれてきた。
 その時、艦橋内も大変な事態となっていた。
「副長! 制御器がオーバーロードを起こしたわ!」
 劫火砲の直撃の衝撃の中を、ヨーコの声が響く。
「やはり、紛い物の制御器では限界があったか。彼女の方は大丈夫か!?」
「インフェルノゲート自体には暴走の兆候は見られず……リュウナちゃん自体の身体の変調は不明」
「艦はどうか?」
「疑似龍焔炉は加電圧の影響で接続部を損傷、今現在非常に不安定な状態です」
 ミカからの報告を聞いて、副長が今度は炉を動かす者を心配する。
「リュウナちゃん! 大丈夫か!?」
『はい、だいじょうぶです』
 拡声器から聞こえて来たリュウナの声は非常に元気に聞こえたが、副長は劫火砲を撃った瞬間、分厚い鋼鉄の壁越しに彼女の悲鳴を聞いたような気がしていた。
「龍焔炉を止める」
 副長は、彼女の声を聞いた瞬間に、決断を下した。
「これより本艦は、縮退炉による巡航モードに移行する」
 副長が適格な指示を出していく。
「黒き疾風と黒き雷光との通信が回復しました」
 副長はミカの声を聞いて、前衛の二人に叫んだ。
「ガルア! アリシア! こっちはもうリュウナちゃんが限界だ!! 劫火砲は撃てない! あとはそっちでなんとかしてくれ!!」
 副長が、艦橋前面の防弾硝子から外を見た。
 今までヴァンガードがいた場所は、まるで地獄絵図のような状態になっていた。本当に終末がもう一度来たようだった。
「……破滅の日とは良く名付けたものだ」





 副長の声を聞きながら、ガルアとアリシアの二人は、事態の進行を静かに見守っていた。
「……やったと思うか?」
 濛々たる煙と巻き上げられた砂を見つめながら、ガルアが呟く。
「……判らないわ。でもあいつはドゥームズ・ディを食らって結界の力を落とした。多少は効いている筈よ」
 アリシアも務めて慎重に状況を把握しようとする。
 その時、硝煙の向うから、一条の閃光が放たれた。
「!?」
 それが雷刃の魔法の最上級呪文「エクス・キャリバー」だと気付いた時は黒き雷光は右肩を射抜かれていた。
 轟音を立てながら、切断された右腕が大地に落ちる。
「アリシア!!」
「大丈夫よ、右肩を落とされただけよ!」
 手負いの黒き雷光を庇うように黒き疾風が身構える。
 はたして、爆煙の中から巨大な塊が、凄まじい速度で飛び出してきた。
 それは黒き疾風の前に目にも止まらぬ速さで接近すると、何かを高速で振り払った。
「何!?」
 出し抜けに切り払われたグレートソードが、黒き疾風の胴体を袈裟懸け切り裂いていた。
 中央部の排炎器が裂かれ、その奥の縮退炉も一緒に潰された。
 一気に戦闘力を減少させた敵機の頭を、巨大な腕が掴んだ。右手の大剣を逆手に構える。
 そして、右の顔面から背中にかけて一気に貫いた。
「ぐあ!!!」
 黒き疾風の操舞倉から、呻き声が上がった。
 黒き疾風は、頭部の右側から背中にかけて、敵機のグレートソードにより刺し貫かれていた。
 頭部の破壊はその内部まで及び、操舞倉は右壁面を大きく潰され、中に乗っているガルアも、右肩から先と右膝から先をもがれた。
 それは一瞬の出来事だった。
「……な、」
 アリシアは叫び声を上げる事も忘れて、その光景を目に焼き付かされた。
 瞬く間に、帝国の機械神を一機潰したヴァンガードが、残った手負いの機体の方に頭部を向ける。
 その時になってやっとアリシアの思考が、事実に追いついた。
「ガルア!!!」
 アリシアの絶叫が飛ぶ。
 周りの状況を確認する。
 其処には枢機軍の重機動戦艦が立ち、帝国軍の機械神が倒れていた。
 劫火砲の直撃を食らった筈のヴァンガードは 確かに装甲のあちこちを捲りあがらせ、肩の主砲も溶け出していた。
 しかしグレートソードを構えたその姿は、全く覇気の衰えを感じなかった。
「ハハハハハ!! 強いなお前達!! こんなに面白くしてくれたのは久し振りだ!!」
 ヴァンガードが大剣を振り翳して迫ってきた。
「くぅ、防御結界!」
 黒き雷光が絶対結界を起動させる。
 ヴァンガードのグレートソードが叩きつけられた時、凄まじい火花が走った。
 それに続く衝撃。大きく揺さぶられる操舞倉。
「!!!」
 黒き雷光は、何とか敵機の大剣の一撃を受け止めた。
 しかし、結界の強度を越えて打ち込まれる斬撃は、破壊神との戦いの為に造られた防御結界すら打ち破る程の力だった。
「このバケモノめ!!!」
 黒き雷光が残った左腕を振りかぶり、渾身の一撃を放った。
 ヴァンガードはそれを難なく受け止めると、後ろに下がって間合いを取った。
「なんて強さなのよぉ」
 ケタ外れの強さを見せる敵機に、アリシアも戦慄を覚えずにはいられなかった。
「……確かに、バケモノだな」
 唐突に、通信が入った。
「ガルア!! 生きてたの!!」
「ああ、なんとか、な……だが、もう動けそうにはないな」
 右壁面を潰された操舞倉の中で、確かにガルアディアルは生きていた。
 しかし、もがれた手足からの出血で、意識が遠のき始めているのは確かだった。
 擱坐した黒き疾風が何とか上半身を起こした。
「アリシア、俺の右腕を使え」
 ガルアがまだ何とか動く、左側の計器盤を動かした。
 黒き疾風の右肩から蒸気が噴き出され、その直後、肩口から丸ごと外れた。接合を解かれた右肩を左腕で持つと大きく振りかぶった。
 黒き疾風が取り外した自分の右肩を放り投げた。それは鋭い放物線を描き、黒き雷光の残った左腕の中に届いた。
 アリシアは破壊された自機の右肩に残る残骸を全て外すと、ガルアより渡された黒き疾風の右肩を接合した。
「護衛役がこんなに早くやられてしまって、すまんな」
「何いってんのよ。始めから期待なんかしてないわよ」
 そう憎まれ口を叩くアリシアだったが、意識が薄れ始めたガルアは、それが彼女の精一杯の強よがりである事を判っていた。
 再び両腕を取り戻した黒き雷光が、敵機に向かって身構える。
「ほう、破壊されたら取り替えることも出来るのか? 随分と便利なもんだな」
 ヴァッシュが面白く無さそうに吐き捨てると、再び戦闘状態に戻った敵機に向かって、自機を飛び出させた。
「さっきはこの雷帝に向かって雷神剣の呪文を使うなんて、随分となめた真似してくれたわよね?」
 黒き雷光の両肩が開いた。中に収められていた魔導器が露出する。
「この雷帝様が、本物の雷神剣を見せてあげるわ」
 魔導器から雷光が煌く。それは凄まじい閃光となり、黒き雷光の手の中に渡った。
「全てを切り裂く轟雷の刃となれ!!! エクス・キャリヴァー!!!」
 黒き雷光の両腕には、妖しく揺らめく雷の剣が握られていた。
 雷神の剣。それは最強の雷刃の呪文。
「ほぅ、エクス・キャリヴァーを両手に出現させられるとは、凄まじい魔力だな!」
 ヴァンガードが打ち込んできた。
「ふん、雷神剣の二刀流が見れるなんて滅多にないわよ、感謝しなさい!!」
 黒き雷光は、雷神の刃を交差させる。
 激突。凄まじい稲光が迸った。
 しかしそれはまるで、雷神剣から雷がこそげ落とされているように見えた。
 ……なんて凄いパワーなのよ!……
 アリシアは、相手のグレートソードを受け止めるだけで精一杯だった。
 通常は、雷神剣の呪文で作られた雷の刃を食らったら、普通の剣ならば粉々に砕けてしまう筈だ。しかしどう見てもただの鉄製にしか見えないヴァンガードの剣は、この雷神剣と刃をあわせても壊れる様子も無い。しかもこちらは二刀流でもあるのに。
「このバケモノ!!」
 もう何度そう呼んでも飽き足らない。それ程の怪物に見えた。
「こんちくしょぉお!!!」
 アリシアの雄叫びと共に、黒き雷光が渾身の力で、雷神剣を振り払った。
 彼女の気迫が届いたのか、ヴァンガードは剣を浮かせた。
 そしてその時、一瞬の隙が出来た。アリシアはそれを見逃さなかった。
「これでも食らえ!!!」
 黒き雷光が両腕を振り下ろした。雷神剣の剣先は、狙いたがわずヴァンガードの両腕を切り飛ばした。
 大剣を握ったままの右腕と、左腕が大地に落ちる。
「はぁ、はぁ……どうよ、ヴァッシュガーランドぉ!!」
 鬼神の如き形相で、アリシアは敵機を睨みつけた。
「流石だな雷帝。まさかこの俺が魔法使いに両腕を落とされるとは思わなかったよ」
 両腕と主兵装を一気に失い、戦闘力が著しく減少しているにも関わらず、ヴァッシュの口振りは変わらなかった。
「お前『メタルスネイク』の呪文は知っているな?」
 魔法剣士が唐突に質問を投げかけた。
「あんた雷帝を馬鹿にしているの? それぐらい知ってるわよ。金属のゴーレムを造る呪文の制作過程で派生した、鉄を液体金属にして操る呪文でしょ。それがどうしたのよ?」
 興奮状態のアリシアは、馬鹿にされた子供のように直情的に食って掛かった。
「こう言うことだ」
 その時、切り落とした敵機の破口から、金属で出来た触手のようなものが飛び出した。
 最初は中の動力ケーブルがずれて落ちてきたのかと思ったが、それは意思ある者のように蠢き、一つの形を造り始めた。
「な……なにぃ!?」
 アリシアが驚くのも無理は無い。
 一瞬の後には金属の触手は、一対の腕になっていた。
「どうだ、少しは驚いてもらったか? 俺も大した魔法が使えるだろう?」
 ヴァンガードの新たに出来た右手が更に伸び、大地に転がった元の右腕から、大剣を引っ手繰った。
 アリシアはその光景にどうしようもない戦慄を覚えた。
「なんなのよこいつは……本当にこの世の者なの!?」
 通常、アイアンゴーレム等の固定された金属を動かそうとなると、多大なる時間と、大量の魔力の投入が必要になる。だからこそ金属製のゴーレムは造るのが難しい。
 メタル・スネイクと呼ばれる「操鉄」の呪文も基本的には同じ原理だ。金属を流体化させ、一時的に意のままに操る。
 しかしそれも非常に限定的なものだ。固体の物質を意のままに操るには相当量の魔力がいる。アリシア本人にしたって、金属の棒を数本動かすのが精一杯だ。
 しかし目の前の枢機軍の巨人は、己の身体から流体の金属を出したばかりか、それを使って失った両腕の再生まで行なった。
 それは考えられないことだった。最早、魔力が強いとか弱いとか言える段階の話では無い。
「……バケモノ」
 アリシアがもう一度その言葉を繰り返す。
 正に重機動戦艦ヴァンガードはバケモノだった。
 そしてアリシアは、こんな不可能を可能にしてしまえる、唯一の存在の名を言った。
「龍焔炉……あんたが積んでるその動力は、そんなことまで可能にするわけ?」
 破壊神を破壊する為に創られた、何者をも壊す力、龍の焔。
 その力を直接的な力として具現化するのが龍焔炉と呼ばれる、動力炉だ。
 この炉から発揮される力を、ヴァンガードは攻撃の際は圧力結界として武器や拳に纏わせ、敵の攻撃には絶対結界として自機の周囲に張り巡らせる。
 そして魔法が使いたければ、その龍の焔を魔力増幅の力として利用する。
「そうだ。このヴァンガードさえあれば、最早破壊神など必要無い。世界を滅ぼしたければこのヴァンガード一機だけで充分だ」
 アリシアにはこの残忍な魔法剣士が直接動かせるヴァンガードこそが、破壊神を超える最も恐ろしい相手に思えてきた。





 黒き雷光と枢機軍の重機動戦艦は何度も刃を合わせた。
 その二機の向うには二つの物体が擱坐していた。
 多大なる負荷が身体にかかったリュウナは、疑似龍焔炉をそれ以上制御出来なくなり、巨大な劫火砲艦は砂の上に不時着していた。
 黒き疾風も擱坐したままピクリとも動かない。中に乗っているガルアもまだ息をしているのか判らない状態だ。
 だから今、ここで戦えるのはアリシアと黒き雷光しかいなかった。
 剣の折れる音がこだました。
 黒き雷光のニ刀の雷神剣と、ヴァンガードのグレートソードの三つの破片が飛び散った。
 大剣の破片は大地に突き刺さったが、雷刃の刀身は、折られたことにより呪文の効力を失い、そのまま虚空に消えた。黒き雷光の手の中に残っていた柄の部分も同時に消えた。
 操舞倉の中でアリシアは汗びっしょりになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 雷神剣の呪文の維持と、敵機の凄まじい剣捌きを受けるのとで、相当体力を消耗していた。
 アリシアが敵機を見据える。
「くっそぉ……あんなバケモノ、どうやって倒せっていうのよ……」
 見れば相手は、先ほど腕を再生した操鉄の呪文で、今度は折れたグレートソードを修復しようとしている。
 自分は世界最強の魔法使いの自負はあったが、敵の余りにも常識外れの魔力の量を見ていると、その自信も揺らいでくる。
「……あいつは、龍の焔を魔力の増幅に使っているのよね。つまり焔の力を一時的に止められれば……水でもぶっかけてやれば良いのよ」
 追い詰められた状態のアリシアが、ヤケクソ気味に呟いた。
「本当、誰でも良いから水の力を貸してよぉ……」
 しかし、その何気なく発した言葉に反応を示す者が一人いた。
『……やっと気がついたのねアリシア』
 黒き雷光の操舞倉の中に声が響いた。自分のものではない、女の声。
「誰!?」
 突然聞こえてきたその声に、アリシアが驚く。
『……この水の衣のもう一つの力、それは誰かが私の力を必要としている時に、自分の意思でその者の処へ現れられるという力』
 それはアリシアが胸に身に付けた、薄蒼のリボンから聞こえてきていた。
 その時アリシアは、操舞倉の中がもの凄く澱んだ状態になったのを感じた。とてつもない量の湿気に覆われていた。
「!?」
 そして胸の水の衣が目も眩む閃光を発した。
「……?」
 しばらくして、光が収まったのを確認するようにアリシアが恐る恐る目を開いた。
 目を開く間、彼女は自分の太ももの上に、何か変な重みを感じていた。肩にも変な感触がある。
 瞳を完全に開いた時、自分の膝の上に水の精霊姫が乗っていた。
「やっほ〜、元気してたアリシア?」
 その余りにもあっけらかんとしたウォルテの挨拶を聞いて、アリシアは彼女ごと操士席からずっこけそうになった。
「何が、やっほ〜よ! 何しに出てきたのよ!」
「何って、あなたを助けに来たんじゃない? あ、そうそう、ちなみに今度は出現とともに実体化の魔法を使ったから、あなたの膝の上は濡れてないわよ」
 アリシアの意思など関係無いように、あくまでマイペースで話を進めていくウォルテ。
「水の衣を持つ者が、水の力を必要とする言葉を口にした時、その力は発動される。ちゃんと魔導書の水の衣の伝承にも書いてあるでしょ? もう、ずっと待ってたんだからね」
 ぷんぷんっと、頬を膨らませるウォルテ。一方的に怒られて、アリシアもどうしていいのか全くわからない。
 アリシアはとりあえず今の状況を整理した。
 今は敵の重機動戦艦と戦っている。こうして考えている間も、敵機の攻撃をかわすのに必死だ。
 自分は先ほど、相手の焔の力を消すには水をかければ良いと呟いた。
 そうしたら水の衣が突然輝いて、気付いたら水の精霊姫のウォルテが、自分の膝の上にいた。
 そしてウォルテは言った。あたしを助けに来たと。
「……つまりあんたは、あたしを助けに来たと?」
「もぅ、さっきからそう言ってるでしょ!」
 アリシアの言葉に、更にぷんぷんっと、頬を膨らませるウォルテ。
「……なんていうか」
 自分の膝の上で頬をぷーっとさせている彼女の顔を見ると、これが現実なのか夢なのかわからなくなってくるが、これが夢なら目の前のバケモノは正に悪夢だ。
 夢なら早く冷めてもらいたい。
 アリシアは、このとんでもない状況を素直に受け入れる事にした。
「わかったわ。せっかく出て来てくれたんだからあんたの助けを借りるわ。で、頼みごとの代償はなに? 魔力? 命?」
「そんなものはいらないわ」
「どうしてよ?」
「だって自分の意志でこっちの世界に来たんだもん。代償をもらう理由がないわよ」
 敵機の攻撃の中激しく揺れる操舞倉内で、ウォルテが笑顔で答えた。
「あ、でも一つだけお願いして良いかな?」
「何よ? あたしに魔法以外で何をやらせようっての?」
 ウォルテはアリシアの腰の後ろに手を回すと、そこに彼女が常に身に付けているものを、そっと取った。
「これを吹いてくれないかしら?」
「……魔笛を?」
 彼女が大事そうに持っている自分の魔導器を、アリシアは色々な思いで見つめた。
「あいつは強いわ。良くあんなものが創れたものだと感心しちゃうぐらい。わたしの水の力だけではどうにもならないかも知れない」
 ウォルテが操舞倉の前面の映像盤を見ながら言う。そこに移る枢機軍の造った鋼鉄の巨人。
「大丈夫よ、あなたが吹いている間は、他のひとが黒き雷光を動かしてくれるから」
 茶目っ気たっぷりの笑顔でウォルテが付け加える。
 しかしアリシアは魔笛を見つめたままだった。
「吹いてくれるかしら? その道具の中には不可能を可能にしてしまえるぐらいの魔力が詰まっているわ」
「でも、これはあたしが吹いても、なんにも反応してくれないのよ」
 今までアリシアは、何度もこの魔笛を吹いてみた。しかし、この魔導器は自分には反応してくれなかった。
「いいから吹いてみて」
 ウォルテが優しげに、繰り返す。そしてアリシアに魔笛を握らせた。
 彼女の笑顔を見てアリシアは決心したように、魔笛の鞘を抜いた。そこに現れる、複雑な紋様を掘り込んだ刀身。
 歌口に口を添える。
 そしてアリシアが魔笛を吹き始めた。
 美しい音色が狭い操舞倉の中にこだました。そして
「!?」
 綺麗な音色に続くように、その刀身が煌き始めた。
「いいから続けて」
 ウォルテに誘われたまま魔笛を奏でるアリシア。彼女も次から次へと魔力が溢れ出してくるのを感じた。
 そして今まで自分が動かしていた黒き雷光も、まるで誰かが乗り移ったかのように、自分の意志で動き出した。
「あなたは失った親友の代わりに、何かをしようとしているでしょ? その想いに、道具も答えてくれたのよ」





「何だ?」
 ヴァッシュガーランドも、敵機が凄まじいまでの魔力を吐き出そうとしているのを感じた。
 確かにヴァッシュ自身が魔力を使える能力は、大半がこの機械仕掛けの身体に埋め込まれた魔導器によるものだ。
 しかし、長い時間魔導士としても魔法を使ってきたヴァッシュには、普通の魔導士と同じだけ魔力を感じる事が出来る様になっていた。
 敵機から漏れ出し始めた魔力。自分にとっては凶々しいものに思えた。
「……なんだ、機体が震えている?」
 ヴァッシュは、ヴァンガードの機体、それも龍焔炉自信が小刻みに振動しているのを感じた。それはあたかも炉自体が、敵機から漏れ出す魔力に怯えているように見えた。
 敵機を見る。
「何!?」
 その姿に魔法剣士は目を見張った。
 黒き雷光が水の力の受け皿となる為に己の身体を変え始めていた。
 各関節から、茶色の液体が吐き出されていた。それは間接を動かす油圧シリンダーのオイルだった。
 そして今度は、空になったシリンダー内に水が満たされ始めた。機体の内部から発生した水が全身を満たしていた。
 漆黒の巨体が一歩踏み出した。
 黒き雷光が足を踏み出す度に、間接の隙間から水が漏れ出していた。
「なんだこれは!?」
 ヴァンガードが攻撃魔法を撃ち放つ。しかし敵機から漏れ出した水が周りに展開し、水の防御幕となり、全て防がれた。
 並みの戦艦なら一撃で破壊出来る程の攻撃魔法を撃っても、その水の幕はビクともしない。
「なんなのだ!? まさかあの水の防御幕が、龍の焔で創られた魔法を全て無効化しているというのか!?」
 さしものヴァッシュも、驚きを隠し切れない。
「馬鹿な、そんなことが出来るのは精霊神級の、水の精霊ぐらいだぞ……まさか」
 ヴァッシュの頭に、昔の忌まわしい記憶が蘇る。
 この世界に過って出現した水の精霊姫の捕獲。そして精霊姫を守っていた子供達との戦い。ぼろぼろにされた自分の身体。
「まさか、今力を貸しているのが、その時の精霊姫だと言うのか!?」
 そしてその事実を裏付けるような事が起こった。
 相手の右手に布のような物が出現した。まるで水で出来ているような青く透明な布だ。
 魔法使いとしても知識の吸収を怠らないヴァッシュは、魔導書の文献で知った一つの道具に酷似しているのを知った。
「あれは……あれが、水の衣と言われるものなのか?」
 帝国の黒い巨人が、右手を翳した。
 そして手の中にあった布が生き物の様に一瞬蠢くと、それは命を吹き込まれたように真っ直ぐに伸びた。
 ヴァッシュはそれとまったく同じ光景を見た事があった。
 フェイクラグナレクと擬似龍焔炉の実験施設のあった要塞での戦い。
 紅蓮の死神が頭のリボンを解き創りあげた刃。自分はその刃で右腕を落とされた。
 そしてその時に変異した布も、青く透き通った色をしていた。
 黒き雷光が、水の刃をゆっくりと構えた。
「……やはり、あの時の水の精霊姫なのか!?」





 敵機は明らかに同様の動きをしていた。
 水の精霊姫と魔笛に込められた魔法が発動した黒き雷光の巨体の中は、その殆どの空所が大量の水で覆われていた。
 そしてそれは頭部の操舞倉の中にまで及んでいた。アリシアは胸の下まで水に浸かりながら機体を操っていた。
 膝の上には相変わらず、ウォルテが座っていた。彼女は水の中でも平気の筈だが、律儀に首から上だけを出し、アリシアと会話していた。
「さて、最後の仕上げに行きますか」
 アリシアは大分余裕を取り戻してきた。
 突入しようとする黒き雷光。
「アリシア」
 ウォルテが口を挟んできた。
「申し訳ないけど、あなたはここで降りてもらうわよ」
「?」
 アリシアには、ウォルテの言った意味が全然判らなかった。
「なに言ってんのよ? そんなこと……」
 アリシアの言葉はそこで途切れた。
 次に聞こえて来た声が彼女の動きを止めさせた。
 ……そうだよ、君はまだ、こっちの世界に来ちゃだめだよ……
 頭の中に響いてきた声。アリシアはその声を忘れるわけが無かった。
「……スノードロップ」
 アリシアはその時知った。
 魔笛に秘められた力。彼が魔王だった時の力が、スノードロップの想いを再び呼び出したということを。
 そして今自分の変わりに、この黒き雷光を動かしている者の存在を。
「そうよ、彼の言う通りよ。こっから先はわたしたち二人だけで充分よ」
「……それってどう言う意味よ?」
 一呼吸おいて、ウォルテが続けた。
「……アリシア、わたしを呼ぶ言葉を言ってくれてありがとう。いくら水の衣があなたの側にあったとしても、アリシアが水の力を必要としている言葉を口にしてくれないと、こっちの世界に出てこれなかった」
「だから、あんたたち二人だけで行くっていうのはどう言う意味なのよ!」
「たとえ水の衣を使ったとしても、自分の意志でこっちの世界に出てきた精霊は、精霊界の理を破った者として罰せられちゃうのよ」
「それはどう言う……」
 ウォルテがゆっくりと微笑んだ。
「消えてなくなっちゃうのよ」
 これから自分の身に起こる事が、何でもないことのように彼女は言った。
「……あんた、自分の命を捨てる覚悟で、最初から!?」
「しょうがないじゃない、そう言うことになってるんだから」
 笑顔のままウォルテが続ける。
「でもね、助けを求める者の声に答えるのは、精霊の自由なのよ」
「ちょっと待ってよ、じゃあなんで助けに来たのよ命を懸けてまで!! 精霊があたしたちの戦いの所為で死んでどうするのよ!」
「だいじょうぶよ、例えわたしがここで消滅しても、青流がまた新しいウォルテを創るだけよ」
「そんなことを言ってるんじゃない! あたしはあんたのことをこんな事までさせる為に呼んだんじゃない! あんたが消滅するぐらいの力が必要なら、あたしの力も使いなさい! あたしの命も使いなさい! なんで精霊のあんたがそこまでするのよ」
 アリシアの絶叫を聞いて、ウォルテが静かに答えた。
「それはあなたとわたしが親友だからだよ」
「!」
 アリシアの心を何度も揺り動かしてきたその言葉。
 白い一角獣が残した言葉。背の高いのんびり屋のホビットが残した言葉。
「前に言ったでしょ? あなたはリュウガの親友だもん。だったらわたしにとってもあなたは親友だよ」
 そしてまた水の精霊姫が同じ言葉を残して、自分の前から消えていこうとしていた。
 気が付くとアリシア自身の身体が、徐々に消えていこうとした。
「待って、待ってよ! 親友だってんならあたしだけ除け者にしないでよ!」
 アリシアが涙混じりで叫ぶ。
「スノードロップもそこにいるんでしょ! またあたしだけ置いていかないでよぉ!!」
 ……ひさしぶりに逢えて嬉しかったよアリシア。僕以外の友達がアリシアにはいっぱいできてて、僕も嬉しかったよ……
「じゃあね、アリシア」
「ウォルテぇ!!! スノードロップぅ!!!」
 その言葉を最後にアリシアの身体が、黒き雷光の操舞倉から消えた。
 支えが無くなったウォルテの身体が、水の中で、すとんと操士席に落ちた。
「さて、相手がアリシアじゃなくて申し訳無いけど、もうちょっとわたしに付き合ってねアムドゥシアス」
 改めて主のいなくなった座席に座りなおす。
 ……僕も彼女にはまだこっちの世界には来て欲しくなかったから良いよ……
 黒き雷光の巨大な眼が、かつてアリシアと共に過ごした白い一角獣と同じ、あどけない瞳と同じ輝きを放っていた。
 ウォルテは前を見た。映像盤と言うものに、倒すべき相手が写っていた。
「親友の為に何かをするって、こんな気持ちなんだね」
 ウォルテは例え様も無い幸福な気持ちの中にいた。
「お母さん、新しいウォルテにも、リュウガやアリシアみたいな優しい親友をどうか……」
 黒き雷光がヴァンガードに向かって水の刃を振り下ろした。
 そして、二機の周りを凄まじい閃光が襲った。





「!」
 その時リュウナも感じた。余りにも強い力の開放と、命の消滅を。
 そしてその力は、彼女も良く知る水の力だった。
「おねえちゃん!! ウォルテおねえちゃん!! 二人もおねえちゃんを亡くしちゃうなんて……いやだよぉ!!!」





 フィーネ砂漠はどしゃ降りの雨に包まれていた。
 何百年ぶりかの雨の下に、鉄の残骸が転がっていた。
 一つはヴァンガードと呼ばれていた枢機軍の重機動戦艦。まるで巨大な海流に飲み込まれたかの様に、装甲表面がズタズタに切り裂かれていた。そして首から上が丸ごとなくなっていた。水圧によって粉々に砕かれたのか、それとも転移して逃げたのか。それは誰にも判らなかった。
 そしてもう一つは黒き雷光と呼ばれていた龍樹帝国の機械神。見るも無残にバラバラに破壊されていた。中から圧力に耐え切れず強引に破裂した箇所が多くあった。
 その残骸の傍らに女性が一人座り込んでいた。
 彼女の手には二つの品が固く握り締められていた。
 右手には管楽器状の道具。左手には半透明の綺麗な布。
 彼女はこの大雨を全く感じていないのか、虚ろに開かれた瞳で、二機の巨人の残骸を見詰めたままだった。
「アリシアさん……」
 ニルヴァーナを降りたリュウナが、やっとアリシアの姿を見つけた。
 彼女はこのどしゃ降りの中で、砂の上に座り込んでいた。
 大粒の雨と共に、瞳から零れる涙が、彼女の顔を濡らしていた。
「ウォルテが死んだわ……」
 アリシアは振り向きもせず、それだけ言った。
「はい……」
 リュウナも一言返事を返しただけだった。
「そうか、あんた程の魔法使いなら、精霊姫の消滅ぐらい、わかるか……」
 アリシアは水の衣を握ったままの拳を、砂の上に叩き付けた。
「バカッ……なんであたしの親友たちは、みんな揃いもそろってあたし一人残して、死んで行きやがるのよぉ!」
 悔しさできつく噛んだ唇から血が滲んできた。雨に混ざって砂の上に赤い雫が落ちる。
「……なんであたしの周りにいる連中は、こうもお人よしばっかりなのよ……」
 アリシアの見つめる向うにはもう一つ大きな物体があった。
「水の精霊姫が命を懸けてまで、水の道具を残していくなんて……笑い話もいいところじゃない」
 ハイカグラ。全ての死灰を壊しこの世界を浄化させる水の力の道具。
「ウォルテ……スノードロップ……」
「……アリシアさん」
 リュウナは泣き叫ぶ彼女の側にそっと立った。
「リュウナ……一緒に泣いてくれないかしら……もうこれ以上一人で泣くのは……」
 それから先は言葉にならなかった。
「……はい」
 リュウナも既に大粒の涙を零していた。
 膝を付くとリュウナは、彼女の頭をそっと抱いた。
 アリシアはリュウナの身体に身を預けて、慟哭した。










 それから半月程の時間が過ぎた。
 各地で散発的にで起こっていた戦いは、ハイカグラと言う重要部品の持ち主が移動したことにより、大きく様変わりをしていた。
 今まで龍の世界樹を破壊する為に、月出列島への侵攻は枢機軍の主戦として継続的に行なわれていたのだが、今度は本当に枢機軍の全ての兵力が本土侵攻戦へと割り振られたのである。
 枢機軍の切り札の一つであった道具、ハイカグラ。
 そのハイカグラは、最も安全な場所に保管されていた筈だった。それは枢機軍最強の戦士と兵器の下だ。
 しかしヴァッシュガーランドとヴァンガードのまさかの敗北と言う事実により、事態は大きく急転した。
 人間達はディフュームの血の確保どころではなくなってしまった。
 自分達を滅ぼす力を持つものを、敵に奪われてしまったのだ。
 枢機軍の殆どの兵力が、月出列島に侵攻を開始していた。ハイカグラの奪還、そして破壊の為に。
 陸路はミール共和国の治める中央大陸極東区域から、海路は南大海を遥々越えてやってきた。
 攻める側と守る側、どちらも戦力を疲弊していった。そして先に悲鳴を上げだしたのは枢機軍の方だった。
 元々この大侵攻も「破壊神」と言う究極的な支援兵器の使用を前提として計画されたものだったのだ。
 しかし思いのままに操れると考えられた破壊神は、人間の手を離れようとしていた。今は戦線を離れ根拠地での調整作業に入ってしまっている。
 絶対的な支援力を得られなくなった人間達の方が先に戦力を失っていくのは、物の道理とも言えた。
 戦力を消耗し始めた枢機軍が、流石に戦線を収縮し出した。枢機軍の陸軍も海軍も戦闘可能距離での待機状態を維持するようになり、双方とも睨み合いに突入した。





 半月前の枢機軍全兵力の龍樹帝国本土への直接侵攻から、戦闘が固着状態になる今まで、魔導教会の特設ドックに於いて、劫火砲艦ニルヴァーナは修理を受けていた。
 そして今その最終艤装が終了するところだった。
 フィーネ砂漠に於いて始めて疑似龍焔炉と劫火砲を使用した時、リュウナはその力の奔流に耐え切れず、劫火砲艦はその機能を停止した。
 それはまるで、ラグナレクを奪われた際に龍焔炉を起動した、幼い頃のリュウガと同じような状況に思われた。
 そこで、再び調整に入った劫火砲艦は、あらゆる出力にデチューンが施されるようになった。
 これでかつての姉の時の様に、暴走の危険は極めて低くなったと思われた。
 後は公試運転だけとなった劫火砲艦を見上げるように、一人の少女が立っていた。
 少女の瞳の見つめる向うには、新たに装備されたハイカグラ様の動力供給部があった。
 機械神の一機が、このニルヴァーナの艦上に乗り、疑似龍焔炉より動力を受けたハイカグラを撃つ。そう言うことになっていた。
「?」
 不意に少女は肩を誰かに叩かれた。振り向くと見慣れた赤毛のホビットがいた。
「どうしたのよ、こんなところで?」
「アリシアさん……」
 アリシアに肩を叩かれたリュウナは、沈んだような顔で巨艦を見上げていた。
「ハイカグラを撃ったら、人間達は生きていけなくなるんですよね……」
 リュウナは、メスメルの言葉を思い出していた。
『お前達は自分達が生き残る為に全ての人間を犠牲に出来るほど非情になれるのか? 私たちの様に残虐な生き物になれるのか?』
「……でも破壊神が生き続ければ、いずれこの世界は破壊されてしまうと思う……でもそのためには、全ての人間の命を犠牲にしなければならない……わたしどうすれば……」
「あんたは龍焔炉を動かして、劫火砲を撃てるようにしてくれればそれで良いわ」
 アリシアがリュウナの頭にぽんっと手を置きながら言った。
「引き金はあたしが引くわ」
「……アリシアさん」
「あたしは人間たちがやっている血抜きの所為で、大切な親友を失ったわ。あたしはその時誓ったの。もう二度と人間たちにそんなことをやらせないって。そして全ての人間を殺してでも、止めさせてやるって。その為にはあたしは悪魔にだってなってやるって」
 友達だった白い一角獣を失ったあの時のことは、今でも忘れない。そしてその時のことを思い出すと自然と怒りがこみ上げてくるのを、今でも押さえきれない。
 黒き雷光の中での一瞬の再会を経験しても、その想いは彼女の中からは消えていなかった。
 リュウナも、自分の頭を撫でる手が、小刻みに震えているのを感じていた。
「だから引き金はあたしが引く。全ての人間をこの世から消す業を背負うのはあたしがするわ。それがあたしの望んだことだから」


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