外伝1 リュウナとティアの出会い
ぷちっ
「……あれ!?」
今日のリュウナは髪を二つに分けておさげにしていた。その片方の髪を結んでいたリボンがどういう訳か、突然切れてしまったのである。
「まあ、切れちゃったのはしょうがないや。今日はおねえちゃん見たくポニーテイルにしちゃおーっと」
残った方のリボンを一旦解くと、自分の姉が何時もそうしているように、頭の上でひとまとめに結んだ。
「……?」
髪を纏め直している最中だったリュウナは、森の雰囲気が突如として変わったのを肌に感じた。
それに答えるように、突然の木々の倒れる音と共に幻獣の雄叫びが森の中にこだました。
「!?」
目の前に幻獣が姿を現した。巨大な四足獣の右肩に獅子の頭が載り、左肩には対になるように山羊の頭部。中央には長い首を持った龍の頭が生えていた。後ろの尻尾の先端は蛇の頭になっており、背中にはご丁寧にも蝙蝠状の羽まで生えている。キメラだ。それもかなり大型の相手だ。
巨体から生える四体分の幻獣の八つの目が、小柄なホビットの少女を捉える。
明らかにリュウナの事を、今日のお昼ご飯にでもしようという雰囲気である。
「わ!? ちょ、ちょっとまってっ!?」
時を同じくして一人の小柄な剣士風の男がこの森を歩いていた。精悍そうな顔に付く耳は横に長い。エルフの者だ。
「?」
何か大きな力によって木々が無理矢理倒される音が聞こえて来る。耳をすますと、その中に女の子の悲鳴が混じっていた。
リュウナは腹を空かせたキメラに追いかけられていた。脚の早い彼女が全力で走っているというのに、相手のキメラもぴったりとくっ付いてきている。
前に障害物があるとリュウナはそれを避けて走っているが、追う側のキメラは障害物は全て破壊しながら迫ってくる。多分そこで差が縮まってしまうのだろう。更に獅子の首からはライトニングブレス、山羊の首からはコールドブレス等を吐きちらし、リュウナの動きを止めようとする。
「あーん、もう、呪文を唱える時間さえ稼げれば、こんな奴〜」
結ったばかりのポニーテイルをひらひら揺らしながら、半泣きで全力疾走するリュウナ。
その時、彼女の側面を黒い影が突然横切った。

「!?」
その黒い影は一瞬金属の反射光を煌かせると、物凄い剣速をもって、彼女の事を襲おうとしていた大型のキメラを簡単に切り伏せてしまった。
「……」
リュウナは尻餅を着いた姿勢でびっくりした表情のまま固まっていた。普段はあまり物事に動じないのに、目の前の光景にかなり驚いている自分に対してもびっくりしていた。
キメラを一瞬にして切り伏せた黒い影、先程のエルフの剣士が愛刀を鞘に収めながら近付いてきた。
「大丈夫ですか?」
木に寄り掛かるように座り込む少女、手を伸ばした。
「……あ、はい、ありがとうございます……」
剣士はリュウナの小さい手を取ると優しく助け起こした。彼女の大きな瞳と剣士の眼があった。
「!?」
今度はこの小柄な剣士の方が驚きの顔を見せた。その顔が自分がこれから逢いに行こうとしていた人物にあまりにもそっくりだったからだ。
綺麗に澄んだ大きな瞳にふっくらとした頬、横に愛らしく垂れ下がった大きな猫の耳。彼の記憶の中の人物と、本当にあまりにもそっくりな顔付きをしている。髪型と言い、身体全体から感じる雰囲気と言い、どこまでも良く似ていた……一つの大きな違いを覗けば。
「……あの、リュウガさん、お久しぶりです……その……随分と背が縮みましたね???」
その台詞を聞いてリュウナは、ぷっと軽く吹き出
「良く似てますよネ? わたしはリュウナっていいます。わたし、リュウガの妹なんです」してしまった。
リュウナが胸の前で両手を、ぽんっ♪と合わせる様な仕草を見せながら、目の前の剣士に自分の正体を答えた。普段見せる癖までも良く似ていた。
「はい!?」
二人はリュウナの家、つまりリュウガの下へと、森の小道を歩いていた。
「……そうなんですか? ティアさんはうちの姉と剣の勝負に?」
「ええ」
「でも、妹のわたしがいうのも何ですけど、強いですよ、リュウガは」
「……ええ、それは充分解ってます。でも……凄く悔しくて……」
「悔しい……」
リュウナは自分の姉と対戦して負けた相手から、初めてそんな台詞を聞いたような気がした。
リュウガの剣士としての力は、普通の者が見せる剣技とは余りにも次元が違い過ぎる程強かった。その強さは、負けた相手が悔しさすら覚える事が出来ないぐらいの、桁違いの強さを見せていた。
それでもこのティアと言う名の剣士は、悔しいと口にする。それはつまりこの小柄な剣士も相当な力を秘めていると言う証明だ。
「普通に負けたのなら素直にあきらめがついたのかもしれないけど、あの時俺はリュウナさんのお姉さんに一激も打ち込む事が出来なかった。一回も剣と剣がぶつかり合う音を聞く事が出来なかった……その事だけが本当に悔しいんです。リュウガさんに負けたという事実よりも」
何時の間にか熱く語っている自分に気付いたティアは、隣りを歩く少女を見た。彼女はちょっと頬を赤く染めながら、自分の話に聞き入っていた。
「どうしました? 熱でもあるんじゃ??」
その顔を見たティアが、少し心配そうに聞いた。
「……その……そう何かに一生懸命打ち込んでる男の人って、すっごく格好良いなぁって思って……」
それを聞いて、今度はティアの顔が一気に耳まで赤くなってしまう。
「や!? やめてくださいよぉ〜!?」
二人は恥ずかしそうに先を急いだ。揃って顔を真っ赤にしたままだった。
その頃家の方では、親方とリュウガが一日の仕事を終え、作業場の片づけをしている処だった。
「……そう言えばリュウナってば帰りが遅いですねえ?」
空を見上げると、西の空がそろそろオレンジ色になる所だ。
「ん? ああ、多分幻獣にでも襲われてんじゃないのか」
はい、その通りです……と言うか、もっと心配しなくて良いのか!? 二人とも!?
「ただいま〜」
噂をすれば影のいう通り、タイミング良くリュウナが帰って来た。
「あ、おかえりなさーい、随分遅いから心配してたんですよー?」本当か!? 本当に心配してたのか!? お姉様!?
「うん、途中キメラに襲われちゃったんだ」
彼女も彼女で、先程自分自身命懸けで逃げ回っていたとは全然思えないような口調で答えた。リュウナも姉に似て相当なのんびり屋さんである。
「それはそうと、おねえちゃんお客さんだよ。この人がキメラに追いかけられていたわたしのことも助けてくれたの」
「あ、はいっ」
仕事の手を休めてリュウガが振り返ると、そこには妹に伴われた小柄なエルフの剣士が立っていた。
「……お久しぶりです、リュウガさん」
彼がみせた懐かしい声と顔に、リュウガが表情を輝かせた。
「ティア君じゃないですか〜、わぁ、お久しぶりです〜元気してました?」
そう言いながらリュウガはティアの手を取った。
「あ、」
そう、リュウガは丁度先程まで仕事の最中だったので、手が油まみれのままだった。と言うわけで、掴んだティアの手も機械油でドロドロにしてしまったのだった。
「ご、ごめんなさいティア君っ」
「あ、いえ、その……」
「リュウナぁ〜ごめんなさい〜、濡れタオル持ってきて貰えますぅ〜?」
家の中に入っていたリュウナは台所でタオルを濡らすと、慌てて飛び出してきた。
「もう〜おねえちゃんてば〜、ホントおっちょこちょいなんだから〜」
「エヘへ、ごめんなさい」
リュウナは油で黒く汚れてしまったティアの手を取ると、丁寧に拭きだした。
「良いよ!? 自分でやりますよ!?」
オドオドし始めたティアに向かって、手を動かしながら優しく微笑む。
「う、うん、やらせて下さい。ティアさんの手、ホントいい手をしてますネ」
ティアの一見繊細そうな印象を見せる手には、手の平の至る所に剣胼胝が出来ていた。これはその剣を何千何万と振って来た証だ。
されるがままのティアは顔を赤くするばかりであった。
「はい、終わり」
リュウナが手を離した。勿論ティアは顔を真っ赤にしたままである。
「ティア君? 今日はどうしたんですか?」
リュウガが腰に吊った乾いたタオルで自分の油まみれの手を拭いながら聞いた。このタオルはちょっと汚いので、貸すには適さないようだ。
「その、リュウガさんともう一度御手合わせをお願いしたくて来ました」
「わたしと?」
「はい、あの帝国府で行われた剣武会の時、俺はあなたに一太刀も打ち込めなかった……それが悔しくて悔しくて……それでもう一度修行し直して、ここまで来させてもらいました」
ティアが姿勢を正す。
「もう一度俺と勝負してもらえないでしょうか?」
その台詞を聞いて、リュウガがにこっと微笑んだ。
「ええ、喜んで」
自分の前に立つ精悍な顔付きをしたエルフの剣士を、まじまじと見詰める。
「ティア君の身体、ずいぶんと傷だらけですね。相当修行を積んできたのが解りますよ」
彼の肌が露出している部分は、殆どと言って良いほど切り傷が見えていた。小柄な身体に着込む鎧にも、細かな傷が沢山付いていた。
そしてティアの瞳。凄くいい眼をしていた。
リュウガも剣士の一人として、こんなにも良い眼をした相手と戦えるのは凄く嬉しかった。帝国府の剣武会の時も良い眼をしていたが、今のティアの瞳はそれ以上の輝きを放っていた。
「わたしもなんだか、わくわくしてきましたよ」
仕度をする為にリュウガは家の中に入っていった。
それと入れ替わるようにして、大きな木製のベンチを抱えてリュウナが出て来た。
「はい、お疲れでしょ? 姉が出てくるまでこれに座っといて下サイ」
「あ、すいません」
二人はベンチに並んで腰掛けた。
「……あの、何で皆さんはこんなにも優しいんですか?」
一寸考える素振りを見せながらティアが口を開いた。
「え??」
「だって俺は勝負に来てるんですよ? 俺はあなたのお姉さんを傷つけに来たのも同じなのに」
「……」それを聞いて、リュウナが少し考えるような仕草を見せた。
そしてしばらくして、考えが纏まったように口を開く。
「……何ででしょうね……でもそれは多分ティアさんが凄く一生懸命だから」
リュウナが優しく微笑みながらその疑問に答えた。
自分に向けられた無邪気なその笑顔を見て、自分の心臓が大きく高鳴るのをティアは感じた。
顔を赤くしたまま固まってしまうティア。
その時、仕度の終わったリュウガが家の中から出て来た。鎧を着込み、腰には愛用の大剣を吊り下げている。
手にはトレイを持っており、上には湯気を立てるティーカップが三つ程載っていた。中には綺麗な琥珀色をした、温かい紅茶が入っている。
やはりこの格好のまま台所に立って用意をしたのであろうか? そう考えると何だか微笑ましい。
「あ、ごめんなさい、お邪魔でした?」
そんな突っ込みをリュウガに入れられてしまったティアは、更に気恥ずかしくなってしまって、余計に顔が赤くなる。
「そ、そんな事ないですよっ」
「えへへ〜」リュウナも照れて頬を染めていた。
リュウガはティアを挟んでベンチに座る妹の反対側に腰掛けた。いわゆる両手に花と言う構図である。紅茶の入ったカップを、ティアと妹に一つずつ渡す。
「ティア君こんなとこまで来て疲れたでしょ? こんな物しかないですけど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「わたしも仕事終わりなんでちょっと一息つかせてくださいネ」
「すいません、その……突然押しかけちゃって」
本当に申し訳なさそうな顔をするティア。
「……」
これから戦おうとする二人の剣士を、リュウナは考え深げに見つめていた。
もしかしたらどちらかが命を落すかもしれない……でも二人はそんな心配を微塵も感じさせない。
これが高レベル同士の剣士の戦いと言う物なのだろうか?
「……ふう」
残りの紅茶を一息に飲み干したリュウガは、一息ついたように小さく息を吐き出した。
「さて、そろそろ始めましょうか?」
「ええ」
リュウガの呼び掛けに答えて、ティアも立ち上がる。二人の鎧や剣の鞘がぶつかる乾いた硬質な音が、静かにこだました。
リュウガとティアは充分に間合いを取って対峙した。
その後には、拳の形にした両手を口に当てたポーズでじっと固まっているリュウナだけが残された。
無言で二人を見詰めている。こう言う場で「がんばって」等という言葉は無粋なものだ。ドクンドクンと、リュウナの心臓の鼓動が、大きく高鳴る。
「……どうしよう、わたしの方が緊張してきちゃったよ……」
小さく独り言を呟く彼女の隣に、大柄な男が腰を下ろしてきた。
「……親方さん……」
リュウナがオーガの親方に緊張と心配の入った目を向ける。それを見て親方が、彼女の小さい頭にぽんっと手を載せながら呟く。
「どっちが勝つかなんて野暮な質問は無しだぞ」
「……うん」
心配でいっぱいのホビットの少女の前に立つ、二人の剣士。
ティアが口を開いた。
「……本気でお願いします」
「ええ、もちろん」
ティアが剣を抜き払った。彼の持つバスタードソードはかなり分厚い作りをしている。この小柄では少しもてあましそうな作りだ。
ティアが主のいなくなった鞘を投げ捨てた。音を立てて地面を転がる。
「!?……ティアさんまさか!?」リュウナの顔が蒼白になった。
鞘を捨てる。それは自分の命を捨ててでもこの一戦に懸けると言う意思表示だ。姉と同じくのんびりとした性格の彼女だが、流石にその行為を目の当たりにして動揺を表した。
しかし、思わず身を乗り出そうとしてしまった彼女の肩を、親方がそのごつい手で掴む。
「いや、違う、あいつは少しでも自分の身を軽くする為に鞘を捨てたんだ。あいつ相当やる気だな」
親方が、毛で覆われた顔でニヤリと笑いながら、そう諭した。
「で、でも……」
それでもリュウナの小さい胸のドキドキは止まらない。
「……」
ティアの動きを見ながらリュウガが身を低くした。顔には何時もの優しげな微笑みは無い。それは、目の前の敵を一撃の内に打ち倒す剛の剣士としての顔だ。
流れるような動きで左腰に構える大剣の長い柄に右手を構える。抜刀の構えだ。
リュウガも本気だ。
おもむろにティアが自分のバスタードソードを上段に構えると、剣の柄が顔の横に来るような姿勢で、両腕を肩の上で交差させる構えを取った。
「え!? あの構えは、おねえちゃんと同じ!?」
そう、その構えは、リュウナの隣に座るオーガの親方がリュウガに教えた剣の構えと同じだ。
戦場を舞い踊る刃のロンド「輪舞剣」それがその流派の名だ。
「あいつはリュウガの初太刀を捌く事だけを考えて今まで修行して来たんだろう。だから必然的にあういう剣の構えになった、ただそれだけの事だろう。あいつなかなか見所のある奴だな」
親方はティアの構えが、彼自身が生み出した我流である事を見抜いていた。流石リュウガの剣の師である。
リュウナがドキドキで赤くした顔を姉に向ける。
目の前で対峙する剣士が、自分が普段見せる構えと同じ剣の構えを見せても、リュウガは少しも動じた気配を見せていなかった。
リュウナが今度は相手の方に目を向けようと思った時、ティアが動いた。
一瞬視界から消える。
相手に比べてパワーもスピードも劣る自分としては、自分の小柄な身体の的の小ささを信じて、まずは相手の懐に飛び込むことが先決だった。
それに応えるように足音だけを残してリュウガも視界から消えた。
そして一瞬の後、天を割らんばかりの凄まじい剣戟の音があたりにこだました。
ティアはリュウガの抜刀の一撃を、腕を交差させたその構えで何とか凌いでいた。鋼鉄が擦れ合う、鍔迫り合いの音が聞こえる。
「ぐぅ!!!」ティアが喉から搾り出すように雄叫びを上げた。
眼の良いリュウナは、そこに至るまでの二人の剣士の一瞬の出来事を、何とか見ることが出来ていた。
リュウガは自分の大剣を引き抜き鞘走りさせている間に、更に左足を相手に対して踏み込んでいた。
本気の抜刀だ。
全力を持って打ち込めば、甲鐵級巡洋戦艦の四〇センチもある主装甲をも切り裂く剣である。まともに食らえば手に持つ剣ごと胴体を真っ二つにされてもおかしくない。
しかしティアは、分厚いバスタードソードでその剣を受け止めていた。剣のぶち当たる角度や位置が少しでもずれていれば、今頃簡単に剣を折られその首を飛ばされていただろう。辛い修行の成果が今ここに発揮された。
「す、すごぉい!! あのひとおねえちゃんの抜刀を受け止めちゃったよ!!!」
リュウナが驚きの声を上げる。
「……があ!!!」
ティアが渾身の力を込めて、相手の大剣を弾いた。その衝撃を食らい、リュウガが姿勢を崩す。
バランスを失いそうになった彼女が右脚の位置を変えた。具足の靴底が地面の砂を噛む。
「すごぉい!!! すごぉい!!!」
リュウナはティアの剣士としての強さを目の当たりにして見て凄いの連発だ。
ティアは相手が右脚を後ろにそらしたその一瞬の間を見逃さなかった。
リュウガの大剣を捌いた剣を、その流れを維持したまま顔の前で回転させて上段に構えた。それは輪舞の剣の基本的な剣の流れと、まったく同じものだ。そしてそのままリュウガの頭へと撃ち下ろした。
相手は剣を抜き払った直後だ。自分に二の太刀を打ち込むには距離も時間も無さ過ぎる。
ティアは勝利を確信した。
このままリュウガの頭を割ってしまわないように、頭に剣が当たる寸前で動きを止めようと思ったその時。
「!?」
金属同士がぶち当たる、大きい音が響いた。ティアが驚愕の表情を見せる。
力を抜く寸前の、全力をまだ維持していた彼の剣は、リュウガが左腕に持った鋼鉄製の鞘によって受け止められていた。
リュウガはただ右脚を後ろにそらした訳では無かった。自分の剣を捌いた後のティアの剣の流れを一瞬で読み取り、右手に持つ剣では相手の剣を受けるのは不可能とすぐさま判断していた。そこで左手に残る鞘でその剣を弾くべく、片足を引いて自分の位置をそらし、鞘先を高速で相手の剣にぶち当てるため身体に反動を付けていたのだ。
「……」
ティアの顔は最初驚きに満ちていたが、徐々に落ち着いた表情に戻ると満足げに少し微笑んだ。
ティアが剣を離した。
激闘を繰り広げた分厚いバスタードソードを左手で逆手に持ち直すと、片膝の姿勢でリュウガの前にひざまずいた。
「……参りました。やっぱり強いですねリュウガさんは」
そう口を開くティアの眼は、何の曇りも無い本当に良い眼をしていた。
自分の大剣を鞘に収めながら、リュウガも両膝を着く姿勢で彼の前に腰を下ろした。
「い〜え、ティア君もホント強くなりましたネ、それに良い引き際です」
彼女もこれだけの凄腕の剣士と戦えた事を表すように、嬉しさを全部出した微笑みの顔に戻っていた。何時もの優しい笑顔だ。
そんな二人の下に、ベンチを飛び出したリュウナがやって来た。
「す、すごぉい! すごいよティアさん!!」
大好きな自分の姉の方ではなく、その姉と死闘を演じたエルフの剣士の方に一番にやって来た、
「そ、そうかな?」
「うん、だってうちのおねえちゃんの剣を弾き返しちゃうひとなんて、初めて見たんだもん」
リュウナが驚きを表すようにティアの腕を掴む。普段女の子と接する機会があんまり無かったティアは、彼女に腕を掴まれたぐらいで、また顔を赤くしてしまった。
「でも、ティアさん、なんであそこですぐに剣を下ろしちゃったんですか? ティアさんならもっといけたかも知れないのに?」
ティアが口を開く。
「……もし、これが実戦だったら俺が振り下ろした剣をあの鞘で受け止められた後、リュウガさんの右手に残る大剣で俺の心臓は串刺しにされている所です。たとえあれ以上戦って万に一つも俺が勝ったとしても、それはこの勝負に勝った事にはなりませんから……」
リュウナはティアの言葉を聞いてあらためて思った。自分の姉以外にも、こんなに凄い剣士が世界中にはいるんだなあと。
「ふぅ、ティア君今日は疲れたでしょ? 良かったら今夜はうちに泊まってって下さいナ」
胸の前で、ぽんっ♪と両の手の平を合わせる仕草を見せながら、リュウガが言う。
「良いんですか?」
「ええ……良いですよね親方さん?……あれ?」
先程まで二人が座っていたベンチの方に目を向ける。そこにはオーガの親方の姿は無かった。
「あれ? リュウナ、親方さんは?」
リュウナもその時になって親方がいなくなっている事に初めて気が着いた。
「……あれ? さっきまでわたしの隣に座ってたのに??」
妹の台詞を聞きながら、リュウガがこれ以上考えていてもしょうがないと言った風に立ち上がった。
「まあ、親方さんには後で話すとして……そうだ、早くご飯の支度しなきゃ」
リュウガがそう言いながら二人と一緒に母屋の方に向かおうと思った時、唐突に目的の人物が母屋の木戸から出て来た。親方は何故かエプロン姿である。それもピンクを基調としたかなり可愛らしいデザインであった。
「飯ならもう出来てるぞ」
気が付けば、台所に付けられた煙突からもくもくとした煙りが、夕暮れ空に昇って行っていた。
「お前のエプロン借りたぞリュウガ」
「あ、すいません親方さん」
親方が自分に代わって夕飯の支度をしていた事に気付いたリュウガは、ぺこっと首をすくめた。
「まあこんな時はな」
二人のホビットの姉妹に挟まれるようにして立っていた小柄なエルフの剣士に、親方が顔を向ける。
「お前ティアといったな?」
「は、はい」
幾ら可愛いデザインのエプロンを着ていても、親方のこの迫力は変わらない。身体から滲み出る凄みに気圧されたかの様に、ティアは良い子の返事をしてしまった。
「お前うちで働いてみる気は無いか?」
「!?」
その場にいた親方以外の全員がびっくりしたように親方の方を見た。普段はあまり物事に動じない、この、ぽよ〜んとした姉妹も流石に少し驚いたような顔を見せていた。
「そこにいるリュウガはもう直ぐ帝国軍の訓練学校に行くことになっている。つまり働き手が一人減るってことだ。どうだ? うちで働くんだったら俺がお前に剣を教えてやっても良いぞ。何しろリュウガに剣を教えたのはこの俺だからな」
そう言いながら長い犬歯を見せながら不敵に親方が笑う。ティアにしてもこの龍機兵鍛冶の親方こと、デューグフリーデンと言う剣士の事は良く知っていた。リュウガの剣の師である事も、そしてこのデューグ自身も相当な力を秘めた剣士である事も。
ティアには断る理由が無かった。故郷の家を出て以来、ずっと旅から旅の冒険者生活を送って来た。だから自分を縛る物は今のところ何も無い。
とりあえず少し考える素振りを見せてからティアは答えた。
「はい……その、皆さんが良ければ」
リュウガが両手を胸の前で、ぽんっ♪と合わせながら口を開いた。
「良かったじゃないですか、ティア君? その、リュウナはどうですか?」
「うん、わたしも全然構わないです……でも、その、お風呂とかは覗かないで下さいね?」
「そ、そんな事しませんよ!?」
「じゃあ、明日から頼むぞ」
親方が満足げに笑った。
「はい! よろしくお願いします!」
リュウガは親方の考えが解っていた。もう直ぐ自分が家を離れてしまい、寂しい思いをする事になる、リュウナの為にした事だと言う事を。さしもの親方も女の子と二人っきりの相手が自分では、どうにも会話が続かないと言う事を悟っていたのだろうか。
……でも、いきなり男の子を居れちゃうなんて親方さんも凄いですねえ、でも、親方さんの事だからリュウナがこのティア君にいきなり一目ぼれしちゃってる事にも気が付いてるんでしょうね……
「さて、みんなとっとと家に入ってまずは飯を食え。久しぶりに作ったんで味の保証は出来んがな」
「はーい」
リュウナがティアに寄って来た。
「……あの、ティアさん」
「はい?」
リュウナが、おずおずと口を開く。
「……わたしもおねえちゃんみたくティアさんのこと、ティア君って呼んでも良いですか?」
「え? あ、はい、どうぞ?」
そんな無邪気な笑顔で頼まれてしまっては素直に「はい」と言うしかない。
それを聞いたリュウナが満面の笑みを浮かべた。
「エへ、それじゃあこれからよろしくお願いしますネ、ティア君」