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三十四話 紅き薔薇は静かに落ちる


 南大海の海上を、艦隊が高速で進んでいた。
 しかし艦隊と呼ぶには異様な艦ばかりであった。
 艦隊の前衛に大型の戦艦がいた。
 帝国海軍第一艦隊旗艦、皇帝艦煉獄。そう呼ばれる戦艦だ。
 南大海南部域の戦闘において大破した本艦は、その後修理と改装が行なわれ、四〇〇メートル近い全長を誇る大戦艦へと大改造が施されていた。
 そして再竣工した煉獄は、龍樹帝国軍の総旗艦としてこの艦隊をまとめていた。
 その煉獄の後ろに、要塞艦と同じだけの全長をした巨艦が進んでいた。
 劫火砲艦ニルヴァーナ。
 かつて帝国府がドレッドノードと呼ばれていた時代に主砲として積んでいた超破壊兵器、甲型劫火砲を運用可能とした巨大な自走砲艦。
 そしてその二隻の周りを、護衛達が取り囲んでいる。
 戦艦級の大きさをしたそれらは、これまでの戦いで生き残った機械神達だった。
 異様な姿をしたその艦隊は、海上を通常の艦艇では発揮出来ないような高速で進んでいた。
 全ての艦が空を飛んで移動していたのだ。
 目的地に急行する為に高速力を発揮できるもの達だけで、艦隊は編成されていた。
 帝国軍には他にも飛行可能な高速艦はある筈だが、必要最低限の数で艦隊は構成されていた。
 同行を望む者も、望む艦も確かに多くあった。
 しかし皇帝が自ら選んだ艦だけが行くことを許された。
 これから赴く場所には、限られた者しか戦闘に参加する事は出来ない。下手に数が多いだけでは足手まといになると言う理由だった。
 そしてもう一つ。
 死に行く者の数は少ない方が良いと。





 ニルヴァーナの隣りをもう一機、機械神が寄り添うように飛んでいた。
 かつて黒き龍焔と呼ばれた、龍樹帝国が総力を結集して創りあげた、対破壊神用決戦兵器。
 これはそのなれの果てとも言える機体だった。
 エンドベルとの戦いで大破した黒き龍焔は、完全に修理されたとしても、乗れるものも居なければ動かせる炉も無いと言う理由で、修復作業はかなり低い優先度で進んでいた。
 そして本機の為に用意されていた補修用のパーツも、他の機械神の修理に回され、この作戦の直前までは丸裸も同然の姿だった。
 黒き雷光を失ったアリシアは、この機体を自分の駆る次の機体に選んだ。
 十二基も積まれた縮退炉を装備した、じゃじゃ馬どころでは無くなったこの機体を、普通の者が動かすのは無謀とも言えた。
 だがアリシアは、断固としてこの機体の最戦力化を急がせた。
 アルビオンへの出発の直前、黒き龍焔は一応の修理を完了した。
 しかし装備品は殆ど付いていなかった。両肩を守る破砕爪付きの四枚の盾が無かった。
 背中に付く、空母装備が施された背部ユニットが丸ごと無かった。
 劫火砲の砲身も左側は帝国府の艦首より降ろした純正のものだったが、右側のものは、応急的に創られた一発撃ったら使えなくなる急造品だった。そしてその劫火砲の下に付く、大型推進器も付いていなかった。
 増加装備と言えば、大きな犠牲の末に奪取したハイカグラを、空いた背部に装備しているぐらいだった。
 そしてもう一つ、アリシアは黒き龍焔に改装を施させた。
 黒き龍焔本体にも、ハイカグラを稼動させる為の出力端子を付けさせたのだ。
「ZERO」も居ないのに、どうしてそんな無駄な装備の必要があると文句が出たが「もしもの時のため」とアリシアが強引に工事させたのだ。
 しかしここまでの装備しか用意できなかった帝国府の整備班の者は、アリシアに申し分けなく思っていた。
 だがそれでも彼女は、この機体を此処まで仕上げてくれた者達に一言礼を残し、飛び立っていった。





「……」
 広い巨艦の中。
 巨大な翼の翻った大きな部屋に置かれた、たった一つの座席に、リュウナが座っていた。
 艦橋には誰も居なくなっていた。枢機軍の領海に入る直後、操艦員達には煉獄へ移乗してもらっていた。
「戦いになったら邪魔になるから」とリュウナはポツリと言って、皆を降ろした。
 しかしそれが、傷付く者は少なくて良いと言う彼女の優しさであることは誰しも判っていた。だから皆、素直に降りた。
「リュウナ、平気か?」
 ティアがやって来た。彼だけが一人、乗艦を許された。
「……ダメじゃない、医務室で寝てなきゃ」
 ティアは未だに、銀の矢を受けた傷から完治していなかった。少しはだけた上着の下には、身体に巻かれた包帯が覗いている。
「だって、こんだけでかい船を、今はリュウナ一人で動かしているんだろ? やっぱり心配になってきちゃうよ」
 くすっと、小さく笑いながらリュウナが説明した。
「普通に飛んでる時は、自動で動いているから平気だよ」
 本当は、彼にはゆっくりと静養してもらいたかった。このニルヴァーナにも着いて来て欲しくはなかった。
 しかし彼にはやってもらわなくてはいけない事があった。
「……ん? どうしたリュウナ?」
 自分の事を見つめたまま、固まっている彼女に気付いて、ティアが声をかけた。
「……ティア君は、わたしの彼氏になってくれたんだよね」
「うん? そうだよ?」
 リュウナのいきなりな台詞を聞いて、少し照れながらティアが答える。
「じゃあ、彼女の頼みは何でも聞いてくれるよね……?」
「え? うん、俺に出来る事ならな」
「じゃあ……」
 リュウナはそこで一瞬言いよどんだが、決心したように続けた。何かを我慢するように目を瞑った。
「……もしもの時は……わたしを……殺してください……」
 固く目を閉じて、何とかそれだけ口にした。
 しばらく沈黙が続いた。
 そしてティアが口を開いた。
「そんなこったろうと思ったよ」
「!」
 リュウナが顔を上げた。其処には優しく微笑む彼の顔があった。
 その自然な笑顔を見た時、リュウナの方が困惑の表情になった。
「……ティア君」
「リュウナ、前にこのニルヴァーナを動かした時に、お前はもう少しで、龍焔炉を暴走させてしまうところだったんだろ? でもみんなには大丈夫と言った。みんなはその言葉を信じてこの劫火砲艦を修理し、リュウナを再び乗せた」
 ティアが優しく語り掛ける様に続ける。
「でも、大丈夫じゃなかったんだろ? 力を落として調整された今の疑似龍焔炉でも、自分がおかしくならずに操作する自身が無いんだろう?」
「……ティア君、なんでそこまで判るの?」
 自分の心を全て見透かしているような彼の台詞に、リュウナが思わず訊いた。
「俺たちはさ、こうやって本当の恋人同士になる前から、ずっと一緒に生きてきたんだよ。それこそ本当の兄妹のようにな。だから、リュウナがなに考えているかなんて、直ぐ判るよ」
「……ごめんなさい、ティア君……」
「あやまることなんてないよ」
 リュウナが素直に申し訳無い気持ちを伝える。
 そしてティアはそれを何でもないことの様に、始めから受け止めていた。
「それと、わたしを殺したらわたしのことなんて忘れて新しい彼女を見つけてくださいなんて、御約束の台詞も無しだからな」
「……」
 ティアがまた、リュウナの心の言葉を言った。
 それも、リュウナが彼に伝えようとしていた言葉の一つだった。自分の心の中を全て見られている様で、もう何も言えなくなってしまった。
「俺はお前のことを守るって言ったよな? それは地獄の果てでも変わらないってことだよ。お前一人じゃ心配だから、俺もどこまでも着いて行ってやるよ」
「……ティアくん……」





『しかし誰も向かって来ないな』
 煉獄の艦橋から外を見ながら、龍樹帝国皇帝フィフスが言う。
「そうですね」
 傍らに控えた黒龍師団師団長ガルアディアルが相づちを打った。
『ガルア、お前は無理する必要は無いのだぞ?』
 ガルアディアルは、失った右足の膝下に義足を付け、左手で杖をついていると言う状態だった。右腕も肩から先を無くしたままだ。
『手足が生え揃うまで、病院で寝てたらどうだ? お前には休養の支持を与えておいたんだがな?』
「俺は前線の指揮官として、部下達に最前線で指示を与えなければなりません。それが俺の仕事です。うるさく言うだけなら手足を失ったこの状態でも充分です。それに」
 そこでガルアはニヤリと笑った。
「これから起こる戦いをその目で見ないでどうするのですか?」
『観戦料が自分の命だとしてもか?』
「無論です」
 二人は艦橋の防弾硝子から外を見やった。
 これだけの大艦隊が南大海をなり振り構わず突っ切って移動しているというのに、枢機軍の艦艇は一隻も姿を見せなかった。
 たまにそれらしき艦が海上を移動しているのを見たが、何をして良いのか判らず、呆然とこちらを見ているだけの様だった。
 枢機軍の任務は龍樹帝国軍との戦闘だ。
 しかしそれを指示する最高機関は、一瞬にして消えてしまった。
 アルビオンで生まれ育った者は、故郷と言う土地さえ失った。
 そして海上を高速で移動する艦隊は、その全てを破壊した者を倒しに行こうとしているのだ。
 南大海の広い海に展開していた枢機軍の兵士達は、自分達は今一体何をすれば良いのか全く判らなくなっていた。





 帝国の艦隊は、アルビオンの領海を渡り、南バーラトの西海岸を抜けていった。
「……なんにも無い……ここは本当にアルビオン連邦なの?」
 アリシアがあたりの惨状を見て呟く。
 地平線の彼方まで岩肌が続いていた。それも無理矢理土を溶解させて造ったような大地だ。
 生きるものを全く感じ得ない死の大地。
「……これが破壊神の力……」
 アリシアは黒き龍焔の操舞倉からその光景を見ていた。
 しかし此処は本当の意味での黒き龍焔の操舞倉では無かった。
 彼女の座るのは、空母としての艦橋内に設置された艦長席が白兵起動形態に変形した物で、機械神ウォータードラゴンとしての操舞倉だった。
 本物の操舞倉は黒き龍焔の頭部を構成していた「ZERO」の中にあったものだ。
 そしてその頭部があった場所は、今は空っぽになっていた。上にはウォータードラゴンとしての頭部カバーが被さっていたが、中身が無くては格好が付かなかった。
「……いた」
 前面の映像盤を見つめていたアリシアが、十二時の方向に動く物を二つ見つけた。
 一つは十二枚の翼を広げた、ひとの形をしたもの。
 もう一つは、大きな箱を二つ積み上げ、その上に棒を二つ縦に並べた、巨大な物体。
 ひとの形をしたものは、巨大な重箱の上に乗っていた。
「いたわよ! 前方一万メートル!」





「!」
 ニルヴァーナの艦体が振動した。アリシアの乗った黒き龍焔が上甲板に乗って来たに違いない。
「リュウナ、疑似龍焔炉、起動よ」
 直ぐにアリシアからの指示が来た。
「はい」
「龍焔炉が起動したら全パワーをこっちに回して、劫火砲艦自体の機動は、縮退炉で賄うこと。良いわね?」
「はい、判りました」
 リュウナが疑似龍焔炉の起動レバーを入れた。
「……!?」
 その瞬間、以前とは比べ物にならない位の力の奔流が、頭の中を一気に駆け抜けた。
 疑似龍焔炉自体の出力には上限が加えられていた筈だが、そんな努力を全く無視したような巨大な力が、リュウナの小さい身体を翻弄した。
「大丈夫か、リュウナ!!」
 脇に控えたティアが、リュウナの苦しそうな顔を見て叫ぶ。
「……だい、じょうぶ、よ……」
 しかし今のリュウナには、そう一言口にするだけで精一杯だった。





 アリシアの黒き龍焔が、ニルヴァーナの上甲板に付けられたハッチの一つを開いた。
 中には六本の野太いケーブルが入っている。
 それを一本一本、背から外したハイカグラに取り付けていく。ハイカグラには元々、六基の入力端子が設けられていた。
 そして全ての端子に動力ケーブルを接続し終わると、黒き龍焔はハイカグラを掲げ上げた。
 ハイカグラが稼動状態に入る。
「これで全てが終るわ……破壊神も、人間も、そして……」
 黒き龍焔が、砲口を向けた。その先に居るのは破壊神。
「……あたしたちも」
 アリシアが引き金を引いた。
「これで終りよ!!!」





 この世を蝕み続けた死灰を浄化する光が晴れた時、其処にはまだ二つの物体が動いていた。
 確かにハイカグラから放たれた閃光は、確かに物理的な破壊をもたらすものではない。
 しかし、浄化の光を浴びても、破壊神は全く変わらない姿に見えた。
 その時アリシアは、不思議な感覚に囚われていた。
「……なのよ、この感覚は」
 高位魔導士になればなるほど、力の流れに敏感になる。巨大な魔法を使うには、自然界の力を把握しておく必要があるからだ。
 そのアリシアの力が、何かを感じていた。
 今までは従神器によって破壊神が制御されていた筈だ。
 しかし、今は全く逆の感覚を覚えた。
 従神器から破壊神へと送られるていた筈の制御の波動。それが今は全く逆の感覚を受ける。
「まさか、破壊神が今度は……」
『アリシア! 聞こえるか!』
 アリシアが其処まで思考を巡らせた時、通信器に声が入ってきた。
「何よ陛下?」
 自分の考えを邪魔されて、帝国軍で最高の地位にある者を前に、少し不満げにアリシアが答える。
『考えたくない事実だが……』
 フィフスが珍しく言いよどんだ。
「従神器が逆に破壊神によって操られているって言う事?」
 自分の考えと、皇帝の考えが一致していることを悟り、彼女は先に答えた。
 フィフスは先手を取られても特に気にせず、そのまま続けた。
『そうだ、その通……』
 しかしその皇帝の言葉は其処で途切れた。
 破壊神が右手を翳したと思うと、次の瞬間には、凄まじい閃光が煌いた。





 エンドベルが放った灼熱の刃は、劫火砲艦の右腹を薙ぎ、大きく切り裂いた。
 ニルヴァーナの中を激震が襲う。
「きゃあぁぁあ!!!」
 インフェルノゲートを支えるこの部屋が、大きく揺れる。
 あちこちの建材ががらがらと崩れ始めた。
 それ程激しい一撃だった。
 構造材の一つが電流を発しながら、吹っ飛んだ。破片の一つがリュウナに向かって飛んできた。
「!」
 リュウナは思わず頭を腕で庇おうとした。直撃したら腕が折れてしまうだろう。それぐらい大きな塊が飛んできた。
 激痛に備えて身構える。目を瞑った。
「……?」
 しかし、何も起こらなかった。遠くで、骨と肉のひしゃげるような、鈍い音がした以外は。
 恐る恐る瞳を開くリュウナ。
 そして其処あったエルフの青年の顔。
「いたたたた……大丈夫か、リュウナ?」
「ティア君!?」
「どこも怪我はないか?」
「う、うん……ティア君こそ、わたしを守って……」
「ああ、俺は大丈夫だよ。気にすることな……」
 そこまで言ったティアの身体が、ぐらっとゆれた。そのまま床の上に倒れてしまう。
 そしてべったりと赤く染まっていた彼の背中。
「ティア君!?」
 リュウナは、ティアの下へと行きたかった。自分をかばって傷ついた彼の身体に寄り添いたかった。
 その時
「あああああ!!!」
 リュウナの背に、痛みが走った。背中の焔珠が燃えるように熱い。
 そして、今まで以上に頭に激痛を感じた。切り裂かれるほど痛い。
 彼女は、自分の身に振り掛かった痛みに耐えるだけで精一杯になった。
 リュウナが助けを求めるように、床に転がった彼に目を向ける。
「……ティア君……」





「リュウナ!!」
 アリシアがニルヴァーナを動かす少女の名を叫んでいた。
 しかし、先ほどから何度も呼びかけているのだが、まったく返事がない。
 代わりにハイカグラを構えた黒き龍焔の身体が傾いだ。乗っているニルヴァーナが、降下を始めていた。
「大丈夫なの!? リュウナ!?」
 アリシアがもう一度呼ぶ。
 それでもリュウナの返事は無かった。
 アリシアは劫火砲艦の現状を確認した。破壊神の放った灼熱の刃によって、艦体右舷が大きく切り裂かれていた。
 破口からは濛々たる煙が上がっていたが、艦全体に及ぶ被害は受けていないように見えた。
 ……リュウナが返事をよこさないのは、通信回線がやられたか、それとも……
 アリシアは決断に迫られた。
「リュウナ、あんたはこのまま艦を地面に降ろして待機していなさい」
 彼女の姉ゆずりの身体の強さに今は懸けた。そして彼女の側にはティアの奴もいる筈だ。彼が何とかリュウナのことを守ってくれているに違いない。
 黒き龍焔がハイカグラをニルヴァーナの甲板に置いた。
 これとこの劫火砲艦の疑似龍焔炉とそれを動かすリュウナが無事なら、ハイカグラはもう一度撃てる。
 あとは誰が、全ての人間を殺す業を背負う覚悟があるかってだけだ。
「あたしはあの従神器って奴をぶっ壊しに行ってくるわ」
 それだけ言い残して、アリシアの黒き龍焔は、飛び出していった。





 あろうことか、破壊神は暴走した従神器の力を逆流させて、己の力を増幅させていたのだ。破壊神とラグナレク。まさに最悪の組み合わせ、無敵のコンビだった。
 この事態を打開するには、破壊神とラグナレクを切り離さなければならない。その為には、従神器を破壊しなければならない
 黒き龍焔が岩野を駆け抜ける。
 しかしその時黒い巨体の脇を、何かが高速で通り越していった。
「なに!?」
「遅いぞアリシア!」
 背部に巨大な推進器を背負った巨体が、自慢の高速でアリシアの黒き龍焔を抜き去っていった。
 機械神参號機、白羊宮の黄道機ヴァルヴァトス。
 そしてその機体から聞こえて来た声は、随分と見知った声だった。
「副長!」
「そうですよアリシアさん。一人で行くなんてずるいですよ」
 後からも声が聞こえてきた。
 両肩に大砲を背負った機体である黒き龍焔と同じ様に、肩に二対の劫火砲を積んだ重装備の機体が、後ろから追い着いて来ていた。
 機械神八號機、処女宮の黄道機ワルキューレ。そしてその機体から聞こえてきた声の主はカインレイシュナーだった。
 そしてカインの後ろにも、旗艦とニルヴァーナを此処まで護衛してきた、全ての機械神が続いていた。
「みんな死にたいの!? 勝てるかどうかも判らない戦いなのよ!?」
「ここで私たちが命を懸けないで、どうするのよ?」
 そう言いながら紅い色の機械神が、黒き龍焔の隣りに来た。
「ここで私たちががんばらなきゃ、この世界の全ての者が犠牲者になるわよ?」
 機械神一號機、宝瓶宮の黄道機アスタロト。その機体から発せられる女性の声。
「……ミレイヌ様まで」
「ほら、ぼやぼやしてると置いてくわヨ」
 ミレイヌのアスタロトも加速すると、一気に追い越していった。
「もう、みんな」
 アリシアも苦笑いを浮かべつつ、黒き龍焔の速力を上げ始めた。
「攻撃はインビンシブルの方に集中するわ! 上に乗ってるエンドベルは無視! 多分あいつはハイカグラでもぶち込まなければ倒せないから、相手するだけ無駄よ!」
 アリシアの指示が飛ぶ。彼女が乗ればこの黒き龍焔も指揮駆逐機の一機だ。
「カイン! あんたのワルキューレの劫火砲で先制砲撃よ! 劫火砲が当たった瞬間に結界が薄れる筈だから、他の機はその隙に攻撃、良いわね!」
「了解!」
 ワルキューレが、大地に停止した。そして脚部に装備されたパイルバンカーを露出させると、大地に打ち込み、機体を固定した。
 ワルキューレに装備された四基の縮退炉が全力稼動を始め、両肩の大砲に破滅の力を送り込む。
「食らえ!!!」
 そしてカインの雄叫びと共に、両肩の砲から劫火の火炎が打ち出された。
 それは狙いたがわずインビンシブルに命中すると、相手の結界を揺らがせた。
 そして全ての機械神が、攻撃魔法や搭載砲などを一斉に放った。
 凄まじい爆煙に包まれるインビンシブル。
「やったか……?」
 誰かが洩らした。
「この程度で破壊出来るんなら、苦労しないわよ! 煙が晴れたら攻撃続行よ!!!」
 その言葉に、アリシアが渇を入れる。
 爆煙が晴れてきた。そして殆ど変わらない姿でインビンシブルが現れた。
「……効かない!?」
「いや、攻撃が当たれば確かに結界が揺らぐ。一点に集中すれば何とかなる筈だ」
 黒き龍焔の隣りに、ヴァルヴァトスが降下して来た。アリシアの言葉に副長が状況を確認して諭す。
「……なんだ、なんか音がしないか?」
 次の戦術を考えている時、誰かが口を開いた。
「音?」
「そう、なにか巨大な歯車が回っているような……」
 そう言ったとき、あろうことかインビンシブルの重箱状の艦体の上の部分が、上に向かって立ち上がろうとしていた。
「何!? 変形!?」
 巨大な金属同士がぶつかり合う凄まじい轟音を発しながら巨体が持ち上がった。九十度回転し、下の部位と直角に再固定された。
 そして背部に折りたたまれた形になっていた棒状のモジュールが、前に半回転しながら、回り込んできた。
「……きょ、巨人……」
 誰かがうめき声を上げた。
 上段部の要塞艦が胴体を構成していた。その背に乗っていた一対のモジュールは、途方もない大きさの腕となっていた。そしてその巨体を下段の要塞艦が下半身となり支えていた。
 ラグナレクを収納しているブロックが胸の前に張り出し、頭部の様な形状をしていた。
 そしてその上に、破壊神が静かに降り立った。
 破壊神は、足の先から溶け込むように、インビンシブルの中に入り込んでいった。そして下半身まで埋まると、背に生やした翼をたたんだ。十二枚の羽が、再び破壊神の身体を覆った時、それは要塞艦を操る真の頭部となった。
「……」
 誰しも一言も発しられなくなった。身長八〇〇メートルは超える、巨大という言葉すら当てはまらない程の巨人が、其処に現れていた。
 巨大人型兵器となったインビンシブルが大地に降り立つ。
 大地を大強震が襲う。地面に立っていた機械神達は、皆一様に足をすくわれた。大地にひび割れが起こり、あちこちが落盤する。
 この近くにまだ街が残っていたならば、間違いなく壊滅していただろう。
 インビンシブルが腕を振り上げた。その先端には手らしき物が付いていた。手の平らしき物が開くと、其処から閃光が発せられた。
「! 全機回避!!!」
 その光明らかな攻撃の意思を感じたアリシアが、一番に叫んだ。
 彼女の声に後押しされて、機械神達が動く。
 そして全ての機械神が回避行動を取ったその跡には、爆炎の塔が林立していた。
 大地がいとも簡単にもぎ取られ、吹き上げられた岩盤が粉々に砕かれていた。
「なんて言う破壊力なのよ!?」
 アスタロトにインビンシブルより打ち出される光弾を避けさせながら、ミレイヌが感想を漏らした。
「あの、インビンシブルにはこんな機能があったのか。人間たちもとんでもないモンを造っていたもんだ」
 副長も自機の速力を生かし、光弾の降り注ぐ中をなんとか進んでいた。
 そしてアリシアが、光の雨の中叫んでいた。
「人間め! こんな厄介なもん造ったんなら、ちったあ責任取りなさいよぉ!!!」
 他の機械神達も、アリシア達に続くように回避を続けていた。
 しかし遂に一機の機械神が、巨人の光弾を受けた。
「ぐぁあ!!!」
 カインのワルキューレが右側面から直撃を食らい、其処に付いた劫火砲ごと右腕を吹き飛ばされていた。
「カイン!!!」
 ワルキューレが大地に倒れる。頭部右側の吸炎器や、右副碗等も大きく破壊されていた。
 処女宮の黄道機は一瞬にして沈黙した。カインからは応答が無かった。
 黒き龍焔が、紅の巨神の隣に舞い下りた。
「……ミレイヌ様、あったの創ってくれたドゥームズ・ディを使うわ。あの結界が少しでも弱まったら、全機攻撃を集中。一気に突入して」
「もう、それしかなさそうね」
「ミレイヌ様はあたしの盾をお願いするわ」
「もちろんそのつもりよ」
 自分の為に命を預けて欲しいと言う彼女の頼みを、魔導教会の長は喜んで引き受けた。
 黒き龍焔の両肩が上下に開いた。両腕を構成する白虎と翠雀に内蔵された魔導器が露出する。
 これは元々の黒き龍焔にも装備されていた。しかし剣士のリュウガが操士となった為、使用される機会はなかった。
 そして今、一度として使われなかった黒き龍焔の固定装備が、始めてその力を発揮しようとしていた。
 両肩の魔導器が光に揺らめきだした。アリシアの呪文の詠唱と共に、手の中に雷光が発した。
 ミレイヌのアスタロトは、両腕に巨大な光の盾を持っていた。彼女が呪文を唱えている間、インビンシブルの攻撃から、黒き龍焔のことを守っていた。
 しかしいくら盾があったところで、いつかは破れる。
 相手の強烈な攻撃に、魔法で創った盾もあちこち吹き飛ばされ本体も破壊され始めた。
 しかしミレイヌに下がる意思は無い。
 例えこの身が砕けようとも、後で必死に呪文を詠唱する彼女が魔法を完成させるまでは、この場に踏み止まるつもりだ。
 この魔法も、ヴァッシュのヴァンガードと戦った時よりも改良が加えられ、幾分か詠唱にかかる時間も少なくなったが、それでも呪文を唱えてている間は無防備なのは仕方なかった。
 ミレイヌが身を持って守る中、黒き龍焔の手の中の雷光は大きく膨れ上がっていた。
「……もう直ぐね」
 ミレイヌが後を確認するように黒き龍焔の方に振り向いた。
 しかしその一瞬の隙を付いて、インビンシブルの閃光がアスタロトを襲った。
 ボロボロになった盾を更にぶち壊されながら、胸部の辺りに直撃を食らった。
「ミレイヌ様!?」
 アリシアの目前で、アスタロトが遂に倒れた。
 紅い機体は装甲を吹き飛ばされ、胸部から左肩にかけて大きく破壊されていた。
「……私は……ちゃんと役に立ったかしら……」
 ミレイヌが力無く喋る。
 黒き龍焔の映像盤に、アスタロトの操舞倉が映し出されていた。ミレイヌの足が操士席前面の計器の中に埋もれていた。あれでは彼女の両足は切断されていてもおかしくない。
 小さく呻き声を出したあと、ミレイヌは静かになっていた。
 回線が途切れた。
 アスタロトが沈黙する。
「……ちくしょう、ちくしょぉぉお!!!」
 その時黒き龍焔の手の中には、雷で出来た大砲が完成していた。それを左腰に構える。
 そして、その先を巨人に向けた。
「……破滅の扉開かん!! ドゥームズ・ディ!!!」
 アリシアの雄たけびと共に、黒き龍焔が雷で出来た長砲を撃ち放った。
 それは轟雷を超える大きな音を轟かせ、インビンシブルに直撃した。
 巨体が傾ぐ。そしてインビンビルの周りに張られた結界が消えた。
「今よぉ!!!」
 呪文の圧力に耐え兼ねて膝を付く黒き龍焔の中から、アリシアが叫んだ。
 その声を待っていたかの様に、機械神達が飛び出した。
 エンド・オブ・ワールド級の強力な雷撃力の全てを、結界を吸収し相手を破壊する力に転換させるドゥームズ・ディの呪文は、一時的にしろインビンシブルの結界を対消滅させていた。
 殺るなら今しかない。
 副長の駆るヴァルヴァトスが、背部の大型推進器を外した。
 分離したそれは大型の飛行ベースとなり、その上に身軽になったヴァルヴァトスが乗った。
 高速で進む土台を得られたヴァルヴァトスは、両肩に分割装備されていたパリガンを接続し、発射体制を取った。
「食らえ!!!」
 ヴァルヴァトスがパリガンを放った。パリガンは全長二〇〇メートル、口径八〇センチを誇る、超高初速電磁軌道砲だ。
 この距離ならば打ち抜けぬものなど無い程の大砲だ。
 その一撃はインビンシブルの胸部を狙い違わず直撃する筈だった。
「!?」
 しかしその必殺の一撃は、今まさに上に振り上げられようとしていた巨人の左腕にガードされた。
 あれだけの巨体だ。敵機の射撃後に行動を起こして、避けられるものではない筈だ。
 その動きはまるで、副長が其処に撃ち込むのを予め予測していたかのような動きだった。
 確かに左腕の一部を破壊することは出来た。しかしこの巨人にとっては、大したダメージになっていないのは明らかだ。
 インビンシブルが攻撃を受けた左腕を、無造作に振るった。
 巨人の腕は、それだけで劫火砲艦ニルヴァーナと同じだけの大きさがある。
 想像を絶するリーチの長さを、副長は避け切る事が出来なかった。
「がぁ!」
 大型推進器上のヴァルヴァトスは、空中に吹っ飛んでいた。直撃を受けたパリガンは真っ二つに折れ、正面装甲の殆ども潰れた。大地に落下するヴァルヴァトス。主を失った土台の推進装置もそれに続いた。
「副長ぉ!!!」
 そして其処で倒れたのは、副長の機体だけでは無かった。
 巨人の猛攻を受け、リヴァイアサンが、ティアマットが、次々と倒れ伏して行く。
「くぅ……なんて強さなのよ!!!」





「……苦しい……苦しいよぉ……」
 大地に着底した劫火砲艦の中、リュウナは必死に絶えていた。
 疑似龍焔炉を起動し、黒き龍焔がハイカグラを撃った時、リュウナの身体にはとてつもない力の奔流が襲っていた。
 やはり紛い物の龍焔炉では、ハイカグラと言う水の力を操る相反する力に耐え切れなかった。
 そしてその負担はそっくりそのまま、炉を操るリュウナに襲い掛かったのだった。
 破壊神の攻撃に晒されたニルヴァーナは、炉や制御器も少なからず被害を被った。
 この巨艦は今では、一人の少女でも操ることができる完璧な個人要塞としては、機能しなくなって来ていた。
 今現在のリュウナには、ほんの些細な事でも彼女の負担を増加させる原因となっていた。
「……たすけて……ティア君……」
 リュウナが目の前で倒れる青年を呼ぶ。
 しかし背中を真っ赤に染めたまま、ティアは動かない。
 リュウナはもう、この疑似龍焔炉から送られてくる力の奔流に耐えられそうも無かった。
 この暖機状態を維持しているだけでも精一杯だった。
 炉を止めるか。それとも……
 リュウナが前を見る。
 前面の壁面に設置された大型映像盤に、目の前の戦いが映し出されている。
 巨人に、帝国の機械神達が立ち向かっていっている。
 しかしその抵抗も空しく、巨人の猛攻を受け次々と倒れていく。
 雲を突くような巨体と、それから繰り出される想像を絶する破壊力に、さしもの機械神達も敵わないようだった。
 リュウナは思っていた。
 あんな大きな相手と互角に戦えるものなんて、今ではもう、この自分の乗っているニルヴァーナぐらいしか無いと。
 彼女の想いが、再び巨艦に命を与えた。
 インフェルノゲートが瞬く。巨大な羽が少女を更に苦しめた。
 頭と背中を襲う更なる激痛に、リュウナが顔を歪める。
「……わたしの、身体が……暴走する前に……なんとかしなくちゃ」
 鋼鉄の翼がこの世を滅ぼす力を具現化させる。彼女の痛みと引き換えにして。
 再びニルヴァーナが五十万トンの巨体を宙に浮かべた。
 傷口から煙を吐き出しながら巨艦が進む。
 前進し始めた劫火砲艦を操りながら、リュウナがもう一度床に倒れる彼のことを見た。
「ティア君……わたしが、わたしでいられるうちに早く起きてね……そしてわたしを……」





 アリシアの目の前でファーヴニルが倒れた。
 四本の脚の内三本までが一瞬にして吹き飛ばされ、そのまま戦闘力を失った。
 遂にまともに動ける機械神は、黒き龍焔ただ一機となってしまった。
「……どうすれば……」
 そして、間髪入れずにインビンシブルが攻撃をしかけてきた。
 更なる獲物に向けて、巨大な手の平から光が放たれる。
 アリシアも黒き龍焔に回避させる。
 しかし一対一となった今、相手の攻撃の全てが自分に集中するようになり、流石に自機も傷付き始めた。
 余りにも多い敵の手数に、アリシアも反応が遅れ始めた。
 そして一筋の閃光が伸びてきた。
 それは今から回避運動をしても明らかに避けるのが無理な軌跡を描いていた。
 アリシアは直撃を覚悟した。
 はたして、その閃光と黒き龍焔の間に、突如として大きな影が割り込んできた。
 右側面に直撃を食らい、艦内が大きく揺さぶられる。
「わぁ!!」
「きゃぁー!!」
『落ち着け!! 主砲斉射だ!!』
 横腹の主装甲を吹き飛ばされながら、煉獄が四基の主砲を放った。
 その砲弾が、閃光を放った巨人の手の平を直撃する。しかし、眼くらまし程度にしかならないのは判っていた。
「陛下!? みんなぁ!!」
 アリシアが自機を庇って攻撃を受けた、巡洋戦艦に向かって叫ぶ。
『フフ、私達もたまには格好付けたかったものでな……しかし、煉獄もこれまでのようだ』
 爆煙を引きずりながら、皇帝艦が地の上に沈んで行く。今の直撃で、浮揚器に致命的な損傷を受けたらしかった。
「……あとは、本当にあたしだけか」
 アリシアが、敵を睨み上げる。
 巨人の上に乗った破壊神が見える。
 そしてその紅い瞳と目が合ったような気がした。
 ここまでなのか?
 自分達にはここまでしか出来ないのか?
 結局は破壊神によってこの世は滅ぼされるのか?
 アリシアの胸の中を、言いようの無い悔しさが駆け抜けていた。
 その時、頭の上から黒い影が落ちて来た。
「……?」
 雲の影にしては、濃すぎる影だった。
 そしてそれが、巨大な物体から落ちるものだと知った時には、頭の上をニルヴァーナがゆっくりと巨人に向かって進んでいた。
「!? リュウナ!? なにしてんのよ!! あんたはそれ以上……」
 しかしその声は、天空を進む巨艦には届かなかった。





 巨人からの攻撃が、劫火砲艦に炸裂する。
 あちこちから火花を飛ばしながら、それでもニルヴァーナは進んで行く。
 そしてインビンシブルの目前まできた時、巨艦を衝撃が襲った。
 巨人がニルヴァーナとほぼ同じだけの大きさがある腕で、艦首を掴んでいた。
 インビンシブルが手の力を込める。ニルヴァーナの鼻先がミシミシと潰れていく。
 その時、掴んだ左手の中に閃光が煌いた。
 次の瞬間、巨人は光の槍に腕を貫かれ、そのまま左腕を四散させた。爆煙が辺りを包み込む。
 そしてその煙の中から、再びニルヴァーナが現れる。
 加電圧で電流がスパークする音を何千倍にもしたような音を響かせながら、五十万トンの質量が巨人の周りの防御結界を突き破った。
 金属同士が潰れあう凄まじい轟音を轟かせ、巨人の胸部辺りに劫火砲艦が艦首をめり込ませる。
 リュウナが前を睨む。其処には破壊神の変じた巨大な首がある。
「……これで、終らせてよぉ!!!」
 絶叫と共に、二発目の劫火の焔が放たれた。





 大爆発が大地に起こった。
 巨大な鉄塊が、何百と降り注いだ。
 膨大な熱量が、地面を溶かした。
 巻き上げられた砂塵と爆風が、無茶無茶に荒らし回っていた。
 辺りのものを何から何まで吹き飛ばす爆風が晴れた時、其処には二つの、巨大な鉄の塊が転がっていた。
 一つはインビンシブルであったもの。上半身であった要塞艦の上段艦が、まったく無くなっていた。台座の下段艦だけが其処に半壊状態で転がっていた。
 そしてもう一つ、ニルヴァーナ。六〇〇メートルの劫火砲艦は、艦首部分が綺麗さっぱり無くなっていた。
 艦橋部とインフェルノゲートの制御室は艦体後部に設置されていたため、かろうじて被害は免れた。
 しかし
「……リュウナ」
 残骸の中に黒き龍焔が立ち尽くしていた。
 上部乗降用扉が開いている。そして頭部の脇に赤毛のホビットが立ち、ニルヴァーナを見上げていた。
 艦首部をもぎり取られた劫火砲艦は、まだその動きを止めていなかった。
 艦体が折れるほどのダメージを受けたならば、搭載されている疑似龍焔炉は強制停止する筈だった。
 しかし、艦体後方下部に詰まれているその炉は、未だに動き続けていた。しかもその駆動音が、徐々に大きくなっていっている。
 その音を聞く度にアリシアは、胸が締め付けられる思いだった。
「あたしには、兄弟がいないから判らないけど」
 痛みを覚える胸の辺りを、ぎゅっと掴む。
「妹を想う姉の気持ちって、こんな感じなのかしら……」
 そう言うとアリシアは、転移の呪文を発動させて虚空に消えた。





 リュウナは既に、意識を失っていた。
 動きつづけたままの龍焔炉。意識の戻らない少女。
 暴走だった。紛い物の龍焔炉で龍の焔を使い続けた罪なのか? 紛い物の龍焔炉で水の武具の力を使った罰なのか?
 既に不安定な状態だったリュウナは、劫火砲を連続して撃ったことにより、完全に炉の力を制御しきれなくなった。
 世界を救う為に力を使ったのに、今度は自分自身が世界を滅ぼす力になっている。
 なんと言う不条理なことだろうか。
 巨大なインフェルノゲートが、少女の背から無尽蔵の龍の焔を取り出し続けていた。
 それは余りにも惨い光景だった。
「……リュウナ」
 その時少女の前に、一人の人影が立った。
 ティアの背中は、醜く汚れていた。自分の血を背中に背負ったままだった。
「ごめんな、やっと起きれたよ」
 そう言うティアだったが、背に受けた傷は大きく、まだ余り身体が良く動かせなかった。
 それでも自由の利かない身体を動かしながら、ティアは自分の剣を取った。
「俺も、お前みたいな凄い奴の彼氏になったんだから、もう覚悟はできてるよ」
 自分は彼女の恋人として、彼女の願いを叶えてあげなくてはならない。
 戦う前に聞かされた、彼女の願いを。
 涙を浮かべて少女を見つめる。
 彼女を苦しみから開放してやれるのは、自分しかいない。
「俺もすぐに行くからな!」
 剣を振り上げる……その時
「ちょっと待った」
 ティアは誰かに肩を叩かれた。その直後身体の中を電流が走りぬけるような衝撃を感じた。
「あんたの役目は、この娘を守ることでしょ? 殺すのはあんたの仕事じゃないわ」
 再び倒れてしまったティアは、床に落ちる前に、赤毛のホビットの姿を見た。
「……アリシア……さん……」
 アリシアは麻痺の呪文を食らわせたティアの身体を除けると、少女の前に立った。
 苦しそうな表情の少女。
 意識を失いながらも、まだ必死に自分の力を止めようとしている少女。
 帝国府の医務室の中で、ミレイヌが二人の姉妹に死んだ母親の話をしている時に、アリシアもその場にいた。
 そして彼女達の母、フーガムラサメの最期も聞いた。
 自分の想いと命を娘に託し、死んでいった母親。
「……ウォルテもスノードロップもまだ来るなって言ってたけど、こういう理由ならしょうがないよわね」
 アリシアが腰の後に手を回し、何時もそこに着けている魔導器を外した。
 鞘を引き抜く。複雑な紋様が刻み込まれた刀身が現れる。
 そして





 巨艦の後から聞こえていた音が消えた。
 劫火砲艦の中が、不思議な静寂に包まれる。
 アリシアはリュウナの胸に突き立てた魔笛を引き抜いた。引裂かれた少女の心臓から、止め処も無く血が溢れてきた。
 少女は既に絶命していた。
 しかしその顔は、とても殺されたとは思えない程の、穏やかな顔だった。
「……あんたの姉さんも、こんな顔を母親に見せていたんでしょうね」
 アリシアは魔笛を鞘に収めた。そしてそれを少女の膝の上にそっと置いた。
「やっとこれは、あなたのものになるわね。もうあんたはミレイヌレカキスを超える力を持つわ。これはあんたの物よ」
 アリシアは懐に手を入れると、半透明の薄蒼の布を出した。
「それと、もし姉さんに逢えたら、これをあんたから返しておいてちょうだい。前にもらったものと違うけど、これに入っている想いは、前と変わらない筈よ」
 アリシアは呪文を唱え始めた。
 歌うように紡がれる魔法。
 流れるような旋律が、インフェルノゲートの間にこだまする。
 そして詠唱が終った。
 リュウナの顔に赤みが戻ってきた。破かれた心臓と胸の肉が急速に再生していく。
 そしてその代わりに、アリシアの身体が、足の先から砕け始めていた。
「リュウナ、あんたにはまだやるべき事が残っているわ」
 彼女の身体が、さらさらとした砂になって行く。
「ここで死ぬのはあたしの役目よ」
 アリシアはまだ残っている右手で、リュウナの頬をそっと撫でた。
 再び取り戻した彼女の頬の温かさを感じながら、アリシアは何処かへ消えてしまった親友の事を思いだしていた。
「リュウガ、あんたはまだ死んでなんかいないわよね。ぐずぐずしないで早く帰ってきなさいよ。妹が一人でこんなにがんばっているのよ」
 頬に添えた手も、砂になって彼女の上に落ちた。
「あたしは先に行くわ。でもあんたもリュウガも、まだまだあたしの所には、来るんじゃ無いわよ」
 それが雷帝アリシアラウリの最後の言葉だった。
 少女は、彼女の身体だった白い砂の中にいた。
 彼女の残した、二つの想いの詰まった品を、膝の上に大事に載せて。
 そしてまだ意識の戻っていない筈のリュウナの閉じられた瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。





「……アリシアさん……」
 ティアの強い意志は、麻痺の呪文を受けてもそれに絶えていた。
 身体は動かなかったが、眼はしっかりとアリシアのことを見ていた。
 誇り高き魔導士の最後を、ティアはその目に焼き付けていた。





 ティアがリュウナのことを抱き抱えてニルヴァーナの中から出てきた。
 彼の身体も、背中の大きな傷と雷帝が残した麻痺の呪文の効力でまだ上手く動かなかったが、そんなことを言っていられる場合でも無かった。
 それにリュウナのことを思うと、身体の方が勝手に動いてくれた。
 破壊神はまだ其処にいた。
 巨人の首に変異したままの状態で転がっていた。
 斬首された罪人のような印象を受けたが、力を落としたようには見えなかった。
 まだ、かなりの力を溜め込んでいるように思えた。





 ティアは何気なく空を見上げた。
 流れ星がひとつ飛んでいた。
 彼はその流星に、一つ願懸けをした。
 破壊神を倒す力をくれと。こんな戦いを終わらせる力をくれと。
「……」
 ティアは願い事をしても、その流星をずっと見ていた。それほどゆっくりとした動きをしていた。
 そして彼は気付いた。その流星がこちらに向かって飛んできていると言う事を。
「!?」
 驚く間もなく、その流れ星はティアの上を通り越していった。
 そして強烈な風圧を感じた直後に、その流星は地面に落ちた。





 大地に落ちた流星が割れ、中から何かが這い出て来た。それは機械仕掛けの大きな巨人だった。
 ティアはその巨人のことを知っていた。両肩に大きな角を付け、腹に龍の首を潜ませる巨人。
「……『ZERO』」
 ティアが巨人の名を呼んだ。
「ZERO」はティアの下まで歩いてくると、其処で肩膝を着き停止した。
 胸の辺りに手を持っていくと同時に、胸部操舞倉の扉が開いた。そして其処から誰かが現れた。
 中に乗っていた人物が手の平に乗ると「ZERO」は、その者を地面に降ろした。
「……」
 ティアはその人物を呆然と見つめていた。まるでこの世の者では無いかのように。
 ゆっくりと歩いてくる背の高いホビット。
 そしてその人物は、ティアが忘れる筈の無い人物だった。
「……リュウガさん」
 その声に反応するように、ティアに抱かれたままのリュウナが、眼を開いた。
 霞む視界を、向ける。
 確かに其処には、姉の姿があった。
「……おねえちゃん」
 二人の呼び掛けに答えて、リュウガがゆっくりと笑った。
 しかしその笑顔には、悲しみをこらえた辛さがあった。
「ただいま」


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