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三十五話 星を守る者


「やっぱりあなたとは、決着をつけないといけないんですね」
 リュウガが言う。
「そうだな。俺のような厄病神を残しておいては、お前達には真の平和は訪れないだろうな」
 ヴァッシュも不敵に笑いながら答える。
「……なんでそうまでして戦うの!?」
 二人の会話を遮るようにリュウナが叫んだ。
「もう、人間は負けたのよ!? どうして」
 彼女には、最初から分かり合ったような二人の会話が全く理解できなかった。
「俺たち人間はまだ負けていない。紅蓮の死神とそこの黒い機動戦艦を倒せば、人間の勝ちだ」
 ヴァッシュが、リュウナを睨みつけるように答える。
「このハイペリオンだけが残れば、こいつは第二の破壊神になれる。そうなれば、この地上は俺の思いのままだ」
「そこまでして、この世界を征服したいの!?」
 それを聞いて、リュウナが思わず声を荒げた。
「征服? そんなものは興味が無いな。そんな面倒くさいことをするのならば、こんな世界は綺麗さっぱり壊してやる。何しろ第二の破壊神なんだからな」
「そ、そんな……」
「俺に必要なのは戦いだ。それだけだ。他の人類の為などとは露ほども思わん。俺を楽しませろ。そして俺を殺せ。たとえこの俺が平和を望んでいたとしても、そんな言葉は信じるな! 人間など一人も信じるな!!」
 ヴァッシュが叫ぶ。
「もう一度言う。お前達が真の平和を臨みたいのなら俺を倒せ。全ての災厄をこの世から完全に消し去れ!!」
「……なんで……どうして」
 魔法剣士の言葉に、リュウナはもう何も言えなくなってしまった。
 そんな妹の肩を、姉が優しく叩いた。
「もう、充分ですか?」
 リュウナは俯いたまま、首を横に振った。
「わからないよ……もうなにもかも終ったはずなのに、なんでまた戦わなくちゃいけないのよぉ」
 リュウナは泣き叫んでいた。
 そしてリュウガは、そんな妹の頭を撫でながら、こう言った。
「意地ですよ」
「……意地?」
 思いがけない言葉を聞いて、リュウナが顔を上げる。
「人間だって生き物なんです。自分の命を懸けてまで通さなきゃいけない意地だってあります。そしてわたしはこのハイカグラを撃って全ての人間の生きる道を閉ざした者として、それに答える義務があります」
 姉のことを呆然と見上げるリュウナ。
「……おねえちゃん」
 そして姉は、あのハイペリオンと言う巨人が現れた瞬間に、もう戦う覚悟が出来ていたことをリュウナは悟った。
『者たち、でしょ?』
 操舞倉の計器盤から声が聞こえてきた。
「フフ、そうでしたね。レイ君とはどこまでも一緒でしたもんね」
 レイの言葉を聞いて、リュウガも嬉しそうに答えた。
 そしてヴァッシュの乗る巨人に向き直った。
「ヴァッシュガーランド、この黒き龍焔から妹達を降ろす時間をもらえますか?」
「俺はそんなことすら許可も出来ない無作法者ではない。安心して準備をしろ」
 リュウガの願いに、ヴァッシュは誇り高き武人の一人として、即答した。
「礼を言います」
 リュウガが妹の方に再び顔を向ける。
 既に妹も気持ちの整理がついたようで、姉の顔をじっと見ていた。
「もう、わたしもなにも言わないよ……あの魔法剣士とおねえちゃんが戦わなきゃいけなかったのは、もうずいぶんと前から決まっていたことなんだもんね」
 リュウナが姉の顔を見つめながら続ける。
「でもこれだけは言わせて。絶対に帰ってきてね。約束だよ」
「うん、約束します」
「それとこれを」
 リュウナが今まで大切に持っていた二つの品を、姉の前に出した。
 二人の姉妹の血を吸った魔剣、魔笛。そして水の衣。
「おねえちゃん、もうこの二つには、魔力が全然感じられないの。多分それは秘められた力を使い果たしちゃったから。だから二つともただのお守りにしかならないけど……でも」
 リュウガは、妹から受け取った魔笛と水の衣をじっと見ていた。
「魔笛にはアリシアさんの想いが、水の衣にはウォルテお姉ちゃんの想いが詰まっているわ」
 リュウナの言葉に、二つの品を抱きしめながらリュウガは言った。
「それだけあれば充分ですよ」
 ニコッと微笑むリュウガ。親友の想いの詰まった品が側にあるだけで、リュウガは何時もの真っ直ぐな笑顔が出来た。
 そして、妹の側にずっと着いてくれている、エルフの青年の方に向いた。
「ティア君、妹のことを頼みます」
「はい!」
 ティアは、そう一言だけ力強く言うと、リュウナの事を抱き抱えて「ZERO」の操舞倉から出た。





 何時の間にか雨が上がっていた。
 黒き龍焔がインビンシブルの残骸からもう一つ道具を取り出した。
 負の大剣ラグナレク。
 エンドベルを倒す為に単一結晶金属で作られた、対破壊神剣。
 創造神アルテアが長い時間をかけて、破壊神と戦う時代の者達の為に用意した武器。
「結局この剣も、エンドベルとの戦いには使いませんでしたね」
 ようやく自分達の下に戻ってきたラグナレクを見て、リュウガが言う。
『そうだね、何のために時間をかけてアルテアが創ったんだろうね』
 黒き龍焔が、ラグナレクを構えた。
『でも』
 その先にいる、白い巨人。
『倒すべき相手はまだいるからね』
「そうですね」
 リュウガも、目の前に立つ巨人、ハイペリオンを見据えた。
「ヴァッシュガーランド、わたしたちはこのラグナレクを使います。あなたに勝てる見込みはありますか?」
「心配は結構だ。例え何でも切れるとはいえ、当たらなければどうという事は無い」
 リュウガの気遣いに、ヴァッシュは不敵に言い放った。
「では、行かせてもらうぞ」
 ハイペリオンが地を駆けた。





「始まったのか」
 ティアの見つめる向こうで、白と黒の巨人が戦い始めた。
「……」
 リュウナは、ティアの腕に抱かれたままだった。
 既に気を失いそうな程体力を消耗していたが、それでも目を開いて、姉の戦いを見つめていた。
「ティア君! リュウナちゃん!」
 後から声がした。
 ティアがリュウナを抱えたまま振り向くと、其処には見慣れたホビットの男が、此方に向かって走ってくるところだった。
「副長さん!」
 思わずティアが声を上げる。
「無事だったんですね?」
「何とかね」
 副長も二人の前まで来て、一息吐きながら答える。
 しかし良く見ると、左腕を痛そうに押さえていた。
「副長さん、その腕は?」
「ああ、折れてしまったらしい。しばらくは二刀流は出来ないね。でもこれぐらいで済んで良かったよ」
「……他のひとは?」
 ティアに抱かれたリュウナが、心配そうに恐る恐る聞いた。
「うん、何とかみんな生きているよ。カインは全身打撲、ミレイヌ様は両足をやられたけどね」
「……ミレイヌ様も」
「うん、みんな助かったのは良いけど、酷い怪我をした者ばかりだ。煉獄もなんとか撃沈は免れたけど、重傷者がかなり出ているという話だ」
 副長が、二人に今の状況を伝えた。
「そう言えば、アリシアの姿が見当たらないんだ。あの黒き龍焔に乗っているのがアリシアなのか? 他のみんなもやっと動けるようになったばかりで、今、どういう状況になっているのかまったく判らないんだ。さっきも隕石みたいのが落ちて来た見たいだし……」
 副長はそこまで言った時、二人がとても悲しそうな顔になるのが判った。
「リュウナちゃん?……ティア君?」
「……お話しなければならないですね……ティア君、下ろして」
 リュウナはティアの腕から下りると、伝えるべき悲しい事実を喋り始めた。





 黒き龍焔が猛然と大地を駆け、ハイペリオンに向かう。
 敵機の間合いに踏み込み、黒い機械神がラグナレクを振るった。
 しかし、簡単に避けられてしまう。
「どうした? 動きが鈍いぞ!!」
 返すが刀で、ハイペリオンがグレートソードを打ち込んでくる。
 黒き龍焔が絶対結界を張り巡らせ、かわす。
 そして結界に大剣が弾き返された一瞬の隙を突いて、再びラグナレクを打ち下ろす。
 しかし
「!?」
 ハイペリオンが、打ち込みをかわされた大剣をそのままの流れを維持して、ラグナレクを受け止めていた。
 巨大な刃同士がぶつかり合った瞬間、凄まじい電光が辺りに撒き散らされた。
「どうして、受け止められるの!?」
 その光景を見て流石にリュウガも同様した。
『何故だ!?』
 レイも叫ぶ。この状況は彼の思考をも超えていた。
 ハイペリオンが退いた。
「この機体にも龍焔炉は搭載されている。ヴァンガードから回収した本物がな」
 ヴァッシュが、自機に一端間合いを取らせながら言う。
「確かにラグナレクはあらゆる物質を触れただけで消滅させる。しかしこの龍の焔は物質ではない。この力を剣に纏わりつかせれば、短時間ならラグナレクの負の力を受け止めることも可能だ」
 枢機軍が、今までの龍の焔と龍焔炉に関する技術蓄積の全てをたたき込んで創りあげた機体。それがハイペリオンだった。
 元々、限定的な龍の焔の力しか使うことしか出来なかった枢機軍は、その特性を最大限に引き出し、帝国のもう一つの破壊神とも互角に戦える最凶の兵器を完成させたのだ。
 そしてまた、対する黒き龍焔は、今の状態では非常に動きが鈍かった。
 黒き龍焔は現在、頭部の龍焔炉も機体各部の十二基の縮退炉もフル稼働を保てる状態だ。
 しかし、それだけの力はあっても、それを具現化する為の道具が殆ど付いていなかった。
 背に背負う大型推進器を始めとする、各部の装備品が欠落している。
 黒き龍焔は今現在、自分自身の大パワーを殆ど活かせない状況で戦い続けていた。
 白い巨人が再び動いた。
 ハイペリオンが高速で接近して来る。フル装備状態の黒き龍焔とほぼ同質量と思われる巨体が、凄まじい勢いで迫ってくる。
 相手の間合いに踏み込むと、いきなり体当たりをかけた。
「!?」
 大上段からの打ち下ろしを予想していたリュウガは、完璧に隙を突かれた。
 体制を崩す黒き龍焔。
『くそおぉ!!』
 レイが何とか姿勢を戻そうとする、そこへハイペリオンの刃。
「!」
 何とかグレートソードの打ち込みをかわし、背後に逃れる。
 しかし切先は、黒き龍焔の左肩を大きく切り裂いていた。
「……はぁ、はぁ……」
 流石にリュウガも、息を洩らす。
「どうした紅蓮の死神よ? 動きが鈍いぞ」
 ヴァッシュは追い討ちをしようともせず、悠然と構えたままだった。
『……強い。枢機軍の切り札だけあって、あの白い機体に秘められた力は半端なもんじゃない』
 レイも、相手の強さに思わず声を上げた。
「そういえば言ってなかったな」
 ヴァッシュが、唐突に口を開いた。
 その言葉と共に、ハイペリオンの頭部が旋回する。
「この機体にも従神機が付いてるんだよ」
 その硝子の瞳の見つめる先には、ぐずぐずにくずおれている、破壊神のなれの果てがあった。
「そ、そんなこと……」
 リュウガが何かを言おうとした時、白い巨人が大剣を投げ捨てた。
 そして次の瞬間には、ハイペリオンの右腕が大きく変化を始めていた。
 右腕が指の先から四方に裂かれた。それがまるで触手のように蠢き始めると、破壊神に向かって伸び始めた。
 そしてある程度まで伸びると、金属の触手の先から、雷光に似た光を、破壊神に放った。
 そしてあろう事か、光を浴びた破壊神は、残った身体を、変化させ始めた。
 嫌な音を立てながら醜く蠢く。
 そしてその身体は、鋭利な板状に伸ばされ、数瞬後には、全長一五〇メートルはある、巨大な剣と成り果てた。
 ハイペリオンの触手が剣の握りを掴んだ。そして形を変えながら、本体へと戻っていく。
 そして金属の触手は形を変え、破壊神の変異した大剣を持つに足る、巨大な右腕となった。
「……そんな……そんなことって」
 白い巨人が破壊神の剣を翳した。
「既に燃えカスみたいなもんだが、お前と戦う分には充分以上の力はあるぞ」
 ハイペリオンが再び動いた。
 黒き龍焔のラグナレクと、ハイペリオンの破壊神の剣が壮絶な打ち合いを始めた。
 確かにラグナレクの全てを消滅させる力は、そのエンドベルの変じた剣にも及んだ。負の大剣を受け止める度に、ハイペリオンの剣は大きく傷付く。
 しかし、その剣を構成する破壊神の力で、瞬く間に再生してしまうのだった。
 一瞬にして元の形を取り戻した破壊神の剣が、黒き龍焔に襲い掛かる。
 その刃は、黒い巨体を右肩から左わき腹にかけて大きく切り裂いた。
「!!」
 その衝撃で操舞倉も大きく揺れる。
 もみくちゃに揺さぶられたリュウガは、目の前の視界がぼやけているのを感じた。龍の焔を使う者の後遺症が出始めていた。
 焔珠を持つ者に最終的に必要な者は、龍の焔を維持し続ける体力だけだ。その他の力、例えば五感などは龍の焔を使い続けているうちに、徐々に低下してくる。
 それでも敵を倒す為には、その力を使い続けなければならない。
 霞む視界をリュウガはなんとか開いた。
 そしてその時、敵機が呪文を詠唱しているのが見えた。
 ハイペリオンの両腕に、炎が揺らめきだしていた。
 右腕の炎は更に、その巨剣を丸ごと覆うほどに大きくなっている。
「炎使いの紅蓮の死神に敬意を賞して、俺も最大級の火炎呪文を放つことにしよう。それも龍焔炉と破壊神の力を込めた、最狂の炎でな」
 白い巨人は左腕を右手に添えた。そして両腕で持った破壊神の剣を大上段に構えた。両腕の炎が融合する。
「……食らえ!! エングレイブ・オブ・ザ・フレイム!!!」
 呪文の最後の詠唱と共に、ハイペリオンが火の刻印を撃ち放った。
 既にかなり機動力を低下させていた黒き龍焔は回避することは、不可能だった。
 リュウガもレイも、結界を張っての防御を選んだ。
 己を動かす力を全て結界の発生装置に叩き込み、呪文の直撃に備える。
 そして全てを燃やし尽くす炎に、黒き龍焔は包まれた。
「あああああ!!!」
 リュウガの悲鳴がこだました。
 最大出力の絶対結界の上からでもその炎は、黒い機体を焼き尽くすには充分以上の力を持っていた。甲型劫火砲の力と同じか、またはそれ以上の、この世のものとは思えない程の高熱が辺りを覆った。
 剥き出しの岩肌は無残に溶け出し始め、巻き上げられた熱気は、大気をかき回し始めた。空の上には竜巻が起こり始めていた。
 再び終末が訪れたような世界に、黒き龍焔は投げ込まれた。
『……この……まま……では』
 自分達を燃やし尽くそうとする炎は、一向に弱まる気配を見せない。レイも必死だった。
 しかし、自分の意志よりも機械仕掛けの自分の身体の方が、先に限界が来てしまった。
 彼を動かす制御機器の安全装置が、余りの高熱に作動を開始しようとしていた。
『こんな……ところで……止まるわけには……』
 しかしレイの言葉は其処で切れた。
 操舞倉の前面計器盤には、主制御機構の強制停止を意味する、赤い表示が痛々しく点滅していた。
 それと同時に、黒い巨体の脚が傾いだ。
 黒き龍焔が遂に膝を着いていた。
 破壊神を倒す為に造られた最強の筈の機体は、既に動かす思考も、動く身体も、限界をきたしていた。
 しかしそれでもリュウガは、まだあきらめていなかった。
「……ここで、わたしが倒れたら……もう龍の焔が使えるのはリュウナしかいなくなる」
 前面の映像盤を睨みつける。
「今の彼女の力では、あの魔法剣士の機体は倒せない……今ここでわたしがやらなくちゃ」
 炎に包まれた視界の向こうに揺らめく、白い巨人。
「倒さなくちゃ……たおさなくちゃ……」
 しかしリュウガの身体も限界を訴えていた。耳も良く聞こえなくなってきた。舌に不快感を感じ始めた。
 流石に自分も限界を感じた時、彼女は思わず口を開いた。
「…………だれか……わたしに……力を……貸して……」
 そう思わず呟いた時、リュウガは回りの光景の変化に気付いた。
「!?」
 自分の周りの全てが止まっていた。まるで時間が停止したように。
「これは……?」
 その時リュウガは、自分以外に一つだけ動いているものを発見した。
 黒き龍焔の右肩に誰かが座っていた。
 背に白い羽を着けていた。頭には綺麗に光る輪を載せている。
 天使?
 確かにそれは自分の想像する天使に見えた。
 しかし一つだけ想像と違う物がある。顔に仮面を着けていた。鋭利な造形で作られた、まるで機械神の顔部のような仮面。
 そしてその天使は、隣りにお供を連れていた。白いフサフサとした毛並みの一角獣が隣りに座っていた。その美しい姿は、天使のお供にぴったりだと思った。
 天使がこちらに振り向いた。
「あんたはここで生きるか死ぬかを選べるわ」
 そしてリュウガに向かって語り始めた。
「たとえあんたがここで死んでも『ZERO』に積まれた安全装置が働くわ。龍焔炉を暴走させてでもヴァッシュを倒そうとするはずよ」
 仮面の天使が続ける。
「これはレイが動いてなくても自動的に働くわ。ただ、レイがいない分加減ってもんが無いから、この世界の半分ぐらいは無くなっちゃうけど。でもあんたは目的を果たせる。だから別にもう苦しまなくてもいいのよ」
「それに、ここで楽になれば先に逝ってしまったあなたの親友にも逢えるわよ」
 今度は反対側の方から声が聞こえてきた。
 左肩にも誰かが座っていた。此方は背に黒い龍の羽を生やしていた。
 そして美しく透き通った髪を持ったその者は、悪魔に見えた。
 悪魔は天使と同じ様に仮面を被っていた。
「生きていても多分あなたは、殺していった者たちへの罪悪感に悩まされ続けるわ。だったらここで死んでしまって、綺麗さっぱり忘れたほうが良いんじゃないかしら?」
 仮面の悪魔が、本当に悪魔の囁きのようなことを言った。
「……確かにそうかも知れません。ここで死んだほうが楽なのかも知れません。でも」
 しかしリュウガは、天使と悪魔の助言に、きっぱりと言い放っていた。
「わたし生きます。たとえ生きてたって苦しみの連続だとしても、わたしを必要としてくれているひとがいる限り生きます。それにわたしの二人の親友だって、多分こう言いますよ」
 そして何時も通りの真っ直ぐな瞳でこう続けた。
「まだ来るなって」
 その言葉を聞いて、仮面の天使が嬉しそうに笑った。
「フフ、良く言ったワ」
 天使が仮面を外した。
「あんたさぁ、やっと誰かに助けを求めたよね」
「そうそう、いつもあなたは、自分一人でなんでも背負い込んじゃうんだから」
 悪魔も仮面を外した。
 その素顔を見た瞬間、リュウガの心は驚きに包まれていた。
「……アリシア……ウォルテ」
 二人は、失った筈の親友の顔をしていた。
「あなたには、世界最強の魔法使いと、世界中の雨を司る水の精霊姫っていう、二人の親友がいるのよ」
「そうよ、あたしたちとあんたの力があれば、奇跡のひとつぐらい、ちゃんと起きるわよ」
 そして止まっていた時間が、再び動き出した。





「なんだ?」
 黒き龍焔の身体を取り巻いていた炎が、自分の思い描いたものとは違う方向に揺らめき始めた。
 龍焔炉の力と破壊神の力で増幅させた火の刻印の呪文は、相手を完全に焼く尽くすまで、その力を保ち続ける筈だった。
 しかしその炎が裂けるように、飛び散り始めた。
 そして中から、黒い機械神が姿を表した。
「……まだ生きていたか」
 再び立ち上がる黒き龍焔。
 そしてあろう事か、今まで焼き尽くそうとしていた炎が、今度は黒い機械神の身体に吸い込まれ様としていた。
「何!? 自分の力にしようと言うのか!?」
 そして身体中の隙間から、金属製の触手のような物が飛び出してきた。先ほどハイペリオンが、破壊神の変異した剣を操る為に己の腕を溶かして触手にした時と同様、自分の装甲を触媒にして金属の触手を作り上げていた。
 それはかろうじて破壊を免れた他の機械神達の元へと向かった。
 そして倒れた機械神達から、部品を剥ぎ取り始めた。黒き龍焔が機械神達から奪った部品で己の身体を再生し始めた。
 ファーヴニルからもぎ取られた四枚の盾が、両肩に取り付けられる。
 ティアマットからもぎ取った大型推進器が、劫火砲の下に取り付く。
 ヴァルヴァトスの背部推進器が、黒き龍焔の背部に収まる。
 そして破損した本体も、他の機械神からもぎ取った部品を繋ぎ合わせていた。
 数瞬の後には、完璧に再生した黒き龍焔が其処に立っていた。
「なんて奴だ……!?」
 敵機の常軌を逸した再生力に思わず言葉を洩らしたヴァッシュだが、更なる光景に今度は言葉を失った。
 黒き龍焔の再生はそれだけでは終っていなかった。
 背に背負った劫火砲の機関部が、中から突き破られるように割れた。
 そしてその破口から、眩い光に包まれた流体状の金属が流れ出した。
 それは形を変えながら固まると、一対の美しい女性の上半身を象った。
 右には六枚の大きな羽を広げた天使。
 左には同じく六枚の翼を広げた悪魔。
 その天使と悪魔の顔は、赤毛の魔法使いと濡れた髪の精霊姫の形をしていた。
 そして「ZERO」の操舞倉の中も、眩い光に包まれていた。
 リュウガの下にあった水の衣と魔笛、そしてニルヴァーナが消えた。
 それと同じくして黒き龍焔の持つラグナレクが姿を変えていた。
 それは三つに分かれ更に変異した。二つが黒き龍焔の両手に移った。右手にはニルヴァーナ。左手には水の衣が変じた水の刃。
 そして最後の一つを邪龍を模した頭部が咥えていた。それは魔笛の姿になっていた。
 再生が終った。そして最初で最後の新たなる力を得た黒き龍焔が其処にいた。
 両手を前で交差させる構えを取る。
 相手を静かに見据え、重なり逢う三つの刃を向ける。
 そして黒い巨体が一気に飛び出した。
「ハッタリを!!!」
 ヴァッシュのハイペリオンも迎え撃つ様に大地を駆けた。
 ハイペリオンが、破壊神の剣を振るう。
 それは狙い違わず、相手の左肩から右脇腹を切り裂く軌跡を通る筈だった。
 しかしその必殺の剣を受けようとしても、相手は左手に持った透き通った刃を軽く翳しただけだった。
 剣戟の音がこだまする。
 そして次の瞬間、ハイペリオンの持つ巨剣から、この世の者とは思えない叫び声が聞こえてきた。
「何!?」
 破壊神の剣の一撃は、相手が左手に持った水の刃から発生した、膜のような物に阻まれていた。
 そしてその水の膜に触れた破壊神が、悲鳴を上げていた。
「これは、水の精霊の力!? それも精霊神級の力だぞ!?」
 ハイペリオンが思わず後ろに下がった。
「お前は炎を操る者の筈だ!? 何故、相反する水の力までがお前に使えるのだ!?」
 ヴァッシュは驚いている暇が無かった。黒い機械神が今度は右手の大剣を振り下ろしてきた。
 悲鳴を上げる破壊神をなだめつつ、それを受け止めた。
 しかし
「ぎゃぁああああ!!!」
 今度はヴァッシュが悲鳴を上げる番だった。
 刃先が打ち合ったと同時に、相手の剣から凄まじい雷光が発せられた。
 雷光は一瞬にしてハイペリオンを包むと、機体の全機能を一瞬にして狂わせた。
 それは、雷陣捕縛の呪文「ドゥームズ・ディ」を何百倍にもした、雷撃だった。
 黒き龍焔が動きの鈍った白い巨人に向かって右手の大剣を打ち込んだ。
 鉄板が無理矢理裂かれる音と共に、ニルヴァーナは相手の太い胴を貫いていた。
 そして黒い機械神はそのままの勢いで相手に組み付くと、上体を高々と振りかぶった。
 口に咥えた刃が空を裂く。
 金属のひしゃげる嫌な音の後には、左顔面部から頭部を串刺しにされたハイペリオンの姿があった。
「……見事だ、紅蓮の死神」
 魔笛の刃は、相手の頭部に設置された龍焔炉を見事に破壊していた。
 そしてその刃は、隣接して設置されていたハイペリオンの操舞倉も貫き、ヴァッシュの半身までもぎ取っていた。
「……だが悪いな、お前も道ずれになってしまいそうだ。炉は止まったが機体自体の爆発が止められん」
 リュウガは無言で絶対結界の出力を最大限に上げた。
「悪いな」
 そして何度目かの大爆発が大地を襲った。





 全ての爆発が去った時、其処にはバラバラになったハイペリオンと、両膝をつき擱坐する黒き龍焔がいた。
 黒き龍焔が最後に張った絶対結界により、ハイペリオンの爆発の被害は最小限に食い止めていた。
 しかし二機の巨人が戦った後には、最早まったく動いている者の気配が無かった。
 黒き龍焔の頭部である「ZERO」の操舞倉の中では、リュウガが瞳を閉じて静かに横たわっていた。
 幸せそうなその顔は。まるでゆっくりと眠っているようだった。
 しかし、周りの光景と同じ様に、彼女の心臓も止まっていた。


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