プロローグ
……空間が歪んでいる……
その光景を始めて見た者は、誰しもがそう口に出すだろう。
どこまでも続く砂の海。その巨大な砂漠のほぼ中心の地に、それはいた。
十二本の巨大な柱に囲まれた歪んだ空間の向こうに、それは存在し続けていた。
エンドベル
一体誰がそう名付けたのか今となっては定かではないが、その白い美しい鎧に身を包んだ巨大な物体は「エンドベル『終わりを告げる鐘』」と、呼ばれていた。
人の形を模したと思われるその巨躯の背には、更に巨大な翼が何枚も生えていた。
しかし、今はその巨大な翼は天を翔ける事を許されず、その巨体を覆う様に畳まれていた。
エンドベルは全身を覆う翼から、頭だけ出した状態で静かにそこに浮かんでいる。
その瞳は死んだ様に輝きを失っていた。
眠っているのか? いや、封印されているのだ。この十二本の柱によって。
十二本の柱「黄道の封印器『ゾディアック』」は、表面のあちこちから露出する巨大な歯車をゆっくりと回転させながらエンドベルを取り囲む様にそこに浮かんでいる。上空から見るとその柱一本一本は、ちょうど六方星の魔方陣と同じ形に配置されていた。
エンドベルが発するとてつもないエネルギーを中和吸収、高次空間に吹き飛ばし、破壊神を拘束するのがゾディアックの役目だ。
周りを覆うこの歪んだ空間は、柱の強力な強制力をもってしても中和しきれなかった巨大なエネルギーが時空を引き裂き噴き出している為に起こっているものだった。
封印の地を小さく眺められる小高い砂の丘に、一人の女性が立っていた。全身を魔導士風のローブに身を包んでいる為にぱっと見は解らないが、頭を覆うフードから少し見える口元は薄く紅が差され、この荒涼とした砂漠に不思議な美しさを醸し出している。右手にはロッドを携えていた。
「……」
魔法使いの女性は、顔を覆っていたフードをとった。耳が長い。美しい顔立ちよりもそちらの方が先に目に入る。ディフュ−ムを構成する三種族の内のひとつ、エルフ族の女性だ。
フードの内側で少し擦れてむず痒かった長い耳をピクッと少し動かすと、あらためて封印の地へ顔を向けた。何かの音を感じるように、その長い耳が、また少し動く。
「……やっぱり音が遅れてきている……」
この十二本の柱は一つの旋律を奏でるようにある一定の駆動音を発している。今までは十二の柱が協調しあって一つの音階を奏でるように動いていたが、何年か前からか、ひとつの柱がその協奏曲に遅れだしたのだ。
「まだ、時間はあった筈なのに……封印が力を失う時間が、早まってしまうという事なの……?」
「処女宮の封印器」と名付けられた八番目の柱。
その柱の動きが最近おかしくなっているのだった。
魔法使いの女性はロッドを傍らに置きつつ、砂の丘に腰掛けた。
「この時が来てしまったのね……」自分の膝に顔を半分埋めながら呟く。
誰もこの地には近付こうとはしなかった。
元々エンドベルの発する凶々しい空気に恐れて近づく者等殆どいなかったのであるが、今現在でもここにいるのは、魔導教会から監視の為に派遣された魔導士達と、その駐屯施設である陸上戦艦が一隻、砂の海に碇泊しているのみである。
「あなたの子供達の力を借りなければいけない時が来ちゃったのね。生まれながらにして残酷な運命を背負ってきた、あの子達に」
少し空ろに開かれた瞳が遠くの壊れかけの封印と、その中で眠る封印されし破壊神を写し出している。
「フーガ、今はあなたと同じ気持ち……出来る事なら私が代わってあげたい……」
今はもういない親友の名前を口にしながら顔を全部膝の中に埋めた。
しばらくすると何かを断ち切るように顔をパッと上げ、そのままの勢いで立ち上がった。お尻をパンパンたたいて、付いた砂を払い落とす。
「はぁ、ダメダメ、私がこんなに落ち込んでちゃ」
ぶんぶんと、顔を左右に振りまくる。
「あなたの子供達だって、すっごく前向きな子に育ってんだから、私一人がこんな後ろ向きじゃダメよね。今自分に出来る事、精一杯やらなくちゃ」
そう言うと傍らに置いたままになっていたロッドを、カンッと軽く上に向かって蹴り上げた。
くるくると宙を舞うロッドはしばらくすると重力に引かれて落下しはじめたが、そのままぱしっと手の中に収まった。
「よーし、今日は成功!」
満足げに微笑むと、クルッと向きを変えて砂の海に碇泊する戦艦「帝国陸軍第弐魔導師団旗艦 陸上戦艦ヨトゥン」の方に向かって走り始めた。
そしてその隣りには、ヨトゥンと同じ位の大きさを持つ、別の物体が鎮座していた。何時もは陸上戦艦一隻しかいない砂の海に、一機の巨人が、膝を付いた姿勢で駐騎していた。
「機械神一號機 宝瓶宮の黄道機『アスタロト』」だ。
魔導教会の長を務めるミレイヌレカキスは自分の専用機まで走る途中、一瞬エンドベルの方に振り向くと、自分の意志を示すように呟いた。
「あんたなんかにこの世界は、好きにさせないんだからね」
平和を奏でる協奏曲は終わりを告げてしまった。これより動乱の狂想曲が始まる事になる。
……この曲が奏でるのは終りを告げる旋律なのか、それとも……