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外伝2 潜入


 人間達の街に向かって一人の女性が歩いている。

 長い腕、長い脚、随分と背が大きい女性だ。リュウガだろうか?

 いや、顔かたちも髪型も大変似ているのだが、良く見ると耳が丸い。それは人間の耳だった。

 それに随分と身体の線が太い印象を受ける。その割には胸が全然無い。リュウガは華奢な身体ながら結構大きな胸をしていた筈である。

 その街に向かって歩く女性は、背中にかなり大きめのリュックを背負っていた。

 旅の帰りだろうか?

 その割には上半身にはブラウスの上にデニム地のブルゾン、腰から下はロングスカートと言う、思いっきり街中で着るような格好である。

 その女性は街と外界を隔てる城壁に付けられた門の前までやって来た。

 此処を通らない事には街の中に入れない。

 門の両サイドには一体ずつ、悪魔を模したような凶々しい形相をたたえた鉄の像が立っている。

向かって右側の像の直ぐ側にある詰め所の前に立っていた衛兵の一人が、その大きなリュックを背負った女性に声を掛けた。

「そこの背の高いお嬢さん、随分と大きな荷物ですねえ?」

「ええ、ちょっと」

 背の高さには少し似合わないような可愛いソプラノを奏でて、その女性が愛想良く返事をした。

 そして何事も無くその女性が門をくぐろうとした瞬間……

 バチィ!!!

「!?」

 その女性が門の両サイドに配された鉄の像の前を通った瞬間、その像の悪魔の様な顔に付いた両目が、一瞬眩いばかりの光を放った。

 背中に大きなリュックを背負った背の高い女性は突然の衝撃を受けたらしく、その場にうずくまってしまった。

「!?おい、大丈夫か!?」

 詰め所から慌てて門番の衛兵達がぞろぞろと出てきた。

 見ればその女性はこめかみの下辺りを押さえている。丁度耳の付いている辺りだ。

「!?」

 衛兵達がそのうずくまる女の頭を見て、驚愕の表情を浮かべた。

「お前、ディフュームか!?」

「……?」

 そのうずくまる背の高い女性が、なんだかのんびりとした動きで自分の頭の上に手を置いた。

“びょんっ”と頭の上から、ふさふさとした毛を生やした動物耳が生えていた。

「……あれ? ……ばれました……??」

 自分の正体が知られてしまったとはとても思えないような随分とおっとりとした口調で一言呟くと、そののんびり口調からは想像も出来ない様な俊敏さを見せて飛び出した。

 タン!!

 靴音だけが残った後には、もうその背の高い亜人の女の姿は無かった。

「なに!?」

 驚く衛兵達をその場に残して、目の前に広がる街の中に脱兎のごとく駆け出した。

「おい! 待てぇ!!」

 慌てて衛兵が静止の声を上げるが人間を遥かに上回る身体能力を持っているディフュームが相手では、瞬く間に相手は遠ざかって行ってしまう。

 しかもその逃げる背の高い女は、敏捷力に優れるホビット族の者だ。

 人間程度の脚力で追いつける相手ではない。

 気が付いた時には、もう既に人ごみに紛れてしまっていた。

「……くそぉ、ディフュームの女が街に入り込んだ!! 直ぐに警戒令を張れ!!」

 衛兵は歯軋りするように付け加えた。

「あれだけのでかい女だ、それに大きい荷物も持ってる、直ぐに見つかる筈だ!!!」







 その頃、そのでかい亜人の女ことリュウガは、頭の大きな耳を手で隠しながら人間達で溢れかえる街の中を駆けていた。

「はぁはぁ……当たり前ですけど……人間ばっかり……」当たり前です。

 とぼけた台詞を呟きながら走るリュウガは、通りの横に手ごろな路地を見つけた。

 すぐさまその暗がりに転がり込む。

 そのまま路地裏まで進むと、一息付いたように小さく息を吐いた。

「ふう、もう大丈夫ですよ」

 リュウガはそう言いながら後ろに手を回すと、背中に背負うリュックの少し出っ張っている所を軽く触った。

 それが合図になったようにリュックの蓋の隙間の所から“にゅっ”と小さい手が出てきた。

 その出て来た手が器用にリュックの蓋を止めているボタンを外すと、今度は手に続いて頭が出てきた。

「……ぷはぁ」

 リュウナは頭を出して大きく息を吐くと、狭い所からやっと出れた開放感を表すようにその大きな耳を“ぴぴっ”と動かした。

「だいじょうぶ、おねえちゃん?」

 リュウナが姉のこめかみの下辺り、丁度先程まで人間の耳が付いていた辺りを優しくさすりながら呟いた。

「うん、ちょっと痛かったですけど……」

 リュウガが妹の入った大きなリュックをゆっくりと下ろしながら答える。

 姉の背から地面に移動する間、リュウナは一寸不満げな顔を見せていた。

「う〜しかし、この龍魔導士リュウナムラサメの魔法を、こうも簡単に打ち破るなんて、あ〜もう、くやしいなあ、ちくしょう〜」ちくしょうのおまけ付きである、女の子なのに。

「あはは♪今回ばかりはさしもの火竜使い様も、かたなしですネ」

 リュウガがそう言いながら上着に着ていたデニムブルゾンを脱ぎだした。

「じゃあ、もうこの変装じゃ逃げられないですから、次の格好になりましょ」

「うん」

 リュウガは上着を脱ぐと今度はスカートに手を掛けた……え? まさかこんな所で……

「……よいしょ、と」

 おもむろにロングのスカートを取ると、その下には膝まで裾を折り曲げたジーンズを穿いていた。

 何時もよりちょっと身体の線が太めな印象を受けたのは、これだけ重ね着をしていたからなのだった……期待してた方、ごめんなさい。

 リュウナはリュックから“ぴょこっ”と飛び出すと姉のジーンズの裾を下ろすのを手伝った。

「おねえちゃん、はい、帽子」

今 まで自分が入っていたリュックの中に手を突っ込むと、かなり大きめな作りの帽子を取り出した。

「うん」

 それはサイドがかなり下に長い造りになっていて、丁度人間の耳が付く部分まで隠れる様になっている。これを被れば人間耳が無いのが、直ぐにバレたりはしないだろう。

 それを被ると妹にも手伝ってもらって、自分の長い黒髪を帽子の中に突っ込んだ。

 なにしろ下に下ろせばふくらはぎにまで届く長い髪である。それだけでも大仕事だ。

「はい、今度は上着、上着」

「はい、はい」

 リュウナは今度は黒い色のごついレザーブルゾンをリュックから取り出し、姉に渡す。

 これを上に着込む。これで身体の線の細さを何とか隠す。

「……きゃー、カッコ良いーっ」

 出来上がりを見たリュウナは両手の拳を口に当てて、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。勿論目にはお星様です。

「そ、そうですか?」

 そう、この格好によって今のリュウガは、背の高い一寸細身の人間の男性に見えなくも無い。

 その大きな胸も中に矯正具を着ける事により何とかぺッタンコにしていた。

 しかし人間の男としてはあまりにも顔が綺麗過ぎてかえって目立ってしまう様な気もするのだが……まあ、良いか。

「……さて、後始末……」

 そう言いながら脱いだ物をリュックの中に入れようとしていた時に……

 ドカドカドカドカ……

 路地の向うから、数人が歩く足音が聞こえてきた。

「……ん? 誰かいるのか?」

 足音に混ざって男の声が聞こえて来た。

「……いけない、あれは表の門の所にいた門番の声ですよ、顔見られてますよ」

 小声で妹に危険が迫ってきた事を促がす。

 リュウガ程の戦士ならば人間程度を何人相手にしても負ける事は無いのだが、今はそんな事をしていたずらに騒ぎを大きくしてもしょうがない。

 かと言って、塀を飛び上がり屋根づたいに逃げるのも目立ちすぎる。

 ……どうする……?

 リュウガは一秒程考えると、今この場に居る自分の相棒がリュウナである事を精霊の神に感謝しつつ、妹の小柄な身体に覆い被さった。

「……え!?」

 リュウナが驚く前に、リュウガが次の行動を起こした。







 怪しいと踏んでこの路地に踏み込んだ衛兵が見た光景は、若い男女のラブシーンだった。

 やけに身体の細い背の高い男が、小柄な女の唇を奪っている。

「おい! お前等!!」

 そのカップルに向かって叫ぶ。

「こっちにでかい荷物を抱えた、でかい亜人の女が来なかったか!!」

 衛兵達に背を向ける格好になっているそのカップルの男は、自分達に向かって声を荒げる相手に向かって“ひらひら”と手を前後に振った。

「あっち行け」のサインである。

 その仕草を見てあからさまに憮然とした顔付きになる。

「ケッ、こんな真昼間から見せ付けやがって。おい、どうせこっちにやって来たってこいつ等が気づく筈が無い、他を探すぞ!!」

 面白く無さそうに汚い台詞を吐き散らしながら、他の衛兵達に指示を出す。

「……」

 リュウガは妹の唇に自分の唇を重ねながら、その帽子のつばとあいた方の手でリュウナの大きな猫耳を隠していた。

 そしてその状態のまま、鋭い視線を巡らせて相手の動きを伺っている。

 リュウナはと言えば、いきなり姉に唇を奪われて何だか良く解らないまま頭の中が“ぼーっ”として、只立っているだけで精一杯の状態だった。

 人間達が居なくなったのを確認すると、リュウガは妹から唇を離した。

「……ふう、こう言うシーンに出くわすと目を背けたくなると言うのは、人間達もやっぱり同じなんですね〜……でもあなたが相手じゃなかったらこんな事できな……」

 リュウガがそう呟きながら目を移すと、リュウナは目をぐるぐるに回して姉に抱えられているままの状態だった。

「……もう、わたしとはこれで二回目なんですから、しっかりして下さいよぉ〜」

「…………はい」

 リュウガは柱の影に隠しておいたリュックから丸つばの帽子を取り出すと、片手に抱えている妹の頭に被せた。これでその大きな耳を隠す事が出来る。

 そして目がぐるぐるのままの妹を横に抱えたまま、その路地を後にした。







 人のまばらな公園のベンチ。

 そこに一組のカップルが真昼間から熱々ぶりを見せている。

 大きな丸つばの帽子を被った女の子が、相手の男の腕に手を回しその身を寄り添わせている。

 何の事は無い、人間達に街に潜入を果たしたリュウガとリュウナの姉妹である。

 恋人同士を装って人間達の様子を窺っている。

「……ふ〜ん、これが人間達の街なのね……わたし達の街とあんまり変わらないね……」

 リュウナはそう小さく呟きながら何気なく自分の髪の毛を掻き揚げようとした。

 リュウガは不意にその小さい手を掴むと、妹の動きを止めた。

「……?」

 少しキョトンとする妹の帽子の上に自分の口を持っていくと、小声で話し始めた。

 ホビットは頭の上に耳が付いているので、丁度この辺りに相手の耳が来る。

「だめですよ、髪掻き揚げちゃ、耳が無いのがばれちゃいます」

「あ、そうか……ごめん」

「うう、うん、髪を掻き揚げるのは無意識の行動だから仕方ないですよ。わたしも気を付けますから、だいじょうぶ」

「うん、ありがと」

 今のリュウナは人間耳が無いのを隠すために何時もの二つの三つ編みとは違い、髪をストレートに下に下ろす髪型にしていた。

 何時もとは違い、肩に掛かる自分の髪がわずらわしかったのだろう。

「……それはそうとさ……そんなに脚を綺麗にそろえていたら全然男の子に見えないんじゃ……?」

「え!? あ、はい、はい」

 リュウガは妹に言われるとちょっと恥ずかしそうに、長い脚を男っぽく広げた。


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