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最終話 そして何でもない日々


 リュウガは目を覚ました。
「……ここは?」
 其処はまるでレイと一緒にいた、星の海のような場所だった。
 黒い闇の空間に浮かんでいるリュウガ。星の海と違うことと言えば、瞬く星達がまったくおらず、本当に真っ黒の闇に包まれていると言う事だ。
「わたしやっぱり、死んじゃったんですかね?」
 辺りを見回してみる。一応自分の周りは見えるのだが、遠くには何があるのか全く判らない。
「?」
 リュウガの目の前の空間が少し揺らいだ。
 そして其処に三人の人影が現れた。
「……死神さんですか?」
 リュウガが思わず声をかけた。
 何故いきなりそんなことを言ったのかといえば、三人とも髑髏の面を着け、黒いローブで頭まですっぽりと覆っていたからだ。ご丁寧に手には大鎌まで持っていた。
 真ん中に立っていた死神が、リュウガの手をそっと取った。
 彼女のことをどこかに連れて行こうしていた。
 死神が何処かと言えば、それは死の世界に決まっている。しかしリュウガは嫌がる素振りも見せず、おとなしく手を連れられていた。
 リュウガを引っ張っている死神が、顔を向けて来た。
「このまま行っても良いの? 自分はまだ生きたいと抵抗はしないの?」
 死神が口を開いた。
「あなたは二人の親友に、死ぬか生きるか選べと言われた時、生きたいと答えたわよね? その約束は良いの?」
 死神の言葉に少し考える素振りを見せた後、リュウガが口を開いた。
「確かに敵を倒す為の力を二人はくれました。そのおかげで、世界が半分なくなってしまうような爆発も起こさないで済みました。でもわたしがここにいるっていうことは、最後まで生き残れなかったってことですよね……それはわたしの責任です」
 死神の言葉にリュウガが答えた。
「だからわたしはもうこれ以上は何も求めません……でも」
 リュウガが少しだけ躊躇したような仕草を見せた。
 そして続けた。
「一つだけ願いが叶うなら、先に逝ってしまった二人の親友に逢いたいです。そして謝りたいです。せっかく二人が力を貸してくれたのに、こんなに早く死んじゃってごめんなさいって」
 それを聞いて、右側にいた死神が声を上げて笑い始めた。
「あはははは、あんたってば、本当に底抜けのお人よしなのね」
 その死神は髑髏の面と黒いローブを取った。
 そして背中の白い羽を出すと、今まで窮屈だったのか、ぶるっと震わせた。
「アリシア!?」
 リュウガが声を上げる。
「まぁ、そこが良いところなんだけどネ」
 その声を聞いて、リュウガが声のした方に振り向く。
 左にいた方の死神は、既に仮面とローブを脱ぎ、背中の黒い翼を出していた。
「ウォルテ!?」
 再び現れた二人の親友の姿に、のんびり屋の彼女も流石に目を丸くしていた。
「もうそろそろ良いんじゃないかしら?」
「そうですよ、お母様」
 アリシアとウォルテの言葉に、真ん中の死神がリュウガの手を離した。
 そしてゆっくりとした仕草でフードを脱ぎ、髑髏の面を取った。
 その現れた顔を見た瞬間、リュウガは今まで以上の驚きを隠せなかった。
「……お母さん」
 其処には、リュウガとリュウナを生んだ母、フーガムラサメが居た。
「どうして……お母さんがここに」
「これはわたしが残した残留思念。止まってしまった時間を動かす為に残しておいた、わたしの想い」
 フーガが静かに語り始めた。
「もう、死んだ者を生き返らせる程の力は残っていないけど、生と死の狭間にいる者を導くぐらいの力は残しておいたのよ」
 そこでフーガは、赤毛の女性と、透き通った長い髪の女性の方に振り向いた。
「でも、この子たちのおかげで、わたしの力は無駄になっちゃったみたいね」
 苦笑混じりで、フーガが言った。
「ううん、無駄じゃないですよ。だってわたしはお母さんにもう一度逢えましたから、全然無駄じゃないですよ」
 そう言うとリュウガは何かを思いついたように、ぽんっ♪ と両手を合わせた。
「そうだお母さん、その力はまだ使えるんですか?」
「え? うん、もう少しは」
「だったら、リュウナにも逢っていってもらえますか?」
「そっか、うちは娘が二人だったもんね。お姉ちゃんだけ逢っていったら、不公平よね」
 娘が妹を想って思わず出した言葉に、母親は嬉しそうに答えた。
「そうねぇ、リュウガの身体を貸してくれるかな? そうすればこっちの世界にもう少しぐらいは居れるかな……あ、もうちょっと魔力がないとダメか」
 フーガがそう困った台詞を言った時、アリシアが無言で手を差し出した。その上には輝く球が乗っていた。
「はい、これぐらいで足りるかしら? ほら、あんたも出しなさいよ」
「うん、もちろん」
 そしてウォルテの手の平にも、魔力の詰まった魔球が乗っていた。
「アリシア、ウォルテ……二人ともありがとう」
「まぁ、とりあえず貸しにしとくわ」
「あはは、だとしたらいつ返してもらえるのかしら?」
 楽しそうに会話する二人を見ていると、自分もアリシアとウォルテの側にずっと居たくなったが、それはもう叶わぬ願いだった。それを叶えてしまったら、一番悲しむのはこの二人だ。
「じゃ、ちょっと行ってくるわね」
 そしてフーガが、娘を誘う。
 リュウガは徐々に意識を失い始めた。
 薄れ行く瞳の向うには、二人の親友の笑顔がずっとあった。










「おねえちゃん!! おねえちゃん!!」
 動かない姉の身体の上で、リュウナが泣き叫んでいた。
「……ちゃんと、生きて帰ってくるって約束したのに……おねえちゃんの嘘つき……」
 彼女のぼろぼろと零す涙が、姉の服を濡らしていった。
 その時、操舞倉の前面操作盤の脇で今まで赤く点灯していた光が、青へと変わった。
 それと共に「ZERO」の頭部のある方から、低い振動音が聞こえてきた。
『……リュウナちゃん?』
「お兄ちゃん!?」
 その声を聞いて慟哭していたリュウナは、はっと我に帰った。
「……レイお兄ちゃん、おねえちゃんが……おねえちゃんが……」
『お姉ちゃんがどうしたって?』
「目を覚まさないんだよぉ」
『……じゃあ、そこで目を開けているひとは誰?』
「え!?」
 リュウナは再び、振り返った。
 其処には、瞼を開いてこっちをずっと見つめている姉の姿があった。
「おねえちゃん!!!」
「どうしたんですか、そんなに大声を上げて?」
「おねえちゃん! 今、おねえちゃんの心臓、動いてないのよ!?」
「?」
 その声を聞いてリュウガは、自分の左胸に手を当てた。
 確かに心臓の鼓動が聞こえなかった。
 しかし不思議なことに、手を添えているうちに、少しずつ心音が聞こえるようになってきた。
 幾らもしない内に、リュウガは通常の心臓の鼓動を取り戻していた。
「大丈夫、ちゃんと動いてますよ」
 リュウガは妹の手を取ると、自分の左胸に触らせた。
 姉の胸に手を添えたリュウナが、ビックリした顔になる。
「……さっきまで、動いてなかったのに」
 信じられないような事実を目の当たりにして当惑気味にリュウナは答えたが、その疑問も直ぐにどこかに吹き飛んでしまった。
 姉はこうして約束通り、無事に帰ってきてくれたのだから。
「……?」
 リュウガは操士席の脇に、ニルヴァーナが転がっているのを見つけた。反対側を見ると、水の衣を括りつけられた魔笛が落ちていた。
 この三つの品は、ヴァッシュのハイペリオンを倒す為に、ラグナレクと一体になった筈だった。
 あれは夢だったんだろうか?
 リュウガは既に開け放たれている操舞倉の扉から外を見た。
 目の前に白い巨人だった筈の残骸が転がっていた。そしてその中に、大きな剣を見つけた。
 ラグナレクだった。折れない筈の刀身が、三つに折れていた。
「……やっぱり、夢なんかじゃなかったんですね」
 考え深げに負の大剣を見つめた。
 そして今までのことが夢ではないと気付いた時、自分にはやるべきことがあるのを思い出した。
「リュウナ、ちょっと着いてきてください」
「え? はい?」
 妹の確認もそこそこに、リュウガは彼女の身体を抱えると、操舞倉の外に出た。
 今現在黒き龍焔の頭部は、操舞倉のある「ZERO」の上半身が上に露出した形になっていた。
 リュウナの身体を抱えたまま跳び上がって行くと「ZERO」の肩の上まで行った。
 其処まで行く途中に、リュウガは黒き龍焔の両肩を見やった。其処にある劫火砲から生えた二人の親友の姿は、既に無くなっていた。
「ZERO」の肩まで登ると、そこで妹を下ろした。
「どうしたの急に?」
「うん、ちょっとじっとしていてくださいね」
「?」
 リュウナは妹を座らせると、自分も「ZERO」の肩に腰掛けた。
「もう、出てきてもらって大丈夫ですよ」
 リュウガは、胸に手を当ててゆっくりと眼を閉じながら、そう言った。
 その直後、彼女の身体に変化が起こり始めた。
 長い腕と足が少し縮まった。身体そのものも小さくなったようだ。そして髪型も変わり、顔の造形も少しだけ変わった。
「ふぅ、やっぱりリュウガのサイズだからぶかぶかね」
 其処には、自分の姉に良く似た女性が現れていた。
「やっと再会できたね、リュウナ」
 リュウナはそのひとの顔を見た記憶が無かった。しかし、例え自分が生まれたその日だけだったとしても、自分はこのひとの顔を見ていた筈だった。
 自分の頭に浮かんできた言葉を、リュウナはそのまま口にした。
「……お母さん?」
「うん……」
 フーガは重い口調で答えた。
「酷い母親でごめんね。こうやってあなたに逢うことすら、おこがましいことなのかも知れないけど……」
 母が喋り終った時には、既にリュウナはその胸に飛び込んでいた。
「……お母さん……お母さん……」
 リュウナは、逢える筈の無かった母親の胸で泣きじゃくっていた。
「こんな母を、お母さんと呼んでくれるの?」
「あたりまえじゃないっ……お母さんは、お母さんだよぉ……」
「リュウナ……」
 フーガも娘のことを優しく抱き寄せた。
「お母さん、どうしてここに来てくれたの?」
「それはちょっと話が長くなるからあとでお姉ちゃんに聞いてね」
「……そうだ、お母さんにもし逢えたら、言わなきゃいけないことがあったんだ」
 母の胸から、リュウナが顔を上げた。
 そして少し照れくさそうに頬を赤らめながら、自分の気持ちを伝えた。
「お母さん、わたしを産んでくれてありがとう。わたしを大好きなおねえちゃんの妹にしてくれてありがとう」
 その言葉を聞いて、フーガの胸にたまらない気持ちが込み上げてきた。
「……リュウナは本当優しいね。こんな良い子は、お母さんにはもったいないよ」
「そうお? でも、わたしの優しさはおねえちゃんにもらったものだもん。そのおねえちゃんに優しさをあげたのはお母さんでしょ? だったらわたしはやっぱりお母さんの子だよ」
 フーガの瞳には涙が溢れていた。
 自分の子供にそんなことを言われて、泣かない親がいる訳がなかった。
「ねぇリュウナ、あなたはデューグのことをお父さんって呼んであげないの?」
 涙を拭いながら、フーガが娘に聞いた。
「え? 親方さんを?……う〜ん、わたしも呼びたいけど、いきなり娘が二人も出来ちゃうのはどうかと思うし。それにおねえちゃんだってそういう風に呼んだことないよ?」
 フーガはその言葉を聞いて微笑みながら言った。
「多分リュウガはあなたと同じ気持ち。呼ぶのを躊躇っているだけよ。そしてデューグもそう呼ばれた方が、そろそろ嬉しい頃じゃないかな?」
「本当?」
「うん本当よ。それにデューグが嫌だとか言ったら、お母さんが呼んで良いって言ってたって、わたしの所為にしちゃって良いわヨ」
 そう言って、ぽんっ♪ と両手を合わせながら悪戯娘っぽくウインクするフーガ。
 リュウナは母親のそんなところを見て、思わず吹き出してしまった。
 こんなにも奇跡と不思議がいっぱいの状況でも、やはりこの二人はおっとりのんびりな二人だった。やっぱり二人は親子だ。
 フーガが、肩に乗せてもらっている「ZERO」の頭部の方に顔を向けた。
「レイ君も、本当にごめんね。結局わたしはあなたになんにもしてあげられなかったね」
『もう、全部終わりましたよ。気にしないでくださいよ』
 フーガの心からの気遣いの台詞に、今までの辛いことが何でもなかったかのように、レイも答えた。
「……あ、お母さん、手が透けてるよ?」
 リュウナが声を上げた。ぶかぶかの袖から出た白い手が、見ても解るほど光を透していた。
「うん……そろそろお別れね」
 母はそう言いながら娘の身体をもう一度抱きしめた。
「最後にあなたに逢えて良かった……二人とも、何時までも姉妹仲良くね」
 その言葉を最後に、リュウナは母親を感じられなくなった。そして自分を抱きしめたままの腕が、再び大きくなるのを感じた。
「どうでしたか、お母さんは?」
「……うん、想像通りのひとだったよ。おねえちゃんとそっくり、優しいひと」
 リュウガは、妹の身体を離すと、一緒に立ち上がらせた。
「さ、みんなのところへ行きましょうか?」
「うん……あのね、お母さんが、親方さんのこと、お父さんって呼んであげてって言ってたよ」










 戦いは終わった。
 余りにも沢山の犠牲。様々な想い。
 色々なものが重なり合って、ようやく大地に平和が訪れた。
 しかし全ての人間の命と引き換えにしたこの平和に、疑問を持つ者も確かにいた。
 そしてこの平和の為に、全ての人間を滅ぼす業を、たった一人の者に背負わせてしまったのも確かだった。
 罪を償うべきは、生き残った全ての者がやらなくてはならない事だと、残された者達は思った。





 最後の戦いに赴いた者達は、殆どの者が何とか生き残ることが出来た。
 機械神達を動かしていた操士は、殆どがかなりの重症を負ったが、それでも死に至るほどの傷は免れた。
 但し旗艦煉獄や機械神そのものは、まったくと言って良いほど稼動状態にあるものが無く、回収作業は手間取っていた。
 一応、被害を見越して大型ドック艦や重航空母艦などが支援隊として後方待機をしていたのだが、それでも全てを回収出来る量では無く、帝国軍の動ける大型艦は全て南大海を渡り南バーラト大陸に急行することになった。
 それでも生き残れたのは確かだった。
 回収した機械神達と共に、戦いに赴いた将兵達が帰還して行く。
 しかし、この最後の戦いの地を離れる時、皆の顔には笑顔は無かった。
 赤毛の誇り高きホビットを始めとした沢山の犠牲を考えたら、素直に喜べる者など一人も居なかった。





 各地に展開していた帝国軍は、皇帝フィフスの命により後退を始めた。
 戦闘の連続で疲れ果てた兵を休ませるのと、残存兵力をまとめ、帝国の兵力を再構成する為だ。
 破壊神も倒れ、枢機軍も事実上壊滅した現在で、更に再軍備を始めるのも理解に苦しむ行動だが、フィフスには、そして龍樹帝国にもまだやるべきことが残っていた。










 その日もデューグフリーデンは何時もと変わらず店を開けていた。
 今の自分の仕事は、龍機兵の修理だ。それはどんな時でも変わらない。
 まだこれからも、どれだけの龍機兵が必要とされるか判らない。
 確かに戦争は終わった。破壊神も倒れた。
 しかしそれでも龍機兵はまだまだ必要とされる道具だ。
 だから自分は何時いかなる時も、鍛冶場を開くのを怠らない。龍機兵の修理を必要とするものがあれば、休みの日でも店は開いて来た。
 それが今の自分に出来る戦いだからだ。
「今日は晴れそうだな」
 鍛冶場の大扉を開いて中に新鮮な朝の空気を入れながら、デューグは空を見上げた。
 最近は雨が多かったが、今日は空に入道雲が浮かんでいた。晴れた良い一日になりそうだった。
「……親方ぁ!!」
 鍛冶場の中に入ろうとしていたデューグは、後から大声で呼び止められた。
 振り向くと、小柄なエルフの男がこっちに向かって走ってくる所だった。背に背負った幅の広い剣が揺れている。
「ただいま帰りました!」
 その男は一気にデューグの前に来ると、軽く頭を下げながら帰宅の挨拶をした。
「ティア……」
 デューグは一瞬それ以上言葉が出てこなかった。
 今までこの鍛冶場で住み込みで働いていた若者が帰ってきた。自分の剣技も教えた、大切な弟子でもある。
「……」
 家族の一員とも言える彼の帰還を目の当たりにして、一瞬涙が零れそうになってしまったが、流石にそれ以上は自制心が働いた。
「良く、生きて帰ってこれたな」
 それだけ言ってなんとかデューグは落ち着いた。
「はい、なんとか生き残ることが出来ました。それと」
 ティアは、そこで悪戯っぽく一度言葉を切った。そしてまた続ける。
「今日帰ってきたのは俺だけじゃないんですよ」
「?」
 ティアが後ろに振り返るのにつられて、デューグも目を向ける。
「……!?」
 流石に、それを見てデューグも目を見開いた。その光景はティアの帰還以上の驚きを与えるのに充分だった。
 小さな頃から自分が育てて来たホビットの姉妹が、ゆっくりと此方に歩いて来ていた。
「ただいまぁ、親方さんっ」
 リュウナは自分達にデューグが気付いたのを知ると、とことこと駆け出しティアの隣にならんだ。
 そしてリュウガも、妹に少し遅れて着いた。
「……ただいまです、親方さん」
 にこっと微笑んで、リュウガも帰宅の挨拶をした。
「……」
 デューグは、フーガから預かった大切な二人が帰ってきたと言う事実に、一言も発することが出来ず、ただリュウガとリュウナの姿を見つめるだけだった。
 そしてしばらく時間が経った頃、デューグは自分が涙を零しているのに気付いた。
 ティアの時は我慢できていたものも、流石にこの二人に対しては我慢できなかった。
「あ、親方さん泣いてる〜」
 リュウナが、少し茶化気味に言う。しかしそんな自分も涙ぐんでいた。
「もぅ、親方さんってば、男のひとがめったなことで泣いてはいけませんよ」
 リュウガが、胸のポケットからハンカチを出して、デューグの目元を拭いた。
「馬鹿っ、今がそのめったな時だ」
 普段はそんなことをしたら絶対に嫌がるデューグも、素直にされるがままにしていた。
「……あの、親方さん」
 デューグの直ぐ目の前に立つ格好になったリュウガが、ハンカチを仕舞いながら呟いた。
「その……突然なんですけど……」
「なんだ?」
「……こう呼ばせてもらっても……良いですか?」
 少し躊躇いがちに続ける。
「?」
 そしてリュウガは、少し頬を赤くして言った。
「…………お父さん……」
 その声は余りにも小さくて、デューグは良く聞き取れなかった。
「今なんて?」
 デューグはもう一度聞いた。それは全く予期せぬ言葉だった。
「…………お父さん…………お父さん……おとうさぁん!!」
 そしてリュウガは今まで言えなかった一人称でデューグの事を呼ぶと、相手のことを倒さんばかりの勢いで飛びついた。
「リュウガ……」
 デューグの鍛えぬかれた身体は、一八〇センチの女性の体当たりを何とか受け止めた。
「……お父さん……お父さん……」
 父の胸に顔を埋めて、リュウガはやっと涙を零した。
 デューグは、今まで育ててきた養女に初めて父と呼ばれて、戸惑いと嬉しさにおろおろしていたが、それでもリュウガの頭を撫でるぐらいは忘れていなかった。
「俺のことを父と呼んでくれるのか?」
 リュウガが顔を埋めたまま頷いた。
 自分も本当はデューグのことをずっと前からお父さんと呼びたかったのだが、今までは未婚の男性に娘が一気に二人も出来てしまうのは申し訳なく感じて、呼べなかったのだ。
 しかし再会の喜びが、今までの躊躇いを無くしてくれていた。
「お父さん!」
 その声と共に、デューグは腰の辺りに衝撃を感じた。下を見れば、リュウナが短い腕を精一杯回して抱き着いて来ていた。
「リュウナ、お前まで」
「だってわたしだって、お父さんってずっと呼びたかったんだもん!」
「……お前たち」
 先ほどからずっと、少し離れた所から、ティアがその光景を見ていた。
 そして嬉しそうに口を開いた。
「親方、今日は俺が店番しますから、今日一日親子水入らずでどうぞ」
「うるさい! こいつらが泣き止んだらちゃんと鍛冶場は開ける。お前は先に行って炉に火を入れとけ!」
「はーいっ」
 照れ隠しにデューグは怒鳴った。ティアが剣と鎧をガチャガチャ揺らしながら駆けて行った。
「……まぁ、もうちょっと掛かりそうだけどな」
 デューグが見下ろすと、二人の娘は自分の身体に寄り添って何時までも泣いていた。










 最後の戦いから数ヶ月。
 この南バーラトの地では復興作業が始まっていた。
 青く塗装された巨人が長い腕を振り回して、荒れ果てた土を掘り返していた。
 機械神弐号機、双魚宮の黄道機、リヴァイアサンだ。
 リヴァイアサンは両腕がショベルアームとなった機体だ。
 その土木社業に特化した両腕が、岩肌が剥き出しとなった大地を掘り返していた。
 岩を崩し、下に眠っていた柔らかい土の層と混ぜ、植物達が根付き易い様にする為だった。
「あいつは、本当にいつでも役に立つな」
 リヴァイサンが作業する場所から少し離れた場所で、地面に掘られた穴に土を投げている者たちがいた。
 埋めようとしているそれは、死体を埋める為の墓穴だった。
 そして骸の全てが、水分が完全に抜け出たような干からびた状態を見せていた。
 土を盛り完全に埋めると、墓埋めをしていた者が、一息付いたようにスコップを土の上に突き立てた。
 隣りで作業していた者も、地面にシャベルを置いた
「しかし師団長、どうして態々土に埋めるのですか? 手っ取り早く火葬にでもしたらどうですか?」
 カインが額の汗を拳で拭いながら聞いた。
「土に埋めれば、それは虫たちの食い物になる。これだけ干からびても多少は栄養は残っているだろう。食い切れない分は、大地が肥料として分解してくれる」
 ガルアが答えた。
「それぐらいは役にたってもらわないとな。燃やしちまったら無駄な灰が残るだけだ」
「そうですね。死んでいった人間達も、それぐらいは役に立ちたいと思っているでしょう……しかし師団長は、せめて手足が生え揃うまで、寝ていた方が良いのでは?」
「全身包帯ぐるぐる巻きのお前に、言われたくはないな」
 ガルアディアルは、生えかけの右腕を包帯で吊り、同じく脛の中ほどまで生えた右足には義足をはめ込んでいた。彼はそんな凄まじい姿で、穴掘りの作業をしていた。
 フィーネ砂漠でのヴァッシュガーランドとの戦いからかなりの時間は経っていたが、彼の強靭な身体をしてまだ完全に手足は再生していなかった。普通に使えるようになるまでは、後数ヶ月の月日を要するだろう。
 対するカインも破壊神との戦いで被った傷は、まだ癒えていなかった。ガルアにも言われたように、全身の傷口には、未だに包帯が巻かれたままだった。
 しかし、二人ともリハビリと証して復興作業に赴いていた。
 二人を診ていた軍医も「彼らは根っからの戦士だから、身体を動かしながらの方が、傷の癒えも早いのだろう」と、半ば諦めの言葉を付けて、二人に仕事への復帰の許可を出していた。
「……」
 ガルアが辺りを見回した。
 何も無くなった荒涼とした大地。ここはかつては大きな街があった所だ。
 しかし今では、崩れかけの建物と、干からびた人間の死体が残るだけの場所だ。
 この南バーラトの土地以外でも、人間達の街が凄まじい勢いで消えて行っていた。
 生き物が生きていく為に必要な水分が補給できないのだから、それは当たり前とも言えた。
 龍樹帝国軍の将兵達は再び世界各地に飛び散り、この様に消えていく街に残った死体を埋める作業をしていた。
 人間達の絶滅は世界規模で進んでいる。流石に全ての人間であった骸を土に返すには人手が足らないが、それでもその肉は獣たちの餌にはなる。燃やしてしまうよりはその方が遥かにましだと、人間の居なくなった街の焼却処分は、当分の間は見送られたのだった。
「師団長、このバーラトの土地に再び緑が戻るには、どれだけ掛かるでしょうね」
 カインが何の気なしに聞いた。
「そうだな、最低千年は掛かるだろうな」
「千年ですか? 破壊神が封印されていた時間と同じですね」
「そうだ、破壊するのは一日あれば充分だが、作るのはそうもいかんという訳だ」
 ガルアはそう言いながらスコップを再び取った。
「お前はどうする? 俺たち黒龍師団の仕事がこのままずっと死体埋めで終わっちまったら?」
「はい? そりゃもちろん、埋めたり耕したりを私もずっとしますよ。師団長だってそうですよね?」
「ああ、無論だ」
 再び作業に戻った二人の向うでは、一〇〇メートルを越える巨人が黙々と作業を続けていた。










 ほぼ修理を完了した重機動要塞航空母艦信濃が、帝国府の繋留桟橋の一つに錨を下ろしていた。
 決戦兵器黒き龍焔として破壊神と戦ったこの空母は、最優先で修理が行なわれていたものの一つだった。
 艦首飛行甲板が左右に開き、黒き龍焔の胸部が外に露出していた。頭部カバーも跳ね上げられ、中の「ZERO」が表に出た状態になっている。
 今日は本体の修理完了直前と言う事で「ZERO」を繋いでの調整が行なわれていた。「ZERO」自体は下半身を頭部として接続されていたが、上半身は人型として露出させ、胸部の操舞倉扉が開放された状態だった。
「だいぶ完成しましたね」
『うん、動く事自体は問題ないよ』
 リュウガとレイが共に調整を行なっていた。
「特に不具合とかはないですか、レイお兄ちゃん?」
 リュウガの隣りでは、リュウナが姉のサポートをしていた。
 二人からチェックの済んだ項目を聞き、手に持った報告書に書き込んでいく。
「……それにしても」
 リュウガが考え深げに言う。
「戦うために造られたこの黒き龍焔が、最優先で修理をされているというのも不思議な話ですよね。もう、戦うべき相手もいないのに」
 今現在、世界的規模で復興作業が行なわれていた。そしてそれを行なう帝国軍も、一機でも一艦でも修理能力を持った作業機械を欲していた。
 工作艦としても艦船用浮ドックとしても驚異的な作業能力を持つこの空母を、前線に復帰させる為の工事を最優先で行なっていたのも、当然と言えば当然でもあった。
『でもこの信濃を、こういう事も出来る船として造ってくれたひとには感謝だよね。戦い以外にも僕のことを必要としてくれる場所があるんだから』
 レイが嬉しそうに言った。確かにこういう支援装備が無ければ今頃破壊神を倒した英雄は、只の鉄屑になっていたかも知れない。
「……ぐふぅ」
 その時突然、リュウガが口を押さえて苦しみだした。小刻みに咳を洩らしている。
「わぁ、だいじょうぶ、おねえちゃん!?」
 リュウナが姉の背に手を当てると、優しく擦りだした。
「……きもちわるい」
 リュウガが思わず洩らす。
 しばらくすると、妹に介抱してもらったおかげで、だいぶ身体が和らいできた。
「……なんとか直りました。ありがとうリュウナ」
 何時もの可愛い笑顔に戻った姉を見ても、リュウナは難しい顔をしたままだった。
 彼女が姉の側に着き始めたそもそもの理由は、その姉の体調が最近思わしくないからだ。
 最後の戦いから三ヶ月。あれから姉は龍の焔の力は使っていない。だからその影響で身体がおかしくなると言う事も無い。実際姉が帰ってきてから自分も龍の焔を使ってはおらず、そのおかげで身体の不調も無くなっていた。
「おねえちゃん、わたしも魔導士だから医学の心得は多少あるのよ。だからハッキリ言わせてもらうけど」
 そしてリュウナは決心したように口を開いた。
「それって、つわりじゃないの?」
「……」
 それを聞いて、リュウガは黙りこくってしまった。
 つわりとは妊娠の初期にみられる消化器系の一群の症状を言う。気分や嗜好の変化、食欲不振などが起こる。先ほどリュウガが見せた頻繁に起こる嘔吐感もその一つだ。
 つまり、それが事実だとすれば、リュウガは誰かの子供を身ごもっているという事になる。
「……レイ君どうしましょう? 本当に出来ましたよ?」
『いや、どうするもなにも……』
「ちょっと、なに二人で盛り上がってるのよ!? 全然話がわからないんだけど!?」
 いきなり深刻な声の響きで会話を始めたリュウガとレイの隣りで、思いっきり蚊帳の外になってしまったリュウナが、二人に説明を促がした。





「え〜〜〜〜〜!!!!! おねえちゃんとレイお兄ちゃん、結婚してたぁ!?!?!?」
 自分が発した音波で、この操舞倉を壊しかねない程の大音量をリュウナは轟かせた。
「……うん、星の海の衛星で過ごした最後の夜、ブーケプレアの中にあったドレスとブーケを使って、二人だけで結婚式を挙げたんですよ」
 頭の上の耳を手で押さえながら、リュウガが答えた。レイに至っては、集音器に突然叩きつけられた大音量を処理しきれず、思考回路が停止していた。ひとに例えるなら、目をぐるぐるに回して倒れている状態だ。
「はい、これがその時使ったものです」
 リュウガが操士席の裏に置かれていた箱を出し、蓋を開いた。
 中には丁寧に折りたたまれた白いウェディングドレスと、硝子のケースに入ったままの白い花束が入っていた。
「もう、なんでそんな大事なことを黙っていたのよ!」
 姉と同じでおっとりとした性格のリュウナも、その事実を隠していた事に怒りを隠せなかった。
「いや、だって言いそびれちゃって……」
「そういえばそうよ、あの時おねえちゃんたちが帰って来た時に、わたしとティア君は恋人同士になったって言ったのに、なんで自分は黙ってたのよ! 結婚の方がもっと大事な話じゃない!!」
「……だって、アリシアもウォルテも死んだって聞かされて、わたしだけ結婚して幸せになっちゃたのも、なんだか悪い気がして」
「ばかぁ!!!」
 バシンッと、頬の張られる音が響く。姉の顔に妹の平手が炸裂していた。
「リュウナ……」
 左頬を真っ赤にしたリュウガが、呆然と妹を見ている。
「これはアリシアさんの分だからね」
 目に涙をいっぱいに溜めたリュウナが、今度はリュウガの身体に身を寄せてきた。
「それとこれはウォルテお姉ちゃんの分」
 リュウナは姉の右頬に自分の唇を添えた。
「死んでいったひとの分も幸せにならなきゃいけないのは、おねえちゃんも同じでしょ?」
「……うん」
 リュウガは妹のくれた、左頬の痛みと右頬のキスの感触を嬉しく感じていた。
 それは本当に、二人の親友がしてくれたみたいだった。










 破壊神の最後から半年程経った帝国府の内部格納庫内を、二人の人物が歩いていた。
 一人は車椅子。もう一人はそれを押している。
『ミレイヌ、教皇の次期候補はもう決まったのか?』
「決まってないわ。今の時点でリュウナちゃんに頼んじゃうのは彼女に可哀想だから、まだまだしばらくは私が現役を務めることになるわね』
「大変だな」
『お互いにね』
 フィフスとミレイヌは帝国府内の機械神用の修理工場を歩いていた。
 最後の決戦時にアリシアの盾となり受けた攻撃で、ミレイヌの両足は膝から下が無くなっていた。
 あれから半年の時間が経ったが、魔法使いである彼女は戦士ほど身体が強くないので、傷の癒えは非常に遅かった。
「やっぱりあの、凄い造りのグラシャラヴォラスはいないわね」
 機械神達を見回していたミレイヌが苦笑気味に言う。
 壁際の大型サイロには、完成直前のもの、修理が不十分なものなど、多くの機械神がまだ動けぬ状態で並んでいた。
『ああ、銃後の世界であれだけ役に立つ戦闘兵器も無いからな。機械神の中でも最優先で修理を済ませ、今は世界各地に物資を送っているところだ』
 土木作業に特化したリヴァイアサンも、高速輸送が出来るティアマットも既にいなかった。
『本当は使えない機械神は、戦艦のように解体しても良いのだがな』
 修理を進められている兵器もあれば、解体作業を行なっている兵器もある。
 戦闘にしか使えない大型兵器、特に大型戦闘艦はその殆どがスクラップとして解体されていた。
 今まで帝国海軍の主力を成していた戦艦や巡洋戦艦は軒並み解体され、巡洋艦クラスの艦艇も殆どが潰される事になった。
 修理されている大型戦闘艦は、輸送艦としても使える空母ぐらいのものであり、他は駆逐艦クラスの小型艦が残されるのみだった。
「煉獄も潰しちゃうの?」
『ああ、いずれはな。折角生き返った艦だが、あいつも戦うことしか出来ない艦だ。それに煉獄自身もそれを望むだろう。もう、皇帝艦はあれだけの大艦は必要無いさ』
「そう」
 二人は格納庫の終点近くまで来た。一番端のサイロに赤い巨人が立っていた。
『すまんな、お前のアスタロトもまだまだ修理が終らんよ』
「構わないわよ。この機体以上に今の世界が必要としているものがまだまだあるわ。アスタロトの修理は一番最後でも良いくらいよ」
 フィフスの言葉にミレイヌが答える。
 数多くの戦闘兵器が鉄屑に変えられ、新しい道具を生み出す為の糧となっている時、この機械神達の修理は細々ではあるが、確実に続けられていた。
 もしもの時の為に。
 しかし修理に臨む者は、誰しもそんな事など二度と来ては欲しくないと心に刻みながら、作業を進めるのだった。










「……あれ? お父さん、おねえちゃんは?」
「ん? リュウガならさっき、バスケットを下げて何処かへ行ったぞ」
 リュウナが姉の居場所を、鍛冶場で作業中の親方に聞いていた。
「バスケット……確か朝、ケーキを焼いていたような?」
 そう言えば昨日の夜、姉が自分が持っている魔笛を借りに来たのを思い出した。今日の夕方には返すと言っていた。
 リュウナはその情報をつなぎ合わせて、姉の居場所を突き止めた。
「そうか、あそこか」





 海の見える小高い丘。そこは大きな木の木洩れ日が降り注ぐ綺麗な場所だった。
 その場所に一人の女性が腰掛けていた。
 シートを敷いた上にバスケットが置かれ、中に入っていたものが周りに並べられていた。
 真ん中に大皿に乗ったケーキが置かれていた。それは直径三〇センチはあったであろう大きなケーキだった筈だ。
 筈だったというのはそのケーキが、既に半分以上なくなっていたからだ。
 ケーキの載った大皿の側には三枚の小皿が並べられ、二つの上には切り分けられたケーキが手付かずのまま載っていた。一つの皿にはスポンジ等が少量ついているので、この女性がこの皿を使い今まで食べていたのだろう。
 そして皿の側には赤い液体の注がれたグラスが、これまた三つ並べられていた。これは三つとも手付かずのままだった。
 三人分の食事を一人で楽しんでいるらしい女性は、良く見るとかなり大きいお腹をしていた。
 その身重の女性は、地面に埋め込まれた二つの石の脇に並んで座っていた。
 石にはこう名前が刻まれていた。
 一つはアリシアラウリ。もう一つはウォルテ。
 そよ風にのって、綺麗な音色が流れていた。
 お腹の大きい女性は、フルートに良く似た楽器を吹いていた。
 それと共に長い髪とまとめている薄蒼の綺麗な布も、風にそよいでいた。
「?」
 リュウガは丘を登ってくる女の子を見つけた。
「お邪魔しても良いですか?」
 リュウナは姉の所まで来ると、少し申し訳無さそうに言った。
「ええ、どうぞ」
 魔笛を吹くのを止めて、リュウガは妹を招き入れた。リュウナは姉の隣りのシートの上に座った。
「おねえちゃん、今月は臨月だっていうのに、無理しちゃダメだよ」
「うん、そうなんですけどね。でも今日は特別な日だから」
「特別な日?」
「あれ? リュウナはアリシアの生徒だったのに、先生からはなにも教えてもらわなかったんですか?」
「うん、アリシア先生は、自分の事をあまり語りたがらなかったから」
「そうですか」
 リュウガは、そう言う所がアリシアらしいなと思いながら続けた。
「今日はアリシアとウォルテの誕生日なんですよ」
「そうなんだ!? はじめて知ったよ」
 リュウナが声をあげる。しかししばらく考えて、一つの疑問が浮かんできた。
「あれ? アリシアさんはともかく、おねえちゃんはウォルテお姉ちゃんの誕生日まで知ってるの?」
「いや、知らないですよ。精霊の世界には時間とか曜日の感覚が無いらしいですからね。だから彼女の誕生日はアリシアと同じ日に、わたしが決めました」
「はぁ、そうなんですか」
 非常に姉らしい考えに、妹は素直に納得した。
「そういえばおねえちゃん、ケーキは食べてるけどお酒は飲まないの?」
 三人分のグラスに注がれた赤いワインは、三つとも手付かずのままだった。
「うん、お腹の子に悪い影響がでると思って、飲まないでいるんですよ」
 パンパンに張ったお腹をさすりながら、リュウガが答えた。
「そうだリュウナ、あなたがわたしたちの代わりに飲んでくれますか?」
「え? わたしが? でもなんか申し訳なくない?」
「う、うん、リュウナが代わりに飲んでくれれば、みんなも喜びますよ」
「そうお? じゃあがんばって飲むよ」





 リュウガとリュウナは手を繋いで丘を下りていた。
 手を繋いでいるというよりは、妹が姉に引っ張られているという感じだ。
 リュウガに頼まれて、本当にワインボトル一本分の量を一人で飲んだリュウナは、流石に酔っ払ってしまったらしく、ふらふらと姉に連れられているのだった。
「もう、ワイン一本ぐらいで酔っ払ってどうするんですか?」
「……だってぇ」
 リュウナが姉の言葉に言い返そうとした時、突然リュウガが変調を来たした。
「!?」
 お腹を押さえるようにしてリュウガが突然座り込んでいた。
「どうしたのおねえちゃん!?」
 姉の姿を見て酔いが半分位覚めたリュウナが、心配そうに言う。
「……さん……」
 苦しそうはリュウガは、小声で何かを言っていた。
「何? おねえちゃん!?」
「……ば、さん……んば、さん……」
「? んばさん?」
「……さん、ば、さん……産婆さんですってばっ」
「は、はい!!」
 自分の両肩を叩きながらの姉の声を聞いて、リュウナの酔いは完全に醒めた。
 一目散にダッと駆け出すリュウナ。
 しかししばらく走ったと思ったら、急に引き返してきた。
「?」
 驚くリュウガを尻目に、リュウナは姉の身体を抱えあげた。
「そうだよ、ここに誰かを連れてくるよりも、わたしがおねえちゃんを運んでいった方が早いんだったよ」
「凄い力ですねリュウナ?」
 リュウナの首に手を回して抱きつきながら、妹のバカ力振りに感心していた。
「わたしはおねえちゃんの妹なんだよ。おねえちゃんぐらいの重さだったら全然だいじょうぶだよ」
 自分より遥かに大きい姉の身体を抱き抱えたリュウナは、一目散に駆け出していた。










「……おねえちゃん」
 ウリアは突然目を覚ました。
 上体を起こしながら隣りに座っていたアリサに声をかけた。
「……なに?」
 アリサも先ほどまで眠っていたらしく、目を擦りながら答えた。
「いま、ゆめをみたの」
「ゆめ?」
「みずのなかにおんなのこがいたの。それでそのおんなのこがたすけてっていうの。こっからだしてっていってるの」
「ほんとうに?」
「うん」
「じゃあ、あたしとおんなじだ」
「おんなじ?」
「あたしもゆめをみた。ウリアとおんなじゆめ」
「じゃあ」
「うん、たすけにいこう。たぶんこのさきにあるいけのなかにいるはずだよ」
「うん!」
 二人は揃って胸の前でぽんっ♪ と手を合わせる仕草を見せると、タッと駆け出した。




 買出しから家に帰るところだったリュウナは、姉の娘達に追い越されてしまった。
「アリサ、ウリア、どうしたの?」
「ちょっといそいでいるからあとでぇ!」
「あとでぇ!」
 とことこ駆けて行く二人の娘は、真ん中に女の子を引っ張っていた。キラキラと透き通った髪をした女の子。
 良く見るとアリサとウリアは上着を着ておらず、下着のTシャツ姿だった。
 そして真ん中の女の子が、二人が着ていた筈のシャツを着て、下にも巻きスカートっぽく巻いていた。
 リュウナはこれと同じ様な場面を姉から聞かされたことがあった。そしてレイからも同じことを聞いたことがあった。
「まさか」
 リュウナも小走りになりながら、三人の後に付いていった。





「おかあさぁん〜」
「おかあさぁん〜」
「はい?」
 庭で乾いた洗濯物を取り込んでいる所だったリュウガは、娘たちの呼びかけに振り向いた。
 其処にはアリサとウリアがいた。
「……あ」
 そしてその真ん中に挟まれるようにして立っている女の子がいた。
 それは子供の頃に、レイと共に出逢った女の子にそっくりだった。
 リュウガはその濡れた髪の少女を見た瞬間、声を失ってしまった。
「おかあさん、このこはもとのせかいにかえらなくちゃいけないんだって。で、そのためにはうみまでいかなきゃいけないんだけど、わたしたちもいっしょに……」
 アリサの台詞はそこで途切れた。リュウガが長い腕を伸ばして、三人まとめて抱きしめていた。
「おかあさん?」
「どうしたの?」
「?」
 リュウガは娘達を抱いて泣いていた。アリサとウリアが不思議な顔をする。真ん中の濡れた髪の女の子も当惑気味の顔を向けている。
「時代は……ちゃんとつながっていくんですね」
 リュウガは子供の頃に母がしてくれた時と同じ様に、娘の長い髪をまとめてあげようと自分の髪を解いた。
 アリサは自分の髪を赤いリボンで頭の両側でおさげにまとめていたのだが、ウリアはアリサと同じだけの長い髪を普通に下ろしていた。
 リュウガは何時も自分の髪をまとめるのに使っている水の衣で、ウリアの髪を左側にまとめた。そして洗濯したての衣類の中から青いリボンを出すと、反対側も同じ様に纏めた。
 これで双子の娘が同じ髪方になった。
「さぁ、アリサにも何かお守りになるものをあげなくちゃね」
 そう言った時、誰かが後から近付いてきた。
「リュウナ?」
 リュウナは既に全てを理解している様に、優しく微笑していた。
「彼女には、これを」
 そう言ってリュウナが、管楽器状の道具を姉に差し出した。
「リュウナ……」
 それは魔笛だった。
 世界で一番の魔法使いがずっと守ってきた魔導器。
 そして水の衣と同じだけの、様々な想いが詰まった道具。
「はい、アリサ」
 リュウナがアリサに魔笛を渡した。
 二人の娘が、想いの詰まった品を手にしていた。
 アリサにはアリシアの残した魔笛が。ウリアにはウォルテのくれた水の衣が。
 此処は海沿いの街だ。しかし彼女達の住むデューグの鍛冶屋から海岸まで出るには数キロは歩く。
 幼い彼女達にとっては大冒険になる筈だ。
 海まで行ってそして帰って来るまで、彼女達には今まで感じた事も無い、辛さや寂しさが襲う事だろう。
 アリサに渡された魔笛。そしてウリアの髪に巻かれた水の衣。
 二人の親友の残した想いが二人の娘達に、何時如何なる時も前に進んで行く勇気をくれるに違いなかった。
「さ、二人とも、ウォルテちゃんを送って海まで行くんでしょ? 仕度して来なさい」
「え? おかあさん、なんでウォルテのなまえをしってるの?」
「しってるの?」
「それは二人が帰ってきたら、ちゃんとお話してあげますよ」
 キョトンとする二人の娘に向かって、リュウガは優しげな笑顔を送っていた。










「ねえお兄ちゃん。娘さんたちは?」
 姉と二人の娘と自分の四人で買い物に行く予定になっていたリュウナは、見当たらないアリサとウリアを探して「ZERO」の下へと来た。レイはリュウナにとっては本当に自分の兄となった為、今までの「レイお兄ちゃん」から、普通に「お兄ちゃん」と言う呼び名に代わっている。
『え〜とね、二人なら僕のお腹の中で寝てるよ』
 そう言いながらレイが「ZERO」の操舞倉の扉を開いた。
 リュウナが中を覗くと、二人の娘は子猫の様に身体を寄せ合いながら、操士席の上で眠っていた。
 その余りの可愛いさに照れまくりながら、リュウナは二人まとめて抱き抱えると「ZERO」の中から出てきた。
 起こさないようにゆっくりと出てきたので、二人は彼女の腕の中で眠ったままだ。アリサが下でウリアが上になって、くぅくぅと気持ち良さそうに眠っている。
「しかし、お父さんのお腹の中で寝れるなんて、本当この子たちぐらいよネ」
『ははははは』





 リュウナが店から出てくると、外には何故か姉の姿しか無かった。
「あれ? 二人は?」
 何処かに遊びにでも行ったのかと思っていると、リュウガがおもむろに自分の穿いている長いスカートをたくし上げようとしていた。
 リュウナが「え!?」と思うと、その中には母親の長い足に抱きついて立ったまま寝ている二人の娘の姿があった。
「いやぁ今日はちょっと肌寒いですからねぇ、気が付いたらこの子たちってば、わたしのスカートの中に入っているんですよねぇ」
 普通そんなものが自分のスカートの中に入ってきたら気付きそうなもんだが、こののんびり屋さんのことなので、本当に中に入られるまで気付いていないのかも知れない。
「しかし夫婦そろって中に入れるのが好きね」
「あはは♪」





 買い物を終え、リュウガがアリサ、リュウナがウリアを抱っこしながら家路に急いでいた。
「ねぇおねえちゃん。二人も随分と大きくなったんだから、もう一度結婚式を挙げてみれば?」
「結婚式?」
「うん、わたしだっておねえちゃんの花嫁姿を見たかったし、それにお父さんだって見てないんだよ?」
「あ……そうですね、じゃあ、レイ君がうちに居れるうちにもう一度しますか? 式自体は小さくて良いですから」
「ねぇどうせならさ、みんなに招待状送ろうよ」
「え? そんな、申し訳無いですよ。わたしたち二回目なんですし」
「そんなことないと思うよ。それにみんなだって、みんなと逢える良い機会になるんじゃないかな? 招待状、送るだけ送ってみようよ」
「……そうですか?」










 式当日は大変なことになっていた。
 リュウガが思いつく全ての知人友人恩人に招待の手紙を送ったところ、殆どの者が駆けつけて来てくれたのだった。
「いやぁ凄いことになってるわね」
 ミカが呆れたように呟いた。
「本当ね」
 ヨーコが相づちを打つ。ちなみにヨーコの家には全員分の招待状が来たので、店を休んでまで家族総出で来ていた。
「あそこに皇帝陛下とウィルへルム指令とガルア師団長が並んでますよ……」
 マリアは、帝国の高官が揃って自分の地元に並んでいる姿を、まるでバケモノでも見るように言った。
「でもやっぱり一番凄いのはあれですよね」
 シフォンが言う。
 四人の女性の隣りにはログが何時ものように無言で立っていて、先ほどから上を見上げていた。
 女性陣もそれに倣う。
 其処にはかつて、自分達が職場として働いていたものが立っていた。
 突き出した岸壁の上に、式場が作られていた。その向うに黒き龍焔が立っていた。
 当初はレイの今の身体である「ZERO」だけで良いと言う話だったが「折角だから」と言う、皇帝フィフスの一言で、黒き龍焔本体まで持ち出される事になった。一応レイにとってはこれが盛装ということらしい。
 この黒き龍焔自体は、空母信濃としての母港をリュウガの故郷の街に移していたので、移動自体は問題なかったのではあるが。





「どう? 娘を送り出す親の気持ちは?」
 椅子の一つに腰掛けていたデューグの下に、杖を突いた女性がやってきた。
「まぁ複雑な気分だな」
「そう?」
 ミレイヌの質問に、デューグは本当に複雑な表情をしながら答えた。
「結婚して来たというのは前に聞かされて既に知っている事実だが、こう改めて式を挙げなおすとなると、なんとも言えない気分だよ」
「寂しいでしょ?」
「ははは、お前には正直に言うよ。寂しいもんだ」
「そうよね。私もちょっと寂しいもん」
「なぁミレイヌ。やっぱりこう言う場面では父親としては、式にも出ずに酒でもかっ食らっていた方が良いのかね?」
「フフ、どうぞ御自由に」





 そして式が始まった。
 海風のそよぐ岸壁に設えられた青空の式場の中を、花嫁が歩いていた。
 星の海の衛星の中で二人っきりで挙げた時と同じ「ZERO」の操舞倉の中に大事に仕舞っておいたドレスを、リュウガは着ていた。
 そしてその時は空けなかったブーケを、硝子のケースから出し、手に持っていた。
 彼女の着るウェディングドレスの長い裾は、二人の娘が持っていた。アリサとウリアが母の動きに合わせて静々と着いていく。
 壇上に着くと、司祭服に身を包んだリュウナが待っていた。
 司祭役は普通白魔導士がやることになっているが、折角魔導教会の長であるミレイヌが来ているのだからと彼女に司祭役を願ったのだが「私がやるよりは新婦の妹の方が良いでしょう。彼女の力の方が今では私よりも高いのですから」と、リュウナがやることになったのだった。
 最前列で姉の花嫁姿をみることをリュウナは楽しみにしていたのだが、思わぬ抜擢に彼女も大好きな姉の為に素直に引き受けた。
「え〜と、新郎はこのリュウガを生涯の妻とすることを、誓いますかぁ!!」
 リュウナが後に振り返りながら大声で言う。何しろ相手はここからでも五〇メートル以上の高みにいるのである。
『誓いまぁす!』
 黒き龍焔の頭部の方から声が聞こえてきた。
「新婦はこのレイを生涯の夫にすることを誓いますか?」
 姉の方に顔を戻しながら、リュウナが続ける。
「はい、誓います」
 リュウガがにこっと微笑みながら言う。
「それでは誓いの口付けを……って、どうしよう、おねえちゃん?」
 新郎は一〇〇メートルを超える鋼鉄の巨人。かたや新婦も大きいとは言え、一八〇センチの大きさしかない。
『じゃあリュウナちゃん、娘たちに代わりにやってもらってよ』
「それで良いの、お兄ちゃん?」
『うん』
「おねえちゃんも?」
「うん」
「よし、わかりました。アリサぁ、ウリアぁ、ちょっと良いかな?」
 壇上の脇にいた二人がリュウナの誘いに答えて、とことことやって来た。
「ちょっとごめんね」
 リュウナが二人のお腹に手を回すと、まとめて抱き抱えた。
「お父さんの代わりにお母さんにチュッてしてもらえるかな?」
「は〜い」
「は〜い」
 そしてリュウガが、背をかがめてきた。
「おかあさん、おとうさん、おめでとう」
「おめでとう」
 アリサとウリアが、レイの代わりにリュウガの頬に誓いの口付けをした。
 それと共に式場中から歓声が上がった。





「はーい、女の子は全員ならんでぇっ」
「何しろあのリュウガが投げるのよ、ご利益はテキメンよ」
「ほらほら、アリサちゃんとウリアちゃんを最前列にしてあげてよ」
 式に集まった未婚の女達が、花嫁のブーケ投げに集まった。
「じゃあ行きますよ〜」
 リュウガが花束を翳した。この地方でのブーケ投げは正面を向いたまま、高く放り投げるのが通例だった。
 そして花嫁の手から白いブーケが投じられた。
 女達の手が上がる。
 しかしその時、脇から飛び出した黒い影がブーケを横取りし、そのまま地面に落ちた。
「ティア君!?」
 女達の輪に入っていたリュウナが慌てて飛び出した。
 花束を抱えたティアは思いっきり着地に失敗し、地面に腹から転がっていた。
 しかし、直ぐに立ち上がると、近付いて来たリュウナの前に、花嫁の花束を差し出した。
「このブーケの意味、判るよな」
「え……花嫁の投げたブーケをもらえた者は、次に結婚できるって意味でしょ?」
 ティアは一つ深呼吸をして自分を落ち着かせると、次に言うべき言葉を口にした。
「リュウナ、おれと結婚してくれないか!!」
 一体何が起こったのか一瞬理解できなかったリュウナは、自分の頭の中に浮かんできた言葉で、自分が今一番口にしたいと思った言葉を言う事にした。
「は、はい!!」
 そして再び式場が歓声に包まれていた。





 リュウガの隣りに、何時の間にか親方が立っていた。
「すっかり主役を取られちまったな」
「お父さんこそ、二人目の娘まで取られちゃったじゃないですか」
 父親と娘は、皆にもみくちゃにされているリュウナとティアの姿を嬉しそうに見つめていた。





 岸壁に作られた式場は、墓地のある小高い丘の上からも見えていた。
 リュウガの二人の親友の墓の辺りに、二つの影があった。
 一つは白い一角獣に乗った天使。もう一つは背中に黒い翼を生やした悪魔。
「お祝いにでも行ってあげたら?」
 悪魔が一角獣に乗った天使に言った。
「その台詞はそっくりそのままあんたに返すわよ」
 天使は当然のように拒否の台詞を言う。
「しかし、あのリュウガの娘たちは、殺人的級な可愛いさだわね。流石にあたしもさらっていきたくなる程だわ」
「やっぱり未練がある?」
「いや、それとこれとは話が別よ」
 悪魔の言葉に、天使が頭に載った輪っかを弄くりながら答える。
「それとさ、前から思ってたんだけど、なんであたしが天使であんたが悪魔な訳? なんか天使なんてこそばゆくって嫌だわよ」
「それはあなたの友達がもう魔界には戻りたくないっていうからでしょ?」
「あんたの所為なのか」
 天使に一睨みされて、白い一角獣は申し訳無さそうな顔をした。
「さて、そろそろ時間のようね」
 悪魔が促がした。
「そうね」
 天使もそれに答える。
 悪魔と、一角獣に乗った天使の姿が消えて行く。
「死んでいった者たちの分まで、一生懸命幸せになりなさいよ、リュウガ」
「そうよ、まだまだあたしたちの所には来るんじゃないわよ、リュウガ……」










 雨が降っていた。
 鍛冶場の大扉は開け放たれたままだったが、中に雨粒が入り込んでくる程は雨脚は強くないようだ。
 デューグが一人で黙々と龍機兵の修理をしていた。
「……ここのボルトは五番レンチでないと駄目か」
 そう独り言を言いながら、道具箱に手を伸ばそうと思った時、不意にその五番レンチが目の前に差し出された。
「はい」
「?」
 驚いて振り向くと其処にはリュウガが立っていた。
「お? どうしたこんな所に」
「娘が実家に帰って来ちゃいけないんですか?」
 デューグの台詞にリュウガが苦笑気味に答える。
「信濃が補給の為に、港に帰港したんですよ。それで一日お休みをもらって里帰りです」
「そうなのか? 娘たちは?」
「今日は親子水入らずで行って来いってレイ君が面倒見てますよ」
「そうか」
 デューグはそれだけ言うと再び仕事に戻った。
「俺は仕事で手が離せないから、部屋に上がって勝手に休んでいてくれ」
「そういう訳には行きませんよ。わたしのツナギはまだありますよね?」
「なんだ、折角の休みだっていうのに手伝うのか?」
「実家の仕事を手伝うのも、休日の有意義な過ごし方の一つですよ」
 それだけ言うと、リュウガは作業着に着替えに部屋に上がっていった。





「やっぱりお前が飯をつくると美味いな」
「お世辞ですかぁ?」
「俺が世辞とか言うのが苦手だっていうのをお前は知ってるだろ?」
 デューグは久し振りにリュウガの手料理を味わっていた。何時もと変わらない美味い味だ。
「そう言えばリュウナとティア君は?」
「リュウナは錬金術の触媒を取りに行くとかで当分帰ってこないぞ。ティアはそのお供だ」
「じゃあ、今日は二人っきりですね」
「そうか、俺たちだけで二人きりというのは始めてだな」
「イヤラシイことしても良いですよ」
「娘にそんなことするか!!」





 コンコンとドアが叩かれる音をデューグは聞いた。
「なんだ?」
 床に入って間もなかった彼は、ノックの音に直ぐに答えた。
 ドアが静かに開かれると、寝巻き姿のリュウガが入ってきた。
 彼女の寝姿など何度も見てきたが、今日は一つだけ違うものがあった。右腕に枕を抱えていた。
「……俺は人妻と寝る趣味は無いぞ?」
「だったら娘とは寝てくれないんですか?」
 リュウガはデューグの静止などお構いなく、父親の布団の中に潜り込んだ。
「ぷはぁ」
「お前なぁ」
「わたしだってお父さんに甘えたい時があるんですよぉ」
 リュウガは布団の中でデューグの腕に抱きつくと、そのまま静かになった。
「……」
 デューグはリュウガの寝息を聞きながら考えていた。
「なぁフーガ、俺だけこんなに幸せになっちまって良いのかな……?」





 翌朝になると雨は上がっていた。
 身支度を整えたリュウガが、たたんだアンブレラを持って戸口に立っていた。
「じゃあ、気をつけてな」
「はい。お父さんも無理をしないで下さい」
「お前に言われたくないな」
 そう憎まれ口を叩くデューグだったが、突然目の前でリュウガが姿勢を崩すのを見て声を上げた。
「リュウガ!?」
 父親の腕に抱かれた彼女は、少し青ざめた表情をしていた。
「……やっぱり無理が出ているみたいです……龍の焔を使いすぎたせいで、わたしの身体ももうボロボロなのかも知れません」
 デューグに支えられながら、リュウガが姿勢を戻した。
「だいじょうぶなのか?」
「ええ、たまにこうやっていきなり倒れてしまうこともありますが、今のところはだいじょうぶです……今のところですけど」
「誰か知っているのかこの事は?」
「いえ、誰も知りません。レイ君は気付いているかもしれませんが」
 リュウガは真剣な顔になりながら続けた。
「わたしにもしものことがあったら、お父さん、娘たちをお願いします」
「そんな願いは聞けないな。娘たちが大事なら生きろ。がんばって生きろ!」
 デューグはあえてきつく言った。
 そしてリュウガもその意味が判っていた。
「はい、お父さんならそう言うと思いました。わたしがんばります。わたしがんばって生きます。それにこんなに早く死んじゃったら、アリシアとウォルテに怒られちゃいますからね」
 そう言いながらリュウガは、自分を支えて少し屈んだ状態になっているデューグの顔に、自分の顔を寄せた。
 そしてそのまま唇を重ねた。
「!?」
 リュウガは唇を離すと、茶目っ気たっぷりに笑った。
「……わたし、幼友達の彼がいなかったら、今ごろお父さんのお嫁さんになってましたヨ」
 そしてリュウガは、父親から離れた。
「じゃあ行きますね」
 小さく別れの言葉を残し、リュウガは歩いて行った。
「……あいつと言う奴は」
 後には、娘からいきなりな告白をされてしまい、呆然となった父親が残るだけだった。





 リュウガが朝の街を歩いている。
 自分が育った時と変わらない風景。変わらない時間。
 まだ街は眠ったままだけれども、耳をすませば街のひとの声が聞こえて来る。
 立ち止まってみる。地面に出来た水溜りが空を写していた。
 見上げてみる。
 雨の降った後の綺麗な青空が広がっていた。白い雲がのんびりと進んで行く。
「今日も良い天気ですね」
 そしてまたリュウガは、歩き出して行った。










龍焔の機械神 了


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